剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第三話

 アイズがセンリと出会ってから丁度一週間。

 約束した日時に向け、アイズは積りに積もった鬱憤を晴らすようにオラリオを駆ける。

 

 強くなること、それ以外の全てを切り捨てた少女にとってこの一週間はまさに苦行であった。

 

 些細な(とアイズが感じる)ことにすら一々叱責を飛ばしてくるリヴェリアを筆頭とする幹部達からの指示、御小言を忠実に守り切ったからである。アイズのストレスは頂点に達し、リヴェリアとの喧嘩はとうとう1日に2桁の大台に乗ったが、その指示はあくまで遵守した。

 

 これも全てはあの青年から剣を学び、強くなるため。

 

 期待に応えなければただでは置かないとメラメラと気炎を燃やしながらアイズはオラリオの街並みを駆けていく。

 

 約束の時間、約束の場所。

 冒険者の健脚でもって勢いよく飛び込んだそこには既にセンリが幽玄とした風情で佇んでいた。

 

 呆、と突っ立っているように見えて妙に隙が無い立ち姿。

 

 第一級冒険者(フィン達)にも通じる達人の気配を無意識に感じとり、アイズはピタリと足を止めた。

 

 

「やあ、来たね」

「来た」

 

 

 センリは駆け寄ってくるアイズの姿を見て向き直る。

 顔には相変わらず花弁が舞う風のようなふわりとした笑みを浮かべていた。

 

 

「時間通りだね、感心感心」

「そんなことより、鍛錬を…」

「落ち着きなさい。焦っても良いことはないよ」

 

 

 どうどうと宥めるセンリに頬を膨らませながら急かすが、馬耳東風そのままにのんびりとした様子だった。

 

 

「ファミリアの仲間にこのことは…伝えていないようだね、結構」

「なんで分かるの?」

「たくさん人と話して相手が何を考えているのか想像するんだ。そうすれば少しずつ分かるようになるよ」

 

 

 ジッとアイズを一瞥するだけでやけに確信した様子の青年に問いかけるが、返ってきたのは思った以上にふわっとした回答だった。

 むぅと難しそうに唸るアイズを他所にセンリはピンと指を二本立てる。

 

 

「続けて第二問だ。きちんと師匠たちの言うことに従って鍛錬していたかな」

「した。お蔭で大変だった」

「ふむ…」

 

 

 恨みがましく文句を漏らすアイズをジッと見つめ、先ほどよりも真剣な顔で長い時間見定めている。

 アイズもストレスを溜めながらもきっちり約束を守ったため、後ろめたいことなどないと真っ向から視線と向かい合う。

 

 

「ちゃんとボクの言うことを守っていたようだね。大変宜しい」

 

 

 ややあってふわりと顔を笑みの形に崩し、アイズの頭を柔らかく撫でた。

 

 

「触らないで」

「約束を守った子を褒める。当たり前のことだろう?」

「私は嬉しくない」

「そうか。ボクはこうされると嬉しかったんだが」

 

 

 嘘だった。

 

 アイズも最近は素直に褒められる機会がなく、ちょっとだけ嬉しかったのだが、それを正直に表に出せる程この時のアイズは余裕を持っていなかった。

 

 そんなアイズを他所にセンリは難しいな、と真剣な顔で考え込んでいる。

 ロキがこの光景を見れば『アカン、天然同士の奇跡のコラボレーションや~』とでも言って爆笑していただろう。

 

 天然二人によるツッコミ不在のボケ倒し劇場が開かれていたのだが、気を取り直したセンリが稽古の開始を告げた。

 

 

「まあいい。これは次回以降の課題としよう。そろそろ始めようか」

 

 

 ようやく待ち望んだ鍛錬の開始に、アイズの目にピカリと光が宿る。

 

 

「さて、まず最初に少し座学を行う。そのあとはひとまず10本試合形式で打ち合いだ」

「座学なんて要らない」

「少しだよ。そんなに時間は取らないから、よく聞くんだ。大事なことだからね」

「そんなことより剣を」

()()()()()()―――いいね?」

「ハイ、ワカリマシタ」

 

 

 宥めるも聞き入れようとしないアイズに菩薩のような笑みを浮かべ、諭すセンリに言い知れぬ恐怖を覚えて条件反射で頷く。

 

 もしかしてこの人怒った時のリヴェリア並みにおっかないかもとアイズは悟りつつあった。

 

 

「さっきも言ったけれど、大切なことだよ。強くなるためには、ね」

 

 

 強くなる、というワードに対して途端に反応し、全神経を耳に集中させ、一言一句を聞き逃さないように聴覚を研ぎ澄ませる。現金な反応に苦笑しつつ、やはりこの少女を釣るにはこの路線で行くべきか…とセンリは胸の内で皮算用を済ませた。

 

 

「まずは基本のおさらいだ。冒険者が成長するための重要な要素。神の恩恵(ファルナ)経験値(エクセリア)についてはどれくらい知っているかな?」

「……神の恩恵(ファルナ)は神様から人間(わたしたち)に与えられる恩寵。それを貰った人は神様の眷属(かぞく)になる。経験値(エクセリア)を得ることで人間はステイタスを上げて強くなることが出来る」

「概ね正しい。では経験値(エクセリア)を得るための方法はどんなものがあるか?」

「ダンジョンでモンスターを()()

 

 

 言葉の末尾に余りある殺意を込めて吐き出すアイズ。

 

 

「それも正しい。だが経験値(エクセリア)を得る方法はそれだけじゃない。通常の鍛錬、つまり素振りや仲間との稽古でも確かに蓄積される」

「でもダンジョンでモンスターを殺すことに比べれば」

「そう、ささやかなものだ。だが神の恩恵(ファルナ)経験値(エクセリア)の本質はそこじゃない」

 

 

 本質? と首を傾げると合わせるようにセンリも頷く。

 

 

神の恩恵(ファルナ)とは要するに自分の中に在る可能性を掘り起こす手助けだ。素質が無ければ芽が出ることもない上に環境によっても咲かす花を変える。自分の向き不向きを考えた上で得意なことを伸ばす。あるいは不得手を補う。そうすることで自分の成長はある程度自覚的に制御し、望む方向へ誘導できる」

「……どういうこと?」

「すまない。分かりにくかったね。要するに、君はこれから実戦・鍛錬の時を問わず常に分かりやすい目標を立ててそれを伸ばすために動くんだ。例えば素振りの時は如何に速く、無駄なく剣を振れるかを。ダンジョンでの実戦でなら複数の敵を相手にした立ち回りを磨いたりかな」

 

 

 これは一例で、最後は自分で決めるんだ。もちろんボクや師匠に助言を求めても良いけどね…と補足する。

 

 

「これを続けることで同じ時期に冒険者を始めて同じような鍛錬を続けていた者同士でもステイタスの伸びや技術の習得練度に如実に差が出る。効果が実感できるのは早くてもLv2の後半だろうから気の長い話だ。それに君の望む力がLv3以下ならこの鍛錬はほとんど意味がない」

 

 

 でもそうじゃないだろう? と問いかけるセンリにコクリと頷く。

 アイズの目標は高く、高く…そう、あの隻眼の黒龍すら屠れるほどに高く―――!

 

 

「強くなると決めて一直線に進むのは良い。だがただがむしゃらに、手あたり次第に、一匹でも多くモンスターを殺せば……そう思っているならすぐにその考えは改めるんだ。本当に強くなりたいのならば、それはあまりに()()()()()()考えだよ。

本来得られた経験値(エクセリア)を切り捨て、ただ即物的な(ステイタス)を求める。そのやり方に向いている種族もいるが、君は人間(ヒューマン)でそれも女の子だ。純粋な身体能力においての伸びはよく言って平均以上を超えないだろう」

 

 

 結論から言えば、と端的にアイズの現状をまとめた。

 

 

「つまり今のがむしゃらな鍛錬を続けて才能を浪費し続ければどこかで君の成長は頭打ちになる。()()()()()()()()

 

 

 ヒグッと喉を詰まらせたような音がアイズの喉から零れる。

 それほどにセンリの脅し文句は的確にアイズが恐れる点を衝いていた。

 

 

「君がただ手っ取り早く強くなりたいというだけならば今の路線を貫けばいい。だが()()()()()()()()()()というならば…最低限この程度のことはこなして然るべきだ」

「……分かった」

「うん、きちんと理解したうえで頷いたね。素直なことは美徳だ。偉い、偉い」

「子ども扱いしないで」

 

 

 と、またまた子ども扱いに頭をなでる青年の手を振り払う。

 

 

「いや、いや。本気で褒めているのさ。素直に先達の教えを聞いて吸収できる人はやはり強くなるのが早い。ボク自身幼い時期に師を得られず、我流で剣を学んでいたことがあったんだけどね。やっぱり効率が悪い上に何度も死にかけた。君は幸運だよ、ボクのことはさておき、先達がいてその教えを受けられるんだから」

 

 

 さらっと物騒な発言を漏らしているが、それ以上に本気で羨まし気な様子に困惑を隠せない。

 

 

「……そうなの?」

「そうさ。先達がいて、導いてくれるってのは要するに我流稽古で陥りやすい無駄を避けて効率的に強くなれるってことだ。強くなるほど優れた師は得難くなるから、君のこれからの成長はどれだけ貪欲に師の教えをものにできるかと言っても過言じゃない」

「…………」

「信じられない、という顔だね。まあいい、座学はこれまでだ。剣を取りなさい」

 

 

 そう言って立ち上がると、アイズに向けて背負っていた剣を収めていたらしき袋から棒状の物を1本取り出してアイズにその柄を向けてきた。

 

 が、その見た目は剣に近いもののどう見ても刃が付いていない。というか金属ですらなかった。

 

 

「……剣?」

「厳密には竹刀(しない)という。竹を知っているかな? 極東の方に行くとみられる植物なんだが、それを加工した稽古用の模擬刀さ」

「真剣は使わないの?」

「稽古で怪我をしても詰まらないからね。ただし本気で打てば骨を砕ける威力を出せるから気は抜かないように」

 

 

 と、真面目な顔でアイズの緩みを戒める。

 

 

「そしてなによりの利点としては人間相手でも剣を振るうことに慣れて躊躇が薄くなるからいざ実戦となっても手が止まることが少なくなる。やっぱり殺し殺されの現場で手が止まるってのは敵に殺してくださいっていうようなものだからね!」

 

 

 そんな自身の配慮に心底満足気に剣呑な発言を漏らすセンリ。

 一件好青年に見えて言動の端々に危うい性質を覗かせているあたりどう考えても普通の冒険者ではなかった。

 

 アイズは面識がなかったが、『ヘファイストス・ファミリア』団長、奇人にして鬼人とも呼ばれる椿・コルブラント辺りに通じる気質である。自身の一生をためらいなく一つの道に注ぎ込める覚悟が完了した修羅の顔だった。

 

 もしかしてこの人リヴェリア達よりも酷烈(スパルタ)なのでは…と密かな戦慄を覚えながら、アイズは与えられた竹刀を対峙する師に向けて構える。

 

 真剣に比べ軽すぎる手応えに不安が拭えないが、これしかないならばこれでやるしかないのだ。

 

 

「さて」

 

 

 青年はアイズが剣を構えるのを確認すると自身も竹刀を握り、そして()()()と右手から無造作にぶら下げる。

 

 

「―――!?」

 

 

 それだけで、剣を構えたアイズの間合いが侵食され尽くした。

 モンスターの口に飲み込まれたような錯覚を覚え、咄嗟に距離をとらんとするが……すぐさま背中が壁にぶつかった。

 

 驚愕とともに思わず視線を背後に向けた。

 この秘密の稽古場は青年の間合いから逃れるのを許してくれるほど広くないのだ。

 

 

「まずは十本だ。ひとまず何も考えずに、これまで学んできたことを全て出し切るつもりで来なさい」

 

 

 やばいどうやっても勝てない、と一太刀も交えないままに実力差を痛感させられた。

 勝ち目がない、否、何時でも自分を殺せる相手に稽古とは言え立ち向かい続けなければならない事実が幼いアイズの精神をガリガリと削っていく。

 

 

「なに、安心していいよ。()()()()()()

 

 

 何故稽古で命の危険を前提とし、そうではないから安心しろなどと言われなければならないのか。

 アイズは顔を思い切り引き攣らせながらも、少し前までの自分の思考を思い返していた。

 

 少女の師は確かにアイズの強くなりたいと言う期待にこれ以上ない程に答えてくれたようだ…が。

 

 それでも流石にコレは無いのではないだろうか、などと。

 

 

 ―――スパァアン!

 

 

 思う刹那に竹刀一閃、弾けるような音がアイズの頭蓋から勢いよく鳴り響く。

 

 

「ふぎゅっ!?」

「他所事を考えながらの稽古は良くない。いまのはお仕置きだよ」

 

 

 窘めるように叱咤の意を込めた一打。

 グワングワンと視界を揺らしながらも、負けん気を刺激されたアイズが気を取り直して剣を構え、まず己の間合いに相手を入れるために突撃する。

 

 

「元気が良いね。その意気だ」

 

 

 ―――スパァアン!

 

 

「ん、きゅぅ…!」

 

 

 再び頭から快音が鳴るも痛みを堪えて、アイズはようよう己が振るう剣の間合いへとセンリを捕える。

 

 その様子に満足気に頷く。

 その間合いからどうやっても逃げられないならせめて己の間合いまで近づき、反撃の機会を作る。

 

 アイズの考えはけして間違っていないが、同じくらい問題点も山積みだった。

 

 

(逃げられないなら向かうまで。度胸は十分、迷いを見せないのも良し。ただし自身の傷をなりふり構わなさすぎるのは減点かな。基礎技術はまあまあだが、戦術思考の練度はまだ未熟、と)

 

 

 心の中だけで少女を評価しながら、畏れずに立ち向かってくる初めての弟子にセンリは知らぬ間に頬を笑みの形に歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】過去に一度、一途かつ情熱的な求婚を受けた経験があり、そしてそれを断った。なおその相手はイシュタル・ファミリア団長『男殺し(アンドロクトノス)』フリュネ・ジャミール。

 その後フリュネ・ジャミールは新しく取得したスキルにより知り合い全てから『アンタ誰?』と聞かれるレベルの超変身(メタモルフォーゼ)を遂げる。

 

 ちなみに断った理由と容姿は無関係。

 

 

 


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