世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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教官達の日常その2


お昼でも三人寄ればかしましい(川内、那智、阿武隈)

 

 その日の前日は、珍しく雪が降るほどの異常寒波だった。しんしんと雪が降る中、妹があたしの誕生日に合わせてこつこつ作ってくれたマフラーを身につけて、外を歩いていた。

 

「雪って初めて見た!」

 

 鼻を真っ赤にしながら、雪が降りしきる中を楽しそうにはしゃぐその子に転ぶよ、とたしなめて。

 

「積もるかな?」

「どうかなぁ」

「あたし、雪だるま作りたい!」

 

 一緒に手を繋いで、たわいもない会話をした。積もんないだろうなぁ、あたしだってこの町で雪を見たのは十数年ぶりだし。でもそんなことをこの子に言うのはあまりにも可哀想で。

 

「じゃあ、積もったらお姉ちゃんと作ろっか」

 

 なんの気なしに、そう笑いかけたんだ。それが、まさか雪が積もらなかったどころか。爆撃の嵐に襲われるなんて誰もが予想していなかったし。あたしだって、こういう何でもない日常が、ただ、なんとなく続いていくんだって。ずっと、思っていたのだから。

 

 

 くぁ、と思わず出そうになったあくびを噛み殺して教務室へと戻る。那智にはああいったものの、まだぐっすりと夜に眠ることは中々出来ないでいた。専らの睡眠時間は昼休み。昔は夜戦さえこなしていれば堂々と朝から寝られたもんだけれど、いやいや中々あたしも真人間みたいな生活送れてるじゃない、などとどうでもいいことを考えながら教務室の引き戸を引いた。うん、ここの建物は大体が引き戸だから助かるよね。

 自身の机へと向かう途中、阿武隈が熱心に何かを読んでいる姿を見つけ、後ろから声をかけた。

 

「今日は誰からの手紙?」

「わっ」

 

 びっくりしたのかガタ、と椅子を揺らしてこちらを振り返る阿武隈のその手からひょいと手紙を奪う。

 

「あー三女ちゃんかぁ」

「ちょっと、返してよ」

「美人になったねぇ、阿武隈と違って」

「喧嘩売ってる?」

「怒んないでよ、阿武隈は可愛いってことだよ」

「気持ち悪……」

「何言ってもダメだよね」

 

 はっはっは、と乾いた笑い声を零しながら手紙に視線を落とす。

 艦娘になる人達の目的は様々だ。希少艦種のため、有無を言わさずならざるを得ない人。戦争孤児で明日の生活の保障を勝ち取るためになる人、家族を殺された復讐、憧れ、人それぞれ。

 阿武隈も割と一般的な理由で艦娘になった一人。家族にお腹一杯ご飯を食べさせるため。艦娘になるともれなくその家族に手当てが支払われる。こいつは大家族の長女ということもあって、率先して艦娘になったらしい。

 

「四度目の適性検査、陰性だったんだ」

「うん。よかった、あの子には艦娘になんてなって欲しくなかったし」

「元艦娘の阿武隈さんがそれ言っちゃう?」

「適材適所の話です〜」

 

 ひょいっとあたしから手紙を奪い返して大事にそれを封筒に戻す。兄弟達からもらった手紙は全て大事に保管しているらしいから、これもどこかに丁寧に仕舞われるに違いない。

 艦娘に許される外部とのやりとりは文通のみ。全ての手紙は検閲され、通ったものだけが相手に届く。自身の写真などを手紙につけることは許されない、それは重大な機密漏洩に繋がるからだ。

 なぜ、艦娘の存在が報道規制されているのか。それは一重にこの見た目が関係している。

 

「もう三女ちゃんの方がお姉さんって雰囲気だね」

「まぁね。あたしももう少し成長したらこれくらい……」

「あはは、この胸にはならないって」

「……OK、戦争ね?」

 

 艦娘になると、体が艤装の運用に最も適した状態まで成長した段階で急激に成長速度が落ちる。巷では艦艇の神々を降ろすのに適した体になっていく、などと言われている。現に阿武隈の髪の色は艦娘になった当初よりも明るくなっているし、同じ艦艇に選ばれた娘達はどことなく外見が似通ってくる。きちんと話せば中身はやっぱり違うんだけれど、ああ、あの艦艇の娘ってこうだよね、という一種の共通認識はある。あーでもこの阿武隈は他の阿武隈よりツンツンしてるかもしれない。他の阿武隈はどことなーくなよっとしてるんだけど、この阿武隈はご覧の通りである。うん? あたしのせい? はっはっは、まさか。

 さて、話を戻すけれど。成長が止まるということは、艦娘にとっては艤装の性能を最大限に引き出せる期間が長くなるという点においてはメリットと言えるだろう。それでも長く戦いに身をおけば体は摩耗するし、いくら見た目は若々しくとも段々動けなくなってくる。そういった艦娘達は途中で命を落とすか、あたし達のように運が良ければこうやって実年齢より若々しい状態で一般的な人の世に戻っていく。戻ってはいけるが、家族の元に帰ることは許されない。どうしたってこの見た目が異質さを際立たせるから、結局のところ軍の監視下のもと、人らしい生活ができるようになるというだけだ。それを幸福と見なすか不幸と見なすかは、まぁ人によるだろう。

 

「うーん」

「今度は何送るの?」

「どうしよう……やっぱり間宮の羊羹かなぁ」

「いいんじゃない?」

 

 嗜好品は世間一般ではまだまだ貴重な存在だ。艦娘は明日には死んでいるかもしれない存在ということで、そういった嗜好品が優先して回されている。ようやく戦線が落ち着いてきたと言ってもまだまだそういったものの民間への普及は芳しくない。

 

「……川内」

「んー?」

「それ、ほつれてる」

「あ、ほんとだ」

 

 指差された箇所を確認するために首元のマフラーを掬いあげる。元々状態もそんなに良くはないけれど。長いこと身につけているから、どうしても綻びがでてくる。

 

「……繕ってあげる。後で貸して」

 

 ぴらぴらとどうしたもんかと手で弄んでいたら、阿武隈が静かにそう言った。

 

『──大体、こんなボロっちい季節外れのマフラーなんかつけてんじゃないわよ!』

『……っ、触るな!!』

 

 思えばあたしも阿武隈も丸くなったもんだ。あの部隊で一番やりあっていたのもこいつだったっけ。那智が止めなきゃ割と頻繁に血の雨が降っていたように思う。

 

「……ん」

 

 妹から残されたたった一つだけの遺品。一瞬で全てを奪われたあたしには、これしかあたしと家族の存在を繋ぐ証拠は残されなかった。

 明日も同じような日々が続くのだと思っていた。海の上の化け物との戦いなんて、あたしには関係ないことなんだって。事実として深海棲艦との戦いを知っていても、あの日、あの時まであたしはそれを肌で実感することはなかったのだ。

 だからこれは、あたしの家族に対する未練。なにもできなかった無力な自身への戒め。そして、復讐を確認するためのものでもあった。だからまぁ、あの時は一番キレた。割と本気でぶん殴った。ちょっと八つ当たりもあったと思う、だってこいつにはいるんだもん、家族がさ。

 

「……阿武隈ってさー」

「なに?」

「ダメな人に引っかかりそう」

「は?」

 

 まさかこいつとここまで長い付き合いになるとは誰が予想できただろう。何度も阿武隈があたしにつっかかってきては大喧嘩をして、那智が仲裁に入る。ある意味それは様式美だった。失った者と、持たざる者と、持つ者。三者三様だったあたし達は、その歪さが最終的にうまく嵌ったのかなんなのか。こうやってだらだらと関係が今にまで続いている。

 

「こんなところまであたしを追っかけてくるしねぇ」

「はぁ!? あ、そういえば川内でしょ! あの新聞!!」

「中々よく書けてたでしょ?」

「ぶん殴るわよ!!」

 

 やっぱり記事にするからには派手に決めないとね。ドヤ顔をしていたらとうとうべち、と額を叩かれた。痛くない。

 

「一回や二回命助けられたくらいで律儀だよねぇ」

「……普通の人にとってはそんな軽いもんじゃないの」

「いいじゃん、あたしも迷惑かけてたし。おあいこだって」

「気分の問題!」

「そんなもんかねぇ」

 

 常に生きるか死ぬかの瀬戸際を生きてきたのだから、助けた助けられただなんて一々気にしてたらやってられないだろう。だというのにこいつは律儀に全部覚えててこうやって構ってくるわけだ。もう十分借りは返してると思うけどなぁ。

 

「……阿武隈ぁ」

「なによ」

「今日、晩御飯は肉じゃががいいなぁ」

「食べればいいじゃない」

「阿武隈の肉じゃが食べたーい」

「なんであたしが……」

「って那智と話してたんだよね」

「……」

 

 ふふん、尊敬する那智の要望とあらば断れまい。

 

「……材料費折半だからね!!」

「はーい」

「買い出しは川内だからね!」

「うーい」

 

 車椅子だなんだと気を使われることは多い。そんな中、昔馴染みのこの二人はできないところはできないと理解した上で、きちんと対等に扱ってくれる。

 なんだかんだ。一緒にいて気楽なのは、やっぱりこの二人なのだ。

 

「あと阿武隈」

「今度はなによ!」

「プリントのここ、誤字」

「あーうるさいうるさい!」

「カルシウム足りてる? 阿武隈」

「誰のせいよ!!」

 

 あとこいつは弄ってて楽しいし。

 

「牛乳飲まないから……あ」

「胸を! 見て! 言わないで!! 川内も変わんないでしょ!?」

「阿武隈よりはある」

「川内うるっさい!」

「今うるさいのは確実に阿武隈の方だよね」

「いや、お前も十分にうるさいぞ」

「ありゃ?」

 

 ぬっと影が差して上を向くと、呆れた顔で那智が見下ろしていた。

 

「……お前達への苦情が、全て私に来るんだが」

「いつもありがとね!」

「……はぁ」

「元気だしなって、阿武隈が肉じゃが作ってくれるって」

「それは、楽しみだが」

「だってよ! 阿武隈!」

「え、ま、任せてください!!」

「うむ」

 

 やいのやいのとやっていたら、ホント、仲いいですよねと同僚が苦笑いしながら声をかけてきた。

 

「仲良くない! 川内とは!!」

「仲いいかなぁ」

「ただの腐れ縁だ」

 

 同時にバラッバラな言葉を返すと、それを聞いて彼女はまた苦笑しながら授業、遅れないでくださいねと言葉を残して教務室を出て行った。

 

「あ、やば!」

「あたし次休み」

「同じく」

「くっそ、川内のそういうところがムカつく!」

 

 バタバタと慌ただしく授業の準備をして出て行く阿武隈の背に手を振る。

 

「……あんまりいじめてやるな」

「えーいじめてないって。愛情表現だよ、愛情」

「歪んだ愛情だな」

「今に始まったことじゃないでしょ?」

「そうかもな」

 

 家族を失って人との関わり方がよくわからなくなったあたし。物心ついたころには親を亡くしていた戦争孤児の那智。大切な家族のため、あえて一人孤独な道を選んだ阿武隈。きっとみんなどこかちょっと歪んでいる。でもまぁ、なんだっていいじゃん。

 

「那智、今から重要な事を確認するけど」

「なんだ」

「あたし、肉じゃがは牛肉派なんだけど」

「……そうか、いいんじゃないか」

「やったね、那智の無益な争いをしないスタイル好きだよ」

「阿武隈が作ればなんでもうまいだろう。それに、酒が飲めれば肉の種類はこだわらん」

「……おっとぉ?」

「なに、心配するな。酒は自分で買っておく」

「いやその心配はしてなかったなーっていうか……」

 

 こんな生活も、まぁ。悪くはないんじゃないかなぁと思える自分も、嫌いではなくなってきたんだし。

 


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