世界の片隅の、とある艦娘達のお話   作:moco(もこ)

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飛龍蒼龍による呉所感と所により赤ツェペ



呉、規律厳しいっていうけどそんなことないよね(呉鎮守府)

「いや~実際来てみたら呉、そんなに厳しくないよねぇ」

 

 茶碗に山盛りになっているお米をひょいひょいと口に運びながら何の気なしにそう話題を切り出す。うん、ここの食堂も悪くないんだけど和食だけは鳳翔さんの味が恋しくなるのよねぇ、この差はなんだろう。

 

「あー、ね。むしろあっちのが厳しかったよね……」

 

 そう言って遠い目をするのは向かいに座る蒼龍。普段からあまり量を食べない彼女はすでに箸を置いてお茶を飲んでいた。

 

「別にここの訓練だって簡単なわけじゃないけどさ。全然鬼軍曹! って感じの人いないし」

「ね、確かに艦種で上下関係はあるけど」

「穏やかなもんよねぇ。いやぁ、陽炎さんに騙されたわ」

 

 駆逐艦の娘から飛龍さん、とキラキラした目で話しかけられるのはまだなれないけれど。飛龍さーんとニヤニヤと楽しそうに呼んでいた某駆逐艦娘の二人を思い起こす。あれに慣れているとどうにも、その。純粋な好意を向けられるのはむず痒い。……私もしかしてスレちゃってる……? 

 一抹の不安を抱えつつ味噌汁を啜っていると、今まで黙って私達の会話を聞いていた龍驤さんがいつのまにか手を組んでテーブルに肘をつき──徐に口を開いた。

 

「……キミ達」

「はい?」

「キミ達はまだ、この呉鎮守府の闇を知らんだけやで……」

 

 重々しい雰囲気でそう静かに言い放つ彼女に、蒼龍と二人してごくりと唾を飲み込む。この呉鎮守府は先の大きな作戦でベテラン層が結構な人数脱落していったため、今現在は比較的新人の艦娘が大半を占めている。その中において、ヌシって呼んでもええで、とふざけて自分で言うくらいには彼女は古参だった。

 その彼女がこう言うのだ、一体なにがあるのだと黙って続きを待つ。

 

「キミ達はな、恵まれてるんやでホンマに。せやな、今からそれを見に行こうか」

「今から?」

「それ?」

 

 時計を見て立ち上がった龍驤さんに二人して問いかける。トレイを抱えながらこちらを見返す彼女はふ、とどこか達観気味に笑った。

 

「地獄の水雷戦隊演習や」

 

 

 はーい、二名様ごあんなーいといつの間にか用意した旗をひらひらさせながら龍驤さんが先導する。水雷戦隊っていうなら駆逐とか軽巡の訓練かなー、まぁあの艦種って血の気多いもんね、と前の訓練所の面子を思い起こす。うん、全員体育会系だし。きっとここもそんな感じなのかな、と想像しながら歩いてていると、バッシャア! と思いっきり水をぶちまけるような音が辺りに響いてぎょっとする。ちょいちょい、と指でその音の発生源を示す龍驤さんにつられて建物の影からそぉっと覗けば、そこには川内さんがいて──彼女の手に持っているバケツからはぽたぽたと水が垂れていた。そんでもって。

 

「──立て。誰が寝ていいって言った、許可なく膝をつくな」

 

 普段より二オクターブは低く鋭く響く彼女の声。そしてその前には先ほど形成されたであろう水たまりに浮かぶ屍……うん、ゾンビ。地面に倒れ込んで伸びる者、半分意識を飛ばしながらどうにか立っているていの者、体を起こそうとして手をついたもののうまくできず、呻く者……全員一様にしてずぶ濡れである。え、なにあれ怖い。

 

「十秒以内に全員立て。できないなら単縦陣での之字運動五十回追加」

 

 いち、と数え始めた彼女に意識がある娘が慌てて倒れ込んでいる娘を助け起こす。それを冷めた目でみている川内さん。九、まで数えた頃、ようやく全員がよろよろながらも立ち上がった。

 

「駆逐艦が許可もなく膝をつくな。足しか取り柄がないんだからさぁ、戦場で膝ついたら死ぬよ? 自殺願望でもあんの?」

 

 な、なんだろう、なんかあれ。うん、私軽巡なら天龍さんのがいいな! かっこいいー! とおだてるとしょーがねぇなァ!! と張り切って色々やってくれた某軽巡洋艦を思い起こしつつ、息をつくのも忘れてその場を見守る。ちょっと蒼龍震えないでよみつかっちゃうでしょ気持ちはわかるけど。

 

「今度無様に膝をついたらあたしが介錯してあげる、深海棲艦にやられるよりいいよね。恥晒さない分」

 

 にっこり笑ってるように見えるけど薄ら寒さすら感じる。心なしか駆逐の娘も震えて──まって頭に氷のってる、ぶちまけられたのって氷水……? 

 

「あと巻雲」

「ひゃ、ひゃい!!!」

 

 名前を呼ばれた女の子が飛び上がって返事をする。かつん、かつん、と靴音高く彼女に歩み寄る川内さん。それを固唾を飲んで見守る我ら二航戦と龍驤さん。かわいそうに、ガタガタと怯えて目には涙がたまっている……って、あれ。

 

「ん」

 

 徐に。川内さんは巻雲ちゃんの頭をぽん、ぽんと軽く叩いて。

 

「じゃーかいさーん」

 

 そう言い残して、手をひらりと振って去っていった。一瞬の静寂。そして。

 

「……ま」

「巻雲が川内さんから頭ポンポンもらったぞぉ────!?」

 

 ど、っと急に騒がしくなる。それはとてもさっきまで屍と化していた彼女達とは思えないほど、異常なまでにハイになっていた。

 

「なんで!? なんで!?」

 

 一緒に訓練していたうちの一人ががっくんがっくんと巻雲ちゃんを激しく揺さぶる。

 

「へぁ!? え!? なん……!?」

 

 本人も絶賛大混乱である。眼鏡が振動でずり落ちていくのにも気づかないようだ。

 

「赤飯もってこぉおおぅえ!!」

「叫びながら吐くな膝をつくなバカ嵐!! 今ついたら殺されるわよ!!」

 

 阿鼻叫喚。それを見ていた私の中にふとその言葉が浮かんだ。私の下でしゃがんで様子を見ていた蒼龍が、ナニアレ、コワイと呟く。

 

「あれがうちの日常やで」

 

 少し離れたところにいた龍驤さんが呟く。

 

「ちなみに川内の訓練は人気ナンバーワンや。理由はなんか癖になる、や」

「待ってそれなんかヤバイ」

「次は神通やな、理由はさすが川内さんの妹ッス! や」

「川内さんに対する謎の崇拝感……!」

「まぁ軽巡も次の世代に入れ替わっとる中、川内はそのメンツの中心的存在みたいなとこあるからな」

 

 そう言って建物の壁に寄りかかって龍驤さんがふ、と息をついた。

 

「ここはなぁ、新人すら練度もまともに上がらんまま前線に放り出されることが日常茶飯事なんや。せやからな、皆、ああして戦場で死ねへんよう厳しくしてくれてるのがわかるんやろな」

 

『──呉では質より量です。前線を支えるためには、ある程度数が必要ですから。……結果的に残っていく娘の質が上がっていく、そういう環境です』

 

 不知火さんが別れ際に私達に送った言葉を思い出す。

 

『決して艦娘をないがしろにしている環境ではないと思います、それでも。……おそらく仲間の死別を最も多く経験する場所ではあるかと思います。……お元気で』

 

 そうだ、そういえば彼女は駆逐艦だった。最も多くの仲間が死んでいくであろう艦種。仲間を守るため艦隊の目となり盾となる彼女達は、その装甲の薄さも相まって死んでしまう確率がどうしても他の艦種より高い、それでも。それでも最後まで仲間のために体を張って守ろうとする、勇敢で頼もしい仲間達。

 

「キミ達は、まぁ。そこそこ練度を上げてもろうてここに来とるからな。感謝しぃ、訓練所の提督に」

「それは、まぁ」

「……理解してる、つもりです」

 

『あー、彼女達の艤装調整中に謎の爆発が起きたのでもう一ヶ月くらい遅れます。……うん、なんですか、よく聞こえませーん、電話の調子が悪いなぁ』

 

 さすがにそのあしらい方はどうなんだ、とは思ったけれども。私達の艤装を最後まで念入りにチェックして、特に私の艤装は他の娘と異なるから、とおやっさんのお弟子さんである艤装技師の彼まで一緒に送り届けてくれた。実際こっちに来たときにそれを見せたら、ここの艤装技師には私の艤装回路構造がちんぷんかんぷんだったようなので大いに助かっている。

 恵まれていると思う。大事にしてもらったと思う。あれを見たあとじゃ可愛いもんだと思えるけれども、それでも毎日厳しく、時には本当に殺されるのではないかというくらい実戦さながらの訓練をしてくれて。それでもって最後に二人で伸びていると氷で冷やしておいた冷たい缶ジュースを笑いながら寄越してくれるような人達だった。

 ……元気かなぁ、まだこっちに来てそこまで時間は経っていないけれど、無性に会いたくなってしまった。手紙、だそう。

 

「あとな」

「?」

「空母も昔はああやった」

「マジですか」

「マジやで。赤い悪魔は仲間でも容赦なかったからなぁ」

 

 赤い悪魔。それがどうやら先代の赤城さんらしい、ということをようやく最近知った。食いしん坊だったんだな、くらいしか思っていなかったけど、悪魔と呼ばれる所以はどうやらそれだけではないようである。

 

「笑顔のままえ、できないんですか? そんなことないわよね、だって私はできるものって」

「うわぁ……」

「あいつはナチュラルボーンドSやった……ホンマ、キミ達恵まれてんで。そないにのんびりやれてんのは今の赤城のお陰やからな」

 

 そう言って龍驤さんが表情を緩めた。

 

「訓練の質は変わっとらん。あいつも先代の背中見とるからなぁ。それでもキミ達がのびのびやれてんのはな、あいつのお陰やで。褒めて伸ばすのがじょーずやからな」

 

『すごいわ』

 

 そう言えば、そうだ。どんなにヘロヘロになっても赤城さんは最後によくなったところを褒めてくれるから。だから、あんまりしんどくならないのかもしれない。

 人をよく見ている人だと思う。大人数で訓練をしてても一人一人きちんと見守って、それぞれに指導して。そして最後には朗らかな笑顔と共に褒めてくれる、そんな人だった。

 

「いやー、キミ達にも赤い悪魔の指導見せてやりたかったなぁ。比較的優雅と言われとった空母全体が軍隊アリのようでな」

「……」

「訓練でうまくいかへんかったやつはヤツに飯を食われる。米粒ひとつ残さんやつやったからな、そら皆必死やったで。あ、そうそう……」

 

 

「……あの、飛龍、蒼龍?」

 

 これは、なんなのだろう。ちょうどグラーフさんが資料室に行くからもし手が空いてたらつきあってほしいと言うものだから、二人して廊下を歩いていたのだけれども。

 

「動けないの、だけど……」

 

 ちょうど廊下の向こうの曲がり角から二人が現れたと思ったら。ひっしとしがみつかれてしまった。

 

「一生ついていきます!!」

「改二戊艤装きてもそのままのあなたでいてください!」

 

 赤城さんでよかった! 赤城さん大好き! とかなんとか言いながらがっちり二人にホールドされて動けない。……ええ、と。どうしましょうか……。

 

「……アカギが困っているだろう」

 

 ぽん。二人の肩にそっと手をかけて、ゆーっくり力を入れながらグラーフさんが二人を引き剥がしにかかる。最初は人に触れるのを極端に怖がっていた彼女だけれど、最近はこうやって少しずつ私以外の人にも触れられるようになってきた。それでも、艦娘になって以来ほとんど人と接触してこなかったと言う彼女は、相手を傷つけないように慎重に、優しく触れるのだけれど。

 

「ああー」

「ごむたいなー」

 

 ようやく二人が離れて身動きができるようになり一息をつく。それにしてもなんだったのかしら。

 その後他愛もない世間話をして二人と別れた。期待の新人といえど、まだまだ年頃の女の子だ。思わずくすくすと笑っていると、隣にいたグラーフさんがぼそり、と呟いた。

 

「アカギは人たらしだな」

「あら、やきもちですか?」

 

 すかさずからかう。お互いに肩の力が抜けてきたこともあり、こういった軽いやり取りは日常茶飯事となっていた。

 

「……」

 

 ただ、最近は私が結構やり込めていたからか、中々隙を見せてこない。私の言葉にじっとこちらを見やるその瞳からは残念ながら胸の内は察せなかった。

 

「わ、ちょっと、なに……!?」

 

 そうかと思ったら、にゅっと手を伸ばしておもむろに私の頭をわしゃわしゃと撫でた。突然のことにびっくりしていると、ぼさぼさ頭になった私を見てグラーフさんが表情を緩めながら。

 

「……変な顔だな」

 

 そう呟いて先へと歩き出す。人の頭をぐちゃぐちゃにしておいて、それはないでしょう。

 

「もう! グラーフさん!!」

 

 その後を抗議の声をあげながらついていく。

 

「髪は女性の命なんですよ!」

「そうか」

「聞いてますか、もう!」

 

 最近私の扱いが雑すぎる。他の人には礼儀正しいのに。それだけ打ち解けたのかもしれないけれど、それにしたって限度というものがある。ここで一度しっかり怒っておこうと思い色々と言ってみても暖簾に腕押し。うう、これじゃ一航戦赤城としての威厳が……とまで考えて落ち込みそうになっていると、先を歩いていたグラーフさんがふと立ち止まって振り返った。そして。

 

「悪かったな」

 

 いつになく優しい声音で。先ほどとはうって変わって、まるで壊れものでも扱うかのように、繊細な手つきで私の髪に触れてきた。

 彼女の指先が自身の髪を優しく、ゆるやかにすいていくのを感じて、思わず固まる。

 

「……ああ、そういえば辞書を置いてきてしまったな」

「……」

「取りに戻る、悪いが先に行っててくれないか」

 

 そうして一通り私の髪を整えたと思ったら、そう言い残して彼女は去っていった。

 

「おう、赤城。こないなところでつったってどうしたん」

 

 しばらくそこに立ち尽くしていると、後ろから陽気な龍驤さんの声が聞こえてきた。

 

「……か」

「か?」

 

 ひょっこりとこちらを覗き込んできた彼女に対して。ようやく言葉を捻り出す。

 

「顔がいいのって、ずるいと、思うんですよっ……!」

「ちょ、キミィ! どうしてん! 顔真っ赤やで!!」

 

 よく笑うようになったと思う。普段はやっぱり静かだし、無表情に近いときも多いけど。それでもどことなく表情が柔らかくなった気がする。

 ただ、だからこそ。お願いだから、そんな至近距離で。そんな表情は見せないで欲しい。

 

「……心臓、二つ欲しい」

「なに!? なんて!?!?」

 

 どうにもこうにも。私の心臓が、もちそうに、ないから。

 

 


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