トラックに轢かれたけど転生とかはしなかった。   作:PRD2

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一年ぶりに投稿するのに主人公が出ない……。
ともあれ後日談……というなのサブ主人公活躍回です。
ぶっちゃけ次回予告詐欺です。
戦闘シーン読みにくいのは許して……。
一年更新しなかったの半分くらいそれのせいだから……頑張ったけど、もう適当でいいやって感じになりました。あとパロネタが多いのとか必殺技ダサいのも本文が二万五千文字あるのと文体が安定してないのも許して下さい。
それでも良ければ、暇潰しにどうぞ。

※あんころ(餅)さん。
誤字報告ありがとうございます。



後日談 2-1

 その日、『剣山昴』は最悪の気分だった。

 

 始まりは朝。昴が百均で買った目覚まし時計を寝ぼけた眼でぼんやりと見詰め──そして秒針が動いていないことに気づいた時だった。

 的外れな時刻を指す盤面から目を離して携帯の画面を見れば、既に時刻は一時間目の始まりを過ぎる頃で、昴は電池の切れたポンコツ機械を燃えないゴミに投げ入れた。トースターの中でパンが焼きあがるのを待ちながら、このまま学校サボって寝ようとしたが、今日が黒髪おさげな眼鏡委員長──風の学級委員に先日より何度も勧告されていた文化祭の話し合い当日だと気付き、嫌々ながらパンを口に咥えて早歩きで登校し──数分後にはそれを後悔することになった。

 ──初夏の日差しを受けて汗水垂らして坂を歩けば、紙袋一杯に缶ジュースを入れたご婦人による絨毯爆撃に足を取られ。

 ──やたらと白い猫にビンタされてヤケを起こした三毛猫に爪を立てられ、制服のズボンがダメージ風にリニューアル。

 やっとの思いで到着した学校では草臥(くたび)れたスーツを着た担任教師から遅刻の注意と放課後の黒板掃除を任命され、昼休みに購買に行ってから財布を家に忘れた事に気付き、項垂れて教室に戻ろうとすれば清掃の用務員が転んでぶちまけたバケツの水が直撃し、遅刻の注意をしに来たはずの委員長から「えっと……こここれが本当のクリーンヒット! みたいな……ごめんなさい今のなしです」という有り難いお言葉を受け取ることになった。

 結局放課後まで体操着で過ごし保健室で制服を乾燥させた後も、不機嫌オーラを放出していた昴と廊下の角でぶつかった新任の女教師から絶叫されたり、校庭で青春を謳歌する野球部員からファールボールが飛んできたり、今朝の三毛猫が再度突っ込んできたり……と、幸運の女神ご乱心かよと思わんばかりの不幸ぶりに辟易とする一日だった。

「──っ、あーイライラする……なんだ今日は? 厄日か? 喧嘩売ってんのか神様この野郎ぶっ殺すぞテメェ……」

 くすんだ金髪を苛立たしげに掻きながら、昴はそう独り()ちた。

 斯くも人の不幸とは続くものか。

 どこぞの幻想を殺す系主人公の如き不幸ぶりに嘆きの声をあげども、その問いに答える者はなく。

 胸に溜まった理不尽に対する怒りを吐き出しても、誰にともなく──或いはいるとも知れぬ神様的な者への怨嗟の声は空気に溶けて消えるだけだった。

「ついでに冷蔵庫になんもねぇし……食ったの俺だけど」

 人気の少ない公園のベンチの背もたれに腕やら頭やらを載せ、カップ麺の入ったビニール袋を無造作に置く。

 この調子で料理でもしようものならガスコンロが爆発して借家が吹き飛びそうでならない。昴は夕飯はコンビニ飯と洒落込むことに決めた。その辺の融通が利くから一人暮らしは楽だよなぁ、と現状を無理矢理ポジティブに切り替えてはみるが、返って薄ら寒い気持ちが胸を突くだけ。

「………………はぁ」

 ──ふと空を仰ぐ。

 日も暮れだして空が山吹色に変わるのを眺め、既にそんな時間になっていた事に愕然とする。楽しい時間は早く過ぎていくとよく言うが、その逆が真であるとは限らないらしい。次第に色を変えていく空を見上げながら、昴はおもむろに呟いた。

「進路、ミスったか……」

 

 

 ──剣山昴は不良である。

 素行不良の喧嘩上等、拳で屠った男どもは数知れず。

 夜な夜な闘争を求めては路地裏に入り浸り、誰彼構わず吹っ掛ける。暴走族もヤクザもなんのその、前に立つなら受けて立つ。

 孤高にして不屈。理不尽にして無敵。

 悪鬼羅刹も頭を垂れる。誰が呼んだか知らないが、付いた渾名は“壊し屋スバル”。

 ──そんな本人も知らない噂と真偽不確かな伝説が勝手に広まったのは、中学の初めの頃だったか。

 悪鬼とか羅刹とか見たことないんですが、という主張に耳を傾ける者など居らず。

 代わりに話を聞きつけた悪人面のお兄さんが「来ちゃった……♡」と言わんばかりに廃材片手にメンチ切ってきたり、首元からのぞく刺青がステキなおじさんが就職案内(鉄砲玉、終身雇用付き)のご挨拶に来たり、ギラギラに光ったトラックが来世にご案内とばかりに突っ込んできたり──今日一日にも勝るとも劣らない日々を思い出す。

 治安が悪いとかそういうレベルじゃない。

 昴の周りだけ世紀末、あるいは奇妙な冒険が始まりそうな雰囲気だった。

 そんな地元が嫌になって上京を決意したのが中三の頃。

 卒業までの残りの一年弱を全て勉学に費やした結果、昴は晴れて東京の(自称)進学校に入学した──までは良いものの、思春期の半分ほどを喧嘩などに費やした愚か者に高校デビューなんて出来る筈もなく、入学式から三ヶ月ほど経った現在においても友達なんて言える者は一人も出来ていない。

 一応舎弟は三人出来たが、友達というよりは子分みたいな物──というか昴本人が望んだものですらない。何度も固辞しても、土下座を敢行しながら迫ってくるハゲとモヒカンとリーゼントは半ば凶器だった。精神的な意味で。

 

 閑話休題。

 

 ……浅はかだったんだろうな。

 朱に交われば赤くなる。

 その言葉の通りなら、都会の成績の良い学校に行って彼らと混じってしまえば、以前の昴から変われると思っていた。

 だが現実は非情である。

『変わる努力』をしない者に、変われる道理はなく。

 環境が変わったとしても、それに適応できるかは自分次第なのは当たり前で。

 ──元より流れから外れた半端者の昴に、そんな器用な事は出来る筈もない。

 その結果が、今の現実。

 素行不良。成績不良。ついでにボッチ。

 どこに出しても恥ずかしくないほど──『不良(もう少しがんばりましょう)』の高校生である。

 

 

「……空はこんなに赤いのに、お先は真っ暗。あー世界滅びねぇかなぁー」

「──何を物騒なこと言ってるんですかねこの不良様は。よほどお巡りさんのお世話になりたいようですね」

 世界を赤色に染め上げる夕焼けに、自棄を起こしたような声をあげていると、返ってきたのは少女の声だった。聞き覚えのあるその声の方へと視線を向けてみれば、そこには考えていた通りの姿があった。

 年齢のほどは十歳弱といった背格好の、黒髪の少女だった。肩まで伸ばした髪に、伸びた前髪から片方だけ覗く赤いつり目が特徴的な子供。そしてそれよりも特異なのはその格好だった。

 魔女帽子──被ればクラス分けしてくれそうな、つばの広いとんがり帽子に、風もないのに棚引くマント。右手に持っているのは明るい色をしたプラスチック……のような材質で出来た黄色い杖だろうか。子供が握れる程度の細さからCD程度の大きさに、まるでラッパのように広がっている。

 そして左手には何故かその格好に不釣り合いなタブレット端末を持っていた。そこそこ大きめに『I.C』とどこかの会社名のロゴの描かれた端末は、彼女が持っていれば自撮り写真用のカメラにも見える。

 ──端的にいえば、魔法使いのコスプレをした少女がそこにいた。

「……コスプレ幼女か、相変わらず愉快な格好だな。なにそれ、アニメのキャラか何か?」

「全く失礼ですね。これは最新にして新時代の魔法使い──つまりは私のオリジナル衣装です。そして私は幼女ではない、もう13才になりました」

「中坊で魔法少女の真似かよ……まあ、変に似合っちゃいるけどな」

「魔法少女ではありません、あのような半端者どもと一緒にされては困ります。いいですか? 我ら魔法使いは科学の支配するこの世界において、しかしそれらとは起源の異なる技術──つまりは『魔法』を扱い不断の努力と研鑽において超常を成しうる数少ない人種であり、魔法少女などという借り物の力によって事を成すような者達とは一線を画す存在なのです」

「へー」

「確かに我々も体内魔力(オド)の総量によって出来ることは多少変わりますしそういった意味ではお母様とかは紛れもなく天才なわけですが、魔法使いの真価とはいかに巧みなアイディアを見つけるかあるいは体外魔力(マナ)を我が物にするか、そしてそれを成しうるための研究と努力に腐心出来るかに掛かっているわけでして、それらを自らの研鑽以外の所から引っ張ってくるような魔法少女などという存在は魔法使いとは言えず、寧ろ『魔法使われ』とでも呼称すべき集団なのです──分かりましたか」

「なるほどなー──凝った設定だな」

「設定とか言わない!」

 地団駄を踏みながら奇声をあげる少女を、適当に宥める。中学生なのに難しい言葉知ってんなーと拍手すると、バカにするなとばかりに右手の杖で殴りかかってくる……が、そこは子供の力、何度殴られても痛くも痒くもないので適当に謝っておく。

 彼女は数日前から話すようになった、この辺りに住んでいる子供らしい。寂れたシャッター通りの一角にあるやたら胡散臭い占いの出店で、昴に何やら意味深な台詞をかけてきた所を無視したら半泣きになってすがり付いて来たのが出会いの始まりである。周りの老人達の反応を見るに、親の手伝いか留守番か何かなのだろう。水晶玉に片手をかざしつつ、もう片方の手で机の下にある、膝にのっけたタブレットをチラ見してそれっぽい占いをする器用な子供だ。

「折角心配して声をかけてあげたというのに、全くの無駄骨でした。迷惑料を要求します」

「勝手に話しかけて迷惑料要求とか、質の悪い当たり屋かよ……まぁ、ジュースぐらいなら奢ってやるよ」

「ほう、殊勝な心掛けですね。その行いに免じてオレンジジュースで手を打ちましょう」

 子供舌だな、などと思いながら適当な自販機でコーラとオレンジジュースを買う。ガタガタと予想よりも大きな音をたてて落ちてきたオレンジのペットボトルを彼女に投げて渡すと、器用にキャッチ。そのままベンチに座って両手で持ちながらこくこく喉をならし始める。

「ぷはーっ……それで、今日は一体どのような悩みがあるのですか? あの辛気くさそうな顔を見るに、よほど不幸な事があった見えますが」

「……変なところで勘がいいな、魔法使い」

 勘が良いというか、聡いというか。

 あるいは()()()()()とでも言うべきだろうか。

 どうしてか彼女と会うのは、昴が暇をもて余している時か、愚痴が言いたい時ばかりだった。彼女曰く『全ては予言書に記されし運命』らしい。

「こちとら伊達や酔狂で魔法使いやってる訳ではないですから。迷える者を導くのも魔法使いの役目の一つです……まあ、現代の魔法使いは、あんまりそういうの興味ない人多いですけど」

 そう溜め息を吐く彼女は、随分と残念そうだった。

「魔の深淵、あるいは真実、根源、……そんなもの解明したって、大して意味のあるものではありません。意義はあっても意味はないといいますか、科学で例えるなら素粒子より役に立ちませんし量子力学くらい扱いにくいです。そんなことよりも、誰かのためになることをすることが、超常を統べ人々を導く魔法使いに相応しい在り方ではないでしょうか」

「…………よく分からねーけど。結構考えてんだな」

「設定ではありませんよ?」

「まだ何も言ってねーだろ」

 言葉では茶化しながらも、彼女の言葉に昴は素直に感嘆した。

 ──脳裏に、女の姿が過る。

 昴よりも背の高い、茶色の短髪で引き笑いが特徴的な、勘に障るしゃべり方をする猿みたいな女であり──昴の恩人。

 人間として腐っていた昴を情け容赦なくボコボコにして実家に叩き込んできた挙げ句、その後もパシり紛いの手伝いをさせられたのを思い出すと今でも寒気がするが……少なくともそのおかげで昴は、今ではそこそこマトモに生きている。

 けれどそれはその女に無理矢理強制──もとい矯正させられただけで、彼自身に何か目的があって生きているわけではない。取り敢えず高校は行けば、少しはマシな人間に成れるだろうという打算でしかない。

 ……なら、まだこのコスプレの方が、ちゃんと生きてるのかもな。

 たとえ設定だろうと、そこには信念がある。

 誰かを導くという──尊ばれるべき目的意識。

 ならばきっと年下の彼女の方が、昴よりも余程立派な人なのだろう。

「そう……そして私の名前は後世に伝わり、噂は伝説となりて駆け巡るのです。最新の魔法使いにして生きる伝説、東洋のマーリンとか、日本のソロモン……いや、そういう偉大な者を表す例えに私が使われる日も近いでしょう。『まるで()の偉大なる魔法使い“メイ・キングスロープ・マクガフィン”のような』……ふふふ、考えただけで心が踊りますね……!」

 ……いや、そうでもねぇな。

 とても打算的だった。

 超常の魔法使いを名乗るには、あまりに俗っぽかった。

 メイちゃんのメイはー、魔法使い(メイガス)のメイ♪ とか鼻唄を歌い出す彼女を微妙な顔で見詰めると、そんな視線に気付いたのか偉大なる魔法使い(予定)はハッと目を見開くと。

「……こほん。さあ、迷える子羊よ、何でも相談するのです。私にかかればどんな悩みも朝飯前のお茶の子さいさいですので。ちなみにおすすめは今週のラッキーアイテム占いですよ」

「オススメが朝のニュースレベルかよ……いや、ある意味丁度良いのか? 今日一日、絶望的なまでに運が悪いんだが、どうすれば良くなるか教えてくれよ。偉大なる魔法使いメイ・キングスロープ・マクガフィン様(仮)」

「……改めて言われると、意外と恥ずかしいですねコレ。正直ミドルネームみたいなの要らなかったかも……」

「なんならその格好からして最高に恥ずかしい奴だろ。なにそのずっとウネウネしてるマント、背中に扇風機とか付いてる?」

「こ、このマントは天空の魔王の息吹である『永久に廻りし風(エターナルゴッドブレス)』をお母様が再現して下さった神器──『煽られし外套(スーパーストリーム)』です! 本気出したら、吹き付ける強風によって島の一つ二つは水没させる、凄まじき力を持っているのです!」

「ルビがダサいなオイ」

「─────────────────────────────え。ダ、ダサいですか?」

「あー…………いや、良いと思うぞ。なんか、ほら、ドラゴンボールみたいで」

「そ、そうでしょうとも! ふふふ、お父様と同じ褒め方をする辺り、貴方も中々良いセンスしていますね! それに免じて先程の言葉を許しましょう──さあ、貴方の今日の運勢を占ってしんぜよう!」

「効果が六日くらい縮んでるし、もう一日の後半戦も半ばくらいだぞ」

「そ、その分効果が強いんですっ! さあ我が魔力よ! この者の未来を占い、加護を与えたもう…………」

「…………」

「あ、与えたもう、神器をもってぇ、ふっ、運命の輪廻を、ほっ、くぁっ、見初めたもうっ……」

「マントで隠しても左手でタブレット操作してんのバレバレだからな」

「……ふっ、我が力の本質を見極めるとは、流石予言書に記されし実力者。我が母より賜りしこの神器の存在を知覚しうるとは」

「登場時から左手に持ってる描写があるわ」

「あ、あんまりメタな事を言ってはいけません! ……よし検さ、いえ未来が見えました。今日の貴方の運勢は最悪でどうしようもありませんが、一日の最後にちょっと良いことあるので我慢してください。ラッキーアイテムは赤いステッキ、です!」

「改善のしようが微塵もねぇなオイ。というか今、検索って言いかけたよな? 適当な占いサイトか何かだろそれ」

「けけけ検索だなんてそんなまさか一ミリも言ってませんよ嫌ですね~──読み返すの無しですからね」

「お前もメタ発言してるじゃねぇか」

 一度息を吐き、ベンチから立ち上がる。

 気付けばそこそこ時間が経っていたのか、既に夕焼けは紫色に飲まれ始めていた。夏だからまだ明るいが、もう子供は帰る時間だろう。

「ほら、もうガキは帰る時間だろ、さっさと帰れよ」

「むう……まあ、良いでしょう、私は拠点へと戻るとしましょう。次会うときはサブ主人公的にそこそこレベルアップしてるでしょうから、その時こそ教えましょう──世界の真実を」

「タブレットで世界の真実が分かるとか……世も末だなオイ。まあ、結構良い暇潰しになったわ。気を付けて帰れよ」

 まるで出会った時と同じように意味深な顔をする彼女に適当な言葉を告げながら、夕食のカップ麺の入ったビニール袋を片手に帰路へと歩く。午前の茹だるような熱気の消えたくらい夜道を、ゆっくりと歩く。

 ──最悪な一日ではあったが、自称偉大なる魔法使いの有難い占いによって、沈んだ気分も少しは晴れた。思えば上京してから一番慌ただしい一日だったかもしれない。刺激に溢れた一日だったと考えれば、少しは良い思い出になるだろう。

 どうせ明日も学校だ。

 さっさと帰って寝るに限る。

 代わり映えのしない日常だとか、平穏な毎日だとか、いつまでも続く現実だとか──そういったありふれた日々の応酬が、これからも昴の前に立ち塞がるのだろう。

 世はなべてこともなし──明日も世界は回るだろう。

 そんなことを思いながら、昴は見慣れた夜の住宅街を歩いた。

 

 

 

「世も末、ですか。貴方も大概勘が良いですね。

 わざわざ願わなくても、世界なんてそのうち滅びますよ」

 

 

 

 帰路は随分と静かだった。

 田舎から上京してきた身としては、夏前のこの時期に虫の声が聞こえないのは珍しく感じる。基本どこの道もコンクリートで整備され、街灯のお陰で真夜中でも真っ暗にならない光景に、軽くカルチャーショックを受けたのも懐かしい。

 昴の下宿先は、高校近くの住宅街にある一軒家だ。

 下宿と言っても家主はいない。昴が東京に来る際に、ある人物から無償で借り受けたからだ。本人曰く家に帰るのは半年に一回レベルなので、掃除や管理をするなら勝手に住んで良いとのこと。

 ……メンドクセーからって丸投げしやがって猿女が……。

 住んだ当初、ポストに大量に投函されたチラシや手紙──そして光熱費やら通信料などの請求書を見て、思わず件の女に怨嗟の叫び声をあげた昴を非難できる者はいないだろう。当時ほとんど連絡のつかない彼女が、昴の電話に出たのは奇跡に近い。そうでなければ昴の貯金は今頃底をついていた。

 ポケットから携帯を取り出してみれば、時刻は既に七時過ぎ。よくもこの時間まで何もない公園で暇を潰せた物だと我ながら感心する。明かりの着いた周りの家は夕食の時間だろうか、騒がしい子供の声が僅かに聞こえてくる。

 一人暮しの昴には食卓を囲む家族はいないが、代わりと言ってはなんだがペットがいる。元は小汚い捨て犬でも大枚叩いてトリミングに行かせたのが良かったのか、静電気で埃を拭き取る掃除用品もビックリなほどフワフワになった。それにちなんで『ブラシ』と名付けたが、抜け毛は出るしすぐに埃だらけになるしで、昴の日課に毎日の掃除が増えてしまった。

 居候のせいで面倒が増えたが、あの毛並みの心地よさはは正直悪くない。今頃腹を空かせているだろう。昴はため息も溢しつつ、家まで走って帰ることを決め──。

「──ん?」

 速めた足取りを、即座に止める。

 奇妙な感覚だった。

 まるで真夏の炎天下で、不意に寒波が通りすぎたような。

 あるいは冬の寒空の下から、暖房の効いた部屋に飛び込んだような。

 言語化しにくいその新鮮な感覚を無理矢理言葉にするなら──まるで別の世界に迷い込んだようだった。

 ……なんだ今の。

 周りを見渡してみれば、特に景色に変わりはない。月の光も、夜の暗さも、コンクリートの冷たさも、夏の夜の暑さも変わっていない。

 ──いや、一つ違うものがあった。

 ……声が聞こえねぇ。 

 先程まで聞こえていた喧騒がない。

 家の明かりは依然として点いているが、声だけが聞こえない。喧しい子供の声は嘘のように消えていて。

 まるで人が居なくなってしまったかのような。

 

 刹那。

 風切り音が昴の前を通りすぎ、家屋を囲む生け垣に突っ込んだ。

 

「──っ!!」

 思わず腕を顔の前に構えた。

 轟音と共に砕け散った生け垣の破片が衝撃を伴って飛んでくる。突然のことだったが、構えるのが早かったからか、小さな破片が腕を軽く叩く程度だった。

『──ノヴァ、ノヴァ!! 気をしっかり持つのだ!』

 少年のように幼い声が聞こえ、腕を退かして壊れた生け垣の方を見れば──そこには瓦礫の上に倒れ込んだ人影があった。

 年齢は昴と同じくらいだろうか。すらりと伸びた健康的な白い肌よりも目につくのは、焼き付くような鮮烈な赤髪だ。見慣れない髪色動揺しながら、しかしそれよりも目立つ服装に昴は思わず声が出そうになった。

 そっちの分野には門外漢の昴でも、一瞬で理解できるほどに特異な服装。赤いワンピースをベースにフリルをふんだんに(あしら)い、所々に星の意匠を施され──止めとばかりに近くに転がった、彼女が握っていたであろう玩具のようなステッキ。

 ──魔法少女。

 フィクションの世界から飛び出したような物体が、昴の目の前で息をしていた。

『気絶しては変身(メタモルフォーゼ)が解除されてしまうのだ!! それでは継続回復(リジェネレート)どころか、ノヴァの保護皮膜もなくなって──って、一般人!? ど、どうやって此方側の世界に来たのだ!?』

 目を覚まさない少女に焦ったような声が、次いで昴を見つけたのか驚きへと変わった。信じがたいが、喋っているのはチカチカと光っているステッキだろう。無機物がスピーカーも無しに喋ると言うシュールな光景は、しかし次の瞬間に更に強い驚きによって上書きされた。

「──ふむ、招かれざる客のようだが。しかし此方からすれば望外の僥倖だ」

 地面が、砕けた。

 生け垣の向かいの家からは降ってきたそれは、両足で地面を踏み砕きながら、けれど事も無げに足を曲げて衝撃を逃がし、そのまま直立した。

 それは強いて言うなら、鎧だろうか。

 金属の板のような物が、部位毎に区分けされて人型を形成している。艶消しでもしたのか真っ黒になった人型の鎧だが、全身の間接の部分から赤い蛍光色の障気の様な光が漏れだしていた。不定形のオーラのようなそれは、絶えず人型を照らしながら漂い、どことなく人魂のように不吉な印象を思わせる。

 鎧の頭には人と同じように顔があるが、目の部分はくり貫かれて赤い蛍光色が光り、顔自体もパーツ毎に別たれている。更に側頭部からは捻れた角が前に伸び出し、切っ先を昴へ向けている。どことなく牛のような印象を思わせる装飾だった。 

 鎧は朗々とした男の声で、

「ようこそ招かれざる少年よ、歓迎しよう。まあ持て成しは期待しないで欲しいのだが」

「……なんだテメェら、どいつもこいつ意味不明な格好しやがって。帰り道にコスプレ会場があるだなんて聞いてねぇぞオイ」

「仮装のつもりは無いのだが……ふむ、やはり彼女の援軍と言うわけでは無いようだ。まあ、私はどちらでも構わないのだが」

 コツコツと、硬質な足がコンクリートを叩く。

 ゆっくりとした歩調で鎧の男は昴に近づく。

「こちらの世界に転移してそうそう二人も見付けられたのは幸運だ。サジタリウスもスペアがいれば文句もあるまい」

『──っ!! に、逃げるのだそこの人間! そいつはお前を──』

 鎧の落ち着いた声に、ステッキの焦った声が重なった。

「──頭か胸を揺らせば、大人しくなるか? なるべく加減はするのだが、期待はするな」

 構える暇は、無かった。

 鎧から漏れでた光が閃光のように弾け──まるで砲弾のように飛んできた鎧の拳が、昴の腹を撃った。

 

 その時、人型には確信があった。

 間違いなくこの男──剣山昴は行動不能になるという予測、あるいは自信。

 加減はした、けれど手を抜いたつもりはない。この世界の住人は人型の持つ硬質な皮膚──星鎧を持たず、代わりに弾力のある有機物で構成されている。その内部には体を保つための機関が存在し、今の一撃はそれを壊さないにしろ揺さぶった筈だ。

 そう──“筈”だった。

「……むう?」

 最初に感じた違和感は『感触』だった。

 ──硬い。

 それは人型の硬質な鎧と強靭な腕力をもってして、それでもなお硬かった。柔らかな肉質などではなくもっと別の──それこそ正に自らの鎧を殴ったかのような。

「──オイ、コスプレ野郎。この手は、喧嘩売ってるって事で良いんだよなぁ?」

 男が、静かに口を開く。

 怒気を孕んだ低い声は、まるで何かを抑えつけているようだった。

 抑え、留め──そして決壊する、一歩手前のような声色で。

「なら覚悟しろ。こちとら気が立ってんだ──後悔すんなよッ……!!」

 緩慢な動きだった。

 左腕を振りかぶり、殴りかかるという単純な行為。

 人型は構えなかった。自分の鎧が如何に堅牢であるか知っているし、誇りにすらしていた。恐らく殴りかかった拳は鎧を打ち、しかしその硬さに負けて逆に砕ける事だろう。それは人型にとって間違いようのない確信であり──事実男の拳は鎧に触れてそのまま折れ

 

 直後。

 人型は後方に吹き飛んだ。

 

「──ぬお……っ!?」

 あまりの衝撃に、手足が置いてかれたと錯覚した。

 金属同士がぶつかったような鈍い音が響くと同時に宙を舞っていた。足が数センチほど浮いて、後ろに二、三メートルほど飛んだと言えば大したことのように聞こえないかもしれない──それが二メートル近い身長の鎧でなければだが。体が空中にあると自覚した瞬間に、胸を張るように力を入れて手足を正常な位置に戻さなければ、間違いなく背中からコンクリートの地面に叩きつけられていた。突き出したつま先がガリガリと音を立てて地面を削り、ようやく踵を落とせた時、思わず──呼吸は必要としない体だが──安堵の息を吐いた。

「硬ぇな、コンクリかよその鎧。コスプレにしちゃあ本格的だな」

「……そういう割には、平気そうな顔だが。しかし驚いた、まさか反撃されるとは」

「鍛えてんだよ。殴られるのは慣れてるしな」

「なるほど──ともあれ良い打撃だ。アクエリアスやヴァルゴの星鎧であれば、砕けていただろう」

 感覚を確かめるように手首を回す男の愚痴に、思わず称賛の声が漏れた。堪えたようにも見えないその仕草が、今の一撃が昴の全力ではないと雄弁に語っていた。

 この世界に降りたって間もないため、未知に対して警戒を解いたつもりはない。しかし先ほどまでの戦いが一方的に、こちらの優勢によって終わったためか、知らずの内に侮っていたらしい。

 人型は認識を改めた。

 眼前の男は──自らを倒しうる脅威であると。

「任務であると理解はしているのだが──不覚にも、昂るな」

「気色悪いこと言ってんなコスプレ野郎っ──!」

 完全に夜の帳が落ちた町中で、喧嘩の火蓋が切られた。

 

 

 昴は言葉と共に駆け出した。

 右腕を振りかぶりながら人型へと狙いを定めて走る姿を眼で追うのは難しくない。

 大振りな動作は紛れもなく殴打の予兆。当たれば今度こそ人型の鎧が砕けるかもしれないが──それ故に対応も難しくない。

 人型は昴に対して半身に構えた。左半身を前に腕を軽く突き出した構えに、昴は吶喊する。

「オ、ラァァッ!!」

 威勢の良い声と共に、突き出した右こぶしの狙いは──人型の胸部。半身になったせいか側面を狙うようになった一撃は正しく体の正中線を捉えていた。余りに素直な拳に人型は内心で感心しながら──構えた左手の平で叩いた。

 人型から見て右、つまりは体の向いてる方向へはじかれた拳は空を切る──ことはなかった。直前で右手を引き戻した昴は、その勢いのまま左手で人型を打ちに行く。

「良い判断だが──足がお留守である」

 その言葉に昴が息を吞むよりも早く、人型は昴の軸足を横へと蹴飛ばした。

 咄嗟の判断のせいか左手には体重が乗り切っていなかったし、何より半身になった時に横にズレていた人型に当てるには左手では遠い。無理に当てようと伸ばした体は半端に体重を載せた右足をズラされたせいで、揺らいだ。

 まるで顔から地面へと倒れこむように体が傾き、それを妨げるように迫るのは──人型の右膝。傍目からみれば人型の膝に顔が吸い込まれるように見えるだろう。バットがボールを打つ光景を幻視させ──そしてボールの末路は言葉にするまでもない。

「──っぶね!」

 昴は顔面に迫る必殺の膝を、寸前で叩いた。

 万力のように固定された膝は小手先の衝撃で揺らぐことは無かったが、代わりに昴の体の軌道がズレた。頬が鎧を掠める感触に冷や汗を掻きつつ、勢いのままに腕から地面へと転び、すぐさま横へと転がる。先程まで頭のあった場所を、人型の足が踏み抜いた。

 思わず器用であるな──と呟いた人型に対して昴はそのまま膝立ちになり、目の前にある人型の脚──その腿を殴った。筋の裏側を捉えた左の拳は、普通の人間なら間違いなく体勢を崩して膝を折る一撃だった。

「効かんし、悪手だがなぁ!」

「な──がっ……!?」

 人型は腿を打った手首を掴む。強靭な握力が手首を握り締め、次いで掴んだ左手を強引に引き上げ──ガラ空きになった昴の首元をもう片方の手で締め上げた。あまりの圧迫感に昴の肺から息と共に声が漏れた。絞められた鶏のような声は一瞬のこと、声を出すことさえ許さないほどに喉を強く掴まれ、頭に血液が溜まる。昴は思わず掴まれていない方の右手で人型の腕を掴んで離そうと力を込めるも、ピクリとも動かない。

「こちらの世界には明るくはないのだが──似たような姿なのだ、恐らくは首を折れば死ぬのだろう。投降するなら今のうちだが?」

 人型は勝利を確信したかのような声色で呟いた。

 それに対して昴は額に血管を浮かせながら──。

 

 ──ニヤリと、笑った。

 

「っ!?」

 今度は人型が驚きの声をあげる番だった。

 昴は右足を振り上げる。それは人型を蹴り上げることはなく、鎧の胸当ての部分に足裏を合わせるように踏む──いや()()()()()。体を捻り、地面に対して水平方向に軸足の先を向け──人型の体に垂直の状態で立つかのように構える昴の折り込んでいた膝から放たれるのは砲撃の如き左の足底──! 

 器用であるなぁ──!? という言葉を叫ぶ余裕すらないほどに、速い。まるで壁に足をつけて地団太を踏むような──人型が首と左手を固定しているから出来る曲芸じみた攻撃。その異常なまでなバランス感覚と機転、そして恐らくはそれを意図的に誘導してみせた胆力に人型は戦慄した。

 音速を超えた地団太は人型の首を狙って放たれた。

 意趣返しのつもりか、あるいは確実に当てるためか──咄嗟に動かせる頭よりも正確に実体を捉えられる至近距離からの首への一撃は、風を切りながら弱点を射抜く。

 だからこそ、人型は反射的に声をあげた。

「──『雷同(ライドオン)』ッ!!」

「っ!? い──ってぇぞオラァ!!」

 刹那──比喩でもなく──閃光が走った。

 空気を焼く音と共に赤い稲妻が人型の体から迸る。蛍光灯のような淡い色合いの電流は、静電気などという生易しい現象ではなかった。思わぬ衝撃に体が縮こまった昴は脚の狙いが逸れ、吐き捨てるような言葉と共に代わりに人型の胸を蹴る。苦し紛れの攻撃は昴の体を跳ねさせ、勢いのままに人型から離脱した。

 不安定な状態で着地しながら決死の拘束から脱した昴は、けれど怪訝そうに眉をひそめる。

 抜け出した──いや、手を離されたのだ。 

 昴の蹴りは間違いなく致命の一撃だった。けれどそれを凌がれてしまえば、そこにいるのは無防備にも体を晒けだしたサンドバックに過ぎない。苦し紛れの胸への攻撃は人型への有効打にではなかったし、逆に隙を晒した昴はそのまま地面に思い切り叩きつけられるものだと予想していた。

 人型は手を離した状態のまま黙り込み──心なしか驚いたような、そして思案している様子で、

「……ふむ、まさかこちらの世界の住人は、電撃に耐性がなかったのか?」

「はぁ?」

 その心底驚いたという風な声に、思わず間抜けな声が漏れた。

 人型は何かに納得するように小声でそうか、そうだったか──と頻り頷き。

「であれば──先陣を私が勤めたのは本当に僥倖だ」

 人型は迷うことなく呟いた。

「──『雷灯吾付(ライトアップ)』」

 

 その言葉と共に、人型の体が光りだした。

 鎧の関節から漏れ出していた人魂のように揺らいだ蛍光色の赤い光が瞬き、鎧に纏わりついた。空気が軋み、まるで唸りを上げるような音が昴の元まで聞こえてくる。それは空気が高熱によって膨張し、周りの空気を圧縮しながら進む衝撃波だ。

 昴は人体発火現象という都市伝説染みた話を思い出した。体に熱とかガスとかが溜まり過ぎて、何かの拍子に噴き出して突然燃え出したかのように見えるとか──そんな適当に流し見ていたミステリー番組で話していた怪現象。熱と電気の違いはあるが、人体から噴き出すという意味では似ているかもしれない。

 けれど断言出来る──目の前のコレはそんなチャチな物じゃない。

 驚くべきことに、あの鎧は自らの意志で放電現象を起こしている。偶然に起きる現象ではなく、人為的に行われる技能だ。

「……コスプレの次は万国ビックリショーってか? 流石に(とぼ)けてもいらんねぇな……」

 それはこの場に来てからずっと考え、けれど押し隠していた懸念事項だった。

 彼等は何者か──という至極当然の疑問。

 ある程度予測はしている。ただしそれを受け入れるのは些か以上に抵抗があった。

 だがそうも言ってはいられない。今ここに至って、昴の目には『超常』の一端が垣間見えてしまった。

 故に、認めざるを得ない。

 剣山昴は紛れもなく──『非日常』の中に迷い混み、そこに立っている。

 その事に、昴は思わず笑った。

 ()()()()()──非常識な存在の住む別世界への切っ掛け、それを掴んだのだから。

「考え事か? そんな余裕があるとは──嘗められたものだが!!」

 人型が走る。

 鈍重な走りだ、最初の一撃を喰らった時とは比べ物にならないほど遅い。もし先ほどの昴と同じように向かってくるならば、自らの体の頑丈さを鑑みて一撃を受けてのカウンターを狙っても良いだろう。

「っ、チッ……!」

 けれどそれは人型の体が赤色に帯電していなければの話。

 人型は両手を構えていた。輪を作るように、肘を緩く伸ばして構えながら近付く動き──『掴み』の動作。

 今度捕まれば、次は逃げられない。どこを掴まれても、あの電撃を受ければ体が焼けるか、少なくともまともに身動きできなくなるのは間違いない。

 だから昴は下がって距離を取った。

 人型はそれを許さないとばかりに腕を伸ばす。

 這い寄るゾンビのように無造作に向けられる凶手を、間一髪で避けていく内に、昴は道の端に辿り着く。石垣を背にして逃げ場を失った──わけではない。

 昴はすぐ隣に立っている道路標識──子供の通学路であることを示すそれを右手で掴み。

「オラァッ!」

 その根本を脚で蹴り折った。

 およそ一般人がそう聞く機会などないくらいに低く鈍い破砕音と共に標識はへし折れ、出来たのは長柄の武器。

 即席の凶器を前に人型は若干怯み、その隙に昴はそれを脇に挟み込み、外から内へと回すように払った。

 狙うは鎧の横腹。道路標識の先端による“面”の攻撃を、人型はまともに受け──。

「よい一撃だが。素材は考えるべきであろう」

「っ!」

 ──腕が一瞬痺れた。

 咄嗟に標識を離し、直後に──雷撃。

 離すのが遅れた指先が、焼けるような感覚に声をあげる──それよりも先に前方の左斜めに頭から転がる。

「──『到雷電藤(トライデント)』」

「がぁ……!?」

 背中を、雷撃が掠めた。

 視認できたわけではない。そもそも放つ瞬間を見てすらいない。

 けれど人型が手を昴に向けた瞬間に悪寒が走った。昴の鍛え抜かれた生存本能が警鐘を鳴らし、それ故に昴は三叉の雷撃がその先から放射状に伸び、昴の立っていた空間を貫く様を見ることなく回避した。

 昴は背中に走る激痛に歯を食い縛りながら、更に距離を取りながら思案する。

 ……これじゃあ近付けねぇ。

 ここに来てパワーバランスがひっくり返った。

 物理的な痛みならば昴には概ね耐えられる自信があった。幾つかの例外──とある猿女曰く“一回殴ってダメなら千回殴るわ”という言葉の通り、何度も受ければ昴にもダメージは蓄積するし倒れもするが、それは昴が一度も反撃しなければの話だ。単純な我慢比べなら昴にも勝機はあった。

 だがそれは相手が、電撃とかいう『超常』を使わなければの話だ。

 そもそもこれでは近付けないし、殴れない。捕まれば一発KOな状況で決死の大振りなんて成功しないし、半端な得物では武器としても使えない。

 ……詰んだか、これ。

 この場において最善の策は『相手を殴り飛ばす』から『逃げる』に変化した。

 けれど昴はそれをしない。出来ない。

 ──女が倒れているのを見た。

 恐らくは目の前の人型の、本来の敵対者。見た目からして魔法少女だとか、そんな感じのファンタジーな存在で、そして何らかの理由で人型と戦っている……正直要領を得ないが、そんな感じの事情があるのだろう。

 ここで昴が逃げれば、人型は見逃すかも知れない。背後から迫る電撃から命からがら逃走を果たし──意味があるかは分からないが──警察だの何だのに通報するとか、あるいは全部忘れて家に引きこもるとか、そういう選択肢もあるだろう。

 だがそれを昴の“意地”が許さない。

 ……喧嘩売られて、買ったんだ。尻尾巻いて逃げらんねぇし、なにより女を盾にするなんざ話にならねぇ。

 ここで逃げれば、さっき見かけた少女──魔法少女の姿をした彼女が狙われるだろう。

 人型の言動から、恐らくは人体実験の検体だとか、はたまたこの世界の人間のサンプルだとか……ファンタジーには明るくない昴でも、まずもってロクな事にならないという予想はできる。それを見逃すのはあまりに目覚めが悪い。

 けれど行き詰まった現状に変わりもなく、打開する手段もない。

 どうしたものかと考え──そこでふと気付いた。

 ……あの女どこ行った? 

 考えている内に元いた場所に戻ってきていたらしく、すぐ横には崩れた石垣。けれどそこには先程までいた少女の姿は見当たらない。あんな目立つ格好で動けば見逃さないだろうし、なにより本人も動ける状態ではなかった筈──。

『──おい、お前! だ、大丈夫なのだ!?』

 先程聞いた、ステッキの声が聞こえた。

 振り返ると瓦礫の影に赤いステッキ──器用にも瓦礫に身を隠しながらこちらを覗くように曲がり、自立する無機物がいた。心なしか動揺しているように見えるのは、やはりその声が震えているからだろう。

 シュールな光景に一瞬呆れ──次いで『赤いステッキ』というワードに、夕方に会った少女が脳裏を過った。

「……ラッキーアイテムってか? あの自称魔法使いにも聞きたいことが出来たなオイ」

『な、何をいっておるのだ……? そんなことよりお前! さ、さっき凄いボコボコにされてたけど……なんか平気そうだな?』

「まぁな。自慢じゃねぇが俺は身体が丈夫でな、怪我したことがそんなに無い……頭のおかしい猿女以外だと、数えるくらいだ」

『まさか……か、勝てるのだ?』

「さぁな。ただの牛ならまだしも、牛の角生えた鎧着て電撃飛ばしてくるようなビックリ人間相手にしたことはねぇから、ぶっちゃけ分からん。というか、さっきの魔法少女(仮)はどこいった? 逃げたか?」

『……彼女、ノヴァは離れたところまで運んだのだ。今の余ではそれが精一杯で、この場から逃がすのは無理なのだ……くっ、余が本来の力を失っていなければ、あんな奴にはっ……!』

「……忙しいところ悪いんだが、そもそもお前ら何者だよ。何しに来た」

『アイツは……恐らくは十二星傑の一員なのだ。余とアイツはこことは異なる世界──“きらきらワールド”から来たのだ』

「…………………………悪い、どこから来たって?」

『“きらきらワールド”なのだ』

 あまりにも、何というか……間抜けなワードに、思わず耳を疑ったが聞き間違いではないらしい。

 緊迫した空気を一瞬で弛緩させた無機物は、しかし至極真剣そうに、

『奴らはきらきらワールドで世界の転覆を掲げ、余の祖国へと侵攻したのだ。何とか退けたは良いが、その時の余波でこの世界への通り道が──』

「『超重(チャージ)』──」

「っ──!!」

 話を遮る声に、昴は咄嗟に──ステッキを掴んだ。

 へ? という間抜けな声を無視し振りかぶる。

 気づけば人型は頭部の角の先をこちらへ定めていた。いつの間にか角の先に形成されたで球状の赤熱する塊が唸り声と共に膨張し──人型が片足を半歩後ろへ下げ、構えた。

「──『戯画牡丹(ギガボルト)』ッ!!」 

 刹那──雷が横方向に落ちた。

 あまりの衝撃波に地面が砕け、家屋が軋みをあげる。

 人型の角から放たれた正真正銘の雷は、轟音を伴いながら昴へと突撃した。

 回避は間に合わない──だからこその苦肉の抵抗。

 コンマ数秒とかからず昴の元へと到来した雷は──昴の体へしかし当たる前に、振り抜かれたステッキを焼いた。

『いた──いっ!?』

 轟音とともに少年の耳障りな絶叫が響き──しかし、それまでのこと。

 ステッキを焼いた雷は瞬時に勢いを消し、昴を焼くことは無かった。まるでステッキによって雷が散らされたような光景に、人型と昴が驚愕した。

『い、いきなり何をするのだ!? 死ぬかと思ったのだぁ!!』

「ステッキって死ぬのか……じゃねぇよ。思わず盾にしたけど、お前平気なのか?」

『平気ではないのだ! 咄嗟に魔力を散らさなければ、余もお前も黒焦げだったのだぞ。伏して喜ぶがよい!』

「へー──つまりどうにかできるってことか」

『……えっいやそういうことでは』

「『雷同(ライドオン)』ッ!」

「オラァッ!!」

『いだいっ!?』

 人型の手より放たれた雷撃──おそらくは次の攻撃へと繋げるための牽制のそれを、昴はステッキで払った。先程と同じように聞き苦しい呻き声が鳴り、けれど雷撃は散らされる。

 原理は分からない。ステッキ本人? が言うには魔力を散らしたらしいが、つまりはあの電気は魔力とかいう物で形成されているのだろう。しかし事実として対処は出来ている──なるほど、ラッキーアイテムは伊達では無いということだろう。

「おい、ステッキ。もうちょっと長さ伸ばせよ、使いにくいぞ」

『なぁ!? き、貴様、勝手に余のこと使っといてその言い種は何なのだ!? 温厚なことに定評がある余もガチギレ寸前であるぞ!』

「どっちにしろお前が気張らねぇと負けだ。お前らの正体とか事情とか一ミリも知らねぇが──このままだとさっきの女共々アイツに捕まるぞ」

『む、むむぅ……それは……』

「あの魔法少女(仮)が倒れてたってことはお前ら負けたんだろ? お前らだけじゃ勝てねぇんだろ? 俺が来なけりゃどうなってただろうな……」

『うっ……』

「因みに俺はさっさも逃げても良いんだが──」

『わ、分かったのだ、協力するのだ! とても、とっても痛いが我慢してやるのだ……でも、勝てるのだな?』

「いいからほら、何とかして伸びろ。出来んだろ多分」

 ステッキは不満そうに、しかし仕方ないとでも言いたげに唸りながらその体を伸ばした。40センチ程度だったステッキは、瞬時に1.5メートルほどの棒へと変化し。

『こ、これくらいなのだ?』

「……マジで出来たのかよ」

 正直期待はしてなかった。

『ふふん、余ならこの程度楽勝なのだ。伸び縮みなど一瞬、お望みとあらばあと百倍くらいの長さに伸ばせるのだ! ねぇ余スゴくない?』

「へーそいつは──良いこと聞いた」

 昴は伸びたステッキ──もはや先端にハートの装飾の付いた棒となり果てたそれを構える。棒の半ばを左手で、終端を右手で握り、もう片方の端を人型へと向ける。まるで剣を体の横に構えるような仕草は随分と様になっていた。

『……タダ者ではないと思っていたが、その構え……やはり戦士なのか?』

「ただの高校生、構えも見様見真似だ」

 不良をだったとはいえ一介の学生である昴に、武術の心得なんて物はない。肉弾戦すら喧嘩をしてる内に勝手に覚えただけの、素人拳法でしかない。そんな昴が──所謂『棒術』なんて言われる類いの武術を知っているはずもない。

 けれど、敢えて一介の学生と違うところを挙げるならば──文字通り死ぬほど棒で殴られた経験があることだ。

 ……一年も殴られ続けりゃ、そりゃあ動きくらい覚えるだろうよ。

 脳裏を過る女の引き笑いの声を無視し、昴は飛び出した。

 心なしか警戒したような雰囲気の人型に向けて、突撃の勢いを載せて棒を突きだした。単純な突き技──ただの棒だと侮る勿れ、高速で撃ち出されたその先端がどれだけ対処しにくいかを昴はその身を以て知っている。

「ぬ──ぐぅ……!」

 避けるか受け流すか──その判断に迷った人型の意識を突くかのような攻撃はその胴を撃った。あまりの衝撃によろけた人型は負けじと右手を昴へと突き出した。

 バチリッ、と僅かに帯電しだした右手。それに対して昴はステッキ改め棒の終端を握る右手を押す。左手を支点としたシーソーのように弾かれた棒の先端は、刹那の間に人型の右手を跳ね上げる。風船が割れるような音を響かせて上を向いた腕からは電撃が虚空へと放出された。

「ガラ空きだ木偶の坊──!」

 その声と共に昴は棒を振り下ろす。

 風切り音をあげる棒による凶撃は、人型の右肩を袈裟斬りするように──(しな)る。

「グッ──!?」

 先端が人型の肩を捉えた。昴が殴った時よりも大きな衝撃が鎧を伝わりその体を弾き飛ばす。

 サッカーボールのように無様にも後方へと吹き飛び、転がる体を人型は右手を地面へと振り下ろすことで留める。数メートルという制動距離を経て静止し、その場へと膝立ちになった人型は、心なしか昴を睨んでいるようだった。

『お、おおう!? すご、凄いではないか! 正直滅茶苦茶痛いのだが、この調子なら勝てる! というかもうこれ勝ち確定なのだな! だな!』

「うるせぇ黙ってろ──やっぱ胴体狙いじゃ割れねぇよな……」

『? どういうことなのだ?』

「お前で殴った時、先端が滑ったんだよ。あの野郎、ギリギリで後ろに下がりやがったな」

 例え金属製であろうと長柄の棒は曲がる。

 湾曲したそれは手元と末端で速度差を生み、速度差は撓りを作り、撓った棒の先端は金属の弾性力──引き戻す力によって音速を超えた破壊力を生む。ステッキの頑丈さを加味すれば、その威力は跳ね上がり──まともに当てられれば人型の鎧とて砕くだろう。

 だがそれは相手が止まっている場合か、或いは昴が棒術の達人の場合に限られる。

 勿論だが敵は動く。動けば狙いは定めにくくなるし、何より鎧は曲面──僅かに弧を描くように逸れている。攻撃が鎧の真芯を捉えなければ、衝撃は分散され、小分けされた力は外へと逃げる。吹き飛びはしても、鎧を砕くには至らない。

 ……だが、これで俺が有利に立った。

 リーチは間違いなく昴の方が上だ。破壊力も僅かに有利になり、人型の電撃という手札はステッキで打ち消せる。

 あの電撃は人体に対しての有利と速度こそあるものの、恐らく致命的な欠点として『先端、あるいは突き出た物体』に攻撃が逸れやすいのだろう。

 雷の速度に昴の反射速度が勝てる筈もないにもかかわらず、攻撃が防げているのはそのためだ。避雷針のように適当にステッキを突きつけるだけで無力化出来てしまう。

「──再度認識を改めよう。少年、貴様は私に比肩しうると」

 だからこそ、そう呟き立ち上がる人型に対して、昴は構えた。

「計画は後回しだ。検体の入手を一時諦め、全力を以て敵を滅ぼそう」

 ──何が起こるかなど容易く予想できる。

 力を出し切り、圧倒しあい、そして上回った。

 ならここから起きることは、どんなフィクションの中でだって同じ──正念場だ。

 

「『変形(トランスフォーム)』」

 

 直後、人型の体が文字通り変形した。

 隆起した胴体をそのままににして前へと倒す。それを支えるように地面へと着いた腕、その肘が()()()()。肩から手首にかけて回転した肘は前へと構えられ膝となり、その末端である指は収納され蹄へと変貌する。甲冑を思わせる鎧の腰の背は、そのま背部へとスライドして一枚板の如き背中を作り、脚は踵が持ち上がり後ろ足となった。人型の頭を支えていた頸部が持ち上がり──否、頭蓋がズレて、横倒しになった胴体のまま頭頂部が天を向いた。角は依然として前方へと構えられ、仕上げとばかりに隆起した顔面は、さながら牛の面。

「──『赤雷の牡牛(アルデバラン)』」

 息をまくように、蛍光色の瘴気が体中から噴出し、赤雷へと変わる。

 腕は前足に、脚は後ろ足に。蹄を持った砲弾の如き肉体、そして湾曲した角が指すのは一人の人間。

 ──虫の声も聞こえぬ静かな町中で、赤き猛牛が現れた。

『──えぇぇぇ何それ余知らない!?』

「ま、これもお約束、ってか? ……いくらなんでも無茶苦茶だろ」

 喧しく叫ぶ棒を構えながら、昴の頬を冷や汗が伝った。

 ──勝負を決しに来た。

 つまるところは最終局面。

 追い詰められた敵が切り札を切ってくるのはお約束──そういう予定調和を信じていたわけではないが、事ここに至って昴は予想していた。この十数分という短い間に昴の常識は二転三転しているのだから、今更何が来たっておかしくはない。

「──そういえば、名乗っていなかったな」

 人型改め牛型の鎧の口元が動く。呼気とともに静電気のように幾つもの赤い放電が起こった。

「私の名はオックス。いずれ遍く世界を満天の星で覆い、支配する星の一族の戦士──十二星傑(ゾディアック)が一人である。異界の若き戦士、そして同郷の小さき王子よ、名を聞こう」

「……剣山昴だ。事情は知らねぇが喧嘩は喧嘩だ──勝ちに行くぜ」

『……きらきらワールド、星の内海の小国“ムツラボシ”の王子、エルリットである』

 その名乗りに牛鎧──オックスの口許が、楽しげに緩んだ気がした。

 彼我の距離は数メートル、昴が飛び出しても数秒はかかる距離──しかしこの戦いの決着は数舜で決まるであろうことは、誰もが疑わなかった。

 ──バチバチ、と。

 オックスの体躯、その節々から漏れ出した放電が音を上げた。まるで線香花火がいくつも瞬くような光景は、加速度的に勢いを増し、いつしか中空を焼く幾千の雷の筋へと変化する。まるで幼い頃見た科学館、そこに鎮座するテスラコイルを幻視させる光景は止まらず尚も加速し──そしてその雷は頭部と脚部へ集まり出した。

 二本の角に纏まり、螺旋を成す赤雷。

 四本の脚を覆い、具足と成す赤雷。

 ──ふと。

 世界が止まったように感じた。

 あらゆる全てが静止し、音が消え、けれども眼前に映る敵の姿のみがこの眼に焼き付くような錯覚。

 一秒一瞬が千倍に引き伸ばされる感覚を不思議と不快ではなくて。

 オックスが、息を吐いた。

 昴は息を吸った。

「──行くぞ」

「──応」

 それは一瞬の出来事だった。

 あまりに速く、そして意表を突く出来事だった。

 

 

 オックスが数メートルの距離を刹那で詰めた。

 

 

 息を吐くより速く、瞬きよりもなお速い。

 オックスの双角が昴の目の前に、文字通り出現した。

 まさに雷速。光速に迫る絶技が一つ。

 雷を操るオックスの奥の手。

 あらゆる全てを置き去り、一瞬の内に撃滅する必殺の突進歩法『雷銃(ラン・ガン)』。

 そして雷を纏いし双角と四足により放たれるのは、これまさに必殺の一撃。

 肉を焼き骨を焼き灰へと帰しなお止まらず、眼前の全てを砕き塵へと変える突進そのもの──。

「『雷神具足(ライジング)』──『輝牡丹(テラボルト)』ッッッ!!」

 巨体より放たれる質量と電気エネルギーの暴力は、今まさに放たれた。

 ──()の、勝ちであるッッ!

 オックスは勝利を確信した。

 全ては一瞬の内に行われた。そこに昴が介在し、干渉する余地はない。雷よりも速く動けるものなどこの世になく、つまりオックスの速さに成す術などない。小癪なステッキの王子が魔力を散らす力を持っていたとしても、頭部に充填させた力を霧散させるのには数瞬を要するだろう。ならば一瞬に突進を完了するオックスに敵うことなどない。

 勝ち誇る笑みを浮かべ、今まさに双角の貫く柔い有機物の身体の感触を今か今かと待ちわび──。

 

 ──額を打つ硬質な感触に気が付いた。

 

 それは昴の持っていたステッキ改め棒、その先端であった。角の間に半身にした身体を滑り込ませ、両手で突きだした棒を()()()()()当てた男の姿がそこにはあった。

 攻撃ではなく、防御でもない。ただ置いて──そして来る衝撃に身体を構えているようにオックスの眼には映った。

 ──話は変わるが。

 例えば牛が敵対する動物を攻撃するとしよう。

 彼らが自慢の角を、突進し、突き刺すのはあまりに自明であるが……ではただ突進するだけかと問われれば否である。

 端的に言えば、外敵へとその自慢の角を突き刺す際に、一度前足を曲げて屈み、そしてインパクトの瞬間に体重をのせて跳ね上げるのだ。

 サッカーの選手がボールを蹴る際に踏み込むように、高跳びの選手が飛ぶ前に踏み込むように、それはそうした方が勢いと力が乗るという、至極当然の原理に即した攻撃方法。

 それはオックスにしても例外ではない。事実として踏みしめた前足は突進の際に飛び上がり、既に空中を滞空していた。それは力の作用点たる頭部も同じことで。

 

 結論から言おう。

 昴の身体は棒の先端を支点に飛び上がり、無傷のまま空を飛んだ。

 

 まるで走り高跳びだ。

 グニャリと撓った棒は折れることなく、その状態のまま昴の身体をを天へと踊らせた。自らの攻撃が外れたことに驚愕したオックスは、遅まきながら彼がどんな手法を用いたかに気付いた。

 簡単なことだった。

 オックスが突進を開始するよりも速く、既に身体を半身にして棒の先端を宙に置いたのだ。

 オックスの身体は確かに光速に迫っていた。けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()が故に、事前の構えに気付けなかった──!!

 ──ふと。

 世界が止まったように感じた。

 突進の勢いのままに空中に身を投げ出してしまったオックスは、止まった意識の中で、昴だけがゆっくりと動いているのを感じた。

 ゆるり、ゆるりと。

 空中に飛ばされた身体を捻り、回し、そして棒を構えた男の姿だけが、眼に焼き付いていた。

 オックスには届かぬ長さの棒を構え、けれども鬼のような眼光で自らを睨む男が、小さく声を呟いた。

 

「伸びろ、如意棒擬き──!!」

『擬きは余計だーっ!!』

 

 あぁ──と、声が漏れた。

 強い戦士であった──そう考えるよりも速く、その長さを伸ばした棒が、撓りと遠心力を伴ってオックスの頭を撃った。

 

 

 

 

 

 空中で身を翻した昴は、足を下に向けたまま地面へと着地した。おっと、と小さく呟いてよろめくこともなく、数メートルの高さを膝を軽く曲げて衝撃を和らげる。

「あ──ったく、久しぶりに死ぬかと思った」

 後ろを振り向けば、そこには牛の鎧──オックスが倒れていた。力無く横たわる姿は死体のよう……そもそもあれが生きているのかは昴には分からないが。

『……や、やったのだ?』

「それはやってねぇ時の常套句だ」

 その声に呼応するかのように、オックスの首が動いた。既に元の長さへと体を戻していたステッキが驚きの声を上げるが、昴は動じなかった。

 その証拠と言う風に、オックスの動きはその程度だった。力無くもたげた首が、昴の方を向くように動き。

「なぜ、だ?」

「あぁ?」

「なぜ、私が突進する前に、それを予測できた……? なぜ、あんな、正確な位置に武器を構えられた……?」

 昴はその言葉にあー、と声をあげながら頬を掻き。

「まあ、ほぼ勘みてぇな物だな」

「なん……だと……?」

「あぁ、多分この辺に来るだろうなってところに棒構えて、そのまんま勢いに任せたんだよ。突進の予測は、あんな勿体振ってたら分かるし、一瞬で距離が詰められることも分かってた」

「なぜ」

「いやだってお前、最初に俺をぶん殴った時も同じことしたろ。序でにいえば、あんだけ速いくせに()()()()()()からよ──もしかしてお前、高速で動いたんじゃなくて、本当は()()()()してたんじゃねぇの?」

 その言葉に、オックスは息を呑んだ。

 それこそが『雷・銃』の本質。

 オックス自身を一度雷へと姿を変え、そして一瞬の内に移動する、まさに瞬間移動。

 雷ゆえに光速。それ故に──勢いがない。

 雷を変えた身体を戻した際に、その速さは追随しない。それを補うために赤雷により身体を武装し、足りない衝撃を屈伸運動により強める。足りない欠点を工夫によって補い、隠す技量こそがオックスの強みだった。

 もしあの突進が本当に速さを伴っていたのなら、昴は飛び上がれなかっただろう。棒が折れていたか、昴の身体が空へ飛ぶ前に突進が激突してたかもしれない。あるいは運良く逃れられても、もっと遠くへと撥ね飛ばされていただろう。

「後はまあ──運が良かった。占いが当たったってことだ」

 オックスは唸った。

 昴の勝因はオックスが想定よりも弱かったこと──それもあるだろう。

 しかし本当のところは、昴がオックスの攻撃の弱点を見抜いていたことに違いなかった。

 強靭な身体、致命の攻撃を見切る眼と立ち向かう度胸、そして相手の弱点を見つける観察眼。

「……戦闘の天才、か。それともこれは、君の努力への侮辱か?」

「さあ? んなもん考えたことねぇよ。俺としては、喧嘩以外のところで努力が実って欲しいがな」

 昴は小さくため息を吐きながら、オックスへと近付き。

「……取り敢えず、このステッキ共々話を聞かせてもらうぜ。面倒な事情がありそうだが……まあ、乗り掛かった船だ、聞いてやる。超常、ってやつにも興味あるしな」

『むむぅ……余としてはノヴァ以外の者に聞かせたくないのだが』

「折るぞ」

『話すのだ! 話すから頭の方を握るなっ! 割れちゃうのだ!!』

 内心、この星の装飾は頭だったのかと、どうでもいい情報を知ってしまった昴がもう片方の先端は足なのだろうかと考えていると、ふと目の前で寝そべっているオックスが小さく笑いだした。

「ククッ、悪いが仲間は売れんのでな。だがこうなっては仕方がない──奥の手である」

 その言葉に昴は身構えると──突然オックスの鎧の節々から光が溢れだした。細い光の筋が四方へと向けられ、そのまま赤い障気が漏れ出した。空気よりも重いそれはドライアイスのように地面へと広がり、段々と辺りを靄のように包みだす。

『な、なんかヤバそうなのだ!?』

 その声に呼応するかのように、光は大きくなっていく。まるで今にも爆発するかのような光の奔流に、思わず昴は目を瞑り。

「──緊急脱出ッッ!!」

 スポンッ! という気の抜けた音をたてて、オックスの首が発射された。

 夜空へ向かって飛び出した牛の頭は、回転しながら徐々にその身体を変形させ──どういうわけか人の姿になった。大きさとしては五十センチ程の機械仕掛けの小人は、そのまま華麗に着地し──脱兎のごとく夜の街を失踪する。

 置いていかれた牛の身体からはもう光が溢れることはなく、ただ動かない金属の塊と、一人と一本のステッキが呆然とした様子で残された。

『────逃げられたのだ!!』

「いや、気付くの遅ぇ」

『何をしているのだ! 追うのだ、奴等を野放しにしては、この世界がわりかし危ないのだぞ!?』

「もう追い付けねぇよ、というか俺がお前に従う理由がねぇ」

『さ、さっき話聞くとか言っておっただろう!』

「お前だけで十分だろ。今度は逃げられねぇようにこの装飾抑えとくからよ」

『ぐぁぁぁぁやめろぉぉぉ背が縮んじゃうのだぁぁぁ!』

 長さを自在に変えられるのに身長を気にする必要があるのか甚だ疑問だった。

 数秒ほどグリグリと装飾を押さえ付けてると、観念したようにステッキは──無機物が呼吸をするかは知らないが──ため息を吐きながら。

『分かった、話すのだ……取り敢えずノヴァの様子を見に行くのだ。案内するから着いてくるが良い』

 その言葉に昴はステッキを離すと、ステッキはピョコピョコと器用に地面を跳ねて動きだした。まるで地元にいる原っぱを歩くと気持ち悪いほど出てくるバッタみたいだ思いながら、先導されるままに着いていく。

 暫くして着いたのは、昴が最初に訪れた石垣の壊れた家屋だった。ステッキはそのまま一軒家を周り、小さな庭……といっても雑草が荒れ放題のそこへ向かい、窓を開けて中へと入った。

「いや、平然と不法侵入するじゃねぇか」

『緊急措置なのだ。というかそもそもここは作り物の世界、余の力で作った異界なのだ。こっちの世界に気を遣っておるのだから感謝するが良い』

「ならそもそもこっちの世界に来るなよ。何やってるのか知らねぇけど、多分お前らの世界の都合だろ? 迷惑かけずに一人で勝手に滅べ」

『こ、この世界の住人性格悪いのだ!! 人でなしなのだ!!』

 一軒家に入ると、明かりが消えているせいで視界が悪く、シルエット程度しか昴には確認できないが、恐らくは普通の民家なのだろう。リビングには数人で囲める机と、ソファやテレビなど、目新しいもののない内装だった。

「──え、エルリット? 無事なの!?」

 不意に暗闇から聞きなれた声が聞こえた。

 見ればソファの影に隠れるように座っている誰かがいた。暗さで顔は判別できないが、声の様子から慌てた様子で此方へと近付き、ステッキを握るのが見えた。

『おお、良かったのだ! ノヴァこそ無事だったのだな、怪我は……その様子なら大丈夫そうなのだな』

「うん、変身中の怪我は消えたから──でもエルリットだけでどうやって敵を……」

『ああ、うん、それは、まあ色々あってだな……まあ後ろにいる人が何とかしたのだ、まあ半分? 八割? くらい余の功績なわけだが!』

 その言葉に顔をあげた影は、前にいる昴を見上げ──驚いたように息を呑んだ。

 ──月明かりが差し込んだ。

 窓から覗いた光が、まるで影を照らすように動き、その姿を表した。

 利発で真面目そうな顔立ちの、長い黒髪をお下げにした少女だった。まるでテンプレートな丸渕眼鏡を着けた、見覚えのある少女を前に、昴は思わず呟いた。

「……十御門(とみかど)?」

「え、剣山くっ──っ!?」

 紛れもなく、昴のクラスの学級委員。別に委員長をやってるわけでもないのに、その見た目から『委員長』の愛称で親しまれてる『十御門飛鳥』だった。

 見た目通りの堅物で、真面目で、ルールとかに厳しくて、不真面目な昴に何度も突っかかってくる彼女が、恐らくはエルリットの言う『ノヴァ』なのだろう。

 つまりは、魔法少女。

 あの赤いフリフリの──高校生が着るのはちょっと抵抗あるというか、正直軽く引いてしまいそうな女児向けな衣装着てた本人。

 彼女は剣山の視線に気づくと、慌てたようにパクパクと口を動かし──次いで持っていたステッキを見て顔を赤くしながら後ろに隠すと。

「あの、これは、その、えっと違くて。へ、変身ステッキ状の筆箱的な──いやでも別に私の趣味とかじゃ」

 聞いていて悲しくなる言い訳だった。

 そんな姿の彼女を昴はじっと見つめ──不意にどこかの、片目の赤い変わったファミレス定員の言葉を思い出すと共に、良くない電波を受信した気がする。

「……もしかして、人知れず魔法少女に変身してこの世界の平穏を守るために戦ってたりする?」

「な、なんで分かったの!?」

 

 

 副題

『魔星☆少女 スカーレット・ノヴァ

 第一話 十二星傑オックスと運命の夜』

 

 

 




剣山昴
今回の主役。不良のレッテル張られてる系男子。
金髪つり目猫背と、どこにでもいる一般的な見た目ヤンキー主人公。ただし実際に不良だけでなくヤクザとか暴走族とも喧嘩してるので普通に危ない男の子。お爺ちゃんお婆ちゃん子で盆栽とかガーデニングが好き。
独り暮らしで料理は出来るけど、面倒なのでしないタイプ。でも掃除はできる。犬派。

十御門飛鳥
今回のヒロイン。一話最後にちょっとだけ出てくる系女子。
タイトル詐欺被害者。真面目な委員長タイプだが、日曜朝は六時には既に起きてる。結構ノリノリで変身とかする。
実家暮らしの高校生で料理はできない。犬派。

エルリット
今回のステッキ。わりかし有能。
きらきらワールドから来た異世界転移ステッキで、王子様とからしい。本人に戦闘能力はないが、色々と便利な奴。
ところで犬ってなに?

オックス
今回のの敵。一話に一体出てくる系の悪役。
牡牛座ならトーラスじゃね? と言ってはいけない。だって元ネタではオックス・ファイアって言ってたんだもん。
牛なのに牡丹とはこれ如何に……。

猿女さん
なんかちょくちょく話題に出てくる。
文字通り猿っぽい人。棒の扱いを教えてくれる。物理で。肉体に。暴力的な意味で。
「ヒヒヒヒ」という引き笑いが特徴らしい。作者としても安直だとは思ってる。

偉大なる魔法使いメイ・キングスロープ・マクガフィン
爆裂魔法とか打ちそうな見た目の自称魔法使いだが眼帯はしてない。ラッパみたいな杖とタブレット、衣装一式は誕生日プレゼントらしい。
ドラゴンボールはセルが好きだけど、セル編の悟空って悟飯にかなり無茶ぶりしてませんでした?

神蔵御染
名前も出てこない主人公。猫派。
ドラゴンボールのピッコロ大魔王編って目立たないけど凄い盛り上がる展開だったよね。


次回は南極編の後半です。
……さすがに一年はかからない、はず。


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