第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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番外編その①
前編:vs 施しの英雄
後編:動き出す鬼神


閑話
片時の交差①


軽やかな足音が、廊下を駆けていく。

柔らかな黒髪を、風に靡かせながら。

カルデアのマスターリツカは、今日も忙しなく施設内を走り回っていた。

 

 

「よお、マスター。そんなに急いでどうした?」

 

「キャスター!!良いところに!

ねえ、セフィロスを知らない?」

 

「あー。アイツなら、いつものトコだろ」

 

「もう!いつものトコが、いくつあると思っているのさ!」

 

「まあ、気紛れな奴だからなあ」

 

「キャスターには言われたくないと、思うよ」

 

 

進行方向から姿を現したのは、杖を抱えた青い髪の英霊であった。

リツカは探し人と仲の良い英霊を見つけたことで、声を弾ませた。

ちなみに仲が良いかどうかは、あくまでも彼目線から見ての話しである。

 

 

「そうさね。今日は天気も良い、きっと屋上にいるんじゃねえの?

トレーニングルームにはいなかったしな」

 

「そっか、ありがとう!行ってみるよ」

 

「おーっと。待て待て、俺も行く」

 

「キャスターも?」

 

「ああ、用があるんだ」

 

 

考えるように顎に手を当てたキャスターが、考えられる場所を告げる。

確かに今日は珍しく良く晴れた日である。

そして、探し人は空に近い場所を好むのを知っていた。

リツカは一つ頷くと、屋上への階段がある方へと足を向けようとしたが、がしりと肩を掴まれて呼び止められる。

思わず苦い顔で振り返ると、そこには企みを含んだ顔があった。

 

 

「構わないけど……。喧嘩しないでよ?」

 

「ははっ。そりゃ、その時の気分さね」

 

 

飄々と笑ったキャスターは、疑心を滲ませるリツカを促すと共に屋上へと上がった。

そして、重々しい鉄の扉を開け放つ。

常に暗い雪雲に遮光された空は、久しぶりにその瑞々しい青を露わにしていた。

カルデアに来る前は当たり前にあった、そのうつくしさを改めて心に焼き付ける。

暫くその青に見入っていたが、空よりも深い青を持つ英霊が、ふと息を零した音に我に返った。

 

 

「爽やかな蒼天には、合わねえなあ……アレ」

 

 

重厚な存在感が、静かに佇んでいた。

滑らかな銀髪を、風に遊ばせながら。

屋上に置かれた避雷設備の上に、リツカの探し人はいた。

 

キャスターの言葉に、思わず苦い笑いが零れる。

確かに透けるような空の下では、探し人の存在感が浮き彫りとなってしまっているのが、リツカにもわかった。

 

 

「さーて、どうすっかね。

俺は弓兵(アーチャー)でも槍兵(ランサー)でもねえ。

となれば……。方法は一つだな」

 

「え、ちょ、ちょっと待っ「ansuz(アンザス)!!」

 

 

リツカの制止など間に合う筈もなかった。

もし近くにあの銀の男がいれば、待てが出来ない犬か、と呆れていただろう。

いや、もしかしたら聞こえていて、心の中で呆れているのかもしれない。と想像できるくらい、リツカはかの男の性格を理解しつつあった。

 

ぽう、と浮かび上がった魔法陣とルーン文字が、キャスターの詠唱により炎を呼び出す。

それはとても良く見慣れたもので、とても頼りになる魔術であることは、何度も助けられているリツカは身を以て知っていた。しかし、それはあくまでも戦闘においての話だ。

放たれた炎の玉が、真っ直ぐに向かった先……それは。

 

 

「……」

 

「おっと!あっぶねえな」

 

「わっ、!」

 

 

銀の男は、振り向き様に居合の構えを取ると、向かって来た炎を切り裂いた。

二つに分かれた炎は空中で爆発し消失する。

しかし、それだけではない。

炎を裂いた斬撃波は止まることなく、むしろ勢いを増してキャスターへと迫った。

隣にいるリツカからすれば、完全なとばっちりである。

 

口では慌てた素振りをみせつつも、冷静にリツカを担ぎ上げたキャスターは、横へと飛び退く。

キャスターの髪を掠り、床を削ったそれは随分な手加減がなされていることが窺えた。

もし本気であったならば、施設が半分に分かれていた可能性だってあるのだ。

冷や汗を流したリツカを、心底愉快そうな顔をしたキャスターが地面へと下す。

リツカは不機嫌そうな顔で、キャスターを睨み上げた。

 

 

「……迷惑な奴だ」

 

「セフィロス……!」

 

 

重力を無視したように、リツカたちの前に飛来した銀の男が溜息を吐いた。

己の心を代弁した言葉に、リツカは深く頷く。

二人の反応を意に介した様子を微塵も感じさせないキャスターは、悪い笑みを浮かべて、セフィロスを見る。

 

 

「鴉を撃ち落とそうとしただけさね」

 

「……待ても出来ない、吠えるだけの犬に何ができる」

 

 

青い瞳を流して吐き捨てたセフィロスに、キャスターは笑みを浮かべていた唇を引き攣らせた。

同時に、どこからかぴきりと亀裂の入ったような音が聞こえた気がする。

瞳の色を変えたキャスターは、ゆっくりとセフィロスに近づく。

 

セフィロスがカルデアに来て日は浅いが、色々な意味で深い。

なので、リツカはこの先の展開の先が見えてしまっていた。

 

 

「そ、そうだ!……セフィロスに、用があったんだけど……!!」

 

「……」

 

 

慌てて二人の間に身を挟んだリツカに、セフィロスは手にした刀を納める。

キャスターは渋々といった様子で、身を引いた。

揃って向けられた青と赤の瞳に、仲が良いなら一々喧嘩しないで欲しいと、心の中で思うリツカを誰も咎めはしないだろう。

 

 

「データを、取らせて欲しいんだってさ」

 

「……散々取っただろう」

 

「今までのとは違って、……えーと、セフィロスの体は英霊と同じなんだから、強化は出来るんじゃないか、って」

 

「別に、必要性は感じないが」

 

「た、確かにそうだけどさ」

 

「良いじゃねえか、セフィロス。

中途半端な力なんざ、いざってとき役に立たねえからよ」

 

「……」

 

 

英霊の力を限界まで引き出すために、協力を惜しまないことも、マスターとしての役目だとリツカは思っていた。英霊が不自由なく力を揮うことは、リツカの、ひいてはカルデアのためになる。……という考えも出来るが、リツカの考えはそうではない。

 

人理修復を成し得た今も尚、リツカは自分を未熟者だと思っている。

魔術師とはいえない、一般の人間なのだ。

自分自身には戦う力はない。知識もない。

それならば、代わりとなってくれている英霊たちに、せめてもの出来ることをする。

それが、彼の信念でもあった。

 

リツカを導いてきた杖は充分にそれを知っていた。

だから、助太刀をしたのだ。

呆れるほどのお人好しであり、決して損得勘定だけでは動かない、人間としてのリツカを気に入っていたからである。

 

セフィロスは黙したまま、扉の方へと足を向ける。

その行動に慌てたリツカが制止の声を上げようとしたが、横から聞こえた笑い声に気を取られ言葉を飲み込んだ。

 

 

「……行こうぜ、何処でやるんだ?」

 

「え、えーと、談話室だったかな」

 

「ほう?医務室じゃねえんだな」

 

「データを取るだけだから、どこでも出来るみたい」

 

 

に、と笑ったキャスターに背中を押され、黒いコートの後に続く。

そうして、リツカはやっとセフィロスが無言の肯定をしたのだということに、気が付いた。

言葉足らず、とは誰が言ったか。確かにそうだな、とリツカは微笑みを浮かべながら心の中で同意した。

 

 

 

***

 

 

 

上品な深い紅の絨毯が敷き詰められ、少し照度の落された部屋は、落ち着いたBarのような雰囲気を醸し出している。

高い天井から下がるシャンデリアの、カットされた宝石の光が至る所に散らばっていた。

どうやらセフィロスが来ることを察していたらしい。

揃えられた器具を手にしたドクターが、ふわりと微笑んだ。

 

 

「ああ、良かった!!来てくれたんだね」

 

「……随分、便利な眼だな」

 

 

準備満タン、といった様子で満面の笑みを浮かべるドクターは、セフィロスの呟きにも、にこりと笑うだけであった。

リツカと何故か付いてきたキャスターも、その様子に苦笑いを浮かべつつ、ソファーへと腰を下ろす。

部屋の雰囲気に似合いの革製のソファーは、王様たちが拘っただけあって、柔らかく体を包み込んだ。

ぼふりと沈む体に、リラックスしながら、リツカはセフィロスの様子をのんびりと見ることにした。

 

 

「さあ、はじめようか。リツカ君から聞いたかい?」

 

「ああ」

 

「なら話が早いね。今回はすぐに終わるさ」

 

 

英霊のように強化出来るか否か、それだけの検査ならば簡易的な装置で行えるらしい。

手袋を外すようにだけ指示をされたセフィロスは、常に装着している手袋を外す。

そうして、ソファーに座ったセフィロスは、ふと扉の方に視線を向けた。

 

一拍置かずに開け放たれた扉から、飛び込んで来た影は、迷うことなくセフィロスの方へと走り出した。

 

 

「おにいちゃん!!」

 

「……」

 

 

たたた、という助走を付けて床を蹴った軽い体を受け止めることなど、容易いことだ。

何故この英霊にこんなにも懐かれているのか、セフィロスはただ溜息を零す。

膝の上に座った英霊…ジャック・ザ・リッパーは、アサシンとしては成熟している。

殺人を行うための、術も、知識も、充分に兼ね備えているのだ。

しかし、ジャックという一つの体に収まっているのは、数多の哀しい子供たちである。

故に、子供の純粋さ、残酷さ、好奇心旺盛さを持つと共に、産まれざるものたちの、願望と怨念を抱えているのだ。

非常にアンバランスで、危うい存在ともいえよう。

 

恥ずかしがりという一面も持っているため、昼間はあまり出歩こうとしないジャックが姿を見せたことに、リツカは驚きを隠せなかった。

 

 

「おいおい、そんな朴念仁が兄貴じゃつまんねえだろ」

 

「そんなことないもん!!おにいちゃんに、意地悪するならバラバラにしちゃうからね」

 

 

べ、と赤い舌を見せてキャスターを睨むと、セフィロスへと凭れる。

ダヴィンチが言ったように、揃いの銀髪と少し似たような瞳の色とを見ていると、兄妹のようにも親子のようにも見えてしまう。

くすくすと、笑みを零しながらも測定器をセットしたドクターは、柔らかな眼差をジャックに向けた。

 

 

「ジャック。少しおにいちゃんは検査があるから、おかあさんのところに行ってくれるかな?」

 

「いや。私たち、おにいちゃんが良い」

 

 

ぐさり、と言葉の刃はリツカへと刺さった。

途端に堪える気もなかったであろう笑い声が、隣の青い英霊から上がる。

身を返したジャックは、ぎゅ、とセフィロスの腰へと抱き着いた。

相手が幼子なだけに、対処が思い付かないセフィロスは、もう一度深い溜息を零す。

 

 

「……好きにさせておけ」

 

「ほう、随分優しいじゃねえかオニイチャン?」

 

「……切るぞ」

 

「やれるモンならな?」

 

 

セフィロスは、子供と接したことが殆どなかった。

あるとすれば、実験体として選ばれ、用済みとなった子供たちの処理の時だけである。

それにあの宝条は、生物の倫理を犯した研究も行っていた。

実験体の一人であるセフィロスは、成功した作品だ。逆を言えばその裏には、数多の失敗作がある。

 

ジャックという英霊はセフィロスに、何かを感じているのかもしれない。

そして、セフィロスがジャックを強く拒絶出来ない理由も、そこにあるのだろう。

 

緩やかに弧を描いた唇とは、似合わない赤い瞳が、じっとセフィロスを見据える。

それに気付かない振りをしながら、セフィロスは、検査のためにドクターへと手を差し出した。

 

 

「ふむ、……」

 

「もう結果がわかるの?」

 

「ふふ、あの天才(ダ・ヴィンチ)が作った検査器具だからね。

手を翳すだけである程度ならわかるのさ」

 

 

ピピという軽い音を立てた機械に、表示された数値を読み取ったドクターは眉を顰めた。

そこに表示されていたのは、やはり今までの英霊たちとは異なるものであったのだ。

その顔を見たリツカは、不思議そうに声を上げる。

表情を明るいものへと戻したドクターは、にこりと笑いそれに答えた。

 

 

「結果的に言うと、セフィロスを強化するのは……可能だと思う」

 

「え、ほんと……?」

 

「ああ、だが……今は、無理だ。

必要となる素材の割り出しと、……まあ、色々と必要になるからね」

 

 

目を輝かせたリツカは、セフィロスの方へと視線を移す。

そこには、相変わらずジャックに懐かれている姿があった。

そして、どうやらセフィロスの髪が気に入ったらしい。

ジャックは、流れ落ちる銀の糸を三つ編みをするように、弄っている。

暗器を器用に繰る手は、狂いなく均等に編み込みを続けており、ジャックの目も真剣そのものであった。

もしこの場にナーサリーライムなどがいたら、更に盛り上がっていただろう。

 

以前に餌食になったことがある、キャスターが遠い目をしているのを、リツカは見逃さなかった。

 

 

「アレ、中々解くの大変なんだよなあ」

 

「……セフィロスの髪も長いものね」

 

 

この後、ジャックがセフィロスにお揃いにして欲しいと、散々強請った為に、もうひと騒動起きることになったのだが、それはまた別の話としよう。

 

 

 

 

セフィロスの検査が終わった頃には、ジャックはすっかり眠りに就いていた。

人懐っこく見えて警戒心の強い英霊は、人前で寝ることはしない。

ドクターに生暖かい目で見られつつも、セフィロスはジャックをリツカに預けた。

しっかりと握られた手を離させるのは、とても苦労したが。

 

何か用があるらしいドクターにキャスターが応じている姿を横目に、談話室を出る。

呼び止められた気もしなくはないが、キャスターからの用件など想像に容易いのだ。

 

さっさと自室へ戻ってしまおうと、廊下を歩いていると、カルデアに来たばかりの頃とは違う友好的な眼がセフィロスを見た。擦れ違う英霊たちに軽く声を掛けられるが、好戦的なものはいなかったので、何事もなく済んだ。

 

 

「片翼の男よ」

 

 

良く、通る声がセフィロスを呼び止めた。

窓から射す太陽の光を纏いそこに佇む英霊に、セフィロスは目を細める。

それが、賢王(ギルガメッシュ)とも違う高位の存在であることを察した。

『静』であり『動』でもある、天秤のような男だと、英霊の瞳を見る。

 

 

「……ランサー。真名……カルナという」

 

「……そうか。施しの、英雄か」

 

 

細身の体に金の鎧を纏い、胸元には赤い石が埋め込まれている。

施しの英雄カルナは、ただその目で、セフィロスを見ていた。

 

 

「お前も、苦しみ足掻く者か。

しかしそれは、本当にお前が背負うものなのか?」

 

「……何を、言っている」

 

「気付いているのだろう。しかし、見ぬ振りをしている。

だがそれを背負う故にお前は、お前なのだろうな」

 

「……」

 

「俺は、その瞳を知っている。だからこそお前の前にいる。

審判者を気取るつもりはないが、その瞳を持つものの末を知るものとして、

お前がそれに耐え切れる男かを見定めさせてもらいたい」

 

 

万人に対して平等であり、万人を『それぞれの花』として敬うカルナは、優れた人格者でもある。

その生い立ちは華々しいものではない。

母に捨てられ、身分制度に苦しめられ、優れた才能や知能を有していながらも苦難を辿ったカルナは、それでも尚、誰も憎むことはしなかった。

苦難の中で様々な人間を見てきたからこそ、気付いたのかもしれない。

神さえも認めた高潔な精神を映し出す、瞳は、セフィロスの抱えるものを見透かしたのだろうか。

迷いなく紡がれるそれは、純粋な疑問と確信だけを含んだ言葉であった。

 

カルナは、探る者でもなんでもない。

ただその在り様を問う者であった。

 

ふと、息を吐いたセフィロスは、自室へと向けていた足を反した。

それを察したカルナは、それ以上言葉を発することなく、セフィロスと共にトレーニングルームへと赴いたのである。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアに召喚されてから日は浅いが、その中で大半の時間を過ごしたトレーニングルームに訪れるのは、もう何度目であろうか。その中で、様々な英霊と剣を合わせて来たが、今回は特に厄介だろう。

スカサハと同じか、もしくは……。結果として、セフィロスの考えは当たっていた。

 

神をも殺すという雷の槍は、盾や城壁などの物理的なものや魔術などのバリアなどを含めた、防御という概念、いや『存在』すらも燃やし尽くし、無へと還す。

その大槍を流れるように操る技量は、破格の大英雄故のものであろう。

正確無比にして神速を誇る刺突は瞬く間に急所を穿ち、太陽神としての性質も兼ね備えるカルナから放たれる劫火は、まさに太陽の如く地上を焼き尽くす力を持つ。

そしてこの炎を翼のように広げ、噴射することで驚異的な飛行能力も得られるのだ。その速さはジャンボジェットを凌ぐというのだから、並大抵の敵では空中戦でも勝ち目はないだろう。

まさに、桁外れの戦闘力を誇る英霊であった。

 

このカルナの最大の武器は『意志の強さ』にある。

腕を切られようが、臓器を抉られようが、彼が膝を付けることはあり得ない。

どのような致命傷でも、カルナにとってはその限りではないのだ。

 

 

「……っ」

 

「なるほど……数多の英霊たちが、お前と剣を合わせたがる理由は解した。

そしてそれをお前が拒まない理由も、な」

 

 

敏捷はカルナの方が上回っていた。

傷を負うことは避けられたが、攻撃を繰り出す速度の差でどうしても押されてしまう。

そして、これは肉体のみの戦いではない。精神の強さも試されているのだ。

セフィロスは剣を振るうと、同時に召喚魔法を発動させる。

 

 

「ダイアモンドダスト、シヴァ」

 

 

青い光を帯びた魔法陣が浮かび上がり、セフィロスの詠唱に応じるように姿を現したのは氷を司る女神であった。

その名に相応しい美貌と肢体は、神でさえも魅了する。

優雅に微笑みを浮かべた女神は、氷を纏い万物を凍らせる息吹を放つ。

 

太陽神の加護を受けたカルナの炎を掻き消し、凍てつく世界を造り上げた女神は、ふわりと消え去った。

そして止まった世界に、新たな斬撃が刻まれる。

氷に阻まれ、全体的な攻撃速度が低下したカルナに、セフィロスの重い一撃が与えられた。

 

 

「ぐ……っ!」

 

「絶望するがいい」

 

 

再び放たれた炎に、音を立てて氷が崩れる。

カルナ相手では、足止め程度の効力しかないことはわかっていたので、出来た隙を狙い次々と術を放つ。

刀に纏わせた魔力を振り下ろすと、たちまちその魔力は、闇となりカルナの体力と魔力を根こそぎ奪う。

しかし、クーフーリンオルタすら膝を付いたその攻撃に耐えたカルナは、その槍でセフィロスの追撃を受け止めた。

 

 

「さあ、玩具の槍は片付けろ」

 

「出直すがいい」

 

 

それは、様子見から本気へと切り替わった瞬間である。

燃え盛る炎を出現させたカルナは、ふと微笑む。

セフィロスという男の、本質をこの短い戦いで掴んだのだ。

そしてその在り様を彼は静かに、受け入れた。

 

その笑みをなんと捉えたのか。

目を伏せたセフィロスの、背中から現れた黒き片翼が空へと伸びる。

 

お互いに、小手先だけの攻撃など通用しない体であった。

そして……致命傷だけでは、物足りない体であった。

だからこそ、存分に力を揮えるというもの。

互いは互いに、それを感じ取っていた。

 

床を蹴り上げたのは、ほぼ同時。

そして、槍と剣が交差する、その瞬間。

 

 

「おい、……誰の許可を得て、戦っている?」

 

「ちいと頭に血が上り過ぎだぜ、お二人さん」

 

 

カルナの槍が棘の槍に阻まれ、朱の槍がセフィロスの剣が受け止めた。

施設ごとぶっ飛ばす気かよ。と呆れた顔をしたランサーに、セフィロスは剣を下ろす。

加減して戦っていたつもりであったが、どうやら言われた通りであったらしい。

続いて槍を下ろしたカルナは、いつの間にか冷静さを欠いていた己に気が付いた。

 

 

「……そうか、そうか。すまない、オレは……オレを、忘れていた。

ふむ、不思議な気分だ。セフィロス。お前はどうやら英霊(オレたち)を縛る宿婀を忘れさせる力があるようだ。

だからこそオレは何もかもを忘れてただ、戦士(クシャトリア)として戦おうとした。

ああ、そうか……。お前たちも、そうなのだろう?」

 

「ははっ、相変わらず小難しく考える奴だな。

俺はこいつと戦いたいから、戦った。それだけさ」

 

 

心地の良い気分だ、とカルナは言った。

彼は全て偽りなくただそれを受け入れる、気高き者である。

しかし、その心は消化しきれないものに雁字搦めに縛り付けられていた。

生前、血の繋がった兄弟との敵対をはじめ、様々な悲劇を背負い、真価を発揮することが出来ずに命を落とした英雄は、英霊となった今も、それを背負っていた。

 

しかし、身の丈を優に超す剣と己の槍が交わう度に、それが昇華されていくような気がした。

一時的なものであったとしても、その心地良さは、尚胸に残っていた。

 

 

「……今度は、もっと広い場所で。そうだな、遮るものが何一つない広大な大地のもとで、お前と打ち合おう。

その大いなる意志も力も、偽りのものではない。

俺が打ち倒す価値のあるものだ」

 

 

微かな微笑みを浮かべたカルナは、セフィロスたちに背を向けると、静かにトレーニングルームを出て行った。

元々カルナが知りたかったのは、セフィロスの剣ではないのだろう。

 

顕現させた剣を納めようとした所で、不意に横から感じたそれを弾く。

 

 

「不完全燃焼、って面してんじゃねえか」

 

「……」

 

 

にい、と笑みを浮かべたクーフーリンオルタに、セフィロスは溜息を吐く。

ぎらりと光る赤い瞳が四つ、闘志を纏う槍が二本、突き付けられた。

 

 

 

***

 

 

 

「あれ?セフィロスは?」

 

「あの野郎……っ、逃げやがって」

 

 

リツカ達がセフィロスの自室へと訪れると、そこはもぬけの殻であった。

リツカからの、そしてキャスターからの話はまだ残っていて、彼らはまたセフィロスを探す羽目になったのだが、今度も足取りが掴めない。

 

 

「……また、捕まってんのかなあ」

 

「そうだと思うぜ?となるとトレーニングルームだろ」

 

 

好戦的な英霊と顔を合わせればまず、絡まれる特性を持っている銀を頭で描いたリツカは、キャスターと一緒に踵を返す。そう言った意味では、今一番忙しい男であろうと苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「マスター」

 

 

 

 

 

不意に後ろから聞こえた、その声にリツカは思いっきり肩を跳ねさせた。

淑やかで落ち着いた声は、とてもうつくしい音色だが、その反面を考えると聞き惚れてもいられないのだ。

恐る恐る振り返ったリツカは、いつからだかそこにいた英霊に、引き攣る唇を何とか動かす。

 

 

「……頼光、ど、どうしたの?」

 

「ふふ……少しお話がありましてね。

今宜しいですか?」

 

「うん、良いよ」

 

 

紫を基調とした衣に、艶やかな黒髪を垂らした優美な女性の英霊は、穏やかに笑んだ。

頼光と呼ばれたこの英霊、こう見えてもバーサーカークラスに属する強者である。

彼女は『懐に入れたもの』を『愛する』母性の強い女性であった。

しかし、それは息子と思い入れたものに対する、異常なる愛でもある。

マスターリツカも、その枠内に入れられそうになったところを、ぎりぎり踏み止まってもらっている状態でもある。

見識にあふれた良識人にも見えるが、一度暴走すれば、息子(いとしいもの)のためならば、世界を敵に回すという、ぶっ飛んだ考えの持ち主でもあった。

 

うっとりとした彼女の顔を見たリツカは、何故だか嫌な予感に苛まれたのである。

 

 

「あの、うつくしい銀髪の(かた)は……セフィロスというのですね?」

 

「え、あ……うん」

 

「そう……。セフィロス……。

ああ、なんと悲しい目をしているのでしょう!

あの(かた)のあの瞳を見た時から……(わたし)は、いてもたってもいられないのです!!

ええ、ええ。マスター、きっとあの(かた)は、さみしいのですわ。

(わたし)には良くわかるのです。

ですから……申し訳ありません。少しだけ、マスターの傍を離れることをお許し下さいませ」

 

「え、え…、えええ!!ちょ、ちょっと、頼光!!待って!!

それはまずいって、もういない!!」

 

 

手を胸の前でぎゅと組んだ頼光に、目を見開いたリツカは唖然として言葉を失くした。

はっと我に返り慌てて叫ぶものの、流石バーサーカークラス。思い込んだら一直線である。

顔を青白くしたリツカは、体中に冷や汗が流れるのが分かった。

 

 

「ど、どうしよう……キャスター!!」

 

「……やべえな」

 

 

様々な英霊に喧嘩を吹っ掛けられるセフィロスに、もしあの頼光が付き纏ったら、色々な意味でカルデアは崩壊するであろう。そして、そろそろセフィロスの胃に穴が開くであろう。

キャスターすらも、唇を引き攣らせたこの事態が、更に大きくなっていくことになるのだが……。

 

遠くで聞こえた聞き慣れた悲鳴に、リツカは遠い目をするしか出来なかった。

 

 

 

 

 

*終わり*


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