世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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すべてを抱え、落ちてゆくのだ地獄へと(大湊警備府:球磨、北上、阿武隈)

 

 耳が馬鹿になりそうなほどの轟音は、もう聞こえない。さっきまでの騒音が嘘のように、今はなにもかもが凪いでいた。

 海風にのって、硝煙と、何かが焦げたかのような臭いが鼻についた。

 

「ねーちゃん」

 

 魚雷発射管は途中でぶっ壊れた。その時飛び散った破片でざっくりと切れた腹は、海をじんわりと赤く染めながらもふさがりつつあった。艦魄艤装回路様々ってやつだ。どうやら私はまだ死ねないらしい。

 航行安定装置(スタビライザー)のおかげでどうにかこうにか海面に大の字で浮いていられた私は、隣でへたり込んでいるねーちゃんに声をかけた。ずっと大声で叫びながら戦っていた弊害か、私の声は思ったよりもひしゃげていた。

 

「天国とか地獄とか、あると思う?」

「さぁ」

 

 私の質問に、ねーちゃんは投げやりに相槌をうつ。海面を睨みつけるようにうつむいていたねーちゃんは。

 

「でも地獄はないと困る」

 

 口の中の血を吐き捨て、そうして。

 

「球磨はそこに行かなきゃ、ならん……クマ」

 

 唸るように。そう、続けた。

 

 

 執務室に緊張が走る。手に汗を握りながら見守る涼風。そして顔にはあまり出ていないものの、内心少しひやりとしている提督と、ぷるぷると震える両手でお盆に載せたお茶を慎重に運ぶ私こと、五月雨。

 着任初日に熱々のお茶を涼風にひっかけてしまったあの日からこうやってお茶を淹れるのは私の役目になりつつあったのだけれど、三回に一回くらい転んでお盆をひっくり返してしまうので、いつの頃からか涼風は私がお茶を淹れるときに机の上の書類を片付けるようになった。

 ごくり、と涼風がつばを飲む。それはそうだろう、なんたって私のドジの被害者は大抵涼風なのだから。それでもてやんでぃ! 新人の失敗くらい受け止めてやれないでなーにが秘書艦でぃ! とこうやって任せてくれるのだから、涼風ってすごくいい人なのだと思う。

 

「……や、やりましたー!!」

 

 そっと机にお盆を置くと同時にわっと涼風が拍手をしながら歓声を上げる。提督も無表情ながらもうんうん、と頷いてくれ、ようやく休憩と相成った。

 そうして和やかに三人でお茶をしていたら、なにやら廊下がドタドタと騒がしい。なんだろうと振り返ると同時にその人はバンッ! と乱暴に執務室の扉を開けながら飛び込んできた。

 

「夕張が試射で暴発させましたぁああ!!!」

 

 今日の兵装実験の計測担当の艤装技師の言葉に、思わずむせてしまった。

 

「けほっ、けほ、え!? ゆゆゆ夕張さん大丈夫なんですか!?」

「どーせ炸薬の量攻めすぎちゃった、とか言ってベッドで頭かいてんだろ」

「え?」

「いつも通りだな」

「え??」

 

 その報告に全く動じずお茶を啜る二人と艤装技師を交互に見比べる。その反応を見ていた彼は、うんうんと頷いた。

 

「やっぱ五月雨ちゃんの反応は新鮮でいッスねぇ」

「え? え?」

「損害報告」

「夕張中破、今回は施設への被害はなしです」

「え、えーと」

 

 淡々と報告を受け取る提督と、さっきまでの慌てようが嘘のようにけろりと報告を続ける艤装技師。その様が理解できなくて混乱していると、ずずっとお茶を啜って涼風が一言。

 

「まぁ、こんな感じで。割とよくある」

「割とよくある……」

「ん、だけど。たまに流れ弾で湾港設備ぶっ飛ばしたりするからさぁ。ちぃとお灸すえてきてくれよ、五月雨」

 

 どーせ救護室でバカ騒ぎしてるから、と呆れるように言った涼風の顔を見。艤装技師の顔を見る。うんうん、と再度頷く彼。

 くるりと体を反転させて提督の方に振り返る。

 

「……」

 

 言葉はなかったものの、軽く嘆息している提督。

 どうやら今日の秘書艦補佐としての任務が決まったようです。

 

 

「いやでも今回は結構いい線いってたのよ!」

「ふーん」

「あれ完成したら軽巡でも戦艦並みの火力出せるかもしれないの! 次の試射はバッチリ決めてみせるから!」

 

 本当だ、すごい活き活きとした声が救護室から聞こえる。

 救護室の一角。艦娘の自己治癒能力を活性化させる結界内のベッドに寝転んで楽しそうに試射の様子を語る夕張さんと、なぁなぁに相槌をうつ隣の球磨さん。心なしか球磨さんの顔はうんざりとしているように思えた。

 

「でね──」

「夕張」

「なに」

「お見舞い来てるクマ」

 

 そうしていち早く私の存在に気づいた球磨さんが短く夕張さんに伝える。それでようやくこちらに気づいた夕張さんは、心なしか少し顔をひきつらせた。

 

「……さ、五月雨ちゃん」

 

 無言で夕張さんのベッドに近づく。体の大半を包帯でぐるぐる巻きにされている彼女の右腕から、ちらりとひどい火傷痕が見えた。

 

「あ、あの……五月雨ちゃん?」

「……治るんですか」

「え?」

「これ、きれいに治るんですか」

 

 その火傷痕に一瞬絶句して、絞り出すように声をだす。だというのにこの人はきょとんとした顔で、

 

「そりゃあまぁ艦娘だし」

 

 なんて言ってのけた。

 入渠施設、と呼ばれる救護室の一角の設備。艦娘の自己治癒能力を促進して時間をかけて綺麗サッパリと怪我を治してしまうこの設備と、高速修復材と呼ばれる薬剤の存在を身近に感じる艦娘の大半は怪我に疎くなるという。まぁ死んでなければ治るよね、くらいの感覚で軽症をほったらかして悪化させる娘もいるとか。

 私はまだまだ新人で、多分その感覚に染まっていないから。だからこそ、その夕張さんの態度がより呑気なもののように見えてしまって、思わずむーっと頬を膨らませてしまった。

 

「え、えーと」

「自分を大事にしない夕張さんなんて嫌いです」

「き、きらい……?」

 

 むくれてそっぽを向いていた私は気づかなかった。その言葉に割とショックを受けていた夕張さんに。そしてその様子を見て爆笑した球磨さんに。

 

「随分仲がいいクマ」

 

 ひーと腹を抱えて笑っている球磨さんはにやにやと夕張さんを見ながら言葉を続けた。

 

「軽巡冥利に尽きるクマ〜?」

「う、ぐ」

 

 その様子に思わず目を瞬かせる。こんな球磨さんを見るのは初めてだ、なんせ駆逐艦に対する球磨さんの態度というものは、こう、鬼教官っぽいから。

 やっぱり同じ艦種同士だと気心も知れるのかなぁ、なんて思いながら、なんとなく彼女に声をかけてしまった。

 

「……球磨さんは、なんでここに?」

 

 球磨さんは左足を吊っていた。おそらく足を骨折かなにかしたのだろう。球磨さん最近出撃あったっけ、と思っていると、真顔になった球磨さんがぼそりと呟いた。

 

「四十三戦、ゼロ勝」

「え?」

「軽巡二人で大破まで持ち込めないなら負けクマ」

「吹雪ちゃんもよく付き合うわよね〜」

「吹雪ちゃん?」

「あれ、五月雨ちゃんまだ会ってない?」

 

 聞いたことのない名前に首を傾げていると、夕張さんがその吹雪ちゃんについて教えてくれた。

 

「ここのなんだろ、非常勤みたいな。ほとんど作戦に参加しないんだけど、古参の駆逐艦娘がいるのよ」

「めっちゃ生意気クマ」

「えーそう? 礼儀正しいじゃない」

「形だけクマ」

 

 けっと悪態をつく球磨さん。……うん、やっぱりこういう感じの球磨さんはまだちょっと怖いかも。あはは、と若干顔をひきつらせながらも笑っていると夕張さんがトントン、と左薬指を右人差し指で叩きながら言葉を続けた。

 

「あの娘、ここで唯一のケッコンカッコカリ艦なのよね」

 

 ケッコンカッコカリ。最高練度を誇る艦娘が、さらなる高みを求めて手にするという指輪。その名前からプロポーズの一種として使われることもあるという艦娘の能力を底上げする貴重な資材。最高練度に達しないと使いこなすことができないというシステム上、提督の愛が試されるなんて言われているそれ。

 

「えっ、じゃあ提督とその人って」

「いやないない」

「どっからどー見ても精々じーちゃんと孫クマ」

 

 まさかまさかあの提督に、と予想外の恋愛話に思わず浮足立ちかけるも、即二人に否定される。

 ちょっと残念。艦娘だって女の子だもん、そういう話は大抵の子が好きなのである。

 

「まぁそんな感じで練度だけはピカイチだから」

「次は沈めるクマ」

「と、このように戦闘バカ達のいい餌食に……いや仲間沈めないでよ……」

 

 そうしてやんややんやと二人が会話を続けていると、廊下からダッダッダッと荒々しい足音が聞こえてきた。

 

「ずるいわよ球磨!!! なんで私も呼ばなかったの!?」

 

 ガラピッシャーン! と引き戸を勢いよく開け放ち、我が大湊警備府で一、ニを争う戦闘狂そのニである足柄さんが長い髪をたなびかせながら乱入してきた。

 

「知らんクマ。勝手に自分で喧嘩ふっかければいいクマ」

「だってあの子重巡とタイマンは……弱いものイジメになりますから……って受けてくれないのよ!!」

「まぁタイマンなら小回り聞く駆逐艦の方が有利よね。砲撃に当たらないっていう絶対の自信が前提だけど」

 

 ぎゃいぎゃいと球磨さんと足柄さんが言い合いを始め、この場が混沌としてきた。

 足柄はなぁ、戦場では頼もしいんだけどなぁ、いかんせん戦場に出られない期間が長いとストレスが爆発するのがなぁ……と以前涼風がぼやいていたっけ。無断出撃はしないけど演習、演習やりましょ、もしくは出撃でもいいわよ、ととにかく催促がしつこいらしい。

 

「あーそういえば頼まれてたやつも進めないと」

「頼まれてたやつ?」

「うん。まぁ直接戦力増強に繋がることじゃないんだけどね」

 

 二人のやり取りに飽きた夕張さんがのんびりとひとり言を呟く。思わず聞き返すと、今度は先程よりは幾分か落ち着いた調子で艤装開発の話をしてくれた。

 

「まーなくてもいいけどあると便利みたいなやつ? 潜水艦の艤装構造の応用でいけるかなぁ。あー、でも潜水艦の艤装技術、理解できるかしら……」

 

 うーん舞鶴の艤装開発部から一応資料取り寄せるか〜と唸っている夕張さんの横では、さらに球磨さんと足柄さんがヒートアップしていた。う、うるさい。

 

「ちょっと〜救護室では静かにしてくださいよ、担当医さん困っちゃうじゃない」

 

 すると今度は救護室入口からひょいっと阿武隈さんが顔をのぞかせた。気弱なタチなのか、たしなめる声にはイマイチ覇気がのっていない。

 

「そ、そうですよ足柄姉さん」

 

 そうしてもう一人。恐る恐る、といった感じで羽黒さんが続く。涼風曰く大湊の無害な方、そのニ、その三である。

 

「ぞろぞろぞろぞろなんだクマ」

「任務だよ」

 

 そうして阿武隈さんの後ろから片手で彼女の前髪をわしゃわしゃといじりながら北上さんが登場した。

 

「ちょ、前髪ぐしゃぐしゃにしないでくださいってば北上さん」

「あきつ丸の護衛。離島の観測施設に取り残された人達の避難支援。私と阿武隈と、ねーちゃんと適当な駆逐艦ニ隻で」

「私は!?」

「足柄姉さん掃討戦行ったばかりなんだから休んでてください……」

 

 あまり広くはない救護室が今や人でぎゅうぎゅうである。その人の多さに眉をひそめながら入口の扉のところから北上さんが球磨さんに声をかけた。

 

「ねーちゃんがオールラウンダー。私が雷撃メイン、阿武隈は対潜警戒メイン装備で、駆逐艦は適当」

「相変わらず駆逐艦の扱い雑……」

「だって旗艦は阿武隈だし」

「ふぇ!? 聞いてないんですけど!?」

「そーだっけ」

 

 報連相しっかりしてくださいってばぁ! と悲鳴を上げている阿武隈さんのツインテールをみょんみょんと両手でもて遊びながら北上さんがなぁなぁに返事する。

 仲いいなぁとその様子を見ていたら、その視線に気づいた北上さんが露骨に不機嫌になった。そうして私からふい、とあからさまに視線を逸らす。

 

「ちなみに甲標的もっていくんですか」

「まぁねー。私の主砲は……そう、まぁ、あれだからね」

「尖りすぎなんですよ、北上さんの性能」

「阿武隈うるさい」

「きゃー! ツインテール片結びしないでよぉ!!」

 

 甲標的による敵艦隊の観測。それによって四十門の魚雷での先制飽和雷撃の精度を高めた重雷装艦。これだけを聞けば一隻で艦隊を手玉にとる無敵の艦艇のように聞こえるが、その運用は実に難しく、まともに乗りこなせる者は限られるという。

 例えば、ここ、大湊の北上。例えば、呉の球磨型姉妹。特に呉の木曾は、暗闇の中でもまるでなにもかもが見えているのではないかという程に夜戦が滅法強いと噂されている。

 

「そんなわけで執務室で作戦会議するよ」

「まだ足が動かんクマ」

「だから車椅子もってきました」

 

 はいはいどいたどいたーとぞんざいに周囲の人達をどかしながら北上さん達が球磨さんのベッドへと近寄る。北上さんがぺいっと球磨さんを放り、それを阿武隈さんが車椅子でもって華麗に受け止めた。

 

「いっっっだっ!!!」

「あ、やべ、骨折してたんだっけ」

「痛みを感じるのは生きてる証拠ですよね〜」

「おめーらもっと怪我人を労るクマ!!!」

 

 ぎゃーぎゃーとかしましく三人が去っていった後、夕張さんにその新装備で私とやり合わない? と絡み始めた足柄さんを羽黒さんが引きずるように引っ張っていったことによって、ようやく救護室に救護室らしい静寂が戻ってきた。

 はー、と長いため息をついて、ぽつりと夕張さんが呟く。

 

「相変わらずねぇ」

「え?」

「感じ悪かったでしょ、北上。あいつ駆逐艦全般が嫌いなだけだからあんまり気にしないでね」

 

 ちょっと困ったように夕張さんが笑う。

 

「駆逐艦はうるさいから嫌いなんだって」

 

 そう、なんだ。確かに私と目があったとき機嫌悪そうだったなぁと思い返していると、ぐっと伸びをしながら夕張さんがのんびりと呟いた。

 

「いやーしかしやっと静かになったわね」

「ほんと」

「これでゆっくりでき……」

 

 そうして予期せぬ人物からの相槌にぴたりと動きを止める。

 

「……い、いつからいたの?」

「さっき」

「な、なんでここに?」

「寝に来た」

 

 ぜ、全然気配に気づかなかった。小さくあくびをしながら、大湊警備府一の神出鬼没、雲龍さんがごそごそと夕張さんの隣のベッドに潜り込む。

 

「そこ、球磨の……」

「……すー」

「寝るの早っ」

 

 じ、自由だ。

 ここに着任して少し経ったけれども。まだまだ私は、ここの自由気ままな人達に振り回されっぱなしなのであった。

 

 

「撤退するよ」

「嫌です!」

 

 ──ああ、またこれか。

 

「旗艦の命令だっての」

「聞けません!」

 

 頑として言うことを聞かない、クソ生意気な駆逐艦。

 

駆逐艦(わたしたち)は、救うべき命を最後まで見捨てないんです!!」

 

 ──ああ、うるさい。本当にうるさいんだ、あいつら。口は減らないし。私より紙装甲なのにすぐに盾になりたがるし。

 

「私は置いてってください。北上さんと球磨さんがいれば、ここは切り開けます」

 

 負傷してろくに動けすらしない、目の前のちっぽけな駆逐艦の命。

 遠くで待っている何百人もの命。どっちを助けるかって? まぁそりゃね、明白だ。

 

「大丈夫です。私、結構しぶといんですよ」

 

 ああ、駆逐艦って本当にうざい。

 そうやって笑うな。そうやって真っ直ぐこっちを見るな。

 もう、うんざりなんだよ、本当に。

 

 

 相変わらずでっかいなーとぼんやりとあきつ丸の船体を見上げる。あきつ丸の乗員達がなにやらせっせと船内にもの運びこんでいる様子を眺めていると、あと数時間後にはこの巨大な船を楽々と操るであろう、陸軍所属艦娘のあきつ丸がこちらに歩み寄ってきた。

 

「今日も吹雪殿は参加しないんでありますか」

「まぁね」

「あんなに実力があるのに、なんででありますか?」

 

 軍帽をかぶり直しながらじっとこちらを見つめるあきつ丸。こいつ、何考えているかわかんないからあんまり好きじゃないんだよな。

 

「……私が知るわけないじゃん。じっちゃんに聞きなよ」

「いやぁ提督殿に聞いても面倒くさそうな顔をされるだけでして」

「わかるわー、私も今絶賛面倒くさい」

「冷たいでありますなー、仲良く致しましょう」

「仲良くしたかったらまずその胡散臭さ、どーにかしなよ」

 

 別に陸出身だから毛嫌いをしているわけではない。とにかく、こいつの存在自体が胡散臭すぎるのだ。

 失敬でありますなー、と飄々としているあきつ丸に、少し離れたところで阿武隈と駆逐艦共と話をしていたねーちゃんが近寄ってきた。

 

「じゃあ親睦を深めるために質問してやるクマ」

 

 いやねーちゃん、そんな敵意むき出しでその言葉は信じられないって。

 私と阿武隈にぞんざいに扱われたことが多少ストレスだったのか、軽くイライラしながらねーちゃんが質問を投げかけた。

 

「なんで陸軍出身の癖に海にきたクマ」

 

 うーわ、ねーちゃん今日キレッキレだわ。仮にも護衛対象兼艦隊の一員であるのだから、出港前に揉め事はやめてほしいなぁとその様子を見守る。

 

「……ふむ。両親が陸出身でして。自分は元々海軍志望だったのですが、猛反対されたであります」

 

 ぐいっと軍帽を深くかぶり直しながら。あきつ丸は先程とは打って変わって静かに語り始めた。

 

「だから渡りに船、というのでありましょうか。これなら両親も文句は言えないでありますからなぁ」

 

 軍帽に隠れてその表情はよく見えなかったが、声からうんざりしたような色が滲んでいた。

 

「まぁ、あきつ丸自身の戦闘力なんて皆無なのでありますが。それでもこうやって海を渡って陸の人々に貢献できるのなら」

 

 そういってあきつ丸の大きな船体を見上げる。これから多くの乗員の命を預かり、島へと上陸せんとする彼女の半身のような存在を。

 

「陸とか海とか。どーでもいいであります」

「……乗員に聞こえるんじゃないの」

「おっと。これは失敬」

 

 そういって両手を広げておどけてみせる彼女は、いつもと変わらないように見えた。

 それをねーちゃんはむすっとした表情で黙って見つめていた。

 

「まぁ相互の確執も大きいでありますからなぁ、信用してくれとは言わないであります。ただ」

 

 あきつ丸の汽笛が、ひとつ。長く長く鳴った。それをやってのけているのは目の前で笑っているこの少女だ。

 

「望んでいる世界は同じものでありたいとは、思っているであります」

 

 いやはや。どーいう仕組みなんかね。

 陸軍と海軍がお互いに意地を張って互いの技術を公開しないもんだから。だからより、お互いが胡散臭く見えるんだよ、多分。

 ひとつため息をついて。

 

「難しいことはよくわかんないからさー、とりあえず簡単に沈まなきゃなんでもいいよ」

「なに。陸出身とはいえこのあきつ丸、それほどやわではないであります」

「戦闘力ないクセに粋がるんじゃねークマ」

「ここの人達は誰も彼も辛辣でありますなぁ」

「まーでも今回は安心しなよ」

 

 その言葉にきょとんとあきつ丸がこちらを見返す。それににやりと笑い返し、すっとあいつの背中を指差す。

 

「今回の旗艦は阿武隈だから、なんかあったら全部阿武隈のせいにすればいいよー」

「ちょっと!?」

「なるほど、頼もしい限りであります」

「あれ!? あきつ丸さんそっち側!?」

「はっはっは」

 

 話を振られた阿武隈がこちらへと慌てて歩み寄ってくる。その後ろをなんだなんだとついてきた駆逐艦二匹にちらり、と視線をやり。そうして目をつむってごろりと寝転び、早々にその話の輪からはずれることにした。

 

 

「そういえば球磨さん達ってやっぱり無断出撃繰り返したからここに来たの?」

「いや、それは一番の理由じゃないよ」

 

 そろそろ出港の時間だな、と執務室にかけてある時計を見上げながらなんとはなしに涼風に話しかける。涼風は山のような書類から数枚抜き取ってこちらに渡しながら淡々と言葉を続けた。

 

「提督を殴ったんだよ」

「……え?」

「元々いた泊地の提督が、なんていったらいいかねぇ。いわゆる、艦娘を可愛がってあまり出撃させないタイプの人でさ」

 

 艦娘を指揮する提督にも色々なタイプがいる。中には艦娘を大切にしすぎるあまり、愛玩動物のように扱う人もいるとは聞いたことがある。もちろん中にはそれでうまく回している人もいる。艦娘に対する態度は提督それぞれ、それがうまく噛み合うか噛み合わないかが重要で、そこに優劣はない。ただし、うまく噛み合わなければ、それは。

 

「そんなんだから艦娘の全体的な練度も低かったみたいだね。指揮能力も皆無。そんななか、ある日近くの島が深海棲艦の艦砲射撃で襲われてるってんで救援依頼が来たんだ」

 

 書類を処理していた涼風の手が、止まる。

 

「ひどいもんだったらしい。駆逐艦のほとんどは沈んだってさ」

 

 それは。それは一体、どんな地獄なのだろう。

 戦争をしているのだ、人の命なんて簡単に散る。それを知識では知っていても、私はまだわからない、その地獄を。その地獄を生き抜く人達の心を。

 

「阿武隈はその作戦で提督の指揮を無視して行動、球磨は作戦終了後に提督をぶん殴って、北上は罵倒したんだっけかな」

 

 軽巡洋艦は艦隊の駆逐艦達の命を預かる水雷戦隊のボスだ。私達駆逐艦は軽巡洋艦に絶対的な信頼をよせ、軽巡洋艦はそれに確固たる強さ、指揮でもって応える。そうやって私達はこの荒波を乗り越えてゆく。

 

「難儀なもんだよなぁ、軽巡も」

「……」

「一番近いところで、一番多く駆逐艦が沈んでいくところを見送る艦種だからなぁ」

 

 駆逐艦は、弱い。自慢の足と魚雷で戦艦を倒すこともできるけれども、その装甲は一番貧弱だ。だから一番死にやすい艦種も駆逐艦だ。

 それでも駆逐艦娘達は明るく、真っ直ぐに生きていく。例え明日尽きる命だとしても、今日を生きることを諦めない。そうしてそんな存在だから、皆も可愛がってくれるんだと涼風は笑った。

 

「こんなやんちゃなあたいらをまとめるってんだから軽巡ってのは大変だよ。あの一見なよっとしてる阿武隈だって、提督に逆らったときに強制命令執行権食らったらしいんだけど、最後までそれに抗って島周辺の深海棲艦を掃討したらしい」

「強制命令執行権……」

「普通はまともに動けなくなる。案外あの三人の中で一番やばいのは阿武隈かもなぁ」

 

 あ、五月雨ちゃーん、とすれ違えばにこにこと手を振ってくれる阿武隈さん。よく北上さんにいじられて悲鳴を上げている姿を見かけるし、その幼さの抜けきれぬ容姿といい、どちらかというと頼りないという印象の彼女のそんな姿は全くといっていいほど想像がつかなかった。

 

「軽巡洋艦ってのは難儀だ。どいつもこいつもいいカッコしぃでいけねぇよ」

 

 一際、大きな汽笛が鳴った。

 何事もなく、皆無事に帰ってきますように。

 私は、その音を聞きながら。そんなことを祈るくらいしかできない自分に少しの歯がゆさを覚えた。

 

 

「驚くほどスムーズにいきましたね」

「魚雷撃ち足んない」

「オーバーキルしといてよく言いますね……」

 

 阿武隈と二人並んで地面にしゃがみこみ、あきつ丸へと誘導される人達を見送りながら会話を交わす。

 作戦は至ってシンプルなものだった。幌筵泊地所属の支援艦隊が島の北方面へと敵深海棲艦の艦隊をひきつけ、その間に島の南西から回り込んで取り残された人達を収容し、離脱。支援艦隊の腕がよかったのか、こちらはまばらに遊弋しているやつらばっかりだったので護衛しながらの殲滅も楽だった。

 天候も味方している。少し霧が出てきているから、これなら霧に紛れてやつらから逃げるのはいつもよりも簡単になることだろう。

 

「あ、雨降ってきた」

「……阿武隈ぁ」

「なんですか北上さん」

 

 ぽつりぽつりと雨粒をこぼしはじめた雨雲を心底嫌そうに見上げながら前髪をいじっている阿武隈に、なんとなく声をかけ。

 

「天国とか地獄とか、あると思う?」

 

 そうして、いつしかねーちゃんにした質問と同じものを投げかけた。

 

「なんですか、それ」

「いいから答えなって」

「えー」

 

 あの地獄で。一番ボロボロだったのはこいつだ。

 

『痛みを感じるのは生きてる証拠ですよね〜』

 

 いけしゃあしゃあとよく言う。強制命令執行権を受けた際、躊躇いなく自分の左肩を砲で撃ち抜いて、死ぬほどの痛みでもってそれを上書きしようと咄嗟にするやつなんてこいつくらいなのではないだろうか。軽巡の砲とはいえ、下手したら身体欠損、あるいはショック死だ。いや、そんなことはどうでもよかったのか。

 阿武隈だけはあの場所でボロッボロに泣いてた、このまま脱水で死ぬんじゃないかってくらいに。一番状態のひどい阿武隈をねーちゃんが回収して引きずって、そんで私はその後ろを黙ってついていく。控えめに言って地獄だった、しばらくこいつの泣き声が脳裏にこびりついて寝られやしなかったし。

 

「知らないですけど。でももしあるとしたら」

 

 雨で乱れる前髪をいじりながら。私の質問に淡々と、温度のない声で阿武隈は続けた。

 

「私は地獄に落ちると思います」

 

『でも地獄はないと困る』

 

「あの娘達と同じところになんて行けない。深海よりももっと暗くて、寒い」

 

『球磨はそこに行かなきゃ、ならん……クマ』

 

「そういう地獄に」

 

 は、と乾いた笑いが漏れた。それを皮切りに、笑いが止まらなくなる。

 

「あっはは!!」

「笑うとこありました……?」

「いや笑うとこしかないじゃん」

 

 呆れるように阿武隈がこちらを見返す。その前髪は雨のせいでいつもより元気なくへにゃりとしていて、それでさらに爆笑した。

 

「軽巡洋艦って、めんどくさいよね」

「北上さんは今は雷巡でしょ」

「なんの話してるクマ」

「んー」

 

 くっくっ、と未だに殺しきれない笑いを抑えながら怪訝そうな顔でこちらに歩み寄ってきたねーちゃんを見上げる。

 ああ、軽巡洋艦って面倒くさい。

 

「私ら仲良く、地獄の底へ落ちるんだろうなって。そういう話」

 

 どいつもこいつも。こうやって、すべてを抱えて落ちていくんだ、地獄へと。

 

 

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