剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十六話

「あんなに弱ったあいつを見るのは久しぶりね」

「ええ、私もしばらく見た覚えがない。なにかしらの手を講じるべきです」

「そうねー。リューが言うなら、確かにそうするべきかも」

 

 

 アストレア・ファミリア本拠地(ホーム)、『星屑の庭』。その館の一室にて二人の少女が机を挟んで対面に座りながら、その場にいない一人の団員について話し合っていた。過日の騒動で一人の教え子との関係に罅を入れて以来、いまひとつ元気のないイタドリ・千里についてだ。

 

 センリとアイズが巻き込まれた『闇派閥』によるオラリオを騒がせた騒動から既に数日が経過していた。

 

 『闇派閥』の凶刃にかかり、市民を中心に少数ながら犠牲者が出ており、一部の商会なども襲撃され資金と物資を根こそぎ略奪されたところもあった。一方で騒動の規模に反して被害はよく抑えられており、その場に居合わせた冒険者たちの迅速な行動が明暗を分けた形である。

 

 特にセンリが討ち取ったゼッダという猛者は『闇派閥』でも名の知られた大物であり、その戦力は着実に削がれていた。けしてオラリオが、冒険者たちが『悪』の勢力にしてやられるばかりではない。

 

 とはいえいまの落ち込んだセンリを元気づけるのには役立ちそうもない情報だ。やりきれない気持ちになったリューは手元に置いてあった紅茶のカップを口元まで運んだ。話の合間に喉を潤すために入れた紅茶はすっかり冷めていた。

 

 

「ところで、肝心のあいつの様子はどう? 少しは立ち直った?」

「芳しくはありません。鍛錬や警邏活動は変わりなく続けていますが、よく見れば気落ちしていることが一目瞭然です。それでも鉄火場となれば勝手に火が付くでしょうが……一抹の不安は残ります」

「リューがそう言うならあいつのシフトを減らすべきかしら」

「いえ、それは却って逆効果かと。むしろ何事もなかったように振る舞うよう皆に伝達してください」

「でもそれじゃあこのままで変わらないんじゃない?」

「私が何とかします。あれは私の相棒だ。私が責任を持って対処します」

 

 

 そう力強く言い切るリューへ向けて、炎の如き赤毛を揺らす少女がうーんと腕を組んで諭すように声をかける。

 

 

「相棒のことだからだってなんでもかんでもリューが背負わなくてもいいのよ? 私たちは家族(ファミリア)なんだから誰かの問題は皆で支え合わなくっちゃ! ほら、それってなんだか凄く正義っぽいし!」

「背負う…そんなつもりはなかったのですが。いえ、確かにアリーゼの言う通り気負いがあったのかもしれません」

 

 

 顔を伏せたリューと言葉を交わすのはアストレア・ファミリア団長アリーゼ・ローヴェル。性格は快活でやや過剰気味なほどに自信満々、容姿も性格に似て明るくクルクルと変わる表情に炎のような赤毛をポニーテールにした少女である。

 

 その実力は若年ながらLv3。加えて強力な付与魔法『アガリス・アルヴェンシス』の使い手であり、その実力は女傑揃いのファミリア内でも最上位だ。単純な実力ならばリューとセンリがアリーゼを上回っているものの、二人ともが強くアリーゼを団長として支持しており、ファミリア内での地位は揺るぎない。

 

 

「とはいえあれが極めて面倒くさい人間性の持ち主であることも事実です。ひとまず私からアプローチをかけてみようかと思います。皆には自重を求めたい」

「なんだかんだであいつの取り扱いを一番わかっているのはリューだからね。リューがそう言うなら私としては異存はないわ」

「感謝を、アリーゼ」

「当り前じゃない。私たちは仲間(ファミリア)だもの!」

 

 

 堅苦しいほどまじめな調子で頭を下げるリューへ些細なことだと豪快に笑い飛ばす。こうした時のアリーゼの頼もしさは流石は上位派閥の団長を務めているだけはあった。

 

 自然と彼女に頼りたくなるというか、その言葉を信じたくなるのだ。

 

 

「でも意外と言えば意外よねー」

「何がですか、アリーゼ?」

「センリのことよ。あいつってば信じられないメンタル強いじゃない? それなのに幾ら親しいからってちょっと弟子と喧嘩したくらいで分かりやすくへこむなんてらしくないというか」

 

 

 かつて繰り広げた『闇派閥』の中でも特に醜悪を極めた勢力との抗争。方向性のない悪意の持ち主、悪徳こそを人の本質と嘯く邪神率いる『アンリマユ・ファミリア』との熾烈な争いにおいて最先鋒として活躍したのがセンリであった。

 

 女傑揃いの団員すら涙とともに膝を折る者が続出した、人類の『悪』を煮詰めたが如き醜悪な光景。人間という種族そのものに絶望しそうな所業に怒りよりも先に心が折れかけたほどだ。団員たちの大半にとっては未だにトラウマであり、リューもまたセンリの相棒として最前線で戦い続けたが故に嫌というほど見せつけられた悪徳と背徳の宴。

 

 

「あの時のセンリには本当に助けられたわ。真っ先に立ち直って真っ先に敵に斬りかかって、皆もそれに続いて…。センリがいなきゃ下手をすれば何人かあそこで倒れてたかも」

「確かにそれは否定できませんね…」

 

 

 いまも時折悪夢となって苛むほどの惨劇を目にしてなお、センリは人として真っ当な怒りを以てかの悪徳の派閥へと立ち向かっていった。

 

 そうした経験がセンリの『悪』に対する苛烈な対応へとつながっている。だが確かにそうした凄惨過ぎる光景を前にしても正当な義憤を燃やし戦い抜いたセンリの姿を見ていれば、今のアリーゼの発言に繋がるのも無理はない。

 

 尤も、

 

 

「アリーゼ、とはいえそれは買い被りというものです」

 

 

 リューに言わせれば過大評価に過ぎるという感想になるのだが。

 

 

「センリは剣腕こそ人間離れしていますが、精神性に関してはその限りではない。いえ、常人が持っていて然るべきまっとうな精神性から外れているのは確かですが」

「……それはどう違うのかしら。私ってばよく分からないのだけれど」

「あれは狂人(キチガイ)であっても超人(ヒーロー)ではないということです」

 

 

 リューは端的にそう評するが、やはりアリーゼはハテナを浮かべている。その様子を見て確かに分かりづらいかと頷き、言葉を重ねる。

 

 

「別段難しい話ではありませんよ。センリは確かに目を背けたくなるような凄惨な光景に対してもさほど動揺せずに直視することが出来ます。しかしそれはセンリのメンタルが殊更に強いのではなく、その光景に常人(ふつう)よりも心を動かされないというだけのことです」

「……え、そうなの? ()()()()を見て何も思わないの? あいつ?」

 

 

 思い出したくもないモノを思い出したしかめ面とともに、やや引いた調子で尋ねるアリーゼ。その様子にセンリの相棒として憤慨とともに反論する。確かにあれはいろいろとズレたところがあり、はた迷惑なところもあるが決して人非人というわけではないのだ。

 

 

「何も思わない訳ではありませんよ。あれもまた義憤に燃え、普段よりも苛烈に剣を振るっていたでしょう?」

「うーん、仲間に言うのも何だけどあまり思い出したくないくらいに力が入ったスプラッタな光景だったわね。まあ奴らに同情する気なんて一欠けらもないけど」

 

 

 普段のアリーゼを知る者ならば耳を疑うほど酷薄な響きで『アンリマユ・ファミリア』の末期を評する。だがそれも無理はないだろう。罪のない幼子を文字通りの玩具として()()する屑どもを案じてやれるほどアリーゼの心は広くないのだ。

 

 

「本人は『ズレている』のだと言っていました。同じものを見、感じても抱く思いが常人(ふつう)と異なるのだと」

 

 

 視線をテーブルに落としてリューは静かに語った。生まれつき人間(ヒト)として壊れながらも、正道を掲げて正義の道を歩まんとする相棒を思いながら。

 

 

「センリにとって普通なら恐怖と絶望を覚えて然るべき光景も、怒りと戦意を滾らせる燃料にしかならないのです。一方で常人(ふつう)なら気にも留めない些細な心のすれ違いもあれにとっては大変な恐怖となりえる…。なにせ、本人が言う通りズレていますからね。センリにとってはそのすれ違いが些細なものかはたまた関係を破局させるほど重大なものか直感的に判断できないのです」

「…………そういうことかー。難儀なやつね、あいつも」

「ええ、ですが本人もそれを自覚し少しでも良い方向へと歩むべく日々努力している。そう思えばあれにも可愛げがあると思いませんか?」

「や、私はそこまではっていうか多分リューだけじゃないかしら。それでいいとも思うし」

「? はぁ…そうですか」

 

 

 いまひとつアリーゼの言葉の含意を捉え損ねたのだろう。曖昧な表情と曖昧な言葉で相槌を打つリューを生暖かい視線で見つめる。いまの自覚のない惚気を聞いてアリーゼの脳裏に思い浮かんだことわざはあばたもえくぼ、蓼食う虫も好き好きだ。

 

 まあ間違いなくお似合いではあるんだし! と件の二人を除くファミリアの全団員を招集し、二人をくっつけるための工作を行うことを勝手に決定する。なに、発覚しようと団長権限で押し切ってしまえばいいのだ。

 

 大体この二人がお互い以外にくっついて上手くいっている図など想像できないのだし、正義を掲げる主神的にもセーフだろう、恐らく。

 

 本人たちに知られれば余計なお世話だと全力で拒否されそうな思い付きを頭の中で弄り回しながら、顔には決して出さずにやはり団員随一の難物はその相棒に任せた方がよさそうだと結論を下す。

 

 

「それじゃあリュー、センリのことはよろしくね。団長命令よ、何だってやっていいわ! だからあいつを立ち直らせてきなさい!!」

「百万の味方を得た思いです、アリーゼ。必ずや吉報を持って帰ります」

 

 

 対面の少女が密かに企みを練っていることに気づかず、リューはエルフらしく生真面目な表情で頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ったものの…さて、具体的にどうしたものか」

 

 

 頑張れと手を振って見送るアリーゼの前から去り、センリが籠っている私室の前へと足を運んだリューはポツリと呟いた。

 

 派閥団長には大見得を切ったものの、実のところセンリを叱咤するための具体的な案など考えついていなかった。全くのノープラン、しかし色々と読めない精神性の持ち主であるので事前の下準備は無駄になることも多い。

 

 また相棒として肩を並べ続けた経験から、センリの扱いは多少雑なくらいで丁度いいのだと悟っていた。

 

 

「まあなるようになるでしょう」

 

 

 と、相棒譲りの拙速を好む気質から躊躇いなくドアをノック……せずにそのまま開いて入室する。

 

 

「センリ、入りますよ」

 

 

 事後承諾の入室宣言。

 

 まともにノックして入室許可を得るなどとまだるっこしい手順を踏んでいては今は気分ではないと拒否される恐れがあったからだ。また今更多少の無礼は互いに気にしないだろうという信頼関係もある。

 

 

「……リュー。どうかしたかい、君がわざわざボクの部屋まで来るとは」

 

 

 対し、手順を省き不躾に私室へと足を踏み入れたリューへ向けられるセンリの声は普段の飄々とした調子がなかった。どこか億劫そうで、力がない印象を受ける。

 

 

(やはり相当に参っていましたか)

 

 

 鍛錬や警邏で外に出ているときはもう少し空元気を取り繕えていたはずだが、人目のない私室ではその気力がないということだろう。

 

 私室を何となく見やると、簡素な寝台と衣服を収納するクローゼット、あとは武器の手入れをするための作業机にそのための機材が少々。丁寧に磨き上げられた武具はきちんと整理されて並べられ、鈍い光沢を放っている。

 

 まさに冒険者の住まいといった無骨な風情の空間。その中でセンリは寝台の上で愛刀を肩に立てかけ、瞑想をしていたと思しき様子だった。リューの入室に応じてセンリは結跏趺坐の態勢を解き、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「何か起こったかな? ボクの元に来ると言うことは荒事だと思うのだけれども」

「生憎と、何が起こった訳でもありません。強いて言うならば貴方と話に来たと言うところです」

「話に? 君が、かい?」

「余暇に仲間と交流する。何らおかしな話ではないと思いますが?」

「……すまない。いまは余り余裕がない。ボクと話しても楽しい時間にできる自信がないから、このままドアから出てくれると助かる」

 

 

 とだけ言って、再び瞑想へと戻ろうとする。瞑想で心を落ち着けようというのだろうが、上手くいっていないのは一目で明らかだ。

 

 

(だから私が来たというのに…。この分からず屋め)

 

 

 その余裕のない対応からなんとなくセンリから粗雑に扱われたように感じ、リューの胸の内をもやっとした気分が満たした。

 

 自分は自分なりにセンリを気遣ってここにいるというのにこの対応は何だろうか。というかこの男は日頃から相棒である己の扱いがあまりに適当ではあるまいか。少なくともこのまま回れ右をして大人しく帰るのだけは何となく嫌だ…!

 

 ある種身勝手とも甘えともいえる苛立ちが沸き起こり、リューに珍しく直接的な行動をとらせる契機となった。

 

 

「センリ、顔を上げなさい」

 

 

 気落ちした様子のセンリにリューが静かに声をかけ……(いな)

 

 

「……どうしたんだい、急に」

 

 

 寝台に片膝を付けて体を前に屈めると瞑想のため俯いたセンリの頬を自身の両手で挟み、やや強引な勢いで自らに向けさせたのだ。

 

 

「らしくもなく気落ちした相棒を元気づけようという気遣いです。ありがたく思いなさい」

 

 

 友人(アリーゼ)の不敵な笑顔を思い出し、それを真似て精一杯自信満々に見えるように笑む。

 

 センリに叱りつけるのも活を入れるのも慣れていたが、こうして落ち込んでいるところを慰め、元気づけるのがリューは苦手なのだった。こうした時生来の元気と笑顔で自然と周囲を明るくしてしまうアリーゼの快活さが羨ましかった。

 

 こちらに意識を向けさせたと判断するとセンリの頬を挟んでいた両手を下ろす。そのままでは話しづらいので寝台に着いた片膝は下ろし、寝台の端に腰掛けてセンリの方へ顔を向けた。

 

 そのまま静かな調子で語りかけていく。

 

 

「いま、貴方を悩ませる問題についてある程度ですが把握できているつもりです。その上で言いますが、このまま悩み続けたところで解決するわけではない。違いますか?」

「……では、どうしろと?」

「ともに語り合いましょう。今回の一件、私も多少なりとも関わった身として、そして貴方の相棒として私も無関心ではいられない。貴方とあの娘が()()()()というのは余りに酷だ」

 

 

 故に放っておけないのだと真っ直ぐにぶつかっていくと、陰々と悩みぬいた毒気が抜けた顔を見せるセンリ。

 

 誤解の余地がない正面からのド直球ストレートを投げ続けることがイタドリ・千里と会話する上でのコツだ。迂遠な言い回しや心の機微にこの世で最も疎い男なのだから。

 

 

「センリ、これは私の推測ですが貴方はあの娘との関係が拗れたこともそうですが、それ以上に貴方自身の心の問題についてこそ悩んでいるのではありませんか」

「……君には隠し事が出来ないな。ああ、たとえあの娘(アイズ)と元通り師弟としてやり直せたのだとしても、ボク自身が()()である限りまた同じことが起きるだけじゃないか……なんて思ってしまった」

 

 

 イタドリ・千里は上辺こそ常識的な好青年に見えるが、その本質は剣術の求道に生涯を捧げた狂人である。そもそも生まれつき精神のタガが外れており、まっとうな精神性からほど遠い。

 

 センリ自身何度となく、普通の人々と交流する上でのそうしたギャップを感じており、時に自らの行いによって恐れられ、関係を断たれることもままあった。リューもそうしたセンリの過去を知っており、出来るだけ周囲とセンリの間で摩擦が生じないようさりげなく気を遣って緩衝材の役割を果たしていた。

 

 

()()、傷つけてしまった。あの娘はきっといまも怯えているだろう。そしてその苦悩を分かってやることもできない…。果たしてボクにあの娘の師匠たる資格はあるのか?」

「……止むを得ない部分はあった。貴方がいなければより凄惨な結末を迎えていてもおかしくはなかったのです。功罪は等しく評価するべきだ」

「事実として、ボクは弟子(アイズ)を傷つけた。そして同じ過ちを犯すかもしれない…。人の心を理解するのはボクには難しすぎる」

 

 

 自虐と自戒を込めた重い口調。やはり内心相当に負の感情を溜め込んでいたことを窺わせ、リューはこっそりとため息をつく。センリの言うことにも理解は出来るが、リューから見れば過剰に気にし過ぎているように思える。

 

 だがそもそも心の機微を適切に捉えることが出来るならば、それはイタドリ・千里ではない。ならばこの状況もやむを得ないのだろう。

 

 ここまではリューの予想の範囲内である。

 

 さて、ここからどう話を切り出すべきか…と少しだけ考えるが、すぐに一つの結論を下す。

 

 正面突破。

 

 回りくどく遠回しなやり取りなどまだるっこしいし、なにより自分()の流儀ではない。そもそも多少角が立つ程度の言い回しで今更崩れるような信頼関係ではないのだ。

 

 と、相棒としての自負を以てリューはセンリの説得に臨む。

 

 

「センリ。確かに貴方は普通(まとも)ではない、異常者(キチガイ)と呼ばれる人種なのでしょう」

 

 

 初手、剛速球。

 

 いっそすがすがしいほどド直球にイタドリ・千里の根っこに巣食う問題へと切り込んでいく。センリもその甘さの一切ない言葉を聞き、顔をしかめるものの正面から問題に取り組む気概でリューと視線を合わせる。

 

 

「貴方は本当の意味で人の心が理解できない。殺人が忌避されることは理解できても、何故忌避されるかまでは理解が及ばないように。それは貴方の性質ですが、貴方の責任ではない。必要以上に気に病むべきではない」

 

 

 イタドリ・千里の持つ特異性、先天的な心の奇形とでも言うべき異形の精神。

 

 下界で命を落とした人間の魂は天界へ昇り、神々による死後の審判を受けて再び下界で生を享けるという。その命の輪廻とでもいうべき営みの中で、センリは余程の悪行を前世で犯したかさもなければ死後の審判を司った神が途中で居眠りでもしていたのだろう。そうとでも思わねば納得のいかないほどに常人離れした精神性の持ち主だ。

 

 そうした事情を相棒としてかなり深いところまで理解しているために 甘さを見せず事実を積み上げる形で切り替えろと叱咤するリューだが、その反応は芳しくない。

 

 リューが己を慰めようとしていることは理解しているのだろう。そのことは素直にありがたく思いつつもそれとこれとは別なのだと痛みを隠し切れない瞳が雄弁に物語っている。

 

 

「そうは言っても慰めにはならないのでしょうね…」

 

 

 溜息を一つ。そうだ、この男は『仕方ない』という言葉で納得できるほど器用ではないのだ。顔を上げてこちらを見たセンリの顔からそうした内心を読み取り、さらなる言葉を紡がんとする。

 

 

「ですが、一つ思い出してほしいことがあります」

「……なんだい?」

 

 

 確かにイタドリ・千里は狂人(キチガイ)だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「手を…」

「手…?」

 

 

 先ほど千里の頬に添えていた両手を胸の前で開き、優しい視線をその両手のひらに落とす。どこか懐かし気で、苦笑の籠った優しい視線を。

 

 

「手を、触れることが出来ます。いまの(エルフ)は、貴方に触れても取り乱すことは無いのです」

 

 

 その言葉を証明するように、リューはそっと差し出した両手でセンリの右手を包むこんだ。そのまま少しの間暖かな体温を二人は静かに共有する。

 

 

「そうだったね。出会ったばかりのボクたちは…」

「酷いコンビだった。正直な話貴方とは全く反りが合わないと思っていたし、触れられることはどうしても受け付けなかった」

 

 

 今でこそ互いが互いを得難い相棒と思い、肩を並べているが出会った当初はそれは酷い有り様だった。なにせ主神であるアストレアがスカウトしてきたセンリの脱退を、あろうことか当の主神に強く迫ったのだ。

 

 この男は危険だ…。リューの優れた第六感がそう強く感じ取ったからであり、ある意味ではこれ以上なく的を射ていた。

 

 

「血の匂いが染みついた妖刀…。貴方から香る鉄錆と血の匂いに、私はそう直感しました。そしてそれは間違いではなかったと今も思います」

 

 

 ()()()()と、リューは語る。

 

 

「それでもいまの私は貴方に触れることが出来るのです。出来るようになったのです」

 

 

 貴方のお蔭で、と優しく語り掛けるリュー。

 

 

「貴方が常人の尺度から外れた危険人物ならば私は度を超えて潔癖症なエルフだった。心を許した同胞にさえ触れ合うことが許容できない。そんな自分がとても嫌いだった」

 

 

 潔癖症な性質が多いエルフには本当に心を許したものにしかその肌に触れあうことを許さない風習がある。もちろん集落や個人によってその程度は様々だが、リューは本人にも制御できない無意識レベルでその風習が根付いており、これまで肌を触れ合うことが出来たのはアリーゼ・ローヴェルただ一人()()()

 

 過去形だ、今は違う。今はアリーゼだけではなく、イタドリ・千里もまた抵抗なく触れ合うことが出来る。それはリュー自身自覚なくいつの間にか得ていた変化で、自分の嫌いな部分もまた変わることが出来るのだという希望だった。

 

 

「ですがそれでも変わることが出来た。貴方に触れられるようになった。それは私にとって歓迎すべき変化であり、それを成した貴方に感謝を抱いています」

「それは……どう、いたしまして?」

 

 

 遠回りに感謝の念を表すリューに、何故いまそんなことを…と困惑と疑問の表情を露わにする。そんな察しの悪い相棒の姿に、リューは頭痛を堪えるように額に掌を当てて照れ隠しの溜息を吐いた。

 

 

()()()()()()()()()()()。そう言っているのです、まったく」

 

 

 言わせないでください、と。

 

 何時かの路地裏での一幕のように呆れと諦観、親しみの籠った溜息を一つ。頬を赤らめているのは本人が言う通り羞恥によるものか。

 

 あまりにストレートな言葉に、思わずセンリまで胸の鼓動が早くなる。はてと己の不調に首を傾げながらも続く言葉に耳を傾けた。

 

 

「ファミリアの皆と過ごした時間は私にとってダンジョンで得たどんな宝物よりも代えがたい価値があるものだった。それはファミリアの誰一人欠けても成立しなかったと私は断言できます。無論、貴方もです。センリ、私の相棒」

 

 

 情愛の深いエルフが同胞に向ける愛おしさと慈しみが籠った視線。込められた情愛にどこかくすぐったさを覚えながらも、やはり一抹の引っ掛かりを覚えてしまう。

 

 

異常(キチガイ)で良いではないですか。それが貴方なのだから。少なくとも私は狂人(あなた)を肯定します、誰が貴方を責めようと。例えそれが貴方自身だろうと」

「ボクは…」

 

 

 センリが生まれ持った人間としての欠陥を認めたうえで、全力で狂人(センリ)を肯定する相棒に強い嬉しさと同じくらいの申し訳なさを抱く。

 

 

「ボクは、どうしても…」

「良いのです。それで、良いのです。()()が貴方なのだから」

 

 

 懺悔するように言葉を絞り出すセンリに向けて、ゆっくりと首を振りながら語る必要は無いと押しとどめる。イタドリ・千里が生まれ持った欠陥をも受け入れる。

 

 それでいてそっと背中を押すように、手を引くように歩むべき道を示す。

 

 

「ですが、きっとあの娘はまだ分かっていない。貴方のことを理解しきれていない。出会ってさして月日も経っていないのだから当然の話ですが…」

 

 

 一拍の間を置き。

 

 

「センリ、貴方は最も恐ろしい()()を知っていますか?」

 

 

 と、ここで一転して話を変える。

 

 

「いいや。知っているだろう、リュー…? ボクは」

「無論、知っているが故にです。そして貴方の弟子が知らないが故にです」

「それは…?」

 

 

 相棒の語る言葉に理解が至らず、続きを促すセンリ。

 

 

「私が思う最も恐ろしいものとは『未知』です。人は知らぬもの、理解できぬものこそを最も強く恐れる」

 

 

 確かに、と頷くセンリ。

 

 理解できないものは対処もできず、最も恐ろしい脅威となる。文句なしに論理的な結論であるとの納得を意味する頷きだった。

 

 尤もリューの語る恐ろしさとはもう少し別の話なのだが、そこを指摘しても意味はないだろう。そもそも理解できていればいまこの状況に陥っていないのだから。

 

 

「逆に言えば、知ってしまえば存外どうということのない恐怖も世の中にはあるということです。夜半に起きた子供が、枯れた花の影に幽霊を見たと恐れるように」

 

 

 世の道理を語る賢者の如き達観とした物言い。だが飾り気のない言葉とは裏腹にセンリへ向ける深い思いやりが込められている。

 

 

「あの娘と語りなさい。言葉を尽くしなさい。貴方というヒトを曝け出すのです」

 

 

 それがセンリにとって葛藤を生む選択であると知ってなお、手心を加えず選択肢を突き付ける。だがそれこそセンリを動かす力を持ったセンリの相棒(リュー・リオン)の言葉だった。

 

 

「たとえこのまま縁が切れて後悔するにしろ、全ては手を尽くしてからだ。運命を黙って受け入れるままと言うのは冒険者(わたしたち)の流儀ではない―――違いますか?」

「いや…いいや。君の言う通りだ、このままというのはボクの趣味じゃあない」

「では」

「ああ、出来るかは分からないけどもう一度あの子に会おうと思う。会って、話したい。叶うならこれから先も伝えたいことがまだまだあるんだ」

「なるほど…。少し、安心しました」

「? 何がかな?」

「何時か貴方は言いましたね、『彼女の師を務められるか自信がない』と」

「ああ、言ったね」

 

 

 それほど昔のことではないのに随分経ったように思えるから不思議だと、どこか懐かし気に苦笑するセンリだった。

 

 

「今の貴方は確かに弟子を案じる師の顔をしています。そしてきっとそのことはあの娘にも通じているでしょう。故に不安に思うことはありません。ただ腹を据えてあの娘と語り合いなさい、きっとそうすればうまくいくはずです」

「うん。君が言うならば、信じてみようと思う。こんなボクでもあの娘の師を務めることが出来るのだと」

「これは私の所感ですが…むしろ貴方こそあの娘の師に相応しい。あの娘もまた、良かれ悪しかれ常人(ふつう)では無いのだから」

 

 

 確かに、と納得する。元を糺せばセンリ自身が認めざるを得ないほど幼少の頃の己と似ているという理由から弟子入りを認めたのだ。その事実を吉として導くのが師である己の役目であろう。

 

 

「リュー」

「なにか?」

 

 

 そして常に己の至らないところを支え、補ってくれるリューと縁を結ぶことが出来たのは恐らくイタドリ・千里が得られた最も得難い宝だろう。であれば真心を以て礼を尽くし、感謝の念を示さねばなるまい。

 

 そんな思考とともに傍らの相棒へと声をかける。

 

 

「ありがとう。君と出会えたことはきっとボクの人生で最大の幸運だ」

「ッ! か、軽々しくそういうことは言うものではありません!!」

「失敬な。ボクが軽い気持ちで君を評することはありえない。徹頭徹尾本気だとも」

「尚更性質(タチ)が悪い! まさか私以外にも似たようなことを言っているのではありませんか!?」

「いや、そうした事実はないと思う。ああ、でもアストレア様と出会えたことは同じくらい重大な転機かもしれない。そもそもアストレア様と出会えたから君と出会えた訳だし…」

 

 

 と、至って真面目に考え込み始めたセンリに顔を引きつらせる。不意を突かれ、いまも心臓がバクバクと鳴っているというのにこちらの気も知らないで…!

 

 朴念仁にも程があると睨みつけるが、気づいた様子もなく思考に沈んでいる。勢いよく鳴り過ぎてもしや心臓の鼓動がばれるのではないかと心配するリューの様子に気づいた気配もない。 

 

 心の機微に鈍いセンリのことだから、妙な裏や意図はないのだろう。だからこそ始末に負えないのだが。

 

 

「……考え込むのはそこまでにしておきなさい。いまはあの娘を優先する時でしょう」

「君の言う通りだ。しかしこの一件が終わった時改めてお礼をしたい。さっきの言葉に偽りを込めたつもりは何一つない」

「お礼…そう、そうですか」

 

 

 後日、リューへ送るお礼について相談のためアリーゼに語ったところによるとこの時のリューは妙に上機嫌な様子であったという。

 

 

「そこまで言うのならば貴方からのお礼を楽しみにしておきます。ああ、出来ればダンジョンや冒険者に関わる事柄以外でそのお礼を貰い受けたい」

「ダンジョンや冒険者以外で…?」

 

 

 それを聞いた時、センリが浮かべたのは深淵なる謎を解くことを強制された凡人の如き悩みに満ちた困り顔。そうした荒事関連以外で役立つ知識などセンリが持ち合わせているはずがないためである。

 

 その時のセンリの顔は見物であった、と後に幾度となくリューは語った。なおさらにリューの様子を語る団員たちはどう見ても惚気(ノロケ)ているようにしか見えなかった、と呆れと皮肉と親愛を多分に込めた口調で評する。

 

 

「当然でしょう? 私とて冒険者ではない自分というものを楽しんでみたい時もあるのです」

「……難しいな。ボクにはそういう経験がないから」

「難しく考える必要はありません。私とあなたが楽しめる誘いにしてください。それだけで十分だ」

「楽しむ…。リュー、時に冒険者通りの青空市場では稀に掘り出し物が売られていることがあるんだが興味は―――」

「訂正します。やはり貴方一人で考えるのではなく、周囲の助けを借りるべきだ」

 

 

 冒険者としては興味が引かれるものの、この時のリューが求めるものを一欠けらも理解していないセンリの提案をバッサリと切り捨てる。

 

 そうして至極真面目に悩んでいる様子のセンリに少しだけ微笑を浮かべ、それ以上喜びに弾む心の内が表に出ないよう抑え込むのだった。

 

 

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