剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十七話

 ロキ・ファミリア、本拠地『黄昏の館』。

 

 先日の『闇派閥』が引き起こした騒乱の後始末をギルドから少なからず任せられ、ようやくそれらの事後処理がひと段落した派閥首脳陣はフィンの執務室に集まっていた。

 

 議題は一つ、先日の騒動で『疾風』に保護されて戻ってきて以来、様子のおかしい幼女(アイズ)のことだ。

 

 

「……あれから、アイズの様子はどうだい?」

「なーんも変わらーん。部屋に引き籠って膝を抱えとるままや。日課の素振りこそ何とかこなしてるけどあれも心ここに在らずのまま惰性でやっている感じやな」

 

 

 時間があればひたすら鍛錬かダンジョン攻略、そうでなければ剣の手入れか休息を取るかの三択が大体の場合のアイズの行動パターンだ。

 

 今回のような、ただ時間を無為にして部屋に引き籠る姿はこれまでにない異常事態だった。

 

 

「見ていて最も分かり易い感情は恐怖だが、あれは人間同士の抗争に巻き込まれた恐怖感というだけではないな。イタドリ・千里がキッカケであることは間違いないが、彼をただ恐れていると言う風でもない。正直な話、私はアイズが何を思っているのか読み取れなかった」

「うちも軽く話してみたけど、心の中はかなりゴチャゴチャやな。あれは自分自身でも整理がついてへんと見たわ」

 

 

 アイズと最も時間を共にしている幹部達からの報告に、フィンは厄介なことになったと密かに頭を痛めつつも派閥首領として正面から取り組もうとしていた。

 

 

「イタドリ・千里がこれほどにアイズの心を揺らすとはね。果たしてその事実に怒るべきかはたまた己の無力を嘆くべきか…。悩みどころだね?」

「妙な自虐は止めろ、フィン。我々が為すべきはまず何よりもあの娘の変調を案じることだろう」

 

 

 リヴェリアが鋭く指摘した通り、やや自虐的な響きを含ませた呟きを漏らすフィン。『勇者(ブレイバー)』の二つ名を持つ、ロキ・ファミリア団長は気を取り直したように言葉を続けた。

 

 

「君の言う通りだ、リヴェリア。ボクもらしくなく動揺していたらしい」

 

 

 フィンは苦笑を一つこぼすと、執務机に両肘をついて口元に両手を持ってきた体勢で話を進めていく。

 

 

「まずはイタドリ・千里。彼についての方針を統一しておきたいと思う。つまり両者が望んだと言う前提の上でだが引き続き彼らの師弟関係の継続を認めるかどうか」

 

 

 素早く互いに視線を交わし合った派閥首脳陣だが、すぐに意見が一致していると悟ると次々に口を開いた。

 

 

「継続でいいじゃろう。無論、アイズが望めばの話だが」

「異論は無い。あの騒動のすぐ後、自ら謝罪に訪れた心根は信じるに値すると私は感じた。それに全員から話を聞く限りアイズが自ら首を突っ込んだ結果こじれただけで、彼の指示そのものは全て妥当だ」

 

 

 剣客独特の嗅覚で騒動を察知し、弟子(アイズ)をすぐに『黄昏の館』まで帰すように手配してその帰路に同行。帰り道の途中で騒動が起きてアイズと別れたものの、別れた場所も冒険者の健脚ならば数分とかからず『黄昏の館』まで辿り着く距離で、アイズ自身帯剣をしており心得もある。

 

 しかも滅多なことでは剣を抜いてはならないと戒めてすらいる。振る舞いだけなら正に模範的な師匠のそれだ。理を重んじ、心根の正しさを信じるリヴェリアにとってセンリは非常に好感が持てる人物だった。

 

 

「確かに危うい部分がある青年かもしれない。しかし私はその正義を善しとする心根、アイズを思う誠心を信じたいとも思う」

 

 

 リヴェリアが伝え聞く風評ではネジの外れた剣術狂いというとにかく物騒なものだったが、『黄昏の館』へアイズを危険に晒したことの謝罪に訪れたセンリと実際に会って話をしてみると印象は綺麗に塗り替えられた。

 

 第一声の謝罪。次いで客観的な一連の事態の説明を続け、自身への処分を恐れず受け入れる姿勢は(いさぎよ)く見ていて小気味よくすらあった。

 

 最後に遠慮がちにアイズの様子を聞き、リヴェリアの返答―――つまり、部屋に引き籠るほど動揺している―――を耳にした途端に雰囲気が重く落ち込んだのは確かに(センリ)弟子(アイズ)を思っているのだとリヴェリアに信じさせるのに十分だった。

 

 それでも感情のまま両者の師弟関係を露呈する真似をするようなら合理性から反対したかもしれないが、この謝罪のために訪れた一件も上手く『()()()()()()()()()()()について話したい』と首脳陣だけが分かるようにボカシている。

 

 応対したロキ・ファミリアの門番もセンリ達が持ち込んだ本命に気付いていないだろう。また同行していた『疾風』もセンリの至らない点は自らがフォローするという誓いを口にしている。

 

 王族(リヴェリア)の前でエルフ(リュー)が誓う、その意味は極めて重い。その誓いを破ったとリューが考えれば下手をすれば責任を取り、自害するかもしれない。

 

 リヴェリアとしては何もそこまでする必要はないと常々思っているのだが、覆面を脱いで素顔を晒した『疾風』はエルフらしく謹厳実直かつ堅物な印象で、恐らくは()()()()

 

 だが逆を言えばそれほどまでに同胞(エルフ)に心を許されているという事実はリヴェリアがセンリから受け取る印象を大きくプラスに傾けたのも確かだった。

 

 それこそアイズを心底怯えさせたというマイナス印象を覆す程に。それでも何時かは相応の責任は取らせねばとも思っていたが。

 

 

「彼一人では危うくとも、ともに立つと私に誓った『疾風』リュー・リオンがいる限り早々最悪の事態に陥ることはないだろう。彼との交流でアイズが良い方へ成長しているのも確か。心情的にも本人が望むならともかく、無理やり引き離すのも忍びない」

「そもそも引き離したところでアイズの面倒を見れる余裕が無いしのう。『闇派閥』め、つくづく忌々しいわ」

 

 

 センリとリューへの信頼とアイズへの愛情をこめて語るリヴェリアに、現実的な側面から賛同するガレス。一方フィンはこれまで沈黙を守り、その頭の中だけで静かに計算を続けていた。

 

 と、ここで同じく沈黙を保っていた主神へと話を向ける。

 

 

「ロキはどうだい?」

「……んー、悩みどころやとウチは思っている。とは言っても単純に反対って訳やないで?」

 

 

 前置きを一つ置いて、ロキは己の考えを口にし始めた。

 

 

「ちょっとアイズと話してみたんやけどな、いまあの娘は悩んどる。

 モンスターへの憎悪、同族(ヒト)と殺し合うことへの忌避感、本人は認めんやろうけど敬愛している師匠へ抱いた恐怖と引け目。

 ぜーんぶ心の中でグチャグチャになって考えても考えても答えが出ない。でも行動に移すにはキッカケが足りない。そんな状況なんやろう」

 

 

 一拍の間を置く。

 各々が考え込む間隙をロキは衝いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 目を細めたロキの穏やかでない言葉にリヴェリアが眦を吊り上げ、非難の意を含めた声を上げた。

 

 

「……どういうつもりだ、ロキ。何を企んでいる」

「何も難しいことやないで、リヴェリア。なーんも難しくない」

 

 

 韜晦するように両手を広げ、道化た笑みを浮かべる(ロキ)。流石は不変不滅の超越存在(デウスデア)と評すべきか、問答無用で下界の人間(こども)たちを畏怖させる凄味がその笑みにはあった。

 

 

「アイズもまあ、今はショックを受けて大人しくしているけど、時間を置けば立ち直るやろ。対人戦……同じ人間(こども)同士の命のやり取りも、適切な訓練を経れば今回みたいな醜態は晒さんちゅーのがセンリの見立てや。

 つまりこのまま様子を見つつショックを受けたアイズをケアしていくのが最善―――」

 

 

 と、言葉を切り。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 そう語調を変えず、ただ言葉に籠る凄味だけを十割増しに問いかける。

 

 

『…………』

 

 

 対する幹部たちは軽々に言葉を返さず、沈黙を以てその返答とした。

 少なくとも安易な否定をさせないだろう見立てを主神が持っていることを確信すらしていたために。

 

 

「うちはそうは思わん。ここがあの娘の()()()()や。

 この間リヴェリアと話した後、うちもちょっと捕まえて()()()をしてな。センリの奴、被らんところは全く被らんが所々がアイズと鏡合わせじみてそっくりや。使()()()……とうちは思った」

「それはいったいどういう意味だ?」

 

 

 不穏な発言を繰り返す主神に流石に猜疑の視線を向けるリヴェリア。他の二人もまた視線を鋭くしてロキを見ていた。

 

 

「うちらも力を求めるあの子を何とか上手く導いたろう思て色々やってきたが、正直知識や技術、数値(ステイタス)こそ見違えるくらいに上がってる割に『心』の成長はまだまだや」

「私はそうは思わん。そもそもまだ一年も経っていないのだぞ。あの子の『心』の傷を治すにはまだまだ時間が必要だ」

「かもしれん。時間をかける必要があるというリヴェリアの意見はうちも賛成や。でもな、アイズに必要でうちらがそれを出来ない役割が一つ、ある」

「役割…?」

「おお。うちらで言えば、リヴェリアが母親(ママ)。フィンとガレスが気安い兄ちゃんか祖父ちゃん。で、うちは外野から面白おかしく囃し立てる道化(ピエロ)

 

 

 まさしく道化めいた笑みを浮かべたロキが指折り数えてあげる役目は、なるほど言われてみると頷けるところがあった。ただリヴェリアのみ母親(ママ)と呼ばれたことに不服そうな顔をしていたが。

 

 

「ならばロキ、お前の言う我らが出来ず、イタドリ・千里ならば務められる役割とはなんだ?」

 

 

 この数か月、誰よりもアイズに身近かつ親身になって接してきた自負のあるリヴェリアはロキの言葉に少なからず不満を覚えていた。

 

 そんな眷属の不満を見通しながらも、やはりロキは揺るぎなく語った。

 

 

「『理解者』や。結局のところうちらはソレだけはなれないし、なったらアカン」

 

 

 そんな釘を刺すような一言も付け加えて。

 

 

「ふむ…」

「むう、一理ある」

「…………」

 

 

 三者三様の反応を返し、しかし否定の言葉はない。ロキも己の投げかけた言葉をそれぞれが受け取り、考え込んでいるのを見ながら言葉を続ける。

 

 

「『()()()()()()()()()』。それだけは絶対にアイズに思わせたらあかん。うちらもそれぞれがそれぞれの役割から声をかけて接し続けなければあかんけど、アイズの気持ちを理解して同じ立場で言葉を交わせるかと言ったら…なあ?」

「無理じゃろう。先達として、家族として接することはできるが……同じ立場となるとな」

「それこそロキが言う『兄』や『母』、『祖父』の立場が邪魔をする。確かにロキの言葉にも一理ある。あの子の健やかな成長には『家族』だけじゃない、その気持ちを理解できる『理解者』が必要だ」

「……悔しいが、フィンの言う通りだ。あの娘の焦りを宥め、抑えるのは先達……いや、『親』の役目だが、その気持ちを聞いて理解を示すのは難しい」

 

 

 アイズがただの幼子であればともかく、『力』への渇望が人一倍強く、常に焦りに呑み込まれかけている状態だ。そんな気持ちを心底から理解し、言葉を交わし合うには派閥首脳陣とアイズの立場は違いすぎ、逆に距離は近すぎる。

 

 沈痛な表情で俯きがちにしゃべるハイエルフの王女に、ロキはフォローするように珍しく真剣な声を上げる。

 

 

「さっきも言ったけどこれは役割の問題や。逆にうちら『家族(ファミリア)』があの子の無茶を止めな、誰が止めるんやって話やからな」

「そうだね。イタドリ・千里と出会ってアイズは飛躍的な成長をしたのが確かだけれど、その土台を支えたのは間違いなくボクらだ。『家族』に恥じない振る舞いが出来ている、と自惚れてもいいと思うのは僕の傲り過ぎかな?」

「ふん! 話が回りくどいぞ、フィン。儂等は能う限りアイズに家族として先達として接してきた。間違いなくアイズは儂らの『家族』じゃ、それだけ知っておけば十分すぎるわ!」

 

 

 だから余計なことをうじうじと悩むな、と()()()()()()どやしつけるガレスだった。同輩に活を入れられたリヴェリアは、確かに胸に抱く『家族』としての自負を思い出し、昂然と胸を張った。

 

 

「うちの話は皆理解したな? それがセンリであるか、は置いておいてアイズには『理解者』が必要や。それはうちらの共通認識ってことでええか?」

「異存はない」

「じゃな」

「子供はより広い世界で成長するべきだ。それが可能ならばの話だけどね」

 

 

 賛同が二人、条件付きでもう一人も。

 意見が一致したと見たロキは再び話を続けた。

 

 

「センリは知っての通り、アイズによく似たところがある。特に『力』への渇望とかな。アイズの気持ちも理解して話が出来ているみたいや。いつぞやの、アイズが身体を虐め過ぎていた時期に一転して休むことを覚えたのもセンリの話を聞いたのがキッカケらしい」

「そう聞くと彼には本当に頭が上がらないな」

「派閥として礼の一つも送りたいところだが…」

「止めておけ。建前上あやつらの師弟関係は秘密なのだ。表沙汰には出来んわ」

「分かっている。するにしても内々の話でだ」

 

 

 脱線しかけた彼らの話をロキがまとめる。

 

 

「そこらへんは追々やっていこうや。どの道長い付き合いになりそうなんやしな」

 

 

 確かに、と頷く面々。

 

 

「話を戻すで。とはいえ正直センリにアイズのメンタル面のケアを全面的に任せられるかと言ったらうちは怪しいと思う」

「当然じゃな」

「異議なし」

「この点に関しては私も擁護は出来ん」

 

 

 ボロクソな言い草であったが、当人の所業を列挙すれば誰もが異議を唱えることは無いだろう。

 

 

「まあそれはそれで悪くない。うちらがフォローすればいいだけの話やからな。むしろ『理解者』のセンリと『家族』のうちら、二つの立場から異なる影響をアイズに与えていく中で心の成長も促せるやろ。

 そう考えると他派閥の師匠という立ち位置も必ずしもデメリットにはならん。逆にセンリが派閥(ファミリア)の人間やと()()()()。影響を受けすぎてもそれはそれで困る。()()()()二号とかうちらの手に余るにほどがあるわ、ほんま」

 

 

 ロキの冗談にしては真情の籠り過ぎた最後の言葉に思わず頷く三人。その点については全員が意見を一致するところだった。

 

 

「良い方に転ぶかはともかくとして、実行するのも問題ないやろ。センリに話を通して主神の許可が出ればOKや。アストレアは人助けが趣味の善神やし、妙な下心が無いことは神のうちらが出張れば証明できる」

「その考えは甘くないかな? 神アストレアはともかく、団長以下の団員たちは自分たちだけが負担が増えることに不満を覚える者もいるだろう。ひいては負担を押し付けてくるロキ・ファミリアへの敵意を醸成することになりかねない。何かしらの見返りを、例え向こうが拒否しても押し付けるくらいのことはしないといけないだろう」

「かもしれんなぁ…。まあそこらへんの細かいやり取りは任せたわ。うちから言えるのは一つだけや」

 

 

 と、一拍を置き。

 

 

()()()()()()()()()()。主神めーれーや、誰にも文句は言わさん。さっきも言ったで、ここがアイズの()()()()やってな」

「また、張り込んだね。それほど信じられるのかい、イタドリ・千里は」

「なんだかんだ言ってうちもあの剣キチを気に入ってるいうことかもしれん。なにせ神々(うちら)は『未知』が大好物やからなァ…。初めてやったわ、あーんな善人天然お馬鹿に振り回されるんわ…な」

 

 

 くつくつと心底楽し気に笑うロキに、頭脳明晰な苦労人かつ腹黒団長であるフィンはやれやれと肩をすくめた。

 

 

「他派閥の人間でありながら、ロキにそれほど気に入られるか。正直なところとても興味が湧いて来たよ、イタドリ・千里の人となりにね」

「面白い奴やで。アイズの師匠が務まるだけはあるわ」

「ま、確かにの」

「興味深い人間(ヒューマン)だ。それは私も保証しよう」

 

 

 客観的に見て危険人物一歩手前の性格・所業。そうしたマイナス印象の性向を踏まえた上でなおも自分以外の全員がプラス方向に件の剣客を評価しているらしい。

 

 これだけで相当にユニークな個性(キャラクター)の持ち主であることが窺える。

 

 

「ま、うちの考えはこれで大体終わりや。改めて話を最初に戻すで」

 

 

 逸れかけていた話の筋を戻すようにロキは発言した。

 

 

「これまで通り師弟として一線を引いた関係を続けさせるか、あるいは互いに心に抱えてるもんぶちまけさせて上手い具合にセンリを『理解者』として着地できるよう調整するか。

 どちらの選択を取るべきか。皆はどう思うか、聞いておきたい」

 

 

 二ヤリと悪魔的な笑みを浮かべて提案するロキは流石はとある天界の領域で随一のトリックスターと呼ばれた神格と言うべきか。その姿は何とも言えぬ凄味と不敵な自信に満ちていた。

 

 

「確かに、有効だ。間違いなく効果があるだろう…。だが、ハイリスク・ハイリターンに過ぎるぞ。その選択は」

「だからみんなにも相談してるんやーん。頼りにしてるんやで、ママ」

「誰がママだ。誰が」

 

 

 リヴェリアの悩まし気な発言に心底楽し気な笑みを浮かべている辺り、ロキもまた娯楽を求めて下界へ降りた神々の一柱だった。

 

 とはいえ決して眷属の悲劇を弄り倒して遊んでいるのではない。この逆境を自らの子らが如何にして乗り越えるか、期待しているのだ。

 

 

「それに一言言うとくけど、結局いまの落ち込んでいるアイズを元気づけてうちの案を実行まで持っていけそうなのはリヴェリアくらいやからなー。結局自分が反対やったらウチの思い付きは実行不可能や。だから気楽に考えてええでー」

「……なお悪い。何が気楽に、だ。結局いいように責任を押し付けられただけじゃないか」

 

 

 本気で頭痛に悩まされている表情で額に手を当てて顔を顰めるリヴェリアに、苦笑を隠せないフィンとガレスが声をかける。

 

 

「君がそんな責任を背負い込む必要はないよ。ロキの提案は一考の価値があるとボクも思うが、実行するにはもっと議論が必要だ。君の決断だけで決めるのはむしろ派閥首領として反対せざるを得ない」

「フィンの言う通りじゃな。アイズのことはこの場にいる全員に等しく責任がある。今回の一件とて元を辿ればわしらにあやつの面倒を見る余裕が無いから生じたこと。その全てをお主が背負い込む必要は無いわい」

 

 

 合理と情を絡めて説得してくる同輩に、リヴェリアも息を一つ吐いて気を落ち着かせた。

 

 ロキの提案を実行するか否かの選択はさておき、議論をするだけの価値はある。全員がその一点で意見を一致させていた。こうなるとロキ・ファミリア首脳陣は話が早い。全員が様々な観点から意見を出し、素早くしかし的確に意見をぶつけ合っていく。

 

 

「とはいえ懸念も多いぞ。とくにあの男にアイズが必要以上に心を許すのは、将来的には禍根を残す結果になるのではないか?」

「それはボクとしても無視できない懸念事項だ。影響を受けすぎて更に危険を顧みなくなる可能性やその縁を悪意ある第三者に利用される恐れも否定できない」

「だがアイズが()()()()というのもそれと同じくらい大きな問題だろう。今のところ彼がアイズが持つ力への渇望を上手く御してこそいるが、このまま続くようならどこかで思い切った一手を講じる必要が生じるだろう」

「遅かれ早かれ……という訳か」

「そしていまこそが好機(チャンス)と主張するロキの考えも分からなくはないね」

「だが肝心要の勝算はどうだ? 客観的に見て五割を上回るか? 私としては一割くらいの確率で私たちの誰も予想していない方向へ暴走するのではという懸念が払拭できない」

「ああ、それは分かるわ。センリの奴大体うちらの想像の少し斜め上をかっ飛んでいくからな」

 

 

 意見が百出するが、論点としては概ね次の一点に収束していく。

 

 

「悩ましいね。博打は博打だが、結局のところ()()()()()()()()()という点にかかってくるわけだ」

 

 

 今回の件に限らず、博打の肝とは畢竟(ひっきょう)其処だろう。

 詰まる所()()()()()()()()を見出せるか、否か。

 

 

「信じられるか否かで言えば……」

 

 

 自らに問いかけるリヴェリアだが、その渋面が全てを物語っていた。

 

 

「信じられんな。言っては悪いが」

「うーん。否定できないのが残念だ」

 

 

 同様の苦笑いを浮かべ、ばっさりと断ち切るフィンとガレス。

 

 センリとアイズ。

 

 言っては何だがこの二人を信じてことを任せる、というのは中々ハードルが高かった。二人とも無理無茶無謀を押し通したり、意図せずして何かをやらかす実績の持ち主だったから無理もない。

 

 だが。 

 

 

「でも、()()()()()()()。君たちにこれほど信を向けられる剣術狂いの青年とボクらの無垢で向こう見ずなお姫様をね。皆は違うのかな?」

 

 

 と、フィンが悪戯っぽく同輩たちにウィンクを投げれば。

 

 

「ええい、小憎らしい小人族(パルゥム)め! いつもいつも美味しいところだけ持っていきおって」

「全く同感だ。これでは我らが悪者のようではないか」

 

 

 憤然と同輩たちが遠回しに同意の言葉を告げる。

 フィンは人を焚き付ける天才であり、よくこうした言葉で上手く議論を纏めていた。

 

 

「決まりやな」

 

 

 眷属達の意見が一致したのを見て不敵に笑ったロキが一言、結論で締めくくった。

 

 

「ああ。よくよく考えればあの子を導くにあたって安全策など無いわけだしな」

「どの道どこかでリスクを取らねばならないのならば、あの二人に任せるのは決して悪い選択ではなかろう」

「こういう『冒険』も、いずれは挑まなければならない道だ。時に『小さな勇気』が打開の一歩になることも多いものさ」

 

 

 三者三様にかく語り、意志が一致したと見て不敵に笑みを浮かべる幹部たちにロキが自慢するような笑みを作る。流石は自分が見込んだ眷属だと。

 

 

「まずはアストレア・ファミリアに連絡を取ろう。文面と人の手配はボクがやっておく」

「なんにせよもう少し向こうと細かく詰めた方が良かろう。センリと『疾風』を豊穣の酒場に呼び出す文面で頼む。ワシが直接話してくるとしよう」

「では私は―――」

「リヴェリアはアイズを慰める役な? はい、けってー」

「「異議なし」」

「お前ら…。こんな時ばかり息を合わせるのは止めろ」

「適材適所さ。任せるよ、リヴェリア」

「うむ。なに、アイズに最も()()のはお前よ。こればかりはたとえセンリでも敵わんわ。余計なことは考えずに腹を据えてぶつかってこい」

「気楽に言うな、まったく。……アイズは私が何とかする。センリ達の方は任せたぞ」

 

 

 応、と短く答えを返す同輩たちに向けてリヴェリアはその繊手を突き出す。

 

 

「おや、()()かい?」

「少しアイズに向き合う勇気が欲しいところなんだ。いつもの宣言は不要だが、意思統一の証としてやりたい」

「ふ、確かにこれは遠征並みの難行じゃろうて。ワシとしてももちろん否やはない」

 

 

それは恒例となった彼らの決意表明を示す儀式だった。いつもなら各々の夢/野望を宣言するが、今回の目的はただ一つのため別の形になる。

 

 

「……アイズのために」

「ああ、アイズのために」

「応、あの娘のために」

 

 

 リヴェリアの突き出した繊手に残りの二人も手のひらを重ね合わせ、誓い合うように唱和する。そして重ね合った手を放し、拳を作ってぶつけ合う。そこには確かに長年の時を共にした絆があった。

 

 かくして今も心を揺らす幼い少女のため、ロキ・ファミリアは動き出した。

 

 

 


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