暗い話注意。
いつ弟が弟になって、私が姉になったのか、明確なきっかけはない。
それは差し出した指を握り返してくれたときかもしれないし、子供二人を育てるのが大変になったこの世の中で、弟がいることをみんなが羨ましがったことで、弟がいいものであると感じたときかもしれない。
弟は可愛かった。
いつだって目を輝かせて、私の後をついてきた。
私のことが誰より大好きだって言って、私が分けたものは何でも喜んだ。
あんまりにも可愛かったから、私の衣服できせかえを楽しんで、それがまあ、私の趣味の始まりだった。
親がいない家の中で、私は弟の姉であり、母であり、父であり、友達でもあった。
弟にとって、私はすべてだったと思う。私にとってもとても大きな存在だった。
でも、少しづつ成長して、弟は私でできた部分を少しづつ入れ替えていって、でも、私は変わらないままで。
憧れだった声優になって、親元を離れることになった。
それがきっかけで、距離ができるのが嫌で、ゲームに誘った。
それがユグドラシル。
私は異形種のスライムを選択した。
それは声優ということで、少なからず女性である面を生かして働いていた日常への反発でもあるし、弟が思春期に入ったときに異性である私と距離を取りたがったことも小さくないだろう。
ゲームは面白かった。
異形種ということで異形種狩りの被害にあうことも多かったが、逆にそれが助け合いの必要があって、硬い結束があった。
ゲームの距離感で仲良い関係のままでいられるようになった。
夢のために頑張れる日々。
家族と楽しく遊べる日々。
なんて満ち足りているんだ。
そう思っていた。私は幸せだ。
――ああ、私は、幸せ、だった。
**
……どうして、こうなったんだろう?
――弟が、テロに巻き込まれて死んだ。
世界が、瓦礫のように崩れるのを感じた。
葬式をして、整えられた死体を見て、それがあまりにもきれいにされていたものだから、人形にしか思えなかった。
だから、見送っても、燃えた骨を埋めても、父が、母が泣き崩れても――私は納得がいかなかった。
**
ユグドラシルにログインする。
今は誰にも会いたくなかったから、朝の5時にログインした。
社会人であることが加入の条件であるアインズ・ウール・ゴウンは夜型の人間が多い。
2時・3時だとまだ人がいる。
でも、朝が近くなると流石にみんな眠りにつく。
私は声優。いろんな役をやった。
演じて、キャラになりきって、理解できないことを頑張って理解しながら演じた。
私は幼いキャラを演じることが多いから、そういう役をやったことはなかったけれど、今なら理解できる。
大切な人を失って、外道をもって生き返したいと願うものの気持ちを。
彼らは理解しているのだ。
死んだものは生き返らない。
でも、納得していないのだ。
大切なものがもう失われて戻らないなんて。
だから、娘を失った父親が、娘に似たパーツを持つ女の子を襲って体を奪うのだ。
失われたものをつなぎ合わせれば、またもとに戻るのではないかと思って。
だから、私の行うことは、ふつうのコトなんだ。
私の目の前には可愛らしいダークエルフの男の娘。
プログラムされたどうりに創造主の訪れに微笑むかわいらしい子。
その笑顔は、どこか幼かった弟のことを思い出す。
「ごめんね、ごめんね……」
ああ、みんなと生み出したキャラを、弟と楽しく語り合って、生み出した子を。
モモンガさんが、NPCはみんなで生み出した子供ですね、といった言葉を思い出す。
でもね。
でもね。耐えられないんだ。
『黙れ、弟』『馬鹿かお前は』
そんな風に言ってたのに、そういう相手がいないという事実に。
設定ウインドウを表示させる。編集を選択。
今の設定の最後に、改行をいくつも重ねる。
誰にもばれないように。
こんなに辛いのだ。ギルメンにだって知ってほしくない。
嘘。
追求されたくないだけだ。
なぜペロロンチーノは来ないのか? そう聞かれたくないだけだ。
『ペロロンチーノの生まれ変わりであり、前世の記憶を持っている』
そう書き込んでから始める。
弟の性格を、言葉を、記憶を刻んでゆく。
正確に描けば弟が生き返るんじゃないかって、本当になるんじゃないかって、そう思いながら打っては消して、書き続ける。
**
「ほ、ほんとに辞めちゃうんですか?」
「うん、ゴメン。最近大きな役を貰えそうで、仕事に専念しなきゃ駄目なんだ」
「そう、ですか。でも、脱退扱いにはしませんから、いつでも戻ってきてくださいね」
「うん。モモンガさんありがと。じゃあ、装備、預けてくね。――困ったら、売ってもいいから」
「売りませんよ。――絶対」
マーレの設定を書き換えたその日の夜、モモンガさんにあって、ユグドラシルをやめると告げた。
やまいこさんも餡ころもっちもちさんも私を引き止めたけど、私はやめた。
弟はユグドラシルであの時までと同じく幸せに生きている。
――私がログインしないから会えないだけで。
**
仕事は楽しい。
キャラを演じている間は、私ではなく、その子になる。
胸の底に感じるジリジリと焦がしつづける苦しみとは無縁になる。
最近、不快な話を耳にしてしまうことがある。
ユグドラシルが終わるというニュースだ。
見なかったことに、知らなかったことにする。
ユグドラシルがなくなるということが何を意味するのか。
それを、考えないことにする。
なのに、なのに。
『せっかくユグドラシルの最終日なのだから最後は一緒にいませんか?』
なんでそんなことを私に言うの?
大切な仲間からのメッセージが私に突き立てられる。
ぎりりと歯ぎしりする。
ユグドラシルが終わる。
その時、私の弟はもう一度死ぬのだ。
その瞬間に立ち会う? 無理だ。
それに、会えば聞かれる。ペロロンチーノさんは元気ですかって。
私に答えろと言うの? モモンガさん。
「ぁあぁぁぁっ!」
怒りに、部屋の中でカバンを振り回す。演じたキャラのフィギュアが、グラスが壊れる。
関係ないと叩きつける。
怒りで、感情をごまかして。
弟はいない、弟はいない。
外にはいない。だから、テロで死なない。
ユグドラシルにはいない。だから、ユグドラシルが死んでも弟は死なない。
じゃあ、弟はどこに?
私は部屋に飾ってあった写真立てを抱きしめた。
弟は、どこにいれば幸せになれたんだろう?
**
「あ、そういえばモモンガさんアルベドの胸を揉んだってほんとですか?」
「……まあ、ほんの少し」
「めっちゃ揉まれたって言ってましたよ」
「………ほんのちょっと多めにもみました」
「わー、セクハラ上司ですね!」
「うわーーー! タブラさんごめんなさい!!」
この落差。
夜にも一話投稿します。
中々更新できずすみません。期待するのは?
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ダイジェストでもいいので完結
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別に書いているのが終わったらしっかり更新