世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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お隣さんの曙と提督のお話です。


とあるお隣の泊地の日常(曙)

某泊地。普段は緩やかに時が流れ、誰もが穏やかに笑いあいながらのんびりと働いているこの南方にある泊地において。可愛らしい女の子の怒声が響き渡った。

 

「どこ行ったクソ提督ー!!!」

 

それに周りの皆がびっくりして振り返るも、ああ、またか、といった様相で自分の仕事へと戻っていく。その中をのっしのっしと歩いていたら、廊下の角から慌てた様子の潮が現れこちらに駆け寄ってきた。

 

「あ、曙ちゃん!口が悪いってば……」

「潮!クソ女見なかった!?」

「話聞いてよ……多分、いつものとこ」

「そ」

 

潮の脇を通って工廠へと向かう。油断も隙もあったもんじゃない。気づけば仕事ほっぽりだしてあっちにかまけるんだから。

 

「あ、待って」

「なに?ついてこないでよ」

「喧嘩しない?」

「しないわよ」

 

一方的に文句言うだけよ。なによその顔。

 

「任務から帰って来たばっかでしょ。早く食堂行かないと食いっぱぐれるわよ」

「う、う〜」

「大丈夫、手は出さない。多分」

「大丈夫じゃないよ!?」

 

わーわー後ろでわめいている潮を無視して歩き出す。ああもう。本当に、嫌になる。

 

 

「見つけたわよ!クソ提督!!」

「お、曙じゃん」

「曙じゃん、じゃないわよ!」

「今日も元気ねぇ」

 

工廠に入るなり、艤装をガチャガチャと弄りながら、油と煤にまみれた、長い黒髪を緩く一つに束ねた女の姿を見つけて一直線に詰め寄り吠える。そんなあたしの様子などどこ吹く風とでも言わんばかりにへらへらと笑っているその姿がさらにイラつかせる。

 

「仕事しろ!!」

「え〜?まだそこまで書類たまってないでしょ?もうちょっと……今いいとこなのよ」

「あんたの!本業は!!こっちでしょうが!!」

 

やっぱりこいつなんか提督にするんじゃなかった。今まで何百回と繰り返してきた後悔の念と共にため息をつく。本当にやってらんない。

 

「秘書艦やめていい?」

「ダメ。提督になってって言ったのそっちでしょ」

「クソみたいな二択しかなかったからよ!」

「知ってる〜」

 

提督は鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌に艤装を弄り続けた。こうなるとテコでも動かないのは経験上よくわかっていた。

 

「……何してんの」

「曙の改ニ式艤装の開発中!」

 

ムカつくくらいいい笑顔だ。腹が立ったので思いっきりそっぽを向いて吐き捨てた。

 

「あんた艤装技師の才能ないから無理よ」

「たしかに艤装技師適性は丙だけど。でもわかんないじゃん?飽くなき挑戦が道を切り開くのよ」

「めんどくさいこと嫌いじゃなかったの」

「艤装弄るのは別〜」

 

まだ提督としての付き合いはそこまで長くないのもあるけれど。こいつのことは、よく、わからない。

元々ここの泊地の艤装技師として働いていたのを、ひょんなきっかけで提督に担ぎ上げられたのがこの女なのだ。そして、その原因の一端は間違いなくあたしにある。だから余計にわからない。

 

「……じゃあ提督にならなければよかったじゃない」

「ん〜、優先順位の問題よ」

「はぁ?」

「泣いている曙が一番めんどくさい」

「泣いてないわよ!」

「そうだっけ?まーいーじゃん、今更やめらんないし」

 

『──ねぇ。あたし、めんどくさいこと嫌いだから一回しか聞かないけど。クソ野郎とクソ女だったら、どっちがいい?』

 

そう言ってなぜか当時艤装技師だったはずのこいつは懐から提督の職種き章を取り出してこちらに見せてきたのだ。

 

「……あたし、改式も、改ニ式も。絶対装備しないわよ」

「今はでしょ?」

「……」

「いつか気が変わるかもしんない。その日のための準備よ」

 

『──なんだ、生きていたのか』

 

以前、別の鎮守府に在籍していたとき。深海棲艦との交戦を終えて帰投中に大時化に見舞われ、そのとき無線封鎖をしていたこともあり一人はぐれてしまったことがあった。

横殴りの雨風と足元をさらおうとする大波に振り回されながらなんとか帰ろうと必死にもがいていたら。突如、提督からの霊力供給が切れた。途端に、体がうまく動かなくなる。それはそうだ、改式装備は艦娘の霊力だけでは支えきれない。わけもわからず主砲、魚雷発射管など帰るのに必要のない装備を投げ捨て、途中機関部も故障をきたしつつ、それでも重い体を引きずってどうにかこうにか帰れば。待ち受けていたのは、そんな提督の言葉だった。どうやら死んだと思って解除したらしかった。

以来、改式装備を身につけようとすると動悸、過呼吸などが出るようになってしまい、ろくに出撃できなくなってしまった。PTSD (心的外傷後ストレス障害) を発症したようだった。

それ以来何かにつけ貧乏くじを引き、最終的に役立たずの烙印を押されてこの泊地へと流れ着いた。主な任務は安全海域における補給艦の船団護衛。落ちこぼれの艦娘が最終的に辿り着く所が、こういった安全海域の泊地だ。

 

「……そんな日、こないわよ」

「あたしも提督になる前はそう思ってた」

「……」

「人生なんてわかんないもんよ」

「うっさい」

 

幸いにしてこの安全海域では改式装備を身につける必要性がないとはいえ、いつまでもそれに甘えているわけにもいかないというのも理解していた。だけれども、まだ、ダメだ。目の前に立っただけで、身が、すくむ。

 

「そしていつかは改二式!あたしが世界でいっちばん最初に曙の改二式開発してやんだから」

 

レンチを振り回してふふん、と胸を張りながら言い切る。その自信はどこからくるんだか。

 

「あんたがまともに提督業やんない限り開発に成功しても絶対装備しない」

「えー」

「えー、じゃないわよ!」

「もー、曙はわがままだなぁ」

「どっちがよ!!」

 

ちぇー、などとぶつくさ言いながらようやく片付け始めた提督の姿を見て、盛大にため息をついた。こういうやりとりが毎日毎日あるのだ。いい加減にしてほしい。

 

「あ、そうだ忘れてた」

「何?」

「多分そろそろ辞令が下ると思うんだけどさぁ。二週間くらい横須賀行ってきてくんない?」

「はぁ!?」

「前に話したじゃん、横須賀で敵潜専門部隊ができるって」

 

覚えてはいる。防衛ラインの内側に大規模敵深海棲艦の艦隊の侵入を許した事件が契機となって、護衛任務専門の部隊ができると。

 

「……まさか」

「転籍じゃないわよ。させないための交換条件なんだから」

「どういうことよ?」

「曙ちょうだい、ダメならせめて研修受てもらって周りの娘に教えさせてって言われたの」

「誰に」

「そこの責任者」

「見る目ないわね、もっと適任いるでしょ」

「いや見る目あるでしょ。頭良くて飲み込みいいし。面倒見もいい。周りもよく見てるし人にものを教えるのも向いてる」

「……」

「あんた、褒められると弱いわよね」

「うるっさい」

 

提督の背中をべしっと勢いよく叩いてやる。特に気にした風もなくからからと笑っているのがまた癪に触る。

 

「あたしの改ニ式艤装背負うまでは逃がさないからね」

「せめて完成させてから言いなさいよ」

「おっ?完成したら装備してくれる?」

「知らない」

 

拳で腰の辺りを小突いてやる。くすぐったかったのか腰をひねって体をくねくねと揺らしている。気色悪い動きすんな。

 

「敵潜専門部隊って言ってもきっと少人数だろうしねぇ。まずは各地域の艦娘の意識改革が大事よね」

「どういうこと?」

「水探って技量差出んのよ。敵潜を第一に警戒しなきゃいけない商船護衛に一番必要な技術なんだけどさ。実際は前線の艦娘しか使ってないわけじゃない?護衛担当艦娘の技術力の底上げにはいい機会になると思うのよね」

「ふーん」

「護衛は派手な戦果とかはないけど。あたし、こーゆー縁の下の力持ちみたいな存在好きなのよ。ほら、艤装技師ってそういう感じじゃない?」

「艤装技師バカ……」

「褒め言葉ね」

 

陽炎もそうだけど、こいつらのメンタルどうなってんの。どんだけ毒吐いてもへらへらかわされてやりづらいったらない。

 

「……」

「……うざい」

「おっと、ついうっかり。いい位置に頭あるんだもんなー」

 

脈絡もなくあたしの頭を撫でようとしたその手を払いのける。提督は女性にしてはスラッとした長身なので、確かに手は置きやすいのかもしれないけれどそれはそれ、これはこれ。

 

「向こうで寂しくなって拗ねないでよー」

「拗ねないわよ」

「あとあっちの提督にクソって言っちゃダメよ、泣くわよ、彼」

「言わないっての!」

 

よくもまぁペラペラととめどなく言葉が出るものだ。またイライラしてきたあたしは提督よりも大股で先を歩き、振り返りざまに宣言してやった。

 

「クソ提督はあんただけよ!!」

「わぉ。あたしって曙の特別?」

「ぶん殴るわよ!!」

「殴ってから言われてもなー、あ、いたっ、今のちょっと本気で痛い」

「うるさい!」

「痛い!ちょっと、ストップ!業務に支障出る!!」

「右腕さえ動けば判子押せるでしょ!」

「どんだけボコす気!?」

 

ぎゃーすかと執務室に向かう廊下で騒いでいると、やっぱり心配だったのか様子を見に来た潮がこちらに小走りで駆け寄ってきた。そしてその様子を見て、ホッと胸を撫でおろして、一言。

 

「よかったぁ。今日は楽しそうだね、曙ちゃん」

「どこが!?」

「でしょー、もう、超仲良し」

「くっつくな!うざい!!」

 

喧々諤々。今日も今日とて女、三人寄ればかしましい。その喧騒をBGMに、今日も平和だなぁと周りの人達はのんびり横を過ぎ去っていく。それが、この泊地での日常であった。

 

 


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