剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第七話

 ロキとセンリが豊饒の御女主人の片隅で『保護者面談』を交わしてからまた一週間。

 例の裏路地にてアイズとセンリは三度目の顔合わせを果たしていた。

 

 つまるところ、ロキは彼と彼女の交流を続けることを了承したのである。

 

 

「―――という訳で、これからは過剰に派閥(ファミリア)に知られないように気を付けなくてもいいよ。むしろ適度に隙を晒して暗黙裡にボクと稽古に行ってくると知らせた方がいいね」

「…どういうこと?」

「幾らなんでも君に剣を教える間ずっと秘密にし続けられるはずがないじゃないか。それなら最初に主神方に話を通して、御目こぼししてもらった方が色々と楽なのさ」

 

 

 稽古の前に先日の経緯を簡単にアイズに伝えると、やはりというか少女は首を傾げた。

 当然のように出会った時の『できるだけこの特訓の存在を隠すように』との発言と矛盾する言葉を吐かれ、納得いかないとぷんむくれする。

 

 

「それなら堂々と教わればいいはず」

「んー。そこまで行くと派閥(ファミリア)同士の関係性にまで話が発展してややこしくなるからね。あくまでキミとボクが派閥に黙ってこっそりやりとりをしてた…と言う方が後々問題になった時始末が楽なのさ」

 

 

 お互いに妙な下心が無いことは嘘が通じない神が介在することで証明できる。

 

 仮にコトが発覚してもお互いの傷が最小限に済むように、と双方の派閥の主神間で合意も取れた。表沙汰にならない限り二人の交流は邪魔される恐れはないだろう。

 

 いやーうっかりうちの主神に話を通してなかったけど間に合ってよかったよかった、とセンリはロキ・ファミリア側には決して言えない裏事情を胸の内で呑気に漏らした。

 

 

「よく分からないけど…今まで通りでいいってこと?」

「まさにその通り。君は本質を掴むのが早いな」

 

 

 クシャリと髪を撫でる青年の手を払いのけようとするが、足運びと手捌きで上手く捌かれてしまう。見る間にアイズの無表情な顔が不機嫌そうなオーラを帯びるが、センリはどこ吹く風だ。

 

 

「…放して」

「思うにボクはこうするのが好きなようだ。だが君の言うことも分かる。なので妥協して一度手が離れれば諦めることにしよう」

「つまり、嫌なら振り払え?」

「呑み込みが良い弟子は歓迎だよ」

 

 

 その場からダッシュしてでも逃げてやろう、と目論むが彼は最後に優しい手つきでぽんぽんとつむじの辺りを叩くとあっさりと手を放した。

 

 未練なく離れた手の感触に何処か郷愁を感じながらも、稽古に向けて精神を研ぎ澄ます。

 

 

「改めて言っておこう。ボクが君に稽古を通じて伝えるのは数値(ステイタス)では表現できない強さだ。目には見えず、得るまでに長い時間をかけるあやふやなものだ」

 

 

 警告するように、センリは語る。

 

 

「それでも断言しよう。そのあやふやで目に見えない強さはこれから君が歩むだろう茨の道に必要なものだ。ついてこい、とは言わないよ。骨身に染みこむまで叩き込むだけだからね?」

 

 

 強すぎる少女の熱意に冷や水を被せる意図を込めてサディスティックな笑みを零す青年に、アイズは怯みを見せながらも真っ直ぐに啖呵を切る。

 

 

「……望むところ。私は誰よりも強くなる。強くなって―――■■■を…!」

 

 

 青年の威圧にも臆しないアイズの瞳に黒炎(ほのお)が宿るのを見た青年が眦を鋭くする。

 彼女を衝き動かす熱は方向性こそ違えど秘めた熱量は剣術狂いの自分にも劣らない、そう確信して。

 

 一歩間違えれば己をも焼き尽くす劫火となりかねないが、適切な方向に導けば彼女自身が焦がれる“力”へと変わるだろう。

 

 ―――それが、彼女が本当に望むものなのかは別として。

 

 

「……」

 

 

 やはり、彼女と己は()()

 己にとっては強さこそが目的で、それを追い求めることさえ出来ていれば心の平穏は保つことが出来た。

 

 だが彼女には“力”など目的を遂げるために必要な道具に過ぎない。

 どれほどの“力”を得ようと、目的を果たすまで彼女を衝き動かす黒炎を鎮火することは叶わないだろう。

 

 憐れとは思わないが、難儀であるとは思う。

 

 短い沈黙にそんな思考を走らせた青年は、フッと鋭く呼気を吐き出した。

 

 確かに彼女は極めて難しい教え子なのだろう。

 だからこそ手間暇を厭わず彼女を導かねばならない。

 

 師とは弟子を導く者だ。

 少なくとも己の師(タケミカヅチ)はそう体現し、何度となく道を踏み外しかけた己を正道へと引き戻してくれた。

 

 己もまた少女に対して師と呼ばれるに相応しい働きをしなければならない。

 己と師に比べることさえおこがましい開きがあるのだとしても、尚更手を抜いていい理由になどならないのだから。

 

 密かに決意を固める成り立ての師の内心など露知らず、鍛錬に入ることなく時間を過ごし続けていることに不満そうに見遣るアイズの姿に我に返る。

 

 

「…ああ、すまないね。では、以前の稽古の続きからだ。まずは素振りを一〇〇本、(フォーム)を意識して振るうこと。きちんとチェックして修正するから気は抜かないように」

 

 

 その指示は基礎練とその練度の確認という至極当たり前なものであり、それ故にアイズは不満げに頬を膨らませた。元を辿れば彼女は青年が振るう剣術に惹かれ、弟子入り志願をしたのだからごく自然な反応だった。

 

 

「貴方の剣は教えてくれないの?」

「しばらくはその気はない。一応君の先生たちとも指導の方向性はある程度すり合わせているから、あまりそこから逸脱した方向に行きたくない。別の考えもあるしね」

 

 

 むー、とふくれるアイズに苦笑しながら頭を撫でる。

 

 サッと素早い体捌きで躱そうとするアイズに恐ろしく滑らかな足取りで追従しながら頭とその上に乗せた手の位置関係を変えずに撫でまわす。嫌がるアイズを尻目に数秒程撫で続けた後で未練なく離れた。

 

 

「今は我慢しなさい。必ず君の腕前は上げて見せるし、納得できるだけのものを教えてあげるから」

「…本当に?」

「こと“剣”に関してボクは絶対に嘘は言わないとも」

 

 

 力強く断言するとアイズは渋々と言う風であったが頷いて見せる。

 

 

「しばらくはじっくり基礎を積みながら染みついた癖の矯正を主にやっていく。君の先生たちは強いし上手い……が、忙しいせいだろうね。どうしても細かいところまで指導が行き届いていないせいで、所々に悪い癖が付いている。子供の内から染みつくと後々の矯正には苦労するから、早いうちからやってしまおう」

 

 

 そう言われても実感が湧かずに首を傾げていたが、センリは取り合わずスッと眦を鋭くした。

 

 

「それでは始めよう。竹刀を構えて……では、始めっ」

 

 

 普段の柔らかな語調から一転して斬りつけるように鋭いものへと変化する。

 自然と気を引き締められ、アイズは虚空に敵の姿を描きながら手にした模擬刀を振るい始めた。

 

 

 

 

 

 

 


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