「……吐き気がするよ」
セフィロスとスカディが宝条の研究室から出ると、横の壁に凭れ腕を組んだエミヤオルタがそう吐き捨てた。
彼の言葉がパソコンの中にあったデータのことを差していることは、直ぐにわかる。
「魔術師たちが餌食になっていることは、知っていたがね。
……まさか、幼い子供を、そして妊婦にまで手を加えていたとは」
「実験材料だ。あの男にとってはな。
言っただろう、奴に倫理など存在しない。
「……ああ。それは良い。清々しい程の外道だ。
此方としても、始末のしがいがある」
広がる銀髪は、薄暗い視界の中で浮き立つ。
先を歩くセフィロスの動きに合わせてゆらゆらと揺れる幽玄の銀は、無機質な暗い空間に、浮彫になっているようにも、馴染んでいるようにも見えた。
「セフィロス……。あの
「
「……
「あれは、
セフィロスの横に並んだスカディが怪訝そうに顔を歪める。
彼女は、
人の心の機微から生じる闇を、アンタには理解できまいと、エミヤオルタは小さく呟いた。
それに彼自身が、全ての人間を救いたいという心と、零れ落ちていく命たち、その二律背反に身を腐らせるほどに苦しみ足掻き続けたのだ。
「……」
エミヤオルタという英霊の根底は、
彼自身霊基再臨を重ねた影響により、それすらも朧な記憶となってしまっているが。
彼の脳裏には、画面越しに見た
どろりとした闇を煮詰めたような色のそれを思い起こす度に、胃を掻き回す不快感に苛まれる。
画像データにあったのは、ホラー映画に出て来るようなゾンビにも似た風体をした、魔術師であったものたち。
彼らが何らかの薬のようなものを投与させられ、日に日に変化していく過程が残っていたのだ。
しかし、それだけではなかった。
彼が言ったように、年齢問わず集められた子ども達をあの
妊婦を集めたのは胎児を使った研究を行っていたようで、真っ当な人間であれば思い付かないであろう、文字通り想像を絶することが行われていた。
「お前も、……そんな顔をするんだな」
「……少なくとも、あの男よりは真っ当な人間だったものでね」
「……そう、か」
一度も振り返らずに掛けられた声に、エミヤオルタはゆっくりと息を吐き出した。
***
地下のフロアは、地上のそれとそれほど変わりはなかった。
しかし、まだ上の方がマシだと思ったのは、肌を撫で上げる充満する空気感であろうか。
濁った水の淀みのような、嫌な重さを感じる。
「……この部屋のようだな」
ちゃりとプラスチックと鉄が擦れる音と共に、エミヤオルタは鍵を取り出す。
研究室の金庫に入っていた、鍵に取り付けられていたタグには、部屋の番号が書かれている。
地上の研究室は細かく区切られており、部屋数が多かったのに対して、地下の部屋は一つ一つの面積が大きく取られており、部屋数は少ない。
故に、目的の部屋を発見するまでには、それ程時間を要さなかった。
エミヤオルタは、セフィロスへと視線を流した。
相変わらずその表情は読めないが、何処となく強張っているようにも見える。
ふと息を吐いたセフィロスは、エミヤオルタに視線を返した。
それを同意と受け取ったエミヤオルタは、手にした鍵を鍵穴へと差し捻る。
軽い音を立てて解錠された扉を、中の気配を探りつつ開け放つ。
「っ、」
「……?、な、なんじゃ、セフィロス。
見えぬではないか」
「見る必要はない」
分厚く造られた扉は、外に一切の情報を遮断しているようだ。
匂いも音も一切漏らさないよう配慮がなされた部屋の中は、研究者の狂気を体現していた。
こぽと何かが脈打つ音は、呼吸音であろうか。
つんと鼻を刺す刺激臭は、試薬かそれとも……。
天井から床まで伸びる円柱のようなものが無数に並んでおり、漏れる緑の光が部屋の中を怪しく照らしている。
その光に映し出されたものに、エミヤオルタは息を呑んだ。
セフィロスの背中に続いて部屋に入ったスカディは、突然暗くなった視界に声を上げる。
同時に妙な刺激臭を拭い去った一つの香りが、セフィロスが纏うそれであることに気付いた。
スカディの視界をその背で阻んだセフィロスに、彼女は小さく笑む。
「……セフィロスよ。この母に対する配慮、嬉しく思う。
しかし私とて、血を知らぬ乙女ではないよ」
普段とは違う優しい声音で囁かれた言葉に、セフィロスは何も返さなかった。
一拍置いて、セフィロスがその身を動かす。
開かれた視界に先ず飛び込んできたのは、無数に並ぶ円柱のようなものである。
中には子供から大人までの人間が、いや
「これらは、成功したものということか」
浅黒い肌に、緑の光が滲む。
円柱のようなものは培養槽と呼ばれるものであり、充填された緑の液体が……
培養槽に近付いたエミヤオルタは、浮かぶそれらを見上げる。
どの被験体も、体の一部が欠損している代わりに、鋭い爪のようなものが生えていたりと、人間と呼べる身体では無くなっていた。
隅に置かれた机の上には、大きめの瓶が並んでいるのが見える。
その中にも同じ色の液体が入れられており、胎児のようなものが浮かんでいるのが見えた。
「……」
左右に並ぶ培養槽に目もくれず、セフィロスは奥へと進んでいく。
「おい、」
エミヤオルタの呼び掛けにも、応じることは出来なかった。
この時、ずくりと広がる頭痛が脈打つように、セフィロスを蝕んでいたのだ。
何かが呼んでいる。そして、何かが……自分を自分でなくするような。
セフィロスを何かから引き離そうとしているような、言い表せぬ感覚。
それは、内臓を掴まれているような不快感でもあり、融けていくような快感でもあった。
「……っ、……ああ、」
部屋の一番奥に、置かれたそれは、他のものと明らかに異なっていた。
どくりと心臓が震える。
『そうだ、モンスターを生み出したのは……神羅カンパニーの宝条だ』
『魔胱エネルギーが創り出す異形の生物、それがモンスターの正体』
『ま、まさか……俺も?』
『…俺はこうして、生み出されたのか?』
『俺はモンスターと、同じだと言うのか…』
『お前も見ただろう、こいつらの中にいるのは…まさしく人間だ…』
『…子供のころから、俺は感じていた』
『俺は他の奴等とは違う、俺は特別な存在なんだと、思っていた』
『しかし それは…それはこんな意味じゃない』
『俺は 人間なのか…?』
蘇る記憶に、体を震わす絶望は、男のものではなかった。
まさしくそれは英雄セフィロスの、記憶。
それを目にした途端に、ぐらぐらと視界が揺れ、内側から零れ出る様々な感情や記憶に、吐き気が込み上げた。
「セフィロス、」
培養槽の硝子に手を付いて耐えるセフィロスの背に、白い手が触れる。
スカディは様子が一変したセフィロスを案じるように、何かを言おうとした。
だが、その唇が動く前に、がちゃりという銃の音が聞こえ、思わずスカディはそちらへと視線を向ける。
「何者だ……っ!!」
「フッ…何も知らぬ、英霊……か」
「……何を、言っている?」
「お前たちは、踊らされているだけだ」
突然姿を現したそれは、入って来た扉の前に影の如く佇んでいた。
突き付けられたエミヤオルタの銃剣に、冷笑を浮かべたのは……。
その姿にエミヤオルタとスカディが大きく目を見開く。
「ほう。コピーが、いるようだが……。
オリジナルは一人で充分だ……そうだろう」
「……お前は、聖杯の…」
「如何にも。あの宝条という欲深き人間が、聖杯に込めた歪んだ理想を具現化した姿……。
ククッ、愚かな男だ。余程完成品に縋りたいと見える」
深淵なる氷を象徴する闇を秘めたつめたい硝子玉に、肌が泡立つのを感じる。
流れる銀は緑を帯びて怪しく輝き、身に纏う黒は死神のそれのようであった。
ゆっくりとその足が、近付く。
「……っ、英霊、か?」
「そこにいる半端ものと一緒にするな。
私は、完全な存在だ」
「答えになっておらぬな」
セフィロスを庇うようにスカディが前に出る。
眼光を鋭くしたエミヤオルタは、意図が読めない相手に眉を顰めた。
緩やかに弧を描く唇に冷え冷えとした瞳は、彼らが知るセフィロスとは違うモノ。
セフィロスの異質さとは、全く異なる異端なそれは、言い知れぬ恐ろしさがあった。
「……この星は、私のいた星とは違う。
だが、それも良いだろう」
「何が、目的だ?」
「私が星の正統なる後継者となる。
そして、約束の地を探し出すのだ。
その為には、お前たちには消えてもらう他あるまい」
喉を鳴らして笑う『それ』に、セフィロスが顔を上げた。
「星を破壊したのは、お前だろう」
「ふっ、あの星はもう死にかけていた。
私が手を下すまでもなかったな」
「……それで、次は……この星、か」
「この星には、力がある。
特に『修復する力』は、凄まじいものだ」
「それすらも、喰らう気か」
聖杯により造られた
己を否定する星を捨てて、母と生きること。
その為に、星のエネルギーを己のものとすること。
そう滔々と語った『それ』は、セフィロスに視線を向ける。
「……お前は、何だ?」
「……」
「ジェノバ細胞を身に宿すものたちは、例えバラバラとなろうとも、時期が来ればやがて一つの場所に集結し、再結合をする。……ならば、お前も、違わない筈だ」
「再結合だと……?」
「ククッ、何も聞かされていないのか。
リユニオンという、不完全な欠片が集まり完全体となることだ。
ジェノバ同士は互いを感知する……。だが、
だが、まあ良いさ。オリジナルは私だけで良い」
にやりと笑った『それ』は、セフィロス達の後ろの培養槽を見上げた。
うっとりとした陶酔するような目で、培養槽の中に浮かぶそれを見つめる。
「母さん。まだ、見つからないんだ。
……約束したのに、まだ」
「やめろ、それは……違う」
「違う?何が違うというのだ」
「宝条にいつまで踊らされる気だ?」
「ククッ、母さんは優れた能力と、知識、そして魔法で、この星の支配者になるはずだったんだ。だが……愚かな人間ども所為で……っ」
「違う。お前は、惑わされているだけだ。
ジェノバと……『あの男』を混同している。
いい加減目を覚ましたらどうだ……!」
そのひと際大きな培養槽の上に付けられたタグに記された、『JENOVA』という文字。
その中にいるのは、頭を機械に覆われた、銀髪の女性のようにも見えるもの。
『それ』が母と呼ぶ、ものに、エミヤオルタ達も視線を移す。
しかし、息を荒げて全ての言葉を否定したセフィロスの様子を見る限り、それが真実ではないことを察する。
セフィロスが、取り乱す様子を見せるのは初めてのことであった。
「黙れ。オリジナルは一人で良いと言っただろう。
兄さんを語るのは、私だ。
コピー如きが口にするのは許さん」
「我ながら、馬鹿な男だ」
「クックックッ……さあ、そろそろお喋りは終わりにしよう。
英霊など所詮、マスターがいなければ存在出来ぬもの。
ならば、マスターごと葬ろう。地獄での再会に、期待するんだな」
かつりと、黒いブーツが床を叩く音が響く。
いつの間にかその手には、あの長い刀が握られていた。
「決めたよ。お前は我が城の影に溶けるしか無かろう」
「惨たらしく、絶命しろ。
アンタにはそれが相応しい」
マスターリツカへの敵意の言葉が、英霊たちの心を決めさせた。
両手に二挺銃を構えたエミヤオルタは、勝算を巡らせ、相手の隙を探る。
スカディは杖を手にすると、セフィロスへと目を移した。
「アレは、お前ではないのだろう……セフィロス」
「ああ」
「ならば、
しかし、
引き摺られそうになる意識に、歯を食いしばり耐える。
セフィロスは、怪しい笑みを浮かべる『それ』を睨むと、手に愛刀を握った。
***
「要するに、救世主と災厄が混在してるっていうことか」
「ああ。しかし、災厄であれば……とうにアレは、お前たちに害を為していただろう」
「っつーことは、なんだ、あのセフィロスは」
「英雄であった頃の、精神が宿っているのだろうな」
「ややこしいぜ。……まあ、性格からしてややこしい……って、いつも喋ってんのはどっちだ?」
「
それは、先程説明した通り」
「厄災ジェノバの細胞を自分の魂で封印したのが、セトラなんだろ?
そんで、胎児だったセフィロスに、ジェノバ細胞が埋め込まれた際にセトラも入り込んだ」
「そうだ。しかし……魂は眠り続けた。
あの英雄が壊れなかったのは、大いなる
イフリートが司る炎に包まれた空間で、キャスターはセフィロスの真実を耳にしていた。
人類に知恵の火を与えし神が語ったことは、哀しき英雄たちの繋がりであった。
そしてその身を犠牲とし、その魂を以て、ジェノバを封印した。
堕ちた英雄は、そのジェノバの細胞を埋め込まれた人間であった。
その細胞には、偶々
しかし、この時点では魂は覚醒しておらず、堕ちた英雄は哀しき運命を全うすることになったのだ。
「……ああ、よーくわかんねえ」
「理解は求めていないと言っただろう。
あとはアレに聞くが良い」
「つってもなァ、素直に教えるタマじゃねえだろ」
「ふ……。ならば、星降る夜に聞け」
「あァ?どういうことだ、おっさん」
「普段は、大いなる自我に抑え込まれているが、セトラは星の民だ。
星の良く見える夜はその力を増す」
「セトラの方に聞け、ってことかい」
「ああ。奴の方が……、まあ、比較的喋るだろう」
あまり変わらん気もするが、と付け加えたイフリートに、キャスターは溜息を吐いた。
どうやら二人の英雄に、明確な性格的な違いはなさそうだ。
確かに、あのセフィロスが軽快に話す姿は想像出来ない。ぺらぺらと話されるよりは良いか、とキャスターが頷くと、イフリートはふと笑った。
「しかし、アレに友が出来ようとは……。
物好きもおるものだな」
「はっ、似たような奴がゴロゴロいるカルデアじゃあ、大したモンじゃねえよ」
「……そうか」
キャスターの返答に、イフリートは驚いたように目を瞬かせる。
青髪の魔術師は、友人という言葉を否定しなかったのだ。
考え込むような素振りを見せたイフリートに、キャスターは怪訝な顔をしたが、不意に視界が揺れるのを感じた。
「残念ながら時間切れのようだぜ、おっさん」
「……ああ。最後に一つ、サービスだ。
導きの杖であれ。そうすれば、お前の炎は更に力を増す」
静かに、見据える双眸がキャスターを見る。
それに返事をしようと口を動かした時、ぷつりと意識が途切れる音がした。
キャスターの姿が消えると、煮えたぎる炎の音だけが残った世界で、イフリートは何かを想うように空を仰いだ。