金カム主人公の近所のお兄さんポジだが俺は杉元佐一の支えにはなれない   作:MM*K

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感想・評価ありがとうございます。励みにして頑張っております。
今回の話長いです。
入営〜入営半年たち日清戦争直前ってところです。



俺が金カムに転生したと気付く前4

明治二十七年一月十日。入隊式の日がやってきた。俺は父の一張羅を譲り受け、それを着てこの村を旅立つ。俺の他にも甲種判定を受けた数人の友人が、同じ馬車に乗って東京鎮台まで向かう。

 

「ああ、唯之……。しっかりおやんなさいよ…。」

「母さん…。ありがとう。」

「唯之、俺にその一張羅を返すまでは、死ぬんじゃないぞ。」

「父さん。うん。自分の手で、ちゃんと返しに来る。」

 

馬車の前で見送る人たちと最後の会話をする。村のじいちゃんばあちゃん。友人たち。面倒見てきた子どもたち。小さな村だけど自分は沢山の人と関わってきた。その関わりが、俺を構成する全てだ。

 

「唯之……。」

「兄さん、家のこと頼んだよ。病気には気をつけて。俺が戻ってきた時に、再会が墓石の前なんて嫌だぜ。」

「ああ。約束する。だからお前もちゃんと帰って来いよ。お前は俺なんかよりずっと出来がいいんだから。」

 

涙ぐむ兄の姿はやっぱり情けない。抱きしめあってみて、よく分かる。体の調子は良くなってきたが、その細さは未だ治らない。でも除隊する頃には肉付きも良くなっているだろう。

 

「唯之にい。」

「佐一。」

 

見上げて俺の顔を見つめる佐一は、相変わらず凛々しい顔立ちをしている。佐一が俺を呼ぶと、子どもたちが次々に「お兄ちゃん。」と声を上げた。やめろよ、俺は子供には弱いんだ。じんと来る心を必死に耐えて、少し屈んで目線を合わせた。

 

「唯之にい、これ、俺と梅ちゃんと寅次から。」

「ありがとう。みんなもっと寄って顔を見せてくれよ。」

 

佐一から手渡された小さな巾着を、大事に荷物に仕舞い込んで、集まっていた子どもたちを覆い尽くすように思いっきり抱きしめた。みんな温かい。

 

「じゃあ、俺行くよ。」

「ちゃんと手紙くれよ。」

「勿論。一月後に手紙を出すよ。佐一も、干し柿楽しみにしてるから。」

「絶対帰って来いよ!」

「…ああ!」

 

行ってきます。そう告げてみんな馬車に乗り込む。見送るみんなが、唯之と俺の名を呼んだ。万歳と声が上がる中、馬車は東京へ向けて走り出した。

 

車内で別れ際の佐一を思い出す。俺の予想に反して、佐一は泣かなかった。帰って来いよ、とかっこよく笑っていた。その笑顔を思い出して俺は涙が出てきた。俺よりうんと年下のくせに、どうしてこうもかっこいいんだろうな。

 

ずずっと水鼻をすすると、みんなも笑いながら泣き出した。お互いに背中をさすって、俺も笑いながら泣いた。

 

 

俺は東京鎮台にある、陸軍東京第1師団歩兵第1連隊に配属された。支給された軍服に身を包み、俺は軍人としての生活をスタートさせる。

 

ざっくり軍の構造を言うと、普通、師団は二つの旅団で構成され、旅団は二つの歩兵連隊で構成されている。また連隊より小さな集団である大隊や中隊が数個ある。また、中隊の兵卒は約120人程度で、俺はその一人である。

 

まだ成り立ての俺たちのような兵卒は、入営してから半年は生兵と呼ばれる。一応階級では二等卒の扱いだ。

 

軍に入ってからはいろんなことが新鮮だ。生活環境がガラッと変わったから、若干ホームシックに陥ってる奴もいる。

 

数え切れないほど驚きの連続なのだが銃の重さもびっくり、銃の開発も進んでるから支給されてる銃が違ったりする事もままあるが、だいたい4キロくらい。でかいペットボトル2本分だ。

 

それを担ぎながら走る、構える、滑り込む……。いや、俺は米俵という60キロを日常的に担ぐ農民だから、辛くはなかったんだけどね。俺の身長は160cm超えてるんだが、その身長の半分は占める銃をえっちらおっちら担ぎ続けてひたすら運動会するらしい。まだ訓練がそこまで進んでないから知らないけど、なんて恐ろしい事をするんだ。殺す気なのか……?

 

最初の訓練は、敬礼などの基本動作からだった。手をおでこの辺りに持ってくる分かりやすい敬礼の他、銃剣を持っている時の型などがある。ちなみに銃は天皇から賜ったものという扱いらしく、粗末な扱いをすれば容赦なくビンタを食らう。恐ろしい。

 

他にも軍の支給品の一つである軍人手帳。学校で貰える生徒手帳のように、中には自分がいつ何処の隊に入隊したか、軍人の心構えなどの内容が書かれている。ちなみにこれは暗記しなければならない。これも間違えればビンタが飛んでくることがしばしばある。辛い。

 

軍の中は階級と年功で立場が決まる。古参である方が大きな顔ができるわけだ。そのせいかちょっと理不尽な新兵いびりが横行している。これも軍内の規律を保つためか、と思っていたが、その殆どが憂さ晴らしに近い私刑だ。すぐにビンタが飛んでくる。これならブライトさんの方が優しい。

 

はっきり言って理不尽なことばかりだが、こういう時の素直さと柔軟性とひたむきさは大事なんだ。元気な声で「はい!」と返事をし、注意を受ければ文句を言わずに素早くハキハキと「申し訳ございません!」修正されれば「ありがとうございます!」慣れれば楽だ。

 

何かされたとしても顔に出さなければ上手くいくのだ。ただビンタ修正食らった後に「ありがとうございます!」はどうかと思う。M育成施設なのかここは。

 

精神的にも身体的にもストレスしか溜まらない環境だが、軍に入って良かったこともある。

 

まず飯がうまい。村の食事が嫌いだったわけではないが、恐ろしいほどうまく贅沢な食事を毎日食べることができる。質素な食事に慣れていた俺には、ちょっと胃もたれしそうだったが、懐かしいコロッケやカレーなどの味は嬉しかった。

 

次に良かったのは風呂だ。この時代各家庭に風呂はなかった。俺は風呂に入りたいがために、一時期山の中へ温泉を探しに行ったほどだ。ちなみに嬉しいことに山桜の絶景が拝める温泉を発見することができ、俺はしょっちゅう入り浸っていた。今はめちゃくちゃ広い大風呂で、隊のみんなと一緒に入る。

 

そして布団。いや、ベッドだ。現代のベッドに比べれば粗悪かもしれないが、布団か藁の上で寝るような生活を送っていたみんなにとって、初めてのベッドというのは非常に新鮮だった。隣の奴と距離が近すぎて寝相が悪いと大変なことになるのだが、俺の所属する隊の先輩たちは良い上官たちばかりなので、寝相が悪すぎて叱られたことはない。

 

ただやはり、寝る時間になると、ここ一年佐一と一緒に寝る習慣がついていた俺は、違和感しかない。抱き枕が無いと眠れない感覚で、俺は必要品を纏めている奉公袋と呼ばれる巾着を抱きしめて眠っている。

 

それを同じ班のみんなが見ていたようで、俺になぜそんな体勢で寝るんだと聞かれてしまった。

 

「故郷に、弟みてぇに可愛がってる奴が居るんだけど、ちょっと甘えたでな?毎日一緒に寝てやってたんだが、こっちに来て急にそれが無くなってしまって眠れなくなってね。この袋持ってるとちょうど良かったんだ。」

「そうかぁ。でも、寝苦しく無いか?寝台はあんまり幅がないだろ。」

 

確かにそうだ。重みで少し苦しいなぁと思う事はある。しかし何か側にないと一睡もできない体になってしまったのだ。仕方ない。

 

「そういえばお前、手紙書くって言ってたな。もしかしてその弟か?」

「ああ。入営したら月に一度必ず手紙に菓子を添えて送るって言ったからな。」

「酒保で買える菓子美味いよな。」

「俺あんパン食べたくなってきたぜ。」

「俸給日まであと何日かなぁ。」

 

軍に入っている以上、ちゃんとお給料が貰える。みんな使い道は様々で、貯金したり仕送りしたり酒保で使ったりする。週に一度外出許可が貰えれば、外出先で使うこともあるだろう。

 

酒保は兵舎内にある売店のようなもので、あんぱんや汁粉、うどん、タバコなどの嗜好品が多く販売されている。訓練がきつい分、こういう場があるというのは嬉しいものだ。佐一への菓子も、ここで仕入れようと思っていたところだった。

 

「それなら俺が酒保当番の時に来いよ。つまみ食いする奴いるから。ちゃんと弟の分取って置いてやるよ。」

「有難うございます石田一等卒殿。」

「その代わり今度もお前食事当番の時にしっかり働いてくれよな。お前が作る飯が一番美味い。」

「お安い御用ですよ、任せてください。」

 

兵舎での暮らしはある意味巨大な一つの家庭のようだ。プライベートがほぼなく、集団生活が基本だ。班で食事も被服手入れも就寝も同じ部屋。掃除洗濯飯の支度と、大所帯な分やることも多い。炊事室なんて給食センターかってくらい巨大な釜が並んでいる。

 

軍隊は西洋文化を積極的に取り入れているため、食事もパンが出てきたり、肉料理が出てきたり、カツレツなんてのもある。俺は比較的そういう料理に慣れている人間なので、作るときの手際が良いとよく褒められた。

 

炊事以外でも、比較的俺は出来が良い方だ。何事も真面目にやるのは大切な事だから、被服補修も丁寧にやっている。前世の頃なら男が裁縫得意なんて、どうしたんだって聞かれる所だけど、軍の中では重宝される。裁縫は女の仕事と言う割に、支給される軍服を自分で手入れしなくてはいけないから、綺麗に使い続けるためには裁縫技術が必要なのだ。

 

前世の家庭科の授業なんて覚えてないようなものだが、以外と手順は身についてるものだ。今じゃ別の班の上官にもボタン付けを頼まれたりする。

 

靴や銃、軍刀の手入れも、指導してもらいながら身につけていった。これらも訓練のうちなので、適当な事をしていると連帯責任を負うことになる。俺一人がビンタされるだけならまだいいが、俺のせいでみんなに被害が行くのはよろしくない。きっちりすぎるほど丁寧に取り組んだ。

 

するとどうだろう。思わぬ弊害が起きた。俺の仕事が丁寧すぎて、他の班員が怠けていると罰せられてしまった。これには俺もびっくり。開いた口が塞がらぬ。

 

別にみんなは怠けているわけではない。ちゃんとやっているし、補修も雑なわけじゃない。ただ俺が上手すぎたのだ。磨かれた靴の横に、新品かと思うほどの靴が並べば、誰だって比べてみてしまうだろう。本当に申し訳ない事をしてしまった。

 

ちゃんとそれ以来、班員のみんなにもコツを教えてあげたりして、今じゃ俺の班は一番優秀と見なされている。先輩も鼻が高いようで、良くやったとこっそり菓子をいただいたりした。

 

しかし、だ。厳しいながらも平穏に軍隊生活を送っていたが、当然そう上手くはいかないものである。出る杭は打たれるものだ。目立ち過ぎたせいか、別の班の古参兵殿たちが、しきりに俺や同期たちにちょっかいを出すようになった。

 

これには同じ班の上等兵殿も困ってしまっている。ちなみに古参兵殿は一等卒で、上等兵よりは階級は下なのだが、年功がモノを言うのが軍隊。上等兵に一等卒がビンタって明らかにおかしい光景のはずなのに、それが許されてしまっている不思議。

 

事なかれ主義の俺も流石にそこまでやられたら黙って居られず、余計な口を挟んでしまった。「これ以上同期をいたぶるのはおやめください。」と。それが古参兵殿に目を付けられてしまう原因になったようで、俺への当たりが更に厳しくなった。

 

別に自分のせいなので、特に辛くは思って居ない。はっきり言って自分より身長が低い小男に怯えるほど俺は弱くない。それに俺があそこで一言言わなければ、未だに同期たちへのいびりは続いていただろう。すまないと謝るみんなは優しい。さりげなく俺を古参兵殿たちから隠してくれたりするから本当に優し過ぎかよ。涙でるわ。

 

ただ緊急事態が発生した。酒保の菓子を買った横から古参兵殿に奪われてしまうのだ。まるで中学生のごとき嫌がらせに、開いた口が塞がらぬどころか顎が落ちてしまう。

 

奢ってやるよと言ってくれた先輩方も、古参兵殿よりは新顔らしく、簡単に手出しはできないそうだ。これでは佐一になんの土産もなしに手紙を送ることになるだろう。

 

そこで頭を抱えて考えた。何か、バレずにできて簡単で可愛い土産。外出した後に買っても、訓練で兵舎を抜けているうちに漁られてしまう。現に佐一が持たせてくれた小さな巾着から干し柿と、梅子が作ってくれた御守りや、寅次が入れてくれた炒り豆がなくなっていた。なんて卑劣な。

 

そして、掃除で兵舎内の倉庫を整頓している時、埃を被った細身の花瓶を見つけた。俺は軍曹殿に許可を得て、花を生けた。

 

男ばかりでむさ苦しい兵舎の廊下の一角に、可憐な水仙の花が生けられた。そして生ける時に一輪だけその花を手折り、こっそりと支給品の日誌に挟み込んだ。

 

押し花だ。初めてやったのでどうなるかは不安だったが、勝手に日誌を見られた時に花が落ちてしまうのが心配で、訓練中どころか就寝中も大切に持って、花を挟んだ。

 

どうにか上手い具合に乾燥してくれたようで、菓子の代わりに押し花を手紙に同封することができそうだ。

 

「拝啓、杉元佐一殿

入営からちょうど一月たちましたので、手紙を書きます。

初めはどうなるかと思ってはいたものの、俺はなんとか元気にやっています。軍隊の生活は思っていた以上に厳しいものでした。村の子供と鬼ごっこで山を駆け回っていたお陰か、体力は人よりあったので、佐一たちにとても感謝しています。毎日の訓練後に、倒れる同期たちを引きずりながら兵舎へ戻ることも苦ではありません。

入営した同期の新兵たちと愉快に、切磋琢磨しながら日々過ごしていますが、佐一は何をしているでしょうか。冬の貯蓄に不安があれば、俺の家から大量に漬けたきゅうりと干し柿があると思うので、是非村のみんなにも配ってあげてください。

こちらも寒いのですが、佐一は大丈夫ですか?あの時のように風邪を引いても、俺は手を握ってはやれないので心配です。何事も健康が一番なので、早寝早起き朝ごはん水分補給運動を忘れないように。

本当は菓子を添えたかったのですが、新兵の俺ではまだ手が届きそうにないので、代わりにこっそり作った押し花を同封します。

追伸、寅次と梅子と仲良くしろよ。

敬具、高橋唯之」

 

はぁと溜息をつくと、同期に幸せが逃げるだろうと窘められた。うるさい。溜息はちゃんと吐かないと体に悪いんだぞ禿げ。俺も今は禿げだけど。

 

集中してると呼吸止めてるからか、深呼吸してしまうのは自然だと思う。ため息というのはある意味反射のようなものだから、それを無理に止めてしまうのは返って不自然だ。というかつきたくもなるだろう。こんなに古参兵に隠れて押し花作って佐一に手紙書いて……。はぁ、止まんねぇよ溜息。

 

俺が佐一への手紙を書いていると、知らない間にみんなが集まってきていた。内容までは見ていないようだが、何か手紙を書いているのは分かったらしい。口の端を釣り上げて、みんなニヤニヤとしている。一人が口を開けばテンポよくみんなが憶測を口からこぼす。

 

「お前そんな一生懸命になって、誰に手紙書いてんだ?」

「俺には分かるぞ、それは恋文なんだろ恋文!」

「知らなかったなぁオメェにそんな相手が…。これだからモテる奴は違うねぇ?」

「うるさいぞ、これはそういうんじゃない。」

「うっそだー。こそこそ作ってた押し花入れたの見えたぞ。」

「やっぱ女じゃねーか!」

「違うんだなぁそれが。」

 

うるせえ。男子高校生かこいつら。あんまり声が大きいと怒られるので、声は抑えてみんな好き放題言う。そりゃ押し花は自分でも女みたいなことして女に送ってるような気分になるけど、佐一はこういうの好きだから菓子の代わりに入れるだけだ。

 

味気ない押し花で菓子もないなんて、惨めな感じがするけれど今回はこれで勘弁してもらうしかない。でも次こそは酒保の菓子を添える。添えてみせる。

 

その為にも騒がしい仲間たちの口をどう塞ぐか、頭を回らせなければな。勝手に俺の彼女がどんな人か言い合う彼らを見て、俺はまた一つため息をついた。目ざとくそれを見て、幸せ逃げちまうぞ!という男に、これは幸せな溜息だから良いんだよと返した。

 

というかお前ら弟宛だって分かってからかってるだろう。まったく。

 

 

村では一番背が高かった俺だが、軍の中でも身長が高い方だ。俺がだいたい165cmほどあるのに対して、同期達は155cmといったところだろうか。現代から比べると、明治の20歳の男性は、平成の女子中学生の平均身長と同じくらいだ。お陰で軍から支給された制服は若干丈が短い。

 

身長が高いせいか俺は先輩たちからの標的になりやすい。原因はそれだけではないが、同期たちに限らず上官達も俺より背が低いから、目上の人を見下す体勢になってしまう事が多々ある。生意気な態度だと因縁つけられるし、低身長な集団の中で頭1つ分出てしまい、自然と目を付けられてしまう。

 

入営から半年の時が経ち、無事一等卒へ進級。古参兵殿からのいびりも沈静化に向かっている。慣れたし回避方法も身についてきた。しかし、俺に対する当たりだけは一向に治らないのが現状だ。原因はよく分かっている。身長の件や、入営当初口を挟んだ件もそうだが、もう一つ。今から2ヶ月ほど前に発表された上等兵候補者の件だ。

 

陸軍兵士の階級は下から二等卒、一等卒、上等兵といった感じで、見習士官や近衛兵とか特殊な場合以外はみんな二等卒から始まる。普段の訓練などを見て、成績の良し悪しと班長殿などの下士官からの推薦で進級の選抜が行われる。

 

あまりにも態度が悪かったり、成績が悪かったりすると、ずっと二等卒ということもあり得るわけだ。だからみんな一期終わりの発表には興味が尽きない。自分の昇進がかかっているし当然だろう。大学に入って進級できるか不安で仕方ない浪人生みたいな空気に似ているかもしれない。

 

中でも特に注目されるのは上等兵候補者の発表だ。上等兵は、兵の中でも優秀と見なされた者が成れる。俺たち生兵から見て、できる先輩ってところだ。座学が得意なら事務を任されることもあるし、腕に自信があるなら教官の補佐として訓練で働く。殆どの班が伍長や上等兵が班長の場合が多いため、自然と教育係として働くポジョンだ。

 

上等兵候補者に選ばれれば、よっぽどの事がない限り除隊までには上等兵に選ばれるらしいが、候補者は今後の選抜でふるいにかけられ、正式に進級するのは早ければ12月ごろのようだ。同年兵のうち4分の1程度が選ばれるそうなので、確率で行けば25%で上等兵。中隊の人数が120より多いくらいだから、その中の30人程が上等兵。その他一等卒といった具合か。

 

さらに上等兵の中でも優秀なものは、二年兵時に短期伍長に選ばれることもある。この場合は除隊までには下士官になるだろうといった具合で、叩き上げの軍人の中でも優秀な部類に入るのではないだろうか。軍の階級は大きく分けて上から将校、下士官、兵だから、兵から下士官になるというのは並ならぬ努力が必要だ。

 

本来下士官は見習い将校など、ちゃんと士官学校を出たボンボン。将来的に指揮官として活躍する方々のスタートラインでもある。ただの農民や市民がそこに並ぶわけだから本当にすごい。

 

そして俺は2ヶ月前に上等兵候補者に選ばれた。これ自体は大変名誉な事だ。ちゃんと真面目に訓練をこなしているから、同期からはやっぱりみたいな視線を貰っている。しかし選ばれた後が大変だった。

 

上等兵候補者に選ばれると、上等兵になるための特別な教育がなされる。起床ラッパより前に自力で起きて銃剣術の稽古をし、いつもと同じようにみんなに混じって演習を行い、法規の授業を受け、夕食後にも銃剣術の稽古を行う。精神的にも肉体的にも脳みそ的にもしんどい。中でも法規の授業はさながら学校で社会科の授業を受けているかのようで、やけに達筆で読み辛い教本片手に必死に暗記している。授業中に寝ようものならチョークではなくビンタが飛んで来るだろう。

 

それに加えて選ばれなかった古参兵からの、僻みからくる嫌がらせ、私刑。はっきり言ってこの半年間もキツかったが、更にハードルが上がった感じだ。訓練前にちゃんと整えたはずのシーツをぐちゃぐちゃにするのやめてほしい。ほんと中学生レベルかよ。

 

そんな苦痛な日々の癒しは佐一からの手紙だ。荒らされたりしないように、自分の寝床の裏に隠して保管している。佐一からの手紙には、俺が押し花を送って以来返事の手紙に押し花が添えられるのが定番化していた。ちょっと歪な形の押し花が届くたびに、荒んだ心が生き返るような心地だった。

 

先月、六月の中旬ほどに届いた手紙には、梅雨のためか干し柿にカビが生えてしまって送れそうにないと書かれていた。俺としても残念だが、しょうがないことだ。兵舎も梅雨の湿気で生乾きの臭いがこもっていたから、届いたとしてもそう長持ちはしないだろうと思っていた。干し柿は栄養満点だから、こんな美味いものがあるのかと、カビもさぞ喜んだことだろう。

 

しかし残念だ。干し柿が届かないというのは。ゆとりのない軍での生活の中で、故郷を思い出せる品があるのは幸せな事だった。押し花も勿論嬉しいが、やはり味覚というのは他の感覚より経験を覚えているもので、懐かしさをより感じられた。

 

『高橋唯之』も、好きだったはずだ。あの家は風通しの良いところで、その割に日差しがきつくない木陰にあったから、毎年綺麗な干し柿ができた。

 

 

夕食後同期達と話していると、同期の一人がポツリとこんなことを漏らした。

 

「戦争ってなんだろうなぁ。」

 

あまりに単純な質問ではあるが、その言葉に誰一人として何も言うことはできない。何故なら俺たちは実戦の経験がないからである。分からないことをあれこれ言うことはできなかった。

 

「……戦争が何かってのはこれから分かるさ、もう清国との戦争は始まっているんだ。まだ俺たち第1師団は動員されていないが、作戦方針が定まればきっと明日にでも前線に送り込まれるに違いないよ。」

 

俺と同じ上等兵候補の友人が言う。まぁ、彼の言う通りだった。実際やってみれば自ずと分かる。百聞一見に如かずだ。此度の戦争が始まって、着々と日本軍は戦果を挙げている。同時に俺たちが第2軍として他師団と共に行動することも通達されている。作戦開始も間近だろう。

 

「戦争って、平たく言えば戦うことだろう?俺たち兵士なんだから。そんなに考えることか?」

 

一等卒の友人も言う。そう、俺たちはあくまで軍に所属する兵士でしかないのだから、そもそも戦うことに疑問を抱くことを許されないのだ。俺たちは作戦通り動き、指令を全うすることを望まれている。

 

しかし一等卒の友人の言葉に、最初に問いを投げかけた同期の男は納得できないようで、口を結んでうーんと小さく唸っていた。そして結んだ口を戻したかと思うと、今度は俺に意見を求める。

 

「なぁ、高橋はどう思う?」

「俺に振るのか。そうだなぁ、戦争とは何かって結構難しい質問だな。」

 

そもそも俺はどの視点から意見すればいいのだ。現代を通過している俺からしたら、戦争は国同士のつまらない喧嘩だと言う意見も出せてしまう。ただの殺人だとも言えてしまう。あるいはゲームだとか。アプリで三国志が出来てしまうくらいだから、本当に戦争はゲームって言えてしまうぞ。

 

けれど。けれどこの戦争はそうではないのだ。そんな単純な話ではないのだ。

 

ふと、昔読んだ本の内容を思い出した。あの登場人物と、取り巻く状況も、意味も、何もかも異なっているとは分かっているが、その言葉がしっくりきて、俺はゆっくり口を開いた。

 

「『このままでは…俺たちは大国に飲み込まれてしまう……。』そういうことなんじゃないか?この戦争は。」

「どういうことだよ。」

「俺たちは列強の侵攻に対抗するために存在する。そのための戦争だと言ってるんだ。考えてみろよ、もし戦争をしなかったとしたらどうなるかを。」

 

今ロシアは不凍港を求めてアジア東方へ徐々に領土を拡大している。拡大とともに着々と行われているのがシベリア鉄道の建設だ。ロシア国内を東西に横断するこの鉄道は、もし完成してしまえばヨーロッパの軍隊を容易くアジアまで移動させることができてしまう。もしそんなことが起きたら、日本はあっという間に列強の植民地だ。

 

回避する為にも、日本と大陸をつなぐ地点にある朝鮮には頑張ってもらわなくてはいけない。朝鮮がロシアの勢力下に入るのだけはなんとしてでも阻止しなくてはならない。

 

その為にも、ロシアに逆らえない清に、朝鮮が支配されているという現状を打破しなくてはならなかった。今、清と戦争し、勝ち、朝鮮の独立を無理矢理にでも認めさせなければならないのだ。

 

日本が日本であり続けるために、この戦争は確かに必要なのだ。

 

「まぁ、お前の言う疑問も分からないことはない。自分の国の為に他の国を攻撃しに行くんだ。あまりに規模が大きすぎて理解しきれないんだろ。なら自分に近しい人たちを思い浮かべればいい。もしこの国が列強の手に落ちれば、彼らの暮らしはどうなる?」

「……欧米諸国の植民地はどこも酷いものだよ。植民支配をするのは優秀な白人の義務で、植民地の人々は奴隷のような扱いを受けると聞いた。」

 

俺の話す後に同意するように、上等兵候補の友人が言った。他にも色々ある。木綿産業が盛んだった国に、自国の安い木綿を輸入させたことで、現地の多くの農民が生活できなくなってしまった。本来ならば関税をかけるところだが、植民地は輸入を拒むことすらできない。それどころか、自国が輸出した安い木綿をもっと買わせる為に、植民地の木綿農家がこれ以上生産できないように手首をはねたそうだ。

 

資本主義国は自国の利益を優先するわけだから、植民地の人々の生活なぞどうでもいいのだ。無理矢理輸出入させ貿易し、現地民の生計を破壊し経済を破綻させる。利益さえ出ればそれで何万という人間が死んでも御構い無し。

 

そんな惨いことを、この国にすると言われて黙っている方がおかしいのだ。

 

そんな酷い仕打ちを、大切な人たちにすると言われて黙っている方がおかしいのだ。

 

「…俺は、故郷のみんなが大事だ。俺なんかが死んでも悲しんでくれるような、優しい人たちなんだ。」

 

両親と、何より佐一の笑顔が浮かぶ。

こんなろくでなしに深い愛情と優しさを与えてくれたみんなが、大切で仕方がない。

 

「負けられないな。」と一等卒の友人が言った。みんなその言葉に何も返事は返さなかったが、張るような静けさの中で、手をぐっと握り込む音が聞こえるような気がした。

 




次回の日清戦争編はさらっと月島軍曹との絡みで終わらせたいところです。
そこでようやく金カムに転生したって気付かせて「今まで成ろうとしていた『高橋唯之』は創作物なのか。」という壁にぶち当たってほしいですね。
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