剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十一話

 それからしばらくは平穏で、順調な日々が続いていた。

 アイズも、センリも、オラリオもまた。

 

 アイズもあれほど向こう見ずだった危なっかしさは鳴りを潜め、以前よりもはるかに自分の体と剣を労わるように変わっていった。

 

 

「良い調子だよ。きちんと剣先まで神経を届かせているね」

「ん…」

 

 

 やる気に溢れる瞳で稽古に熱を燃やしながら言葉少なく答える。

 燃えるような感情はそのままにがむしゃらさは抑えられ、一刀一刀振るう剣戟は指先の扱いまで意識した繊細さが見て取れる。

 

 かつてのような過剰に体を痛めつけるような鍛錬は控え、休息の時間を取ることを心掛けていた。その上でセンリやフィンたち、医療系ファミリアなどに話を聞いてより効率よく休息する術を探し、身に付けるようになった。これが後のアイズの『趣味』に発展していくのだから、人生はわからないものだ。

 

 剣の扱いもそうだ。以前のように使い潰す勢いで酷使するのを避け、刀身の手入れがアイズの日課になった。一本一本に向き合い、苛烈な剣技と繊細な剣技を使い分けた。

 

 それでも通常の冒険者と比べて異常なほどのハイペースでダンジョンに挑み続けているのは変わらなかったが、ロキ・ファミリア首脳陣は渋い顔をしながらもそれを認めたし、センリは推奨すらしていた。

 

 強くなることは(すなわ)ち狂気の沙汰だ。

 大業とは正気では成せるものではないのだから、むしろアイズの悲願(ネガイ)を叶えるためには狂気に身を委ねなければならない。

 

 もちろん狂気の淵を突っ走るばかりではいつか淵の向こう側へ転げ落ちるのを待つばかりなので、狂気と正気のバランスを上手く取らねばならない。それは細いロープの上で全力疾走を行うがごとき無理無茶無謀だったが、逆に言えばそれくらいやってもらわねば誰よりも強くなるというアイズの目標には届かないだろう。

 

 そうした見極めを師である青年は先達として叩き込みつつ、ある程度の無茶はむしろ積極的に勧めていた。

 

 結果、アイズの剣腕はもちろん能力値(ステイタス)もグングンと伸び続け、過日のような燻った焦りは嘘のように拭い去られた、良い顔で鍛錬に励むようになった。

 

 センリはそれを見て「子供は元気なのが一番だね」と呟いたが、その呟きについて聞き及んだ全員から何とも言えない視線を向けられたという。

 

 そんな剣客基準では概ね平穏な日々が過ぎていき、釣られるようにオラリオも闇派閥らの襲撃も抑えられ、小康状態を迎えていた。

 

 最近、青年の愛刀は仲間とともに赴くダンジョンで魔物を切り殺すばかりで、『悪』の勢力の構成員らの血を一滴も吸っていない。

 

 平和なことはいいがこのままでは対人戦の勘が鈍ってしまいそうだと愚痴を漏らしては主神アストレアやリューから説教を食らっていた。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 今日も、いつもの路地裏で恒例となった鍛錬を行っていた。

 

 普段であればもっと気を入れてアイズを指導しているのだが、どうも今日のセンリは気もそぞろな様子だ。疑問に思った教え子が問いかけても、師はなおざりに返答してはまた元の木阿弥に戻ることを繰り返しており、彼女の機嫌を悪化させていた。

 

 

「うーむ」

 

 

 センリは自分でも気合が入っていないと自覚したのかピシャリと手のひらで額を打つと、一つ頷いてアイズに告げた。

 

 

「今日はここまでにしようか」

「……私はまだまだやれる」

「ボクの方が不調でね。すまないが今日の分はまた今度だ」

「だらしない。体調管理が不十分な証拠」

「ハハハ、よりにもよって君に言われるとはなぁ」

 

 

 恐らく少女を知る人間が満場一致で頷くだろう発言であった。センリ自身手を焼かされた側なので漏らす苦笑いにも実感がこもっている。

 

 とはいえ最近は『いかに効率よく休息するか』というテーマを追求することが半ば趣味になっているアイズなので、一言不満を漏らす位は許されるかもしれない。

 

 

「ま、無理に続けておかしな指導をするよりも、帰って本拠地(ホーム)で素振りでもしてもらった方がお互いにとって良いからね。代わりの日程は出来るだけ急いで用意するから、今日はもう勘弁しておくれ」

「……分かった。仕方がない」

 

 

 楽しみにしていた玩具を取り上げられた子供のようにふてくされている様子のアイズだが、渋々と頷いた。質のいい鍛錬、質のいい休息を取ることが結局は上達への早道になると理解していたからだろう。

 

 

「今日は一緒に戻ろうか」

「…なんで?」

「なんとなく、かな。凄く嫌な予感がするんだよね」

 

 

 普段であれば師弟関係の発覚を恐れて決してしないだろう提案である。そのことを疑問に思ったアイズが問いかけるが、帰ってきたのは多分に感覚的な発言だった。

 

 その確たる根拠のない発言にアイズは胡散臭げな顔をしていたが、自身の直感に信頼を置くセンリはこれから襲い来る荒事の存在を半ば確信していた。

 

 きな臭い匂いが彼の鼻腔を擽るのだ。普段と変わらないはずの街のざわめきに、妙な気配を感じてしまう。

 まだ姿を見せていない闘争の先触れをセンリの第六感が感じ取っていた。そしてそれは時間を追うごとにどんどん強くなっていく。

 

 出がけに団長のアリーゼに一言告げていたのは幸いだった。この直感は二回に一回くらいは外れるから流石に完全装備で準備万端ということはないだろうが、それでも準警戒状態くらいは維持しているはずである。 

 

 

「……いいけど」

「決まりだ」

 

 

 同意が得られるとすぐにアイズが振り回していた竹刀を回収し、竹刀袋にしまい込む。そのまますぐに一通りの後始末を済ませてしまうと普段と変わらない笑顔でアイズを促した。

 

 

「それじゃあ帰ろうか。君の(ホーム)に」

「……うん」

 

 

 アイズは君の家と言われてすぐ《黄昏の館》を連想した自分に気づき、少しだけ声を小さくした。

 

 

「ここから《黄昏の館》までほとんど大通り経由だから心配はないと思うけどね。騒ぎが起きたらボクはそっちに行かなきゃならないから、その時はまっすぐ館まで戻るんだ」

「……私も、戦える…けど」

「うん、やる気があるのは大変結構。ただフィン達はまだ人間同士のやり取りは無理に経験しない方がいいという考えだ。そうなるとボクはその方針に従うだけだ」

 

 

 これまでも何度となく『闇派閥』の襲撃がオラリオを騒がせていたが、そのたびにアイズはフィン達から黄昏の館で大人しくしているよう命じられていた。その事実上の戦力外通告にアイズは密かにのけ者にされたような気持ちを抱いていた。

 

 自分の強さなら大丈夫、という自負を幼いなりに持っていたから、出来るならばアイズもフィンやリヴェリア達と肩を並べて戦いたかった。それと一応センリとも。

 

 流石に他派閥の人間ということで遠慮がちに申し出るアイズに、師である青年は噛んで含めるように諭す。センリ自身は本人がやりたいって言ってるからいいんじゃないか、というスタンスだが慎重なのに越したことはないというフィン達の主張も分かる。なにせ命は一つしかないのだから。

 

 

「剣技の追求という意味では同族との命のやり取りも意味はあるのだけれどね…。ただモンスターを討伐するのとは勝手が異なるのも確かだ。モンスター相手の斬った張ったに慣れていても、いざ人間同士で殺し合うと戸惑って普段の実力が発揮できないなんてのもザラだ。僕も流石にフォローが利かない状況で君に対人戦の初陣を迎えさせたくはないな」

「私は大丈夫なのに…」

「まあ、いまのオラリオは物騒だからね。ひょっとしたら向こうから揉め事がやってくるかもしれない。どうしても避けられない時は遠慮なく君の愛剣(ソード・エール)を振り回して追い払えばいいさ」

「うん……。……………………ぅん?」

 

 

 あれ? と首を傾げるアイズ。果たしてそういう話だっけと幼い頭で考えるがすぐに良く分からないと結論を出した。まだまだ二桁の年齢にも達していない子供だ。青年の話を理解しきれず、煙に巻かれたような気分になってそれ以上考えるのを止めた。色々な意味で正しい選択だろう。

 

 この場に誰か一人でも関係者がいればフォローする方向を間違えていると突っ込んだろう。アイズはオラリオで起きる抗争から一人遠ざけられていることに疎外感を感じているのであって、人を斬れないことを残念がっているのではない。

 

 そもそも年端もいかない少女の手を同族の血で汚させることについての倫理的な引っ掛かりはないらしい。この青年がよりにもよって『正義(アストレア)』のファミリアに属していることがオラリオの住民に疑問を以て取沙汰されるのも無理はない話だった。

 

 青年に言わせれば自分のような冒険者こそアストレア・ファミリアに所属するべきだという意見なのだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本来イタドリ・千里は人一倍剣術の才能を持ち合わせながら、親しくなった人間から影響を受けやすく、意外なほど従順で、挙句の果てにまともな倫理観を持たない。

 

 タケミカヅチ達に拾われ、養育されていなければただ使い手の意を受けて災いを振りまく凶剣に堕ちてもおかしくなかっただろう

 

 人間としては恐ろしく(イビツ)な、まるで使い手によってその在り方を変える『(ツルギ)』のような人間だ。

 

 使う人間と使われる人間の二つに分けるとすれば、青年は間違いなく後者である。だが誰かに使われる『(ツルギ)』であっても、自らの使い手を選ぶ自由はある。

 

 そして青年は己という剣の使い手を正義の女神(アストレア)とその眷属達を選んだのだ。同じ人と魔物の血に塗れるのであっても、闇派閥の外道どもに凶刃として振るわれるよりも彼女たちと共に同胞として戦場に立つ方がはるかに爽快なのだから。

 

 あるいは倫理観の破綻した青年がもつ善悪に対する嗜好を善性に傾けたことこそが育て親であるタケミカズチらの最大の功績なのかもしれない。

 

 

「……何か間違ったかな?」

「……分からな、い…?」

 

 

 天然二人による傍から見ていればツッコミ不可避なやり取りを交わしながら、それでも二人は穏やかに大通りを歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその帰路で当然のように火の手が上がり、オラリオは悲鳴と狂騒に包まれた。

 

 

 

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