金カム主人公の近所のお兄さんポジだが俺は杉元佐一の支えにはなれない 作:MM*K
原作開始の序の序
寒い。
暗い闇の中。何処からか声が聞こえてくる。水の中のように濁っていて、それで辺り一帯に木霊するような訴えが。揺れるようにして響いてくる。
一寸先も見通せぬような完全な闇。黒で埋め尽くされた視界。自分の手すら見ることが叶わない。そもそも俺は目を開いているのだろうか、閉じているのだろうか。感覚も曖昧だ。
寒い。寒い。寒い。
僅かな不安を覚え、一歩前へ進もうとするがよく分からない。雲の上を歩くような、無重力のような、自身の重心の位置が掴めない状況にもどかしさを覚える。
それにしたって、一体この声は何処から聞こえてくるのだろう。俺は耳を澄ませようと静かに、息を殺す様に集中した。ぼわんと響いていた声は、意識するとだんだん鮮明になって行く。
男の声だ。しかも、聞き覚えがある気がする。とてもよく知っている、そんな気がしてならない。男の割に、穏やかで優しいような。凛とした青年のようでいて、頼り甲斐のある年上の声のような。
寒い、ここは寒いぞ。
ふと足元と感じられる場所があることに気づく。声はそう、下から聞こえてくるのだ。足の裏から、刺すような冷たさが伝わって来た。誰だ。一体誰がそこにいるんだ。
いや、待て。居るにしたって、なんでそんな足元に。
「唯之、ここは寒いぞ。
土の中では、桜も見えん。」
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布団を跳ね除けて飛び起きると、そこは薄暗い部屋だった。差し込む月明かりを見るに、どうやらまだ夜は明けていないらしい。頭をガシガシと掻いて大きく息を吐き出すと、じとっと服に張り付いた汗が寒く感じた。
「また、悪い夢を見たのか。」
隣を見れば、布団の中で横になったまま、目だけを開いている佐一が居た。眠りの浅い佐一は俺が起きた気配で目を覚ましてしまったようで、顔は天井を向きながらも、その瞳だけが俺を覗き見ている。
「……悪いな。」
「唯之のせいじゃない。悪夢のせいだ。」
「そうは言ったって、ね。毎日毎日こんな時間に起こしちまって、気にするななんて無理だろう。」
戦争が終わって、俺と佐一は砂金を得るために北海道にやって来た。俺が悪夢を見始めるようになったのは一月ほど前からだ。
ある日を皮切りに、土の下から助けを求める兄や少尉、中尉の声がする夢を見るようになった。みんなは、ただ寒いと。土の中は寒いと。桜が見たいと俺に言う。
毎晩のように同じ夢を、同じ訴えを聞くようになって、眠りは妨げられ、日中の活動にも支障をきたすようになってしまった。
佐一が山に入り砂金を探している間。俺は借りた宿の部屋の中で静かに過ごすことしか出来なくなった。はるばる東京から北海道までやって来てこのザマである。夢を見る前までは普通に動けていたはずなのに、今ではその普通ができない。
人混みの中を歩けなくなった。
軍での騒がしい集団生活を思い出すからだ。
大きな音がすると身体が固まるようになった。
銃や砲弾のうるさい爆音を思い出すからだ。
……肉の類が苦手になった。
人間の臓物を連想してしまうからだ。
「兄が…。少尉や中尉たちが、みんな口を揃えて寒いと俺に言うんだ。土の中では桜の花すら見れないと……。」
帰国してしばらく経つというのに、今更こんな風に亡くした人達を夢に見る。息苦しくなる胸の奥底で、後悔に似たもどかしさが重く佇んでいる。
俺の勝手で、父にも母にも居場所を知られぬまま。供養もされぬまま。桜の根元に埋めた兄。
俺が弱かったために守れず死んでいった少尉と中尉は、日本に帰ることもできず、桜のない冷たい戦場の焦土の下に眠っている。
それを思い出すたびに、俺の奥底に佇むそれが、己の内側を這うように荒らし出すのだ。どれほどの無念だっただろうか。故郷の土を二度と踏めない戦友たちの嘆きを想うと、苦しくて仕方がなかった。
「……夢だよ、唯之。ただの悪い夢だ。」
佐一はそう優しく言って目を細めた。佐一らしくない、子供をなだめるような柔らかい口調は違和感があったが、それでも俺の心を少しだけ落ち着かせてくれた。
俺はちらりと窓から見える月を見てから、そっと布団を着直して瞼を下ろす。そろそろ冬も終わる頃だ。北海道は死ぬほど寒いが、それでも四季は巡り、春がやって来るのだろう。
この地にも桜は咲くのだろうか。
*
朝になり、のそのそと布団から這い出ると、既に佐一は出掛けたようで、畳まれた布団が俺の横にあった。少し視線をずらせば枕元に握り飯が二つ置かれている。
俺は握り飯に噛り付いて考えた。ここのところ佐一は俺が寝ている隙にさっさと出かけてしまう。佐一がいないと碌に外出もできないので宿に引きこもっていたが、このままでは完全に佐一のヒモ状態だ。大体俺は人混みが億劫だからといって、歳下の青年が居ないと散歩もできないとはどういうことだ。情けない。
宿から出なくなり、考え事が増え、人と言葉を交わすのも佐一がいる時だけときた。これは良くない傾向だ。運動量も減っているし、体にも心にも不健康なのは確かである。
それに握り飯にも飽きてきた頃だ。飯の中に詰められた鮭だけでなく、うまい海産物を食べたくなってきた。折角小樽にいるのだから、物珍しい舶来品を物色するのもいいだろう。
なら今日は、佐一を追いかけて山まで行ってみるか。
静かな部屋には外の通りの賑やかな声が聞こえる。その中に飛び込むのは、今の俺には勇気がいることだが、街の外にさえ出てしまえば平気な筈だ。どうせ此処に戻って来るのは夜だろうし、今耐えれば佐一の手伝いができる。
「……よし。」
久し振りにコートに袖を通し、目深く帽子をかぶって俺は外に出た。
・
・
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ガヤガヤ、ガヤガヤ。
「………。」
気持ち悪い。
迫り上がる不快感を必死に耐えながら歩く。あまりの騒がしさに、早くも宿の外へ出たことを後悔しそうだ。
がやがやと騒がしい小樽の街は何処もかしこも人だらけで、あまりの多さになんだか気持ち悪くなる。こんなにも沢山の人間が、それぞれしっちゃかめっちゃかに歩き回っていて、煩くて仕方ない。
せめて見ないようにしようと帽子をさらに下げるが、大して意味はなく余計に耳元が煩くなった。これまで気付かなかったが、通りからやや離れたあの宿は、引きこもるには最適の場所だったんだろう。慣れない騒音に頭の中がぐわんぐわんと揺れ動く。吐くかもしれない。吐きそう。
静かな方へ行かなくては。と、大通りを避けて小道に入り、街の外れへ出ようと足を急かす。食べたばかりの握り飯が喉元までえいこらせと昇りつつある。これはかなりまずい。
脂汗がにじむ。額から流れた妙に冷たい雫が、頬を通り過ぎて顎を伝う。口の中に何もないのに、舌からじゅっと唾液が染み出した。
「そこの方大丈夫ですか?」
後ろからそう声が飛んでくる。疑問に思う暇もなく、驚きでびくりと揺れた肩に手が置かれた。
「あなた、随分顔色が悪いようですが。」
「……すみません。ちょいと悪酔いしてまして。」
吐き気とは別の、冷たい汗が垂れてくる。
声をかけてきた青年は軍服を着ていた。肩章番号には27の数字が鎮座している。
俺の言葉にそうですか、と朗らかに笑った青年は、さらに俺にこんな事を訪ねてきた。
「僕見ての通り軍人でして、実はとある指名手配犯を探しているんですよ。お兄さんこの辺りの人だったりしますか?」
「はぁ、俺は本州の人間ですから。それに北海道に来たのもせいぜい二、三ヶ月前なので。」
「そうなんですか。因みに、出身はどちらで?」
「……東京の片田舎ですよ。」
「へぇ…東京……。お兄さん、貴方のそれ。随分と大きな傷ですけど…大丈夫ですか?」
青年はそう言って指で自身の額を指し示した。彼の言う通り、俺には額を横切る大きな斬傷がある。隠そうにも前髪が長いのは不便なので、どうにもならないその傷は常に人目に晒されてきた。誰も彼も、初めて会う人はまず俺の顔を見て、額に釘付けになるのだった。
気遣う青年の言葉に、まぁ平気です、と曖昧に答えて考える。これ以上、追求をうまくかわせる自信がない。不審だが、さっさと話を切り上げてしまわないと。胃のキリキリとした痛みを耐えてこう切り出した。
「軍人さん、役には立たないと思いますが、その指名手配犯一体どこのどいつか教えてください。ひょっとしたら、どこかですれ違ってるかもしれない。」
俺の言葉にパッと笑顔になった青年は、鞄の中から丸められた紙を取り出した。口頭で特徴をつらつらと述べられるが、まぁ当然心当たりはない。素直に知らないと告げれば、青年はすまなさそうに眉を下げて謝った。
「ご協力感謝します。ですが、大丈夫ですか?本当に具合が悪いようですが。」
「平気だ。お勤め頑張れよ。」
手を軽く振りそそくさと逃げる俺に、青年は小首を傾げて手を振り返した。
*
ざく、ざく。積もって硬くなった雪の上を、足を何度も引っこ抜きながら歩く。外気の寒さに体は震えたが、なんだかスカッとしたような爽やかさで心は満たされていた。
真っ白な雪とそびえ立つ木々の姿。冷たくも混じり気のない活き活きとした空気が、日頃煙草で汚れている肺を綺麗にしてくれているんじゃないかという気までしてくる。
はーっと大きく深呼吸してキンとした鼻先を指で温めて、冷静に街での出来事について考え始めた。
小樽に27連隊の兵士がうろついてるなんてな。
別段おかしい話では無い。そのはずである。この街に訪れた当初も兵士を見かけた。いや、なんなら兵士だけじゃなく陸軍の高官や政治家、外国人、商売人、盗人…、ありとあらゆる職種の人間が出入りする。小樽はそういう街だ。
だがよりによって27連隊。鶴見中尉と関わりの深い連隊である。
死神のようなあの男の恐ろしい風貌が思い出された。白い額当てから覗く真っ黒な、光の無い瞳。もう俺の事は忘れる頃だろうと思っていたが、知らぬ間に見つかっていたら気味が悪い。
向こうからしたら、取引を突っぱねた俺が北海道に居るのはあまり面白い話では無いだろう。何しに来た?って感じだ。砂金とりに、なんて答えたって文字通り受け取ってもらえないと思う。最悪の場合、佐一もろとも中央のスパイ扱いされる。
探られても痛く無い腹だが、あの男の探る手を我慢できるほど忍耐強くはない。今日のうちにでも荷物をまとめて、本州へ戻るべきだ。
そう。それがベストである。何も始まらぬうちに舞台から降りてしまえばいい。俺が居なくても話は進むのだから。そうすることで山も谷もない現実が、ようやっと戻ってくるのだ。
暫く歩けばいつも砂金を探していた川まで辿り着くことができた。川に入っている佐一に声を掛けた。
「佐一!」
「え、唯之!」
呼びかけに目をまん丸にした佐一が、慌てた様子で道具も放って岸に上がる。駆け寄って来た佐一の腕は、まだ水が滴り落ちるほど濡れていた。
「どうしてここに?一人で来たのか?顔色が悪い。早く火に当たってくれ。」
「佐一もな。俺のことを心配してくれるのは嬉しいが、その手を見ているとこっちまで寒い。」
冷たい水に濡れて真っ赤になっている佐一の手を掴んで薪へ向かった。伝わる冷たさに体温が奪われるような心地だ。いくら人より丈夫とはいえ無茶はしないで欲しい。
薪のそばには見知らぬ顔の男が佇んでいた。酔っているのか顔は真っ赤だ。酒瓶を大事そうに抱えて、微睡むような眼で俺たちを見つめる。
「アァ、あんたが杉元さんが言ってた『忠臣』さんかね。」
「…えっと、どなたで?」
「後藤のおっさんだよ。そういえば話の途中だったな、聞かせてくれよ。」
その、面白い話ってヤツを。
当作品連載開始から早一年経とうとしています。
更新が止まってからは半年ほど経っております。
かなりの文字数を書いてきたつもりでしたが、私発想力に難がありましてたかが5000にも満たない文章を捻り出すのにこんなにも時間をかけてしまいました…。
更新停滞していたにも関わらず評価・コメントなどくださった皆さんありがとうございます。
もともと自分が読みたいゴールデンカムイ小説がなかったから、半年寝かせて自分で読むために書いたような物語でした。きっとこれからも私が私のために書く文章ですが、ほんの一文程度でもお楽しみいただけたら幸いです。
ゴールデンカムイ小説もっと増えろー!!
軍人さんの一人称を私→僕に変更しました。あのキャラなら私でも僕でもどっちでも良いような気もしたのですが、僕の方がしっくり来るので。