第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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2-7 宝条研究室にて⑤

それは、もう二十数年以上も前のことだ。

雪氷のように透き通った白い肌と、氷河のように青い瞳を持った、うつくしい赤子が誕生した。

周りは皆その赤子の誕生を、祝福した。ただし、それはとても冷たい祝福であった。

何故ならば、赤子は人間としてではなく、実験体の一つとして生み出されたものに過ぎなかったのだ。

 

母を、父を知らぬその赤子は、閉ざされた世界で育っていった。

一通りの教育は与えられたが、それもまた実験データを取る為のことでしかなかった。

 

特殊な細胞を埋め込まれた子供は、温もりを知らずに成長した。

その子供は優秀であった。文字通り何でも出来る特別な子供であった。

だがそれは、研究者たちにとって、当然ともいえる結果であったのだ。

 

一日の大半を、研究施設で過ごしていた子供は、膨大な本で埋め尽くされた図書室を好んだ。

研究施設内にある図書室であるので、子供向けの本は一切置いていなかったが、遊び相手のいない子供にとっては唯一楽しみを感じられる場所であったのだ。

そこには子供が見ることの出来ない広い世界が、詰められていた。

字が読めるようになって直ぐに、図書室の本を漁り出した子供が、そこにある本を全て読破するのに、そう時間は要さなかった。

 

幾千万以上もの本の中で、毎日のように読み返し続けた本がある。

それは、子供の育て親だった男が勧めた本であり、成長しても手元に置き続けた本であった。

 

 

「セフィロス、まだその本を持っていたのか」

 

「ふ、いつもその本を持ち歩いているお前に言われたくはないな」

 

「この本は、俺の(しるべ)だ。剣と同じさ」

 

「……それならば、俺も同じだ」

 

 

かつての友が、デスクに置かれた本を見てそう言ったのを憶えている。

その頃にはもうボロボロで、色褪せていたが、手元に置いていないと落ち着かなくなるのだ。

 

 

「……俺は、……古代種の。……だとしたら」

 

 

だからこそ、自分の出生を知った時、先ず感じたのは歓喜であった。

らしくもなく、心臓が大きく高鳴り、身が震えた。それは、恐怖でも絶望でもない。

長年の憧憬が報われたような、心躍る感情の渦であったのだ。

 

 

「俺は、……あなたの意志を、継ぐもの……ふっ、ふふふ……ふはははははっ!!!!」

 

 

例えそれが、崩壊の始まりだとしても。

もう止まらなかった。長年に渡り、ずっとずっと心に抱えて来た想いが、その瞬間一気に暴発したのだ。

疑念、嫌悪、怨念、そして……渇仰。その感情は、力となった。

 

 

ジェノバに蝕まれても、それは最後までその心に在り続けた。

その本の名は……『古代種の英雄(セトラ)』。

 

星を守り、人を導いた、古の英雄の話である。

 

 

 

***

 

 

 

カルデアへと帰還したリツカは負傷したスカディを医務室へと連れて行き、中央管制室へと向かった。

英霊は生身を持たないので、消費した魔力を戻せば、負った傷も全て零へと戻る。例え手足がもげようが、心臓をもぎ取られようが跡形もなく回復するのだ。

 

少なくともこのカルデアでは、役目が終わらない限り英霊は座へと帰ることはない。

とはいえ、戦闘で英霊が負傷する度に、リツカの心にも相応の痛みが走る。

それは彼の性根が優しく出来ているからであること、そして、彼なりにマスターとしての責任と向き合っている証拠でもあろう。

 

 

「待っていたよ、リツカ君」

 

 

するべきことを終えても、リツカの中ではまだ任務は完了していない。

全員が無事に帰還していない今、彼の表情は険しかった。

そんなリツカの心内をわかっているかのように、出迎えたドクターロマニは、いつもよりも控えめに微笑む。

 

 

「ある程度の解析が終了して、仮説が立った。

まだ奥の部屋でレオナルドと、ホームズがディスカッションを重ねているけど……。

取り敢えず話せることを話そう。そこに座って」

 

 

ドクターに言われるがままにリツカは、椅子に腰かける。

管制室に充満する引き締まった空気が、これから話される内容を予感させた。

無意識に喉を上下させたリツカは、睨むように真剣な瞳でドクターを見つめる。

 

 

「結論から先に話そうか。

あの施設で行われていたことは、予想していた通りのことだ。

……君は、実物を目にしていないようで、安心したよ」

 

「実物って、あのエミヤオルタが送ったデータにあったやつ?」

 

「……うん。正直に言うとね、僕だって研究者の一人だ。

宝条博士のそのような好奇心を持つ気持ちは、わからなくもない。

でも、一線を越えてはいけないこともあるんだ」

 

 

ぐと目に力を入れたドクターは、手元の資料をリツカへと手渡す。

それは送られたデータの中から、見せられる範囲の資料や写真をまとめたものであった。

 

 

「宝条博士の目的は、ジェノバプロジェクトを成功させることだったんだ」

 

「ジェノバ、って……セフィロスが言っていたやつ?」

 

「そう。宇宙からの侵略者で未知なるウィルス。それがジェノバ。

宝条博士の前任に、古代種について研究をしていたガスト博士という研究者がいたらしい。

その博士は、かつてそのセトラによって封印されたジェノバを発見して掘り出した」

 

「なんで、わざわざ……?」

 

「ジェノバが星に侵略して来たのは、遥か昔の話だ。

正確に記録が残されていなかったんだよ」

 

「……」

 

「ガスト博士は、ジェノバを古代種だと勘違いしたんだ。

だからジェノバを掘り出して、復活させてしまった」

 

「それで、……セフィロスとはどんな関係があるの?」

 

「復活させたジェノバの一部を、まだ胎児だったセフィロスの体に埋め込んだんだ」

 

「……お、お母さんは……?それに、父親だっていた筈だろ?」

 

「……」

 

「ど、ドクター?」

 

 

リツカから発せられた一つの問いに、ドクターは躊躇を見せた。

一瞬ではあるものの、外された目と、忙しなく動いた指先に、リツカは不安げな顔をする。

もごもごと唇を動かしつつも、暫く黙していたドクターであったが、やがて再び口を開いた。

 

 

「父親も、母親も……そのプロジェクトに関わる研究者だったんだよ」

 

「え……」

 

「母の名は、ルクレツィア。

美しく聡明な女性であったそうだ」

 

「ルクレツィア?……ジェノバではないのかね」

 

「あ、え、エミヤオルタ……」

 

 

突然後ろから聞こえて来た声に、リツカは肩を震わせて振り返る。

すると、そこには入口の壁に背を凭れさせた、黒衣の弓兵の姿があった。

エミヤオルタは、地下でセフィロスと英霊との間で行われていた会話を全て聞いていた。

それに対して、リツカはマーリンを通して状況を聞いただけである。そして、あの花の魔術師は、そこで行われた会話をリツカへと告げていなかった。

 

 

「記録には、宝条博士がそう教えたそうだよ。

まあ広義で考えると、間違えではないのかもしれないね。

それでも、その結果……彼は、大きな勘違いをしてしまうんだ」

 

「……ふん。そういうことか」

 

「おや、君は知っていたのかい?」

 

「あの英霊が、言っていた。

地下の培養槽にいた、見るも悍ましい生物に向かって、母さんと……な」

 

「そうかい。……なら、今も。彼にとって母親は……」

 

 

エミヤオルタの言葉を聞いたドクターは静かにその瞳を伏せた。

 

 

「……順を追って話そうか。

ジェノバ細胞を宿して生まれたセフィロスは、類稀なる力と知能を発揮した。

彼はその力を使って、多くの命を救った。

そうして、セフィロスは英雄になったんだ。

研究者たちはその結果から、プロジェクトは成功したと考えた。

でも、ガスト博士は真実に気付いてしまった。ジェノバが古代種ではなかったことに」

 

「……」

 

「その結果、ガスト博士は失踪。プロジェクトは破綻に終わった。

母であるルクレツィアから生後直ぐに引き離されたセフィロスの面倒は、全てガスト博士が見ていたらしい。

だから博士の逃亡によって、彼は独りになった」

 

「…ち…父親は?」

 

「……セフィロスの、父親は……名乗り出なかった」

 

「そ、そんな……」

 

「ガスト博士の後を継いだのが、あの宝条博士だ。

彼はジェノバに、分割した細胞が本体に戻ろうとする能力があると考えた」

 

「……それって、」

 

「宝条博士は実験体にジェノバ細胞を埋め込み、セフィロスのコピーを作ろうとしたんだ。

だが、殆どが失敗作となった」

 

「失敗作……」

 

「ジェノバは、埋め込まれた人間の精神を侵食して汚染する。

大抵の人間はそれに耐えきれずに狂っていくんだ。

宝条博士はそれにも目を付けた。

わざと精神的に強度のない人間に、ジェノバ細胞を埋め込んだんだ」

 

「……なんて、ひどい……」

 

「そうして、失敗作と呼ぶ人間に埋め込まれたジェノバ細胞が一つに集まることを、証明しようとした」

 

「……それが、再集結(リユニオン)ということかね」

 

「ああ。そうさ」

 

「ま、待って、それって……セフィロスが、あの英霊と同化するってことなの?」

 

「……この理論からいうと、そうなるんだ」

 

「だったら早く……!!」

 

「言っただろう、リツカ君。

宝条博士は、無作為に選んだ人間にジェノバ細胞を投与している。

……君が戻って、万が一のことがあれば……」

 

「……っ!!そんな、」

 

 

以前セフィロスが言っていたことと、ドクターからの説明が、なんとなくリツカの頭の中で繋がった。

そしてその瞬間に、セフィロスが、地下に現れたという英霊と同化してしまうのではないか、という考えが過ったのだ。そして、リツカは慌てて席を立とうとしたのだ。

 

 

「だが、英霊は肉体を持たない。

再集結(リユニオン)しようとしても、無駄だろう」

 

「うん、僕もそう思う。だからリツカ君、君は行ってはいけないよ」

 

「……」

 

 

宝条によって英霊として呼び出されたセフィロスは、もう生身ではないのだ。

ならば同化することは不可能である。それが、ドクターたちの結論であった。

だが、リツカは納得のいかない顔で、どうにか許可を得られないかと頭を回していた。

そうしてドクターの言葉をもう一度考え直している中で、ふと疑問が生じた。

 

 

「そ、……そういえば、今の話だとセフィロスが古代種じゃないってことになるけど……」

 

「ああ、良く気付いたね。

どう考えても、セフィロスは古代種ではない」

 

「でも、セフィロスは……古代種だって」

 

「……それについては、……わからない。

だけど、彼の未練なのかもしれないね」

 

「未練?」

 

「そう、セフィロスはジェノバによって親も、友も失ったんだ。

巨大すぎる力は、人からも忌避された。でも利用され続けたんだ。

そうして心の拠り所を失った彼は、ある日ジェノバプロジェクトについて知ってしまう。

セフィロスは、自分の母親の名前をジェノバだと言い聞かされて来たわけだから、勘違いをしてしまうんだ」

 

「……」

 

「自分の母であるジェノバは古代種である。

そして、古代種は昔から星を守り続けてきたのにも関わらず、人間たちは母を無下にし続けている……ってね」

 

「……その成り果てがアレ、ということか」

 

「それから豹変した彼は、堕ちた英雄として……今まで守って来たものを破壊し始める。

彼の力は物凄かった。それこそ神の力と言っても相違ないくらいに。

それでも、星を破壊しようとした彼の目論見は失敗に終わった、というところで記録は途絶えていたけれどね」

 

「……全然そんな風には、見えないのに」

 

「うーん、でもこれが真実だ。恐らく死ぬ直前に、彼は彼に戻ったのかもしれないね」

 

 

リツカの知るセフィロスという男は、感情の機微が薄く口数は少ない、クールな男であったが、それでも何処か穏やかな印象を受ける。

アヴェンジャークラスの英霊たちが滾らせる怨念の感情も、バーサーカークラスの英霊たちが滲ませる狂気も感じたことはない。だから、彼はセフィロスを恐らく善か、善に近い属性を持つものだと思っていた。

 

 

「あの英霊が、宝条の理想の形であることは納得出来るよ。

そして、星を壊そうと企んだこともね。

ならば……逆に問おう。カルデアに現れたセフィロスは、何だ?」

 

「……英雄だった頃の、セフィロス。

僕はそう思っているよ」

 

 

エミヤオルタは、初めてその姿を見た時からずっと疑問であったその問いを、再び口にした。

鋭い眼差しを以て向けられたその問いに、ドクターははっきりとそう答える。

 

 

「まあ、それも間違っちゃいねえが……アイツはそんな素直なヤツじゃねえよ」

 

「きゃ、……キャスター……!?」

 

 

また突然、気配無く現れた英霊に、エミヤオルタの顔が歪んだのが視界に入った。

落ち着きの払った声は、彼をキャスターだと判断する一つである。

青い髪を流した魔術師は、一気に自分へと集中した視線に、ゆるりと唇を歪めた。

 

 

 

***

 

 

 

漆黒の刀身を持つその剣は、かつて古代種の英雄(セトラ)が振るっていたものであった。

古代種の一族が握ると更なる力を引き出すことが出来るそれは、セフィロスという男にとっては皮肉のものでしかないだろう。

セフィロスの愛刀正宗よりもリーチは短いが、室内で戦うには丁度良い。

とはいえ、本物ではなくエミヤオルタが投影したもので、この世界でいう宝具としての使用は不可能であろう。

 

 

「ほう、抗うか。いいだろう……苦しみ、足掻く姿を見せてくれ」

 

「……っ!」

 

 

愉快そうに揺れる声に、セフィロスは再び剣を握る。

この場所が、ジェノバがいる部屋だからであろうか。目の前の英霊は明らかに全力ではなかった。

それでも、その攻撃の一つ一つがセフィロスにとって致命傷となり得ることはわかっていたので、音速を越えて振われる剣を正確に弾いていく。

 

 

「……それは、古代種の剣だな?ならばお前は、私と同胞じゃないか」

 

「俺は、違う。それにお前は古代種ではないだろう」

 

「ふ…ふふふふ……。そんなことはもうどうでも良い。

私の目的は、星の果てで再び母さんと一つとなること。

その為にはまずこの星を、我が物としなければな」

 

「俺は、ジェノバ(おまえ)にはならない」

 

「ならば、何だ?人間だとでも言うつもりか?」

 

「……セフィロス(おれ)は人であった。

お前が一番良く……憶えている筈だろう」

 

「クックックック……愚かな。

何がお前に、そんな夢を見させた?」

 

「夢ではないさ。真実だ。

お前がずっと……肯定されたかった、真実。

宝条の虚言に惑わされ続けた、愚かな男のな」

 

 

相対する同じ顔をした二人の男に浮かぶ、その表情はいつの間にか真逆のものとなっていた。

持ち得る力は英霊の方が勝っている、しかしセフィロスの表情に焦りは見えない。

 

 

「俺は、お前とは違う。あんなものは母ではない」

 

「何を言っている?母さんは、母さんだ」

 

「……違う。あれは、仇だ。

お前のいや俺の大事なものを壊した、敵だ」

 

「っ、黙れ!……仇だと?敵、だと?」

 

 

セフィロスの言葉に、英霊が揺らいだ。

スカディの言動が予想以上に彼に動揺を与え、更にセフィロスがそれを煽ったのだろう。

ジェノバに食い荒らされた英霊の微かな残渣。それが英霊の存在を中途半端にしている、とセフィロスはそう感じた。

 

 

「哀れだな。いっそ、一思いに喰われた方が楽であっただろうに」

 

 

静かに、目を伏せたセフィロスは、自分ですら意図せずに呟いた。

その途端に、目の前の英霊が纏っていた空気が変わる。

ぐと高まったのは、肌を刺し、心臓を震わせる殺気であった。

反射的にセフィロスが剣を構えると、天井へと伸ばされた英霊の刀が振り下ろされる。

高い金属音が鳴り響くと同時に、天井の一部が崩れ落ちた。

どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。

 

セフィロスは、崩壊した天井から見える一階を見上げる。

加減を忘れた英霊と、これ以上此処で戦うことは出来ないだろう。

このままでは施設ごと切り刻まれかねない。そう判断したセフィロスは、積み上がる天井の残骸を足場にすると、一気に跳躍した。真上の部屋は、空き部屋であった。机一つない部屋の床は、英霊の攻撃により大きな穴が開いてしまっている。

直ぐに距離を詰めて来る英霊の攻撃をいなし、窓を割って外へと出た。

 

この施設に来てから相当な時間が経過している為、もう夜の帳は直ぐそこまで近づいていた。

ちらちらと見え始めた、星々が、宵闇を踊る。

 

するとセフィロスは、己の内側から込み上がる何かを感じた。

薄く息を吐き出すと、手にしたセトラブレイドが緑の光を帯び始める。

 

 

「……俺は、お前を憎く思ったことも、恨んだこともない。

全て全て、厄災ジェノバが引き起こした悪夢……。

例えお前が、俺が守り抜いた星を滅ぼそうとしたものでも……」

 

「なに……?」

 

 

月光を弾いて、舞い降りた銀の英霊に剣先を向ける。

その剣は自分の体の一部のように、軽かった。

 

 

「……っ!!」

 

 

剣を構えた男と、英霊の瞳が交わう。

男の目を見た英霊は、噛み締めるようにゆっくりと呟いた。

 

 

「ああ……っ!そうか……。

そこに、いたのか……」

 

 

長い刀身を下ろすと、英霊は静かに目を閉じた。

そして武器を納めたかと思うと、男の方へと距離を詰める。

いくら手ぶらとはいえ、近づいて来る敵に油断するわけにもいかず、男は訝しげに顔を歪めた。

 

 

「――父さん」

 

「……?父、だと?」

 

「ふ……ふふふ、はははははっ!!!!

そうか、何と言う……運命よ」

 

「……」

 

「父さん、漸く見つけた。

これで約束が果たされる……!」

 

「約束、だと?」

 

「ああ、まだ戻っていないのか。

残念だが問題はないさ。私が、傍にいる」

 

「っ!わけのわからぬことを……!」

 

 

その瞳は、今までに見せていたそれとは、また違って見えた。

不意に伸ばされた手が男に翳されたかと思うと、突然男の視界がぐらりと揺らいだ。

唐突に訪れた酷い眩暈に、剣を地面へと突き刺して耐える。

 

 

「ぐ……っ、なに……を」

 

「大丈夫だ、父さん。

これからはずっと、一緒にいよう」

 

 

ふと緩められた唇が、小さく何かを囁いた。

それを聞き取る前に男は、ぐらりと身体が前に倒れる感覚に意識を奪われる。

だが、地面へと崩れ落ちる前に、姿を現した何かが男を支えたのだ。

 

 

 

「セフィロスから離れなっ!!……って、両方セフィロスか」

 

「おにいちゃん、ケガ……しちゃダメって約束したのに。嘘つき……」

 

 

 

視界の端に流れた艶やかな黒髪と、鮮やかな刺青が咲く体は、帰還したと思っていたものたちの一人であった。そして、一拍遅れてセフィロスの足元に姿を現したのは、銀髪の少女である。

 

 

「大丈夫かい。セフィロス」

 

「お前は……、撤退していなかったのか」

 

「ははっ。そんな薄情モンじゃねえさ。俺もマスターもな」

 

「わたしたちも、いるもん」

 

「おー。そうだったな、ジャック。わりぃ」

 

 

セフィロスの肩を支えた燕青と、武器を構えながらも頬を膨らませたジャックは、英霊が天井を突き破った轟音を聞いて此処まで来たのだ。

どんな英霊と手合わせをしても、ピンピンとしていたセフィロスのぐったりとした姿に、燕青は目を瞬かせる。目の前の英霊と相性が最悪であることは、聞いていた。しかし、どうにもこの男が弱っている姿を、想像出来なかったのだ。

 

地下で遭遇したというセフィロスと同じで違う英霊は、相当強いらしいと燕青は、目を鋭くした。

睨んだ先は、夜風に靡く長い銀の糸。

その表情は見えないが、何かを考えるようにその英霊は、佇んでいた。

 

 

「……また、邪魔をするのか人間ども……!」

 

「はっ!悪い奴の邪魔をするのが仕事みたいなものでね」

 

「父さんを返してもらおう」

 

「父さん?はあ!?父って、親父!?

おい、どういう……」

 

「ずっと、ずっと……探していたんだ」

 

「……ダメだこりゃ、話になんねえな」

 

 

英霊が言葉を発する度に、セフィロスの意識が掻き乱されるようであった。

そんなセフィロスの様子を察してか、ジャックが心配げに顔を見上げる。

 

 

「ふ、ふふふふ……。

父さん、約束したじゃないか」

 

「約束など、した憶えは……!」

 

「そうか、そいつらに惑わされているのか……。

父さんは優し過ぎるから、私が付いていないとな」

 

「……っ!!寄るな……!」

 

 

突然自分を父と呼び始めた銀の英霊に、ぞわぞわとした何かが背を這うのを感じた。

異常な執着という狂気をチラつかせるその瞳に、仄暗い悦びが宿っている。

ゆっくりと近付いてくるそれは、あのジェノバに向けたものよりも、更に優しく何処か甘さを含んだ表情をしていて。アンバランスな瞳と表情に、ずきりと頭が痛む。

その表情には、覚えがあった。

頭痛と共に蘇って来た記憶に、片手で頭を押さえると、不意に英霊の歩みが止まる。

そして嫌悪の表情を見せたかと思うと、深い溜息を落とした。

 

 

「……宝条め」

 

「宝条?」

 

「仕方あるまい。今日のところは、此処までとしよう」

 

「……」

 

「次に相見えた時は、約束が果たされる時だ。

それまでに私を思い出してくれ」

 

 

英霊はその瞳を煌々と光らせると、空へと片翼を広げる。

そして、薄い笑みを浮かべながら飛び去って行った。

ふわりふわりと舞い散った黒い羽根が、夜の闇に紛れて消えていく。

 

 

「おい、セフィロス……どういうことだよ?」

 

「……知らん」

 

「知らんって、アンタ」

 

「俺に息子はいない」

 

「……ってことは、あいつの勘違いか?」

 

「……」

 

 

燕青が眉を顰めて問うが、何せ自分自身でも理解していないのだ。

もちろん、セフィロスとセトラは血が繋がっているわけでもない。

不可解だと考え込む男へと、軽い足音が駆け寄る。

 

 

「おにいちゃんは、おにいちゃんだもん。

……だから、帰ろう?」

 

 

あの英霊との関係性はどうであれ、自分がいる限りまた襲撃に合うであろうことは想像が付く。狙われたままの状態でカルデアに帰るわけには、いかないだろう。

そう思って、口籠った男の腰に軽い衝撃が走った。

下に視線を向けると、銀色の少女が抱き着いていたのである。

それと同時に燕青が溜息を吐く。

 

 

「アンタはカルデアの英霊だ。筋を通さにゃならねーのは、カルデアとマスターだろう?

勝手に判断して、勝手に消えるなら……。この燕青、一度殺してでも連れて帰ろう」

 

「……マスターへの、義理立てか」

 

「ははっ、好きにとってくれ」

 

「わかっているさ。そのくらい」

 

 

諦めたように呟いたセフィロスに、燕青が明朗とした笑みを浮かべる。どうやら交渉が成立したらしい。

そんなセフィロスを見て、最初に比べると聞き分けが良くなった、と心の中で燕青は呟く。それはまさに『中らずと雖も遠からず』という言葉が似合いだろう。正確に表現するならば、他人との付き合い方がわかってきた、である。

 

 

「おにいちゃん、……わたしたちと、帰ろう」

 

「ああ……だが、」

 

「大丈夫、わんわん来てくれたから」

 

 

嬉しそうに笑ったジャックに、そう返事を返したは良いものの、思うように動かない身体では直ぐに帰還は不可能だ。言葉を詰まらせたセフィロスに、不意に大きな影が掛かった。

月明りを遮る大きなそれは、振り返らずともわかる息遣いを響かせて、唸る。

 

 

「来たのはアンタだけかい」

 

 

ぐるるる、と喉を鳴らした影はセフィロスの前にまわり込むと、その巨体を伏せさせた。

それにより、やっと気づかわしげな顔が、彼らの視界に入る。狼王ロボ。孤高の狼は、セフィロスに乗れというように背中を震わせた。

 

それを察した燕青がセフィロスを手伝い、少し硬いが滑らかな毛並みに包まれた背中へと乗せる。

 

 

「わたしたちも乗りたいな……おにいちゃん、だめ?」

 

「……俺に聞くな」

 

 

人間を憎悪する英霊(アヴェンジャー)にとって、人の形をしているだけで嫌悪の対象になる。

英霊でもそれに例外はない。ロボにとってそれは永遠に消えることのない、憎悪の炎なのだ。

 

セフィロスは素っ気なくそう言いつつも、ロボの背中をそっと叩いた。

その生き様も在り様も、否定も肯定もする気はなかった。セフィロスがそうしたのは、ただ気紛れだった。

 

するとその意図が通じたのか、嫌そうな目はそのままに、ロボはふうと息を漏らした。

それはまるで、一度だけだぞ、と言っているようで。

ジャックはぱっと顔を明るめたかと思うと、ロボへと飛び乗り、セフィロスに凭れるように座った。

 

ロボは星を仰ぐように顔を上げると、紺碧に君臨する月に向かって吠えた。

雄々しくもうつくしい野生の調べは、山々へと響き返った。きっとカルデアにも届いたかもしれないロボの声に、月が揺れる。そしてロボは静かに立ち上がった。

 

 

「さあ、帰るか」

 

 

ぐと伸びをした燕青が零した言葉に、セフィロスは夜空に広がる星々を見上げる。

帰る場所が、カルデアとなったのはいつからだろうか。

そんな漠然とした問いに、笑うように瞬く星は、ただ今宵もそこに在ったのだ。

 

 

 

 

 

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