剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第四話

 夕刻、日が暮れようとする頃。

 沈みゆく赤い陽光に照らされ、センリとアイズの秘密の稽古はようやく終わりを告げようとしていた。

 

 薄暗い路地裏に突然開いただだっ広い空間にはぜいぜいと息を荒げながら寝っ転がるアイズと対照的に青年は汗一つ掻かずに涼し気に佇んでいる。

 

 

「……ハァー……ハァー……」

 

 

 ゆっくり息を吐きながら呼吸を整えるアイズ。

 

 

「水だよ。急がず、ゆっくり飲みなさい」

 

 

 センリが差し出した革袋を受け取って振るとちゃぷちゃぷと音が鳴る。

 そのまま栓を開けてぐいと傾け、乾いた喉を潤す水を飲みほしていく。

 

 

「今日はこんなところかな。ではまた一週間後にここだ。普段の稽古でもここで教えた内容を反芻しながら繰り返すこと」

「…分かった」

 

 

 稽古の前後でむかつくほど様子の変わらない青年に負けん気の籠った視線を込めながら短く了承の返事を返す。

 

 

「……でも」

「なんだい?」

「何度も同じ時間に抜け出していると、あの人たちにバレる」

 

 

 師の言葉に了承した後で、浮かんだ疑問を投げかける。

 

 

「そうだね。()()()()()()()。あまり気にしなくていいよ」

「……どういうこと?」

「まずは自分で考えてみようか。また来週に答え合わせをしてあげよう」

 

 

 ファミリアの大人たちにバレればこの青年との稽古を続けることは許されないだろう。

 青年が課す課題(トレーニング)は控えめに言って酷烈(スパルタ)であったが、最初にアイズが感じた通り『自分に合っている』という実感があった。

 

 なによりフィン達ならばやり過ぎだと制止していただろうほどに身体を苛め抜いても、青年は顔を顰めつつもアイズが続けようとする限り続行した。

 

 こんなところで足を止めている暇などない、一秒でも早く、一歩でも近く、私は高みに登らなきゃならないのだ―――。

 

 そんなアイズを駆り立てる黒炎(ほのお)のような焦りに対して存分に付き合ってくれたのだ。

 親の心子知らずというが、周囲の大人たちの配慮は却って幼子の精神にストレスを与え、危険なほどの圧力を溜め込ませる結果となっていた。

 

 それを僅かでも発散できたアイズは少なからず解放感を感じていた。

 無論肉体は泥のように疲れ果て、瞼の上下が今にもくっつきそうなほど疲れ果てていたが、精神的には充足していた。

 

 ありていに言えばアイズはこの時間を『楽しかった』と感じていたのだ。

 

 故にフィン達から止められるにしても出来るだけこの時間を長引かせたい。

 

 そうした危機感を持っての問いかけだったのだが、センリはやはりふわりとした笑みを浮かべて余裕綽々に受けながす。青年が自身の懸念を共有していないと感じたアイズはむっすーと擬音が聞こえてきそうなほど不機嫌な表情を浮かべた。

 

 

「……帰る」

「そうだね。最近のオラリオは物騒だ。遅くなる前に帰った方がいい」

「言われなくても帰るッ!」

 

 

 私、不機嫌ですと全身で表現しているにもかかわらず華麗にスルーされたアイズは寝っ転がった状態から素早く起き上がり、ドスドスと足音髙く地面を踏みつけながら裏路地の稽古場から立ち去っていく。

 

 

「次に会った時は素振りの(フォーム)が上達しているか見るから、きちんと意識して稽古するんだよ」

 

 

 やはりマイペースにその背中に声をかける辺り、青年も大概鈍感や天然と呼ばれる人種であった。

 

 

「……さて」

 

 

 去っていく背中を見送ることしばし、センリは素早く稽古に用いた竹刀を回収するとアイズの後を追うように稽古場から去っていく。

 

 そのまま足を向けるのは……なんと、さきほど別れたばかりの少女を発見すると見つからないようにその背中を追い始める。しかも必要に駆られて身に着けた隠形の技までいかんなく発揮してだ。

 

 自身が稽古をつけている少女の素性を探るため―――ではなかった。

 

 そもそも少女の正体など顔を合わせた初日に把握している。

 あの年齢であれほどの腕を身に着けている冒険者など少しギルドに顔を出して聞き込みをすればすぐに分かる。

 その上でアイズの所属をあまり問題に思っていない。

 

 尾行の目的はアイズの護衛だ。

 

 見た目以上の腕っぷしを誇るアイズだが、今は目立たないように帯剣していない上に青年との稽古で疲労が蓄積している。

 

 今のオラリオは旧来の秩序が揺らぎ、日夜ギルド管理下の強豪『派閥(ファミリア)』と『闇派閥(イヴィルス)』が鎬を削る火薬庫だ。

 

 まだ日が暮れるには時間があり、また既にアイズは人通りの多いメインストリートに出ていたが用心するに越したことは無かった。

 

 そのまましばし、アイズの背中を追い続ける。

 仕事を終えて帰路に就く労働者や迷宮帰りの冒険者、彼らを呼び込む酒場の売り子達で賑やかなメインストリート。

 

 幸いかな、オラリオは今日も平穏だった。

 

 

「…………」

 

 

 そして教え子が何事もなくファミリアの『本拠(ホーム)』の門を潜るのを目にすると、もう用は済んだとばかりに青年は踵を返そうとする…。

 

 

「―――よーう、兄ちゃん。幼女(アイズ)のケツ追っかける暇があったらウチと()()()飲まへんか」

 

 

 その背中に、軽薄なようで恐ろしく酷薄な声がかけられる。

 ゆっくりと振り向いたそこにはいっそあからさまなほどの敵意と警戒心を覗かせる女神と老年のドワーフがこちらを睨んでいる。

 

 たったいま少女が帰宅した本拠地(ホーム)の主。

 オラリオ二大派閥の主神ロキとその眷属ガレス・ランドロックであった。

 

 センリへと向ける視線は控えめに言って殺気が籠っていたが、殊更デリケートな対応が求められる眷属の少女にちょっかいをかける他派閥の人間に向ける視線としては妥当な対応であった。

 

 恐らくは大分前から己とアイズの姿を見られていたのだろう。

 アイズを追う自身もまた彼女たちに尾行されていたのか、と一拍遅れて察する。

 

 日常の延長線上と言うことでかなり気を抜いた状態であったとしても、零能である神の気配すら察知できなかったのは素直に己の失態である。

 

 これは未熟を猛省しなければなるまい、と己が鍛錬のスケジュールを脳内で書き換える。

 

 とはいえ()()()()()()()()()()()

 

 

「ちょいとツラ貸せぇ。保護者面談のお時間や」

 

 

 仮面のような笑顔すら捨て去って目を細めたロキが死刑宣告さながらの冷たい声をかけた青年は、

 

 

「お初にお目にかかります、神ロキ。()()()()()()()()()()()

 

 

 混じりけの無い喜びを浮かべた笑みを浮かべた。

 ロキの目尻が一瞬ピクリと引き攣り、微かに困惑の気配が滲み出る。

 

 神は人間(こどもたち)の嘘を見抜く。

 

 故にその言葉に何一つ偽りがないことに気付いた。

 この青年は心底からロキと出会い、声を交わしていることを歓迎していると理解したために。

 

 

「申し遅れました。ボクは―――」

「要らん、要らん。面識こそないけどお互い知らん名前でもないやろ、なあ『首刈り』よ?」

 

 

 ロキが口にしたのは第二級冒険者であるイタドリ・千里の二つ名。

 正義の女神が紐を握る断頭台、ひとたび命じられれば必ずや罪人の首を刈り取る断罪の刃。

 

 主神から罪在りきと断罪を命じられた者に対し、必ず胴体と首を切り離して晒し首にする所業からオラリオの闇派閥に最も恐れられる冒険者の異名であった。

 

 

「これは失礼を。それでご用件は……聞くまでもないですかね?」

「せやな。心当たりは一つしかないやろ」

「そうですね。とはいえここでお会いできたのは嬉しい誤算です。あの子のことについては出来るだけ早く主神と師である貴方たちと話しておきたかった」

 

 

 と、今度はロキだけではなくガレスにも視線を遣る。

 やはりセンリの語る言葉に嘘は感じ取れない。

 

 

「お会いできるまでもう一、二度かかるかと思ったんですが、流石はロキ・ファミリア。勘が良い」

「……っつーよりはあんたの口止めが雑なだけやろ。あの筋金入りのきかん坊がある日突然聞き分けがよくなった挙句に遠出前の子供よろしくそわそわしとったらよっぽど鈍くない限りそら気付くわ」

「ふむ…。冒険者としては感情を隠す術を身に着けるべきなんですが、あの子は子どもだからなぁ。どう指導したものか」

 

 

 至極真面目に顎に手をやって今後の指導方針に頭を悩ませ始める青年に戸惑いの視線を交わす両名。

 

 

「おい、ロキ」

「本気で言っとるわ、コイツ」

 

 

 韜晦しているのかと暗に問うガレスへ呆れた口調で返すロキ。

 特に考えもなく漏らしたと思しき言葉には今のところ嘘やごまかしている様子がない。

 

 だからこそ却ってイタドリ・千里という冒険者の内心が分からなかった。

 

 

「失礼。お二方の前で他所事に気を取られ過ぎてしまいました。ボクとしても神ロキ、貴方とは是非話をしたかった。場所を変えて一席如何ですか?」

「……ま、こっちはハナからそれが目的やったけどな」

 

 

 一応予定通りの流れではあるのだが第一級冒険者(ガレス)の威を借りて強引にでもこちらのペースに持って行こうとしたところ、予想外の反応に遭い、出鼻をくじかれた感が否めない。

 

 

「では『豊饒の女主人』はどうでしょう。店主のミアとは多少(よしみ)を通じているので、お願いすれば『聞こえないフリ』もしてくれると思います」

「…………」

 

 

 沈黙で以て応えるロキ。

 青年が口にした店はロキ達もまた行きつけにしている馴染み深い場所である。

 

 そこで荒事を起こすなど出禁にしてくれと言っているも同然。

 またそこの店主もまた第一級冒険者(ガレス)に負けずとも劣らない豪腕の持ち主。

 

 下手な真似をすれば店主直々に鎮圧される、割と物理的に。

 

 

「まあそこでええわ。覚悟しとけや、腹の中全部曝け出すまで帰さへんからな?」

「ご安心を。もとよりそのつもりです」

 

 

 笑顔の裏に威圧をかけるが、効果は見て取れない。

 果たして『豊饒の女主人』を選んだのは偶然か、それとも意図があってのことか。

 

 

「では保護者面談と行きましょう。話したいことがたくさんあります」

 

 

 青年はこれまで何一つ嘘は言っていない。

 浮かべる笑顔は友好的ですらあり、真摯な好青年にしか見えない。

 

 だからこそ、と言うべきかロキとガレスには青年の人となりが読めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】当時LV7に昇格する直前のオッタル(Lv6)と一身上の理由から立会い、引き分けたことがある。なお当時センリは昇格直後のLv5。前後の経緯を無視して決闘に至ったキッカケのみを語るならば、センリが美の神フレイアの殺害を企図したため。なおセンリ自身は問われて曰く『その方がオッタルが本気を出してくれると思ったから』と証言した。




【TIPS】にて理解しづらい表現があったため、修正しました(2019年3月9日)。

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