世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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梅雨きたりて君想う‐後編‐(佐世保、呉鎮守府:萩風、加賀、瑞鶴、秋月)

 

 演習前の少しの空き時間。佐世保いくんならさー、とあれこれとお土産を要求してきた朝霜を含めた夕雲型のご要望の品を揃え、ぱたぱたと集合場所へと向かう。

 

『あたいら、横須賀行ってきたんだ。わかるだろ?』

 

 爪楊枝で羊羹を刺すジェスチャーと共にそう言われれば、仕方がない。間宮の羊羹はとにかくレートが高いのだ。皆で分担したとは言え、少し物珍しいものの担当になってしまった私は予想より時間がかかってしまい、気づけば演習前の打ち合わせの時間ぎりぎりになってしまった。

 息を弾ませながら埠頭の方へと向かうと、遠目に人だかりが見えた。あれかしら、と小走りで近寄ると一際陽気な声がその一団から響く。

 

「カガー! 今夜のご飯はなんですか? パスタですか? それともパスタですか??」

「パスタは昨日食べたでしょう、アクィラ」

「カガ、ガンビー見なかった?」

「また迷子ですか」

「そうなのよ……困ったわ、演習まで時間がないのに」

「鈴谷に伝えて館内放送で呼びかけてみましょう。サラは準備をすすめてて」

「カガ〜」

「加賀さ〜ん」

 

 ああ、こっちは佐世保の人達か、と速度を落として息をととのえる。佐世保に新しく着任した海外空母との演習も兼ねている、と聞いていたけれど。その一団にちらほらと点在する日本人離れした容姿の人達と、そしてその人達がまとう日本空母と違う艤装に少しばかりの興味がひかれたのと。その中心で、表情を一切変えずにテキパキと指示を飛ばしているその人に、意識をもっていかれた。

 

「よっ、さすが佐世保の保母さん!」

「……手のかかる子が多くて困ったものね。あなたみたいに」

「いだだだだだだアイアンクローはやめてあたたた!!!」

 

 そうしてその人は滞りなく対応をしながら、茶々を入れてきた女の子にそちらを見向きもせずにアイアンクローを決めていた。ズィーカク……またやってる……と周りの人達が呆れる声を聞きながら、ああ、皆を探さないと、と思ったとき。偶然にも彼女と視線がかち合ってしまった。

 

「見かけない娘ね。呉の人達なら──あら」

 

 そうして少し目を見開く加賀さんと、その隙に逃げ出すアイアンクローの被害者。

 

「ねぇ! 顔変形してない!?」

「大丈夫、ズィーカクの天使みたいにカワイイお顔は無事ですよ」

「息をするかのようにくどいてくるイタリア艦こっわ! 頬に手を添えるな!!!」

 

 ぎゃあぎゃあ少し離れたところでしゃがみ込んで騒いでいる彼女らを完全に無視して加賀さんが私に向き直った。

 

「……どこかで、会ったかしら」

「あ、私候補生時代佐世保にいましたので」

「ああ」

 

 顎に手を当てて思案していた彼女は、合点がいったという顔で小さく頷く。そんな彼女にきちんと敬礼をして自己紹介をすることにした。

 

「呉鎮守府所属、陽炎型駆逐艦の萩風です。本日はよろしくお願いします」

「佐世保鎮守府所属、航空母艦の加賀です。……呉の娘はしっかりしてるわね、やはり」

 

 そう答礼を返してから加賀さんはぼそりとつぶやき、うずくまっていた女の子に視線を向けてため息をついた。なによ! 文句あんなら面と向かって言いなさいよ! とその子が吠えるとそういうところよ、と静かに加賀さんが毒を吐く。

 

「赤城さんは、元気かしら」

「お知り合いですか?」

「ええ。私は以前、呉にいたの」

 

 一時期戦線を離れていたため、リハビリがてら呉での演習を重ね、ようやく実戦へと投入されるかという段階での改二戊改装。普段の業務をこなしながらの艤装のならし、新たに実装された軍刀に対する訓練など忙しそうにしている赤城さんは滅多に他の鎮守府へ向かうことはなかったように思う。だから同じ一航戦とはいえ、さも親しい友人であるかのように彼女の口から赤城さんの名前が出たことが不思議だったのだ、純粋に。

 ──俺らが呉に所属する数年前、大規模作戦があって。そこでいっぱい主力艦娘が沈んじゃったから、今の呉のメンツって殆ど総入れ替えらしいぜ。

 不意に嵐の言葉を思い出してハッとする。戦線を離脱していた赤城さん、そして佐世保に転籍している加賀さん。私、もしかして聞いてはいけないこと聞いちゃったんじゃ。

 

「気を使わなくても大丈夫よ」

「あ、えっと」

 

 内心を見透かされ、うろたえる。ただ、加賀さんの様子からは本当に嫌な感情は見えなくて、その表情はどこまでも穏やかなように思えた。

 

「彼女とは文通をしているのだけれど、中々直接会えないものだから様子を知りたかっただけなの」

「そう、なんですね」

 

『──体よりも心が、ね』

 

 呉鎮守府で数少ない先の大規模作戦の生き残りの一人、時雨と一緒に食事をしていたとき。嵐が興味本位でそのことを尋ねたとき、彼女は静かに教えてくれた。

 

『空母や戦艦って、艦隊の精神的支柱だから。心も、僕ら駆逐艦なんかよりずっとしんどいんじゃないかな。だから、僕は彼女らの心も守れたらなって、いつも思っているんだけど』

 

 そうしてちょっと疲れたかのように笑った彼女に、私達は何も言葉をかけることができなかった。もしかしたら。もしかしたら、加賀さんも。時雨が取りこぼしていったうちの一人だったのかもしれない。それでも。

 

「彼女に伝えてくれるかしら」

 

 時間はかかったのかもしれない。きっと私の想像もつかないような辛いこともいっぱいあって、それでも今私の目の前で少しいたずらっぽく笑っている彼女が。

 

「まだまだ、先輩として負ける気はないわ。油断しているとおいていくわよ、って」

 

 ──ずっと、後悔している。不器用だけれども、それでもその大きな手で私の頭を撫でて緊張をほぐそうとしてくれた彼女を守ると誓ったのに。

 

「──あ、れ」

 

 ──なにも返せなかった。彼女にとどめをさすことしか、できなかった。泣いて、泣いて。それでも彼女が帰ってくることはないのだということは、とどめをさした私が、一番知っている。

 

「え」

「あー! カガがいたいけな女の子泣かしてるぅー!!」

「え、ちが、これは」

「鬼! 悪魔! 加賀!!」

「さんをつけなさい五航戦」

「いぶぁぶぁぶぁ!!!」

 

 振り返りざまに片手で瑞鶴さんの両頬を握り潰す加賀さんの様子に思わず笑うと、涙がひとしずく、頬を伝ってこぼれ落ちた。

 動揺した加賀さんが挙動不審になっていると、その横顔を瑞鶴さんとアクィラさんがジト目で見つめた。そうしてキッと加賀さんがそちらを一睨みをすれば、蜘蛛の子を散らすように去っていった。その様子を見て思わずため息をつく加賀さんの袴の裾を、くい、と引っ張りながら。

 

「加賀さん」

 

 そうして彼女の名前を呼べば、また涙がこぼれ落ちた。

 

「生きてください」

 

 ──ごめんなさい、ごめんなさい。

 

「今度こそ、守りますから。生きて、ください」

 

 ──今度は絶対に守るから。だから、生きて帰ってきたあなたのその大きな手で私に触れてください。あなたが、確かにそこに生きているのだと。教えてください。

 

 袴を握りしめられ、動くこともできずに呆気にとられるようにこちらを見下ろしていた彼女は、ふと目を細め。

 

「……ああ、あなた。萩風だったわね(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ぽつり、とそうこぼし。

 

「酷なことをさせたわ、あなたには。駆逐艦の娘達は、いつもそう」

 

 少し逡巡したあと、こわごわと伸ばされた手は。

 

「こうして残された人達に傷を残していったのね、私達は」

 

 そろり、と私の頬をなで、そうしてまたこぼれ落ちそうになった涙を優しく拭っていった。それにすがるように、彼女の腕を捕まえる。それを見た加賀さんは、一度きつく目を閉じてから。

 

「……萩風」

「は、い」

「好きな食べ物はあるかしら」

「……は、い?」

「五秒以内に答えなさい、五、四……」

「え、え!? あ、う、梅と大根のじゃこサラダです!」

「そう、ヘルシー志向なのね。それから、もうひとつ。……あなたは、誰ですか(・ ・ ・ ・)

 

 ゆっくりと、言い聞かせるように。じっと私の瞳を見つめて尋ねてくる彼女の様子に、胸の内で暴れまわっていたどうしようもない感情の激流が、徐々に徐々に、落ち着いていくのがわかった。

 

「……あ、私、は。呉鎮守府所属、陽炎型駆逐艦の、萩風、です」

「そうね。人間の女の子のね(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 そうしてよくできました、とでもいうかのように彼女の大きな手がぽん、と優しく私の頭にのせられる。

 

「付喪神の縁に引っ張られるのは初めて?」

「え、えと」

「覚えておくといいわ。この()達の想いをすくいあげるのも大事だけれど、自分を見失ってはだめ」

 

 加賀さんの表情に少し苦いものが交じる。ああ、この人。思っていたより、表情が豊かかもしれない、とぼんやり思いながら彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「その想いは尊いものでもあり、過去の楔でもある。過去に囚われ過ぎて今を見失えば、待つのは破滅よ」

 

 そうして少しだけ、表情を緩めて。

 

「私達は未来に生きる人なのだから。付喪神(かこ)を受け入れ、共に前に進みなさい」

 

 ぽん、と再度優しく頭を叩いた。それに思わず目をつぶると、ちいさく、ありがとうという言葉が聞こえたような気がした。

 

「──さて」

 

 そうしてまた目を開いたときに見えた彼女は、いつも通りの無表情に戻っていた。それでもこき、と軽く首を鳴らしてこちらを見つめる彼女からは、前よりもさほど圧を感じなくなっていた。

 

「お手並み拝見といきましょうか。どうせ呉航空部隊はボコボコになるのだけれど。どれだけあなたが被害を抑えられるか楽しみにしてるわ」

「……え?」

「ボコボコです」

 

 ぐっと握り拳を作って真顔で宣言する加賀さん。あ、これ前に鈴谷さんがやってたものまねに似てる、いや鈴谷さんが似てたのか、なんてことを考えていたら、遠くからおおーい、とこちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

「萩風ちゃん、こんなところにい、た……」

「ボコボコよ」

「げっ、加賀さん。お、お手柔らかにお願いしま〜す」

 

 私を呼びにきたであろう飛龍さんが顔を引つらせてあははは、と笑いながら一歩後退する。

 

「赤城さんの一番弟子だそうね」

「うぇ!? ち、違います! それはこっちの蒼龍です!!」

「ゔぁ!?」

 

 そうしてその後をひょこひょこと追ってきていた蒼龍さんが急に話を向けられびくぅ! と体を竦ませた。

 

「ちょっと飛龍!」

「オネエチャン、ツヨイ。ガンバッテ」

「こういうときだけ年下ぶらないでよ!?」

 

 目を逸らしながらカタコトで言い訳をする飛龍さんをがっくんがっくんと蒼龍さんが揺すっているのを見ながら、くすり、と微かに加賀さんが笑った。それは先ほどの穏やかなものからはかけ離れた、その、いわゆる。

 

「赤城さんから色々と話は聞いているわ、二人とも。……楽しみね」

 

 獲物を前にした狩人のような目をしていた。その双眸を向けられひぃっ、とお互いに抱きしめ合って体をガタガタと震わせるニ航戦のお二方。ああ、なるほど。

 

『──どれだけあなたが被害を抑えられるか』

 

 気を、引き締めないと。だってきっと加賀さんって有言実行の人だもの。

 

「大丈夫です、飛龍さん、蒼龍さん! 萩風、全力でお守りさせて頂きます!」

「は、萩風ちゃん……!」

「なんていい子なの……! どっかの目つきの悪いピンク頭と石頭ツインテールの姉妹艦なんてとても思えない……!」

「ピンク……?」

「おーい、萩ぃ、こんなところに……何してんの?」

 

 そうして蒼龍さん達にもみくちゃにされていると、呆れ顔の嵐が遅れて歩み寄ってきて。遠くでは、迷子のお知らせを伝える鈴谷さんの声が響いた。

 

 

 そうしてその後、宣言通り私達は加賀さんにボコボコにされました。

 

「「「「鬼! 悪魔! 加賀(カガ)さん!! (……サン!!)」」」」

「……さんをつければいいってものではないのだけれど」

 

 勝ったのになぜかダメ出しの嵐を加賀さんから食らった瑞鶴さんとアクィラさんが、ボコボコにされた飛龍さん蒼龍さんと意気投合し。

 

「まーそれくらいにしたってや。ほら、積もる話もあるし一杯いこうや」

「ですが」

「かー!! 相変わらず堅い堅い! もっと力抜きぃや、キミィ」

「そうだそうだ! リュージョー、もっと言ってやってください!」

「加賀さんの石頭ー!」

「瑞鶴、屋上」

「なんで私ばっか!?」

「頭にきました」

「あ、あれはカガがズツーキを決めるときの前動作、指関節パキパキですね」

「よくわかるね、アクィラ」

「私もよくされますから! 目がパッチリさめますよ、ヒリューもどうですか? 佐世保名物」

「エンリョシマス」

 

 気がつけば呉と佐世保の垣根なく、お互いじゃれ合う空母の面々を、私はペイント弾まみれの嵐と一緒に座り込んで見ていた。

 

「……なんかさー」

「うん」

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛!!! という瑞鶴さんの悲鳴にびっくりして逃げ出すガンビア・ベイさんと、その後を必死に追うサラトガさんの姿を二人でぼんやりと見送っていたら、おもむろに嵐が口を開いた。

 

「こうして見ると、空母も人の子だなーって……ちょっと思うわ」

「うん」

 

 そうして、嵐はぼんやりと夕焼け色に染まりつつある空を見上げた。その姿は、どこか気落ちしているようで、いつも負けた後は悔しそうにしている彼女にしては珍しい姿だった。

 

「……守るのって、難しいな」

 

 ぽつり、とそう呟いて、離れた一角で和やかに話している今回佐世保航空部隊の護衛を担当していた秋月型駆逐艦の娘達を眺める。

 

『ああ、今度の合同訓練に参加するの、あんた達なのね。しかも相手に秋月型ねぇ、ふぅん』

 

 私達の所属する駆逐隊の訓練の後。その時の指導教官だった大井さんは、ペラペラと書類を眺めてそう零した。秋月型。聞いたことのない名前だった。どういう駆逐艦なんですか、と聞いたら面倒臭そうに演習でわかるわよ、と返された。

 

『いい機会ね。あんた達が今までどれだけ恵まれていたのか、そして』

 

 思えば私達は恵まれていたのだ。駆逐艦の中でも比較的性能が高いとされる陽炎型。自慢の酸素魚雷は周りの娘達にもいいなぁ、と羨まれ、そうして呉は優先的にいい装備も回される。手酷い打撃を受けるような戦いにも参加したことのなかった私達は、どこか、少し浮かれていたのかもしれない。もう艦娘になって一年くらい経ったし、結構強くなったんじゃないかって。だから。

 

『──この世の中には、どうにもならないほどの圧倒的な暴力があるということを。知るといいわ』

 

 私達は、漠然と勝てると思っていたのだ。例え相手が航空戦の鬼才率いる佐世保航空部隊であったとしても。まさかボロ負けすることはないだろうと。──秋月型駆逐艦が、対空能力に優れた防空駆逐艦であるだとか。陽炎型駆逐艦を中心とした日本駆逐艦の最大の弱点は対空能力の低さであるとか。佐世保に新しく着任した海外空母の能力がどういったものであるのかだとか、情報は秘匿されていたとはいえ、私達はあまりそのことに対して深く考えていなくて。

 

「自慢の魚雷は、空は飛べないしな」

「うん」

「すごかったなぁ、あの対空射撃」

 

『──ありがとね』

 

 大破判定を受けた今回の旗艦だった蒼龍さんから発せられた第一声が、こちらを気遣うものだったのもやるせなさを増長させた。

 違うのに。本当は、本当は飛龍さんも蒼龍さんも、もっと、もっと強いのに。先に敵を発見したのはこちらで、私達がもっと強ければ。あの娘達みたいに、守り切るくらい強ければ、相手の攻撃で態勢を崩されることなく、勝っていたかもしれないのに。

 

『いいところなかったなぁ、私達』

 

 そうじゃ、ないのに。

 

『索敵に艦載機さきすぎたかなぁ』

『ちょっと慎重になりすぎたかもね、おかげで攻撃も、防御のための直衛機も中途半端になっちゃったもんね』

『いや〜でもあそこまですごいとは』

『一瞬で溶けたね……』

 

 そうして驕っていたのは私達だけで、彼女達は真剣に対応策を考えていたことを、このときになってようやく私達は理解したのだ。だというのに、私達を責めることなく自分達が悪いのだと笑って、見て見てこの対空攻撃、鬼だよ、とそのときの秋月達の姿を写した映像を飛龍さんが見せてくれた。完璧に空母を守りきる圧倒的な対空能力を示す、その姿を。

 ──攻撃は。届かなければ、なにも意味がないのだということをまざまざと見せつけた、圧倒的なその姿を。

 

「響もこんな気持ちだったのかな」

「響?」

「うん、ほら。人手も装備も足りないってさ。そりゃ、秋月達の練度もすごかった。でも、それ以上に。装備の差も、感じただろ」

 

 狙いをつけ、外し、そうして誤差を修正、と計算するまでもなく視界から飛び去る艦載機。再装填までの時間がもどかしかった。そうして焦れば焦るほどに、砲弾は当たらない。気づけばペイント弾による被弾の花はそこかしこに咲いていた。それに対して、息をつく間もなく空に大量の火花と黒煙を巻き上げ艦載機を撃ち落としていた、彼女達の長10 cm砲。それを見て、思ってしまった。ああ、こんなの。勝てるわけがないと。

 

『ソナー使えるだけいいじゃないか』

 

 いらないんならおくれよ、と笑っていた響。あの言葉の奥に、どれほどのやるせなさが込められていたのだろう。もし、足りない装備で守れたかもしれない命を救えなかったとしたら。どれほど、やるせないのだろう。

 

「装備の差を、守れなかった言い訳にしたくねぇ。でも、でもさぁ。そんなことを考えてたら」

 

『──私は』

 

「俺自身って、すごく弱いんだなぁって」

 

『誰かを守れる力の方が、欲しいかな』

 

 そこで言葉を切った嵐は、膝小僧を抱えてそこに顔をうずめてしまった。

 ──海面に浮かぶ、多くの乗員。彼らの救助もままならぬまま、そうして今にも沈みそうなほど激しく燃え上がる彼女にとどめをさそうと息をひそめて隙を伺う敵潜水艦を撃退することもままならぬまま。最後には彼女に魚雷を向けさえした、私が守ったものとは、なんだったのだろう。

 不意に、また心に波風が立つのを感じてぎゅっと胸元を握りしめた。いままで自然に忍び込むように私の心に入り込んでいたこの()の感情を、ようやくこの時はっきりと別物として認識することができた。そして同時に、わかっていたとしても飲み込まれそうになるほどの深い悲しみも。

 ここに来てからこの()の心は荒れっぱなしだ。あの人が近くにいるからかな。ああ、そうか。あの人を失くしたのも、ちょうど、今みたいな梅雨に差し掛かる頃だったっけ。雨の降りしきるこの季節に。あなたは、いつもあの人のことを想っていたのだろうか。

 

『──過去に囚われ過ぎて今を見失えば』

 

 待っているのは、きっと深い深い悲しみの水底。光が届くことのない、暗い暗い、海の底。夜は怖いと、いつしかこの艦の声を聞いた。暗闇の中で、もう二度と光が見えなくなるんじゃないかと怯えていた私と、少し似ているのかもしれない、なんて。神様に対して親近感を覚えたら失礼だろうか。

 

『今日はこれつけようぜ』

 

 夜が苦手で、それでも私を元気づけようとして嵐がプラネタリウム装置を持ってきたあの日から、私は。暗闇に怯え、ひとり立ちすくむだけだった私は歩き出す勇気を色々な人たちから少しずつ分けてもらってきたように思う。

 些細なことで嵐が喧嘩を始めて、止めようとしたらそれに巻き込まれて皆まとめて秘書艦の霧島さんから大目玉を食らったり、ぼろ雑巾のようになるまでしごかれたあと、追い打ちのように酷評されて精神的にも体力的にも参っていたら、こっそり大井さんが去った後に木曾さんが内緒だぞ、と皆に渡してくれたアイスの味だったり。そんな日々は、きっと艦娘にならなかったら送れなかったし、そうして私はそんな日々を過ごしているうちに。いつの間にか、心から笑えるようになっている自分を自覚したのだ。

 きっと、ただの人であり、まだまだ本当の戦いの苦しさというものすら知らない私が萩風の悲しみをわかってあげるなんていうことはおこがましいのだろうけれども。いつか、私も彼女のように深い悲しみの闇へ沈んでしまうことも、あるのかもしれなけれど。

 

『あー、あれか。あー、あー……く、とぅる、す??』

『あってるから自信もって』

 

 見上げた空に瞬く星のように。大切な人達と過ごした日々は、きっと、そんな暗闇においても小さく瞬く希望の光に、なるはずだ。

 

「──演習、で」

 

 ぐらぐらと揺れる思考の中、ようやく絞り出した声は掠れ、とても情けないものだった。それでも私はその場でできる最高の笑顔を無理矢理作って。

 

「演習で、よかった、ね」

「え?」

「だって、皆生きてるでしょう」

 

 悲しい思い出も。悔しい思い出も。きっときっと、明るい未来に繋げていくことが、できるはずだもの。だから、私は。どんなに苦しくても、どんなに悲しくても。

 

「生きてたら、何回だってやり直せる、から。だから」

 

 最後には笑ってみせる。だってそうしなければ、私は艦娘になんてなってしまった可哀相な子として死んでしまうから。

 

『駆逐艦は私達の誇りだからね』

『そそ。対潜警戒、とんぼ釣り、ほんでもって対空戦闘。色々とやってもらってさ、それで活躍できないなら私達の落ち度なわけよ』

『だからね、責任をとるのは私達の仕事なの』

『そーそー』

 

 そうしなければ、笑ってそう言ってくれたあの人達の気持ちを無駄にしてしまうから。だから。

 ──次は。

 

「次は絶対。守ってみせる」

 

 そう口にした瞬間。ふと、心が軽くなったような気がした。

 

「……萩って」

「なに?」

「意外に、熱血だったんだな」

「私だって駆逐艦だもん」

「おお。そっか、うん、そうだよな」

 

 そうして嵐はひとしきりうんうん、と頷くと。

 

「うっしゃ!」

 

 ぱちん、と両手で両頬を叩いて勢いよく立ち上がった。

 

「ぐだぐだ考えんのはやっぱ性に合わねぇ! 秋月達に対空戦のこと教えてもらおーぜ!」

「嵐のそういう切り替え早くて素直なところ、かっこいいと思うよ」

「よせよ、褒めても爆雷しかでねぇぜ!」

「うん、しまって」

 

 そうしてようやくお互いいつもの調子に戻った私達は、ぷ、と吹き出して笑い出した。

 しばらく二人して笑っていると、遠くでおおい、と飛龍さんが私達に向かって手を振った。

 

「懇親会やるってさー、負けた腹いせにやけ食いしてくわよー!!」

「飛龍、ステイ。ちょっとは遠慮して」

「ちょ、ちょっと真顔やめてよ蒼龍。冗談、よ?」

「こっち見なさい飛龍」

「だってお腹減ったし……」

「はい、はい! 俺、肉食べたいでーす! 黒豚! 牛!」

「負けたくせにゼイタク言うなー! はいはい! アクィラはパスタが食べたいです!」

「自分で作りなさい」

「Sì!」

「アクィラさんの言うとおりです、牛缶なんて贅沢すぎます!! ねぇ、瑞鶴さん!」

「うん、そうね。秋月、今度私と美味しいもの食べに行こうか……」

 

 わいわいがやがやと騒いでいる一団に歩み寄る。ふと加賀さんと目が合うと、彼女は微かに表情を緩めた。それに対してこちらも笑って応える。

 

「ねね、萩風ちゃんはなに食べたい?」

「ええと……野菜と、果物と、ミキサー」

「ミキサー?」

「おい、やめろ萩」

「なになに、なにすんの?」

 

 目にいいものを、とお母さんが作り始めて。美味しくないなぁ、と最初は思っていたのに、いつしかそれは私の趣味になっていた。

 あの日々も、嫌なことばかりではなかった。ああやってお母さんやお父さんが私を気にかけてくれて、笑い合っていた時間だって確かにあったし、そうしてそれも今の私の一部になっている。

 

「次の演習に向けて皆さんの健康を調えるために、萩風、健康ドリンクを振る舞わさせて頂きます!」

「お、なんか面白そう」

「おい、萩」

「止めないで、嵐!」

「あ、やべぇ、スイッチ入っちゃった……」

「ちなみにお味は」

「なしよりの、かろうじてあり、です」

「嵐、私の分あげる」

「いえいえ、一緒に健康になりましょうよ、飛龍さん」

 

 生きていることは、悲しいだけじゃない。深い悲しみにその輝きがかき消されてしまうことがあったとしても。

 

「そんなことよりお肉食べよう、萩風ちゃん」

「偏食は頂けません、飛龍さん」

「そうだそうだ、もっと言ってやって、萩風ちゃん」

「蒼龍はどっちの味方なのよ!?」

「飛龍の健康の味方」

 

 きっと、大丈夫。ダッシュで逃げ出した飛龍さんを追う蒼龍さんと、それにならって駆け出した嵐にほら行こうぜ! と手を伸ばされた私は。笑ってその手をとって、一緒に駆け出すのだった。

 

 

 

 

※※※

 

 -外伝:秋の月に照らされ鶴想う-

 

 護衛のいない艦攻なんていい的だ。重い魚雷を抱えて飛んでいるのだから、スピードなど出るはずもなく。制空権を失った彼らはこちら側の艦戦のいいカモになって、魚雷を抱えたまま失墜するか、あるいはそれを放棄して応戦するかの二択。

 

『気をつけなさい』

 

 秋月達の迎撃能力も高く、この空は、勝った、と思った瞬間に。

 

『──あの子達は、追い詰められると怖いわよ』

 

 一機。ただその一機を届かせるために。蒼龍の艦載機達は、あの混戦の中、気づかれないよう飛龍のその一機を届かせるためにフォローに回っていたのだ。そうして。

 

「──瑞鶴さん!!」

 

 空に咲く黒煙の花をくぐり抜け。海面を切り裂くよう、低く低く、ただ一直線にこちらに突っ込んでくる艦攻と。そこに割って入ってきたあの子に、私は、血の気が引くほどの恐怖を、覚えたのだ。

 

 

「──言い訳はあるかしら」

 

 鋭く低く発せられる怒声。勝敗を見れば完全なる勝利であるというのに、私は正座をさせられまるで敗戦の将のごとく加賀さんからそしりを受けていた。そうしてその後ろをそろり、そろりと逃げようとしていたアクィラにも次はあなたよ、とぴしゃりといい放つ。あちらのチームも勝ちはしたけれど、どうやらアクィラもなにかやらかしてしまったらしい。

 

「……」

「口ごたえしないということはわかってはいるのね」

 

 その通りだった。だから、黙って唇を噛み締め次の罵声が飛んでくるのを大人しく待つ。

 

「そう。じゃあ秋月の指導はあなたに任せるわ」

「……え?」

「あなたもそろそろ上につくものとしての自覚を持ちなさい」

 

 だというのに、いつもの刺々しいお小言が飛んでくることもなく、そう静かに言い放って立ち去ろうとする彼女を慌てて引き止めた。

 

「ま、待ってよ! それだけ!?」

「そうよ。それが一番いい罰になるでしょう」

「……どう、いう」

 

『──大丈夫です』

 

 まるで身代わりにでもなるかのように私と艦攻の間に滑り込み。

 

『今度は、きちんと。お守り致します』

 

 しっかりとそれを叩き落としてから、笑顔で振り返った彼女に。心のうちが、冷える思いだったのを。

 

「危なっかしい駆逐艦の面倒を見るのも、私達の役目よ」

 

 きっと全て、この人には見透かされている。

 

「あとは、あまり引きずられないことね」

「は?」

「縁があるようだから」

 

 そう言って遠くを見やる、その視線の先に。一人の駆逐艦の少女がいた。……確か、あの子は。演習前に加賀さんが泣かせてた。

 

「……は!? そういえばなんであの子いじめてたのよ! 加賀さんサイテー!」

「いじめてません」

「泣いてたじゃない! 私だけでなくあんな可愛い女の子までいじめるなんて! 鬼! 悪魔! 加賀! さん!!」

 

 先程さんをつけ忘れていた事で頬を握りつぶされたのを思い出し、あわててさんをつける。そうして私がそう噛み付くと、加賀さんは盛大なため息をひとつついて。

 

「──秋月と同じよ」

 

 そうぽつりと呟いた。

 

『──今度は(・ ・ ・)、きちんと。お守り致します』

 

「のまれないことね」

 

 そうしてこちらをしばし見つめて。加賀さんはゆっくりとアクィラの方へと向かった。

 

 

「秋月」

 

 姉妹艦の面々から少し離れたところで、一人赤に染まりゆく海の彼方をぼんやりと見つめていた彼女に声をかける。

 

「瑞鶴さん」

「初めての合同演習お疲れ様。やるじゃない」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 直立不動でびしりと敬礼を返す彼女は、比較的ゆるい佐世保の面々の中において一際礼儀正しい。一目見れば軽巡洋艦ではないか、と見間違うほど大人びた容姿。防空駆逐艦なんて俺のための駆逐艦じゃん? 俺に任せてよ〜呉なんかには宝の持ち腐れじゃ〜ん、ちょーだいちょーだい、とうちの提督がごねてごねてごねまくった上で無理矢理かっさらってきた新しい娘達が秋月型駆逐艦の娘達だった。

 日本駆逐艦は水雷戦にたけている分、防空能力が低い。新規航空機動部隊編成案をぽんぽこぽんぽこ出して、あれやりたいこれやりたい、ととにかくわがままの多いうちの提督に辟易した呉の提督にそこまで言うんならきちんとデータとって寄越せ、高角砲増産の検討材料にすると吐き捨てられた経緯を、言質とったぜ〜とVサインで伝えられたときはちょっと呉の提督さんに同情した。

 

「でもね、あれ(・ ・)はだめよ」

 

 慢心して危険にさらされた本人が言うか、と思うけれど。これが罰だ。私達に尊敬の眼差しを向け、甲斐甲斐しく従う彼女達だからこそ。道を外れたら導くのも、私達の役目なのだろう。

 

「下手したら、沈んでたわよ」

「……ですが」

 

 珍しく秋月が感情的に異論を挟む。まぁ、そりゃ感情的にもなるだろう。本人はまだわかっていないだろうけれど。まるで自分のことのように。この艦達の感情は、ごく自然に紛れ込んでくるから。

 

「私達防空駆逐艦の本懐は、航空母艦の方々をお守りすることです!」

 

『──つきあわせて悪いわね』

『いえ』

 

 最後の戦いの前にこの(ふね)達が交わした言葉。

 

『瑞鶴さん!』

『……なに?』

『きっときっと、この秋月が。瑞鶴さんのことを守りきってみせます!!』

 

 から元気でもなんでも。そう力強く言いきったあの()の言葉は本心からのものだった。そうして、果たされなかったその約束が、私達、艦娘(ひと)をも巻き込んでゆく。

 

「そうじゃない、そうじゃ、なくて」

 

 空母は重くてしょうがない、と加賀さんがいつしかこぼしていたことがある。過去の艦艇の後悔。そうして現世で新たに紡がれる縁と、しがらみ。あらゆるものがまとわりついて、そうして自分を見失いそうになるとき、弓を引くのだと。

 

『あなたはまだ艦歴が浅いからぴんとこないかもしれないわね』

『弓道は、発艦のための手段でしょ?』

『最初のうちはそうね、私もそう思ってたわ。……こればっかりは人に教わるものではないから。そもそもあなたは私の話を聞かないし』

『なっ!』

『ほら。……まぁ、でも。あなたくらいのはねっ返りなら──』

 

「〜〜あんたがもし沈んじゃったら! その後は誰が私を守るのよ!」

 

 意外になんとかなるのかもしれないわね、逆ギレとかで、とその後馬鹿にされ、いつものように口論に発展したわけだけれども。悲しいかな、加賀さんの言っていたことは現にこうして逆ギレしているのだからあっていたのだろう。

 

「そういうことよ! 反省しなさい!」

「わっ!!」

「いやまず反省するのは私なんだけどっ……あ〜向いてない、こういうの!!」

 

 わしゃしゃしゃー!! と秋月の頭をぐっしゃぐしゃにしながら揺さぶり、若干八つ当たり気味に吠える。

 

「ず、瑞鶴さん目が、目が回ります」

「うるさい、大体、大体ねぇ!!」

 

 ああ、面倒くさい。なにが面倒くさいって? そりゃあ。

 

「私を置いて、また先に逝くつもり(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)!?」

 

 そうこれ。私についてる、これ(ずいかく)が。めちゃくちゃ、面倒くさいのだ。本当に私とこいつは魂が似ているのかってくらいこいつ面倒くさい。なんていうか、不貞腐れている。いや壮絶な人生……艦生? を送ってきたとは思うわよ、そんな風になっちゃうのもちょっとわかるっていうか。でもね、改ニ艤装が使えないの、絶対私のせいじゃない。そっぽ向いてるこいつのせい。そしてもうなんていうかさっきからだらだらと艦魄から流れてくる秋月に対する感情が面倒くさい、面倒くさすぎる。心配してんならそうはっきり言え!!! 

 

「……え、と」

「あんたがまた先に沈んだら瑞鶴が拗ねるでしょうが! そうしたら私、改式艤装の運用だって危ういわよマジで!!」

「え、えぇ?」

「ただでさえ加賀さんの改ニ式艤装計画案の噂があるのにこれ以上引き離されてたまるかぁ────!!!」

 

 最後は完全なる私情でもって叫んだ。ああ、すっきりした。最近うまくいってなくてイライラしてたのよね、大声ってやっぱりストレ発散にいいわよね、なんて秋月から視線を外して、鬼のような形相でこちらにずんずん歩み寄ってくる加賀さんから現実逃避をする。

 

「……瑞鶴」

「待って。待って加賀さん、言い訳をさせて欲しいです」

「……」

 

 無言でべきべき関節鳴らすの本当にやめて。

 

「瑞鶴がわるいんです」

「そうね、こんな小さな子に八つ当たりするあなたが悪いわね」

「そうじゃなくてこの()もうホント面倒くさいっていうかツンデレもここまでこじらせるといい加減にしてよねっていうかぁああああああああああ!?」

 

 拝啓、加賀さん、もといお姉ちゃんへ。いつの間にジャーマンスープレックスなんて、覚えたの。

 

 

 拝啓、加賀さん。

 

「「「「鬼! 悪魔! 加賀(カガ)さん!! (……サン!!)」」」」

 

 友達ができました。加賀さん被害者の会という名の結束は今日をもってして強い絆を作り上げた。しかもなんの偶然かニ航戦の二人は同じ訓練所出身だった。

 

『島流しされた空母が私以外にいたなんて……』

『島流して』

『思わなかった?』

『思ったけど』

『あー懐かしいな。たまに不知火さんの眼光が恋しくなるのよね』

『……瑞鶴』

『もしかして、M?』

『違うわよ!!』

 

 しかも後輩だというのだからうかうかしていられない。いつも追う側でいたけれど。気づけば私を追ってくる子が増えていく。そうして末っ子のように甘やかされて育ってきた私は、そういった子達とどう接すればいいのか、まだよくわからずにいたのだ。いや、もうホント。泣きそう。泣きそうなくらい、額が痛い。

 加賀さんのヘッドバットを受けじんじんと痛む額を手でおさえ、痛みが引くまで座り込んで耐えていたらふと私に影が差した。

 

「……瑞鶴、さん」

 

 見上げれば、しょんぼりとした秋月が私のことを見下ろしていた。あ、やば。そういえば八つ当たりしてからフォローしてない。

 

「あ〜……さっきは悪かったわね。最近うまくいってないから八つ当たりしちゃった」

「そう、なんですか?」

「そ。練度はもう十分なはずなんだけどね、改二式がつかいこなせなくて」

「……瑞鶴さんでも、そんなことがあるんですね」

「そりゃあね」

 

 というか駆逐艦の空母に対する一種の崇拝思想はなんなのだろう。不知火さんや陽炎さんにおちょくられることに慣れきっていた私は、初めてここに来たときそりゃあ戸惑ったものだ、純度百パーセントの好意を向けられて。それはもちろん、秋月達にも言えることだった。

 あー、そっか、それでちょっと私も気を張ってたんだな。幻滅されないようにしっかりしなきゃって。もう被る猫もない、どうにでもなれと開き直っていると、おずおずと秋月が濡れたハンカチを差し出した。

 

「……あの、これ」

「え、なに、わざわざ持ってきてくれたの?」

 

 それを受け取って額にあてる。じんじんと熱をもったそこにひやりとしたものが触れ、幾分かましになった。

 

「ありがと」

「……」

「……秋月はよくやってくれたよ、本当に」

 

 ──気が、重かった。加賀さん達が沈んで、翔鶴ねぇもいなくなって。ボロボロで、なにもかもが足りないなかの出撃。一生懸命、やるだけだ。そう心を奮い立たせようにも、失くしたものはあまりに大きく。風が吹けば、今にも吹き飛んでしまいそうなほどの、自尊心。それでも、最期のときまで。仲間を失い、そうして最後には誇りさえも傷つけられたと感じようとも、最期のときまで懸命に抗おうと思えたのは、きっときっと、私と最期までお前は俺達の仲間だと共にいてくれた、乗員の皆と。

 

『──瑞鶴さん!』

 

 ぴったりと寄り添うように。こんな情けない姿をみせているというのに、笑って懸命に守ろうとしてくれた娘達がいたから。だから、私は。

 よいしょ、と立ち上がりうつむいていた秋月の肩をぽん、と叩く。おずおずと顔を上げた彼女に、できるだけ明るく笑いかけながら。

 

「あのね、瑞鶴は秋月が大好きなのよ。大好きな娘が沈んじゃったら悲しいでしょ?」

「……はい」

「そういうことも、まぁ。しなくちゃいけないときもあるかもしれないけど。でも少なくともあのときはそうじゃなかったのは、わかる?」

「は、い」

「ミスした私が一番悪いんだけどね。私だってダメージコントロールくらいはできるし。まぁ、だからさ」

 

 う、やっぱり面と向かってこういうこと言うのはちょっと恥ずかしい。……いや私はツンデレじゃない、少なくともこの艦(ずいかく)みたくこんな面倒くさいツンデレなんかじゃない、と念じつつ。

 

「なるべく長生きして、なるべく長く私を守ってよね、ってことよ」

 

 そう少し早口でまくしたてて、ほら行くわよ、と秋月をせっついた。

 

「どこにですか?」

「懇親会やるっていうから。なんにせよ勝ったんだから美味しいものめいいっぱい食べるわよ」

「……美味しい、もの」

 

 そういえばこの娘達とご飯を食べるというのも初めてだ。上としての自覚をもちなさい、と加賀さんも言っていることだし。今度ご飯を驕ってあげてもいいかもしれない。

 うん、先輩っぽい、と思いながらやけ食いだー! と叫んでいる飛龍達のいる集団へと歩み寄る。

 

「……お」

「お?」

「お腹いっぱい、白いお米を。食べても、いいのでしょうか……」

「……」

「や、やっぱり贅沢過ぎますよね!」

「いや欲なさすぎてびっくりよ。食べてよ、食べなさいお米。たらふく」

「た、たらふく!?」

 

 え、待ってこの子の食生活どうなってんの? あれ? もしかして私が気づいていないだけで空母と駆逐艦では生活格差があるの? と慄いていると、呉の駆逐艦娘が黒豚ー! 牛ー!! と叫ぶ声が聞こえた。あ、よかった。この子がおかしいだけだわ。

 

「牛!?」

 

 いや確かに肉は貴重かもしれないけど。そこまで驚く?? ゼイタク言うなー! と喚いているアクィラに同調するようにその輪に入っていった秋月を追いながら。焼き肉とか奢ったら、この子、どうなるんだろう、などと思いつつ見上げた空にはうっすらと月が浮かんでいて。その柔らかな光でもって、私達を照らし始めていた。

 

 

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