金カム主人公の近所のお兄さんポジだが俺は杉元佐一の支えにはなれない   作:MM*K

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原作前から始まりますが、都合よく捏造したりwiki情報を参考にしてるので軽い気持ちでご覧頂けたら幸いです。


俺が金カムに転生したと気付く前

人間ならば誰しも、一度くらい「人って死んだらどこへ行くんだろう。」と、素朴な疑問を抱くだろう。善人は天国行きで、悪人は地獄行きだとか。そもそもあの世って本当にあるのかとか。気になってしまうものだ。分からないことがあると気になってしまうのは仕方がないことで、解明せずにはいられなくなる。限りある命だからこそ人生の終着点に目を向けてしまうのも当然なのだと思う。

 

でも実際にそれを生きているうちに知ることは出来ない。どれだけ「こういうところがあるはずだ。」「いや、そんなものは無い。」「別の時空へ到達する。」「この世にとどまる。」と議論を続けたところで、机上の空論に過ぎない。深く考えても答えの出ない問いなのかもしれない。むしろ死んだ後まではっきりと自我が残っているかも分からないから、もしかすると、誰一人として真実を認識することはできないのかもしれない。

 

そんな中俺は、恐らく死後の世界というものを認識していた。

 

多くの人々の行列の中、気がつくと俺はその一人だった。時折階段を上りながら、ゆっくりと進む列の中でぼんやり考える。俺はどうしてここにいるのだろうと。

俺は前にいる男に話しかけようと肩を叩く。

 

「なぁ、アンタ。ここって一体……。」

「……?すまない。見ないほうがいい。ここがどこかなんて皆分かっちゃいないさ。」

 

振り返った男は同じ日本人だったが、怖いくらい肌が真っ白だった。異様なほど痩せていて、頬もげっそりとしている。妖怪みたいだ。自分で話しかけておきながら、顔を見るや頰を引きつらせた俺を見て、男はなるべく顔を見せないように服の袖で軽く顔を遮った。

 

「あ、すまん。」

「話しかけられるとは思わなかった。が、当然だと思う。でも俺もここがどこだか分からない。分かるのは死んだ後に辿り着くどこかということだけ。」

「あの世ってことか?」

「あの世か。まぁ認識的には間違っちゃあいない。でも呼び名なんてそう関係ないものだ。ここには天使も鬼もいない。三途の川もなければ、神々しい存在すら見当たらない。」

 

容貌は恐ろしいが、思考はまともな男であるらしい。俺よりも冷静に現状を把握しているのだろう。もういいか、と言う男に一言謝ると男は再び前を向き歩き出した。続くように俺は間を詰めながら辺りを見回してみる。

 

男の言う通り死後の世界にしてはあっさりとしていた。殺風景とも言える。天国とも地獄ともつかないが、所詮それらは生きていた人間の想像に過ぎないのだろう。列から頭だけをひょっこり出して先頭付近を確認すると、緩やかな傾斜の先で列が途絶えていた。注意深く見てみると、先頭に来た者たちは皆ジャンプをして何処かに消えてしまっていた。その飛び方は、海の中にダイブするかのようだ。

 

暫くすれば俺自身が徐々に先頭に近づいていく。そこで俺の目の前に現れたのは巨大な穴だった。

 

驚くほど巨大な穴はどこへ続いているのだろうか。深い闇の先には視覚できるものはなく、自分の前に飛び込んでいった人々がぶつかる音も聞こえない。俺の前にいた男も躊躇せず飛び込んでしまった。けれど叫び声一つ聞こえなかった。妙に静かな気味の悪い穴だった。

 

ついに俺の番になり、穴の目の前で一瞬考える。落ちた先が本当の死なのか。けれど考えても仕方がないので俺も飛び込んだ人々に倣って、思い切り踏み切って穴に飛び込んだ。

 

 

結論から言ってしまうと、俺はあの穴に飛び込んだ後不思議な感覚に襲われ、気がつくと転生していた。ただ、転生というよりは憑依の方がしっくりくるだろうか。俺は自分が転生したということを産まれてから十年経ってやっと知った。

 

その時十年間生きていた『高橋唯之』という少年は綺麗さっぱり居なくなってしまった。

 

俺は一度死に、穴を落ちて今世の『高橋唯之』というベースの上に植わった雑草だ。まだ芽が出たばかりの花の植木鉢に、風に乗ってやってきた俺は、本来花が育つためにあった筈の土壌も栄養も、何もかもを横取りしてしまった。

 

『高橋唯之』は明るい少年だった。人付き合いがよく、器用で優しい性質は、俺とは正反対に近い。人のために駆け回ることができ、人の喜びや幸せを自分のものと思えるような気持ちの良い人間と、そんな善良な人間を食い潰した自分。とてつもない嫌悪感だ。今でもどうして自分は生きているんだろうと思う。『高橋唯之』に成り代わった自分は、彼の十年間の人生も、彼だけのものだった想いも、何もかも彼を殺して奪い尽くしてのうのうと生きてる。

 

辛くてまた死のうかとも考えた。

けれどそう思い至る度に、俺がこの転生を自覚したあの朝を思い出す。柔らかい布の感触と、熱いほど感じる命に涙したあの日を。あたたかさに言葉に出来ない激情を覚えたのは、俺にとって初めてのことだった。

 

だからせめて、命を粗末にはするまいと己に誓った。死んでようやく命の大切さを理解するような愚か者でも、何かできることがあるかもしれない。そう信じて俺は今日という日を生きている。散々自分のために使った人生を、今度は誰かに優しくするために使うことが、俺にできる唯一の償いだ。

 

元の『高橋唯之』を知る者たちからは、急に人が変わったと遠ざけられるようになった。悪い意味ではない。少しやりすぎて、良い人になりすぎてしまった。折り合いの合わなかった連中も、自分の家族も、世話になった親類や友人たちも、まるで清いものを見るかのような目で俺を見る。その事実が俺にとってただ一つ悲しい事だが、それもまた俺が誓いを破らず生きているという証拠でもある。

 

俺が暮らす村はのどかで良いところだ。村というのは基本そういうものなのだろうし、転生する前のコンクリートジャングルに慣れた俺にとっては、一層自然豊かで気持ちの良いところだと思った。俺の家は山に近い所にあり、きのこだとか山菜だとか、木材を売って生計を立てている。

 

一度だけ父と懇意な都の商人に連れられて、村を離れて売りに行ったことがある。その時一番驚いたのは、今が明治時代だということだ。廃刀令だとか、戦争がとか、キリストがとか、さながら学校の教材のビデオを観ているような気分だった。西洋式のレンガの建物が並び、馬車まで通っている。村の爺婆は学がないものが多かったから、今が何年だとかそんな話をした覚えもなく、俺もまたこういうものとして受け入れていたから、まさか自分が生きていた時代より100年以上前だとは気付きもしなかった。

 

お陰で色々あった疑問も解決される。そのうちの一つが徴兵令だ。満20歳以上の男子が対象のアレである。俺も今年で20歳になり、春過ぎにある徴兵検査で甲種判定が出れば翌年の今頃は入営している頃だろう。徴兵をよく思っていない俺の親や村の人の一部は「行かなくても」と口では言うが、どうにもならない話だ。兵隊になって国の為に尽くすのは、日本国民ならば当然の事。そう言うことになっているから仕方がないのだ。行かなければ警察に捕まるか徴兵肯定派に殺されるかの二択しかない。

 

それに軍隊に入るのも悪いことばかりではないのだ。まず農家の肉体労働に比べて比較的楽にお金が稼げる。軍隊の訓練はもちろん厳しいだろうが、天候に作用されずとも、必ず給料が出るというのはなかなか嬉しいことだと思う。仕送りをすれば俺の居ない分を少しは補えるはずだ。軍では寝泊まりする場所も飯もほとんど心配しなくて良いから、普段からろくに食事を摂らない両親に、お腹を満たして欲しい。

 

もう二月も終わる。じきに寒さも過ぎて、山菜が採れる時期になるだろう。ここ最近は乾物のきのこだとかしか食べていないから、山で動物を狩ってくるのもいい。棚を整理しながらそんなことを考えていると、小屋の外に誰かが来る音が聞こえた。戸を開けばそこには佐一が黙って立っていた。

 

「どうした佐一、こんなとこまで。寒かったろう、こっちに来い。干し柿はねぇが炒り豆くらいならあるぞ。」

 

佐一は黙って頷き囲炉裏の前に座ったので、俺は戸を閉めて棚から炒り豆の入った茶碗を取り出して佐一の前に置いた。茶でも飲もうと鉄瓶を囲炉裏にかけたところで、佐一が唯之にいと俺の名を呼んだ。

 

パチパチと爆ぜる音が土間の中に響く。外の風がきつく吹いて、小屋の戸や窓をカタカタと鳴らすが不思議とうるさくはなく、俺はただ静かに佐一が話し出すのを待っていた。

 

「唯之にい、春に徴兵検査に行くって聞いて、それで…。」

「ああ。多分来年の今頃には軍に入ってるだろう。」

「何でだ、唯之にいは一人息子だろ?家督を継ぐもんは徴兵から外れるって聞いたぞ。」

 

佐一はいつもに似合わない小さな声で俺に聞く。確かに佐一の言う通りだ。長男は徴兵から外してもらえる。家督を継ぐ者がいないと困るから、そういう時や体が弱い奴は対象外だ。

 

「佐一は知らんだろうが、俺は次男なんだ。」

 

俺は高橋家に生まれた次男。長男は体が弱く、村から離れた病院で暮らしている。佐一は10歳だから、俺より二つ年上の兄のことなど知らなかったのだろう。俺も俺の両親も、病床の兄がいる事を言いふらすようなことはしなかったから。

 

「嘘だ。俺はそんなやつ見たことない。」

「俺の兄は和正という。俺が11の時に体を悪くして、それからずっと街の病院にいる。最近は体も良くなってきたから、兄さんが居れば俺が軍に行っても問題ないんだ。」

「でもいつ死ぬかわからないなら、唯之にいは必要なはずだ。」

「佐一……。」

「だから行かないでよ。行かなくていいなら、ここに居てよ……。」

 

佐一の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。ぎゅっと握った拳の上に落ちた涙は、伝って着物の裾に染みを作った。俺は何と言えばいいか迷って、佐一の背中を慣れない手つきでさするだけだった。その間もずっと佐一は行くな、行くな、と俺に訴え続けた。

 

佐一は姓を杉元と言い俺と丁度10歳差の村の子で、俺は杉元の家に行くたびに可愛がっていた。佐一の兄とは年が近いのもあり幼馴染だったため、遊びに出かけるたびに面倒を見ていた。それがなくても村の人は俺を何かと信頼していたため、いろんな家から子守を頼まれるのは日常茶飯事であったし、俺も頼まれたら断れない性分だったので、佐一の面倒を見るのは必然だっただろう。一時は俺が本当に兄だと勘違いしていたくらいだから、非常に親密だった。

 

温厚で優しい佐一は整った顔立ちをしており、一際目立つ少年だ。前世の世で言うイケメンに相当する。幼い頃からここまでだと、成長した時に遊び癖がつかないかと心配したが、当の本人は女性には初心で途端に顔を赤くするのだから面白い。俺が村の宴会で芸者の真似事をした時に目を白黒させていたのは今でも酒の席で話に上がる。

 

思えば佐一にとっては俺もまた家族の一人だと言う認識だと気付く。10歳の佐一は親しい兄との別れが辛いのだ。自分は11の時に兄と別れた時に、母に泣かないなんて大物だねと感心された覚えがある。そうか。こう言う時は悲しくなるのだな、と子供らしくない感想を覚えた事を記憶している。きっと『高橋唯之』なら泣き喚いていただろう。その時もやはり自分に彼の代わりなど務まらないと落ち込んだものだ。

 

けれど俺には佐一の苦しみは分からない。俺はそうあるべきだという世の流れに乗せられ、逆らわずその役目を果たすまでだ。そも、こんな自分に誰かにここまで思われる価値などありはしない。

 

佐一は俺が前世を思い出してから関わった人間だから俺が好きなだけだ。佐一の兄たちは急に人が変わったと戸惑い、同い年であるのに敬語を使われたこともある。まあ、よそよそしくされた。悪口を言われるでも悪意を向けられるでもなく、ただ突然大人びた感じだと、まるで先生のようだと、変に遠巻きにされた。聖人でも見るかのような目は俺にとっては辛く、『高橋唯之』を知らない幼い子供達に逃げた。それもまた周りから子供好きと勘違いされる要因となり、それ幸いと子供の面倒を見る。俺は自分が楽になりたい一心で幼い子を利用したに過ぎなかった。

 

だからこそ、佐一をこんな思いにさせたのは確かに自分のせいなのだ。自分が執拗に関わらなければ、ここまで辛い思いをさせずに済んだろうに。

 

「佐一、よく聞け。軍に入っても俺はちゃんとここに帰ってくるよ。」

「でも会えなくなる…唯之にいが居なくなってしまう……。」

「居ないのは2年くらいだぞ?」

「2年でも嫌だ。」

 

先ほどまで俯いていた佐一は顔を上げると、膝をつきながら俺の方に来て腰のあたりに抱き着いた。引っ付いた体は熱く、しゃくりあげて震える度に俺の良心を攻撃する。どうしたものかと思い俺は一つの提案をした。

 

「なぁ、じゃあこうしよう。俺が入営するまで一年ほど猶予がある。その間はずっと佐一の側にいよう。それで入営した後は月に一度必ず手紙を書く。」

「…本当に?」

「俺は嘘は言わん。手紙に菓子を付けてもいい。」

「……。じゃあ、俺が手紙を送るときは、干し柿を添える……。」

「そりゃ嬉しい。珍らしく気が利くぞぉ佐一。」

「珍らしくは、余計だろ……。」

 

その後もえぐえぐと泣き続ける佐一に寄り添いながら、その目に手ぬぐいを当てていると、いつのまにか佐一は寝てしまった。起きた時に俺が居ないとなるとどやされそうだと思ったので、俺は佐一が目覚めるまで側にいてやることにした。

 

 

あれから五月になり、俺の村でも徴兵検査が行われる。普段から代わり映えしない村の中では、この手の話題はイベントのようなものだ。どこ行っても同じような話を何度も何度も繰り返している。変なほら話まで混じってきて、検査で忠誠を誓うために金玉を抜かれるとか下ネタ言う奴も出てきた。

 

他にも、知ってるやつが何人も養子に出された。養子縁組にとんでもない金額を要求されて酷いことになってる奴もいるが、それでも徴兵を避けたいのだろう。俺も両親に養子縁組の話をされたが、高橋の家から出る気は無いときちんと伝えた。俺の場合はよそと違い、勝手にこの家を出る資格などないのだから当然のことだと言える。

 

「検査員に変なことされたら俺に言えよ。ぶん殴ってきてやる。」

「年下に守られるほど俺は弱かないぞぉ〜?佐一〜?」

 

二月に二人で約束したように、あれから俺と佐一は毎日一緒に行動した。お互いの家に寝泊まりしに行くこともある。ある日は俺の山菜狩りに付き合い、ある日は佐一の家の田植えに付き合い、時に子供らを集めて鬼ごっこだとか家事をした。これまでも長い付き合いだったが、この数ヶ月でより佐一のことを知ることができた。温厚なくせに腕っ節があるからよく寅次と喧嘩していたり、梅子に気があるようだったり新しい発見ばかりだ。

 

始めの数日はお互いの両親に心配された。俺が事情を話すと俺の両親はおやおやと微笑み、佐一の両親は軽く小言を言ってから佐一に一発拳骨を食らわせた。ペコペコと俺の両親に頭を下げる自分の両親にきまりが悪くなったのか、頭をさすりながら口を尖らせていた佐一は年相応の子供らしさがあって俺は何故かほっこりした。

 

徴兵検査は毎年四月から五月に行われる。変なほらのせいで何をされるのか全く分からないが、前にやった奴に聞けば、褌だけになって様々な測定をする他、性病の有無を調べるために検査官の前で褌まで取って性器を調べられるそうだ。幼い佐一には刺激が強すぎるので言えない。20歳の自分ですら何度もその話を聞き直したくらいだ。金玉を抜かれるというのがほらじゃ無かったら俺はもうどうすれば良いのかわからない。

 

「じゃあ俺も行くから、今日は大人しくしてろよ?終わったらすぐ帰るからな。」

「すぐだぞ。遅かったら迎えに行くから。」

「はいはい。」

 

佐一はあれ以来俺に妙なくらい束縛心を強めているようで、少しでも俺が離れると呼び止めて俺に抱きついてくる。さながらヤンデレ彼女のようだと思った俺の考えは間違っていないと思う。ずいぶん前のことすぎてぼんやりとしか思い出せないが、そんな独占欲が酷い女性を題材にしたCDがあった気がする。俺がそんなCDを作るとしたらそれにちなんでタイトルを『ヤンデレ杉元佐一に愛されすぎて夜も眠れない』だろうか。

 

検査会場になった集会所に着いた俺は少しびっくりした。そりゃ当たり前だが周りを見れば同い年であろう男子たちが皆褌一丁で綺麗に整列してるのは、なんかこう…うわぁと思う。しかもほとんど顔見知りだから。俺も促されるまま褌一丁になり列に並ぶ。

 

始めの検査はなんだか学校の身体測定のようだった。学校で行われたあれらの基礎が、この徴兵検査だったのかもしれない。身長を測ったり米俵を担ぐ筋力測定があったり、視力の検査も行われた。ここでも徴兵を逃れるために体調不良を装うものがチラチラいた。しかし徴兵検査の合格基準は体格が大きいことらしい。身長が152センチメートル以上ならば健康とみなされるという噂が定かであればの話だが、お陰でみんな身長を誤魔化そうとして失敗している。褌一丁じゃ身体の姿勢が悪いと丸分かりだ。

 

そして等々恐ろしい検査が回ってきた。例の性病の検査だ。少しだけ頭を列から飛び出させればとんでもない事をしている。検査員が知り合いの性器を握っている。そして隣にある空間で放尿させている。

 

あまりの光景に頭がぐらりとする。皆戸惑いながらも俺ほどの衝撃は受けていないようで内心ショックだった。この衝撃は前世の健全な環境に慣れていたせいだろうか。というか見間違えじゃなくてもめくってらっしゃるのか?あの、あそこを……。というか肛門まで調べ、あわわ、指まで入れるのかうわそんなにいれるの

 

「次の者前へ出ろ。褌を取りなさい。」

「アッハイ。」

 

その後放心状態で検査を終えた俺は、検査官にその場で甲種判定を言い渡されてふらふらと家に帰り、佐一に見えないように静かに泣いた。そして眠り、また起きて泣いた。

 

 

検査が終わり村の中では一喜一憂だ。身長が低くて外れたと喜んでいるものもいれば、甲種が出たとお通夜ムードのものもいる。徴兵逃れのためだけに小指を切り落とした友人なんて、無事外されたのに俺が甲種だと伝えると、やっぱりお前の分切り落としときゃよかったなと言った。俺は予想外に愛されているらしい。隣にいた佐一も今からでも遅く無いんじゃ無いかと言い出したから、流石の俺も慌てた。俺にはそこまでの度胸はない。

 

今日も今日とて朝から佐一と一緒に農作業を手伝い、昼には握り飯を二人で食い、村の子供の面倒を見て日が暮れる前には家に帰る。佐一は今日も寅次を泣かせていたので梅子と二人で説教した。ふてくされる佐一の頭を撫でて、俺は穏やかな気分でこう思った。ああ、弟ってこんな感じか、と。

 

俺の兄も『高橋唯之』をこんな風に撫でたことはあるのだろうか。俺は『高橋唯之』の記憶はあるが、10年経つ今それはずいぶんと曖昧だ。戒めとして忘れないよう努めてはいるのだが、それでも記憶は手のひらから指の隙間へとこぼれ落ちる。兄である和正と遊んだ記憶はあるが、病院に行く数年前からすでに体調を崩すようになっており、記憶が戻った当初の戸惑いは酷かったと思う。

 

兄はどんな気持ちだっただろう。弟が、こんなんになってしまって。戸惑いは心労に繋がり、余計に兄を苦しめたのだろうか。

 

この悩みは一生俺に付き纏い、やがて死に至らせるものだと思う。人がなぜ死ぬのかという問いに俺は答えられないが、なぜ俺は死ぬのかという問いには、生まれながらの罪によって死ぬのだと言える。

 

俺は寝床に入ってもずっとその事を考えて、うだうだとしていた。珍しいことではなかった。俺が『高橋唯之』に成ってからここ10年の間、こうして酷く悩むのは当たり前だった。寝入る前の静けさは、意識せずともそんな考え事をしてしまうから仕様がない。これでもましになった方で、5年前は考えすぎて眠れないのはザラだった。そのせいで炎天下の中作業中に倒れたのはいい思い出だ。

 

この前佐一が泊まりに来た時にも、ついうだうだとしてしまい、いらぬ心配をさせてしまった。佐一は俺の家に泊まる時も俺が泊まりに行く時も、必ず同じか隣の布団で寝ろと言うので、俺は佐一の言う通りにして寝た。気付くと佐一は俺の腹に抱き付いて寝ているので、それを抱きしめるようにして俺は眠る。俺が眠れないと目ざとく気づき、俺の頬を両手で挟み、何か不安な事があるのかと聞く。俺は寝つきが悪いだけでなんともないと答えて、佐一を抱きしめて目を瞑る。するとしばらくして頬に当てた手を自らの懐に戻して、体を丸めるようにして眠る。俺も知らぬうちに寝入っているのが当たり前だ。

 

一人でうだうだしているときは、俺は佐一のようにじっと丸くなって眠りについた。今日もそんな風に足を折りたたんで背中を丸める。重たい瞼がゆるゆると閉まり、気が付けば暗いところへと落ちていった。

 




主人公は原作を覚えてはいるがまさか佐一が主人公とは全く気づいていなかった。
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