世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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ある日の大井の受難(呉鎮守府: 大井、鹿島)

 

※

 

 人間誰しも、苦手な奴というものがいると思う。

 少々気難しいところがあると自覚している私は、おそらくその『苦手』の範囲が人より多少広い。ついでにいうと、思ったことがそのまま顔に出てしまうタチであるから、敵も作りやすい。

 まぁ、そんな私でも気の置けない友人というものは存在するし、別に交友関係の狭さを嘆くタイプでもないし。私はそれで、満足していた。

 

 ──苦手な奴が、猛烈にアタックしてくるようになる前までは。

 

※

 

 呉鎮守府内。提督に提出するための書類を胸に抱え、廊下を歩く。

 

 ──球磨型軽巡洋艦四番艦、大井。艦娘として徴兵された頃は番号で呼ばれたり、艦名で呼ばれたりすることに違和感を覚えたものだけれど、いつのまにか『大井』という名を呼ばれることになんの疑問も湧かなくなってしまったのだから、つくづく人間というものは順応する生き物だと思う。

 

 見慣れた鎮守府の様子、考えなくても選び取れる最短ルート。作戦時の非日常から外れれば、いかに最前線を支える艦娘が集う呉鎮守府といえど、のどかなものだな、と思いながら廊下の角を曲がり──ちょうど執務室から出てきた奴の姿を視界に捉えた瞬間、反射的にくるりと百八十度のターンを決め、全速力でその場を離脱する。

 

「あれ? せんぱ~い? せんぱ~い!!」

「……!!」

「お久しぶりです、お元気ですか? 追いかけっこなんて、先輩わりとおちゃめですね」

「足はっっっや!!!」

 

 ──人間、誰しも苦手な奴がいる。

 

 それが私、大井にとっては練習航海から寄港する度に、その異様な身体能力で全力で私のことを追い回す、この香取型練習巡洋艦二番艦──鹿島であった。

 

 この日はどんなに速度を上げてもすぐ横につけられ、しかも息を乱すことなく話しかけ続ける鹿島に精魂尽き果てるまで追い回され、精神的敗北Dを決めるハメになった。

 

※

 

「砲撃は、撃つ前にどれだけ考えられるかが大切なんですよ」

 

 確か初対面は、呉の訓練所の臨時教育任務を割り当てられたとき。練習巡洋艦として練習航海で各地を飛び回り、そしてその合間に鎮守府や泊地で教鞭をとっている彼女と顔を合わせる機会は少なく、まともに会話したのはあのときだったような気がする。

 

 さすがの練習巡洋艦。教える姿は様になっており、こりゃ楽できていいわね、なんて思いながら鹿島の説明を後ろで黙って聞いていた。

 呉の穏やかな波とうららかな日差し。適度にサボるのにはいい気候だった。

 

「砲弾が届くまでには時間がかかりますよね。その間に敵が動けば、当然当たりません」

 

 鹿島はそう言うと、指先で空中に線を描き、一定速度でゆるやかに動いている的をさした。

 

「だから、敵がどちらに進んでいるのか、どのくらいの速さなのかを見て、砲弾が届く頃の位置を予測するんです。敵の少し先を狙う、と考えるとわかりやすいかもしれませんね」

「なるほど〜」

 

 良家のお嬢様を連想させるような気品と、柔らかな物腰。老若男女、誰からも好かれそうな笑みを常にたたえている彼女は、わかりやすい指導もあいまって、あっという間に駆逐艦の心を掴んでいた。

 私からすればその笑顔はどうにも胡散臭いのだが、大抵の人間はあの笑顔にコロッとやられているので、多分私がひねくれているだけなのだろう。

 まぁ、どうでもいいけど、と周囲にバレないように欠伸を噛み殺す。普段はきっちりかっちり、駆逐艦共を半べそにさせるくらいには指導を真面目にやる方だが、今日は本当にやることがない。あとこいつの鈴を転がすような声が若干眠気を誘うのもよくないと思うのよね。

 

「それから、一度で当てようとしなくても大丈夫。最初の射撃で着弾を確認して、そこから修正していきましょう。焦らず、ひとつずつですよ」

「ね、ね、鹿島教官」

「はい、なんですか?」

「実演して欲しいの!」

「あ、私もみたい」

 

 ──流れが変わったわね。

 

 キラキラと憧れの視線を鹿島に向ける駆逐艦。そして、いつものはりつけたような笑顔とは異なる、明らかに動揺がにじんでいる笑顔で固まる鹿島。心なしか冷や汗をかいているように見える。

 

「じ、実演、ですか……?」

 

 ちょっとアンタ、さっきまでのよく回る口をどこに置いてきたのよ。

 急にしどろ、もどろ、と言葉を濁し始める鹿島を不思議そうに見上げる駆逐艦の様子にため息ひとつ。そして、的に向かって演習弾を撃ち込んでやった。

 

 ド真ん中に当たったペイント弾に歓喜の声を上げる駆逐艦達に声をかける。

 

「そっちのお姉さんは教えるの専門、実演担当は私。じゃないといる意味ないでしょ、私」

「すっごい上手なのね!」

「当たり前でしょ。ほら、とっとと自分でもやってみなさい」

 

 そう言うと、候補生達は、はーいと声を揃えて砲撃練習に取りかかった。わかってはいたけれど、ヘッタクソね。これはしごきがいがあるわね、と内心思いつつ訓練の様子を眺めていると、鹿島がホッと隣で小さく胸をなでおろしていた。

 

 そんなに嫌か、実演。

 

 なおその理由については、訓練終了後たまたま目撃する形となった。

 チビ共を先に帰して、その後ろからゆるやかな航行スピードでついていこうとしたとき、後ろから砲撃音が響き、思わず振り返ってしまったのである。

 

 何を思ったのか、的に向けて砲撃をかましていた鹿島。そしてあらぬ方向へと飛んでいく砲弾に、

 

「う〜わ」

 

 と、思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 まさか見られると思ってなかったらしい鹿島は、砲撃の反動と、あるいは少しの動揺でか体のバランスを崩しており──ていうか、こんな程度でバランス崩すとかよく艦娘になれたわね、と思いつつ。

 

「ヘッタクソ」

 

 私のこの口は、シンプルな感想を悪気なく吐き出していたのだった。

 

※

 

 私の趣味は、人間観察だ。

 人間観察といっても、一人の人をつけ回すというわけでなく、見慣れない顔だな、と思ったら接触を図る程度のもの。

 

 人より多少見目がいいこの顔も使いようというもので、穏やかに笑っていれば大抵の人からは好かれる。

『優秀』『感じがいい』『頼りになる』。周囲からの評価は、概ねそんなところ。

 

 ──だからこそ、この人に興味が出た。

 

 つきあたりの向こう側から響く足音。タイミングを合わせ、小さくつまずき、手元の書類をわざと、それでいてそれがわざとであると誰にも気づかれないくらいの自然さで、大井先輩の目の前で落とす。

 慌てて謝りながら拾い集めていると、大井先輩は「なにやってんのよ」と嘆息しながら手伝ってくれた。

 態度はつんけんしているけれど、割と面倒見はいいらしい。

 せっかくだから、と書類を拾い集める合間に雑談をふってみる。

 

「そういえば、荷揚場を見てきたんですけど、この時期にしては珍しく貨物搬入量が多くないですか?」

「そう?」

「今日、ずいぶん慌ただしかったんですよ。もしかして次の作戦が控えてるのかな、とか深読みしちゃいました」

 

 そう言って笑うと、彼女はこちらに一瞥をくれながら、さして興味もない、という風に書類集めを再開しながら口を開いた。

 

「特に聞いてないけど。まぁ、可能性としては輸送作戦じゃない?」

「なんでそう思うんですか?」

「例年より駆逐艦の採用数、多いし。いつもより練度もまばら、数欲しいのかなって」

 

 おまけによく周囲を見ている。頭もキレそう。だというのに、さして興味もないというその態度にまた興味がそそられる。

 

「大井先輩って、よく見てるんですね」

 

 差し出された書類をお礼を言って受け取りながら笑いかける。大井先輩はじっと私の顔を見ていたと思ったらため息をついた。

 

「アンタさぁ、楽しくもないのに笑ってて疲れない?」

「え〜、なんのことですかぁ?」

「まぁ、まともに答えないとは思ってたけど」

 

 そこで言葉を切ったと思ったら、意味ありげに笑う彼女に小首を傾げる。

 

「海の上」

「?」

「海の上にいるときのほうが、アンタ、人間らしいわよ」

 

 その言葉に、ほんの一瞬だけ体がぴくりと反応する。

 

「いっぱいいっぱいです、って顔してて」

 

『逆にそれくらいの方が愛嬌あっていいだろ』

 

 上司のあんまりな言い分により練習巡洋艦鹿島となったものの、海の上ではいつも綱渡り状態だった。

 

 なんせ、砲雷撃戦が壊滅的である。候補生時代、あまりの成績の悪さに「陽炎の再来」「なんなら陽炎よりひどい」「いっそこのまま撃破率0%の方がおいしい」などと散々な言われようだった。

 それも愛嬌とか言って上司がゴリ押ししたせいで、実戦ではまったく役に立たないのに教鞭をとる練習巡洋艦として各地を飛び回るハメになった。

 

 上司はなにもわかっていない。一度不名誉な印象を相手に与えれば、それはさざ波の如く人の間で広がってゆくということを。いや、もしかしたら知った上で若干面白がっているのかもしれないが──私にとっては陸の上が一番気楽で、一番取り繕いやすく、そして一番人の懐に入りやすい。

 

 ──だというのに、全然この人の懐に入れないし。なんなら、海の上でいっぱいいっぱいの私の姿を見ていたからこそ、少しだけ面白そうに関心を向けられた節がある。

 

「……先輩は砲撃、お上手ですね」

「当たり前でしょ、じゃなきゃ最前線で生き残ってらんないわよ」

 

 この人は、私の能力も、立場も、社交性やこの見た目にも、特別な関心を払わない。

 私の弱みを握ったというのに、それを単なる可愛げと捉え、誰かに吹聴する気配すらない。

 

 ──どこまでいっても、今の私に対して、ほぼほぼ無関心なのだ。

 

 例えば、同じ軽巡洋艦の川内と口論をする。

 例えば、ご飯を食べながらうつらうつらと船を漕ぎ、コーヒーを服にこぼした夕張の面倒をキレながら見る。

 

 この人は相手によって態度を変えてはいるけれど、どれも取り繕った顔ではない。

 たとえ相手の口がどれほど悪かろうが、たとえ相手がどれほどだらしなかろうか。相手が何を見せても、関係値が出来上がってしまえば、その態度は変わらないのだ。

 

「……先輩って」

「なによ」

 

 だとするのなら、私が何を見せても、この人の態度は変わらないままなのだろうか。

 それを想像して楽しくなった私は、心からの笑顔を先輩へと向けた。

 

「かわいいですね?」

 

 私の言葉に、先輩はゾッとしたかのような表情を見せた。

 あ、その表情は初めてです。これからもっと色んな先輩の顔、見せてくださいね? 

 

※

 

「せんぱーい!」

「嫌ぁあああ出たぁああああ!!」

「かけっこの次はかくれんぼですか? 本当に先輩ってばおちゃめですね」

 

 次の日。辺りの様子を警戒している先輩の頭上で、木の枝に腰掛けながらしばらくその様を楽しんだ後、くるりと身を翻し彼女の目の前に現れると、面白いくらいのオーバーリアクションで出迎えてくれた。

 こんな反応を私に対してするのはこの人くらいである。

 

「アンタほんっとに、どっから嗅ぎつけてくんのよ!!」

「壁に耳あり障子に目あり、先輩のいるところに鹿島あり、ですよ」

「ただのストーカーでしょそれ!!」

 

 昨日の追いかけっこで逃げ切るのは不可能と察したのか、散々わめき散らした後、先輩が盛大なため息をつきながら頭をかいた。

 

「ほんっとに、陸の上なら異常なくらい動けるのに……なんで海の上だとあんなにポンコツなんだか」

 

 ぶつぶつとひとり言のように呟かれたその内容に嬉しくなり、思わず笑顔を向ける。

 

「それ言われたの、先輩で二人目です」

「ああそう、気の使えるいい人ばっかなのね、アンタの周り」

「わぁ、ヤキモチですか、先輩?」

「どこをどう聞いたらそうなんのよ!!」

 

 やっぱり呉に寄ったら一日一先輩を摂取しないと。

 毎回律儀に付き合ってくれるの、本当にかわいい。

 多分この人は、私がそんなことを考えているなんて露ほども思ってなさそうだけど。

 

※

 

 岸壁の係船柱や防波堤に数羽うみねこが並んでいる。荷揚作業も終わったのか、この時間になるとこの辺ものどかな雰囲気へと様変わりをする。

 倉庫街のはずれ。この辺は人気もなく、たまに釣り好きの艦娘がぼーっと釣り糸を垂らしている姿を見かける程度の静けさと少しの寂しさが同居する場所だ。

 

 そんな場所でなにをするでもなく、防波堤に腰掛け海を眺めている彼女の背に、ひゅ、と手元に忍ばせていたナイフを鋭く投げる。

 それに見向きもせず、彼女──龍驤さんは少し体をずらし、はし、とナイフの刃を人差し指と中指で捉えた。

 

「……毎回毎回、物騒なご挨拶やなぁ」

「うふふ、勘が鈍ってなくてよかったです、お元気ですか?」

「キミの顔見たら元気なくなったわ」

 

 ナイフを弄びながら、げんなりした様子でこちらを振り返った彼女に笑いかける。

 

「あんなぁ……」

「海に出てばかりじゃ鈍っちゃうでしょう? 遠距離攻撃ばかりで」

「いや海の上でも色々あってな……まぁ海に適性のないキミに言っても仕方ないわな」

「む、海には出てますよ?」

「練習航海ばっかやないかい……はぁ、ほんに陸ならよう動けるのになぁ」

「そもそも人の身体は海の上に立てるようにできていませんし」

「じゃかぁしい」

 

 ピッと投げ返されたナイフを同様に受け取り、しまいながら彼女の横へと並ぶ。

 

「また一緒にお仕事しましょうよ」

「お断りや。足で稼ぐんはキミら若手の仕事やで、それに」

 

 頬杖をついて海を眺めながら話すその様は、パッと見でも雑談をしているかのよう。

 

「ウチレベルになると情報なんて勝手に集まって来よる、惚気話から痴話喧嘩までな」

 

 そう言って笑う彼女は、呉鎮守府では最古参にあたる艦娘だ。

 気さくな雰囲気に、相談しやすい人好きのする顔。雑談の延長から、はたまたここだけの話よ、なんて色々な話を自然と手に入れられるのは、天性の人たらしゆえか。

 

「……それ、役に立ってます?」

「犬も食わん」

 

 ただし、あまりに話しやすいせいか、本当にしょうもない痴話喧嘩に巻き込まれること多数。

 もしかしたら呉鎮守府一の色恋事情通かもしれない、本人的には不名誉なことだろうが。

 

※

 

 今日は、なんて日だ。

 

 今日というか、正確には昨日からなんだけれど、まぁ散々なものだった。思わずカレンダーを三度見し、仏滅じゃなかろうか、と確認してしまうほどに。ちなみに大安だった、こんなのクソの役にも立たないわよね。

 

 散々鹿島に振り回されたと思ったら、さらに悪いことに大湊の北上が呉に一時寄港していたらしく、「で、次いつやる? 今日やる? 今やる??」と数少ない雷巡である私に演習を迫るという定期イベントが発生したため逃げ惑い、そして逃げた先でベンチでうたた寝をしている夕張を発見し、「アンタ無駄に顔だけはいいんだから外で無防備に寝てんじゃないわよ! 風邪引いたらどうすんのよ!」と耳を引っ張りながら部屋へと連れ帰るという事象まで発生した。

 

 一日で発生していい量のイベントではない。

 

 心身共に疲れ果て、重い身体をひきずりながら自室へと戻ると、ちょうど戻っていたらしい木曾が振り返る。

 思わず無言で、木曾に人差し指でそこに座れと指示。そしてそれに大人しく従う木曾。

 無言でわっしゃわっしゃと両手で木曾の頭をなでていると、しばらくなすがままだった木曾が声をあげた。

 

「姉さん?」

「……」

「俺の髪、触ってて楽しいか?」

「うん」

「そうか……」

 

 そうしてまた沈黙が落ちる。

 

「……ん? なんかアレンジしてないか?」

「ハーフアップ編み込み」

 

 後頭部に向かってざっくりと三つ編みにしていき、ポケットから取り出したゴムで結ぶ。襟足、顔周りの短い毛をあえて弄らず、ぱらぱらと落としておくことでアンニュイ風に仕上げてみる。

 

「姉さん、俺の髪弄るの好きだよな」

「だってアンタ、全然アレンジしないじゃない」

「姉さんと違って器用じゃないんだよ」

 

 猫っ毛だけど、決して癖が強いわけでなく。ふわふわとさらさらの中間くらいの、絶妙な手触り。

 四人姉妹の三女と四女。私にとってのただ一人の妹ということもあり、昔からこうやってよく木曾の髪をいじっていた。

 

「それにいいんだよ」

「なにがよ」

「俺は姉さんに髪を弄ってもらうのが好きだからな」

 

 どこかご機嫌な様子で私のされるがままにされている木曾に、思わずはぁ〜と長いため息をついて脱力する。

 木曾の肩に頭をぐりぐりと押しつけていると、戸惑ったような声が響いた。

 

「姉さん?」

「アンタは一生そのままでいて……」

 

 戦闘もなにもない、呉鎮守府での長い長い一日。

 その終わりに、私は改めて、純粋に姉として慕ってくれるこのピュアな妹の存在のありがたさを噛み締めるのであった。

 




久しぶりの投稿です。
久しぶりの投稿がこんなんでいいの?楽しかったからオールオッケー。
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