剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十話

「……それじゃあ、また」

「うん。また同じ時間にここでね」

 

 

 生返事を返し、去っていく背中を見てセンリは顎に右手をやり、さてどうなるかと呟いた。

 先ほどまでの問答で、少女の胸の内に楔を打ち込めたのは確かだろう。子供なりに必死に頭を回して考え込んでいたのがその証拠である。

 

 良い方に変わればいいが、はてさて。 

 案外悪い方にこじらせる可能性もなくはない、が。

 

 

「あとは、彼女の家族(ファミリア)に任せるとしようか」

 

 

 センリは潔くロキ・ファミリアにぶん投げることにした。

 彼もできるだけマメに時間を取っているが、やはりアイズと最も多く接しているのはロキ・ファミリアだ。

 

 こうした心の問題はやはり、身近な人間から受ける影響がとても大きい。そしてロキ・ファミリア首脳陣の人柄や察しの良さはセンリも一目置くところ。きちんと少女の変化を見て取って、上手い具合に導いてくれるだろう。

 

 その点はあまり心配はしていなかった。

 しいて言うなら考えを改める際の反動が過ぎて、剣術に打ち込む意欲まで削がれなければいいのだが…。

  

 相変わらずややズレたところを心配するその背中に、アイズが去ってセンリ以外人っ子一人いないはずの路地裏から声がかけられる。

 

 

「彼女が例の《人形姫》ですか?」

「…リュー。珍しいね、君が路地裏(こんなところ)に足を運ぶなんて」

 

 

 背後からかけられた声に驚くことなく返事を返し、ゆっくりと振り向く。

 そこには覆面にローブ、露出するのは手首から先と怜悧な目元だけという女エルフが立っていた。

 

 彼女の名はリュー・リオン。

 センリと同じアストレア・ファミリアに所属する冒険者だ。

 

 先ほどからアイズとの稽古をうかがう視線が向けられていたのだが、彼女だったらしい。

 

 

「無論、私もこのような場所は好みません。しかし貴方と彼女の逢引きを邪魔する気もなく、かといって全てを無視できるほど今回の件について無関心ではいられない。それゆえのことです」

 

 

 逢引きのあたりに皮肉気な響きを利かせ、鋭い視線を送る。

 彼女は青年が他派閥の少女(アイズ・ヴァレンシュタイン)と密かに師弟の関係を結んだことに良い感情を持っていないのだ。

 

 

「筋のいい子だろう? まだ七つになったばかりとは思えないくらい、鋭い剣を振ってくる」

「それには同意します。末恐ろしい、と言うべきかはたまた末を見ることが出来るのか危ぶむべきかは迷うところですが」

 

 

 ちらり、と流し目を送ってくる。

 彼女(アイズ)()()()()()()―――色々な意味を込められた視線だ。

 

 

「末恐ろしい、と思わせてみせるさ。彼女の家族と、ボクがね」

「……正直なところ、()()()()とは思っていませんでした。しかし、確かに頷けるところがある」

 

 

 その返答に一定の理解を示しつつ、言葉を続ける。

 

 

「貴方が『自分に似ている』と言うだけのことはあります。幼い少女とは思えない鬼気だ」

「良い子だよ。少しばかり自分の中の黒炎(ほのお)に振り回されているけどね。それと意外と素直で天然だ」

「なんと。それはますます似ていますね」

 

 

 予想外の返しにジト目でリューを見遣ると、フッ…と覆面に隠れて見えない頬が笑みの形を刻んでいるのが察せられた。からかわれたのだ。

 

 

「真面目に言っているんだけどなぁ」

「普段から苦労させられていることへのささやかな報復です。甘んじて受け入れてください」

 

 

 そう言われると散々()()()()()実績のあるセンリとしては沈黙を守るしかない。リューはそんな青年の様子に一応留飲は下げたのか、笑みはそのままに口調だけは真面目なものに戻した。

 

 

「正直なところ、私はあの子の行く末をさして懸念していません。他人事だからではなく、貴方が師を務めているが故にです」

「……信頼が重いね。正直なところ、自分自身では欠片も自信が持てないのだけれど」

「それは…意外な言葉ですね」

「いまになってタケミカヅチ様の偉大さが身に染みるよ。()()()()()()()()()、よく面倒を見てくれたものだってね」

 

 

 かつての関係を正反対の立場になって味わってみて思うのは、やはりかつての主神の偉大さ、懐の広さだ。当時は一刻も早く強くなりたいと焦るばかりの自分を上から押さえつけているように思えたタケミカヅチをうっとうしく思ったものだが、逆の立場から見ると危なっかしくてしょうがない。

 

 いまオラリオで五体満足のまま、いっぱしの冒険者として立っていることが奇跡に思えてくる。

 

 

「なるほど。確かに幼少の貴方の面倒を見るのはさぞや大変だったことでしょう」

 

 

 皮肉と言うには実感の籠りすぎた言葉にセンリは思わず明後日の方向に視線を向ける。ファミリアではもっぱらコンビを組み、やらかした被害を主に請け負っているリューに向ける顔の持ち合わせが無かったためだ。

 

 

「ですが、やはり私の意見は変わりません。ええ、結果良ければ全て良しとし更に独断専行を好む点は一言モノ申したいところですが、貴方はいつも上手くやってきた。ならば今回もそうなるでしょう」

 

 

 と、ここで言葉を切り、やや挑発的な口調に切り替える。

 

 

「いえ、こう言うべきでしょうか―――上手くやりなさい。剣術しか取得のない貴方が取った、初めての弟子なのでしょう?」

「……悪くない励ましだ。やる気が湧いてきたよ、目に物見せてやるってね」

 

 

 零した弱音に慰めの言葉をかけるどころか容赦なく尻を叩いてくる相棒の言葉に、反骨心がむくむくと湧いてくる。無意識に犬歯を覗かせた凶暴な笑みが浮かぶ。

 

 イタドリ・千里はこう見えて人一倍負けん気の強い性質なのだ。挑発を食らえば煽りと分かっていても目に物を見せずにいられない。

 

 こうして少女本人と全く関係ないところで過剰なまでにやる気が入った師匠により、稽古を付けられたアイズの瞳に陰々とした殺意の籠るほど厳しい鍛錬が繰り広げられるのだが、それは少し先の話である。

 

 

「では、アリーゼやライラには今回の件はそのように言っておきましょう。全ての責任は貴方が負うと」

 

 

 色々と癖の強いセンリの操縦に長けたリューの煽りにやっとその調子を取り戻す。それを苦笑しつつも見て取るとやはり突き放すように発言を重ねた。

 

 対し、センリは望むところだと強く頷いた。

 

 

「是非も無し。だからしばらくの間御目こぼしを頼むよ」

 

 

 建前上、センリとアイズの師弟関係は余人に知られていないことになっているのだ。実際は両ファミリアのかなりの人員が知っているのだが、その関係が白日の下に晒されるとかなり面倒くさいことになるし、師弟関係が解消になるのは間違いない。

 

 

「承知しています。私もその件については異存はありません。()()()()()()()()

 

 

 わざとらしく二度繰り返し、強調するリュー。

 あからさまな不満の前フリに知らず、センリの額から冷汗が一筋落ちた。

 

 

「しかし」

 

 

 重ねて前フリの如く挟まれたリューの「しかし」にマズいと直感した。

 即ち、

 

 

「常々思っていましたが、貴方はいつも勝手な振る舞いが目立つ。今回もそうだ、話を聞くのはいつもコトが終わってからだ」

 

 

 ―――お説教タイムだ。

 

 

「リューの考え過ぎじゃないかなぁ。ほら、神ロキも神格者だったし、今回の件でも快くあの子を送り出したわけだし」

 

 

 殊更に朗らかな声音で大したことではないと主張するものの、そんな戯言はあっという間に一刀両断してしまう。

 

 

「それは結果論でしょう。私は貴方とあの子の一件ではなく、貴方がいつも周囲に相談することなく独断で事を運ぶ気質に対し苦言を呈している」

「……いや、ほら、そこはアストレア様には相談したし…」

「事後承諾で、とアストレア様からは聞きましたが」

 

 

 参ったなぁ、とばかりに頭の後ろを右手で掻く青年であったが、対峙するリューはあくまで冷ややかな視線を送るばかりである。

 

 平時から()()()()()ばかりいるセンリに対し、ファミリアで最も風当たりが強いのがリュー・リオンなのだ。

 

 

「まったく」

 

 

 ハァ、と一つため息を吐くリュー。

 

 

「今回の一件も、せめて私だけにでも事前に言ってもらえればもっと滞りなくロキ・ファミリアと交渉が済んだし、内内の混乱も避けられたのですよ。貴方は人一倍剣が達者なくせに、言葉の方は余りに足りなさすぎる」

 

 

 同じファミリアの仲間が聞けばお前が言うなと呆れながら突っ込まれたことだろう(ただし青年のみを例外とする)。リュー・リオンはどちらかと言えば直情径行で、言葉より剣を交える戦場の方がよほど得意なのだ。

 

 

「それは……すまない。でもこういうことはやはり頼み込む本人が直接言葉を交わすのが筋かなと」

「だから仲間にも黙って他所のファミリアと交渉の席に座るのが当然だと?」

「いや、それは…」

「貴方のことです。向こうから難題を吹っかけられても自分だけが被害を被ればいいと考えたのではないですか?」

「ハハハ…」

 

 

 図星を衝かれた青年はやはり曖昧な調子で笑うしかない。

 

 今となっては杞憂だったと笑う話だったが、あの時はアイズとの関わりを断たれることを避けるため、多少の無理は押し通すつもりでいた。その結果自身の身にロキらからの無理難題が降りかかろうとだ。

 

 そうした腹の底までお見通しな相棒に、センリは全面降伏で白旗を掲げるしかない。

 困ったように曖昧な調子で空笑いを零すのがせめてもの抵抗である。

 

 

「まったく」

 

 

 本日二度目の「まったく」であった。

 呆れと親しみ、愚か者への諦観がたっぷりと籠っている。

 

 

「貴方は愚かだ。そしてそれを自覚している」

「まあ、世渡りが上手とは思っていないし、言葉で交渉(チャンバラ)が出来るほど得意だとも思っていないよ」

「……ならば、もう少し私たちを頼るべきだ。貴方が起こす騒動で迷惑を被ることは多いが、その何倍も貴方には助けられている」

「えっと…?」

「きちんとした理由があるのならば、多少無茶であっても貴方の行いを咎めることはないと言っています。今回の一件だって、最終的に皆納得したうえであなたを送り出したでしょう?」

 

 

 リュー・リオンはセンリへ最も苦言を呈する機会が多い。

 言い換えれば、彼に対して最も面倒見が良いのがリュー・リオンということでもあった。

 

 彼女自身決して人当たりが良い訳でも面倒見が良い性格ではないのだが、ファミリアではコンビを組むことが多く、それ故に青年からの被害を最も多く受けている。ファミリア内ではセンリ関連の面倒ごとは大体リューに投げておけばいいや、という空気すらできていた。

 

 そうした事情からセンリに対し、常に率直に苦言を呈するし、彼もそれを甘んじて受けている。

 

 今回の一件でも青年から話を打ち明けられた後に真っ先に説教と文句を突き付けた後、最初にセンリの味方をして仲間たちを説き伏せてくれたのもリューだ。そのこともあって彼女には頭が上がらなかった。

 

 

「センリ」

 

 

 と、その名を呼び。

 

 

「私たちは家族(ファミリア)だ。家族とは、苦難と喜びを分かち合うものではないのか。それほど私達は頼りなく、信頼できませんか」

 

 

 どこまでもまっすぐに真情の籠った言葉をぶつける。

 エルフらしく潔癖で理想主義的な面の強いリューであるから、『幼少のころお世話になった恩神への恩返し』というセンリの素朴な動機にも強く共感し、実利的・実害的な側面から渋る一部の仲間達にも言葉を重ねて説得してくれた。

 

 主神のアストレアも彼の願いに好意的であったが、『正義』と『法』を司る女神ゆえに例外的なほどファミリアの運営から一線を引いて過ごしている。

 

 リューがいなければ、こうしてアイズに剣を教えることは叶わなかったかもしれない。少なくともこれほどスムーズには進まなかっただろう。

 

 

「……申し訳ない。うん、本当に」

「……反省したのならば次に活かすように。私とて好んで貴方を非難している訳ではありません」

 

 

 叱られてシュンとうなだれたセンリへ、かける言葉に迷った沈黙を挟み、結局は無難な言葉をかけるリュー。

 

 その様子はオイタをして叱りつけた飼い犬が予想以上に元気をなくし、かといって優しい言葉をかけるわけにもいかず、どう対応するか迷った飼い主を思わせる。

 

 要するに、二人の関係はそういうものであった。

 

 独特の嗅覚と勘で荒事と悪事の種を見つけ出しては真っ先に切り込んでいく青年と、それに追随して自身も剣を振るいつつギリギリで青年の動きを制御するリュー。

 

 訓練された狩猟犬とその主である狩人のような、ある種の名物コンビとしてオラリオでも知られている。

 

 なお、センリほどではないが暴走しがちなリューの首根っこはさらにファミリアの団長(アリーゼ)が握っているという二重の管理体制である。

 

 

「分かった、気を付けるよ。ごめん、苦労をかけるね」

「二年は遅い発言です。そして無用な発言です」

 

 

 ちなみにリューの言う二年はセンリがファミリアに入団した時期だ。彼らがコンビを組んだ、あるいはリューがお目付け役を任された時期でもある。

 

 

「私は貴方の相棒(コンビ)なのですから」

 

 

 やれやれと言いたげに肩をすくめ、当たり前のように告げるリューに思わずイケメンだなぁと感心するセンリだった。彼が『彼女』だったのならばきっと惚れていただろう。

 

 

「……なにか?」

「いいや、なにも?」

 

 

 何か邪念を感じたのか、物問いたげな視線をリューが向けてくるが、いっそ胡散臭いくらいに輝く笑顔を張り付けてしらばっくれる。

 

 その様子にますます怪しいと感じたリューが更に強い口調で問い詰める光景がしばらくの間続く。

 

 ()()()()アストレア・ファミリアが健在だったころの、在りし日の一幕である。

 

 リュー・リオン。

 そしてイタドリ・千里(センリ)

 

 ともにファミリア団長であるアリーゼ・ローヴェルを抑えてLv4の高位にある第二級冒険者。 

 アストレア・ファミリアの二枚看板とも称される、『正義』のファミリアの双璧であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】この時より四年後、アストレア・ファミリアは壊滅する。生存者はイタドリ・千里とリューリオンの二名。この時生き残った両名はそれぞれ深刻なトラウマが刻まれ、重度の共依存に陥りかけた。壊れかけた二人に『正義』は背負わせるにはあまりに重すぎると判断し、アストレアは自ら派閥(ファミリア)を解散。しばらくの時を経て二人はそれぞれの道を歩き出す。

 

 アストレア・ファミリア壊滅より数日後、オラリオのあらゆる勢力は『正義(シロ)』と『(クロ)』に無理やり分けられ、『悪』と()()()勢力はほぼ一人の剣士の凶剣によって根絶やしにされた。

 

 かの剣士がギルドのブラックリストに載っていないのはその逆襲を予期したロキ・ファミリア他数多の有力派閥もその騒動に乗じて大きな成果を上げ、その影に紛れたため。またかの剣士を討ち取るリスクに対するリターンが全く割に合わないと誰もが理解していた点も大きい。『悪』の勢力と繋がりがあった者たちでさえ。

 

 この時よりオラリオは『暗黒期』を脱し、急速に安定と秩序を取り戻していくことになるが、誰よりもそれを追い求めた『正義』のファミリアの姿はそこに無かった。

 

 




アイズの年齢を八→七に修正(2019年5月25日)。

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