ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第4話 きのみ、ニュースにて語られる?

 きのみ検証掲示板での検証と雑談から一夜開けて、お昼頃。私は珍しく昼前には目を覚まし、ご飯も食べずに外に出ていた。

 理由は勿論、オレンの実を植える為だ。

 長袖のジップパーカーと長ズボンという、ファッション性よりも日差しを遮る事に重きを置いた衣服で外に出た私のポケットと手の中にはオレンの実が握られ、それは今や半ば以上土に埋まっている。

 

「ワフゥン?」

「あ、ポチ。おはよう」

「わふぅ」

 

 せっせせっせときのみを植える私が珍しかったのか、それとも昨日に引き続いてオレンの実が気になるのか、いつの間にか「何をしてるんだ?」と言いたげなポチが私の近くまで来ていた。

 お互いに挨拶を交わしたあとは特に何も言わず、何もせず。私はきのみを植え、ポチはそれを見守る。なんだか穏やかな時間だった。

 

「楽しみだね。ポチ」

「わふぅ?」

 

 きのみを全て埋め終えた私はポチにそういった後、古びたジョウロできのみに水をやり。テキトーな鼻歌を歌いながら、ポチを連れて家の中に戻る。あれがゲーム通りのオレンの実なら次の水やりは三時間後だなと思いながら。

 

「~♪」

 

 家に戻った私は暫く鼻歌を続行しつつポチのご飯を用意した後、自分の分として食パンにジャムを付けてもそもそと食べ始める。

 そうしてチビチビと食べていて思うのは、これが男だった前世なら朝に食パン一枚なんて耐えられなかっただろうし、そもそも考慮すらしなかっただろうという事だ。まぁ、今世のマイボディたるこのロリボディは燃費が良いのか、それとも単純に胃が小さいのか、食パン一枚で事足りてしまうのだが。

 

 もそもそモヒモヒ、喉が乾けば牛乳を一飲み。そしてまたチビチビと食べ進め……ふと何気なくテレビのリモコンを手に取って、そのまま特に考える事もなくテレビの電源を入れる。

 殆んどノータイムで起動した画面に映るのは……どうやらニュース番組、それもワイドショーの様だ。普段は絶対見ない、馴染みなんて欠片もないタイプの番組だ。

 

『では次の話題にいきましょう。次の話題は、こちら! 『日本各地でおかしくなった果実』です! 今回はこの件について日本各地に取材を行い、また専門家の方にスタジオまでお越し頂きました。先ずはVTRをどうぞ!』

 

 ニュース番組と気づいてすぐにテレビを消そうとした私の腕が止まる。今アナウンサーが言った『日本各地でおかしくなった果実』とは、きのみの事だからだ。……なにか新しい情報があるかも知れない。そう思ってしまい、私はテレビを消す事が出来なくなっていた。

 私が食パン片手に固まっている間にも番組は進行し、農家の人へのインタビューが始まっている。背景とテロップを読むに、今はリンゴ農家の人の様だ。

 

『えぇ、いつの間にかですよ。前触れなんて全然ありませんでした。……見てくださいこの木を。コイツの収穫はまだまだ先なんですが、いつの間にかこのサクランボみたいな小さいのが生ってるんです。──味? 酷いもんです。うちのは甘さとホンの少しの酸味が自慢だったのに、何故か辛いし、渋みまである。たまったもんじゃないですよ。──不安? そりゃこんな訳が分からないのが出来て、次の収穫が出来るのかは不安ですね。こんな訳分からないじゃ売れないし、早いとこ原因を突き止めて貰わないと、ワシらみたいな農家は廃業ですよ』

 

 質問のテロップを挟みながらも、心底困った様子でそう語ってみせるリンゴ農家のお爺さん。その有り様は同情を誘うに価するだろう。だが、私は同情どころでは無かった。リンゴ農家のお爺さんが訳が分からないと吐き捨てたその小さな果実、それは私の目と記憶が確かならポケモンの『きのみ』それもヒメリの実だからだ。

 

 ──ヒメリの実。きのみナンバーは6。ポケモンのPP、技の使用回数を回復させるという、他には類をみない効果を持つ特殊なきのみ……

 

 ヒメリの実はその特殊性からピンチのときにお世話になる機会が時たまあり、比較的印象に残り易いきのみだろう。斯くいう私もヒメリの実は印象に残っているし、それだけにテレビに映ったそれは衝撃だった。確かにナンバー7のオレンの実が存在したのだから、ヒメリの実があってもおかしくはないが……それでも実際にあるのだと見せられると、少なくない驚きがある。

 

『あぁ、うちは見ての通り西洋すももを主に育ててるんだよ。立派なもんだろう? ここまでするには苦労したんだ』

 

 私がヒメリの実を思い出している間に番組が進んだらしく、テレビには別の農家の人が映っていた。育てているのは西洋すももらしい。

 

『ところが見てくれよこいつを。……あぁ、緑さ。葉っぱが丸まってる訳でも、収穫が早い訳でもない。これで育ちきってるんだよ。うちで育ててる西洋すももとは色からして違う。味も……正直微妙だ。慣れりゃ上手い食い方が分かるかも知れねぇが、少なくとも今は売り物にはなりそうにない。商売上がったりさ。……しかもコイツ、ざっと二日おきに実をつけやがる。こうなると木がまるごと使い物にならなくなってる事を考えなきゃならねぇから……ははっ、腹が痛くなってくるよ』

 

 乾いた笑いを漏らす農家のオッサンの手に握られた緑のきのみ実。あれは……ラムの実か? テレビ越しでは確信までいかないが、そう見える。

 きのみナンバー9。全ての状態異常を回復するという特殊な効果を持つラムの実。あのきのみまで現実に現れた、か。これは他のきのみの存在にも期待できるかも知れない。

 

『はい。ご覧頂きました通り、日本各地で果実の異常が発生しています。味は勿論、その他様々なものが変わり、生産者の方は困惑するしかないのが現状のようです。……ではスタジオにお越し頂きました専門家の皆さんの意見を伺ってみましょう』

 

 私がヒメリの実とラムの実に衝撃を受けて少しばかり思案しているうちに番組が進んだらしく、アナウンサーの男が総括に入っていた。そして次は専門家の話らしい。

 うーん、何か新しい情報があるといいのだが。

 

『ここはやはり病気と考えるのが自然でしょう。毒性こそ確認されていませんが、味の変化や色の変化はまさに病気のそれです。とはいえこの件以外に前例は見当たりませんから、新手の病気……もっといえば新種のウイルスが絡んでいる可能性が高い。勿論、温暖化の可能性もあり得ますし、早急に詳しい調査が必要でしょう』

『なるほど。確かに病気と言われれば納得ですね』

『えぇ、その通りです。病気と考えるのが一番自然なのですよ』

 

 どこか自慢げにそう語る白衣のオッサン。その後もアナウンサーにそれらしい事を二、三言っているが……ボンクラだな。ポケモンのきのみを病気とは、知らないにしてもずいぶんな話だ。

 私はヤブの専門家の話を右から左へ聞き流しつつ、手に持った食パンをかじる作業に戻る。モヒモヒもそもそ、牛乳を一飲み。そこで一応とテレビに視線を戻せば、違う専門家が映っていた。白衣なのは同じだが、先程のオッサンよりも一回り以上は若そうだ。選手交代らしい。テロップによれば先進気鋭の若手学者との事。

 

『先ほどの方は病気と仰いましたが……いささか性急に過ぎるのではありませんか?』

『と、いいますと?』

『私としては病気ではなく、新種の可能性……つまりは突然変異の可能性を提示したい。あれらの果実が今まさに進化しよ『新種の可能性……ふっ、学が無いのは幸せだな』……黙って頂けますか? 今は私が発言しているのですが』

『はて、何をいっているのか。サッパリ分かりませんな。……あぁ、どうぞ。先を続けて下さい。……ふんっ、田舎者のガキが──

『……言いたい事があるならハッキリ言ったらどうです?』

『私は何も言っていませんよ? その歳で耳が悪いとは……いやはや、大変ですねぇ』

『──私よりも貴方の耳の方が悪いでしょう。…………あぁいえ、悪いのは耳ではなく頭ですか? 病院に行くにせよ付き添いが必要ですね。なんなら今すぐ救急車を呼んで上げますよ。番組が終わるまで、そこで寝転んで休んだらいかがです?』

『小僧っ! 貴様ぁ!』

『ちょっ!? 待って、止まれぇ!?』

 

 若い男が多少マシな事を言っていると思ったら、なぜか乱闘騒ぎ寸前になっていた。いいぞもっとやれ。あー牛乳美味しい。

 しかし慌ててアナウンサーが止めに入ったのが良かったのか、激昂したオッサンは席に座り、若いのと睨み合いに入る。仲が悪いのだろうか? だとしたら番組スタッフはなんだって二人を一緒に呼んだんだ? こうなる事は予想出来ただろうに……っと、どうやら次の専門家に移るようだ。オッサン、若いのと来て、次はそこそこ年のいった老人だった。テロップにはどこぞの大学教授で、植物学の権威だと書いてある。

 

『えー、はい。先生はどう思われますか?』

『そうですな。まずあの映像だけではなんとも言えません。病気か、突然変異なのかすら判別できない。となるとサンプルが必要ですが、あの小さな果実のサンプルはまだ私の手元に届いてすらいませんし、憶測で物をいう事もできません。そんな事をしてしまえば植物学とは言えませんからね』

『えー……つまり、分からない、と?』

『いえ、サンプルがあり、充分な研究が出来れば何なのかハッキリするでしょう。ただ現状では何とも言えない、そういう事です』

 

「……それは要するに分からないという事では?」

 

 モヒモヒもそもそと食べていた食パンがついに無くなり、口が空いた私は思わずそう声を漏らす。

 あの手の人間は「分からない」と言う事をとことこん嫌い、必ず前置きを置くか、遠回しに表現するとは聞いていたが……どうやら事実だったようだ。実にめんどくさい。

 

『えー……はい。先生方、貴重なご意見ありがとうございました。では次のコーナーに参りましょう』

 

 そしてどうやらそれはアナウンサーや番組スタッフも同じだったのか、ロクな意見も出てないのに話をぶった切って次のコーナーへと進んでいった。

 次のコーナーは……きのみとは関係なさそうだ。そう判断してテレビの電源を落とす。新しい情報は特に無く、強いていえば専門家はまるで何も分かってないという事だけ。時間と電力の無駄だったな。

 

「……私が一番詳しい、か」

 

 ふと掲示板で言われた事を思い出した。別に自分が一番だと自惚れるつもりはないが……自覚が必要なのかも知れない。そして、このアドバンテージをどうするのかも。

 

「…………どうしようかなぁ」

「わふぅ?」

「ん、何でもないよ。ポチ」

 

 食べ終わって空になったお皿を私のところまで持って来て、まるで「何か悩み事か?」と言わんばかりのポチの頭を撫でつつ、お皿を受け取って思う。もっと大規模に事を運ぶべきかも知れない、と。

 

「くぅーん──」

「もふもふー……」

 

 とはいえそれは今ではない。だったら先でどう動くにせよ、今私がポチをどれだけもふもふしようが構わないはずだ。わしゃわしゃもふもふ、パタパタ。

 あぁ、そうだ。

 

「んー……そうだね。ポチ、今日はお風呂入る? それとも先にお散歩?」

 

 身振り手振りを交えながらポチにそう伝えれば、私から一歩離れる。どうやらお散歩の気分らしい。

 それならばと私はリードを取って来て、ポチとの散歩に出向く準備を確りと整える。ポチとの散歩は一日二回、昼過ぎと夕方だ。夕方は日が沈んでいるからいいのだが、昼過ぎの日差しはなかなかキツイ。アルビノとしては強めの日光耐性があるらしいが、それでもウカツな格好で外に出れば文字通り肌が焼けるのは間違いなく、準備は怠れなかった。

 

「よし、準備OK。行こうか、ポチ」

「ワン!」

 

 リードを手に取って、フードを深くかぶり、ポチと並んで家を出た。

 どの散歩コースを通ろうか、いや老夫婦のところには一度寄って報告をしなければ。そんな事を思いつつ歩き始める。風はまだ冷たく、春の芽吹きはまだ先の事の様に思えた。

 


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