「龍が如く クロスオーバーシリーズ」から、シティーハンターがらみのお話しをシングルカットしました。

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GET WILD ― ヒットマンとスウィーパーとの邂逅~「劇場版 シティーハンター」公開記念

GET WILD ― ヒットマンとスウィーパーとの邂逅

 

 

 

昭和五十九年(1984)三月。桐生ー馬と錦山彰は、中学校の卒業式で卒業証書を受け取ると、それを帰り道にある公園のゴミ箱に投げ捨て、その足で新宿神室町にある風間の事務所へ行った。学ランで乗り込んで来た二人を見て、風間は複雑な表情であったが、約束通り東城会に迎え入れると、堂島組の舎弟として杯事を交わした。

二人のルーキーの噂はあっという間に神室町に流れたが、『ダブルタイフーン』の二つ名は健在で、「堂島のルーキーはヤバイ」と早くも名を上げていた。

 

X

 

昭和六十年(1985)、二月二十ー日。

「俺、それパスするわ」

冴羽獠は、ベーコンエッグをトーストに乗せながら、槇村秀幸の依頼をー蹴した。

「何言ってんだ獠。依頼はストーカーに関する内容だ。何とかしてやりたいと思わないのか?」

「お前こそ何言ってんだ。その依頼人、知らないのか?神室町ピンク通りの『喫茶 サワタリ』のマスターだが、スケコマシで有名なんだぜ。そんな奴が女に付け回されるなんざ、自業自得もいいとこだ」

「まあ待てよ、獠。俺がこの話を持って来たのは、むしろスト一カーとして訴えられている、彼女の為なんだ」

槇村は眼鏡を上げながら言うと、写真を差し出した。写真はピンサロの指名用のもので、特に顔を隠していない。

「源氏名はヒトミ。本名、横畠 富由実。年齢二十歳」

槇村の言葉に写真をチラ見した冴羽だが、すぐに再度見直した。

「おお、何だこの娘は?乳くさい田舎娘のように見えて、かなりの上玉と見た」

「そうなのか?」

「間違いない。俺のモッコリレーダーが反応している!」

「はいはい」槇村は、冴羽の言葉をスルーした。「どんな事情があるか判らんが、彼女を改心させてやりたいと思うだろ?」

「良く判った。このモッコリちゃんを、スケコマシから俺を振り向くようにすればいいって事だな」

「依頼内容とは違うが、結果オーライだ」

槇村は肩をすくめた。

 

X

 

昭和六十年(1985)、二月の終わり頃、桐生と錦山の二人は、堂島組がケツ持ちをしている、今、飛ぶ鳥を落とす勢いで売り出し中のキャバクラ「新宿CATS 」にみかじめ料を取りに来ていた。

「どうも、今晩は」

二人の姿を見とめたフロア・マネージャーが挨拶をすると、店内へ案内した。

「あ、錦くーん」

「ー馬、いらっしゃい」

客についていないキャスト達が二人に声を掛けた。粗暴な所がなく、子供っぽさの抜け切らない二人は、女達に人気があった。

二人の姿を見て、店内で我が物顔でイキがっていたチンピラ風の三人連れの客が、コソコソと店を出ていった。この一年足らずの間に、堂島のルーキーはかなり顔を売っていたのだ。

「これ、今月分」

黒スーツを着込んだオーナーが、結構な厚みの茶封筒を錦山に手渡した。錦山はその場で中味を確認すると、ポーチに無造作に突っ込んだ

「それと」オーナーは、言いながら財布を取り出した。「さっきはありがとう。あの三人組、住友会の三次を名乗って、鬱陶しかったんだ。君らの顔は知ってたみたいだね。これは、二人へのお礼」

そう言うと、手の切れそうな萬札を三枚づつ手渡した。

「俺達、何もしてないっすよ」

しっかりと受け取りつつ、錦山は言った。

「この商売は、今までありそうでなかった新しいジャンルだ。運良く成功してるが、その分やっかみも多い。単純に迷惑な客もいる。東城会直系堂島組のケツ持ちの見返りは大きいよ」

そこまで言ったところで、オーナーは声のトーンを下げた。

「ところで、そんな二人にちょっと相談があるんだ」

「俺達ごときで出来る事ですか?」

桐生がボソッと尋ねる。

「まあ、とりあえず話を聞いてみてくれないか?」

オーナーはそう言って、二人をVIPシートに案内した。席に着くと、すぐにブランデーが出された。ヘネシーのVSOPだ。

「こんないい酒、俺達に出していいんすか?」

「悪いな錦山くん、これが店(ウチ)で一番安い酒なんだ」

そこへ、キャストが二人やって来て、挨拶をしながら席についた。少々とうの立った方が杏奈(あんな)、若いが田舎っぽい娘がひとみと名乗った。

「あのね」杏奈が口を開いた。以前は大阪創天堀のクラブにいたので、大阪弁が抜けていない。「実は、相談ゆうのが、このひとみちゃんの事なんやけどな。ひとみちゃんな、ストーカーに遭うとるみたいなんや」

「ストーカー?」

錦山は首をかしげた。この頃、ようやく浸透し出した言葉で、まだ実際の現象と言葉の意味とが合致していない。

「要は、しつこく付きまとわれているって事だな」

そう言う桐生の言葉に、ひとみは頷いた。

「で、誰なんだい、その腐れ野郎は?」

身を乗り出した錦山に、ひとみは控え目に答えた。

「多分、お客さんのカズオさんだと思うんです…」

「間違いない思うで」杏奈も同調する。「始めは、金払いの良い太客や思たんやけどな。だんだん無茶言うようなってな。ひとみが他のお客さんに付いてても、来ないと暴れるとか言うてゴネんねん」

「ひでぇ奴だな」錦山はしたり顔で頷いた。「で、そいつは今日も来てるのかい?」

「バレンタインデー・イベントの日にオーナーが追い帰してから二週間近く来てないんだけど…」ひとみは顔を曇らせた。「その頃くらいから、ヘンな手紙が来るようになって…」

「自分の部屋に?」

「はい。差出人の名前がないんだけど…」

「内容はな、キモいくらいの恋文なんやけどな」杏奈が横から入って来た。「その手紙な、消印がないねん」

「って事は、直接届けられたって訳だな」

「そうなんです」そう答えたひとみの唇が震えている。「何だか怖くなって来て…」

「警察には話したのか?」

桐生がブランデーを呑みながら尋ねた。

「もちろんや」杏奈が身を乗り出した。「でもダメや。アテになれへん」

「明確な証拠がないと、警察は動けないって…」

ひとみは眼に涙をためて呟いた。

「それで俺達にって 訳か」

桐生はそう言うと、腕を組んだ。

「そやねん。どお、錦くん、桐生くん、ひとみを助けてくれへん?」

「判ったぜ」調子良く、錦山は答えた。「とりあえず、そのオッサンをぶちのめして、二度とここに来ないようにすれば良いんだろ?」

「そんな簡単には行かねえよ、錦」桐生は眉根を寄せた。「ひとみの住所は割れてんだよ。俺達がぶっ飛ばしても、彼女に直接仕返しされるかも知れねえ」

「そうか。迂闊に手出しは出来ねえか」

錦山も腕を組んだ。

「とにかく、俺達では返事は出来ねえ。持ち帰ってオヤジに訊いてみるよ」

桐生はそう言って、ブランデーを呑み干した。

 

「ストーカー?放っとけ、そんなもん」

案の上、堂島宗兵は素気なかった。

「でも、ウチがケツ持ちしてる店ですし…」

そう言いかけた錦山を、堂島はギロリと睨んだ。

「するってえと何か、俺らはキャバクラの娘全員のボディガードをせにゃならんって事か?」

「そうではないですが」桐生は食い下がった。「ここで彼女を助けておけば、『堂島組はキッチリとケツ持ちをする』と、信用を得られるんじゃないかと」

「そうか。ウチの組の未来の事まで考えてくれるたあ、ありがたいこったな」堂島は鼻で笑った。「まあ、好きにしな。この件に関しては、お前ら二人に一任する」

「ありがとうございます」

「その代わり」堂島は肩をすくめた。「ケツ拭きはしねえぜ。自分らで何とかしな」

 

ゲタを預けられたものの、桐生と錦山の二人では、何とも動きようがない。二人の足は、自然と風間組の事務所へと向かった。

二人から話を聞いた風間新太郎は、大きく溜め息をつきながら椅子に深く座った。

「ストーカーねえ。世の中、めんどくせえ奴もいるもんだな」

「そうなんすよ。ひとみが可哀想で」

「何だ錦、そのキャストに惚れたか?」

「冗談はよして下さいよ、風間さん」

「まあとりあえず、お前らは『新宿CATS』に張りついて、ひとみの様子を見ておけ。先ずはストーカーを確定しろ。話はそれからだな」

 

X

 

冴羽は、横畠の行動の監視を始めた。普段なら、ある程度までは槇村にさせるのだが、今回はちょっと彼女の事が気になった。とりあえず、横畠が勤めるピンク通りのピンサロ『気まぐれ子猫』へ行ってみた。

店の扉を開けると、マネージャーが声を掛けて来た。

「あ、いらっしゃいませご指名の娘はって、なんだ冴羽さんですか」

「何だよマネージャー、随分とつれないじゃないか」

「えっ、今日はお客さんとしてですか?」

「残念ながら仕事さ」冴羽は肩をすくめて見せた。「ここに、ヒトミって娘、いるだろ?」

「ああ、いますよ。かなりの上玉ですけど、ちょっと暗いというか、華がないというか、ピンサロ嬢としては良し悪しな所で」

「今日は出勤してるのかい?」

「えーっと」マネージャーはシフト表を確認した。「今日と明日はお休みですね」

「ヒトミちゃんって、どこに住んでるんだい?」

「いくら冴羽さんでも、それは」マネージャーは済まなそうに言った。「一応これでも、従業員のプライバシー保護の責任がありまして」

「そりゃそうだ」

「でも」マネージャーは声のトーンを落とした。「冴羽さんが個人的に嬢達から話しを聞く分には、私は管轄外ですから」

冴羽はニヤリと笑って、マネージャーの肩を叩いた。

冴羽の姿を認めた嬢達が、キャアキャア言いながら集まって来た。危険なニオイのする、しかも女に優しい冴羽は、この界隈では人気者である。

彼女らの話を総合すると、ヒトミこと横畠富由美は、二年ほど前に田舎から出て来て、モデルを夢見たもののオーディションにも引っ掛からず、持参金も底をついて、サラ金で借金の末フーゾクに飛ばされて来たらしい。

「なんか、最近、凄く優しくしてくれたオジサンがいて、その人の事が好きになっちゃったらしいよ」

横畠と同期の嬢がそう教えてくれた。どうやら、それが猿渡らしい。

不遇な生活の中で、スケコマシの見せかけの優しさに心を惑わされてしまったか。

冴羽は小さく首を振ると、聞き出した横畠の住所へと向かった。

 

横畠の住むアパートは、路地裏の木造の文化住宅で、辛うじて部屋にトイレがある程度の、かなりのボロ物件である。

横畠が出掛けたのを見計らって、冴羽は彼女の部屋に侵入した。台所とー間だけの狭い室内に、服が適当に掛けられ、床にも畳まれないまま転がっている。

小さな鏡台があり、その周りには何重にも写真が貼り付けてあった。台の上にある『写ルンです』で撮ったのだろう、猿渡の、遠くからの写真ばかりだが、中には猿渡の部屋のすぐ外から撮った、彼が誰かの写真を見ながら自慰行為に耽っているものなど、かなり際どい距離まで接近したものもあった。

これは、かなりアブナいかな。

冴羽は一人肩をすくめた。

 

X

 

桐生と錦山の二人は、ひとみの張り込みを始めた。店の奥のスタッフルームで、ブランデーをちびちびやりながら、客の様子を窺う。この二週間ほどは来ていない、というが、名前以外は判らないので、ここで待ち構えて、直接顔を見てみるしかない。

そんな調子で四日が過ぎた。

「奴が来たら、フツーのケツ持ちとして、声を掛けてやろうぜ」錦山がこんな提案をした。「別にひとみに頼まれた訳でもねぇ。フツーに迷惑な客を追い払う感じで、脅してやるんだ」

「成る程。いつも通りの用心棒って訳だな」桐生は頷いた。「カズオっつったか、奴がどう動くか反応を見るって事だな」

「そう言う事」

錦山がそう言った時、部屋に杏奈が飛び込んで来た。

「来た来た。カズオ来たで」

「来たか。で、今はどうしてる?」

「フロア・マネージャーの神谷くんが止めてる。でも、ひとみは留守や、言うてんのに聞けへん。『ひとみを出せ』の一点張りや」

「よっしゃ、判った」錦山は左掌を右拳で叩いた。「とにかく、奴の顔を拝んで、その後でつまみ出してやる」

桐生も無言で立ち上がった。

二人がエントランスまで出ると、痩せぎすの目付きの鋭い男が、神谷と押し問答の最中であった。

「おい、オッサン」

錦山は、男を睨みつけながら声を掛けた。男は錦山と桐生を交互に見た。

「何だお前らは?」

「俺らは、この店の用心棒をやってる、堂島組の錦山と桐生ってモンだ。お前みたいなメーワクな輩を店に寄せ付けないように見張ってるんだ」

「うるせえ、引っ込んでろガキが」

男は吐き捨てるように言うと、またすぐ神谷に食って掛かった。

「おい、フザケんなよお前」

錦山は男の肩を小突くと、神谷との間に割って入った。そのまま胸倉を掴む。

「な、何すんだよ」

男は、明らかに怯んだ。直接的な暴カには慣れていないようだ。

「いい加減にしろや。営業妨害なんだよ」

錦山は言いながら、掴んだ拳で突き飛ばした。男は尻もちをつくと、よろめきながら立ち去った。

「神谷くん、塩撒いとけ塩」

錦山は意気軒昂に大声で言った。だが桐生は、無言で立ち去った男の行動に一抹の不安を感じた。

その翌日、ひとみの部屋に小さな段ボール箱が届けられた。赤帽を名乗った配達員は、大きなマスクをしていたが、その目付きに見覚えがある気がして、ひとみは荷物を受け取ると逃げるようにドアを閉めた。

恐る恐る箱を開けて、ひとみは耐え切れずに悲鳴を上げた。

中には、『俺はあきらめないよ』と殴り書きされた便箋が入っており、その下には精液を拭き取ったティッシュペーパーが大量に詰め込まれていた。

 

桐生がひとみの様子を見に来ると、彼女は玄関のすぐ内側で、段ボール箱の前で泣き崩れていた。中のティッシュの山を見て事情を察した桐生は通路の手すりから身を乗り出して付近を見渡してみたが、当然誰も見当たらない。

とりあえず錯乱状態のひとみを落ち着かせて、話しを聞いた。

荷物を届けに来た男は、恐らくカズオ本人であろう。届けて来たブツから、その執着の度合いが見て取れる。病的に粘着質、まさにストーカーである。

「俺か錦が来るまでは、絶対に鍵を開けるなよ。親や友達でもだ」

桐生は泣きじゃくるひとみにそう言い含めると、アパートを飛び出した。その足で風間の事務所に向かった。そこには、しかめっ面の錦山が待っていた。

「おい桐生。お前一人でどこ行ってたんだ?」

「ひとみの部屋だ。変な荷物が届けられた。奴は段々エスカレートしている」

桐生がそう言った時、事務所の電話が鳴った。桐生は素早く受話器を取った。電話の向こうでは、ひとみが恐怖に声を震わせていた。桐生が、ひとみに事務所の番号を教えていたのだ。

「ひとみ、どうした?」

「桐生くん…たすけて…。さっきからず一っと、電話が…」

「何て言って来てるんだ?」

「良く判んない…でも、見られてるみたい…」

「判った。そこは危ねえ、迎えに行くから待ってろ」

「おい桐生、迎えに行くったって、どこに連れてくんだよ?」

錦山に問われて、桐生は返事に詰まった。

「ここに連れて来よう。俺も一緒に行く」

風間は立ち上がると、車のキーを錦山に放った。

アパートまで来ると、桐生は車を飛び出し、ひとみの部屋まで駆け登った。ドアを開けると、電話が鳴りっ放しで、その前で真っ青な顔でオロオロしているひとみがいた。

「電話なんか放っとけ!こっちへ来い!」

桐生はひとみの手を取って、彼女の全財産が入ったディオールのバッグを持っている事を確認すると、そのまま部屋から連れ出した。

桐生がひとみを保護しに行っている間、風間は鋭く周りを見廻した。彼のスナイパーの眼は、自然とこのアパート、特にひとみの部屋を見張りやすい場所を探っていた。と、とあるビルの陰に人影を見つけた。アパートからは見えにくく、その場所からはしっかりと見える。その人影に、風間は見覚えがあった。更に風間の鷹の眼は、その人影を見張る女の影も見付けた。その様子に尋常ならざる物を感じて、風間は全員を車に押し込むと、早々にこの場を立ち去った。

 

神室町の事務所へ帰ると、ひとみからこの二日ほどの顛末を聞いた。

「何て野郎だ、あのカズオってオッサン。ひとみにヒデェ事しやがって」

「錦、一馬、お前達があいつを突ついたせいでもあるんだぞ」

風間が渋い顔で言った。

「すいません。軽率でした」

桐生は素直に頭を下げた。

「まあいい。それより、カズオって言ったか、さっきの所に居たぞ」

「えっ?」

「とにかく、俺はそのカズオって奴に心当たりがある。確かめに行くから、一馬、ー緒に来い。錦は彼女に付いててやれ」

指示を出してから、風間は帝釈天のお守りをひとみに飛げ渡した。

「持っとけ。厄除けのお守りだ」

 

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冴羽は、横畠を追い掛けた。猿渡の行動は槇村が調べ上げているので、彼女を捜す事は造作もなかった。案の定、横畠は猿渡を監視しやすい場所にいたので、すぐに見付ける事が出来た。

冴羽が近付くと、横畠は振り向きもせずに言った。

「あんた、誰?あたしの周りをウロチョロして」

「やっぱり判ってくれてたか。良かった」冴羽はニヤリと笑った。「俺は冴羽獠。この街の掃除人(スウィ一パ一)さ」

「あたしは用はないわよ」

「俺にはあってね」冴羽は肩をすくめた。「悪い事は言わない、猿渡の事は忘れろ。あいつはクズだ。お前さんがそこまで入れ込む値打ちもない奴だぜ」

「大きなお世話よ」

横畠は、冴羽を見る事なく答えた。

「それだけ奴の事を見てるんだ。どれほど腐った男か、判るだろ?」

「そうね。だから、あたしがいないとダメなの」横畠は唇を噛んだ。「あの娘じゃない。あたしじゃなきゃ」

「お前さん、イイ女なのに勿体ない」

冴羽のその言葉には、横畠は肩をすくめただけだった。

「じゃあな、富由美ちゃん」冴羽はあっさりと背を向けた。「あまりやり過ぎるなよ。止めなきゃいけなくなる。」

そのまま歩き去る冴羽に、横畠は一人言のように呟いた。

「もっと早く逢いたかったわ。冴羽獠」

 

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風間は桐生を連れて、ピンク通りへやって来た。風間の記憶が確かならば、あの男はここに居る者のはずである。

ピンサロやイメクラのひしめく雑居ビルの二階、通りに面したフロアにある『喫茶 サワタリ』へと入った。

三十ほどの席はほとんど壁や窓に向いたかウンター形式で、基本的に一人席のみの仕様である。

正面のカウンターには、若い男がサイフォンでコーヒーを淹れていた。

「仕事中悪いが」風間は有無を言わせぬ口調で問い掛けた。「今日は、マスターは?」

「一昨日から来てませんよ。お陰で俺の予定はパーですよ」

男はそう言って肩をすくめた。

店内を見渡すと、マスターの写真が掛けてあった。

「ー馬、『カズオ』ってのは、こいつだろう?」

「ああ」

「やはりな」風間は溜め息をついた。「こいつは『スケコマシのカス』こと猿渡和雄だ。こいつに泣かされた女は多い。いけ好かない野郎だ」

「そんな奴が、ストーカーですか」

「何か、ハマっちまったんだろうな」

「これからどうしたらいいでしょうか?」

「そうだな」桐生の問いに、風間は腕を組んだ。「とりあえず、彼女にはどこか避難部屋を用意して、後でカスをしばき回そう。堂島に楯突いたら、風間組が黙ってないと、思い知らせてやれば、ストーカー行為も収まるだろう」

そう吐き捨てた風間だったが、もう一人見掛けた女が、少々気になっていた。

 

一方、留守を任されていた錦山は、不安げに黙りこくるひとみを何とか安心させてやりたいと思ってはいたが、気の利いた言葉も思い付かず、闇雲にタバコをふかしていた。そこへ電話番の若中の男がやって来た。ちょっと酔っている様な呂律である。

「おい、錦山ぁ、風間のぉオヤジからぁ電話あったぞぉ。今から女を隠れ家にぃ移動させるからぁ、出られるよう準備しとけってよぉ」

「判りましたカジさん。ところで、何かヤってんですか?」

「あ、ハッパだよぉ、気にすんなぁ」

「オヤジに見つかったらドヤされますよ」

錦山はそう言いながら、ひとみを促して事務所前へ出た。そこへ、紺色の軽バンが走り込んで来た。てっきり桐生が降りて来ると思っていた錦山は、作業服の男を見た時、一瞬反応が遅れた。男はひとみをバンの後部に押し込むと、猛スピードで走り去った。錦山はなす術もなく見送った。

 

「馬鹿野郎!」

風間はカジを殴り倒した。カジはー発で立てなくなり、床でのたうち回っている。

「ハッパなんぞやるな、とあれほど言っただろうが。だから俺の声と聞き間違うんだ。柏木がいねえとこうもだらけるもんなのか?」

風間は溜め息をついた。柏木は、傷害でパクられて一年間の服役(おつとめ)中である。

「で、錦、ひとみを拉致していった奴、見たか?」

「ああ。帽子を目深に被っていたが、間違いねぇ、カズオだった。ナンバーも憶えたぜ」

「よし。では、お守りのご気嫌伺いだ」

風間はそう言うと、机の引き出しからトランシーバーの様な機械を取り出した。正面に緑色の画面が付いており、そこに点滅する赤い点と、下にNとEから始まる数字が出ている。

「これは?」

首をひねった桐生に、風間は笑って言った。

「娘にお守りを渡しただろう?あれはGPS発信機だ。こいつがあれば、娘の、そしてカス野郎の居所が判る」

「スゴイッすねオヤジ。そんなモンどうやって手に入れたんです?」

錦山が尋ねた。風間はそれに肩をすくめて答えた。

「俺も良く判らんのだがな。柏木の舎弟の柘植っていうのが手配してくれたんだ。何かで要るだろうってな。何でも、渡り鳥やクジラを追っかけるのに使うらしいぜ」

 

GPSの信号は意外に近く、西新宿辺りを示してしていた。この辺りは、急激な都市再開発の波に完全に取り残された、ゴーストタウンのような街である。高層ビル群が続々と立ち並ぶ中、ここだけは今だに木造の長屋やアパートなどが軒を連ね、昭和の残滓として存在している。

少し捜して、軽バンが停めてあるのを見つけた。ナンバーは錦山が記憶していたものと一致した。

そこは、とうの昔に廃墟と化したマンションで、エントランスには空き缶やファーストフードの袋などが捨てられているが、ゴミの真ん中を一本の道が通っている。

「間違いないな」

GPSを確認して、風間は頷いた。

「あれは誰の車だろう?」

桐生が、軽バンの近くに停めてある軽乗用車を見て首をかしげた。

「さあね。ここの住人のじゃねーの?」

錦山は軽く返した。風間はそれには何も答えなかったが、同じく気にはなっていた。風間は、更にワンブロック離れた所に目立たぬように停めてあるミニク一パーも気になったが、あえてそれには構わない事にした。

マンションに入ると、エントランスからすぐに吹き抜けになり、大きな広場に出る。各階の通路が吹き抜けを見下ろす形になる。吹き抜けの一番上は、屋根が掛けられており、雨露をしのぐ事も出来る。広場は、勝手に入り込んだ者によるものか、上層階から落とされた家具類が散乱している。その中に、破片を寄せて広げた空間が作られており、辛うじて使えそうな椅子や机が配置されたー角があった。

そこに、手足を縛られたひとみがいた。

「あ、ひとみ!」

走り込んで助けに行こうとした錦山を、風間と桐生とが同時に止めた。

「待て」

「錦、何か変だ」

良く見ると、ひとみが縛られているソファの向かい側に女が一人立っており、カズオと何やら話しているようである。

女の言葉に、徐々にカズオの声が荒くなって来た。

「何だか穏やかじゃなさそうだな」

錦山が誰ともなく呟いた。

「そもそも、誰だ?あの女」

風間はそう言いながら、更に別の気配を探して、辺りを窺った。ほんのー瞬だったが、自分に向けての強い意識を感じたのだ。それは、スナイパーのものに間違いなかった。

風間は、回廊状になっている上階の通路を見上げた。いるなら上だ。あのクーパーの持ち主に違いない。

その間にも、カズオと女の言い合いはエスカレートして来た。

「いい加減にしろ!このスト一カ一が!」

カズオは怒鳴った。女はビクリとしたが、怯まなかった。

「そんなにひとみが良いの?あんたはあたしと結ばれるのがー番なのよ」

「何度も言わせるな。お前はただの遊びだ。二度も抱けば十分だ。だが、ひとみは違う。ひとみは、俺の宿命の女なんだ。俺とひとみが結ばれるのは、前生からの約束なんだ」

そんなやり取りを、ひとみは呆然と見るしかなかった。自分がなぜこの場に居なければならないのか、理解が出来なかった。

苛立ちを抑え切れなくなったカズオは、机の上の包丁を取ると、女に刃を向けた。

「畜生、こんな事をやりたくなかったから、スウィーパーを雇ったのに、役立たずな奴だ」カズオはそう言ってから、ひとみを振り返って、猫なで声を出した。「ひとみ、邪魔者はすぐに片付けるから、待っててね」

カズオは凶暴な目で女を見ると、包丁を向けたまま足を一歩踏み出した。

圧縮空気の噴出するような音と、甲高い銃声が同時に起こって、カズオの手の中で包丁の刃が砕け散った。カズオは細かい破片を体に浴びて、悲鳴を上げて顏を背けた。

突然の爆発は、二丁の銃から発射された弾丸が正面衝突をした事実を示している。風間は鋭い目で辺りを見回した。

先程の音は、サイレンサーの物で、銃はコルトパイソンと当たりを付けた。パイソンをピンホールで扱えるスウィーパーと言えば、風間は一人しか知らない。風間は、二階の通路に姿を見せた男に声を掛けた。

「お前か、シティーハンター冴羽獠」

「あんた、堂島のヒットマン風間新太郎だな」

二人が名を呼び合うと、場の空気がピンと張り詰めた。その重たさに、桐生と錦山の背中をイヤな汗が伝った。

その空気の中、女が動いた。手には裁ち鋏が握られていた。また銃声がして、女の少し上の空間で爆発が起こった。鋏を狙った冴羽の弾丸を、風間が撃ち砕いたのだ。

女は、頭に振り掛かる破片をものともせず、鋏をカズオの腹に突き立てた。カズオは激痛に声も出せずに倒れた。

「石原ひとみ!」

女は、ひとみの名前を呼んだ。カズオの体をまたいで近付いて行く。

「…もしかして、フユミちゃん?」

「そうよ。横畠富由美よ。あたしの転校以来よね」

「フユミちゃん、本当に久し振りね」

「よく言うわ。全然連絡もくれないで。転校してからのあたしは悲惨だった。ずっと虐められた。でも、あたしは我慢した。あんたみたいになりたかったから。でもだめだった。やっぱりあたしは、あんたにはなれなかった」

「私は別に、そんな大したもんじゃないわ」

「何よ。そんなに可愛くて、皆に好かれてて、今も人気のキャバ嬢で、何でそんなに何でも持ってるのよ!」

ひとみは黙って横畠の言葉を聞いていた。

「あたしはあんたが理想だった。明るくて可愛くて頭も良くて。あんたが高校を卒業して、東京へ出たと噂で聞いて、居ても立ってもいられなくて、あたしも東京に出て来た。でも、上手くいかなかった。あたしは借金して、風俗に行くしかなかった。でもあんたは、新宿でも一番のキャバクラの人気キャバ嬢。何で?何であんたばっかり!」

ひとみはしばらく黙ったままで、横畠を見つめた。

「ねぇ、フユミちゃん、あの時、私の方が、あなたに嫌われたんだと思ってたんだよ」

「何言ってんのよ」

「だって、どこへ引っ越したかも判らなかったし。電話番号も知らないし。私、とっても悲しかったんだから」

「嘘言わないで!」

横畠はヒステリックに叫んだ。

「ホントだよ」ひとみは悲しげに微笑んだ。「だから、私は東京に来たの。あなたとの思い出のいっぱいある地元には居たくなかった。寂し過ぎたから」

今度は、横畠がしばし黙り込んだ。

少し間をおいて、かすかに笑った。

「ありがとう」

横畠は、穏やかな表情で、囁くように言った。

「でも、もう遅いわ」

横畠の表情がまた鋭くなった。足元で虫の息になっているカズオのポケッ卜を探り、十徳ナイフを見つけ出した。パチンと刃を立てる。

「結局あんたは、あたしの最後の依り所まで奪ったんだから」横畠はカズオを見下ろしながら言った。「でも、もう誰にも渡さない。和雄はあたしのもの。そして、あんたもあたしのものにしてあげる」

横畠はひとみに歩み寄ると、ナイフを振り上げた。

風間は舌打ちをして、銃を構えた。風間は、女二人をカズオの被害者として、このストーカー騒動を終わらせるつもりでいたのだが、この横畠という女は、彼の想像以上にイカレていた。

そこへ轟音が鳴り響き、横畠が床に叩き付けられるように倒れた。冴羽が、サイレンサーを外したパイソンで撃ったのだ。サイレンサーで減速されていない.357マグナム弾は、1140ジュール、則ち1.14トンの衝撃力を有する。即死も免れ得ない。

横畠が撃たれたのを見て、桐生と錦山がひとみの元へとダッシュすると、縛っていたビニール紐をほどいた。解放されたひとみは、桐生に抱きついて嗚咽した。

風間は横畠に近付いた。彼女はまだ息があったが、それも時間の問題だった。

横畠は、やはり近くまでやって来た冴羽を見て、何か呟いた。声にはならなかったが、二人のスナイパーには「ありがとう」と読み取れた。

「何とか『こちら側』に留める事は出来なかったか?」

沈痛な面持ちで、風間は呟いた。

「もう彼女は、抜き差しならない所まで行っていたんだ」無表情な冴羽が呟いた。「逝かせてやるしかなかった」

銃声を聞いて、誰かが通報したのだろう。パトカーの音が近付いて来ていた。

 

西新宿の殺人の現場に、所轄の先輩達と乗り込んだ新人の伊達真巡査と、警察学校の研修で地域課二ヶ月目の小野田義信巡査は、関係者からの事情聴取を行っていた。

現場にはストーカー被害に遭っていたキャバ嬢の石原ひとみと、彼女の勤め先『新宿CATS』のケツ持ちである堂島組の若頭、風間と若衆の桐生だけがいた。誰にも銃の所持の痕跡はない。

小野田には、ひとみに見覚えがあった。生活安全課にストーカー被害の訴えに来ていたのを見ていたのだ。

「小野田、覚えておけよ。これが警察の限界なんだ。俺達が出来ない事を、ヤクザやスウィーパーなんかが肩代わりしてるんだ」

伊達が、悔しさを隠さずに言った。

「そうですね先輩、俺も悔しいです」初々しい顔の小野田も苦々しく言った。「俺、いつか捜査一課長になって、東京中の犯罪者をとっ捕まえてやりますよ」

「その意気だ。頑張ってくれ。だが気をつけろよ、『敵は味方のフリをする』からな。身内から足を引っ張られないようにな」

伊達はそう言って笑うと、もう一度現場を見渡した。

(風間、桐生、そしてスウィーパーか)

伊達は、思わず肩をすくめた。

そこへ、ドヤドヤと黒スーツの男達がやって来た。あっという間に現場を制してしまう。

少し遅れて、場違いなほどセクシーな女がやって来た。

「ご免なさいね。今からここは、警視庁(ウチ)が仕切らせて貰うわね」

「何だ、野上冴子か」

「あら、風間さんじゃないの。お久し振り」

「『警視庁の女狐』が何の用だ?」

「色々とややこしい案件でしょ。だからウチで預かる事になったの」

冴子は風間にウィンクをした。

「シティハンターはあんたの管轄か」

「どうとでも取って。じゃあ、調書取るから、彼女をよろしく」

呆然としている所轄、そして伊達と小野田を置き去りにして、捜査官達はひとみを連れ去って本庁へ帰って行ってしまった。

パトカーに乗る前に、冴子はどこかへ向けて呟いた。

「優しいのは判るけど、私に手間掛けさせないで、獠」

 

スコープ越しに正面からその姿を見せられて、冴羽が笑って言った。

「やれやれ、恐い女だ」

 

 

翌朝の新聞と朝のワイドショーには、『ストーカー殺人事件を暴力団組長が終結 背後にスウィーパー(掃除屋)の影 問われる警察の捜査体制』の文字が躍っていた。

 

終 わ り

 

 

20170715了

 

 

※ 註

 

GET WILD アニメ『シティーハンター』エンディング曲 : TM NETWORK

 

ダブルタイフーン『第二話 昔話~国一抗争』をご参照下さい。

 

冴羽獠 槇村秀幸 野上冴子 『シティハンター』 1985~1991 週間少年ジャンプ 北条司

 

小野田義信 TBS日曜劇場『小さな巨人』(2017) 捜査ー課長

※作品中では、20才 警察学校 所轄研修中 地域課二ヶ月目という設定。

 

伊達真 21才 新宿署捜一強行班新人 '84年から配属

『龍が如く』レギュラー



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