剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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更新再開します。



第十四話

 常ならぬ騒乱に叩き込まれたオラリオを、アイズは周辺を警戒しながら『本拠地(ホーム)』へと駆けていく。最初は思い入れも何もなかった『黄昏の館』がいまや自分の中に『帰るべき家』へと根付いていることに我がことながら驚いてしまう。

 

 いまオラリオを騒がす『闇派閥』とはまた別の人間から意図せずして恐怖を刻まれたアイズは一刻も早く自らの『(ホーム)』に帰り、ベッドに潜りたかった。また出来るならリヴェリアに抱き着きたかったが、これは少女の胸の内から決して漏らせない乙女の秘密である。

 

 センリが無思慮に放った禍々しい殺意によって萎えた気力を取り戻すのにしばらくかかってしまったため、何らかの騒ぎに巻き込まれてしまうかもと危惧していたのだが、幸いなことにこれまでは何にも巻き込まれずに済んでいる。

 

 

「―――なにか、聞こえる」

 

 

 ふと、真っ直ぐに『黄昏の館』へ駆けていくアイズの耳が怪しい物音を捉える。目指していた館はもう目と鼻の先だ。その油断もあってアイズはつい、立ち止まってしまった。

 

 視線を向けたすぐそばの路地から何か騒がしい音がする。騒ぎを聞きつけた市民が逃げる足音か、それとも街を襲う悪漢が路地を我が物顔でのし歩いているのか。

 

 どちらにしろアイズに関わるつもりは全くない。

 

 

(まっすぐ、逃げる…。様子を見るのもダメ。見に行くならコレを振るう覚悟を持たなきゃ…)

 

 

 いつもならば頼りがいのある背中の重みが、今日ばかりは違った意味を感じさせる。戦い、そこに付随する命のやり取りの重みを、アイズは今更ながらに実感していた。

 

 

(いつもなら、平気なのに…。なんで、あの時だけ―――)

 

 

 ダンジョンでモンスターと殺し合うことなど日常茶飯事だというのに、何故殺気を露わにしたセンリには常に無い程怯えてしまったのだろうか。 

 

 疑問が頭の中でくるくると回るが、当然の話だ。

 

 父と母を奪った憎き怪物(モンスター)と言葉と意思を交わせる同族(ヒト)。その二つは命を奪い合う相手としてあまりに違い過ぎるのだから。

 

 センリと殺し合ったわけでもその予定があるわけでもないが、その鋭すぎる殺気は否応なく戦士としてのアイズを刺激した。そして人間として同族との殺し合いを忌避する感覚と、絶対に勝てないほどの実力差が相まって常に無い程アイズを怯えさせたのだ。

 

 だが幼いアイズにはまだその違いまでは分かっていなかった。

 

 戦いは戦いであると、無邪気な考えを抱いていたのだ。

 つんざくような女性の悲鳴が耳に届くのをキッカケとした、次の戦いまでは。

 

 

「退け、邪魔なんだよ!」

「駄目、ダメ…! この娘だけは!」

 

 

 荒々しい、余裕のない男の罵声とその乱暴を必死に制止する女性の悲鳴。先ほど物音がした路地裏から飛び出てきたのだろうか。酷く乱れた服装と形相で必死に逃げる母娘と、それを追う暴漢の姿があった。

 

 咄嗟にそちらの方へ眼を向けたアイズは思わず目を見開くほど、精神的なショックを受けた。

 

 そこにあったのは悪漢(モンスター)から(アイズ)を守る、(アリア)

 

 

「ぁ…」

 

 

 喉奥から絞り出すように息を漏らす。

 いつかの悪夢が目の前の光景に重なり、フラッシュバックした。

 

 逃げ遅れた見知らぬ母娘(おやこ)に迫るならず者の凶刃。

 

 

()()、失うの…?)

 

 

 かつての焼き直しがアイズのトラウマを刺激する。見知らぬはずの母娘(おやこ)に自らと母を重ね、胸に燻る黒炎(ほのお)を一気に燃え上がらせた。

 

 

「――――そんなの、(イヤ)だ!」

 

 

 師からは()()()()()が無ければ、己が剣を抜くなと厳命されている。

 だが眼前の光景はアイズにとって()()()()()、決して見逃せない…見逃してはならない光景そのものだった。

 

 

「その(ヒト)に、触れるな!」

 

 

 娘を庇い、その無防備な背中をならず者に晒す母親に、もうどこにもいない誰かの面影を重ねる。アイズがアイズに誓った悲願(ネガイ)のために、眼前の悲劇に背を向けることは許されない。

 

 戦いに向かう迷いと恐れは抱いた激情に塗り潰され、抜剣したソード・エールを手にならず者に向けて斬りかかった。

 

 

「クソが! いつもいつも邪魔ばかり…!! 冒険者どもや市民をぶち殺して散々楽しんでやろうと思ってたのによォ!」

 

 

 邪魔の入ったならず者が振り返ってアイズの剣を受け止め、身勝手すぎる嘆きを吐き出す。

 

 品性の下劣さがよく分かる無法者の発言に、意味は分からずともアイズは猛る。こいつは間違いなく悪い奴だ、こいつは…(モンスター)だ!

 

 

「と、と…! 畜生、ガキのくせに達者じゃねえか、クソ!」

 

 

 つくづくツイてねえと喚く男を他所にアイズは剣速を上げていく。

 

 

(こいつは……コレは、()()!)

 

 

 ()()()()()()()心を殺意で塗り潰し、更に剣戟の回転を上げていく。

 

 怒りに支配されたアイズが振るう剣は迷いがない。また常日頃から竹刀を常用し、打っても死ぬことは無いと躊躇なく振り切ってきた経験が活きて実戦の場でもそこまで剣戟の鋭さは落ちていない。

 

 

「ちっくしょうが…! てめえ本当に子供(ガキ)か!?」

 

 

 毎日のようにダンジョンへ潜り、更にセンリを筆頭にした高位冒険者の教導を受け続けたアイズは既に下級冒険者でも有数の実力を持っている。

 

 対して男が勝っているのはリーチや対人戦の経験くらいだ。そもそもの基本スペックが根本的に異なる。

 

 センリがよく唱える理屈に則って例えるとアイズをよく研がれ、使い込まれた短剣。それに対比される男はただ粗暴なだけの、錆びついた刃だ。

 

 こと()()()()()()()アイズの優位は動かない。

 

 だが。

 

 アイズが未だ経験しておらず、理解していないことが一つあった。その点においてアイズは男よりも劣っており、その一点で以て勝てるはずの戦いが詰め切れずにいた。

 

 (すなわ)ち、これは対人戦であり、退治する敵はどれほど下劣で救いようがなかろうと歴としたアイズの()()であるということだ。

 

 社会性生物である人類(ヒト)同族(ナカマ)を相手に殺し、殺されることに本能的に忌避感を覚える生き物だ。これは訓練か、あるいは生得的に人類(ヒト)として壊れているかでしか克服できない。

 

 

「この…!」

 

 

 絶え間ない連撃が男を追い詰め、あとはトドメを刺すだけという段になってアイズの剣が無意識に鈍った。

 

 故に、当たるはずの刀身が何故か外れてしまう。本来ならば必殺のそれが男の命を奪う軌道から逸れ、かすり傷を付けるのにとどまった。

 

 

「お…?」

 

 

 ならず者は疑問の声を上げると、脳裏に一つの仮説が生まれ、アイズの戸惑ったような表情を確認するとそれが腑に落ちた。

 

 

「ハハ…。ギャハハハッ! 見抜いたぜ、てめえ同族(ヒト)をブチ殺した経験が無いな!?」

 

 

 威圧的な笑い声に、アイズが怯む。粘ついた眼光と恫喝的な響きの胴間声。敵の弱みを見抜いた悪党は途端に元気を取り戻していた。

 

 センリならばこのならず者を実力に関わらず生き汚く、一番鬱陶しい輩と評しただろう。強い弱いではなくただひたすらにしぶとい類の下種だ。

 

 

「だから……だから、どうした!」

()()()()()()()()()、てめえの剣はなァ! (オレ)を殺さないようにビクビクビクビク縮こまって剣を振るってやがる! 剣が泣いてるぜ、主人が下手くそ過ぎて辛ェってな!!」

 

 

 男は弱い。少なくとも剣の腕は仲間内では下から数えた方が早いと言う有り様だった。だがそれでも男が他のものよりも勝っていた点もある。

 

 つまり敵の弱みを見抜く目と、見抜いた弱みを徹底的に抉るえげつなさこそがそれだ。

 

 

「お子ちゃまは帰ってママのおっぱいでも吸ってな! それとも帰る家を忘れたか、アァン!?」

 

 

 時間稼ぎを兼ねた適当な挑発のつもりだったそれは、偶然にも的確にアイズの弱点(トラウマ)を抉っていた。

 

 

「私は…、私に…………(カゾク)なんて、無い!」

 

 

 激発。

 

 家族を失ったトラウマを突かれた幼い少女は胸の内で暴れまわる感情のままに絶叫し、力任せにソード・エールを振り回す。

 

 

「ハッハーッ! 見たところ、モンスターに親をぶち殺されたお可哀想な赤ん坊(ベイビー)かァ!? 残念だったなぁ、パパとママがクソザコナメクジ冒険者ちゃんでよォ!? いまごろ天国でてめえが不甲斐ないって泣いて詫びてんじゃねえかなぁ!?」

 

 

 たっぷりと悪意が込められた悪罵にアイズは耳に汚泥を塗りたくられた気分にされ、男と己の不甲斐なさに対して溢れ出る怒りで吐きそうになる。

 

 ダンジョン擁するオラリオでは冒険者の両親を亡くした孤児の類が毎年それなりの数生まれてくる。男はアイズをそれとアタリをつけ、嬲るように言葉を放つ。そうした男の当て推量は決して的を射ていないにも拘らず、アイズへの挑発としての効果だけはこれ以上なく発揮していた。

 

 

「お父さんとお母さんを、馬鹿にするな!!」

「ギャハハッ! 止めたきゃ止めてみな、てめえの御立派な愛剣でよぉ!」

 

 

 からかうように自らの剣をひらひらと振り回し、かかってこいとばかりに手招きする。

 

 

「このっ…!」

「ハァイ、ざぁんねぇんしょぉー!」

 

 

 ゲラゲラ、ケタケタと厭らしく間延びした揶揄を浴びせながら華麗ならざる動きで男がアイズの振るう剣閃から逃れる。怒りによって過剰に込められた力が威力を増しつつも普段の剣戟の鋭さを奪っていた。ならば男でも逃げに徹すれば回避するのは容易い。

 

 普段通りに力を出せないこと、目の前の男をぶちのめせない現実。この状況の全てがアイズを猛らせ、冷静さを奪っていく。 

 

 頭は殺意で真っ赤に煮えたぎっているのに、本能は殺人を忌避している。バラバラの精神(ココロ)肉体(カラダ)を上手く合一させる術を全く身に付けていない幼い剣士に、最早勝機は遠かった。

 

 

「———!」

「おおっと」

 

 

 最早声を出す精神的な余裕もなく怒りで顔を真っ赤に染めたアイズが真っ向から斬りかかると、男は大げさによろけた。それは余りにも見え透いた隙だ。

 

 だが怒りで盲目になったアイズには絶好のチャンスに見えた。低階層のモンスターがこうした駆け引きは仕掛けてこない上に師匠達の指導方針によって小賢しい小技を覚える前に地力を上げることを優先したため、こうした駆け引きにおいてアイズは他の低級冒険者よりも劣っている。

 

 故に好機と目をギラつかせ、全力の一刀を男にお見舞いするべく力を振り絞った。

 

 

「はああああぁぁッ!」

 

 

 命中すれば男の胴体を容易く両断するだろう横薙ぎ。だが必殺を期した大振り(フルスウィング)はすべて男の掌の上、ならばこの一撃に限って言うならば地力に劣る男でも避けれない道理はない。

 

 ひょい、と素早く身を(かが)めることであっさりと男はアイズの必殺から逃れた。

 

 更に、

 

 

「足元がお留守だぜ」

 

 

 足払い。

 剣技はさして得意ではない男だが、こうした小技は中々上手かった。

 

 足技は特に剣の間合いで戦うような近距離での対人戦では相当に有用な小技である。足を引っかけてもつれさせるも良し、足の甲を踏みつぶして歩行機能を削ぐのも良い。

 

 愛剣(ソード・エール)を振り切った体勢のアイズに、体格の勝る男が足払いを仕掛ければ、能力値(ステイタス)で上回っていようが転ばせるくらいなら容易い。

 

 見事にころりと転がされたアイズに対し、男は容赦なく己の武器を突き付けた。頼りのソード・エールは利き手からすぐそこに転がっていたが、アイズが握って構えるよりも男が剣を振り下ろす方が絶対に早い。

 

 

「俺の勝ちだな。まあてめーもガキとは思えないくらいに達者な腕前だったぜ。成長すれば糞忌々しい『英雄』にでも()()()んじゃねーかな」

 

 

 厭らしい響きをしたわざとらしい称賛はアイズに向けたものではない。そのアイズに勝った男を相対的に持ち上げるための虚しい自慰行為だった。

 

 更にわざわざ『なれた』などと過去形で言うあたり、ねじくれた性根が垣間見えていた。

 

 

「そういやてめえみたいな妙に腕が立つガキがいると噂で聞いたが、まさかそいつか? ハハ、ほかの奴らに聞かせる話の種くらいにはなりそうだな」

 

 

 良かれ悪しかれ男は小物であった。勝利を確信した途端に軽い舌がもっと軽くなり、ペラペラと人を不快にさせる文句を紡ぎ続ける。

 

 

「……おっと、いけねぇ。あの化け物から逃げてきたってのにこんなガキにこだわって逃げ遅れてちゃあ笑えねー。とっととケリを付けてケツまくるとするか」

 

 

 が、それも少しの間のこと。

 肩を震わせ、とんでもなく恐ろしいナニカから逃げてきたことをうかがわせる台詞を呟くと。

 

 

「あばよ」

 

 

 そう、無造作に男は構えた剣を振り下ろした。

 


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