この二人のお話もいつか書けたらいいなぁ、と思いつつ。
「……空母って、女子力高くない?」
それはある日の昼下がり。遅めの昼食を陽炎さんと不知火さんととっていたら、かたり、と食べ終わった食器を横にどけて、手を組みながら神妙な面持ちで陽炎さんが語り出したのが事の発端だった。
「藪から棒になんですか、陽炎」
「いやね、私そんなに空母見てきてないけどさ。ほら、鳳翔さんとか」
「あー、そうですねぇ」
こくこくと頷きながら煮物を頬張る。うん、味がしみてておいし。
「瑞鶴さんもほら。つっかかってはきたけれど殴っては来なかったじゃない?」
「……それは、女子力以前の問題じゃないですか?」
「なになに? なんの話?」
そもそも普通の女の子は殴り合いの喧嘩をしないと思うのだけど。しょっちゅう拳でじゃれ合っているここの駆逐艦、軽巡洋艦、および一部の戦艦を見ていると私の中の常識が揺らぎそうで困る。
苦笑いで場をやり過ごしていたら、大盛りのおかわりを抱えた飛龍が戻ってきて話に加わった。……本当に、よく食べるなぁ。
「空母の女子力って高いなって話」
「ふーん」
「まぁ、飛龍さんは置いておいて」
「ちょっと! どういう意味ですか!」
不知火さんの言葉に飛龍が思わず噛みつくも、これを二人はスルー。というか、名前をもらってからは空母は駆逐艦の上司に当たるので、と二人からさんづけで呼ばれ始めたのだけれど、未だに慣れなくてもぞもぞする。
「蒼龍さんとかまさに女子って感じよね……」
「おしとやか、滲み出る包容力。身だしなみにも隙がない」
「その点飛龍さんなんか毎日寝癖ついてるし」
「これは! 癖っ毛です!!」
じろじろと陽炎さん達に上から下まで見回されてとても居心地が悪い。思わず箸を置いて身を縮こませる。
「何より……」
「ええ……」
そして二人の視線がある一点に注がれたことで私の体温が徐々に上昇していく。いや、うん、昔から、よくからかわれたりするから、慣れては、いなくも、ないけれど。
「ちょっと!蒼龍にセクハラしないでください!!」
そこにバッと飛龍が体をねじ込んできて二人の視線を遮る。さすが飛龍、頼りになる、とほっとその背に隠れて一息つく。
「なにも言ってないわよ」
「視線がいやらしい!!」
「失礼な。これはむしろ羨望と嫉妬が混じったもっとドロドロとしたものです」
「同じです! いいですか!!」
そうだそうだ、いいぞ飛龍、とその背中で応援していると、徐に飛龍は体をずらしてこちらに振り返り、そして。
「蒼龍にこういうことしていいのは私だけですよ!!」
「……ひゃっ!?」
油断していた。どこからともなく取り出したボールペンをさっくーんと私の胸元、もっと詳しく言えば胸の谷間に差され思わず変な声が出る。
「……ぐぅ!!」
「なんてことするんですか飛龍さん! それを、我々にできない芸当を見てしまった陽炎の心が大破状態ですよ!!」
胸元を押さえて苦しむ陽炎さんにガタ、と椅子を鳴らしながら駆け寄り抗議の声をあげる不知火さんと、それを受けてなぜかドヤ顔をしている飛龍。放心状態でその様を見ていると、私の胸元から取り戻したボールペンをちっち、と振りながら飛龍が得意気に話を続けた。
「私達に女子力で挑もうなんて百年早いんですよ」
「あんたは別に女子力高くないでしょこの大食らい!!」
「そ、そんなことないです! 今いっぱい食べる女子が可愛いって人気なんですよ!!」
「嘘つけ!!」
ギャンギャンと言い合う陽炎さん達を見つめながら。段々と恥ずかしさが募ってきた私は、胸元の着物をかき抱いて俯くことでどうにかその場を耐えようと思ったのだけれど。
「もう! 蒼龍も言ってやってよ!」
「……、」
「え? なに?」
このお馬鹿の能天気でなにも気にしていないような顔を見ていたら。ぷっつーんと、何かが切れてしまって。わなわなと唇を震わせながら、喉の奥から声を振り絞り。
「…ひ、りゅうの、バカァアア!!!」
「あだぁ!!」
パッチーン!と小気味のいい音と共に張り手をかまして走り去るのだった。
※
「ねー、ごめんってばぁ!!」
やりすぎた。ここにいるとついつい楽しくなってハメを外してしまいがちなのだけれど、ああ見えて、というか見たまんまというか、蒼龍は結構恥ずかしがり屋なところがあるのだ。
いい音を立てた割にそこまで痛みを感じない頬を押さえながら蒼龍の後を小走りで追う。うん、廊下は走っちゃいけないもんね、こんな時だってのに全力疾走できない蒼龍はなんともらしい。
「飛龍なんか知らない!」
「ごめんって!やりすぎた!!」
後ろ姿しか見えないけれど、きっと彼女の顔は真っ赤に違いない。昔から恥ずかしいとすぐ顔が真っ赤になってまぁ、可愛らしいのだ。そういう顔をね、する蒼龍も悪いと思うのよ、私は。
ああでもこういうやりとりも久しぶりだなぁと、蒼龍には悪いけれど私は嬉しさすら感じていたのだった。
ここに来てよかったな。もうすぐお別れだけど、ここに来なければこういうやりとりも出来ないまま、お互いの心は離れてしまっていたかもしれない。たら、れば、なんて考えても仕方ないと思うけれど、こればっかりは強く思うのだ。
さて、しょうがないな。拗ねてこじれる前に一撃必殺で終わらせてしまおう。たった、と脚に力を入れて加速し、その加速のままに蒼龍の背中へと飛びつく。
「わ!!」
「ごめんて」
なんとか倒れないように踏ん張る蒼龍を補助しつつ、もう一度謝罪をする。彼女の肩に顔を乗せると、少しはねた毛先が私の顔をくすぐり、思わずくすくすと笑ってしまった。
「反省、してないでしょ」
「してるわよー? ね、だからさ」
同い年と言えど、ほぼ一歳年上のお姉ちゃんとその妹のようにして長年過ごしてきたのだ。
「許してよ、おねーちゃん」
だからどうすれば彼女が許してくれるかなんて、その方法なんて、簡単にわかるわけよ。甘えるように彼女の耳元で囁くと、微かにびくっと体を揺らして蒼龍が黙り込む。一秒、二秒、そして。
「……ずるぃ」
「んー?」
「そういうの、ずるいと、思う、の」
「なんで? 昔はよくこう呼んでたじゃない? ね、おねーちゃん?」
ついに顔を両手で覆って座り込んでしまった彼女に追撃をかける。知ってるよ、甘えられると弱いもんね。髪の間から覗く真っ赤な耳がこれまたいじらしい。
「明日のデザート譲るからさ、ね?」
「……もうしない?」
「しないしない」
しゃがみこんで横から優しく話しかければ、ようやっとそろり顔を上げ。もちろんその顔は真っ赤で、ついでにいうとちょっと涙が目に浮かんでいて。その様子がまた逆効果なんだよなぁと内心苦笑しながら。
「今回だけだから、ね」
「へへ、ありがとう、そーうりゅう!」
やっぱりそんなちょっとちょろ可愛い蒼龍が好きだなぁと思いつつ、再度彼女に飛びつくのであった。
※
「……空母、恐ろしいわね」
「ええ、なんという見事な甘えっぷり。正直飛龍さんは女子力かっこ笑い、と舐めていましたが……」
「……なぁ、何やってんだ、お前ら」
柱の影からこっそりと二人の様子を伺い思わず唸り声を不知火とあげていたら、後ろから呆れた声が飛んできた。
「しっ! 静かに、天龍さん! 今空母娘は総じて女子力が高いかどうかの観察中なのよ!」
「……そうか」
「あの末恐ろしいまでの胸部装甲に加え嗜虐心をそそる恥じらい、そしてあの隙のない甘えっぷり」
「やるわね……!」
「楽しそうだなァ、お前ら……」
ヒトサンマルマル、本日は晴天なり。戦場に出れば勇猛果敢に海を駆け巡る彼女達も、蓋を開ければ女の子。
こんなやりとりがある日も、あるのです。