世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

16 / 26
防空巡洋艦、アトランタを中心とした日米艦娘人間模様。
名前だけですが、一部未実装の艦艇について言及するシーンがあります。
なお時系列的には機械人形は笑わないの初期から中期にかけて、梅雨きたりて君想うの前あたりとなります。


自由の国より海を越え(呉鎮守府:アトランタ)

 

 デッキの手すりに寄りかかりながらあくびを噛み殺す。船に乗ること自体も久々であれば、このような大移動などは人生初かもしれない。太平洋を何日もかけ、東洋の小さな島国を目指して突き進む船の行き先をぼんやりと見つめていると、デッキに上がってきたヘレナが声をかけてきた。

 

「こんなところにいたのね」

 

 放っておいて構わないのに。面倒見がいいのだろうけども、正直面倒くさいというのがあたしのヘレナに対する評価だ。

 ちらりとそちらに一瞥をくれ、ふいと逸らす。そんな対応はいつものことなので、特に気にした風でもなくヘレナが近寄ってきた。

 

「……なんでよりによって日本かな」

 

 何気なく呟いた言葉は海風にさらわれ消えていった。

 

「何か言った? アトランタ」

「別に」

 

 煽られる髪を鬱陶しく払いながら立ち上がる。スタスタとヘレナの横を通り過ぎていくと慌ててヘレナが声をかけてきた。

 

「ちょっとアトランタ!」

「護衛」

 

 艦娘だけの移動であれば本人と艤装さえあれば事足りるが、技術的連携を目的とした航海はそうも行かない。アメリカの技師、専門家達がこの船に大勢乗っている。交代で寝られる寝床があるのはいいけれど、その分護衛に気をはらなければならないのは面倒くさい。面倒くさいけど。

 

「交代でしょ。行ってくるよ」

 

 ヘレナに怒られるのはもっと面倒くさい。そう言ってふいと船内に戻ろうとすると、

 

「マイペースなんだから、もう」

 

 背後から困ったような彼女の声が届いた。それを聞かなかったふりをしてまたあくびを噛み殺す。

 ──東洋の島国、日本。刻一刻とその島国に近づく船に。ざわりと、空気が揺れた。

 

 

 射撃管制レーダーが敵機を捉える。針路、速力を元に算出された射撃諸元の数々。

 

「……どんだけ飛ばしてるんだよ」

 

 思わず悪態をつきながら、それでも淡々とやるべきことを進めていく。測距儀による敵味方識別、距離の概算。レーダーが捉えた目標の計測などを次々と指定していく。

 

「知らない子ばっか。いいけど」

 

 5 inch連装両用砲が駆動音をたてながら動き始める。ひとつ、ふたつ、みっつ。徐々に克明となる撃墜目標の数々と、それらが伴う空を切り裂く大音量のバックミュージック。うるさいのは嫌いだ。ガンガンガンガン頭に響いて煩わしいったらない。

 風が吹き荒れ、白波が艤装に弾けては消えてゆく。面倒くさいのも、波にもまれてずぶ濡れになるのも、何ものをも遮るもののない洋上で日の光にさらされ汗だくになるのも、自身の服に砲煙の匂いがつくのも嫌いだ。それでも。

 

「どうせ落とすだけだから」

 

 全てを片付け終えた後に訪れる、つかの間の静けさだけは嫌いではなかったし。それこそが、あたしがここにいる存在意義でもあった。

 

 

「おあー……」

「口開けてみっともないで、飛龍」

「いや〜でもこれは思わず開いちゃうでしょ〜……」

「はぁ〜」

「ほら、蒼龍も開いてる」

 

 遙か彼方を見つめながら、ニ航戦の二人がぱかーっと口を開けて間の抜けた声をあげる。すかさず龍驤さんが嗜めるも、彼女のその顔もまたなんとも微妙なものであった。

 

「凄いですね」

「せやんなぁ……」

 

 今回の演習に参加していたもう一人の空母である赤城さんは他の三人に比べれば警戒を緩める

 ことなく洋上に立ってはいたものの、思わず感嘆の声を漏らしていた。

 

「なにあの弾幕。ていうか連射エグくない?」

「切れ目がみっからんなぁ」

「いっそ空母六隻でやってみます?」

「対潜警戒もクソもないやろ、それじゃ」

「えーでもなんか悔しくないですか」

「まぁそりゃ」

 

 空母の人達は自身の艦載機と視界共有することができる。今回の演習の形ばかりの護衛についていたただの駆逐艦である巻雲には、遙か遠くで行われたであろうその交戦の様子はとんとわからなかったけれども。

 

「涼しい顔してあんなことされたらなぁ」

 

 苦々しくそう呟いた龍驤さんのその様子から。どうにも軍配はあちら側に上がったらしいことだけは、なんとなくわかった。

 

 

 見えていた結果とはいえ、こうも軽くいなされてしまうとは。第二次攻撃の結果も言わずもがな。対空に特化している分雷装を一切載せていないそうなので夜はその分無力なのかもしれないけれど、なかなかに強烈なお出迎えだった。やっぱり日本艦と全然違うなぁ、と思いながら口を開く。

 

「海外の人も増えてきたねぇ」

「そうね」

 

 ビスマルクさんとグラーフさんがドイツからやってきてしばらく経つ。持ち前の人懐っこさでどんどん色々な人達と打ち解けていくビスマルクさんに対し、グラーフさんに対してはまだちょっとだけ苦手意識があった。あの何を考えているかよくわからない顔。同族嫌悪とまではいかないけれど、掴みどころがない人は苦手だ。だから彼女に対しても分け隔てなくにこにこと接する赤城さんは純粋にすごいと思うし、赤城さんといるときだけは私も少し警戒心を緩めてグラーフさんに接することができた。

 あの人は潤滑剤のような人だと思う。決して目立つタイプではないんだけれど、いつの間にか警戒心をほどかれてしまう。ちょっと鳳翔さんに似てるんだよなぁと思いながら、いやでもそんなに歳いってないか、あれ? 赤城さんも鳳翔さんもいくつだろうと触れてはいけなさそうなことにまで思いを馳せていたからだろうか。ドックへと戻ってきて艤装技師の人達が寄ってくるのを待ちながら何気なく。他愛もない雑談のつもりでうっかり、ぽろりと。

 

「今度アメリカから空母も来るんだって」

 

 そんなことをこぼしてしまった。

 それがいかに迂闊であるかなどと、あの海戦を長く引きずっていた二隻の姿を目の当たりにしていたのだから気づいても良かったはずなのに。

 

「──ヨークタウン」

 

 びりりと。大きな声ではない、むしろそういったものに疎い人がその声を耳に捉えたとしたら落ち着いた声音とさえ受け取れそうなほど、静かで、抑揚のないその声は。

 

「ヨークタウンは?」

 

 確かな敵愾心でもって、その場の空気を震わせた。

 カシャン、と近くにいた艤装技師が工具を取り落とす。そういったものに不慣れな彼は、なぜ自身の手が震えているのかわけもわからず、慌ててそれを引っ掴んだ。

 

「びっ……くりする、から。急に出てこないでください、飛龍さん(・ ・ ・ ・)

 

 普段は滅多に表に出てこない、飛龍に憑いている付喪神。私達は彼女らに"さん"をつけることで明確な違いをつけていた。

 

「ああ、ごめん。気になったからさ」

 

 頭をかきながらじっとこちらを見つめる彼女の表情からその心のうちは読めなかったけれども、それでも持っている情報をよこせ、とせっつくかのような威圧感を肌で感じた。

 ──ミッドウェー海戦。日本空母四隻を失うこととなった、かの戦い。飛龍が最後の一隻となっても衰えることのない闘志でもって牙をむき続けた空母なのだとしたら。空母ヨークタウンは、三ヶ月以上は修理にかかるだろうと言われていたところをわずか三日の応急処置でもって海へと舞い戻り。ミッドウェー海戦にて蒼龍を撃沈し、飛龍からの反撃を一身に受けながらも、その驚異的なダメージコントロールにより浮き続け、その後の伊一六八の攻撃を受けてなおしばらく海を揺蕩っていた不屈の空母。

 アメリカ、空母、ときたら。飛龍が真っ先に思い浮かべる相手は、推して知るべしといったところだろう。

 

「詳しくは知らないですけど。……喧嘩はやめてくださいね?」

「んー」

 

 何を考えているのかわからない顔で言葉を濁す飛龍に、勝手に口が開いた。

 

「──飛龍(・ ・)

 

 ガシャン!! と今度は先程よりも大きな音がした。かわいそうに、彼はわけもわからないまますっかりと萎縮してしまって、すみませんすみませんと頭を下げながら散らばった工具を拾い集めていた。

 

「……わかってるわよ。蒼龍怒らすと面倒くさいもん」

 

 飛龍は嘆息するとようやく艤装の取り外しにかかった。

 ことり、と立てかけられた矢筒の縁には、いつの間に顕現していたのだろう。一人の妖精さんが腰掛け、ただ静かにじっと遙か彼方の、因縁の相手がいるであろう海の先の大陸を見据えていた。

 そっかぁ、そうだよねぇ。参ったな、と頭をかきながら思案する。現友好国であるアメリカ。そして深海棲艦という未曾有の危機に面して一時休戦となっている諸外国。表面上は穏やかに見えても、その実根が深い因縁がこと付喪神にはつきまとう。外から客を招き入れるということはつまりこういった過去の因縁も招き入れることであり、それは逆もまた然り。

 大丈夫かなぁと思いながら、自身も艤装の取り外しに取り掛かるのであった。

 

 

「ねぇねぇ、アメリカの軽巡ってそんなんばっかなの?」

 

 呉自慢の大浴場とやらをよくも知らない奴らと一緒に使う気にもなれず、離れのシャワー室でもって簡単に汚れを落として軽巡洋艦用の宿舎へと戻ってくると、面倒くさいのに絡まれた。

 

「尖った性能だよね〜お互いの個性で補い合おうってやつ?」

 

 へらへらへらへら。笑っているようで笑っていない。隙だらけなようでいて全く隙がない。おまけにこちらが大嫌いである夜戦が大好きだというこいつを前に。

 

「でもさぁ、そんな装備じゃ夜やる気なくすのもわかるけど。ちょっとくらい夜戦しよ?」

 

 思わず舌打ちをしてしまった。

 

You must be never at a loss for words, huh?(口の減らないやつだな、アンタ)

「お、えーごだえーご」

 

 なにが面白いのかけらけらと笑っているそいつにさらに神経が逆なでられる。第一印象ってのは大事だ、本能的な感覚で捉えるそいつの人となり。それからいくと、こいつは最悪だった。

 

「あたし学はないけどさ、悪口言われてんのはさすがにわかるよ。あとね」

 

 こちらをどこか探るように見つめていた目が一瞬だけすっと細められる。そうして。

 

「そんな煽られやすくて戦場でやってけんの?」

 

 にっこりと笑いかけながらひゅ、とそいつの左手でもって上に放られた、見覚えのあるそれに思わずポケットを上からおさえた。

 

「てんめっ……!」

 

 いつの間にかあたしの懐から財布をスっていた川内に思わず声を荒げると、川内はその反応が見たかった、と言わんばかりに楽しそうに言葉を続けた。

 

「ほんの軽い挨拶だって、ジャパニーズニンジャジョークってやつ? あははは」

「姉さん?」

「は……」

 

 そうしてまた川内が楽しそうにひゅ、と上へと放ったあたしの財布を、川内の背後から音もなく現れた彼女の妹──神通がはっしと掴み取った。思わず固まる川内。

 

「最近お痛が過ぎますよ? 姉さん」

 

 さすが血の繋がった姉妹。笑ってるけど笑ってない、セカンド。ただしこちらの圧は先程の比ではない。

 どうもすみません、と言いながら財布をこちらに差し出す神通からおっかなびっくりとそれを受け取ると、神通はまたにこり、と笑って付け加えた。

 

「今後この人がやらかしたら私に言ってください」

「ぐぇ、ちょ、神通マフラーは」

「締め上げますので」

「締まってる締まってる今物理的に締まってるからぁ!!」

 

 ぎりぎりとマフラーを締め上げる神通に自身の首元のマフラーをタップすることで降参の意を伝える川内。OK、把握。ここの姉妹の力関係は神通が上。そして多分怒らせたら怖いのも神通。

 無言で微かに頷くと、神通は礼儀正しくお辞儀をして川内を引きずりながら去っていった。

 

「……騒がしいやつら」

 

 誰もいなくなった廊下にて。深く深くため息をつきながら、一人ごちた。

 

 

 第一士官次室(ガンルーム)。夜になると極力明かりを落とさなければならない環境下において、このガンルームは一際大きな窓が備え付けられており、こういった満月の日に過ごすにはちょうどいい場所だった。

 窓に寄りかかりながら月を見上げる。心もとない光源ではあるものの、それでも何もない真っ暗闇に比べれば幾分かマシだ。

 

「と、悪い、邪魔したか」

「ぽい?」

 

 不意にパッと明かりがつけられる。入口の方を見やると、本国では見飽きた、そうしてこの国では珍しい髪と瞳の色の持ち主と。

 ひょっこりとその影から、日本駆逐艦が顔を覗かせた。

 ざらり。脳裏に響く不協和音。その音に不快感を隠しきれずしかめっ面をしていると、グラーフが簡易キッチンに向かいながら静かにこちらに尋ねてきた。

 

「コーヒー、飲むか?」

 

 断る理由もない。小さく頷くとグラーフはごそごそと何やら準備を始めた。この部屋は談話室代わりに使われているのもあり、各々艦娘がお茶っ葉やら軽食やらを持ち寄ってぞんざいに置かれている。基本的には好き勝手食べてどうぞ、といった形ではあるが、うっかりそこに書かれていた名前などを見落とそうものなら戦争が起こることもあるので注意が必要らしい。どうでもいいけど。

 

「夕立も!」

「ユウダチはホットミルクだ」

「む〜、子供扱いしてるっぽい?」

「ハチミツ入れてやるから」

「やった!」

 

 ぴょんぴょんとグラーフの周りを跳ね回る小さな少女。飛び跳ねることで特徴的な癖っ毛が揺れ、小動物らしさが強くなる。

 なんてことはない、無邪気な、少女のはずだ。

 ざわり、ざわり。その少女に対して警報を鳴らすかのごとく。不協和音が、強まる。

 

「ほら、部屋で飲め」

「えー」

「シグレ達が待ってるんだろう。それにもう眠そうだ」

 

 ぐしぐし目をこすってる夕立に微かに湯気が立ちのぼるそれを渡してグラーフがなだめる。

 

「今度お昼に美味しいコーヒーを淹れてやるから」

「約束っぽい?」

「ああ」

 

 少し意外だった。グラーフを慕っている夕立も、それをぞんざいに扱わず、丁寧に応対するグラーフも。もう少し、人間味のないやつかと思っていたけれど。

 夕立を見送ったグラーフに、なんの気はなしに話しかける。

 

「Nightmareと仲いいんだね」

「Nightmare?」

「なんか、そーいう名前ついてたでしょ。あのぽいぽい言ってた子」

「ああ」

 

 こぽこぽと電気ケトルのお湯が音をたてて沸き始める。その隣でカチャカチャと棚からドリッパーを取り出す様子を見て、インスタントじゃないのか、とぼんやりと思った。

 

「ソロモンの悪夢、だったか?」

 

 その名前をグラーフが口にした途端。ざわり、と一際大きく音が揺れた。

 これが、なんなのか。正直あたしもよくわかっていない。小さい頃、夜の海で深海棲艦に襲われたあたしは、暗い暗い海の底へと放り出された。幸いにして命を取り留めたものの、一度生死の境を彷徨ったせいだろうか。ときたま、何かに呼応するかのような不協和音が脳に響くのだ。

 それは艦娘となってからより明確に、より鮮明にあたしを悩ませ始めた。元々夜にトラウマがあって不眠気味だったのもあるけれど。日が落ちると、必ず。神経質に、キリキリと鳴り始める不協和音。その音は心を不安にさせるようなひどく神経を逆なでる音であり、こいつのせいであたしの不眠は加速した。

 からの、日本への転籍である。この音がなんなのかは知らない。きっと大真面目に誰かに相談したら、悪魔にでも魅入られたのだとか言われて面倒臭そうだし、慣れとは怖いもので、まぁ日常生活もそこそこ支障なし、とやってこられていたのに。日本行きが決まったあの日から。そうして、特定の、とりわけ日本駆逐艦が近くに寄ってくると、より一層その音がひどく響くものだから、面倒くさくて仕方がない。

 

「アンタも徹夜?」

「いや、これを飲んだら寝る」

 

 なに言ってんだ、コイツ。カップをお湯で温めているそいつを変なものを見るような目で見ていると、その視線に気づいたグラーフが微かに苦笑した。

 

「海の上では飲めないだろう。帰ったら一杯飲まないとそわそわしてな」

Coffee freak……(コーヒージャンキーじゃん……)

「知ってる」

 

 口の細長いケトルでもってグラーフがゆっくりとお湯を注ぎ入れると、ふわりとコーヒーのいい匂いがこちらまで届いてきた。

 飲食に関してそこまでこだわりはなく、泥水のようにまずいコーヒーだって眠気覚ましのために流し込むことも多いけれど。そういった安いものとは違う、上品で、落ち着く香り。

 

「……悪くない」

「ん?」

「コーヒーの匂いは、気が紛れるね」

 

 使い捨ての紙コップに注がれたそれを受け取りながら呟く。グラーフは自分の分も用意するとそれをカウンターに放置しながら器具を片し始めた。

 

「事情は知らないが君も大変そうだな」

 

 受け取ったコーヒーを息を吹きかけて冷ましながらちびちびと飲みつつ窓にもたれて月を見上げていると、あらかた片付け終わったグラーフがカウンターに寄りかかりながらそんな言葉をかけてきた。

 怪訝そうにそちらを見やると、彼女はこちらをじっと見返しながら口を開いた。

 

「ずっと気がたっているだろう」

 

 別段隠しているつもりはなかったけれど。それでも、グラーフがそのことを指摘してきたのは意外だった。

 ドイツ人だから、というのもあるかもしれないが、もう一人のドイツ艦娘であるビスマルクに比べてもグラーフは人に対して明確に一線を引いている節があった。人嫌いであるというわけではない。話しかければ答えるし、向こうから話を振ってくることもある。ただなんとなく。そう、なんとなくあたしに近いものを勝手に感じていたものだから、そんなつっこんでくるとは思いもしなかったのだ。

 静かに手元のコーヒーに口をつける。鼻腔をくすぐる芳醇な香りも、口元に広がる程よい苦味も。あたしの意識をそれから逸らすのに十分な働きをしてくれた。

 

「夜は苦手。日本駆逐艦も」

 

 だから駄賃代わりに答えてやることにした。

 

「いつも寝られないのか」

「寝てるよ、夜が明けてから」

「……それじゃあほぼ寝られてないだろう」

 

 夜が明けるとようやく。ぴりぴりとこちらの神経を刺激するようにさざめいているそいつが、どこかホッとするかのように静かになる。そうしてようやっとあたしは安寧を得るのだ。

 

「夜に寝るよりマシ」

 

 夜の海にぼんやりと滲む青白い灯火。この世のものとは思えぬそいつらの咆哮、こちらを海の底へと引きずり込もうとする恐ろしいほど淀んだ、波。

 適性なんかなけりゃ一生海に近寄るものか、と決めていたのに現実は無情である。あと何度。この夜を越えればあたしはこいつを克服できるんだろうか。どうでもいいか、どうでもいい。人間とは意外と丈夫なもので、なんとなく惰性で生きていけるものだ。それでも。

 

「コーヒー、ありがと」

 

 そんな夜をうんざりしながら来る日も来る日もやり過ごしてきたけれど。今日は、悪くなかった。時間にすればほんのわずかなcoffee talkだったけれども、じっと日が登るのを待つよりずっといい。

 そういった感謝の意味も含めてお礼を言って立ち上がる。そろそろ日が登る。貴重な貴重な睡眠時間のはじまりだ。

 グラーフはあたしの言葉にゆっくりと目を瞬かせると、ひら、と軽く手を振ってそれに答えた。

 

 

 そろそろ日が落ちるじゃん、早く帰ろうよ、と帰投を急かすと、一緒の艦隊に所属していた夕立がすいすいと近くに寄ってきて小首を傾げた。

 

「アトランタは夜嫌いっぽい?」

 

 あの語尾につくぽいはなんなの、とぼやいたことがある。するとそれを受けてそのとき隣にいた大井がそっちでいう-ishみたいなもん、とさらりと答え、でも多分意味はほとんどない、と付け加えた。日本人は英語が苦手であると聞いていたけれど、どうやら全員が全員そうでもないらしい。なに? と怪訝そうにこちらを見た大井に対して、こいつの前で英語で悪口を言うのはやめようとそのときそっと心に誓った。

 

「夕立は夜好きっぽい」

 

 すいすいくるくると海面を滑らかに楽しげに踊りながら無邪気に笑いかけてくる少女。どこからどう見てもただの幼い少女であって、向けられる好意も確かなものであるとわかるのに。

 

「だから夜は夕立が守ってあげるね」

 

 ざわざわと。こいつが近づくと強まるこの不協和音は、なんだ。耳障りな音というものは聞いているだけで心を不安定にさせる。だから、この子につきまとうこの不協和音が、どうしてもあたしを不安にさせていた。

 

「こら、迷惑かけないの」

「かけてないっぽい!」

 

 そうしてあたし達の会話に一人の軽巡洋艦が割って入ってきた。二言三言、その軽巡洋艦──由良と夕立は言葉を交わしたと思ったら、夕立は何やらご機嫌斜めな様子でぷうと頬を膨らませてすいすいと先に行ってしまった。

 その様子をちょっと困ったように見送っていた由良は、夕立が十分離れたことを確認してからこちらへと振り返った。

 

「あなたの感覚は正しいですよ」

「……?」

 

 由良の意図するところがつかめず探るように彼女の方を見やると、由良は淡々と言葉を続けた。

 

「あなたに純粋な好意を向けてるのは夕立ちゃんで、あなたがなんとなく恐怖を覚えてる方は夕立です」

 

 ……よく、言っている意味がわからない。つまりどっちも夕立ではないか。彼女の意図するところをかみ砕こうとして、とりあえず自分なりに解釈して聞き返してみた。

 

「二重人格ってこと?」

 

 あたしのその言葉にキョトンとしていた由良は、慌てて訂正を入れた。

 

「ああ、すみません、わかりづらかったですよね。えっと」

 

 適した言葉を探るよう、とんとんと人差し指で顎を叩いていた由良は、しばらくするとああこれだ、というような表情で先程の内容を言い直した。

 

「人間の夕立ちゃんは無害ですけど付喪神の夕立はちょっと危ないって意味です」

 

 ただし言っている意味はやはりよくわからなかった。

 

「ツク……なに?」

「え? んん? ものに宿る神様のことです、神様」

「は?」

 

 圧倒的な、噛み合っていない感。お互いが当たり前としている前提がそもそも食い違っているかのような気持ち悪さに、由良が思わずといった形で質問を投げかけてきた。

 

「私達艦娘は、艦艇の神様の力を借りてこの海に立ってますよ、ね?」

 

 いや初耳だけど。

 

「……日本では(ふね)を人として見てるってこと?」

「え? いや、艦艇に宿った神様が……うーん、まぁ、そうなのかな?」

 

『Hey、アトランタ! 擬人化って知ってる?』

 

 本国で多分一番会話を交わしたであろう艦娘。なんにでも興味を持つ彼女は、今後着任するかもしれない日本文化にも興味津々で、その一つをとってあたしに話を振ってきたことがある。

 曰く、日本人は無機物を人として捉え、あまつさえその無機物同士の恋愛模様などを描くのが一種の文化なのだとか。言っている意味がわからずはぁ? と思わずドスを利かせると、この辺が最近のブームね、と見せてくれた。見てもよくわからなかった。

 なるほど、つまりはそういうことか? 艦艇をあたかも人のように祭り上げ、その力を借り受ける、そういう認識でいると。そういうことか? クレイジーだ。

 あたしの胡散臭さそうな眼差しを受けて、思わず由良が反論した。

 

「ええ……じゃあ艦魄(かんぱく)の認識ってそっちでは何なの?」

 

 ごん、と背部艤装を叩き、ちらりとそこに取り付けられている透明な球体をみせる。それが艤装を動かすコアであるという認識は共通のようだった。いや共通か? だってそれ。

 

「ただの動力源」

「間違ってはないけど……」

 

 あたしの言葉にめちゃくちゃもやもやした表情になりながら黙り込む由良。うん。異文化コミュニケーションって難しいな。

 

「人は人、モノはモノでしょ」

 

 無機物はどこまでいっても無機物だ。そこから生命が生まれることなんてない、人のように扱うなどナンセンスだ。

 少し呆れるようにそういったあたしの言葉に。

 

「ううん。モノも生きてる」

 

 それでも一分の迷いもなくキッパリと由良は否定した。

 

「いると信じたら。そこに、いる」

 

 我思う故に我あり、とでも言わんばかりの哲学まがいなその言葉に。

 

『──きっと敵だと思ったら敵だし。味方だと思ったら味方なのよ』

 

 ふと。同じような話題を振ってきたアイツが脳裏に浮かんだ。

 人と一定の距離を置いていたあたしに執拗に絡んできていた奇特なやつ。日の光に晒されるとキラキラとその金髪を星屑のように瞬かせ、そうしてその瞳にも似たような光をたたえながら毎日楽しそうにしているアイツ。

 

「アトランタ。何をもってして敵で、何をもってして味方だと思う?」

 

 思いついたらとりあえず口にする。こちらから話しかけることはなかったけれど、会えば今日のその髪、いつもよりいい感じね! などとにかくなにか一言物申し、そこから脈絡のない話題を振ってくる。あれはそのうちの一つだったように思う。

 

「何それクイズ?」

「んー、哲学かしら」

「ならもっとどうでもいい」

 

 そんな高尚な話題、ヘレナとでもやってろよ、と手すりに頬杖をついて海を見やる。天気のいい、晴れた日だった。鴨の群れがのんきに波に揺られているのを眺めていると、ぽつりとそいつが呟いた。

 

「多分、私も後から日本に配属されると思うの」

 

 どいつもこいつも信用ならない。結局のところ人はどこまでいっても自分中心で、仲間なんて枠でくくられていても皆見ているものはバラバラ。やれることもバラバラ。まとめ役がいなければ烏合の衆と成り下がるであろう他人と仲良しごっこなど面倒くさい、一人が気楽でいい。そんなあたしではあったけど、不思議とこいつだけはするりと抵抗なく隣に滑り込んでくる。艦隊の中心的存在であり。

 

「ねぇアトランタ。きっと敵だと思ったら敵だし。味方だと思ったら味方なのよ」

 

 無邪気に、陽気に。大きな身体を楽しそうに揺すって、そうやって平気で人に心を預けるアメリカ最強の戦艦を背負う女。

 

「……アンタ、早死にしそうだよね」

「Wow、心配してくれてるの?」

「……」

「そのしかめっ面も最高にcuteね!」

 

 あ、やっぱりウザかったわ。こっちの話もろくに聞かず、にこにこと笑いながら。

 

「じゃあ私が一分一秒でも長く生きられるように。守ってね、アトランタ」

 

 一方的に心を預けてくるのだから、あいつこそ自己中かもしれない。

 

「まぁ、とにかく」

 

 気を取り直して由良が言葉を続けたことで現実に引き戻される。

 

「海にいるときの、特に夜の海にいるときの彼女はちょっと怖いかもしれないけど」

 

 そう、そうだ。元々は夕立が怖いという話だった。それで、それがなんだと由良を見る。由良は穏やかに、薄く笑いながら。

 

そのための由良だから(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 安心して、と続けた。意味は、よくわからなかった。だけれども、その時の由良の様子は普段と変わらない穏やかなものであったのに、いや、穏やかなものであったからこそ。少しの薄ら寒さを覚えてしまった。

 

「助かるわ、うちは空が苦手な娘が多いから」

 

 由良の視線の先を追うと、ちょうど夕立が時雨にじゃれついているところだった。

 

「それに日本は誰でも等しく、ある一定レベルをこなせることをよしとするところがあるから。だから由良みたいに没個性的な艦娘が結構いるのよね」

 

 そう笑いながら、だから期待してると言い残してすいと由良が離れていく。

 

「……あれを没個性って」

 

 その背中にぽつりと聞こえないよう小さく呟く。

 航空戦、対空、対地、対潜攻撃、そして雷撃。数々の装備を涼しい顔で使い分け、淡々と着実に成果をあげる。確かに由良は一見すると地味かもしれない。それは他のアクの強い日本軽巡洋艦に比べ控えめな性格であるのもさることながら。確固たる個を持たず、周囲に溶け込むように戦うから。

 

「ワケわかんないし……」

 

 なんなんだこの国の奴らは。本国の奴らもクセが強くてほとほとうんざりしていたけれど、ここも大概ではないか。

 それに根本的な思想がちんぷんかんぷんだ。艦の神様の力を借りて? そこにいる? どこだよ、見えてる世界が違いすぎる。

 別に敬虔なキリスト教信徒というわけではないけれど。それでも神様なんて一人いれば十分だろうに。

 

「そんなのがいるってんなら。もう少し楽にしてくれないかな、あたしの艦娘生活」

 

 軽く鼻で笑って空を見上げる。夕陽が空を、海を燃やしつくす。燃やして、燃やして、燃えるものがなくなったら。大嫌いな、夜のはじまりだ。

 

 

 ──認識とは、己の内からいでるもの。信念とは、確固たる自身を形作るための指標。それがひとつ、ふたつ。さぁ、どれを手に取る。どれを、見る。

 

 探照灯の光が、この暗い暗い海において。まっすぐ、あたしに伸びてきた。それは、一瞬のことだった。反射的にくだされる砲撃命令、に。

 ドシンと艦全体を揺らす振動と共に、前部から大きな大きな爆発音。

 甲板を波がさらい、傾く艦に滑り落ちそうになる乗員共。

 被弾でうまく舵が切れず、ぐるりと流される船体に。燃えあがる艦橋前部が、この暗闇にぽたり、と灯りをともした。

 一斉射が襲いかかる。……なん、で。あり得ない方向からの砲弾の嵐に艦艇の構造物がなぎ払われる。

 なんで。一度だけでなく、二度までも。アンタは、味方じゃないのか。そうこうしているうちに、敵とも、味方とも取れぬ砲弾の嵐が多方向から降り注いだ。

 夜なんて、大っきらいだ。あたしに魚雷をぶち込んできたあいつもそいつも、砲弾ぶち込んできたクソッタレな仲間も。全部全部、嫌いだ。

 何も見えないから、音だけが、あたしに撃ち込まれる攻撃の数々が、悲鳴が、嫌に響いてこびりつく。

 うるさい、うるさい……うっさい!!! 

 

 

 ばち、と。弾かれるように目を開く。心臓が早鐘のように鳴り響き、うるさかった。どうやら寝汗をかいていたようで、ぴっとりとまとわりつく衣服が気持ち悪い。思わずはぁ、と息をついて。

 

「……寝られてるじゃん」

 

 ぐしゃり、と髪をかきあげぽつりと呟く。いつぶりだろう。うとうとと船を漕ぐことはあっても、夜のうちに完全に眠りに落ちることなど久しくなかった。まぁ、久しぶりの睡眠、どうだったかと聞かれれば。

 

「……気持ちわる」

 

 妙に生々しい、あまり気分のよくない夢もさることながら。中途半端に寝たことによって逆に身体はいつもより重く。下で安らかな寝息をたてて寝ているヘレナの気配を感じながら、思わず悪態をつくのであった。

 

 

「ちょっとアトランタ!!」

 

 ぷらぷらと廊下を歩いていると向かいから足音荒くヘレナが見つけたと言わんばかりにこちらに歩み寄ってきた。うわ、面倒くさ。

 

「ちゃんと真面目に書類書いてよ!」

「あー、はいはい」

 

 書類を突きつけ文句を言ってくるヘレナを適当にあしらっていると、突如背中になにかが勢いよくぶつかってきた。

 

「アトランタおはようっぽーい!」

「痛っ!? てめ、こらNightmare!!」

「夕立はそんな名前じゃないっぽーい!」

 

 きゃーと黄色い悲鳴をあげながら足早に去っていく夕立にもう一言くらい罵声を浴びせようとしたら、今度は横からひょっこりと声をかけられる。

 

「アトランタさーん、今日の演習よろしくお願いします」

 

 ぺこりと丁寧にお辞儀をする巻雲に、タイミングを逃して言葉に窮する。

 

「あ〜……うん。いい加減袖まくったら?」

「これは巻雲のアイデンティティーです!!」

「あでっ」

 

 巻雲がぷんぷんと有り余っている袖を振り回しながら怒ると、隣にいた秋雲の顔にそれがべちんとヒットした。

 

「……ま〜き〜ぐ〜も〜ちゃ〜ん?」

「へあ!? じゃ、じゃあ巻雲はこれで失礼します!」

 

 慌てて駆け出す巻雲と、それを追う秋雲、ではあったが、秋雲は一瞬こちらを振り返ると、

 

「アトランタ姉さん! あれは萌え袖だから!! わかってないよ!!!」

 

 と大声で言い残して去っていった。

 

「も……what?」

 

 日本人がシャイだとか言ってたやつはどいつだ。どいつもこいつもなれなれしいったらありゃしない。

 朝からテンション高めな駆逐艦共にうんざりとしていると、目の前のヘレナがぱちくりと、珍しいものでも見たと言わんばかりに目を瞬かせていた。

 

「どうかした?」

「ううん、なんでもないの」

 

 先程までの剣幕はどこへやら。どこか機嫌良さげですらあるヘレナにこのまま書類のこと忘れないかな、と思っていると、そうだわ、とヘレナが口を開いた。

 

「そういえばサラ達は佐世保に配属されるそうよ」

「ふーん」

「もぉ。もう少し興味持ってよ、あ、でもね」

 

 そこで一旦言葉を切ると、ことさら嬉しそうに。

 

「アイオワは呉だって」

 

『──守ってね、アトランタ』

 

Ew……(げぇ……)

「ふふ、そんなこと言って」

 

 ただでさえなれなれしいガキの面倒を見るのにうんざりとしているのに。あの大きなガキもやってくるのかと思わず顔をしかめる。

 ああ、ホント。頼むからさ。

 

「アトランタ、アイオワのこと大好きだものね?」

 

 ちったぁ人の話を聞けよ、どいつもこいつも。

 一体全体どこをどうしたらそんな認識になるんだと思いながら。否定するのも面倒くさくて、思わず天を仰いだ。

 

 

 さやさやと自慢のブロンドをさらっていく海風が心地よくて目を閉じる。この慣れ親しんだ土地も、海も。もうしばらくしたらお別れだ。一抹の寂しさと共に、ふととある友人の顔が思い浮かんだ。きっとシャイなあの子のことだから、会った瞬間しかめっ面をするのだろうけれど。本国を離れホームシックになっているに違いない彼女に会ったら真っ先にハグしてやろう、と考え思わず笑みを零すと、隣にいた同僚が怪訝そうに声をかけてきた。

 

「なんだ、何がそんなに楽しい」

「んー?」

 

 私からしたらむしろつまらないことの方が少ないんだけれど。それでもこの海の遙か先にある島国と、そこにいる友人のことを思うと楽しくてしょうがなかった。

 

「新しい出会いと、親愛なる友人達との再会に思いを馳せていたのよ」

「相変わらず脳みそお花畑なやつだな」

「辛気臭い顔してるよりずっと素敵でしょ?」

「言ってろ。……ああ、そうだ」

 

 ふん、と鼻で息をつくとそこで言葉を切り。

 

「ヤマト、だったか」

 

 ちらり、とこちらを見て不敵に笑う同僚に。

 

「殴り負けるなよ?」

「……血の気多いわねぇ、相変わらず」

 

 呆れるようにため息を返した。そんな味方同士で張り合ったってしょうもないのに。昨日の敵は今日の友、殴り合った分だけ絆が深まるを持論としているこの子はちょっとだけ問題児だ。まぁ、それくらいがちょうどいい。個性的な人の方が話していて楽しいもの。厄介事もトラブルも、大時化も。乗りこなしてこその人生だ。

 

「楽しみね」

 

 ざあ、と。一際強い風が吹く。

 その風はどこか。これからの船出を祝福しているかのように、思われた。

 

 

 




ヨークタウンの実装はいつまででも待っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。