剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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ささやかなおまけ。
第十七話のあとにお読みください。


外伝 虎杖(イタドリ)草と妖精族

 様々な葛藤に苦しむアイズに手を差し伸べるべく、改めて一致団結したロキ・ファミリア首脳陣。なんだかんだと長年ファミリアとして苦楽を共にした彼らの結束は強い。

 

 若干の議論こそあったものの、速やかに一つの結論へ至っていた。即ち、イタドリ・千里をアイズ・ヴァレンシュタインの『師』という役割に加え『理解者』として心のケアを依頼するという試みだ。

 

 客観的にはハイリスク・ハイリターンな博打。何しろ博打の成否を握る肝心要の二人が()()イタドリ・千里とアイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 だが彼らの顔には意外なほど不安そうな色は無かった。むしろ苦笑しつつ、気軽な雑談を楽しむ余裕さえあった。

 

 

「極東では何と言ったかな、こうした状況を指した諺があったはずなのだが」

「ああ、それならワシが知っているぞ。確か『虎穴に入らざれば虎子を得ず』…だ」

「ほう、それは…奇遇なことだ」

「? 何の話や? うちにも聞かせてーな」

「なに、今回の一件における中心人物で、名前に『虎』の一字が入っている者がまさにいるのさ」

「虎ぁ? なんやそれ、そんな奴いたかいな?」

 

 

 全員が脳内の名簿リストを総ざらいするが、該当無し。訝しげな視線がリヴェリアに向けられると、彼女は無理もないなと苦笑を一つ漏らしてあっさりと口にした。

 

 

(くだん)の師匠……イタドリ・千里だよ。イタドリとは『虎杖(イタドリ)』と書き、本来は痛み取りに使う薬草の名だ。イタドリの姓は彼が敬愛する武神から与えられたものらしいが、それも『誰かの役に立てる人間であれ』という願いと極東の『虎は千里行って千里を還る』という諺から取られたと聞いた。

 (センリ)の弟子である虎子(アイズ)…まさにぴったりと平仄に合うだろう? そう思うとついおかしくてな」

 

 

 どうだ、と同意を求めるリヴェリアに皆がポカンとした顔を向けてくる。思ってもみなかった反応に今度はリヴェリアが訝しげな顔をした。

 

 

「どうした? なにかおかしなことでも言ったか?」

「おかしなことって言うか…自分、随分やっこさんと仲良くなったんやな。普通自分の名づけの由来とかほぼ初対面の間柄で話すか?」

 

 

 ロキがかなり素に近い驚きの顔をしながら問いかけると、リヴェリアも問われてそのことに思い至ったのか少しばかりバツの悪そうな顔をした。

 

 

「ああ…。いや、私も驚いたが随分と話が合ってな。話すべきことを話したあとのちょっとした世間話のつもりが、思った以上に長引いて、こう……な?」

 

 

 いや…な? とか同意を求められても……という顔をリヴェリア以外の全員が浮かべた。その顔になにか誤解が生じていると感じたのか、やや焦った様子でリヴェリアが弁解するように言葉を重ねた。

 

 

「あれは意外とエルフの好む気性の持ち主だぞ。深く関わるには流石に二の足を踏むが、世間話で済ませる程度の間柄ならかなり話しやすい」

 

 

 そんなリヴェリアの言葉に、主神と同輩たちは三者三様の反応を返した。

 

 

「え、そうなんか? つまりセンリはエルフにモテモテ…? アイズたんだけやなくリヴェリアにも粉をかけたんか…こいつは許せんなァ…!」

「意外なような、そうでもないような…」

「うーむ、分かる気がするのぅ。儂からはドワーフよりはエルフに近い気性に見えるぞ。凝り性な点はドワーフに似ているが」

 

 

 お気に入りの特に美しく、可愛い眷属達にちょっかいをかけていると邪推して勝手に怒気を漲らせるロキ。口元に手を当てて考え込むフィン。腕を組みながら理解できるところがあると頷くガレス。

 

 

「ロキ、それ以上戯言を続けるなら口を縫い合わせるぞ。まかり間違って同胞(エルフ)の団員の耳に入ってみろ、下手をすれば襲撃を仕掛けて返り討ちに遭いかねん」

「……うわっはー、洒落になっていない未来がありありと見えるわ。了解、お口チャックやな」

 

 

 勝手にヒートアップしているロキに冷や水を浴びせると、その光景を想像したのかにやけた笑みが一瞬で真顔になった。この辺りセンリもそうだが、エルフ達もハイエルフの王女(リヴェリア)が絡むと途端にブレーキが利かなくなる傾向があった。

 

 何となく話の続きが気になった三人が視線でリヴェリアに促すと、渋々といった風に口を開いた。

 

 

「まず礼節を弁えた穏やかな物腰だから話しかけやすい。冒険者はただでさえ荒っぽい者が多いからな。前評判を知らなければ第一印象はかなり良いだろう。

 見かけは優し気だし、一度剣を抜けばその腕前に敵う者無しという剣腕も好ましい。知っているか? 奴の趣味は鍛錬と善行を積むことだそうだぞ? 『善行』といっても子供や老人相手の小さな親切と、悪党相手の斬った張ったを同一線上に語る点は余り笑えないが」

 

 

 前半は微笑ましく、後半は頬をやや引きつらせて語るリヴェリアだった。

 

 

「本当に聞いてるだけなら善良で才能ある有望な冒険者だね、彼は。それがどうして()()()()()になっているのやら」

「『疾風』とも少し話したがな。アストレア・ファミリアに所属してから何度となく矯正しようとしたが、成果は薄かったと聞いた。どうも行動に移る際に躊躇が極端に薄いらしい。己の心に真っ直ぐと言えば聞こえはいいが、とにかく暴走しやすい性質のようだな」

「おーい、大丈夫なんか。それ」

「今更だろうが。大体第一級や第二級の冒険者に普通(まとも)な者など一人でもいるか?」

「それを言われるとねぇ。ボクらも大概人のことは言えないな」

「とはいえあやつは才も気性も尖り過ぎな気がするがのぅ。アストレア・ファミリアに所属していなければ本当にどうなっていたことやら」

「確かに。外付けのストッパーである彼女たちがいなければ、正直なところボクもファミリア団長として彼を危険視せざるを得ないな」

 

 

 あるいは()()()()()か、とフィンは頭の中だけで呟く。『正義』に従い、『悪』を討つ。それこそが様々な点で危ぶまれるイタドリ・千里なりの処世術なのかもしれないと。

 

 センリは確かに規格外に腕が立つが、オラリオもまた数多の強者が集う魔境魔窟である。言っては何だがたかだか一人の剣士が考えなしに辻斬りを繰り返せば、いずれ危険視されて複数の勢力から粛清される未来は確実だ。

 

 なればこそ『正義』という鞘でイタドリ・千里という刃を包みこむ。そうすることで斬るべき敵を斬り、そうでない時は無暗に周囲を傷つけないように抑えるのだ。

 

 

「フィンの言うことも分かるが、それでもセンリの功績は小さくあるまい。『首刈り』の悪名の元となった所業は悪趣味だが、奴の雷名がオラリオの諸勢力が『悪』に転ぶことを食い止めているのも確かだ。力なき正義はただの無力とも言う。『罪』に対する『罰』、速やかに『悪』を討ち果たす断罪の刃としての働きは十分すぎる」

「……本当に、彼を気に入ったようだね。正直なところ、それが一番の驚きだよ。リヴェリア」

「少なくとも奴に私心はなく、従う主神も善良だ。ならば少なくとも『悪』との戦いにおいて肩を並べるにあたってこれ以上なく頼もしい味方だ。ひとまず私にとってはそれで十分」

 

 

 それに、とリヴェリアは続ける。

 

 

「あばたもえくぼ、という言葉もある。私はあまり好まないが、一部のエルフにとっては奴の所業は称賛に値する功績だ」

「えぇ…。エルフってそんなに血生臭い種族やったっけ?」

「人聞きの悪いことを言うな! 少なくとも私は違うし、大部分もそうだ!」

 

 

 ロキがドン引きした表情でマジかよと問いかけると、血相を変えて否定するリヴェリアだった。

 

 

「同胞には神経質で潔癖症な者も多い。認めたくはないが、過激な方向へ暴走しがちな傾向もな。そうした者たちにとって『正義』に殉じ速やかに『悪』を討つ奴の行いは好ましく見えるはずだ。確かに晒し首にするのは過激な所業だが、事実一定の抑止力として機能しているわけだしな」

「ああ、湯浴みの時の王女(リヴェリア)のお世話するエルフの皆とかまさにそんな感じやもんな。覗き魔には死あるべし、ってマジ顔になっとったし」

「……クソ、余計なことをしゃべり過ぎたか」

 

 

 なんとか否定しようとして否定しきれなかった沈黙を挟み、リヴェリアは珍しく品のない悪態をついた。それでも己の舌禍で下げてしまった同胞たちの品格をフォローすべく話を続ける。

 

 

「先ほども言ったが悪党相手とは言えやり過ぎる悪癖は好みが分かれるだろうがな。あれを愛嬌で済ませることが出来るエルフは流石に少ないはずだ」

「ふーん。ほな、そんな奇特なのがいたとすれば…」

「意識しているか、無意識かは分からんがな。相当に惚れ込んでいると見てもいいだろう」

 

 

 訳知り顔で断言するリヴェリアだった。なお胸の内で密かに『疾風』などは相当に怪しいと思っていたが、流石に口には出さなかった。

 

 

「この話はもう良かろう。あくまで私の所感だし、何が変わるわけでもない」

「いや、いや。中々面白い話やったでー。リヴェリアの恋バナじゃなかったのが残念なようなホッとしたような気分やけどな!」

「ロキ! その類の戯言はいい加減にしろと何度も言っただろう!」

 

 

 そんな、懲りないロキがリヴェリアをからかっては説教される光景も含めていつものロキ・ファミリアの日常であった。

 

 


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