第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

12 / 44
1-11 カルデアにて⑧

セフィロスの自室では、自然と会話が重ね続けられていた。

意識せずとも途切れることはなかったのである。

復讐者(アヴェンジャー)ではあるが比較的分別のある巌窟王と、ランサーと比較すると落ち着きがあり打ち解けやすいキャスターが、テンポ良く口を開く。所々で話を振られるセフィロスは、無表情かつ口数は少ないものの、それらを拒絶することはなかった。

セフィロスの傍で寝そべるロボは、態度は我関せずといったものであったが、時折耳を動かしているのがわかった。

 

そんな穏やかともいえる空気の中で、ソファーに背を預けながら巌窟王とキャスターの話に耳を傾けていたセフィロスは、ふと何か騒めくものを感じた。

嫌な予感とも少し異なる、形容しがたい感覚に眉を寄せると、敏い彼らは直ぐにそれを見抜く。

 

 

「……」

 

 

何かを問おうとしたキャスターは、近付いてくる二つの気配に視線を扉の方へと流す。

そうして、その内の一つの気配に眉を寄せた。

 

 

「……せ、……セフィロス、いる?」

 

「……入れ」

 

 

柔らかな明るい少年の声は、真逆のものであった。

どうやら何かあったらしい。三人は直ぐにそれを察する。

セフィロスがそう声を掛けると、一拍おいて扉が開けられた。

 

現れたリツカの表情は、セフィロスが初めて見るものであった。

強張った表情に、動揺と悲痛を隠せない瞳が彷徨う。

その後ろから入ってきたエミヤオルタの顔は、いつも通りであったが。

 

 

「……宝条、か」

 

 

リツカの顔を見たセフィロスは、溜息と共にそう呟く。

その名前を聞いてから、この肉体に付き纏う因果からは逃げられない。そんな気はしていた。

 

それでも、態々最初から事を起こすようなことはしたくなかった、ということもあるが、同名の別人であることへの希望に縋りたい気持ちもあった。

 

しかし、今にも倒れそうな顔をしたリツカがこうして呼びに来たこと、その後ろに立つエミヤオルタの視線の意味を考えると、そうも言っていられないらしい。

 

 

「会議室だろう、行くぞ」

 

 

表情一つ変えずに立ち上がったセフィロスに、エミヤオルタの視線が鋭くなる。

セフィロスは指を一つ弾くと、発動した術により見慣れた黒いコートを纏った姿となった。

リツカは何かを問おうとして口を開けたが、問おうとすることが多すぎて喉に引っ掛かる。

結局言葉は出なかった。

 

 

「待ってもらおう。少し説明不足が過ぎやしないかね」

 

「……」

 

「アンタ……宝条という男と、面識があるのだな?」

 

「……確証はなかったが、向こうがこの俺を指名したのだろう。

つまりはそういうことだ」

 

 

リツカの言葉を代弁するかのように、金の瞳が鋭くセフィロスを睨む。

張り詰めた空気に動いたのは、セフィロスの足元にいた一匹であった。

のそりとロボは体を起こすと、後ろからエミヤオルタへと唸り声を向ける。

それにエミヤオルタは眉を顰めるが、一拍置いてくいと口の端を釣り上げた。

 

 

「ほう。……全ての人間を憎悪するもの(狼王ロボ)まで手懐けるとはね。恐れ入ったよ。

……そういうことか」

 

「その話は今するべきじゃあねえだろ。

セフィロス、アンタ……あの、狂人(マッドサイエンティスト)とはどういう関係だ?」

 

「……気になるなら、付いて来るといい」

 

 

こうして視線を向けられるのは、もう何度目だろうか。

セフィロスは落ち着いた声でそう言うと、扉の方へと足を向けた。

リツカはその姿を何も言わずに見ていたが擦れ違うその時、セフィロスの足が一瞬止まった。

 

 

「……すまない」

 

 

ぽつりと、小さく落とされた声に、リツカは目を見開く。

はっとして見上げようとするも、その背中はもう遠退いていた。

 

 

「ははっ。アイツは……とんでもねえ不器用なだけさ、マスター。

どこぞの朴念仁と同じでな」

 

「……キャスター」

 

「おら、さっさと行くぞ。ぼーっとしてんな」

 

 

ぶっと噴き出して笑い声を上げたキャスターに、リツカの緊張が一気に解れる。まさにそれは、魔法の言葉であった。

 

周りを見渡すと、ロボと巌窟王の姿はもう消えていた。どうやらセフィロスに付いて行ったらしい。

 

いつの間に打ち解けたのだと、回るようになった頭で考えるも、それは後で本人の口から聞けば良いのだ。

 

リツカは考える。

セフィロスという男が此処に訪れてから、色々なことが起こり過ぎた。

ゆっくりと話す時間さえ与えられなかったのだ。

だからこれが終わったら、セフィロスと話をしよう、と。

そうすればきっと……。

 

 

「……いつまでそうしているつもりだ?」

 

 

呆れた声を上げたエミヤオルタが、リツカを見る。

深い思考に沈んでいたリツカは明瞭となった視界で、頷いた。その顔にはもう影は見当たらない。

エミヤオルタは溜息を一つ付いて、背中を向けた。

どうやら彼も行くらしい。と意外そうにリツカは、その背中を見上げる。

 

 

「しかし、アンタがしゃしゃり出て来るなんて珍しいじゃねえか」

 

「……ふん。興味本位だよ。深い意味はないさ」

 

「ほう?しっかり記憶してやがる癖に、興味本位とは……ねえ」

 

 

揶揄うような口振りで目を細めたキャスターから目を逸らしたエミヤオルタは、鼻を鳴らすと何も言わずに部屋を出て行った。その背中を追うようにリツカも部屋を出る。

 

 

「さて、……鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

くつくつと喉を鳴らしたキャスターは、愉快そうに笑うと、同じように部屋を出た。

 

 

 

***

 

 

 

かつり、と静かな廊下に響いた靴音が止まる。

目の前にある会議室への扉が、どことなく重々しいものに思えるのは、伝わる気配を体が拒絶しているからであろうか。

小走りでやって来たリツカが、不安と心配を顔に浮かべてセフィロスを見上げる。

 

それにしても、リツカだけではなく、あの場にいた英霊全員が付いて来るとは若干予想外であった。

しかし、特別問題があるわけではないので何も言いはしない。

 

そうして、セフィロスは扉を開けるために背を向けると、ゆっくりと扉を開け放った。

 

 

 

「お……。おお!!な、なんと……!!なんということだ!!

我が最高傑作(セフィロス)よ!!」

 

「……二度と、お前の顔は見るまいと思っていたが」

 

 

椅子から腰を上げた宝条の叫びが、会議室に、いやカルデアに反響する。

相変わらず耳障りな声だ、と狂気を滲ませて喚き散らす見慣れた顔を睨む。

セフィロスは、その感情の隆起が少ない人形のような顔に、嫌悪を浮かべた。

それは後ろにいたリツカ達には見えなかったが、ドクターとダヴィンチには良く見えた。

 

始めて見るその表情に、二人は思わず息を呑む。

 

 

 

「そうかそうか、お前もまた……英雄であったなあ!!

しかし、この世界に呼ばれるとは、クククッ。運命とは、悪戯なものよ」

 

「性根は変わってはいない、か。

……何を企んでいる?」

 

「ヒッヒッヒッ!!……私の目的は、変わらぬよ。

なんの因果か、この世にも……星の命(ライフストリーム)を見つけてなあ……。

これは、いやこれこそ女神の贈り物だ!!

女神は言っている、今度こそ、私が……世界に、ククククッ!!」

 

「……コンプレックスを具現化した男のまま、か。哀れだな」

 

「ああ、そうだったな……。お前は、この私を見下していた……。

しかし、お前もまた悲願を願うのだろう?

知っているか?ん?この世界には聖杯と呼ばれる、魔法の杯がある。

これに願えば、この星を支配することなど容易いだろう」

 

「……」

 

「もちろん、ただの聖杯ではないさ。

この私が……直々に、分析して改良したものがあるんだ。

どうだ?協力するというのならば、お前に授けてやっても良いのだぞ?

お前の体に更なる力を与えよう……ククククッ!!」

 

「……何を勘違いしているかは知らないが。

俺は、もう星になど興味はない」

 

「……なに?……なんだと……っ!!」

 

 

この場にいるのが、セフィロスという一人の男であったとしても、宝条の言葉は耳に入って来なかったであろう。

沸々と湧き上がる感情を感じながら、流れるように口から出る言葉を発音していく。

 

取り付く島も無く跳ね除けられた宝条は、苛立ちを露わにし始める。

己の思惑から少しでもズレると直ぐに感情的になるその癖を、昔からセフィロスは知っていた。

 

彼の怒りに比例して、セフィロスの感情は凪いで行く。

 

 

「……なんと、いうことだ……どこで間違えた!?

お前は……っ!!」

 

 

それはまさに激高であった。わなわなと全身を震わせる宝条は、怒りのままに机を叩く。

先程まで歓喜で震えていた肩は怒り一色となり、荒いだ息と血走った目がセフィロスからリツカへと向けられた。

いつも不気味な余裕を携えて来た宝条の豹変に、言葉を失っていたリツカは、その泥沼のような暗い視線に背中を凍らせる。

 

 

「まさか、…まさかっ!!お前も、英霊として、……召喚者の影響を受けているというのかッ!!

腑抜けたものだなセフィロス!!英雄と崇められ、神となろうとした男が……っ!!」

 

「……お前は、何もわかってはいない」

 

 

宝条という男は、思い込みの激しい男であった。

そして、一度思い込むと周囲の声を跳ね抜けて、暴走するような男でもあった。

この時宝条は、セフィロスが英霊としてカルデアに召喚されたために、野望を失っていると思い込んだのだ。

 

唇を噛み締めた彼は憎悪を宿してリツカを睨み付けていたが、長身の体がそれを遮った。

セフィロスが、宝条の視線を遮るように合間に入ったのだ。

 

その行動に宝条は目を見開く。

かつて星ごと消滅させようとした、人間という存在をセフィロスが庇ったのだ。

 

 

「お前は、……ッ」

 

 

目の前のセフィロスという存在は、特別なものである。

宝条にとっては、彼の功績の象徴であり、最高傑作なのだ。

それに綻びが生じるということは、彼自身の研究の否定にも繋がる。

狂っているとはいえ、研究に命を捧げる宝条にとって、絶対に許されざることでもあった。

 

 

「ク……クククッ、ははははははっ!!

仕方あるまい、壊れたのならば、またつくりなおせば良いこと……!!

ついでに聖杯も埋め込んでやろう……ああ、そうだ、そうすればよい」

 

 

天を仰ぎ高く笑った宝条に、セフィロスは目を細める。

酷く緩慢な動きで、宝条はセフィロスを、そしてリツカを見た。

 

ぱちり、と高く響いた音は、彼の指の音であったか。

 

その瞬間。後ろに控えていたローブを纏う、者たちが一斉に動き出したのだ。

舌を打ち刀を顕現させるも、その長い刀は狭い室内では圧倒的不利となる。

動きを、捉えるのに時間が掛かってしまった。

そして、その隙に後ろに回り込まれたリツカが、拘束されてしまう。

 

 

「っ、うわ……っ!!」

 

「マスターッ!!」

 

「っち、……連れていたのは、バケモンかよ……っ!!」

 

 

リツカの周囲にいた英霊たちも、咄嗟に武器を構えた。

しかし、それらの動きは彼らさえも上回ったのだ。

 

障害物となる机や椅子などを擦り抜け、触手のような腕が伸びたかと思うと、リツカの体に巻き付いた。

絡め捕られたリツカをぎりぎりと、紫に近い肌をしたその腕が締め上げる。

苦痛に呻いたリツカに、英霊たちは顔を歪めた。

 

 

「ク……クククッ、この私が、此処で何をしていたか。

お前はそう聞いたな」

 

「……」

 

「私は、……ずっと、このマスターに協力を要請したくてね。

魔術協会からサンプルは山ほど送られて来るのだが、どうも魔術師とは合わないらしい。

……そんな時に、彼を見つけたんだよ」

 

「……人体実験か。芸がないな」

 

「クククッ!!

私はなあ、セフィロス……。

聖杯というものをつかって、お前をつくってみたのだよ」

 

「……なに……?」

 

「しかし、失敗だ……っ!!

所詮玩具に過ぎぬもの。ジェノバには到底及ばぬ。

お前ほどの、力を持つ……作品は、出来ぬのだ」

 

「……」

 

「クククッ、まずは初めの目的を果たすとしよう」

 

 

宝条は拘束されたリツカに、濁った笑い声を零しながら近づいていく。

その手には、注射器が握られていた。

中に充填されている緑を帯びた液体が、リツカの目の前でゆらりと揺れる。

 

 

「そう怯える必要はない。ただの星の命(ライフストリーム)だ。

超人的な力を授けてくれるだろう。まあ、運が良ければ……だがね。

本来ならば、しっかりと体を浸けねばならぬが……。

それは帰ってからのお楽しみにしておこう」

 

「……い、た……っ」

 

「マスター!!」

 

 

毒々しい蛍光色に、リツカはレイシフト先でそれを見たことを思い出す。

生身の人間が触れるものではない。確か、セフィロスはそう言っていた。

抵抗しようにも、がっちりと関節を固められ、体はびくとも動かなかった。

 

突き付けられた針先に、英霊たちは下手に動くことは出来ない。

星の命(ライフストリーム)を知らぬもの達も、明らかに害を成すであろう液体に下手に動くことは出来なかった。

 

誰も、動けない。ぴたりと時が止まったような、そんな感覚がリツカを襲う。

迫る針先に体が震える。息が出来なかった。

その様子を愉しむように、笑う宝条は、爬虫類にも似た瞳を近づける。

 

そして、大きく腕を振り上げると、リツカの腕を目掛けて突き刺した。

 

どす、と針が肌を突き刺さる音が聞こえた気がする。

同時に、突然体の拘束していた力が無くなったのを感じたかと思うと、続いてどさどさと何かが落ちるような、倒れるような音が聞こえた。

 

それを不思議に思ったリツカは、反射的に閉じていた目を開けた。

 

 

「あ……」

 

「っ、き……貴様!!、セフィロス!!

なぜだ……っ、何故、邪魔をする……っ!!」

 

 

リツカの頬を、何か柔らかなものが擽る。

よくよく見るとそれは、銀の糸……いや、髪であることに気が付いた。

前を見る。大きな背中だ。

質の良い黒いコートを、身に纏った。

 

 

「……」

 

 

ちかちかとした視界は、動揺と混乱が頂点に達した証であろう。

絶句すること以外に、リツカはもう何も出来なかった。

 

縫い付けられたように固まるリツカに一瞥をくれたセフィロスは、ドクターとダヴィンチに目配せをする。

流石と言うべきか。それは的確に伝わったらしい。

直ぐに動いたダヴィンチが、リツカの腕を引いて走り出す。

ちらりと、セフィロスに視線を向けたドクターも、それに続いた。

 

 

「おい、セフィロス。

……大丈夫か?」

 

「問題ない」

 

 

腕に突き刺さったシリンジを引き抜いたセフィロスに、キャスターが歩み寄る。

中の液体は全て注入されてしまったらしく、シリンジ内には僅かな液体しか残っていない。

キャスターは心配の意味で眉を顰めて、セフィロスの顔を見上げた。

セフィロスは、針とシリンジを床に放り踏み潰すと、キャスターに一言だけ返す。

そして、宝条に再度視線を向けた。

 

 

「……彼らも、作品というわけか」

 

「失敗作だ。まあ、その中でもマシな方だがね」

 

「あんた、……まさか、」

 

 

残された英霊たちとセフィロスは、宝条とローブのものたちと相対した。

先ほどセフィロスに切断されたリツカを捉えていた異形の腕は、何事もなかったかのように再生していた。

宝条とセフィロスの会話から、一つの確信を導き出したキャスターは、唸るように呟く。

キャスターの言葉に体を震わせた宝条は、誇るように、叫ぶ。それは彼が持つ唯一の矜持であった。

 

 

「科学には、犠牲はつきものだ。

謂わば人柱だよ。神に捧げる供物と同じだ。

ク……ククククッ……そして、そして神は……この、私!!」

 

「……胸糞悪ぃぜ……」

 

「クククッ!!なにを綺麗ごとを!!

英霊とは言え、お前も魔術師だろう?

ならば、わかるはずだ」

 

「一緒にすんじゃねえよ」

 

「……狂人に、耳を貸すな。外へ追い出せ」

 

 

壊れたように目をぎらつかせて笑う宝条に、怒りを露わにしたキャスターを、セフィロスは止める。

狭い室内では、充分に戦うことは不可能と判断しての言葉であった。

それに荒々しく舌を打ったキャスターは、杖を構える。

 

 

「セフィロス」

 

「……!」

 

「そのような刀を振り回されては此方も迷惑だ。使え。

……無いよりはマシというレベルのものだがね」

 

 

不意に横から浅黒い腕が伸びて来たかと思うと、セフィロスにそれを渡す。

受け取ってのは、極めて普通の剣であった。

セフィロスの愛刀のように、歴史上に名の残る名刀でもなんでもない一本の剣だ。

 

『弘法筆を選ばず』という言葉があるように、それは何の問題にもならない。

確かに、ジェノバによって身体能力は人外の域まで強化されていよう。

だが、その剣の腕も、戦い方も、セフィロスが積み上げたものに他ならないのだ。

短い(正確には正宗が長すぎるのだが)剣を確かめるように、一振りしたセフィロスに、エミヤオルタは唇を上げた。

 

 

「それくらいのハンデは、くれてやっても良いだろう?」

 

「……ああ。そうだな」

 

 

突然、どおん!!という轟音が耳を劈いた。

牙を剥いたロボがその巨体を揮い、敵と見做したものたちを押し出したのだ。

渾身の力を込めた巨体の体当たりに、会議室と外を隔てる壁も、ガラスも、轟音を立てて突き破られる。

 

それを合図に、巌窟王が燃え盛る魔術を放った。

降り注ぐ業火に容赦など見当たらない。

 

 

「おいおい、施設を壊す気かよ……っ!!」

 

「人のことを言っている場合か?」

 

 

襲い来る敵に、強化した杖を突き刺したキャスターは、力いっぱい外へとそれを飛ばす。

すると目の前を過った、銃剣が頬を掠る。

そして、それはキャスターの死角から迫った触手を刻んだ。

助けられたと理解した彼の歪められた眉を、エミヤオルタが鼻で嗤う。

 

 

「……ぐ、……せふぃ、ろす……っ!!」

 

「祈りは済んだか」

 

 

慣れた武器ではないため、本人からすれば威力不足ではあるが、宝条にダメージを与えるには充分であった。刃を鞭のように振るい連撃を放つと、蹲った体に剣を振り上げる。

 

 

「があああっ!!」

 

 

ガラスも壁も無くなった室内から、外へと飛ばされた宝条は地面へと伏した。

全ての敵を外へと放り出したその瞬間。エミヤオルタから渡された剣が音を立てて砕け散る。

 

 

「随分脆いな」

 

「……アンタが荒っぽく扱うからだろ」

 

 

嫌味ではなくただ呟かれたその言葉に、エミヤオルタは溜息を吐く。

確かに、あの男(腐っていない自分)からすれば、投影魔術のランクは落ちるだろう。

しかしそれでも、このように脆くはない筈だ。

たった数分の猛攻に耐えられぬ剣など、彼のプライドに掛けて造り出す筈はない。

 

ぐと目に力を籠めたエミヤオルタの様子を気にすることなく、セフィロスは愛刀を顕現させた。

 

長い刃が、しなやかな光を滑らせた。同時に床を蹴り上げると外へと跳躍する。

はためく黒いコートを、暫く見ていたエミヤオルタは、後を追うように床を蹴った。

 

 

「ぐ、ああああ!!セフィロス……っ!!お前までも、この私を……!!」

 

星の命(ライフストリーム)も厄災ジェノバも、この世界(ほし)には必要ない。

そして、お前も……な」

 

 

鋭い剣先が、宝条の喉元へと突き付けられる。

周りには彼が連れていたローブのものたちは、英霊たちに抑えられているため動けない。

どう考えても、勝敗は見えていた。

しかし、その男はあっさりと負けを認め諦めるほど、素直な人間ではなかった。

 

 

「ヒーッヒッヒッヒッ!!

こうなっては、仕方あるまい!!」

 

 

背中を丸めたまま、再び不気味な笑いを高らかに放った宝条は、白衣の内ポケットから再びあの注射器を取り出した。リツカに突き付けたものと同じような液体が、充填されているのが見える。

宝条は取り出したそれを、躊躇なく自分の腕へと突き立てたのだ。

 

 

「さあて、この世界で私が作り上げた魔晄ジュースの効果はどうかな?」

 

 

ばきばきと、耳障りな音が大きく響いた。

かくりと宝条の体が折れたかと思うと、骨が軋み上げ変形していく。

巨大化した体は足が一本にくっ付いて、まるで鮫のようにも見える。

紫を帯びた固い皮膚に覆われ、口が耳まで裂けているのがわかる。

右腕に巨大な三本の鋭い爪が、左腕には四本の大きな触手がついていた。

 

人間の姿を捨て去り化け物となった男は、獣を想わせる咆哮を上げる。

 

セフィロスが剣を構えると、その隣でロボが戦いの声を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアを揺るがす轟音が、始まりの合図であった。

ダヴィンチとドクターに連れ出されたリツカは、騒ぎを聞きつけて集まって来た英霊たちと共に、食堂へと避難した。

 

特に目立った外傷は見られなかったため、ナイチンゲールに軽くその場で診てもらっていると、突然カルデアが揺れた。同時に聞こえた轟音に、リツカ達は慌てて窓へと走り外を見た。

そこには、会議室でリツカに襲い掛かって来たものたちと、宝条が地面に蹲っていた。

 

 

「……どうやら、噂は本当だったようだね」

 

「噂……?」

 

「ああ。あの宝条という男は、自分に付けられた人間を使って人体実験を行っている。

……今まで証拠はあがって来なかったようだけど。確信したよ」

 

「……じゃあ、あの人たちは」

 

「残酷な話だけど、彼らは実験結果というわけさ。

彼の話だと失敗作らしいけど。

……超えてはいけない壁を、簡単に超えてしまったようだね」

 

 

深刻な顔でそれを見下ろすドクターの重々しい声を聞いていたリツカは、飛び出して来た見覚えのある影達が、宝条たちの前に立ちはだかるのを見た。

 

殺気を剥き出しにした青の狼が、今にも襲い掛からんばかりに身を低くする。

舞い降りるように、黒いコートが雪に染まる大地に足を付けた。

その隣に立つキャスターの青い衣が揺れ、フードが下ろされた。露わになった顔には、怒りの表情がはっきりと浮かんでいた。

食堂まで響く高笑いを浮かべたのは巌窟王で、蔑むようなその瞳は金に染まっているのが見える。

射手として後方に控えるエミヤオルタは、黙したまま銃口を掲げた。

 

 

 

「なんだ、あの男(セフィロス)絡みの騒動であったか」

 

「……スカサハ」

 

「マスター。そうであれば早く言ってくれ。このスカサハも赴いたものを」

 

「う、ううん……。どういう関係か、いまいち良くわからなくて。

でもセフィロスは、凄く嫌っているみたいだし」

 

「ならそういうことなんだろ。

英霊も人間も同じさね。相性っつーのは大事なんだぜ、坊主」

 

 

わかったならもう少し編成考えてくれよなー、と明るい笑みを見せたランサーに、スカサハは呆れた顔をする。

 

眼下ではエミヤオルタや巌窟王、キャスターそしてロボといった、なんとも不思議なメンバーが戦っているのが見える。意外にも息は合うようであった。

エミヤも、ランサーも、そしてクーフーリンオルタも、何かを言いたげにその戦いを見ていた。

 

カルデアの敷地内であるので、マスターであるリツカは戦闘に入らなくても問題はなさそうだ。

近いに越したことはないが、宝条がリツカを狙っているのだ。下手に前線に出ない方が良いだろう。

 

 

「あの、セフィロスという男……。古代種(セトラ)であるのか?」

 

「……賢王(ギルガメッシュ)。うーん、それはわからないんだよね」

 

「星を読み、星の声を聴く民のことは我も知っている。古い文献で呼んだ(から)な。

古い伝承だ。至高の幸福が在るとされる『約束の地』を目指し、旅をしていた者たち。

人間が人間となる前の、存在……。ふむ、そういうことか」

 

「……?」

 

 

窓の外を覗くリツカの後ろから、現れたのは金髪の英霊であった。

何かを思考するように、赤い瞳がセフィロスに向けられる。

集中している様子の賢王は、それ以上何も言おうとしなかった。

 

 

「……少し、良いかい?」

 

「あ、アヴィケブロン……?」

 

 

不意に掛けられた声に、リツカが振り返るとそこには仮面の英霊がいた。

黒と青のマントと、ボディースーツを纏い、つるりとした金の仮面を付けた英霊……アヴィケブロンが、こうして声を掛けてくるのは珍しい。

 

その伝承にあるほど病的な人間嫌いではないが、必要最低限の会話を好む筈のアヴィケブロンは、何処か興奮したような口調で話し出した。

 

 

「彼、セフィロスというのだろう?」

 

「う、うん」

 

「…も、もしかして……彼は、セフィロトの樹に関係するものだろうか?

例えば……思想が具現化したものとか」

 

「セフィロト……?」

 

「生命の樹とも呼ばれる思想さ。

ユダヤ教の伝統に基づいた神秘主義思想なんだけど、これについては置いておこう。

神に至る道を説いたものと、取り敢えずは考えてくれて構わない」

 

「……彼のことはまだ、わからなくて」

 

「ふむ、不詳というところか。

……彼が此処に来てからの噂も、英霊たち(みんな)の推測も、耳にしていてね。

僕も仮説を立ててみたんだ」

 

「え……!?」

 

「あくまでも仮説だ。しかも、可能性としては低いが……。

此処にいる英霊たちの成り立ちなどを考えると、ありえなくもない話だ」

 

「……」

 

「僕はあまり関与していない部分なんだけどね。

セフィロト(Sephiroth)を読み変えると、セフィロスともなるだろう?

これだと洒落だと思われてしまうが、彼の様子を聞いてぴんと来たんだ」

 

 

すらすらと話される言葉に、思わず聞き入ってしまう。

癖であるのか、聞くものの頭に入りやすい話し方であった。

哲学者であり、詩人でもある彼は、カバラの基盤を作り上げたその人である。

魔術師の世界に大きな影響を与えたとするアヴィケブロンは、更に話に熱を込めた。

 

 

「……ふむ、それは我も興味がある」

 

「そう言ってもらえるとうれしいよ。

セフィロトの樹はね、十個の玉(セフィラ)二十二の枝(パス)から成るんだ。

人体の小宇宙と、広大な大宇宙を象徴している……んだけど、これも置いておこう。長くなるからね」

 

「……」

 

「ふふ、まあ理解は後で良いさ。今は図説もしようがないから。

ただ……生命の力、覚醒させる力、人と神との融合などを示すその樹は、やがて魂を大いなるものへと導く叡智。でも、人間として存在している以上は、辿り着けない領域もある」

 

「……言おうとしていることは、大体わかった。

しかし、そうだという証拠もない」

 

「勿論。こればかりは本人にぶつけて見ないと、わからないよ」

 

 

頭上を飛び交う会話に、リツカの思考はクラッシュしていた。

もはや説明ではなく、議論となってしまっているので、さっぱりわからない。

これは後で詳しく聞いた方が良いなと、ダヴィンチやら王様たちやらを巻き込んで、広がり始めた宗教的及び哲学的思想の話に、白旗を挙げる。

 

くらくらと眩暈のする頭で彼らの様子を見ていたが、そういえばと外で行われていた戦いを思い出す。

慌てて窓の外を見ると、そこに宝条の姿はもうなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「っは、あ……キリがねえ」

 

「フハハハッ!!その程度かキャスター!!

貴様の炎なぞ、我が怨念に燃ゆる憎悪の炎には敵うまい!!」

 

「はっ!!言いやがる。だが……言葉は気を付けた方が良いぜ!」

 

 

ローブを纏うものたちの再生能力は、目を見張るものがあった。

いくら高度な術を放とうが、銃弾を打ち付けようが、切り付けようが、瞬時に修復されてしまうのだ。

それならば、彼らに残された方法は一つ。修復出来なくさせてしまえば良い。

言い換えると、跡形もなく砕いてしまえば良い。ということである。

 

巌窟王とキャスターが放つ炎により全身を溶かし、エミヤオルタとロボが止めを刺す。

失敗作、といってしまえばそれまでだが、耐久性をそこまで備えていないそれらはバラバラに燃え尽きて消えた。

 

 

「……」

 

「ぐ、ぐぐぐ……。貴様、貴様さえ……。セフィロス……っ」

 

 

宝条の得意とする魔法は、混乱を起こして同士討ちを招くものである。

それを知っていた男は、早急に『心無い天使』を発動させて、その魔力を枯渇させた。

同時に、体力も奪っておいたので、呆気なく宝条はその身を倒すことになったのだ。

 

 

「何人、犠牲にした?」

 

「……お前、から……そんな言葉を、聞くことに、なろうとはな……ッ!!

まあ、データとしては取ってある、が……そんなもの、どうでも良い。

全て、すべて、スベテ!!失敗作だ!!なんの価値もない……ッ!!」

 

「……だからこそ、お前は……二流なのだ」

 

 

鋭い歯を露出させ、今にも噛み砕かんばかりに睨みつけるロボを制し、セフィロスはその刀を振るった。

ばらばらに刻まれていく肉片を、巌窟王とキャスターの炎が燃やし尽くす。

途端に充満する嫌なにおいを、魔法……いや魔術で消したセフィロスは、深い溜息を吐いた。

 

 

「……下らぬ、戯れだ」

 

「……?」

 

「これは、本体ではない」

 

「なんだと?……本体は、別にいる。そういうつもりかね」

 

「ああ。試作品、いや……失敗作の一つだろう」

 

「愚かしいな。人間でも造る気か?これは神に対する冒涜となろう」

 

「また面倒な奴が出てきたってことか。……カミサマにでも、なる気かね」

 

「……」

 

 

神になりたかった。それは、誰であっただろうか。

宝条という男は、この肉体にとっては切っても切り離せぬものであろう。

セフィロスが此処にいるということは、きっと本体にも伝わっている筈だ。

また、厄介な戦いが始まる。そんな予感がした。

 

考えながら、汚れを払うように刀を一振りすると、その長いリーチの範囲内にいたらしいキャスターから非難の声が上がる。

文句を言いつつもちゃんと回避したキャスターにセフィロスは、一瞥をくれただけであった。

 

青を帯びた艶やかな毛並みがセフィロスに寄り添う。

どうやらすっかり懐かれてしまったらしい。

 

 

「……魔術協会、か」

 

「止めておけ。碌な組織ではないぞ」

 

「売られた喧嘩は、基本的に買う主義でな」

 

「おっ、いいねえ!気が合うじゃねえかセフィロス。カチコミでもする気なら付き合うぜ」

 

 

セフィロスの言葉に隠された意味を読み取った巌窟王が、眉間に皴を寄せた。

関わると面倒であることは、良くわかっていたが、リツカもセフィロスも狙われ続けることになるだろう。

あの宝条という男の粘着質さ(しつこさ)は、身を以て理解している。

 

に、と笑みを浮かべて、肩から滑り落ちた青い髪を払ったキャスターは、嬉々として声を上げた。

 

 

「今後の方針を決めるならば、さっさと戻った方が良い。

セフィロス、忠告してやろう。アンタの秘密主義にはもう付き合ってられん。

……今回ばかりは全て吐き出した方が身の為だ。

無理矢理吐かされる方がお好みならば、何も言わないがね」

 

「……仕方あるまい」

 

 

壊れた壁と窓、そして狙われたリツカ。それを考えるとセフィロスだけの問題ではなくなったと言えよう。

実害が出たのだ。カルデアとしても、黙ってはいられなくなる。

そうなれば、カルデアの英霊として召喚されたセフィロスも、協力せざる負えないだろう。

 

喉を震わせ嘲笑を浮かべたエミヤオルタに、セフィロスは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。