金カム主人公の近所のお兄さんポジだが俺は杉元佐一の支えにはなれない   作:MM*K

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感想・評価いつもありがとうございます!誤字報告も有難いです!
随分久しぶりの投稿ですが、今回は尾形回再びです。前回のあとがきで「次は原作」と言ったな。あれは嘘だ。
正直今回の話もいらねぇだろ!って感じだと思います。だって作者もナニコレェって思いながら書いたから。
ただ悔しいのは本誌で鯉登少尉の過去回でアアーーーーッ!!ってなったのに何一つ活かせない事ですね。日清戦争からやり直してぇ。

毎度のことですが適当に書いてるので適当にご覧ください。


転換点3

二階の縁側へ出て、マッチを擦る。タバコの先に火を灯して、用済みになったマッチを金皿の底に押し付けて捨てた。ふーっと吐き出すと、風向きのせいかふわっと広がった煙は、俺の体を包むように纏わり付いてきた。

 

強い焦りを感じる。体のうちから急かす様な不快感と、煙の様に鬱陶しい不安感。それを解消しようとまたタバコを吸っては、収まらない苛立ちに、まだ長い煙草が一本、また一本と金皿の中で山を成した。

 

「あら、アンタどうしちゃったの。最近いつも煙草吸ってるわ。」

「姐さん…。あー、煙草はこう、口から吸ってる煙より、先から出てる煙が一番吸っちゃいけねぇんだ。あっち行ってなよ。」

「私の体を気遣う余裕があるなら、アンタはもうちょっと煙草減らしな。まったく、1日で何本吸ってるのよ。」

 

姐さんは金皿を俺から奪って、中に溜まった吸い殻をつまんで見せつける。ぽろっと落ちた灰を目で追いながら、別に一日で吸った量じゃないと思ったが、何も言わないことにした。

 

姐さんは俺が働く芸者置屋の女将だ。美しく若々しい顔立ちをしているが、御歳五十の熟女で、十代の頃からこの街で働く一流の芸妓である。置屋の一番の年長で、大将が亡くなった昨年からここの切り盛りをしている。

 

そんな姐さんに口答えなど恐れ多い。今ここを追い出されるのは困る。黙っていると姐さんは一つ溜息をついて、俺が咥えていた煙草も奪って雑に金皿に押し付けた。

あぁ、勿体ない。それで最後だったのに。

 

「本当にどうしちゃったの。新潟から帰ってきてから、やけに元気がないわね。向こうで何かあったの?」

「別に、そんな事ないさ。向こうでも何事もなく、休暇を満喫してきたし。」

「嘘おっしゃい。満喫してきた割には、とんでもなく顔色が悪いのよ。」

 

姉さんが言うことは図星だった。満喫するどころか俺は疲弊していた。原因は勿論、新潟へ行った事である。

 

二週間前。俺はまとまった金ができたため、念願であった新潟の佐渡まで月島を訪ねた。島の中とはいえ、一人の人間を探すのだから、それなりの時間がかかるだろうという俺の予想に反し、彼の居場所はすぐに分かった。

 

月島はすでに実刑判決を受け、死刑囚として陸軍監獄に収容されたらしい。島の人間から、ほとんど俺が知っている通りの事件の経緯を聞いた。鶴見中尉が行った、月島を監獄から出すための工作も行われていた様だ。彼の家から骨が出るのを見たと、訛りのきつい島民がやけに活き活きと得意げに話してきたのをよく覚えている。

 

新潟を訪れた時、俺は大いに期待していた。もしかしたらと思ったのだ。頭の中では、会える可能性も会えない可能性もどちらもあると分かっていたはずなのに。俺は根拠なく、会える可能性を信じた。

 

その結果がこのザマ、というわけだ。勝手に盛り上がって、落胆して、なんてめでたいやつなんだろうか。俺は当初の予定を大幅に繰り上げて、逃げるように新潟から帰ってきた。それから何をするのも面倒で、仕事もほどほどに暇を弄んでいる。…弄ぶというより、弄ばれているのかもしれない。こうして煙草を吸っていても、活字を嗜んでいても、何もかもに集中できない。ずっと頭の中で様々な問いが回っているのだ。

 

月島に渡したお守りは、何の意味もなかったのだろうか。所詮、俺のような半端者は、この世界の辿る道筋に影響など与えられないのか。ならば、俺は何だ。俺は、なんのためにこの世に存在するのだ。何も影響を与えられない俺は、いてもいなくても同じようなものなのか。

 

いや、それなら佐一はどうなる。無力な存在が、主人公の杉元佐一という存在を歪められるのか。なぜあそこまで、変質させてしまえたのだ。

 

それとも俺は、災厄を撒き散らすモノなのか。自分に関わる人を不幸にすることしかできないのか。

 

これらの疑問を解決するには、サンプルが少なすぎる。

関わった登場人物が少なくて、検証が足りない。決定打がない。

 

決断を下すにはあまりに早いのだ。

 

何か良い手はないだろうか。誰でもいいから接触してみるべきか?新しい情報さえ入れば何か変わるかもしれない。変わらなくても、少なくともこうしてうだうだと答えを先延ばしにするよりはマシなはずだ。何かしなければ。自分の存在意義を追求しなければ。堪らない居心地の悪さに暴れ出したくなる。

 

「そうだ、この前頼んでた件だけど、お願いしてもいいかしら。」

「…何だったっけ。」

「やだ、御使いの話よ。忘れちゃったの?ちょっと遠いけど、御使いついでに田舎の空気でも吸って、その陰気な面どうにかして来なさいな。」

 

はいこれ。と言って渡された紙には、細い字で目的地らしい地名が書かれている。女性的だが、姐さんの字と違って嫋やかな印象だ。

 

「茨城?茨城に知り合いなんていたのか。」

「随分と昔の縁よ。そろそろ命日なんだけど、今年は行けそうにないから。アンタ代わりに行ってきな。私の名前出せば家に入れてくれるはずよ。」

「誰の家なんだ。それにこの住所、北のほうだろう。多分俺の親戚が近くに住んでる。今顔見知りには会いたくないんだ。」

「変装でも何でもして行きなさいよ。女物の着物が要るなら貸すわよ。」

「……簡単に言っちゃって。」

 

俺のその言葉を了承と捉えた姐さんは、出かける前に声はかけなさいよ、と言い残し、室内に戻っていく。スタスタと足早な背中に思わず手を伸ばして声をかけた。

 

「姐さん、それ俺の金皿…。」

「没収だよ。自重しな。」

 

無慈悲にもぴしゃりと閉められた襖に向かって、俺は溜息を吐き、煙草の空箱を放った。その拍子に、ぴらりと手元の紙が滑り落ちる。

 

畳の上で裏返った紙の隅に、小さく『尾形』と記されていた。

 

 

駅のホームを出て空を見上げると、そこには曖昧な感じの薄汚れた雲が空を覆い尽くしていた。

 

茨城の地に来るのは2度目になる。以前来た時と違い、今回は乾いた冷たい風が吹き付ける初冬だ。着物の上にインバネスコートを羽織ってはいるが、寒さは指の先から徐々に体の熱を奪っていった。

 

この時代に電車はないが、鉄道なら存在している。運賃はそこそこお高いが仕方ない。もし気軽に商人に声を掛けて、荷台に乗せてくれと言った日には、すぐに父の耳に俺の事が入るだろう。父はこういう業界での顔がとても広い。

 

もともと箱屋なんて職についたのもそういうわけだ。いくら商人でも、花街を毎日うろつくなんてことはない。働く人間もお互いに詮索しないから、人伝に俺の事が知られる恐れも少ない。

 

何より元の俺を知る人ならば、そんなところで働いているなんて考えもしないはずだ。俺はこれでも出来の良い息子だったから。

 

駅を出て暫く歩くことになった。そりゃそうだ。目的地の目の前まで線路が続いているわけじゃない。ここからあの村まで数時間はかかるだろうから、着く頃には日が暮れるな。

 

しばらく道を進んで行くと、ビュオッと勢い良く木枯らしが吹き付けて来た。インバネスコートがバサバサと音を立てる。気分は北風にコートを脱がされそうになる旅人だ。俺はコートと帽子を押さえながら、前のめりになって歩いた。

 

ぶぉーびゅおー、と大きな音が聞こえる。それが止んだかと思えば再び風は吹き荒れ、さらに今度は小さな白い砂が荒れ狂う空から舞い落ちてくる。雪だ。今年の雪は随分と早い。くるくると舞う粉雪たちは、強風にその身を委ねるようにして煽られており、まるで風の渦を見ているかのようだった。

 

 

日没丁度に俺はその家、『尾形』の家にたどり着く事ができた。

 

家から出て来たのは老婆だった。俺は姐さんの代わりに線香を上げに来た事を告げると、老婆は早くお入りなさいと俺を家に入れてくれた。

 

案内されるがままに廊下を歩きながら俺は思う。なかなかしっかりした家だな、と。

 

田舎の百姓の家にしては広い。こじんまりした屋敷と言っても差し支えないように思える。所々隙間風も吹いているし、年季も入っているが、ものは悪くないはずだ。障子にはシミはあれど破れている箇所は見当たらない。もしかしたら、尾形家は士族に縁があるのかもしれないなと思った。

 

「御使いさん、今日はここで泊まって行きなさい。この村は宿も少ないけど、その格好で泊まれる所はもっと少ないだろうよ。」

 

老婆の言う通りだ。庶民の間にも少しずつ洋服は広まってはいるが、まだまだ高価なもので、この格好でうろつけば目立ってしまうし、泊まれるのはありがたい。

 

「お気遣い感謝します。お言葉に甘えて、一泊だけさせてもらいます。」

「ふふ、何年経っても、あの子のために線香を上げに来てくれる人が居るのは、嬉しい事だわ。」

 

老婆は一通りの準備を済ませると、俺を仏壇のある部屋に入れて出て行った。部屋の中は線香の独特の香りと、それをかき混ぜる冬の冷たい風に満ちる。

 

そういえば、俺が死んでしまった時はどんな風に葬式をしたんだろうか。目を瞑り、仏壇に向かい合掌しながら、俺の心はここではないどこかに離れて行く。

 

葬式は、死者を弔うことより、生きて残された者たちの未練を晴らすことの方が大事だと聞いた事がある。それもそうだ。死んだ後に自分の葬式を見ることなんか出来ない。なんせ俺が覚えていないのだ。どれだけ盛大に大勢で行っても、弔われている故人は其処にはいない。体が箱の中で綺麗にされて収まっているだけだ。

 

だから葬式は、故人よりも弔う関係者が安らかであるための儀式、という方が納得できる。結局は気休め、自分たちを慰めるため…。言い方は酷いが、ただの自己満足なのだろう。故人を想いながら、想う自分に救いを見出しているのだろう。

 

ならば。ならば、俺のこの行為は、俺にどんな救いを見出してくれるのか。

 

きっと自分が前世で死んだ時も、こうやって手を合わせてくれる人が居たはずだと思いたいのだろうか。涙を流してくれた人が居ると、悲しんでくれた人が居ると、そう思い込んで救われた気持ちになりたいのだろうか。

 

「お茶が入りました。」

 

しゅう、と襖が音を立てて開く。現れたのは老婆ではなく、盆を携えた少年であった。丁寧にお辞儀をする頭に、自分も慌てて腰を折る。お互い顔を上げて向き合うと、俺の胸は高鳴った。今回は俺の期待を裏切らないでいてくれたらしい。

 

姐さんと同じ浅草の芸者で、故郷は茨城。住所を記した紙の裏に書かれていた『尾形』という姓。

 

もう間違いなく彼の家なのではないかという期待を持って俺はここまでやって来た。無表情で、何処か冷たさを感じるその面影は、記憶している彼より随分若い。しかし猫を思わせる特徴的な瞳は変わらない。深く黒い瞳をしている。

 

「すまない、君、名前はなんと言うんだ。」

 

湯気が立ち上がる湯呑みを俺に渡す彼は、俺の言葉に目線を少しこちらにやる。じっと俺を見て、ゆっくり彼は口を開いた。

 

「俺は、尾形百之助です。」

 

木枯らしが一層強く空気をかき乱し、カタカタと障子を揺らす。隙間風と共に入り込んだ粉雪が、すっと透明になり溶けて畳を僅かに濡らした。

 

 

「すまない、君、名前はなんと言うんだ。」

 

男がそう問うた時、自分は落胆していた。もうこの人は、自分の事を忘れてしまっているのだと。もし覚えていたのなら、彼は自分を見て「少年」と声を掛けて、目を見開くくらいはしただろう。

 

少し間を開けて応えた。

 

「俺は尾形百之助です。」

 

 

彼、高橋唯之との出会いは、数年前の夏まで遡る。

きっかけは、自分が彼の荷物を届けたことだ。

…いや、届けたというのは少し間違いだ。多分彼はそう思っているだろうけど、本当のところ彼は荷物を忘れてなどいない。

 

俺が隠し、そしてそれを返した。それだけの事だ。俺は意図的に彼に関わろうとした。

 

けれど誤算だったのは、すぐに俺に気付くだろうと思ったのに、上の空だった彼は振り返りもせず、挙げ句の果てには荷物が一つ減っていることにも気が付かなかった事だ。

 

動揺もせず村の方へ向かって行く背中を見て、暫く自分は唖然としていた。そして一度手に持っている風呂敷を見て、仕方なく彼の後を追いかけた。

 

荷物を触った時点で俺に気付き、軽く会話さえ出来れば良かった。だって俺が聞きたいのは、どうして葬式に来たのか、という単純なものだったから。結局俺は荷物を届けて立ち去ろうとした時引き留められてしまい、少しだけ長い会話をした。

 

 

______他人だよ。結局家族だろうと血の繋がりがあろうとなかろうと、自分の他の人間という括りは無くなる訳じゃない。

 

 

だからなのだろう。だから俺の事など、忘れてしまったのだ。他人の事などいちいち覚えなどしない。ましてや、旅先でほんの少し話しただけの子供のことなど。

 

…それにしても、以前あった時よりも随分と印象が違って見える。彼は自分から見れば年上だし、村の若者よりも落ち着いた雰囲気をしていたが、今は年寄りのように老けて不健康な顔をしている。

 

彼は目尻を少し下げて、笑った。眼差しにも何処か疲労の色がチラついた。

 

「そうか、君が…尾形……。」

「…俺の事を、ご存知なのですか。」

 

少しだけ、どきりとした。胸の内から上がってくるのは、僅かな期待と単純な疑問だった。

 

この人は俺に会いに来てくれた?

何故、俺の名前を知っている?

母と面識はないはずだが、線香を上げに来たのは?

 

様々な憶測が頭を駆け回る。どれもこれも、己に都合の良いものばかりで嫌になる。

 

「いや、ね。君に伝えなければならない事があって。君の事は残念だけど名前くらいしか知らないよ。知っているけれど知らないなんて、妙な感覚だが。」

「伝えなければならない事、ですか?」

 

俺がそう言い切るや否や、彼はぐっと身を押し出して俺の両肩を掴んだ。突然の事に固まってしまった自分など御構い無しに、彼は掴んだ肩をさらにぎゅっと握りながら話し出す。

 

「今から俺がいう事は、多分わけが分からないと思う。俺自身もこれを伝えるのが心底気持ちが悪い。それでもちゃんと聞いて、それに従って欲しい。」

 

あまりの剣幕に、無意識のうちに後退りしようとして、再び肩に入る力が強くなる。なんだか嫌な感じだ。そこから先を聞きたくない。そんな気持ちになる。

 

それに、この目を見ればわかる。ほんの少し前の多くの期待も疑問も吹き飛ばしてしまう。この人の本当の要件は、ただ俺にその伝えなければならない事を伝える。それだけなのだ。俺の目を貫く双眼が、瞬きもしなかった。

 

 

「君は、君は弟を。花沢勇作を殺してはいけない…!」

 

 

ガタガタと戸が揺れる。しっかりと閉め忘れたのか、壁側の戸がほんの少しだけ開いていた。そこから雪が入って来ていたのであろう。遠目から見ても、畳がしっとりと濡れているのが分かった。

 

何故ですかという言葉は、最早出てこなかった。俺は疑問に思っていた一切合切を理解したような気になって。心底失望した。

 

この人は、恐らく。父上に頼まれてやって来たのだ。

 

それ以外に考えられない。

でなければ、何故そこで義母弟の名が出るんだ。

 

母に、赤の他人に線香を上げに来たのは、ただの口実だった。俺の事などほんの少しも覚えていなかった。本当の目的はひたすらにその一言を伝える事だけ。

 

妾の息子が、可愛い我が子に牙を剥かないよう牽制するためだけに。

 

そこまで俺の理解が到達したところで、静かな怒りが湧き上がるのを感じる。それは目の前にいるこの人に対する怒りではない。こんなつまらない事をした父上でもない。

 

会ったこともない花沢勇作に対する。純然たる怒りだ。

 

 

俺は尾形家に一晩お世話になり、昼過ぎに帰ることにした。本当ならば、伝えることも伝えたし、親戚に見つかったりしないように明朝に出て行こうとしたのだが、昨晩の雪が見事に積もってしまったため、日が十分昇ってから帰る事になった。

 

それまでの暇つぶしに、藁を分けて貰って草鞋を編んだ。溶けかけた雪道を歩くには、自分が履いて来た西洋履では心許ないからだ。道中で滑って、折角のコートをおじゃんにはしたくない。

 

「慣れてらっしゃいますね。」

「雪が降る日には、…兄弟の分も作っていたからな。」

 

とは言っても、村ではそんなに雪は降らなかったが。いつの間にか横に座っていた尾形にそう返す。思い出すのはまだ三人で干し柿を食べていた頃の事だ。兄は病院暮らしが長いから草鞋なんて編んだことがなかったし、佐一はあまり手先が器用な方ではなかった。

 

「昨日のアレは。兄弟がいるから仰ったので?」

「……。」

「ああ仰ったからには恐らく大凡の事情をご存知なのでしょう?ならば。ならば俺は貴方に尋ねたいことがある。」

 

藁を組む指を止めて、尾形の方に顔を向ける。昨日も思った事だが、尾形の目はやはり深く黒い。怒った目をしている。やはり猫だ。興奮して怒っている猫の瞳にそっくりだ。

 

「少し、厄介な生まれなのですよ、俺は。そのせいか、俺には普通というものが全くもってどうしても解らないのです。普通の生まれではない事は承知しています。育ちも同様に。けれど、理解はできなくても知る事くらいは出来るはず。だから貴方にお尋ねしたい。愛とは、如何様なものですか。」

 

結局、彼の根底にあるのはそこなのだろうか。自嘲する尾形の姿に、自分の記憶の中にある大人となった彼の姿がチラついた。

 

父に母子ともに捨てられ、母は気狂いになり、母を殺したというのに父は来ない。そして愛というものが解らなくなってしまった。確かに普通がわからないだろう。この環境で真っ直ぐに育ったら、それこそ人格を疑う。表面上問題がないサイコパスが一番厄介だと思う。

 

かと言って、愛する人と引き合わせるために母を殺すのは、飛び抜けて異常で、厄介なサイコパスである事に変わりは無い。そもそも彼の異常性はどこから来たのだろうか。父親がいないから?それとも、母親の作り続けたあんこう鍋のせいか?その割にはあんこう鍋は嫌いではないという。気狂いの母と囲む食卓だったかもしれないし、自分に見向きもしない関係に、精神的悪影響を及ぼしたかもしれない。

 

「愛、か。俺に聞くくらいなら、知り合いの神父を紹介しようか。」

「生憎と、自分は無神論者なので。」

「ああ、そう。」

 

そういえば言ってたか。愛というのは神と同じくらい存在があやふやなもの、ね。確かにそうだ。俺も信じたい時しか信じない。

 

「愛は、そうだな。劇薬のようなものだよ。」

 

薬を処方する医者と、処方される患者がいるように。愛だって与える側と与えられる側がいる。しかし人間が生まれた時から薬の知識を有しているわけではないように、愛の知識もまた、元は知らないものだ。

 

医者や薬剤師は人体の薬の摂取上限を、効能のある薬を、一体何から学ぶのか。それは幾年もの間に積み重ねられた経験という知識からだ。

 

愛もまた、経験から学ばなくてはならない。しかし、なまじ形がないものだから、及ぼす影響というものが気が付きにくい。

 

さらに言えば、薬は誰しもが扱うわけではない。健康体であれば、一生縁がないかもしれない。与えるにも、専門的知識を学んでいる人が大半だろう。

 

けれど愛は違う。愛は生まれた時からなければならない、いわば必須栄養素なのだ。

 

ずっと昔の実験にこんなものがある。赤子に愛情を与えずに育てるという実験だ。決して目を合わせず、笑いかけず、話しかけず、触れることもせず。衣食住の生命活動に必要な世話だけは欠かさず、徹底的に赤子との必要以上の関わりを絶った。

 

結果。実験を行なった五十人もの赤子が、全員一歳を迎えることなく亡くなったそうだ。

 

「劇薬ですか。」

「ああ。愛は過不足なく必要な劇薬だ。使用用量と用法を守らなければいけない。足りなければ飢え、過剰ならばその身を滅ぼす。」

 

それが例え、親愛の類であっても。人間と人間の間にはそういう愛憎が必ずと言っていいほど発生して、何らかの影響を及ぼす。俺と佐一然り、佐一と兄然り。過ごす間に積み重ねられた劇薬は、思いもよらない時にとんでもない効果を発揮するものだ。それこそビタミン剤が致死薬に変貌するような奇怪さを伴う。

 

「そうだ。俺はそろそろ此処を出るが、くれぐれも俺が来た事は、村の者には内密にしてくれないか。君の祖父母にも伝えて欲しい。」

「何か不都合があるので?」

「なに、家出中の身なもので、知り合いに会うのが億劫なんだ。それじゃあな。世話になった。」

 

裏口をくぐると、冬だというのにスッと太陽光が差している。積もった雪の一部はぐずぐすになって土の色をしていた。

 

同じく裏口から出てきた尾形が、こう俺に投げかける。

 

「なぁ、アンタ。名前はなんていうんだ。婆ちゃんも、アンタのこと御使いさんと言ってさ。ろくに名乗ってないだろう?」

 

振り返って尾形を見る。なんだ、裏口から出てないのか。こんなに陽の光が気持ちいいのに。裏口の陰にいては寒いだろうに。そんなつまらない思考を追い出して、俺はこう返した。

 

「さて、ね。」

 




相変わらず読みにくい文で申し訳ないです。誰か代わりに推敲してくれ。

主人公かなり大胆な行動に出ましたが、目的が道筋(原作)から外れることで、しかもそうしなければ精神的にキツイ時期なのでやっちゃうんですね。
余計に尾形の殺意を煽ってしまうなんて…悲しい……。

これは日露戦争で優作さんと仲良くさせなきゃ……(使命)

次回も更新は大幅に遅れる予定です。次の話は日露戦争にするか、それ以前の話で鶴見中尉とランデブーするか迷ってます。結果原作突入遠のきました。バイバイ原作。また会う日まで。

それにしても一体お守りはいつ月島から返してもらえるのだ。
あと主人公がやたら煙草吸ってるのは、新潟へ行く時月島への餞別に買っていた煙草が意味をなさなくなってしまったからです。
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