剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第一話

 迷宮都市オラリオ。

 世界に唯一『迷宮』を抱え、その穴蔵から生み出される無尽の富を目当てに、世界中から人・物・金が集う世界都市。

 

 世界の縮図とも称され、絶えず迷宮に挑み続け、力と富を蓄え続ける命知らず達の街。

 

 英雄豪傑が綺羅星のごとく無数に輝くこの都市においてなお、『都市最大派閥』と畏怖される二大派閥(ファミリア)がある。その片割れ、道化師のエンブレムを戴くロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)

 

 『黄昏の館』の敷地、複数人でちょっとしたスポーツが楽しめそうな広さを誇る中庭にて、その二人は向かい合っていた。

 

 一人は『剣姫』、アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキ・ファミリアの若き幹部であり、オラリオでも数少ないLv5に到達した第一級冒険者。女神に比肩する美しい(かんばせ)に程よい緊張を浮かべ、鞘を被せた愛剣『デスぺレート』を構えている。

 

 対するは極東の『着流し』の上から派手な刺繍の入った羽織を着こんだ若い男だ。二枚目と言っていい整った顔立ちに独特のアルカイックスマイルを浮かべ、()()()と下げた右手には刃を潰した模擬刀を握っていた。

 

 少女はさておき、男の振る舞いは傍目からはやる気が見当たらないものであったが…アイズの目に油断はない。男の一挙一動を目で追い、絶えずフェイントなどの駆け引きを繰り出すことでわずかでも相手よりも有利に立とうと様々な工夫を凝らしていた。

 

 だが…男に動きはない。

 いっそ、剣をぶら下げたまま寝ているのではないかと思われるほど、身じろぎ一つ起こさなかった。

 

 すると両者の立ち合いを見守っていた気まぐれな風の精が焦れたのか―――サアァ、と一陣の旋風が巻き起こり、舞い上がった枯葉が僅かな面積だけ両者の視界を遮る。

 

 疾風の如く、剣姫は迷いなく踏み込んだ。

 

 ただ速く、一直線に両者の隔てる空間を貫く片手剣(サーベル)の軌跡は北風のように鋭い。第一級冒険者をして、応手に相応の気合を込めて対するべき一刀。だが変わらず、いっそ彫像であるかのように男の表情に変化は無かった。

 

 無駄な力みの抜け落ちたアルカイックスマイルのまま、()()()と一歩を踏み出す―――それだけで剣姫(アイズ)は男との間合いを見失った。

 

 さながら時間がコンマ2、3秒()()()()()かのように、気づけば男は眼前に在り、手にした刃はまさにアイズを袈裟懸けに切り裂かんとしていた。

 

 咄嗟に身を捩り、ギリギリのところで迫りくる刃を躱したアイズ。体勢を崩したアイズを追撃せんと続く連撃も手にしたデスぺレートでかろうじて撃ち落し、あるいは鋭いステップで避けていく。

 

 手にした剣を打ち合い、あるいは避ける攻防の中で崩れたリズムを立て直した。崩した調子をアップに乗せ、さらに加速するべく心と体のテンポをさらに一段階上げていく。

 

 伴ってアイズが繰り出す剣速も疾風のごとき初撃のそれよりも更に加速していく。

 

 

(でも…!)

 

 

 当たらない。

 繰り出す斬撃のことごとくが剣でいなされ、悠々とした足取りが斬撃の掠る余地さえ奪いつくしている。

 

 そしてそのアクションの全てが、斬り合いが始まってから変わらない速度で行われている。対峙するアイズは上り調子のテンションに合わせて加速していっているというのに。

 

 

(やっぱり、強い…。とんでもなく、上手い)

 

 

 アイズとて長年ダンジョンに挑み続け、Lv5にすら至った第一級冒険者だ。自身の技量への自信も相応に持ち合わせている。

 

 そのアイズをして男の技量には大人しく兜を脱ぐ他ない。実のところ、いまもまっとうな斬り合いが成立しているのも男が技量をアイズに合わせて発揮している点が大きい。

 

 敵手に向けて最短の軌道を、最速でなぞり、その上で最大威力を乗せた斬撃を叩き込む妙技だ。そして動作の全てを同等の技量でこなせば、同格の第一級冒険者すら文字通り()()()()()()()奇跡に半歩踏み込んだ絶技すら可能とする。

 

 何の手品でもない、ただ隔絶した技量がもたらす絶技にアイズは変わらぬ尊敬の念を抱く。

 

 

(流石は…私の、先生…)

 

 

 私の、のところに密かに力を入れて感嘆の念を漏らしつつ、一層気を入れて繰り出される斬撃を捌いていく。なお余人に知られぬその胸の内ではフフンと幼い少女(アイズ)が得意げに踏ん反りがえっていた。

 

 そのまま、十数合互いの得物をぶつけ合う。いまやアイズの繰り出す斬撃には速度が乗りに乗り、ダンジョン最下層の攻略で振るうのとほぼ大差がない。まともに打たれれば鞘を被せているとはいえ骨折の一つもするだろう。

 

 だが、打たれない。掠りもしない。

 男はアイズが繰り出す斬撃の全てを上手くいなし続けている。

 

 そして延々と続く剣戟を終わらせる機が訪れる。

 

 

「ッ…!」

 

 

 (ゴウ)、と重く硬質な音が鳴り響くとそれまで互角の斬り合いを演じていた男の模擬刀がアイズの愛剣(デスペレート)を弾き飛ばしたのだ。

 

 アイズの顔には驚愕の表情が張り付けられている。

 

 アイズの剣を弾き飛ばした一振りは傍目から見てそれまでの斬撃と比して何ら変わった様子が無かった。だと言うのにそれまでの一撃一撃よりも格段に重かったのだ。

 

 予備動作(モーション)を上手く隠し、それまでよりも重く体重を乗せたのか、と正答に迫りつつも全ての疑問は後回しにして刹那の迎撃に努める。

 

 互いに運動エネルギーをぶつけ合った刃は、それぞれ軌道を変えつつもまだ敵を狙える範囲に収まっている。当然ジャストミートではないが、まだ修正の利く範囲内!

 

 これを奇貨とすべし、と閃きがアイズの脳裏を奔る。

 

 押し通せる無茶であると判断したアイズは咄嗟に柔らかく手首を返すことで剣戟の軌道を修正し、男の急所に向けて打ち込もうと試みた。

 

 流石は第一級冒険者、流石は剣姫と称えるべきか。頑強な肉体と鍛え上げた技量は無理を押し通した。殺られる前に殺れとばかりの殺意が過剰に籠った刃は男の喉元へと一直線に伸びていく。

 

 ()った―――!

 

 そう確信に至る半瞬前に、

 

 

「~~~~~~~~ッ!?」

 

 

 ガツン、と硬質な音ともにアイズの脳天で火花が散った。

 閃電の如く最短距離を奔った男の模擬刀が少女の脳天を痛打したのだ。

 

 敵手より一瞬早く動きを読み、一瞬早く剣を繰り出し、一瞬早く届かせる。その剣閃は彼我の動きを完全に読み取ったうえで導き出される最短距離を忠実になぞる。

 

 全ては倦まず弛まず薄皮を張り重ねて城壁を作り上げるのに似た、膨大な下積みからなる必中の一太刀。男が才能と半生を賭して積み上げた剣腕が成す絶技であった。

 

 アイズは頭部を()()()()()衝撃に苦痛よりも驚愕を覚えて咄嗟に飛びずさり……剣を下げてため息をつく。

 いつもの如く、此度も自身の敗北であった。

 

 

「参りました…」

 

 

 第一級冒険者である彼らにとってこの程度は負傷の内にも入らない。もちろん続行は可能だったが、これは本気の立ち合いではなく、あくまで修練としての模擬戦だった。そしてどちらかが一本を取ったら反省会のため一時中断、というのが不文律となっていた。

 

 

「うん…。今の一戦は良かったよ。数瞬こちらを見失ったとはいえ、見えてからはきちんと対応できていた。特にあの剣の軌道を曲げる技は実戦でも通用する水準だ。良く手首を鍛えこんだ証拠だね」

 

 

 ただ握力を鍛えるだけではなく、関節の可動域を広げ、剣を()()()()扱えるからこそ押し通せたアイズの無茶だった。普通の人間が同じように全力で剣を振っている途中に軌道を曲げようとすれば大体の場合手首を痛める。最悪の場合は骨折だ。

 

 一般人より遥かに頑丈な上級冒険者でも鍛錬が足りなければ同じ目に遭うだろう。何せ己が振るう力がそのまま関節という己が肉体の弱い箇所に反動として返ってくるのだから。ただ実戦を重ねることで向上する身体能力(ステイタス)に頼っていては絶対に扱えない技術なのだ。

 

 尤も、だからこそその妙技を真正面から打ち倒した男の異常さが垣間見える。

 当の本人は栗色の猫っ毛を風に靡かせ、ふわりと顔を緩ませて偉い偉いと子ども扱いにしてアイズの頭を撫でていたのだが。

 

 

「…止めてください、先生」

「ああ。ごめん、ごめん。昔から知っているからといって小さな頃と同じように接するのは良くない。分かっているんだけどね」

 

 

 でも、と続ける。

 

 

「嬉しいんだ。君が強くなってくれたことが。なにせ―――」

 

 

 と頬を緩ませながら。

 

 

「君は僕の、弟子だからなぁ…」

 

 

 師として弟子である少女に抱いた誇りを覗かせる言葉に、アイズもまた頬を緩めた。

 

 主神(ロキ)すら滅多に拝むことのできない剣姫(アイズ)の柔らかい笑顔。

 こともなげにそれを引き出した男は、やはりふわりと笑うだけ。

 

 

「うん。いつか君と本気で()()()()時が楽しみだ」

 

 

 その笑みに一欠けらの狂気が混じる。

 人畜無害を絵に描いた()()()その笑顔を見て、アイズは痛感する―――強い、と。

 

 恐怖はない。

 彼が()()()()人間であることは、『剣』の追求のために多くを捨て去ることのできる人間であることはずっと前から知っているから。

 

 彼との出会いからもう片手に余る年数が過ぎた。出会った当初よりも己は遥かに強くなった。それは心身ともに昇華を続けた成果である位階(レベル)が物語っている。加えてアイズを『迷宮都市(オラリオ)最強候補』に押し上げる母の風(エアリエル)も確実に掌握が進んでいる。

 

 彼と自分、実のところ二人の間に今の模擬戦から見えるほどの実力差は無い。

 対人使用を制限している母の風(エアリエル)を解禁すれば、後れを取ることは無いだろう。

 

 だがそれでもなお『剣』に限って言うならば―――むしろ出会った頃よりもその隔絶した技量の差は開いたのかもしれない。

 

 そしてそれを理解しているからこそ、男は誰よりも嬉しそうに笑うのだ。

 

 男の名はイタドリ・千里(センリ)―――その称号は『魔刃(ダインスレイヴ)』。未だLv5でありながら剣腕一つで『迷宮都市(オラリオ)最強候補』の一角に食い込む、『オラリオ最高の剣士』である。

 

 またの名をロキ・ファミリアの切り込み隊長。

 そしてアイズ・ヴァレンシュタインにとっては、剣の道における師とでも言うべき先達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】主人公ステータス

 

 

イタドリ・千里(センリ)

 

Lv5(Lv6に昇格可能)

 

所属:ロキ・ファミリア

種族:ヒューマン

職業:冒険者

到達階層:58階層

武器:刀

 

 

 

ステータス

 

 

基本アビリティ

 

力:A888

耐久:A821

器用:SSS1499

敏捷:S998

魔力:H113

 

発展アビリティ

 

狩人 F

剣士 E

耐異常 F

凶運 I

 

 

スキル

 

憧憬剣理(リアリス・フレーゼ)

早熟する。

憧憬が続く限り効果持続。

「器用」に超高補正、「力」「耐久」「敏捷」「魔力」に低補正。

 

自己制御(ハンディキャップ)

自己のステータスを自由に制限する。

 

死狂イ(ウォーフリーク)

瀕死に近づくほど攻撃力が極大上昇。

 

我魂宿剣(スピリット・オブ・ソード)

剣を装備すると全ステータスを上昇。

剣以外を装備すると全ステータスが極大下降。

 

正義天秤(アストライアス・スケール)

『正義』を行う時、全ステータスが上昇。

『正義』に反する時、全ステータスが大幅下降。

 

 

魔法

 

天覧御前大死合(テンランゴゼンオオジアイ)

決闘魔法。

術者と対象を結界で隔離する。

彼我のステータスの差により術者のステータスに補正がかかる。

差が大きい程ステータス補正の効果上昇。

一方の死亡もしくは精神枯渇(マインドダウン)により解除。

 

 

 




以下蛇足の後書き
読み飛ばし推奨


とりあえず(一応)主人公ステータスをペタリ。多分全部使う機会とかないので……。人物背景的な分はこれからのお話で展開予定。

ステータス的には優れた基本アビリティにスキルで更に補正を重ね、その上で器用:SSSの剣技で正面から斬殺する剣客スタイル。

極まった剣術家による一刀はただそれだけで必殺技なのだ(ウィング先生並感)。

窮地からの生存力は『死狂イ』と『凶運』で確保しつつ、格上相手でも魔法が使えればワンチャンある。その上基本思考が倒れる時は相手も斬殺しつつ前のめりという死狂い仕様。

関わりたくない(真顔)。

なお最後のスキルについて疑問に思われた方もいるだろうが、大体想像通り。ロキ・ファミリアへ入団する前に所属していたファミリアが存在して『いた』。

今後も【TIPS】という形で設定的なものを晒していく予定。なんせソード・オラトリア9巻分で一旦終わりなので本文中で晒すには尺が足りない。

元を辿れば主人公メインで本編やる予定だったが幼女(ロリアイズ)が最高過ぎて、主軸がキチガイから幼女にシフトしたため使う予定の無いネタがそこそこ埃を被っている。よってソード・オラトリア9巻以外のネタが大量にあるが、そこまで書く気力が無いので設定だけ晒す。自己満足とも言う。

はっきり言って読み飛ばしても全く支障はないです。



主人公の二つ名を修整(2019年3月24日)

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