剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか 作:土ノ子
またある日のこと。
青年と少女の稽古は最早日常となっていた。
週に一度程度の頻度で青年は少女の面倒を見、それが重なりそろそろひと月が過ぎようとしている。
「今日は互角稽古だ。基本的にボクからは打ち込まないので隙を見つけて斬り込んで来なさい。こちらからの反撃も織り交ぜていくので攻防の両面に気を配って行うように」
「分かった」
過日の如く差し出された竹刀と呼ばれる軽い模擬刀を受け取り、構えを取る。
それまでの雰囲気がどれほど緩んでいようと一度剣を手に取ればアイズの纏う空気は一変する。
無表情ながら人形のように整っていた顔立ちが細剣のように鋭く引き締まり、鬼気迫った表情に変わった。
「大変よろしい。君の強さに対するひた向きさは冒険者向きだよ」
幼子らしからぬ気迫に普通ならば違和感と畏れを抱くが、センリはまた違った感想を抱いたらしい。欠点とも合わさっているが、指導者として動機は何であれ稽古に熱心なのは美点に思えるのだろう。
「行く」
「来なさい。それと次からは口に出さなくていい」
などと短く会話する間にアイズが僅かに見出した隙へ斬り込まんと躊躇なく間合いを詰め、無理やりにでも突破口をこじ開けようとする。
「減点。それは無理筋だ。様子を見つつ牽制を重ねて隙を作り出して打て」
が、見透かしたようにセンリは体をかわして斬り込みを避けると再度突撃を敢行したアイズの額をパシンと出頭を潰すように竹刀の先端で
そのまま勢いを挫かれた少女から距離をとって再び対峙する。
「
つまるところ、と続ける。
「君は攻めに対して守りが下手くそすぎる。馬鹿正直に敵の攻めを受けろとは言ってないよ。いいかい、
問題の根っこは技術ではなく精神だろうけれど、と胸の内だけで呟きながらも今日の矯正点はそこかなとアタリを付ける。
アイズのスタイルは学習と予測から敵の弱点に当たりを付けて真正面から高速で先制、そして続く連撃で相手を屠る攻勢特化型の剣士だ。
だが余りに己の負傷を顧みない傾向にある。たとえ稽古と言えども躊躇せずに踏み込み
これでは遠くない内にダンジョンでモンスターからラッキーヒットを食らって死んでもおかしくない。かと言って下手に防御寄りのスタイルへと矯正しても性格的に向いていないし、長所を殺すことになりかねない。
長所である攻めの苛烈さを殺さずに、課題である守りを伸ばす。
指導としては難しい部類だが、幸いにも解は見えている。
少女の才気ならばやり遂げてくれるだろう。
気を取り直した少女が指導通り技術と駆け引きを駆使して青年の隙をこじ開けんとする。
Lv1の幼い少女が持つ対人戦闘技能であったからまだまだ稚拙ではあったが、青年も敢えて及第点と判断したフェイントには引っかかり、隙を晒す。すると獲物に襲い掛かる毒蛇のように鋭い剣捌きを持ってアイズが斬り込んできた。
胴を狙って振るわれる横薙ぎ。中々の勢いで振るわれる竹刀の一撃をこちらの得物の
「
僅かな受けのブレも許されない達者の妙技に目を見開くアイズ。
自身の斬撃の鋭さに自信があったのだろう、またセンリがあくまでアイズの
信じられないと言わんばかりの表情だが掛かり稽古の場に在ってはあまりに間が抜けている。
「間抜け」
短く叱責して容赦なくアイズの額へ竹刀を打ちおろす。するとぐわん、と揺さぶられた脳に平衡感覚を崩し、たたらを踏んだ。
そこに手心なく追撃を加えて少女の抵抗を押し潰しにかかっていく。
「機を外したのならば退くか、次撃に繋げ。死ぬか?」
むしろ殺したい、と言いたげな冷徹な口調。
普段は万事鷹揚に構えるセンリだが、こと剣に関わる分野となると別人のように苛烈な面が顔を出す。
稽古なのだから不覚を取るのは已む無し、しかし慢心から動きを止めるのは剣士的には大変よろしくない。
思わず徹底的に打ち据えて無駄な慢心を打ち砕きたくなるが、鋭く吐く息に合わせて怒りも吐き出し、竹刀でぶっ叩いて小柄な少女を吹っ飛ばす程度に留める。
「ぐ…ぬ…っ!」
「のろのろしない。敵は待ってはくれないよ?」
ごろごろと転がりながら壁の付近に迫ったところで回転運動が停止。うめき声を上げながら痛みを堪えて立ち上がる少女に向けて一切の躊躇なく距離を詰めて竹刀を振るう。
目を見開くアイズの肩や腕へ竹刀を繰り返し振り下ろす。身体機能には支障がないが、歯を食いしばるくらいには痛い。そんな丁度いい具合に手加減を加えながら。
最初は棒立ちになって打たれるばかりのアイズだったが、すぐに立ち直って自身も竹刀で迎え撃つ。その目にはいいように打ちのめされ続けていることへの負けん気が爛々と燃えていた。
(冒険者をやるならそれくらい勝ち気じゃないとねぇ。タケミカヅチ様も同じ気持ちだったのかな…)
青年は児童虐待も真っ青な稽古を付けながら、立場を入れ替えれば己の幼少期とそっくりそのままの風景に思わず郷愁を覚える。
思い返せば己も稽古の時は武神タケミカヅチに遮二無二斬りかかっては返り討ちにされていた気がする。
そのたびに負けん気と焦燥感に突き動かされては性懲りもなく向かっていった記憶が脳裏に蘇った。
この場にロキかタケミカヅチがいれば、青年の胸中に対し凄まじく微妙な表情で顔を横に振っていたことだろう。
間違ってもそんな微笑ましい気持ちになれるような生易しい稽古風景ではないのだ。
アイズの眼光はまるで生死の境で水を求める砂漠の旅人のように強烈な感情がギラギラと輝いているし、対するセンリも機械か刀剣さながらに熱の無い冷徹な目でアイズを見ている。
無関係の第三者が見れば思わず斬り合いを止めようとしてから停止し、まずどちらから止めればいいのか悩まなければならないだろう。
センリがズレた考えを回しながらもその手は淀みなく動き、竹刀を捌く。
竹刀同士が打ち合わされる甲高い音の数は増えていくばかりだ。
「まだ……まだっ!」
「うん、悪くない」
アイズも足を止めての打ち合いが形勢不利と悟っているものの、下手に後退すれば余計に圧力が増すばかりと分かっている。なので目を光らせて青年の隙を伺いつつ、気力を振り絞って剣戟の回転を上げ始めた。
アイズの戦闘本能が正解を直感で伝えるのだ。
故にこそ退くために攻める。
一歩引かせてから、こちらも退くのだ。
センリの繰り出す剣戟は勢いこそ衰えないものの一定の速度に留まっている。
対し、アイズの執念が繰り出す連撃は少しずつだが回転が早まっていた。
もちろん敢えて狙っての状況だが、苦境の中に身を置いても安易な逃げに走らず最善手を掴み取るアイズの勝負勘を青年は評価する。
「フッ…ゥ…!」
「…! ここでッ…!」
センリが一瞬息を継ぐために振るう竹刀の勢いを弱めた間隙を狙い、アイズはほとんど破れかぶれの勢いで、己が竹刀を相手の竹刀に向けて強打する。
「おっと」
手中から弾き飛ばされようとする竹刀を強引に握力で保持しつつ、その勢いに敢えて逆らわず一歩後退する。
相手に一歩引かせたと見るやアイズは見栄えを気にすることなく勢いよく後退し、地面を転がり回ってでも距離を取った。
その一見格好悪く、みっともないように見える立ち回りを見た青年は思わずうんと頷いた。
アイズの動きは見栄えこそ悪いものの、距離を取って仕切り直す動きとしてはまずまずだ。
なりふり構わないのも個人的には高得点だった。剣腕を上げるのも、そのために戦うのもまずは命があっての物種なのだから。
「今の判断は良かったよ。体格と技量で勝るボクと正面から切り合うのは不利だからね」
「……! まだまだ!」
「その調子だ。どんどん行くよ」
ゼハァーッ、と荒げた息を整えながらも意気軒高な様子でこちらを見据えている。
矮躯に蔵する気力体力はすり減らしているはずだが、なおも衰えない
(悪くない。勝利に向けて最短距離を選びすぎる悪癖はあるけれど、こちらで適切な状況を与えてやればそこから直感で勝利への道筋を選び取る資質がある。後はそれを繰り返して無理筋を嗅ぎ分ける嗅覚を身に付けさせれば…)
青年が見るに、アイズはあまり追い込まれることに慣れていない。
恐らく
恐らくは得物を構えて一本取ったり取られたりしたところで切り上げ、という形式で稽古をしていたものと思われる。
加えて幼いアイズを壊してしまわないように、という配慮もあるのだろう。どれだけ手加減をしようとLv6の膂力をLv1の幼い少女がその身にまともに受ければ再起不能になる恐れもある。
かと言って生半可な技量を持つ者に少女の教育を任せてもお互いにストレスを溜める結果にしかならないだろう。
幸いにもと言うべきかセンリの持つスキル『
なお後年アイズ・ヴァレンシュタインは当時の記憶を振り返り「間違いなくあの時間のお蔭で私は強くなれた…。でもそれはそれとして同じくらい先生をぶちのめしてやるって思ってた」と色々と大事なものを投げ捨てた瞳で述懐する。対してセンリは「夢が叶ったね。ボクのお蔭で」と飄々と笑うばかりだったらしい。同格のLv5が生傷を身体中に付けながらの稽古の中で交わされた会話である。
上記の会話から察されるように、師弟としての関係は情こそあれど一般的なそれとは比較にならぬ程
(加えて殺す斬撃に迷いが無い。対人での
対峙する『敵』に向けて襲い掛かる剣戟は迷いなく急所に向かい、一切の躊躇が見受けられない。
ロキ・ファミリアの面々から話を聞くに既にダンジョンでは何百とモンスターを屠っているらしい。命を奪う感覚に慣れているのならば、対象が人に変わってもすぐに慣れることが出来るだろう。
(適当に『闇派閥』構成員をとっ捕まえて据え者斬り出来れば楽なんだけどなぁ)
と物騒な考えを巡らせながらもその思い付きを却下する。
青年が所属するファミリアの主神はそういう趣向が好みではないし、ロキ・ファミリアも幼い彼女の手を同族の血で汚すのはまだ早いと考えている。
まあそうした仕込みは後々で良いだろう。
センリとしても敢えて異を唱える程に意見があるわけではない、遅かれ早かれとは思っていたが。
青年の場合は幼い衝動に任せて極東の匪賊を皆殺しにしていることが多々あったので、最初から同じ人間を殺すことに特に拒否感など無かったのだが、一般的に同族殺しが倫理的・生理的に忌避されることは理解していた。世が世ならシリアルキラーと呼ばれていたかもしれない精神性の持ち主である。
かくの如き青年と少女の鍛錬風景は、以後も週に一度程の頻度で数年にわたって続いていく。
倫理的にはNGな点が多々見受けられるものの、剣術のイロハを実戦形式で叩き込んでいくセンリの指導方針はアイズ・ヴァレンシュタインに殊の外合っていたらしく、その実力を急速に伸ばしていく。
青年が未だ『首刈り』の二つ名で呼ばれていたころの、ありふれた日常風景である。
【TIPS】闘国テルスキュラに娘が一人いる。なお本人はその存在を知らない。