剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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続けて投稿。
今日は三話まで。
ストックが多少あるので、暫くは毎日投稿したい。


第二話

 

 時は遡り、9年前。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン、御年7歳。

 職業、冒険者。

 

 冒険者、ダンジョンでモンスターを相手に切った張ったを生業とする荒くれ者たちの一員。

 だが紛うことなき幼女(ロリータ)である。

 

 故に所属するロキ・ファミリアからはある意味手厚く扱われ、今もオラリオを騒がす『闇派閥(イヴィルス)』の鎮圧から外されている。

 

 保護者監督付きでダンジョンに向かい、モンスターを討伐する。彼女に許された実戦の場はそれくらいだが、実のところこれでも十分に危険だ。

 

 尤もこの時のアイズはファミリアの幹部達からの配慮に感謝するどころか認識すらしていなかった。幼子故に意識が幼いこともあるがそれ以上に彼女の内に燻る力への渇望がアイズの視野を狭めていた。

 

 

(強く…なりたい…。剣が欲しい…もっと、強い剣が)

 

 

 強くなるためにはモンスターを倒すのが手っ取り早く、並の剣ではアイズの振るう力任せの使い方に耐えられない。

 

 故に、強い剣が欲しい。

 

 ダンジョンから帰ったアイズがそう幹部達に主張し、にべもなく退けられたのがつい先ほどのこと。反射的に頭に血を登らせたアイズは保護者達に抱いた反感のまま、オラリオのメインストリート、通称『冒険者通り』に向かって()()()()

 

 妙な迫力と鬼気をまき散らす幼女に通行人は訝しげな眼を向けるが、それが最近噂の『人形姫』と分かると大概ギョッとした顔をして道を開ける。

 

 それすら気にも止まらない程頭に血が上っていたが、天の配剤か熱くなった頭を冷やすように天から水滴が降り始めた。

 

 急速に勢いを増し、横合いから殴りつけるようにザアザアと雨が吹き付けてくる。

 

 通り雨だ、それもかなり強い。

 流石にそんな天候で押し通ろうとすることは躊躇われた。

 

 やむを得ず近くの軒下に避難し、雨足が弱るまで雨宿りすることに決める。ずぶぬれになった服が体に張り付き不快感をもたらす。ブスッとした顔で天を睨みつけたが、もちろんそんなことで天候は変わらない。

 

 ため息を吐いて大人しく雨が止むのを待ち続けるアイズの耳に唐突に風切り音が届いた。

 

 思わず振り向いた路地裏の先からアイズの耳にその後も鋭く空気を裂く音が断続的に響き続ける。

 

 どこか聞き覚えのあるその音に記憶をたどるが、やがてその正体に思い至った。

 

 

(剣を振っているんだ)

 

 

 己もまた鍛錬の一環として行っている故に剣を振るい、大気を切り裂く音は嫌と言う程耳にしていた。

 だからこの音も熱心な冒険者がこの先で鍛錬しているのだと考えれば合点がいった。

 

 だが…この音は、なんというか()()

 

 少なくとも受ける印象は、自分が振るう力任せの剣よりもフィンやガレスが振るう確かな技術が乗った一撃に近い。妙なところでスレていても、まだまだアイズは子供であり、好奇心が刺激されれば思わずそちらに寄りたくなってしまう。

 

 視界の端に極東風の衣装をまとった褐色肌の女性が雨を避けてこちらに向かって駆けてくるのが見えたが、アイズはさして気にすることなく路地裏に足を向けた。

 

 それ故にアイズは『彼女』に出会うことは無く、運命のボタンは僅かに掛け違う。

 

 薄暗い路地裏を慎重に歩みを進めていくと、耳に届く風切り音は少しずつ明瞭になってくる。

 

 

(素振り…? 違う、戦ってる?)

 

 

 首を傾げるアイズだが、素振りと考えるには風切り音は断続的で、時折立ち位置を変えているのか地面を踏みしめる音も聞こえる。

 

 うずうずと好奇心を胸の内に膨らませながら、どこかわくわくとした気持ちで足を進めていく。

 

 やがて住居と住居の隙間にぽっかりと開いた空間がアイズを出迎えた。

 冒険者が二人向かい合って試合が出来る程度には広く、三人では狭い。それくらいの広さだ。

 

 その小さな空間で緩く反りが入った見慣れぬ曲刀を手にした男が一人、剣を振るっていた。

 

 素振り、ではない。アイズが信じた感覚が示すとおりだった。

 ならばその剣が向かう先にいるのは―――

 

 

(―――モンスターッ!?)

 

 

 オーク、あるいはゴブリン。

 よく分からないが人型であることは間違いがない。

 都市内にいるはずのない怪物(モンスター)が、そこにいた。

 

 驚愕と共に咄嗟に背中へ剣を求めて手を伸ばすが、ここはオラリオの街中。

 帯剣しているはずもなく、また数瞬後に自身の見間違いに気付く。

 

 

(モンスター、じゃない。()()()()だ、モンスターを相手にした仮想戦闘―――)

 

 

 よくよく見返せば視線の先にモンスターなどいない。

 男が黙々と、しかし鮮やかな躍動を見せつけながら剣を振るっているばかりだった。

 

 ただし、あまりに仮想敵の想定が練り込まれ過ぎていた。

 傍から覗いただけのアイズにその影を幻視させるほどに、実戦そのものと見紛うほどに。

 

 より熱心に男の一人稽古を覗き込み、確信する。

 

 男の仮想敵はやはり人型のモンスター。それも男よりも大きく、複数の個体に仕掛けられているようだ。モンスターは突撃せんばかりに攻撃の勢いが良く、間合いが広いことから武器も持っているだろうと分かる。

 

 種類までは分からないが、それはアイズが単にそのモンスターを知らないだけだろう。

 

 多くの情報を読み取ったアイズだったが、これは彼女が特別に優れているわけではない。それこそ場末の木っ端冒険者をここに連れて来ても近いことを言えただろう。

 

 鍵を見せればその対となる錠前の形が想像できるように。

 男が示す一挙一動が鮮やかに対となる仮想敵の影を浮かび上がらせていたのだ。

 

 

(それに…)

 

 

 ぐらり、とアイズの視界が揺れた気がした。

 

 

(似て、る)

 

 

 父が…、

 振るう剣に。

 

 気のせいかもしれない。男が扱う曲刀も、衣装も、身ごなしも父とは大きく異なる。

 だが確かにアイズの脳裏に過去の一幕を思い起こさせた。

 

 最初は恥ずかし気に、やがて剣術の鍛錬に没頭する父とそれを見守る母。母に抱かれた自分(アイズ)…。

 

 アイズは突然胸を襲う郷愁に歯を食いしばって耐える。

 過去を振り返ってもそこには何もない、誰も応えてくれない。

 

 だからアイズは決めたのだ、悲願(ネガイ)のために何をしても強くなると。

 強くなって、全てを取り戻すと。

 

 

「は…ァ…」

 

 

 胸が苦しくなり、咄嗟に息を吐き出す。

 そのまま深呼吸を繰り返しながら、アイズの頭の中で急速に一つの考えが纏まり始めた。

 

 この男は、強い。

 アイズよりは確実に、ひょっとするとフィン達よりも。

 

 少なくとも男とフィンが立ち会った時、どちらが勝つのか…アイズには想像できない。

 

 理性と無意識に抱くフィン達への情はフィンが勝つと主張しているが、なんとなくこの男は()()()()()()印象がある。

 

 そして無意識に思う、この男の振るう剣は己に合っていると。

 

 後に幼子ながらの慧眼に男が笑って少女を褒める程度には、その直感は正しかった。

 男の剣とアイズが求める理想の剣はかなり近い、()()()()()()()

 

 

「おや…。これは思わぬお客さんだ」

 

 

 目をつぶり、必死に胸中から沸き起こる感情を処理しているアイズに気付いた男が声をかけてくる。

 

 物陰に隠れてこそいたが、アイズは特に影に忍ぶ術を身に着けているわけではない。気配が丸出しであり、熟練の冒険者ならば察知は容易だった。

 

 己へ向けられた声にアイズも瞑っていた眼を開き、男の姿を正面からとらえる。

 

 くるりと跳ねた猫っ毛、顔立ちはまあ美男と呼ばれる程度に整っているだろう。歳は思ったよりもずっと若い、アイズよりも十は上といったところだろうか。

 

 極東の和装に牡丹の刺繍が入った何とも鮮やかな色合いの外套を肩にかけている。洒落っ気のある粋人といった風体だ。

 

 その雰囲気は先ほどまで剣を振るっていたと思えない程柔らかい。

 腰に下げた刀が無ければ冒険者などよりも商家の若旦那と呼ばれる方がよほど似合っていた。

 

 

「どうしたのかな。ここは親のいない子供が迷い込んでいいところじゃないよ。危ないから、お兄さんと表通りまで出ようか。そこでお母さんを探そう」

 

 

 極めて常識的で真っ当な親切を申し出る男。

 何処から見ても人畜無害な好青年という風だったが、男の申し出はアイズの耳を完璧に素通りしていた。

 

 

「……お願い」

 

 

 ぽつり、とアイズが呟きを漏らした。

 

 

「ん? なにかな」

 

 

やはりふわりと人好きのする笑みを浮かべた男が言葉の続きを促す。

 

 

「お願い! 私に剣を教えて!!」

 

 

 少女が腹の底から出した大音声が男の鼓膜を打ち、ほんの一瞬目から感情が()()()()()

 

 男の内に蔵された狂気がそこはかとなく漏れ出した瞬間だったが、力を望み盲目となったアイズの目には入らなかった。

 

 

「ああ、さっきの稽古を見ていたのか。けれど君くらいの子供が扱うには剣はちょっと危なすぎる。もう少し大きくなってから…」

「―――違う」

 

 

 あくまで子ども扱いをする男に苛立ちを覚え、幼いながらに底冷えのする声音を漏らす。声に籠ったのは苛立ちだけではない、悲願(ネガイ)への執念と力の渇望が溢れんばかりに込められていた。

 

 その迫力は到底ただの子供が出せるようなものではない。

 

 

「ふむ」

 

 

 それ故に、男はアイズへ向ける視線を裏路地に迷い込んだ幼子に向けるものから一段冷たいものへと切り替える。

 

 

「私は、冒険者。まだLv1だけど、ダンジョンにも潜ったことがある」

「なるほど。ただの子どもではないわけだ」

 

 

 一つ頷く男に、アイズも無言で合わせて頷く。

 少なくとも男はアイズの言葉を戯言と扱っていない、真剣に受け止めて言葉を返している。

 

 そうと分かる語調に僅かにアイズの気も宥められる。

 何故か、と首を傾げるが答えは出ない。

 

 

「でもそれならば君には既に師匠と呼べる先達がいるはずだ。本当の子どもががむしゃらにダンジョンに向かって生きて帰れるほど甘いものじゃあないからね」

 

 

 違うかい? と問いかける男に渋々頷く。

 事実だったからだ。

 

 

「でも君は師ではなく、ボクに教えを乞うた。事の是非や次第は敢えて聞かないよ、()()()()()

 

 

 あくまで柔らかな語調で問いかける男からズン、と不可視の重圧が放たれる。

 生半可な覚悟は押し潰し、嘘や冗談は許さない―――そう、無言のうちに脅しつけられたかのようだった。

 

 男の威圧に強い息苦しさを覚えながら、アイズは真っ向から思いの丈を吐き出していく。

 

 

「―――強くなりたい。誰よりも強く、誰よりも早く」

 

 

 そのためならば己の身などどうでもいい。

 モンスターを屠る一振りの剣でいい。

 

 言葉にはしないが、挙措の端々からそうした()()()()()()()()姿勢がにじみ出ていた。

 

 

悲願(ネガイ)がある。そのために少しでも強くならなければならない。でもあの人たちに従っているだけじゃ、私が求める強さに届かない」

 

 

 男は直感する、この少女は危険だと。

 実力的な意味ではなく、素人の子供が目隠しをして高所の綱渡りへと挑もうとしているのを見る類の危なっかしさだ。

 

 共感と納得、申し訳なさが複雑に混じった溜息を気付かれないようにこっそりと吐く。

 

 こんな目をした幼子が()()()()()()()()()()。男は実体験としてそれをよく知っていた。

 

 

「だから、貴方の剣を教えてほしい。貴方の剣は……私が知っている一番強い人の剣に、よく似ているから」

「なるほど。君の思いは分かった」

 

 

 全てを聞き終えた男は顎に手をやり、考え込むフリをする。

 フリをするだけで実のところ答えは決まっていた。

 

 それを確かめるために、ぼそりと呟きを漏らして少女の耳に届ける。

 

 

「……先達の制止や説教が鬱陶しい。()()()に辿りつくまでなりふり構っている余裕なんて無いのに」

 

 

 思い当たる節があるのかビクッと肩を震わせる少女を見て嗚呼(ああ)やはりと共感を抱く。

 

 

「力が欲しい。勉学や心の修行なんてやっている暇があるなら剣を振っている方が有意義だ」

 

 

 そして青年はそれで終わりじゃあないだろう? と決定的な一言を告げた。

 

 

「―――強くなりたい。そのためなら命なんて惜しくない」

 

 

 少女はまさか心が読める魔法でも使えるのか、と驚愕に目を見開いた。

 その素直な様子に脱力して溜息を吐く。

 

 心の奥にしまい込んだ古い鏡を見ている気分だった。

 

 

「……ああ、うん。もういいよ、大体分かった」

 

 

 こんな目をした少女を放っておくわけにはいかない。

 男が望む剣の道行きとしては寄り道もいいところだが、捨ておくにはあまりに似すぎている。

 

 

()()()()、か」

 

 

 師とも親とも慕う武神から授かった言葉。

 男が人間らしく振る舞うための枷であり、祝福。

 

 

「……?」

 

 

 男の呟きに意味が分からないアイズがこてんと首を傾げる。

 年齢相応の大層可愛らしい仕草であったが、生憎この場に気にするものはいなかった。

 

 

「良いよ。君に剣を教えよう」

「本当!?」

 

 

 幼い声音に大きな驚きを込めて聞き返すアイズ。

 アイズは幼いが、馬鹿ではない。自分がどれほど常識知らずなことを言っていることくらいは分かっていた。

 

 

「もちろん、条件はある。よく聞くように」

「……お金ならモンスターをたくさん倒しているから支払える。無理なら何時か払う」

「いや、金銭には困っていないから要らない。単純な話だよ、ボクが剣を教える以上中途半端は許さない。ボクが言うことに疑問に思ったらどんどん質問しても良いし、剣以外のことは従う必要はない。ただし剣に関する指示は()()()()()―――いいね?」

 

 

 ゾクリ、と正体定かならぬ悪寒がアイズの背筋を伝う。

 にっこりと笑って念を押すのが逆に恐ろしかった。

 

 ほんの僅かにだがアイズは男に剣術の師事を申し込んだことを後悔し始めていた。

 

 

「では指示を出すのでよく聞くように」

 

 

 コホン、と咳払いをしてから暫定的な教え子に指示を下す。

 

 

「一週間後、また同じ時間にここに来ること。剣を持ってくる必要はないが、所属するファミリアに気付かれないように。話してもいいがその場合確実にファミリアの仲間に止められるのでお勧めはしない。また、それまで君の師匠の言うことに全て従い、その中で腕を磨くこと」

「……分かった」

「重ねて言うが、君が師匠の言うことに逆らったとボクが判断した場合はこの鍛錬は中止になる。職業柄詐欺師を相手にすることも多い。人が嘘を吐くときの癖は知っているので、試さないように」

「……なんで?」

「決まっているだろう。君にボクが全てを伝え終わるまでに死なせないためだ」

「私は死なない」

「次に会った時、一太刀でもボクに浴びせられれば信じよう。冒険者は実力が全てだ。文句があるならば実力で示せ」

「……絶対ぶっ飛ばす」

「良い啖呵だ。その意気だよ」

 

 

 微かに犬歯を晒してサディスティックに笑う青年にすすす…と心理的な距離を取りながらもアイズは退くつもりは微塵もなかった。

 強くなるためならば何でもする、そしてその近道こそが青年への師事だと直感したのだから。

 

 ならばアイズはその直感に殉じるだけだった。

 

 

「ボクはイタドリ・千里(センリ)。冒険者だ。君の先生になる。よろしく」

「私はアイズ・ヴァレンシュタイン。冒険者で……貴方の、弟子」

 

 

 互いに名乗りを交わし、やがてともに世界に名を轟かす第一級冒険者となる師弟はちぎりを結んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】イタドリ・千里はオラリオでほぼ唯一ベートの友人を名乗り、またベート本人からも否定されない。ただし舌打ちはされる。

 

 

 




アイズ・ヴァレンシュタインにとってある種のターニングポイント。
“あの時”椿・コルブラントではなく、主人公に出会っていたら。


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