剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十八話

 黄昏の館の一角、アイズの私室の前でリヴェリアはドアをノックしようとする寸前の体勢でしばしの間硬直し続けていた。

 

 派閥首脳陣を代表して意気消沈する幼女(アイズ)を元気づけ、師匠(センリ)との関係修復の機会について話すためにやってきていたわけだが彼女はここに来てつい尻込みしていた。

 

 リヴェリアはまさにエルフらしく高潔で誇り高い女傑だったが、長命種の中では比較的歳若であり人生経験も積み重ねが薄い。子育ての経験など当然アイズが初めてで、全てが手探りだった。しかもアイズ自身が普通とはいいがたい色々難しい子供だったので、その苦労は人一倍だった。

 

 落ち込んだ幼子を元気づけるのはリヴェリアにとって一人でダンジョンに籠るよりよほど難儀なミッションであった、

 

 

「……アイズ、いるか」

 

 

 それでも意を決してドアをノックし、扉越しに声をかける。中にいることは半ば分かっていたが、礼儀として必要な手順を踏むための動作だった。

 

 リヴェリアの声に対する(いら)えはないが、第一級冒険者の聴覚は部屋の中で僅かに身動ぎする小柄な気配を感じ取っていた。

 

 

「……入るぞ、いいな」

 

 

 改めて一声をかけるとゆっくりとノブを回してドアを内側に開ける。部屋に入ってアイズの姿を探すと、朝方少しだけ様子を見た時と同じように部屋の隅で膝を抱えていた。 

 

 いまもドアを開ける音に反応してリヴェリアを一瞥したが、すぐに興味を失ったように顔を下に向けてしまった。素っ気ない反応に密かに心を傷つけられたが、すぐに表面上だけは取り繕い迷うように声をかける。

 

 

「その、だな…。気は進まないかもしれないが、もう一度あの時の話を―――」

 

 

 アイズに何と声をかければいいのか、自身全く見当がつかないまま当たり障りのない調子で話を始めようとすると、ひどく億劫そうな仕草で顔を上げたアイズと()()()()()

 

 

「———」

 

 

 その瞬間、リヴェリアは胸の内で準備していた全ての言葉を失った。アイズの瞳には迷いがあり、痛みがあった。迷子の幼子のように頼りなさげに揺れる光が宿っていた。いまのリヴェリアよりもはるかにアイズは苦しんでいた。

 

 その少女を前に、建前と礼節しかない言葉など雑音以上になりえないというのに。

 

 

『なーんも難しくないわ。あの子を抱きしめて大好きだーって言えば一発解決やでー』

 

 

 ふと、この部屋に向かうまでにかけられたロキの言葉が脳裏を過ぎる。その言葉にはいまも全面賛成など出来ないけれども、一つ腑に落ちたことがある。

 

 傷ついた子供を癒すために必要なのは言葉ではない。()()はきっと、人の優しい温もりなのだとリヴェリアは直感的に悟る。

 

 

「アイズ……ッ」

 

 

 膝を抱えて懊悩に苦しむ幼い少女。その姿を見ているだけで胸が苦しくなり、ほとんど衝動的にアイズへ近づくと腕を広げてその胸に幼い体躯を抱きかかえた。

 

 

「リヴェリア…?」

 

 

 困惑したような、迷うような声を抱きしめられたアイズが漏らす。リヴェリアがこうも感情を露わに振る舞うのは初めてだったから、アイズの困惑も当然のものだったろう。

 

 幸いなことに拒絶の色はない…と、リヴェリアは安堵を覚える。

 

 この数か月で最も長くアイズと時を過ごしたリヴェリアだが、その気性からどれほど親しみを込めようとしてもどうしても一線を引いた対応になってしまっていた。これはもう個人の性格と育ってきた環境から形作られる価値観に依るものだったから、リヴェリアばかりを責めるのはフェアではない。

 

 けれどいまリヴェリアはその殻を破り、アイズの『家族(ファミリア)』としてさらに一歩を踏み込もうとしていた。

 

 

「アイズ…」

 

 

 と、少女の名を呼んだあと自然と言葉が胸の内から零れ落ちた。

 

 

()()()()()()()()()()()()……!」

「———……ッ」

 

 

 驚いたように息を漏らすアイズ。そしてそれと同じくらい無意識に漏れた言葉にリヴェリア自身驚き、そしてそれが自分の本心だったのだと腑に落ちる。

 

 派閥首脳陣としての責任感からアイズの対応を後回しにしていたが、『闇派閥』の騒動がひと段落してから箏の顛末を聞いたリヴェリアが卒倒しかけたのは事実だった。顛末を聞いてすぐアイズの姿を一目見ようとし、その傷ついた姿に強く動揺したことも。

 

 主神や同輩たちと顔を合わせている間は平静な態度を取り繕っていられたが、こうして傷ついたアイズと一対一で向かい合うと思わず偽りのない胸の内を曝け出してしまった。

 

 けれどそれでいいのだと、いまのリヴェリアは素直にそう思える。きっと頑なに凝り固まったこの娘の心を解きほぐすには自らも真っ直ぐにぶつかっていくしかないと分かったから。

 

 

「心配した…。お前が死ぬところだったと聞いて、本当に気が気ではなかった!」

「なんで…」

 

 

 敢えて何も取り繕わずに声音に感情をこめてそのままにアイズにぶつけていく。対し、リヴェリアの思いをぶつけられたアイズはリヴェリアへの困惑とその言葉に心を動かされた自分への怒りを込めて言葉を返す。

 

 

「なんで、貴女がそんなことを言うの…?」

「何故…? 何故だと。私たちは『家族(ファミリア)』だ、心配することの何がおかしい!」

「おかしい! だって、だって…」

 

 

 苦しい、辛い、心が痛いと悲鳴を上げる胸の内をリヴェリアの言葉が慰撫し、柔らかく宥めていく。胸の内に満ちていく安堵の念を拒絶し、リヴェリアに縋ろうとする弱い自分を断ち切るようにアイズは敢えて心無い言葉を投げつける。

 

 リヴェリアが与える暖かさに浸り、悲願(ネガイ)を忘れることを幼いアイズは受け入れられなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 拒絶された、と直感する。

 

 この時リヴェリアが傷つかなかったと言えば嘘になるだろう。まるで心臓を剣で貫かれたような痛みが走り、涙が美しい眦から零れそうになる。

 

 だが、

 

 

()()()()()()()! この大馬鹿め!!」

 

 

 それ以上に、この時のリヴェリアの胸の内には怒りの炎が燃えていた。無理無茶無謀で自身の身を顧みないアイズへの怒り、そしてそれ以上に無力な自分への怒りが。

 

 いまこの時のリヴェリアにとってアイズの無事以上に大事なものはなかった。

 

 

「そうだ、私はお前の母親ではない。母君(アリア)の代わりなんていないし、なれる気もない! それでもな!!」

 

 

 事実を事実として認めつつ、別の側面から見た事実もまた突き付ける。アイズが見えていない、見ようともしていない事実を。

 

 最愛の父と母を失い、それでもなお自分(アイズ)を愛する誰か(リヴェリア)がいるのだという事実を。

 

 

「私がお前を愛して何が悪い! お前を大事に思って何が悪い! 言ってみろこの不良娘!!」

 

 

 子を思うが故の鬼の形相。極東の鬼子母神を思わせるリヴェリアのマジギレにアイズはひぐっ…、と本気で恐れをなした様子で喉へと言葉が引っ込む。いまのリヴェリアは初めて会った頃に無知なアイズが「おばさん!」と暴言を吐いた時の十倍はおっかなかった。

 

 ()()()()()()

 

 

(なんで…)

 

 

 何故、こんなにも心は温かいのか。

 

 

「ふぇ…」

 

 

 誤解のしようもないほどまっすぐに『愛』を伝えられたアイズ。その反応は劇的だった。

 

 最前に抱いた恐ろしさとはまったく別の暖かい感情(モノ)が胸を満たし、幼い少女の眦を涙が零れ落ちていく。過日の騒乱以来、アイズの胸を塞ぎ続けていた重苦しい気持ちが涙となって融けていくようだった。そのまま次々と溢れていく涙を拭おうとして拭いきれず、とうとうアイズは流れる涙をそのままに静かにむせび泣き始めた。

 

 その涙に一瞬怒りをストレートにぶつけ過ぎたか、と慌てるリヴェリア。だがすぐにアイズの涙が陰性の恐れや悲しみからくるものではないと気付く。その姿は離れ離れになっていた母親と再会した迷子が流すような、恐怖と緊張から解放された安堵に似ていたから。

 

 

「なあ、アイズ。聞いてくれ」

 

 

 一転して優しい語調で語り掛け、真情を込めて言葉を重ねる。

 

 

「私はお前に傷ついてほしくない、ましてや絶対に死んでほしくないよ。できればダンジョンにも行ってほしくなんてない」

「私は……」

「いいさ、お前の気持ちは分かっている」

 

 

 どう言葉を返すか迷うように、だが確固たる意志をリヴェリアへ示そうとしたアイズをゆっくりとした手つきで押しとどめる。その気持ちを理解してやることは出来ないが、言葉では絶対に止められない意志の強さだけは良く分かっていた。

 

 

「それでもきっとお前は行くのだろう。悲願(ネガイ)を掴むまで決して止まれないんだろう?」

 

 

 うん、と零れ落ちる涙を片手で拭いながらも力強く頷く。

 こればかりはたとえ誰が相手でも譲れなかった。

 

 

「それなら仕方がない。良いことだとは思わないが、無理に止めようとはもう思わない。それでもこれだけは覚えていてくれ」

 

 

 懇願するように、己を顧みずに力を求め続けるアイズへ楔を打ち込むために言葉を紡ぐ。せめて悲願(ネガイ)にたどり着いた()()をアイズが考えられるように。

 

 

「お前が死んだら私は泣くぞ」

「ッ!」

王族(ハイエルフ)の矜持など知ったことか。みっともないくらいに泣き叫んでやる。天に昇ったお前に届くくらい派手に、な…」

 

 

 そんなこと考え付きもしなかった、と言わんばかりの驚愕を表すアイズへ諭すように語り掛ける。アイズの強すぎる思い込みが狭めていた視野を広げるために。

 

 

「それは、お前も嫌だろう?」

「……うん」

「それなら、死ぬな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。当たり前のことだが、お前にはこの『当たり前』を理解してほしい」

「…………うん。分かる、よ」

 

 

 死んでしまった人にはもう二度と会えない。優しい父母との苦しい離別を経験したアイズは今ならその重みを理解することが出来た。そして自分(アイズ)が死ねば、リヴェリアも同じ気持ちを味わうことも。

 

 

「そうか。分かるか」

「うん」

 

 

 そうしたアイズの過去を多少なりとも知っているために、その胸中を察してリヴェリアは哀切さを覚える。本当ならば決して一〇の齢に満たない幼子に知っていてほしい感情ではないのだ。

 

 だがアイズと向き合うために決して目を逸らしてはいけないものでもある。だからせめて幼い少女の胸に空いた虚無を少しでも埋めるために、ただ愛情をこめて呼びかける。

 

 

「アイズ……大好きだ」

「私は、……私()

 

 

 ただどこまでも真っ直ぐな言葉に胸を貫かれ、山嶺に降り積もった万年雪の如く固く強張ったアイズの憎悪と悲願がほんの少し緩んだ。

 

 悲願(ネガイ)は変わらないけれど、歩み続ける意志に陰りはないけれど―――それでもアイズ・ヴァレンシュタインは昨日までの彼女とは異なる一歩を踏み出す。

 

 

「私も…、大好きだよ。リヴェリア」

「そうか…。それは、嬉しいな」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが抱えるものは悲願(ネガイ)だけではないと分かったから。悲願(それ)だけじゃなくてもいいのだとリヴェリアが……そして先生(センリ)が教えてくれたから。

 

 ほんの少しだけ気恥ずかしそうに、その何倍も嬉しそうにアイズは微笑(わら)えた。それは優しい父と母を亡くしてからアイズが初めて浮かべることが出来た、心からの笑みだった。

 

 

「リヴェリア…」

「なんだ…?」

「リヴェリアは…いなくならない?」

「ああ。お前が望まない限り、お前の側にいるよ」

「……いなくならないで。此処にいて」

「ああ。私は此処にいる。だからお前も、私の前からいなくならないでくれ」

「…………うん」

 

 

 リヴェリアに抱きしめられた格好のまま、アイズもまたハイエルフの王女へおずおずと両手を伸ばす。互いに抱きしめ合い、体重を寄せ合う格好となった二人は、確かに家族(ファミリア)と呼ぶに相応しい絆を感じさせた。

 

 そのまましばし体温を分かち合い、言葉ではなく心を交わし合う二人であったが、やがてアイズが決然とした面持ちで顔を上げてリヴェリアに声をかけることでその暖かな時間も終わりを告げる。

 

 

「リヴェリア…。聞いてくれる?」

「何だって聞いてやるさ」

「…………私、酷いことをしちゃった」

「なに…?」

 

 

 酷いことをしたと告白するアイズこそが酷い顔色を晒しながら、たどたどしい語り口であの日の騒動の一部始終を語り始めた。

 

 それは懺悔であり、助けを求める叫びだった。自らの行いによって師を傷つけたことへの悔恨が嫌というほど込められたアイズが零す精一杯のSOSだ。

 

 

「リヴェリア……私、あの時先生を傷つけちゃった。先生は私を助けてくれたのに。勝手に怖がって、先生を拒んで……来ないでって! 言っちゃったの…!」

 

 

 普段飄々とした笑顔を崩さないセンリがあの瞬間に見せた驚愕と痛みを宿した顔は今もはっきりと脳裏に焼き付いていた。あの時のセンリの気持ちを思うと、アイズは堪らなくなって胸を掻き毟りたくなる。

 

 

「あの時、先生はきっと私と同じ顔をしてた…!」

 

 

 絆を失うことに怯え、傷つけてしまったことを悔いていた。再び絆をつなぎ直そうとして、本当に断ち切れたらどうしようと恐れ、一歩を踏み出せずにいた。

 

 理屈ではなく共感を以てアイズはその事実を理解していた。

 

 その痛みがアイズ自身分かるから、どれほど辛い痛みをセンリに与えたか分かるから、大切な人を深く傷つけてしまったという事実が幼い少女を苦しめていた。

 

 

「先生が悲しんでるって思うと……私も、痛い。(ここ)が、痛いの…」

 

 

 辛そうな顔で唇を噛み占めるアイズを見て、リヴェリアは先ほどの派閥首脳陣による議論が下した結論の正しさを改めて再認識する。

 

 そしてアイズの理解者たりえるセンリの重要性もまた。

 

 たとえ痛みを伴う形であれ、アイズはセンリの心に共感してその痛みを案じていた。これまでのアイズには全くと言っていいほど見られなかった心の動きである。

 

 なにもかもを、己の命すら切り捨てて純粋に一つの道をひた走っていたアイズの心に生じた()()()()()……だがそれこそがアイズに最も必要なもの。エルフが大木の心と呼ぶ、揺るぎない自己を確立させるために必要なもの。

 

 他者との触れ合いとそれがもたらす心の交流こそがアイズの健やかな成長に必要だった。

 

 それは過酷な境遇から少なからず歪んでしまったアイズが自然と心を開き、共感を覚える精神性の持ち主であるセンリでしか成しえなかっただろう。

 

 リヴェリアは待望していたアイズの心の成長が、自分に全く関わりがないところで成し遂げられたことに密かに嫉妬を感じつつもひとまずその事実を歓迎する。私情を吐き出すのは全て後回しだ。いまは何よりもアイズの告白にこそ向き合うべき時だった。

 

 

「でも、怖い! それも本当なの!! 先生に会いたい、会って謝りたい!! でももう一度会った時に今度は怖がらないでいられるか……分からない」

「そう、か…」

 

 

 いまのアイズはそれこそ足元が底なし沼に捕らわれた心地でいるのだろう。ズブズブと沈んでいくことを自覚しながら、前に進むことでもっと悪い状況に陥るのではないかと怯え、一歩を踏み出すことが出来ない。

 

 その気持ちはリヴェリアにも痛いほど分かった。それはあらゆる『決断』に伴う、逃れられない心の痛みだったからだ。

 

 

「リヴェリア…」

「アイズ…」

「でも、嫌だ。このままじゃ、嫌だ…!」

 

 

 リヴェリアが目を見張るほどの強さを以て、少女は拒絶を叫ぶ。このままでいるのは嫌だ、と。恐れは未だアイズの胸に巣くっている、それでも『小さな勇気』を振り絞って少女は現状打破のために『決断』する。

 

 

「リヴェリア…………()()()

「任せろ」

 

 

 自らだけではどうにもならない問題の解決に助けを求める。それもまた確かな『決断』であり、少女の成長の証左だった。これまでのアイズならば自らだけで抱え込み、仲間(カゾク)に助けを求めることなど思いつきもしなかっただろうから。

 

 故に双方一言を交わし合ったのみで十分。それ以上の言葉は不要だった。

 

 

「アイズ」

「うん」

「センリと話す場は作れる。私も同席するし、必要ならば誰であろうとその場に呼んでいい。私が許す」

 

 

 さらりとアイズにだだ甘な発言を漏らしながら、だが…と釘も刺す。

 

 

「だがセンリと意思を交わすのはお前だ。直接言葉を交わすのが辛いのならば手紙でもいいし、間に人を挟んでもいい。それでもお前自身が彼に向き合わなければならない、これは絶対だ。……出来るか?」

「うん…。私、もう一度先生と会いたい。会って謝って……また剣を教えてほしい!!」

 

 

 未だに罪悪感と恐怖という重苦しい気持ちを抱えながら、それでもと立ち直ったアイズを見たリヴェリアはフッと懐かし気に微笑みを零す。

 

 その小柄な立ち姿は幾度となく背中を預け合った、頭が回るくせにこうと決めたことは意地でも貫き通す派閥首領の背中を思い起こさせたからだ。同時に彼の種族『小人族(パルゥム)』の持つ最大の武器もまた。

 

 

「どうしたの?」

「なに、懐かしいものを見たと思ってな。それだけだ」

 

 

 リヴェリアが懐かしさを込めて零すと、アイズは訳が分からないとばかりに視線を送ってくる。リヴェリアは敢えてその詳細を明かさず、代わりに全く別のことを話し始める。

 

 

「人は弱く、恐れ、惑う。全くの暗闇の中手探りで道を探し求める決断ができる者は多くない。大体は(うずくま)り、助けを待つことしか出来ない。それは弱さだがごく普通のことであり、けして間違いではない」

 

 

 唐突に始まったリヴェリアの独白に目を白黒させながらもアイズは楽器の旋律のような快い調子で紡がれるリヴェリアの言葉に聞き入る。

 

 

「だがそんな苦境にあっても前に進むことが出来る者こそが冒険者と呼ばれる。『未知』と『恐怖』を前にしてなお、怯える心を叱咤して足を踏み出し握り拳を突き上げる者だけが『偉業』を成せる」

「それは、リヴェリア達…も?」

「無論だ。迷宮(ダンジョン)へ挑むには『力』だけでは到底足りない。能力値(ステイタス)、仲間、武器、装備、知識。それら冒険者の全てを支え、十全に機能させるための土台となるものこそが『心』」

 

 

 その形のないモノを示すようにス…、と形のいい指先でアイズの胸を指差す。

 

 

「アイズ、お前もまたたった今恐怖を覚えながらも一歩前へと踏み出した。その『偉業』を成す根底にあった(モノ)

 

 

 一拍の間を置き、

 

 

「それこそが、勇気」

 

 

 厳粛に、秘事を伝えるように声を潜めてアイズへと囁きかける。 

 

 

「冒険者に最も求められる心だ。本来数値(ステイタス)の成長などよりもよほど重要な冒険者の資質なんだ。お前は今本当の冒険者への一歩もまた踏み出したんだよ」

「……分からない。それは本当に、大事なことなの?」

「お前ならばいずれ分かるさ」

 

 

 なにせお前は私が認めた優秀な冒険者の卵なのだから、と何故かリヴェリアこそが自慢げな響きで話を締める。アイズは詳細こそ理解できずともリヴェリアに冒険者として認められた、という事実に密かに心を浮き立たせた。

 

 けれどすぐにセンリの傷ついた顔が心に浮かび、ささやかな高揚はすぐに沈む。代わりにこの状況を打破してやるという決意が沸々と湧いてくる。

 

 零した涙を拭い、リヴェリアの手を借りて立ち上がる。泣きはらした赤い目の少女はキリリと眦を鋭くし、決意を込めた表情で部屋の外へと続く一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 




 ところで今回のお話と全く関係ないけどうしおととらで潮が麻子と潜水艦のガラス越しに手を合わせて「麻子…大好きだ」って言葉を絞り出すシーンは最高に好きです。

 嘘ですどっかで一回くらい使ってみたいセリフでした。夢が一つ叶って満足です。


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