剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十三話

 斬首戦術。

 

 指揮官の首を刈り取り、戦力と心理の両面から『闇派閥』の度肝を抜く。

 

 センリが最も好む、対『闇派閥(イヴィルス)』の常套戦術だった。敵は怯ませ味方を鼓舞し、ついでに彼自身は強敵と戦えると言う大変お得な戦法だ。

 

 その戦術に従って敵方の中でも頭一つ抜けていた実力者をあっという間に斬殺した青年は、その首を拾って『闇派閥』を挑発するように掲げた。

 

 

「どうした、狗盗(イヌコロ)。殺し合いが望みだろう? そら、お前らの仇敵(クビカリ)が此処にいるぞ。無抵抗な民草は襲えても、仲間の仇と刃を合わせる度胸は無いか?」

 

 

 狂奔とでも言うべき、敵も味方も血に酔わせ、殺し合いに走らせるよう不吉な圧力がセンリを中心に放射されていた。

 

 敵の肝を根こそぎ抜き取り、味方からは恐怖されつつも百万の援軍の如く頼もしがられるその威風。流石は他の高位冒険者を差し置いて『悪』の勢力から群を抜いて恐れられる『首刈り』と評すべきか。

 

 『正義』とはただ優しさだけではない。罪に対する罰もまた『正義』の領分である。故に彼こそ『悪』に対する因果応報、罪人たちへその報いを疾く届ける断頭台の刃なのだ。

 

 

狗盗(イヌコロ)どもは()()()()()。たとえこの場を逃れても絶対にお前らを鏖殺(みなごろ)す。絶対にだ」

 

 

 派手な乱入劇に敵も味方もセンリへと視線が集中する。視線を合わせたそこに居たのは死相を浮かべた手柄首を左手に下げ、札付きの悪党どもが怯えて逃げ出すほどに血生臭い死臭を漂わせる一振りの剣士(ツルギ)

 

 

「『首刈り』…()()が」

「ツイてるぜ。あいつがいれば百人力だ」

 

 

 冒険者が。

 

 

「あのゼッダが一瞬でやられちまった…」

「嘘だろ…。よりにもよって『処刑人』にかち当たるなんて」

 

 

 あるいは『闇派閥』が、怯えと畏れを多分に含んだ呟きを囁き交わす。

 

 オラリオに雷名轟くセンリの参戦はそれだけの衝撃をこの場にいる全員に与えた。第一級冒険者すら差し置いて『闇派閥』から最も恐れられるだけのことはあった。

 

 『悪』の勢力蠢く戦場へ真っ先にカチこみ、真正面から事件の元凶を文字通り一刀両断する果断さと剣腕。好んで強敵を討ち取り、その首級を見せしめに晒すことで知れ渡った悪名も相まって『暗黒期』のオラリオにおける知名度は屈指だろう。

 

 センリが挙げた『闇派閥』の首級(クビ)は著名な者だけを選んでも両手の指に余る。捕縛した末端を含めれば三桁は優に超え、恐らくはオラリオで最も対人戦闘経験が豊富な冒険者の一人だった。

 

 

「まず指揮官の首は取った。次はお前らだ」

 

 

 手に下げた兜首を『闇派閥』の構成員らの足元に放り投げると、光を宿さない虚ろな眼球と()()()()()()()()。それはまるで次はお前らの番だぞと無言で語りかけてくるかのようで…。

 

 ジリ、と思わず構成員らの足が一歩後ろに下がる。

 

 本来ならばここで下っ端たちの尻を蹴飛ばし、先陣を切って剣を向けただろう巨漢も真っ先に斬り殺され、士気の崩壊を食い止める存在が不在だ。

 

 冷静に考えればまだまだ彼我の戦力差は開いていない。Lv4の指揮官は失ったが、まだ中核となれるLv3の強者たちがそれなりに残っている。彼らが下っ端を纏めれば抵抗は十分可能だ。

 

 だが、果たして本当にそれが可能か……それは、一様に恐怖で顔を引き攣らせた『闇派閥』構成員らを見れば一目瞭然だろう。

 

 

「気を楽にして受け入れろ。地獄でも寂しくないように全員仲良く首を斬り取り並べて晒してやるから、サ」

 

 

 狂笑。

 

 いっそ朗らかな狂気を浮かべた笑顔が、悪党どもの肝っ玉を残さず引っこ抜いて擦り潰した。

 

 その笑みを直視してしまった悪党どもは悟らざるを得なかった、今日この時のこの場にいる自分は恐らく世界で一等不運な男なのだと。

 

 そして同時にこうも思うのだ、自分『だけ』はああなりたくないと。一度、一瞬でも大半がそう思ってしまえばもう腰が引けるのを止めることはできない。

 

 士気が崩れるとはそういうことだ。

 

 

「―――」

「……あ、おい」

「待てよ、俺も!」

 

 

 センリから最も離れた場所にいた者たちがまず出来るだけ気配を消して逃亡を図り、次いでそれに気付いた者たちが声を上げる。するとあとはもう雪崩を打って少しでも青年から距離を取るために遮二無二冒険者たちの密度が薄い方角へと向かっていく。

 

 逃げなかったのは青年から最も近く、背を向ける方が逆に危ないと悟ってしまった憐れな最初の犠牲者たちくらいだ。

 

 

(クズ)が」

 

 

 軽蔑の念と共にセンリは呟く。

 この状況を狙ったのも確かだが、その選択は全くもってセンリの好みではない。

 

 せめて敵将の敵討ちと向かって来れば悪党だろうとそれなりに敬意を持って斬り伏せただろうに。だが現実はただ死にたくないからと破れかぶれで剣を振りかぶってくる戦士以前の暴徒だけ。

 

 当然そんな腰の引けた連中に後れを取るセンリではない。

 

 一振り、二振り。恐ろしくて慣れた動きで手早く斬殺すると、あっという間に傾いた戦況に呆然としている冒険者たちに檄を飛ばす。

 

 

「ボサッとするな! 大物食いの機会だぞ、二人一組(ツーマンセル)で組んで背中から斬りかかれっ!」

 

 

 その檄を聞いた冒険者たちが金縛りが解けたようにその指示に従って追撃戦へと移行する。

 

 

「行くぞ、てめえら! 『首刈り』にばっかり活躍を掻っ攫われてたまるかよ!」

「お、おおぅ! 奴の言う通りだ、今なら俺たちだって『闇派閥』のクソどもをぶち殺せる! 武勲の稼ぎ時だぜ!!」

 

 

 彼らが言う通りこの状況ならばたとえ低位冒険者でも、十分に格上を殺せるチャンスはあるだろう。背を向けて逃げる敵などこの世で最も殺しやすいものの一つなのだから。

 

 神々が好む『偉業』からは遠いだろうが、酒の席の自慢話には十分すぎる。

 

 

「そうだ、俺たちだって! 俺たちだってなぁ、オラリオを守ったんだって思ってもいいじゃねえかよ!」

 

 

 何より彼らが『闇派閥』の悪行から目を背けず、抗うために剣を取った勇気の持ち主であるという事実に一切の嘘はないのだから。

 

 青年は気勢を挙げ、逃亡する『闇派閥』を追う構えの冒険者たちに目を向けると一つ頷く。ひとまず逃げ去った『闇派閥』の対処はこれでいいだろう。

 

 

「よし…あの子は」

 

 

 次にここへ来た時真っ先に目に留まった倒れ伏す幼い子供のもとへ駆け寄ると慎重に抱き起こす。そこにあったのは脱力した身体に血の気の引いた顔、流れ落ちた夥しい血液…。

 

 既にこと切れていると悟ると短く冥福を祈り、開かれた瞼を閉じる。似たような悲劇はもう何度となく遭遇していたが胸の中に燃える怒りの熱だけは変わらない。

 

 世の中にはどうやっても救いようのない悪党がいる。『闇派閥』はその最右翼であり、センリはその存在を強く嫌悪していた。

 

 息を一つ吐き、気持ちを切り替える。どの道奴らは残らず豚箱送りか処刑台(あのよ)行きだ、()()()()()()()()()()()()()()()絶対にそうすると決めている。

 

 

「すまないが、負傷者は君たちに任せていいか。此処はギルドからも近い、すぐに救援も来るはずだ」

「お、おう。あんたは…?」

「仕事の続きだ。野良犬どもが暴れているのは此処だけじゃない。近いところから虱潰しに根切りにしていく」

 

 

 追撃に加わらず、先ほどまでの戦闘で倒れた負傷者たちを助け起こしていた冒険者の男に声をかけると、驚いた様子ながらしっかりと返事を返してきた。センリがさらりと零した皆殺し発言にやや引いていたが。

 

 

「恐らく此処を襲った連中は陽動だ。数こそ多い割に手練れが少ない。少なくとも冒険者がたむろするギルド付近で大それたことをやれる戦力じゃない」

「……あー、言われてみれば《白髪鬼》に《殺帝》も見かけねぇな」

 

 

 男が口にしたのは『闇派閥』の二つ名持ち。悪い意味で有名な悪党たちだ。センリとも何度か刃を交わし、その度に生き残ってきた猛者たちである。

 

 人間性は下劣の極みだが、その実力と生き汚さだけはセンリも認めるところだ。

 

 

「奴らが表に出てきているならそれこそ都合がいい。今度こそ三途の川の渡し賃を押し付けてやるとするさ」

 

 

 極東独特の言い回しを用いた殺害宣言。男は咄嗟に意味を呑み込めなかったようだが、一段低く冷え込んだ青年の殺気に大意を悟ったらしく、『闇派閥』に何時もなら絶無に等しい同情を覚えた。

 

 少なくとも男は()()()()に地獄の淵に叩き落されるまで追いかけられ続けるのはそれこそ死んでもごめんである。

 

 

「大体は了解だ。悪いがあの糞野郎どもの始末は任せたぜ、『首刈り』」

「その二つ名、あまり好きじゃないんだけどなァ…」

「ハ、それこそ冗談だろ。随分と堂の入った振る舞いだったぜ、死刑執行人も思わず拍手喝采を上げるだろうよ」

「悪党が然るべき報いを受けただけさ」

「そいつは違いない。俺たちは荒くれのならず者だが、それでも守るべき一線ってのはあるべきだ。あの悪党どもの姿を見てそれを自覚したってのは皮肉だがな」

「『悪』の振る舞いが人々に『正義』を思い起こさせ、身を正すキッカケとなる。確かに皮肉な話だ」

 

 

 人々が悪しき振る舞いを見て、自らの行いを正す糧とする。その結果は素晴らしいことだが、それを成したのが『正義』ではなく『悪』であるというのはセンリが言う通り皮肉な話だろう。

 

 

「あとは悪党どもの首をぶった切って見せしめに晒すセイギノミカタがおっかないからってのもあるだろうよ。悪事をやらかせば首が飛ぶと分かって悪いことをやれる奴は少ないわな」

「……君、意外と良いやつだなぁ。見た目は結構おっかないのに」

「うるせぇ! よりにもよってお前にだけは言われたくないぞ畜生!!」

 

 

 ぶっきらぼうにフォローするまさに荒くれ者と言った風体の髭面の男にナチュラルに失礼な発言を漏らし、怒鳴られるセンリ。

 

 なお見た目と中身の乖離で言えば、センリの方がよほど男よりも大きいだろう。見た目は優し気な商家の若旦那、中身は悪党を見ればとっ捕まえるか斬り殺して然るべき報いを与えるのがライフワークというヤベー奴(アンタッチャブル)である。

 

 

「それじゃ、ここは頼むよ」

「覚えてろよ、畜生め。ま、ここは任せろ」

 

 

 男と短く言葉を交わし、センリは次の戦場へと足を向ける。

 

 

「次に行くか。掃除をしがてら」

 

 

 恐れをなして逃げ出した『闇派閥』構成員たちは最早統制もなくオラリオの四方八方に散っている。何か大事を起こせる戦力は無いが、短期的には混乱はむしろ加速するだろう。その混乱を少しでも鎮火するためにも見かけた範囲で始末するとしよう。

 

 そう胸の内で決め、また次の戦場へと駆け始める。第二級冒険者の俊足を以てすれば、オラリオを縦横に駆ける内に逃げ去った『闇派閥』の下っ端たちがちらほらと目に留まる。

 

 

「一罰百戒。見せしめと散れ、悪漢ども」

 

 

 悪党どもにとって生憎なことにセンリの鏖殺(みなごろし)の誓いは徹頭徹尾本気だった。優先順位を間違える程ではないが、必ずや『闇派閥』の輩は最低でも一人残らず豚箱にぶち込むか絞首台に送り込むと決めている。

 

 こうしたセンリの『悪』に対する苛烈さはファミリア内においてもしばしば争議の源となっているのだが…、ともかくこの騒ぎにおいてその主張を変える予定は一切ない。

 

 早速とばかりにその無防備な背中へと怪鳥の如き勢いで青年の愛刀が斬りかかり……、オラリオのそこかしこが血と臓物をぶちまけた血の海(ブラッドバス)へと変貌するまでさして時間はかからなかった。

 

 

 




 ひとまずストックが尽きたのでまた書き溜めを始めます。
 投稿を始めた時には思いもしなかった高評価を頂き、思わず『マジかよ』と真顔で呟きました。
 本作を応援いただき、誠にありがとうございます。

 ひとまずの〆であるソード・オラトリア9巻のラストに向けて、考えはまとまっているので後はそこまで突っ走ります。

 なお全体の尺で言えばこの話で起承転結の『転』が始まったところ辺り。

 ここからアイズの心をガツンと揺らしてひと騒動。『結』でもう一イベントこなして最終的にはほのぼのハートフルでハートウォーミングなラスト……に、なるんじゃないかなぁ(願望)

 執筆中に予定変更が発生しました。このまま完結までノンストップだぜ。とはいえ最終的にはほのぼのハートフルでハートウォーミングなラストなのは変わりない……はず!

 ともあれ最後までお付き合い頂ければ幸いです。



 後書きの文面を修正(2019年6月1日)

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