世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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とある呉の艤装技師のつぶやき(呉鎮守府)

 艤装技師、下積み三年とはよくいったもので、三年と少し働いている俺もようやく一人前に片足を突っ込めたかな、と思えるようになってきた。艤装技師における下積みの定義は、ちょっと他の職種とは違う。普通は上司に認められるまでの見習い期間みたいなもんだろうけれど、艤装技師にとっての一人前の判断基準は妖精さんに認められるかどうかというところにかかっているのだ。

 新人はどうにも要領を得ないし時間もかかるから、基本的に面倒くさがりの妖精さんは手伝いたがらない。そこをなんとか、とベテラン艤装技師に声をかけられてしょうがないなぁと重い腰をあげてようやく手伝ってくれるのだ。それでもあまりに下手すぎるとすぐにどっかいっちゃうし、次また頼みこまれたときに顔を見上げてはげ、こいつかぁみたいな顔もされる。それが段々減って、ようやく少しの妖精さん達からお気に入り認定をされ、一人前の艤装技師と名乗ってもそろそろ大丈夫かなぁと思えるようになってきた頃。周りを見る余裕が出てきた俺は、これほど面白い職場はあまりないのではないだろうか、とぼんやりと思うようになってきたのだ。

 だってさ。直接はあんまり関わらないけれど、あの艦娘さん達と毎日接するんだぜ。一般の世で生きていればまずお目にかかることのできない彼女ら。それを間近で見ていて思うのだ。人でありながら人から少し外れたところにいる彼女たちは、見ていて飽きない、と。

 

 

「担架もってこい! 入渠施設準備早くしろ!!」

 

 怒声があっちこっちで響き渡る。艦隊が帰投するとの情報を受け、しかも今回は大破が一人いるとのことで帰投前からてんやわんやの騒ぎだ。一際その喧騒が強くなって、ああ、帰ってきたなと思った俺は休憩を中断して持ち場へと赴く。帰投直後の艤装の破損箇所のチェックとメンテナンスだって大事だ、最も救護班からは邪魔! と足蹴にされることもあるので周りに気を配らねばならないことも多いけれど。しかも今回の俺の担当はよりによって大破帰還している由良さんである。案の定救護班の主任は殺気立っているので、刺激しないよう、邪魔にならないように待機する。俺は壁です。

 

「あー……」

「損傷部位は」

「頭部と……もうなんか、全身ですね」

 

 こりゃひでぇ。顔には頭部から流れ落ちたであろう大量の出血痕がこびりついていて、艤装もひしゃげまくり、神衣(かむい)はあらゆるところが焦げ付いて見るも無残である。

 大破状態で帰ってくる人は意識を飛ばしていることも多い。だというのに淡々と受け答えをこなす彼女は、少し異常というか。

 

「ゆらー、ゆらー、ごめんなさい……」

 

 おそらく背中のひっつき虫となっている彼女、夕立さんのおかげで慣れてしまったのかもしれない。最近は安定しているみたいだったけれど、またやっちゃったのかな。改ニ艤装というものは肉体面、精神面ともに負荷が大きい。改装当初は大抵皆不安定になるし、夕立さんのような夜戦を得意とする艦艇はどうにも負の側面に引っ張られやすいようで。ソロモンの悪夢。誰がつけたかわからない二つ名だけれど、初改装時は、それはそれは、ひどかったらしい。

 

「これ入渠でいけます?」

「え?! い、いやいけなくはないだろうけど」

「じゃあお願いします。なるべく現役期間長くしたいんですよ」

 

 艤装を外す準備をしながら淡々と続ける由良さんと、その背中で涙声で謝り続ける夕立さん。一見すると、いや、しなくても異常な光景なんだけれど。割と日常茶飯事なので慣れてしまった俺がいる。艦魄(かんぱく)艤装回路は艦娘の身を守る結界作用を持ちながら、大破以下であれば帰投するまでにバイタルを維持し続ける生命維持装置の役割もしている。痛みは人間の身体が出す警告だ。だから完全にはシャットダウンはしないけれど、かといって発狂するレベルの痛覚になると遮断し、出血しても血を失いすぎないよう止血だって通常の人より早い。まぁ、擬似神経回路だなんだとか小難しい話をすればきりがないんだけれど、ようは艤装が最低限稼働できる状態、大破状態までだな、で、それを装着している限りは艦娘の命は守られている、って感じだろうか。

 だから帰投して、艤装を外して入渠施設まで運ぶその瞬間が重要になってくる。結構艦娘さんも自分の傷に頓着しない人が多いものだから、トリアージに従って重症患者から運んでいるうちに小破している艦娘が勝手に艤装を外していて、気づけば中破程度まで悪化させることもままある、と救護班に所属する友人がいつしかぼやいていた。陸に上がると艤装の異物感が急に出てくるから外したくなるらしいよ、と言っていたが本当のところはよくはわからない。まぁそんな感じで敵は身内にもいるわけなので、救護班は基本的にいつも殺気立っている。いざとなれば高速修復剤投与で死ぬことはないにしても、そもそもあれは希少な薬剤であるし、乱用すれば身体の自己治癒能力を低下させてしまう諸刃の剣であるから、特に大破状態の艦娘に対してはことさらだ。だから足蹴にされてくそ、とは思っても表には出さないようにしている。俺だって自分の仕事に誇りがある。それは救護班も一緒だろうから。

 そうして艤装を外す段階となって、ようやく由良さんは背中の夕立さんを剥がしにかかった。しばらくいやいやとぐずっている夕立さんを無理矢理引っぺがして頭をぽんと軽く叩く。それに対してびくりと夕立さんの肩がはねた。

 

「夕立ちゃん」

「……っ」

 

 微かに息を飲んだ夕立さんの声にならない声は、救護班主任の艤装外すわよ!! という大声にかき消される。そうして由良さんが次に口を開き、出てきた言葉とは。

 

「由良、さん、ね?」

 

 そう言い切るやいなやバターンと担架に倒れ込む由良さん。搬送急げー! 道開けろー!! と颯爽とその由良さんを入渠施設へと担ぎこむ救護班。そうしてその後をゆらー!! とついていこうとする夕立さんを、夕立も小破してるんだから入渠だってば! と仲間が羽交い締めする。

 うん、なんかさ、色々と言いたいことはあるけど。由良さん、マジパネェ。

 

 

 基本的に艤装技師と艦娘の交流はほぼないと言っていい。彼女達が出撃する際には俺達の仕事は終わっているわけだし、言葉を交わしたとしても業務連絡が常。雑談を交わすような状況で話をすることなど滅多にないから、まぁお互いに個人的な面識がある、というのは中々稀有だ。

 それでも一航戦の赤城さんは艤装技師から果ては食堂のおばちゃんまで名前からお孫さんが生まれたことだって知っていたりするし、まぁそこまでの人は中々いないけれど、こっちの休憩時間に気さくに話しかけてくれる艦娘だって中にはいたりする。

 

「よーぅ、若人。精が出るなぁ」

「龍驤さん」

 

 そして龍驤さんもそんななかの一人だった。呉鎮守府の艦娘はどうやら世代交代の時期に差し掛かっているらしく、ベテラン層は大分引退してしまったようだ。そんな中でも龍驤さんはまだまだ危なっかしいしな、と残り続ける古参中の古参だ。年齢? 聞いてはならない。

 

「キミィ、大分整備うまくなったやん。妖精さんも褒めとるで」

「はは……ありがとうございます」

「いつも整備ありがとなぁ、君達がいるからいつも安心して海に出られるんやからな。ジュース飲む?」

 

 屈託のない笑顔で接してくる龍驤さん。その大阪弁もあいまって、ついつい面影を重ねてしまう。あと地味にこういう気遣いが一番効くのだ。だから、ジュースを受け取りながら思わず涙ぐんでしまった。

 

「ばあぢゃん……!」

「せめて母ちゃんにしてくれん?」

 

 違うんですよ。ばあちゃんの喋り方とそっくりだからついつい間違えただけで他意はないんですよ、いやほんと。

 

 

 呉鎮守府は最前線を支える、最も規模の大きい鎮守府だ。だからこそここに所属する艦娘の数も桁違い、らしい。らしいというのは、俺はここでしか勤めたことがないから実際のところはわからないという意味だ。

 そんなんだから、まぁ本当に色々な娘がいる。多すぎて正直全員の名前を覚えるのは至難の業だ。まぁ、ほら。覚えても、いつの間にかいなくなることも、あるからさ。転籍か、あるいはそうなのかはわかんないけど。結構入れ替わりが激しいところもある。

 そうして話は戻るわけだけれども。まぁね、これだけいればね。中には苦手な娘も、いるわけですよ。

 

「あ」

「はい?」

 

 それが俺にとってはこの蒼龍さんである。温和で、普段はにこにことしていてはたから見ている分には俺も可愛いと思う。ん、だけれども。

 

「──さん、おばあちゃん子だったんですねぇ」

「え? あ、はぁ。生前は良くしてもらってて」

 

 少々、なんというか、その、不思議ちゃんなのである。あと相方の飛龍さんと違って本心が見えにくいというか。何を考えているか、たまに本気でわからない。

 脈絡もなく祖母の話をされ、俺、この子に話したっけ、と頭をかく。本人は俺のそんな心情を知ってか知らずか、にこにこと真っ直ぐ、そう、俺ではなくて、まるで俺の後ろの何かを見ているような。

 

「いいお孫さんに恵まれましたねぇ」

 

 ……いやいや。まさかね? ぎぎぎ、と後ろを振り返ろうとするとさらりと蒼龍さんが言葉を続けた。

 

「冗談ですよ?」

「わかりづらいです!!!!」

 

 俺、やっぱこの子苦手。

 

 

 そういえば最近は海外艦も大分増えてきたなぁと思う。人数はあまりいないのと、各国で艤装構造がまるで違うから俺ら下っ端はまずその艤装をいじることはないんだけれど。最初にここにやってきたのは、ドイツの二人だった。いかにも外国人、という顔の二人から流暢な日本語が出てきたときは少なからずびっくりしたけれど、一応日本は艤装技術先進国であるからもしかしたらエリートさん達なのかもしれない。

 まぁそんなわけでほぼ直接は関わらないのだけれど。ほら、やっぱり外国人って聞くと先入観、あるもんじゃないか? やれドイツ人はクソ真面目で愛想がないだとか、下手すると偏見に近いようなものが。

 

「よーしカチコミよ!!!」

 

 まぁビスマルクさんのおかげでそのイメージはすぐさま瓦解することとなったのだけれど。夕張さんと仲が良いらしく、漫画を借りては変な日本語を覚えて周りを時たまぎょっとさせる。MVPをとってくるとどうだ、褒めろと言わんばかりに胸を反らして闊歩する。そして周りが賞賛を贈れば、とても嬉しそうにこういうのだ、もっと褒めてくれていいのよ? と。我ら艤装技師達が今か今かとその言葉を待ちわびてしまっているくらいには連呼している、彼女の決め台詞である。

 そうしてなんだかんだ面倒見がいいのか、困っている人がいればところ構わず首を突っ込むようでもあった。この前おばあさんを背負って歩いているところを見かけてなんだなんだと思ったけれど、どうやら足を挫いてしまったおばあさんのお家まで届けてあげるところだったらしい。いい人ではあるんだろうけれど。なんとなく、そう、知れば知るほど残念美人という言葉が脳裏にちらついた。あの人は黙っている方が得をするタイプかもしれない。

 もう一方のドイツ空母であるグラーフさんは、俺にとってはまさにドイツ人、というような人だった。必要最低限の会話。にこりともしない無愛想さ。そうだよな、これがドイツ人だよな、とビスマルクさんとの落差に最初の頃はうんうんと頷いたものだった。

 ただ、この頃はちょっと。なんとなく、以前より雰囲気が柔らかくなったような、そんな感じを受ける。

 衝撃的だったのは以前、埠頭を歩いていた際にこの人がわらわらと五、六人の駆逐艦にまとわりつかれているシーンを図らずとも目撃してしまったことである。その姿は大量の猫にまとわりつかれて身動きのできない人のよう。え、ちびっこ達に人気だったんすか、てか、え? とにわかにその情景が処理しきれなかったのだけれども。どこか困った表情ながら、それでも嫌そうではないのと。なんだかんだ皆の面倒をきちんと見ていて、駆逐艦の娘達もそれをわかっていて慕っているようで、人を第一印象で決めてはだめだなぁとつくづく考えを改めざるを得ないのだった。

 

 

「皆おっそーい!!」

 

 工廠の中に一際元気な声が響き渡る。第一艦隊が帰ってきたなぁ、とその声につられてそっちの方を見やった。第一艦隊といっても、うちの第一艦隊はそれこそ作戦やらなんやらで入れ替わりが激しいから誰が一番、というものはないのだけれど。それでもその第一艦隊の常連という人はいて、彼女、島風さんもそのうちの一人だった。

 

「あ、こら待ちなって!」

「やだよ、島風、お風呂入ってくる」

 

 ぽぽぽいっと艤装を脱ぎ捨てて工廠の人波をすいすいと器用に避けながら駆けていく。相変わらず落ち着きはないようだった。遠巻きに別の艤装の整備をしながら、息抜きがてらに彼女達の様子を伺う。

 

「あ〜も〜。まぁ、いいか……あー、しんどいったらないわ」

「そうだな」

「同意するならもう少しくらい疲れた顔したら日向?」

「……?」

「なんでもないわ……体力お化けめ」

 

 航空戦艦、伊勢さんと日向さんを中心に続々と艦隊の面子が戻ってくる。そのうちの一人に、歩み寄る人影があった。

 

「あ……」

「今日もちゃんと帰ってきたわね」

 

 彼女にそんな言葉をかけるのは、初風さんくらいなものだろう。

 奇跡の幸運艦。稀代の天才。そう謳われるのにはそれ相応のバックグラウンドがある。いわゆる適性的な意味での天才ならこの呉鎮守府にも何人かいる。甲種適性というやつだ、あの娘達は甲種というだけで別格なのだ。だけれど、あの人、雪風さんは違う。適性自体は乙、普通の艦娘程度ながらその実力は甲種適性と同等、あるいはそれ以上なのではないかと言われる程。島風さんだってエースの一角には違いないが、雪風さんはなんというかその中でも突き抜けていた。

 そんな彼女だから、いつしか人はこう思うようになった。彼女が帰ってくることこそが、当たり前なのだと。長くここに所属し、同期はほとんどいなくなってしまった彼女、そうしてこのような一般認識によって、彼女を出迎えるという人など初風さんがここにくるまでいなかったという事実にすら皆が気づけずにいた。

 

「そうですね、魚雷当たったんですけど」

「え」

「不発弾でした」

 

 さすが幸運艦。その瞬間のことを思うとうひー、となってしまうが、雪風さんはなんてことはないとただ淡々とその事実を述べた。

 いつの頃からだろう。雪風さんは、あまり笑わなくなった。たまに埠頭に出てはぼんやりと海を眺めている姿を見ることが多くなった。ああ、やだな、となんとなくあのときは心がもやもやしたものだ。なんとなくなんだけれど。ああいう人って、すっといなくなってしまう、そんな予感がするから。そんな頃だった。あの雪風さんをぶん殴った新人艦娘がいるらしいと同僚が休憩室に駆け込んで来たのは。俺は食べているカップラーメンをふいた。

 

「わっ」

 

 気がつくと初風さんが両手で雪風さんの頭をわしゃわしゃしていた。あんなことができるのも初風さんだけである、怖いもの知らずか。

 

「よしよし」

「ちょ、やめ、雪風のが先輩ですよ!」

「知ったこっちゃないわよ」

 

『──こんなのがエースとか呉なんて大したことないんじゃない? 私がこいつをエースから引きずり落としてやるわ』

 

 すげぇ新人が現れたもんだと思った。どんだけ自分に自信があるのかと。でも、そうではなかった。彼女、初風さんはどこまでも努力型の人で、自分の実力を認める謙虚さもある。ちょっとぶっきらぼうで言葉が足らずに喧嘩になることはあっても、相手を慮る優しさもある。たまに本当に年下なんだろうか、と思うくらいどこか達観したところもある、やんちゃで落ち着きのない駆逐艦の中ではちょっと変わった存在だ。

 すげぇ新人が現れたもんだ。天才を天才と認識し、自分が凡才であることを自覚してもお前に追いついてやる、と正面切ってあの雪風さんに言い切る、すごい子が、と。

 

「いい、勝ち逃げなんて許さないから。私があなたに勝つまで、ちゃんと帰ってきなさいよ」

「……」

「おかえり。お風呂入ってきなさいよ、髪きしきししてるわよ」

 

 そうして雪風さんの頭をぼさぼさにして満足した初風さんは、他の人達にお疲れ様です、と声をかけ始める。だから彼女はおそらく気づかなかっただろう。

 

「……ただい、ま」

 

 ぼそりとつぶやかれたその言葉に。

 天才は孤独であるという言葉を聞くけれど。きっと天才にとって必要なのはもう一人の天才ではなくて、案外ああいう人なのかもしれない。

 

 

 工廠内の喧騒が一際強くなる。この職場で働き始めて決して短くない時をここで過ごして、この微かな潮の香りに混ざるオイル臭さも、そうして帰投と同時にそこに混ざる血の匂いにも慣れてしまった。

 色々なものに慣れてきてはいても、どうしても慣れないものだってある。こういう日は帰投時の雰囲気からして違うのだ。重く、重く。ぎしりと心にのしかかる、この空気。

 今回の作戦で、どうやら一人の駆逐艦娘が帰らぬ人となった、らしい。大規模作戦のときはこれもある種の日常のようになり心が麻痺してくるものの、戦線が落ち着いている今だからこそそれは一際大きくのしかかる。そうして、心が痛むことにどこか安堵する自分もいるのだ。ああ、俺はまだ、まともだ、と。

 ガシャン、とまるで投げ捨てるかのように艤装を外した今回の担当のそれに慌てて駆け寄る。殺気が素人の俺にも伝わる程の不機嫌さをにじませて首元のマフラーを緩めている彼女を刺激しないよう、なるべく静かに座り込んで点検をしようとした、その時だった。

 

「……嫌いだよ、駆逐艦なんか」

 

 それは偶々その艤装を点検しようと近づいた自分だったからこそ拾えた言葉。低く、低く。何かを呪うような、それでいて無力さを噛みしめるかのような言葉。顔を見てはいけない。本能的にそう思った俺は、何も聞こえなかったふりをしてガチャガチャと静かにそれを弄くり始める。

 

「すぐ死にやがって」

 

 かすれるような声でそう吐き捨てて足音荒く立ち去った彼女の背をちらりと見やる。手癖も悪くて、口も悪い、呉鎮守府の期待のエース級軽巡洋艦の、川内さん。そんな彼女は駆逐艦に優しい言葉なんか一切かけない。でも知っている。

 

『ロケットペンダント?』

『わぁ、いつの間に!? か、返して下さい!』

 

 艦娘、艤装技師関係なく隙あらば人の懐からものをスる彼女。一種の挨拶のようで、そのままくすねられることはない。そして。

 

『それしかもう家族の写真残ってないんです!』

 

 態度には一切出さないけれど。

 

『……悪かった、ごめん』

『あ、いえ』

『チェーン緩んでるから。替えた方がいいよ、それしかないんでしょ』

 

 妹の神通さんをとても大切にしている。それと同じくらい、仲間と、その家族についても考えてくれているのだと。あのとき、自分はそう感じたのだ。

 

 

 色々あるんだ、色々。ここは最前線を支える主要鎮守府だし。色々な人達が集まって、ぶつかって、それでもって笑い合ったりもする。俺達艤装技師はちょっと仕事は地味かもしれないけどさ、それでも大規模作戦が何事もなく終わったら缶ビールでしめやかに乾杯するのだって嫌いじゃないし、それにたまーに遠巻きに見せてもらえる艦娘さんの演習風景だって悪くない。

 出会いも別れもここは他のところより多いかもしれない。それが時たま無性に辛いときだってある、だけどさ。

 

「おい坊主、そろそろ仕事だ」

「あ、はい!」

 

 やっぱり俺はさ。この呉鎮守府の艤装技師やってるのに誇りってのを持ってるし。艦娘さん達が楽しそうに笑っているのを見るのも好きだからさ。地味でそれでいて大事なこの仕事のことが、大好きなんだ。

 

「艦隊、抜錨!!」

 

 海めがけて飛び出していく彼女達とすれ違い様に工廠へと戻っていく。なぁ、だからさ。今回もきちんと帰ってきて、またメンテさせてくれよな、艦娘さん。

 


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