第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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第1章:女神の贈り物
2-1 カルデアにて①


深く沈む意識の中で、何となくそれが夢だとわかっていた。

こぽり、と零れる気泡に、自分が水の中にいることを理解する。

 

水面の方から淡い光が差し込む。

何故だか、泣きたくなるほどに優しい光景であった。

優しい緑と青を混ぜたような水の中に、誰かの優しさと寂しさと、悲しさが溶けているような、そんな気がした。

 

ふと、何かの気配を感じた。でも体は動かない。

辛うじて目を動かして、周囲を窺ってみることにする。

しかし、何もいない。

そんな自分に気付いたように、くすくすと女性の鈴を転がしたような笑い声が聞こえて来た。

 

 

『古代種の民、星より生まれ 星と語り 星を開く。

 

古代種の民、約束の地へ帰る。 

 

至上の幸福、星が与えし定めの地』

 

 

歌うように囁かれた言葉は、水の中とは思えないほど明瞭であった。

古代種、古代種とは何であったか。最近良く耳にする言葉であることは憶えているが。

揺り篭の中にいるような意識では、上手く思考を回すことは出来なかった。

 

 

『……あなたに これを わたしましょう

 

あなたが【善】であるかぎり あのひとが【あのひと】であるかぎり

 

きっと うんめいをきりひらく ひかりと なるでしょう』

 

 

ぱあ、と強い光の塊が形を成して、ゆっくりと降りて来る。

きらきらと輝く光の玉は、息を呑むうつくしさと力を秘めているように思えた。

胸の前までに降りたそれに、誘われるように手を伸ばす。

指先がそれに触れた、その瞬間弾け飛んだ光に包まれる。

同時に、ゆっくりと瞼が下りていくのを感じた。

 

遠退く意識の中で、優しい緑の光を見た気がした。

 

 

 

 

 

ぱ、と開けた視界に広がるのは、もうすっかり見慣れてしまった自室であった。

勢い良く起き上がると、自分のものではない私物が散乱した部屋を見渡して、そっと息を吐く。

あの場所が、何処かの神聖なる場所であることは、今までの経験上から想像が付いた。

澄み切った空気に、包み込むような優しさに溢れた水の中を思い起こして、願わくばもう一度訪れたいと思ってしまう。

 

 

「……そう、いえば……」

 

 

最後に受け取ったものは、なんだったのだろう。

そう首を傾げたリツカは、枕元に何か丸いものが置いてあるのを見つけた。

掌に収まるサイズの、水晶のようにつるりとしたそれは、澄んだ水色をしている。

 

朝日に照らされて、うつくしく輝くそれが、外見とは裏腹に眩暈がするほどの濃厚な魔力に溢れているのを、リツカは感じ取った。

 

 

「古代種、……そういえば、古代種って、」

 

 

ぼんやりとそれを見つめながらリツカは、夢で見た光景をもう一度頭に描く。

そうしてあの声の主に言われたことを思い出して、今更ながらぴんと来たのだ。

ならばとるべき行動は決まっている、とすっかり目が覚めてしまったリツカは、立ち上がると素早い動きで身支度を整えた。

そんなに早く出来るなら、普段からして下さい!という菫の少女の声が聞こえた気がするが、思い立ったらすぐ行動するタイプのリツカには、届かない。

 

慌ただしく部屋を飛び出たリツカは、一直線にとある方向へと足を向けたのである。

 

 

 

「セフィロス!!」

 

 

 

ちなみに、現在の時刻は日の出前である。

紺碧の空にじわりと曙が差してきた、まだまだ人の目覚めには早い時間であろう。

このカルデアにいる人間も英霊も含めて、規則正しい生活を送っているのは一握りであるが、静まり返った廊下にリツカの足音は大きく響いた。

 

何度か訪れている部屋は、基本的に鍵は掛かっていないのを知っている。

なので、ボタンを押すと直ぐに開かれた扉に、躊躇せずに中へと踏み込んだ。

 

 

「……」

 

 

オンとオフをきっちりとわけるらしいセフィロスという男は、普段のコート姿とは異なり、随分とラフな服装をしていた。備え付けられたテーブルの上には、何かの分厚い本が山積みとなっている。

その一冊を手にしていることから、セフィロスが今まで読書に明け暮れていたことが窺えた。

 

リツカの訪れは、足音と気配で察していたのだろう。

艶やかな長い銀を垂らし、その青を静かに向けたセフィロスに、リツカは入って来た勢いの儘に向かいのソファーに腰を下ろした。……のだが、ぐえ、という潰れたような声と共に、ソファーとは異なる感覚を感じたリツカは目を瞬かせる。

 

 

「あれ、キャスター?」

 

「『あれ、キャスター?』じゃねえだろ!!

相変わらず向こう見ずって言うか……状況判断能力っつーのも大事なんだぜ、マスター」

 

「……少なくとも、お前には言われたくないだろうな」

 

 

よっと体を起こしたキャスターは、どうやらソファーで寝ていたらしい。

それに全くと言って良い程気付かずに、彼の腹の上に腰を下ろしてしまったようである。

手にしていた本を閉じたセフィロスは、ぶつぶつと文句を言うキャスターに冷ややかな視線を送った。

 

 

「げ、まだこんな時間じゃねえか!どうかしたか、マスター?

あんたがこんな時間に起きるなんざ……また人理でも崩壊したかね」

 

「さりげなく失礼だよね。うん、もう慣れたけど」

 

 

起き上がったキャスターの隣に改めて座り直したリツカは、ふと首を傾げた。

 

 

「それにしても、何でキャスターがいるの?」

 

「あん?おべんきょーに付き合ってやってんのさ」

 

「……頼んだ覚えはないがな」

 

「勉強?」

 

「セフィロスの扱う魔術を見たことはあるかい?」

 

「うん、何度か」

 

「ならわかるだろう?

こいつの使う術は、俺たちのとは少し違う。

まあ、違う世界の術ってんなら、当然かもしれねえが……な」

 

「……そう、なんだ。俺、気付かなかったけど」

 

「ははっ、そりゃ経験ってモンさ。

この世界にいる限りは、程度は異なってもこの世界の理に縛られる。

だから一から教えてやってんだよ」

 

 

この俺が直々にな、と快活に笑ったキャスターに、セフィロスは再度頼んだ覚えはないと溜息を吐いた。

クーフーリンという名を冠した英霊たちは皆揃って、面倒見が良い傾向にあるので、それについては不思議はない。素っ気ない態度を示すセフィロスが、他人との交流を拒みはしないことも、リツカは知っていた。

そうして、キャスターをはじめとした英霊たちによって、少しずつカルデアに馴染んできているのも、そういうことには敏いリツカは気付いていた。

 

無意識に緩んでしまった口元に、呆れた顔をしたセフィロスが口を開く。

 

 

「…それで、何用だ?」

 

「え、ああ!!忘れてた!」

 

 

は、とした表情を見せたリツカは、枕元にあったそれをポケットから取り出す。

つるりとしたそれが、柔らかな光を放った。

 

 

「……これは、…また…随分、どえらいモンだな。

マスター、これどうしたんだい?」

 

「それが、……良くわからないんだけど……」

 

 

リツカの掌に乗せられたそれを見て、キャスターが目を見開いた。

そして同時に、自らの額に手を当てる。

あまりにも濃厚な魔力は、キャスタークラスの彼にとっては毒にも等しい。

呑まれてしまいそうな感覚に、ぐと唇を噛み締めると、小さく息を吐いた。

その様子を心配げに見たリツカは、促されるがままに、見た夢について説明をした。

 

 

「……何かの前触れかもな。

悪いモンじゃねえのは、わかるが……。

なあ、セフィロス。お前さんはどう思う?」

 

「……」

 

「せ、セフィロス?」

 

 

キャスターの問い掛けに、リツカはセフィロスの方へと視線を移した。

すると、セフィロスの青い瞳は、じいとリツカの掌の上を見ていた。

恐る恐るリツカが声を駆けると、青い瞳は一度閉ざされる。

 

 

「……それは『白のマテリア』、星を害するものから守るためにつくられたもの」

 

「星、を……?」

 

「……」

 

 

ソファーに凭れて天井を仰いだセフィロスは、何かを想うように瞳を細めた。

 

 

「かつて、侵略者から星を守るために編み出した魔法……。

究極の防御魔法を、発動させるものだ。

その中には大いなる守りの術式が描かれている。

そして……星を守るために命を落としたものたちの、魔力が詰め込まれている」

 

「……そ、そんなものが、何で……?」

 

「詳しいことは、わからない。

お前が見た夢に……何かが、あるのかもな」

 

「……何処かもわからないんだ。

ただ水の中で、女の人の声が聞こえて……」

 

「ふむ、……流石に、それだけじゃわからねえな」

 

「だよねえ……。でも、なんか……広い、湖……いや、違う、洞窟……?」

 

 

うーんと思い出すように夢の記憶を巡らせるリツカが、ぶつぶつと呟く。

キャスターは、うつくしく輝くそれとセフィロスの様子を交互に見て、ゆるりとその赤い瞳を細めた。

 

 

「……それはお前が持っていると良い」

 

「でも、これって」

 

「揺るぎなき『善』であるお前が持っていた方が……良いだろう」

 

 

布でも捲いておけ、と言ったセフィロスが、それ以上何も言うことはなかった。

確かにこのままだと、何かと目立つし、傷ついてしまいそうだと、手にした『白のマテリア』を見て頷く。

 

 

「布、ねえ……。なんかあったかね。

おっと、これなんかどうだい?」

 

「……キャスター、これって」

 

「おいおい、そんな目で見んじゃねえ!

俺のじゃねえって。メイヴのヤツがよ、押し付けて来たんだ」

 

「そ、そう……」

 

 

何処から出したのか、キャスターの手に握られたのは淡いピンク色の布であった。

元々はリボンとして用いる為に用意したらしいが、彼女の髪の色と同系色のそれは見事保護色となってしまったために、手放したということらしい。

色んなモンを何も考えずに衝動買いするからだ、とうんざりとした顔で吐き捨てたキャスターに、リツカは苦笑いを零す。相変わらず苦労をしているようだ。

 

彼女にしては、ピンクという色の中でも、落ち着いた上品な色味のものだなと思いながらも、リツカは光の玉に布を巻いた。

 

 

「まあ、持ち主は混沌・悪の気を持ってはいるが……。

それだけの力があるんなら、問題ねえだろ」

 

 

軽くなったぜ、と笑うキャスターに、処分に困ったものを押し付けられただけじゃ……とリツカは呆れる。

だが、これで持ち歩くにしても傷付くことはないだろうと、いつも持ち歩いているポーチにそれを入れた。

 

 

「……」

 

 

セフィロスはただ黙したまま、ピンクのリボンに巻かれたそれを、見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「マテリア、って言ったな。

この前お前さんから預かったこいつと同じものか?」

 

「……預けた憶えはないが?」

 

 

朝から会議があるんだ、とさっぱりとした顔で去って行ったリツカを見送った。

そして、先程から何かを言いたげな顔をしていたキャスターが、赤い瞳を光らせてセフィロスを見る。

キャスターが懐から出したのは、以前に見せたマテリアの一つである。

炎系極大魔法が込められたそれが見当たらないとは思っていたが、予想通りであったらしい。

 

 

「あれは、特別なものだ。

発動させることが出来るのは、古代種のみ」

 

「ほう、それじゃ……お前さんが持っていた方が良いんじゃねえか?」

 

「……今は、まだその時ではない」

 

 

目を伏せたセフィロスの様子から、それ以上を語るつもりはないらしいと察したキャスターは、掌の上に転がる、色合いの異なるマテリアを見た。

赤を煮詰めたような、深く暗い深紅の球体の中に秘められた魔力は、心地良く思える。

しかし、先程のマテリアは違った。拒絶をされていたのか、はたまた相性の問題であろうか、と考えを巡らせる。

 

 

「……気に入ったのなら、好きにすると良い」

 

「あ?良いのかよ?」

 

「俺には、必要のないものだ」

 

 

つるりとした球体に、薄らとキャスターの顔が映る。

物欲しそうに見た憶えはないが、持ち主がそういうのならば、断る理由はない。

良い研究材料でもあるし、これを扱えるようになれば、自分の魔術も成長させることが出来るだろう。

 

 

「それは、地獄の火炎を呼ぶもの。

善悪問わず焼き尽くす灼熱の王の、炎。

……使いこなせなければ、その身ごと消し炭となるだろうな」

 

 

淡々と告げられた言葉に、キャスターはその口角を上げる。

セフィロスからすれば事実を述べただけなのだが、どうやら彼のスイッチを押してしまったらしい。

 

 

「上等じゃねえか」

 

 

早速試そうぜと立ち上がったキャスターから、セフィロスは視線を反らしたが、ささやかな抵抗に過ぎなかったようである。

 

 

「さて、セフィロス。お前さん授業料ぐらい払うよな?」

 

「……ただの押し売りだろう」

 

 

本を押し付けて寝てただけだろうに、と呆れた顔で息を吐いたセフィロスだが、爛々と輝く瞳に何を言っても無駄だということは学習済みである。

仕方なく立ち上がったセフィロスに、笑みを深めたキャスターは、揃って部屋を出たのであった。

 

 

 

***

 

 

 

灼熱の炎が肌を溶かし、満ちた熱が喉を焼く。

じりじりと焼けていく青の衣を脱ぎ捨てたキャスターは、滴る汗をそのままに握る杖に意識を集中する。

マテリアを発動させたキャスターは、炎を司る神の声を聞いた。

 

 

『異界の魔術師が、我が炎を求むとは……面白い!!

その力、我に示すが良い……!!』

 

「暑苦しいのは、苦手なんだよなあ……。

ま、此処は腕の見せ所ってやつかね」

 

 

キャスターがスカサハより授けられたルーン魔術は、神に由来する高位なものである。

それを自在に繰るキャスターの魔力や知識、技も、それに相当するものだ。

しかし、今発動しているものは、異界の神に由来するもので、縁も所縁もない力なのである。

普通の魔術師であれば瞬く間に骨の髄まで溶かされていたであろう、地獄の炎に耐え、魔力を交わそうと踏ん張るキャスターの精神力と体力は、流石であるといえよう。

 

基本的に自然の力を借りる為には、神々に力を示さなければならない。

神々の性格により条件は異なるものの、その中でも特に炎を司る神は荒々しく攻撃的で、力を好むのだ。

簡単に言ってしまうと、力で捻じ伏せれば良い。

単純明快で、このクーフーリンという英霊の気質に合っているだろうと、トレーニングルームの壁に寄り掛かったまま様子を見るセフィロスは考えていた。

 

 

「……っ、はっ……あっちぃ、な、」

 

 

ぼたり、と汗が落ちる。

これはあの炎神の試練の、はじまりに過ぎなかった。

炎神は気に入ったものにしか試練を課さないのだ。

それを考えると、キャスターの魔力と気質は、認められたらしい。

 

地獄の業火により、体の内側から焼かれているような熱と痛みが、キャスターを蝕む。

それでも尚、立ち続けるその瞳ははっきりとした意志の光が宿っていた。

 

 

「……」

 

 

赤黒い炎に囲まれながら赤い魔方陣の上に立ち続ける姿に、セフィロスは目を細める。

どうやら、しぶといだけの男ではないようだ。

半神であり、太陽神の血を引くクーフーリンにとって、地獄からの炎は真逆の性質のものであろう。

それを自らの魔力で浄化(へんかん)し、自らの炎と成す。

そうすれば、この世界の者であっても存分にその力を揮うことが出来よう。

 

異世界の炎神とキャスターの魔力がぶつかり合う。

少しでも力を抜いた瞬間、地獄の業火が襲い来ることはわかっていた。

限界まで擦り減らされ、段々と意識すらも曖昧になっていく。

そして、杖を手放しそうになった、その時。

 

不意に、身を焼いていた熱気が鎮まった。

どうやら認められたらしい、と燃え盛る炎が体に馴染んだのを感じ思わず安堵が零れる。

同時に、ずるりと足が滑り体が前に倒れた。

限界を突破し、すっかりカラになった魔力と体力では、己の身すら支えきれない。

 

目の前に迫った地面が、ぴたりと止まる。

視界に入った銀と黒を最後に、キャスターの意識は完全に絶えた。

 

 

「……馬鹿な男だ」

 

 

異界のものを受け入れ自らの力としようと考えるとは、どこまでも恐れを知らない英霊である。

そう考えると、あのマスターもカルデアにいる英霊たちも似たようなものであるが。

崩れ落ちた体を受け止めたセフィロスは、発火したように熱を持つ体に眉を顰める。

長時間地獄の熱に耐えたのだ。ダメージは大きいだろう。

 

落ちた杖を拾い、キャスターを担ぎ上げると、セフィロスはトレーニングルームを出た。

 

 

「……おや?お主は」

 

 

部屋を出たセフィロスは、正面から現れた英霊にそう声を掛けられた。

紫を基調としたドレスを纏う英霊の形は見覚えのあるものだが、中身は異なるらしい。

そして、それが神に名を連ねるものであることは、予想が付いた。

 

 

「私は神霊スカサハ=スカディ。

北欧の古き神々の花嫁にして、かつて女王であった異聞帯サーヴァントである」

 

「氷雪の女王、か……。中々良いタイミングだ」

 

「ん?なんぞ、火神の気配がするな。

……いや、これは異なるものか。ふむ……私とは相容れぬものだ」

 

 

赤みの強い紫の髪を揺らし、セフィロスを見上げたスカディがゆるりと瞳を細める。

かのスカサハに似た形をした、スカディの性質は、全ての命を愛する自然の神々のそれであった。

脆く儚い人間には、神の愛が必要だと考える彼女の心は、慈悲に溢れた母性に満ちている。

それ故に、だろうか。彼女の生命に対する扱い方は「殺す」か「愛す」かの二択しかない。

敵と見定めれば氷雪を以て滅殺し、愛すると決めれば慈愛を以て愛し抜くのだ。

 

 

「……一つ、頼みたい」

 

「ほう?かつて神々の女王であった私に、願いとな?」

 

「神々の麗しい花嫁よ、慈悲を」

 

 

慈悲深くも無慈悲な自然を司る神を前にしても、セフィロスは揺らぐことはなかった。

頭を垂れることなく放たれた言葉に、スカディは眉を寄せる。

 

 

「……ふむ、…ふむ。

私は神々の花嫁であり、生きとし生けるものの母である。

良かろう。この麗しき女神が、お前の願いを叶えよう」

 

 

氷を思わせる瞳を、じいとみたスカディは一つ頷いた。

彼女が守る大地を想わせる瞳を、無下には出来なかったのだ。

スカディはその神の双眸で、セフィロスの中に、澄み切った透明の氷と吹雪く風、そして静寂に閉ざされた世界を見た。

 

 

「その代わり、お前は今後一切その瞳を曇らせることは許さぬ。

その瞳は、我が守護せし雪の大地の一部。

それを穢すことは、私に対する宣戦布告(ぼうとく)に値する。

良いな?……絶対だぞ?」

 

 

毅然とした凛々しさを浮かべていた瞳が、慈悲に満ちた暖かなそれに変わる。

どうやら彼女の庇護に値するものとして、認識されたらしい。

セフィロスの応答も待たずに、スカディは手にした杖を揮う。

 

すると、発熱でぐったりとしていたキャスターがたちまち氷に覆われた。

 

 

「火神の炎を受けし体には、これくらいが丁度良いだろう」

 

 

直ぐに飛び起きるだろうよ、とスカディは満足げに笑った。

燻っていた熱気がすっかり冷気に変わっているので、若干やり過ぎな気もしなくはない。

 

 

「……礼を言う」

 

「構わぬ。庇護下の存在(我が子)のためならばこのスカサハ=スカディ、例え……燃え盛る業火の中であろうとも飛び込んで見せよう」

 

 

ひんやりと冷気を帯びた指先が、セフィロスの頬に触れる。

細い女性の、指。それを求めた男がいた気がした。

 

 

「……お前は」

 

 

不意に見せたその表情に、何かを言おうとしたスカディは開きかけた口を閉ざす。

キャスターを担ぎ直したセフィロスは踵を返すと、彼女に背を向ける。

そうして、静かに去って行った。

 

 

「……危うい、存在(こども)だ」

 

 

残されたスカディは一人廊下に佇む、そして何かを考えるような仕草を見せた。

やがて、何かを思いついたように顔を輝かせると、彼女は軽やかな足取りで、歩き出す。

足を向けた先は、リツカの部屋がある方向であった。

 

 

 

 

 


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