第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-10 カルデアにて⑦

緑色の液体に満ちた培養槽から、こぽりと空気の抜ける音が響く。

 

様々な言語で書かれた分厚い本や書類が積みあがる机と、部屋の隅々に置かれた実験機器に埋め尽くされた部屋は、実際の面積の半分以下の広さに見えた。

 

魔術協会総本部として名高い時計塔から、少し離れた所に造られた巨大な研究施設では、魔術の基礎となる科学から生体を用いた応用までの、幅広い研究を行っていた。

 

魔術協会(主に時計塔)では、絶対的な権力を握る貴族をロードと呼ぶ。

時計塔に設けられた各学部のトップである君主(ロード)とは、意味合いが異なっているのだ。

現在では、最も力を有する三家を貴族(ロード)とし、12人の君主(ロード)が存在していた。

 

時計塔は魔術師を目指すものであれば、必ずや憧れるであろう選ばれし者の学び舎である。

しかしそれは、あくまでも何も知らぬものから見た外面(マヤカシ)でしかない。

その内部は、大昔から続く権威主義と権力争いの掃溜めと化しており、完全に腐敗していた。

 

それを上手く利用したのが、この宝条という男である。

宝条は研究者としては二流であった。

しかし人の弱点を嗅ぎ付け、利用することに関しては、天才的であったのだ。

とある方法で貴族(ロード)の一人に取り入った宝条は、時計塔に科学部門を設けさせ、多くの魔術師とその卵を配置させた。

 

宝条が突き付けた条件は『不可侵条約』。

お互いに『内容』に関しての関与はしない。

研究助成金を受け取る代わりに研究成果を手渡す。その逆も然り。

謂わば、この研究所は彼の城であり、誰にも侵されぬ楽園でもあったのだ。

 

 

そんな禁断の園を手に入れた男は一人、暗い笑い声を上げていた。

 

 

「上手くはいかぬか。まあ人型を保てただけ、良いとしよう。

それにしても、我が最高傑作を超えるものはいつ現れるのか……」

 

 

照度の落とされた光に、揺れる水面が床に映る。

培養槽に入れられ、沢山のコードで繋がれたそれを覗き込むと、手元の記録紙に何かを書き入れた。

 

 

「おお!そろそろ約束の時間だな。

貴重な実験動物(サンプル)との時間は、大事にしなければならぬ」

 

 

没頭して時間を注ぎ込んでいたことに、ふと気付いた宝条は、机の上に乱雑に置かれた資料の束を掴む。

 

 

「協会から寄越された実験体は、使い果たしてしまったからな。

新たな標本抽出(サンプリング)をしなければ。

クックッ……。そろそろいい頃合いだろう?」

 

 

資料を埋める文字の端に、とある少年の写真が貼られていた。

黒髪のまだ若い少年に向けて、恍惚な笑みを浮かべる。

 

 

「最近のサンプルは魔術師ばかりだったからな。

寧ろそれが失敗原因である可能性も、ある」

 

 

前髪を全て上げ後ろで一本に束ねた黒髪を指で弄ると、培養槽のとあるスイッチを押す。

すると部屋に置かれた、数台の培養槽に満ちていた液体が、全て抜けていき、やがてその扉が開かれた。

 

 

「さあ、行くぞ。ローブを着たまえ」

 

「……ハイ、……オトウサン」

 

 

ぱちりと開いた瞳が、焦点を彷徨わせる。

ノイズの入った声が、機械的に発せられる。

満足げに笑った宝条は、何かを見据えるように瞳を輝かせた。

 

その視線の先には……何も入っていない空の培養槽が、ぽつんと佇んでいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

味方との手合わせであっても、こうも続くと眠りが浅くなる。

交感神経の興奮が中々冷めやらないのだ。

慣れない環境にいることも影響しているのだろうが、主な原因はあの朱槍であろう。

戦場に身を置くものとしては当然のことでも、体を休めたい時に休めることが出来ないのは不便であった。

 

浮上した意識を、もう一度沈めるのは容易なことではない。

どうしたものかと明瞭となりゆく思考を回していると、何かの物音が聞こえた。

耳を澄まさなくとも聞こえるそれに、セフィロスは身を起こす。

カリカリという音は、まるで固い素材を鋭利なもので引掻いているようであった。

 

明かりを消した部屋でも、その瞳は充分に見ることが可能だ。

躊躇なく扉に向けて足を向けると、音は大きくなっていくのを感じた。

草木すら眠る時刻に、響く異音は中々に恐ろしい。

しかし、部屋の扉を開いたセフィロスは、いつも通りであった。

 

 

「……」

 

 

カルデア施設の扉は、身長の高い英霊にも対応出来るように設計されている。

天井も高く造られているので、3m以上身長が英霊でも快適に過ごすことが出来るのだ。

 

一般人からすればセフィロスも高身長の部類に入る。

しかし、目の前にある青みを帯びた毛並みはそれを優に超えていた。

狼というと、その大きさは理解出来る範囲を超越しているだろうが……。

それ以外に表現は見つからなかった。

 

ぐるると低く鳴らされた喉に、金の瞳が見下げる。落とされた顔が、じいとセフィロスを見つめた。

 

見極めるようなその鋭い目を、青い瞳が見上げる。

 

暫くの沈黙。だがそこに張り詰めたものはなかった。

 

 

「……夜の散歩にでも行くか?」

 

 

聞こえる獣の呼吸音は、どちらかというと穏やかなものに聞こえる。

セフィロスがそう声を掛けたのは、半分気まぐれに他ならなかった。

しかし、ぱたと動いた大きな尻尾はそれに乗ってしまったらしい。

 

 

「……」

 

 

カルデアに来てから、猛犬の相手ばかりをしているセフィロスからすれば、いきなり噛み付いて来ない狼は、躾が行き届いていて可愛いものである。

狼からすればその評価は侮辱に値するかもしれないが、此処に来てからのことを考えれば本心からの言葉であった。

 

セフィロスは部屋を出ると、爪音を立てて追って来る音を聞きながら、階段を上がった。

 

一年を雪の中で過ごすこのカルデアは、凍てつく寒さと不便さに囲まれた場所である。

分厚い雲に覆われた空は、殆ど姿をみせない。

しかし、稀に見る夜空は山の澄んだ空気も相俟って、それはもううつくしい夜空が広がるのだ。

 

 

「これほど騒がしいということは、良く見えるだろう」

 

 

星の民(セトラ)は『星読み』という能力を持っていた。

簡易的に言うと、星の声を聞くことが出来る。

なので、星が綺麗な夜は彼らにとって賑やかな夜なのだ。

 

しんと静まり返るカルデア。

耳を澄ませると、彼の耳には絶えず声が降り注ぐ。

 

屋上へ通じる扉を開くと、満天の星空がそこにあった。

紺碧に散りばめられた星々は、あのレイシフト先で見た星空よりも、澄んだ輝きを放っている。

 

 

「……」

 

 

雪の残る地面を踏み締めると、申し訳程度に設置された手摺に背を預ける。

ぐと仰ぎ見た星々は、瞬きの光と声を届けた。

そんな男の姿を、それはじいと見ていた。

 

狼は、その生涯から人間という存在を嫌っていた。

憎しみという言葉を煮詰めに煮詰めた、ヘドロのような、憎悪を抱えていた。

それは英霊になっても変わることはない。

同じ英霊でも、元が人間であるならば同義なのだ。

 

そんな狼が、この男を見つけたのは偶々であった。

それも、マスターに呼ばれ仕方なく地上へと出た時に、遠目に見た程度である。

 

 

「……」

 

 

狼は男の隣に腰を下ろすと、同じように星を見上げてみる。

ちかちかと輝く点滅は遠い記憶を、擽った。

ずっと昔、まだ白と共に在った時、何処かの草原で見たような。そんな気がした。

 

 

「空にある星は、もう亡きものだ」

 

「……?」

 

「生けるものの瞳に映る星は、過去のもの。

それほどまでに、此方の時間と彼方の時間は違っている」

 

「……」

 

「星は常に先を視る。だからこそ過去を知る。

自然に生きるものは星を見上げる。だからこそ星も地上の命を知る。

……大地を駆けたお前の、生き様も、在り方も、彼らは知っている」

 

 

語り掛けるわけでもないその言葉は、男の独り言であった。

ぴくりと耳を跳ねさせ、男を見下げる狼は、青い瞳に映る星々を見つめた。

 

 

「お前は人間ではない、獣だ。

守るために殺す。それこそが自然の理だろう。

何故俺のもとに来たのか、理由は問うまい。

だが、俺は……お前が羨ましい」

 

 

植物も、動物も、人間もそして神々でさえも。

空を、星を知らぬものはいない。その逆も然り。

 

男が耳を傾けると、星は語り続ける。

このカルデアの英霊や、英雄たちのことも、その歩みも。

 

 

「……」

 

「……」

 

「守ることは、本能だ。

……理由など考えている暇は、ないのだな」

 

 

夜風を受けて舞い上がる銀の糸。

狼は、ただ黙したままそれを見る。

 

 

「……」

 

 

その青い瞳を、狼は知らない。

猫のように瞳孔が縦に長い、まるで冷たい氷のようだ。

 

 

「お前は、自分の生まれた場所……故郷を知っているか?」

 

 

その青い瞳を、狼は知っている。

何かに思いを馳せるような、全てを喪った者のそれだ。

 

 

「……もし、知っているのであれば」

 

 

空を見上げる瞳を見て、狼は理解する。

それは嘆きである。それは悲しみである。それは孤独である。

この男は……同じであり違うのだと。

 

 

「何を言っているんだ、俺は」

 

 

吐き出された溜息と同時に、男の瞳は、狼の知らぬものに戻る。

星に呑まれ感傷に浸ってしまったかと、男は首を振った。

 

人間のにおいのしない男は、狼にとってはよくわからない存在である。

しかし、何故だかこの男に、狼は憎しみを向けられなかったのだ。

 

 

「……そろそろ戻るか」

 

 

これ以上付き合わされては、自分を見失いそうだと呟いた男に、狼は首を傾げる。

再び来た道を戻り始めた男に、狼は寄り添うように共に歩き出した。

 

 

「中に入るのか?……まあ好きにすると良いさ」

 

 

自室に戻っても、一向に帰る様子を見せない狼に、セフィロスはそう言った。

狼は中に入ると、鼻を鳴らして何かを威嚇するように喉を鳴らす。

そして、とあるものに嫌悪の眼差しを向けていたが、セフィロスがそれを横目にベッドに戻るとそれに伴う。

結局狼が何をしに来たのか。語る言葉を持たないその心を察するのは、難しいだろう。

ベッドの足元に体を丸めたそれは、それ以上動く様子はなかった。

 

 

「本物の獣の方が、大人しいとはな」

 

 

気配が一つ増えた部屋に、穏やかな寝息が二つ響いては消える。

その音を聞きながら、セフィロスは再び目を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

朝の訪れを感じた体が、自然に瞳を開ける。

白い天井と、白いシーツに視線を彷徨わせて、セフィロスは昨日の記憶を手繰り寄せる。

結局深夜までキャスターに付き合わされ、眠れずにいた所を来訪者と星を見に行き……。

やっとベッドで寝れたのは、何時であったか。

ラフな服装に着替えていることから、シャワーは浴びたのは何となく憶えていた。

 

 

「……」

 

 

セフィロスは体を起こすと、一日の予定を考え始める。

今日はあまり外に出ない方が良いだろう。

昨日のリツカ達の話と、自分の勘がそう言っていた。

 

 

「……結局、此処で寝たのか」

 

 

何か時間を潰せるものを、と室内を見渡していると、ソファーに流れる青が目に留まる。

静かに上下する胸元を見る限り、ぐっすりと安眠しているらしい。

朝から溜息を吐くはめとなったセフィロスは、ソファーに寝転ぶキャスターから目を移した。

ベッドの直ぐ足元で、青い巨体が丸まっている。

それを避けるように立ち上がると、洗面台へと向かった。

 

 

「……珈琲の配達か?朝からご苦労なことだな」

 

 

鏡に映る自分の、その後ろに視線を向けて告げる。

するとどこからか、高らかな笑い声が聞こえ、部屋に響いた。

 

 

「相も変わらず、暴れ回っているようだな。異端の騎士よ」

 

「……俺が望んだことではない」

 

「だが、お前は受け入れている。そうだろう?」

 

「勘弁してくれ。ただ血の気の多い英霊が寄って来るだけだ」

 

「クハハ!!……それは、お前の持つ気質がそうさせているのだ。

斯く言うこの俺も、な」

 

 

ずるりと、影から現れた一人の英霊が、金の瞳を煌々と輝かせる。

緑の外套をばさりと翻した英霊は、どこかの英霊と同じく我が物顔でソファーへと腰を下ろした。

 

ふわりと芳醇な香りが、部屋に満ちる。

態々挽いて来た、その拘り抜いた豆と淹れ方は、珈琲好きにはたまらないであろう。

 

この巌窟王という英霊は、セフィロスがリツカにレイシフトへと連れ出される前に、この場所を訪れていた。

似たような気配に興味を持ったらしい。が、それが嘘か真かはわからない。

セフィロスが出会った英霊の中で、比較的大人しい部類であるため、好きにさせているのだ。

 

 

「それにしても、何故この二匹がいる?」

 

「知らん。詮索目的だろう」

 

「ほう。貴様は獣に好かれるようだな。……ふむ」

 

 

床に転がった杖と、寝息を立てるキャスターに眉を顰めた巌窟王は、再び腰を上げる。

そして長い足を軽やかに上げると、無防備な腹に向けて振り下ろした。

 

 

「ぐっ……!!」

 

「……起きたか」

 

「てめえ……っ、何しやがる……!!」

 

「フハハッ!!愚鈍な男め!

この程度に反応出来ぬとは、槍を失い相当鈍ったようだな」

 

 

無慈悲にも相当な力を込めて振り下ろされた一撃を、夢の中にいたキャスターが躱すことはなかった。

強烈に訪れた目覚めに背中を丸めた彼は、見下ろす赤い瞳を睨み上げる。

 

 

「朝から元気なものだ」

 

 

セフィロスは蹴られた腹部を擦りながら起き上がったキャスターに、呆れた声を零す。

差し出された珈琲を優雅に口にする銀の男に、キャスターは額に青筋を浮かべた。

すると後ろから聞こえた唸り声に、思わず目を見開く。

 

 

「うおっ、こいつは……珍しい、っつか、ありえねえ……」

 

「……気付いていなかったのか?」

 

「あー。なんか、すっげえ良く寝ちまったんだよな。

あんたらの気配に気付かねえとは……ったく、情けねえな俺」

 

 

そう問いかけたセフィロスは、空いていた巌窟王の隣に腰を下ろす。

膝の上で頬杖をついたキャスターは、気まずそうに視線を逸らした。

 

ソファーの端に座ったセフィロスに、それが寄り添うように近づく。

 

 

「狼王ロボ。……語る言葉を持たぬものに問うても無駄であろう。

しかし、全ての人間を憎むお前が何故……」

 

 

ロボ、と呼ばれた英霊(オオカミ)はセフィロスの前に伏せただけで、何も反応は見せなかった。

興味深げにそれを見ていた巌窟王は、セフィロスへと視線を移す。

 

 

「……お前は、人間の英霊ではないのか」

 

 

色味の異なる赤い瞳が揃ってセフィロスに向けられる。

散々異端扱いされて来たので、もうそのような類の視線には慣れてしまっていた。

 

 

「さあな。……ただ懐かれただけだ」

 

 

答えになっていない答えを、淡々と返したセフィロスはそれ以上口を開くことはない。

それを察したキャスターは、文句を言いつつも用意された珈琲カップを置くと、話題を変える。

 

 

「そういや、今日は魔術協会の連中が来るんだろ?」

 

「……ああ。全く身勝手なことだ。

これ以上カルデア(我々)に関与しようとしても、無駄であろう」

 

「どうも、あのジイさんがしつこいらしいぜ。

科学者だかなんだか知らねえが、どうも好きになれねえんだよな」

 

 

その人物を思い出したのか、あーやだやだと声を上げたキャスターに、巌窟王が無言の同意を示す。

そして、視界の端に映る(シロガネ)の動きが一瞬止まった気がして、巌窟王は隣に視線を移した。

どこか朧にも見える青い瞳は、何かを考えているようにも見えるが……。

巌窟王の視線に気が付いたのか、すぐにいつもの色を取り戻した。

 

 

「科学者、か」

 

「宝条って言ってな。いやーな男だぜ?

マスターのことを気に入ってんのか、蛇のような目で見てやがるんだ」

 

「……頻繁に来るのか?」

 

「ああ。いつからだか忘れたが、しょっちゅう来るんだ。

魔術協会がどうたらで、受け入れなきゃならねえらしい」

 

「そうか。……」

 

「まあ、何しに来てんのかいまいち良くわからねえが……」

 

「……どうやら、来たようだぞ」

 

 

巌窟王がそう呟いて窓へと視線を投げる。

セフィロスの足元で、ぴくりと耳だけを動かすロボもそれを悟ったようである。

そこまで声が響いているわけではないが、このカルデアでは聞き慣れない声なので、良く聞こえた。

 

微かに聞こえるリツカと、ドクターとダヴィンチの声に、セフィロスは瞳を伏せた。

 

 

 

***

 

 

 

人理修復を終えたリツカを、宝条という研究者が訪れるようになったのは比較的最近のことだ。

一か月か二ヶ月おきに頻繁に訪れる(しかも連絡があるのは決まって前日という性質の悪いことをしてくれる)ので、カルデアではすっかり嫌われ者となっていた。

用があって来るならまだ理解できよう。

しかし、リツカと英霊を舐めるように見て、何かしらの記録を取って帰っていく。それだけなのだ。

真の訪問理由がはっきりしないことも、大きなマイナスポイントであろう。

 

不敬な無礼者を相手にする筋合いも時間もない、と顔すら見せなくなった英霊も多くいる。

それ故に、リツカに付き添うのは、主にドクターとダヴィンチの二人だ。

勿論、何かあった時の為に会議室の外で何人かの英霊が待機しているが。

 

 

カルデアの職員に出迎えられた、宝条は黒い長髪をオールバックにして後ろで一本に括り、いつも通り白衣を羽織っていた。

その後ろには、今日も今日とて弟子だという、怪しげなローブを羽織ったお供が何人も付いている。

リツカ達は、このお供たちが何かを話しているところを見たことがなかった。

いつも不気味な程静かに、宝条の後ろに佇むだけで、何も発することはない。

 

 

「これはこれは宝条先生。今回も良く、この辺鄙な所まで」

 

 

ほんのりと嫌味を混ぜたダヴィンチの台詞に、薄い笑みを浮かべた宝条は、暗い瞳をぎょろりと動かした。

寒気すら感じるその瞳にリツカの頬が引き攣る。

 

 

「ああ、これはダヴィンチ女史。

今回も視察させてもらうよ」

 

「……お手柔らかに」

 

 

会議室へと通された宝条に、警戒を浮かべるダヴィンチはさり気無くリツカを庇う。

いつもの柔らかさを潜めて、様子を窺うドクターの目は真剣そのものだ。

 

宝条の視察の目的は、一般人であるリツカが、レイシフトを重ねたことによる影響を知るためと説明されている。

しかしそれは、カルデアにある機器で測定することも可能なのだが……。

とはいえ、カルデア側の意見を聞き入れてくれるような、素直な組織ではないのだ。

 

そして、カルデアが何も言わずに受け入れている一番の理由がある。

魔法協会の圧力と、素直に受け入れるならばリツカの身は拘束しない。という脅しが裏に潜んでいるのを、カルデアのトップは察していたのだ。

 

 

「……それで、何か変わったことはあるかね」

 

 

会議室の机に記録紙を置いた宝条は、ずらりと後ろに弟子たちを立たせたまま、向かいに座るリツカへ質問を開始した。

リツカの挙動を絶えず捉える目は、恐ろしい程の好奇心が浮かんでいる。

研究者とは然もありなん。セフィロスの言葉を思い出したリツカは、本当に研究者とはこういうものなのかと、改めて息を詰める。

 

 

「いいえ、とくには」

 

 

得られたデータを数値化するために、質問内容はいつも同じだ。

慣れてしまった返答を重ねていくリツカは、ふと違和感に気が付いた。

いつもよりもペンを走らせる時間が長い気がするのだ。

質問に対する返答は以前と変わりはない。

にも関わらず、やけに時間が掛かっている気がした。

 

 

「一つ聞きたいことがあるのだが」

 

「……え?あ、はい」

 

「そこの白い花は……どこで採取したものかね?」

 

「え……」

 

 

宝条の視線の先には、あのレイシフト先で見つけた白い花が、小さな瓶に活けてあった。

ドクターが、花びらの端を小さく切って鑑定やらを行ってくれたのだが、特別なものではなかったのだ。

とはいえ、可憐な花をそのまま捨てるのも可哀想だと言ったマシュが、透明な瓶を持って来て活けていたのを思い出す。

置き場所に迷っていたようだが、会議室に置かれていたとは知らなかったと、リツカは目を瞬かせた。

 

 

「……それを知ってどうするんだい?」

 

「クックッ、そう怖い顔をしないで欲しい。

ただ……細かいことがどうしても気になってしまうのだよ。

前に、あの花を見たことがあるのでね」

 

「普通の白い花、でしょう?」

 

「ククッ、……あれを普通の花と一緒にされては困る。

このにおい、この気配……。これは、星の命(ライフストリーム)……!」

 

「……?」

 

「おっと、私としたことが。つい興奮してしまった……。

この花は少々特殊でね。生息地も環境もとても限られる」

 

「……」

 

「答えられぬのならば、結構。

しかし、これだけは教えてもらいたい。

どうしてこれを……摘んで来たのだ?」

 

「それは、レイシフト先で……珍しいと思って」

 

「ほう……?珍しい?

ただの普通の花にも見えるが?」

 

「……とある英霊が、気にしていたのが気になった。

それだけです」

 

 

宝条の目が、明らかに何かを探ろうとしている。

リツカもダヴィンチも、ドクターもそれを察していた。

途端に走った嫌な予感は気の所為ではないのだろう。

 

ねっとりとした問い掛けが、段々と激しくなる。

リツカが早く断ち切りたい一心で発したその言葉に、宝条の目が輝いた。

しまった。と思ってももう遅い。

 

 

「ほう……随分鼻の利く英霊を飼っているじゃあないか。

是非とも紹介して欲しいのだが……どうかね」

 

「何故、そこまで拘るのか。まずそこを聞かせて頂きたい」

 

「……カルデアの、ドクターロマニ。か。

いいだろう。この花は、星の命(ライフストリーム)という、謂わば特別なエネルギーに反応して咲くんだ」

 

「ライフ、ストリーム……?聞いたことがないな」

 

「それはそうだろう。まだこの世界では実験段階なのだから。

聞いたことがあっては困るよ」

 

「それで、それがどうしたっていうのさ」

 

「そう結論を急ぐな、ダヴィンチ女史。

万能の名が泣くぞ。ん?」

 

「……まあ、腹は立つけど此処は大人の対応をしておくとしよう」

 

 

麗しいその貌に青筋を立てたダヴィンチは、口の端を引き攣らせた。

慌ててリツカが先を促すと、宝条は高らかに笑う。

 

 

星の命(ライフストリーム)を別のエネルギーに変換すれば、物凄い発見となる。

この世界にはまだない技術だ。さぞ……偉大なる業績となろう!!

私はそれを望んでいるのだよ。だからこそ、君に協力を要請したい。

なに……協力と言っても、その花の採取場所を教えてもらうだけで、良いさ。

そして、その英霊もだ」

 

「……呆れた。それは自分たちだけの利益じゃないか」

 

「んん?この天才宝条の研究に協力できたのだ。

それだけで充分価値があると思うがね」

 

 

喉を鳴らして笑う宝条に、ダヴィンチは呆れた顔をするも、徐々に自分の世界へと入っていく男には通用しない。

 

 

「ああ、下手な誤魔化しはしないでくれたまえ。下らないことは嫌いなものでね。

もし……素直に応じてくれるならば、今日で視察を終わりにしよう」

 

「え……?」

 

「もうこのカルデアを煩わせる真似はしないと言っている。

どうだ、悪い話ではないだろう?」

 

 

心を突く洞察力と顔色を見極める観察力は、科学者という職業故か。はたまたその性格故か。

科学者としての理論は一流だが、観察力は二流といわれるこの男がどちらなのかは、問うまでもないだろう。

表情と感情が一致しているリツカの顔を注視している所が、なんとも厭らしい。

確かにこの宝条の顔を見なくて良くなるのならば、それに越したことはないが……。

 

リツカは、ドクターとダヴィンチの顔を見る。

この二人にとっても、宝条とその後ろにいる魔術協会は煩わしい以外の何ものでもないだろう。

ふと息を吐いたリツカは、顔を上げた。

 

 

「リツカ君」

 

「……彼を、呼んできます」

 

「セフィロスを、かい?」

 

「ええ」

 

 

静かに頷いたリツカは、心配そうに表情を崩したドクターにそう言う。

その瞬間。宝条の顔色がはっきりと変わったのを、ダヴィンチは見た。

 

 

「……今、……なんといった?」

 

「え……?」

 

「その、英霊の名を、なんと……?」

 

「……せ、……セフィ、ロス……です、が」

 

「セフィロス?確かに、セフィロスと言ったな?

それは、長い銀髪の男か?」

 

「……な、……何故、しって……」

 

「ク……クククッ!!はははははははは!!」

 

 

目を見開いた宝条は、血走った瞳をぎらつかせた。

狂気すら感じるその表情に、背筋を凍らせたリツカは恐怖に慄く。

しかし、なんとか引き攣った唇を動かして再度告げた名に、宝条は更なる哄笑を上げた。

 

 

「ああ!!何ということだ!!これぞ、運命か……ヒヒッ!!

セフィロス!!セフィロスか……ククククッ!!」

 

 

痙攣でも起こしたように体を震わせて笑い狂う男に、リツカは事の重大さを察した。

強張った頭で昨日のセフィロスの様子を思い出す。

彼は何も言わなかったが、確かにあの顔は……。

 

 

「どうした?まさか、言葉を覆す気じゃあないだろうな?」

 

 

リツカの心を見通すように、宝条はねっとりと笑う。

 

 

「……」

 

 

ぎゅと目を閉じて拳を握ったリツカには、もう逃げ場はない。

やけに自分の心臓が煩い。真っ白になった頭ではまともな思考は出来なかった。

ドクターとダヴィンチの心配そうな視線を背で受けつつ、立ち上がると会議室の扉を開けた。

 

 

「……っ!!……び、びっくりした……」

 

「……あの男を、呼んでくれば良いのだろう?」

 

「う、うん……」

 

「俺も同行しよう」

 

 

廊下に出ると、リツカの前に一人の英霊が姿を現した。

浅黒い肌に、黒地に金の刺繍の入った衣を纏う男を見上げたリツカは、直ぐに顔を伏せる。

 

 

「何故、そのような顔をする?」

 

「……だって、俺、とんでもないことを……」

 

「それはアンタの所為じゃないだろう。

……大事なことなら、前以て話しておくべきだ。

どう考えてもそれを怠った方に責任はある」

 

「……」

 

 

淡々と正論を述べたエミヤオルタの言葉も、リツカには届かない。

何かわからないけれど、大変なことをしてしまったのではないだろうか。

そう、込み上げて来る罪悪感という名の吐き気を堪え、じんわりと重い胸を引き摺る。

どうやって足を動かしたのかさえ、憶えていなかった。

 

気が付けば、リツカは彼の自室の前に辿り着いていた。

 

 

 

 

 

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