第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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2-8 カルデアにて③

伏せられていたらしい瞼を、開ける。

カルデアへの帰還中であった筈だが、いつの間にか意識を失っていたのだろうか。

だが、広がった世界は、雪に覆われた銀世界でもなく、見慣れた白い部屋でもなく、緑一色の世界であった。

上から差し込む光によって、色合いを変える緑はゆらゆらと揺らめき、影をつくり出している。

まるで、水の中にいるような不思議な錯覚に囚われるが、纏う服は濡れてはおらず、重力にも変わりはない。

()

 

「……目が、覚めたか」

 

「っ!!……お前は、」

 

「そう警戒してくれるな、俺は英霊(あの男)ではない」

 

 

目の前に、悠然と佇む黒装束の男の姿があった。

それは、とある日から毎日鏡越しに見ることになった顔で、そしてつい先程剣を合わせた男でもあった。

思わず身構えた男は、視界に入った自分の手がいつものそれと異なっていることに、漸く気が付く。

男の服も、すっかり着慣れてしまった黒いコートではなく、随分と懐かしさを感じるものへと変わっていた。

腰には、あのセトラブレイドが納められている。それはエミヤオルタの投影したものではなく、自分の愛刀として振るっていたものだ。

 

 

「……これは、俺……?」

 

 

古代種の英雄としての、姿がそこにあった。

もう何千年も前に失われたものであったが、自分の体を見紛うことはない。

 

 

「それなら、お前は……セフィロスなのか」

 

「ああ」

 

 

艶やかな銀の髪に、緑の光が反射する。

あの英霊よりもずっと穏やかに見えるその顔は、改めて見ると、英霊たちに負けず劣らず造形が良い。

どうでも良いことではあるが、元の世界では、ファンクラブまで存在していたことを思い出して、思わず納得した。

 

 

「堕ちる前の、神羅の英雄……セフィロス」

 

「やめてくれ。俺は……ただの傭兵さ」

 

「……そうだな。俺だって、そうだった」

 

 

相対するかつての英雄たちは、お互いを見据える。

奇妙な縁で結ばれた者たちは、お互いを知っていた。

 

 

「セフィロス、お前は……死んでいるのか?」

 

「さあな。どうだと思う?

俺のことは、俺よりもお前の方が良く知っているのだろう」

 

「……」

 

「それにしても、まさか古代種の英雄(セトラ)と謳われし男が、俺の中にいたとはな」

 

「いただけさ。何の役にも立っていない」

 

「いいや、少なくともお前は……俺を、俺で在らせた。

お前がいなければ、俺はとっくに自我なき失敗作(もの)となっていただろう」

 

「買い被るなよ。全ては、お前の力だ……セフィロス」

 

 

宝条がセフィロスに埋め込んだジェノバ細胞に、残されていた封印の力は、かつて男が施したものである。

その力は小さな欠片に過ぎなかった。だがその小さな力が奇跡を生んだのだ。

セフィロスの魔力とその力は、良く馴染んだ。

厄災を封じる力が、セフィロスの魔力と合わさることにより、再び蘇ったのである。

そして、セフィロスの成長とともに力は増していった。

その力によってセフィロスの人格は守られ続けてきた。

 

そうして、ある意味では、ジェノバの恩恵(メリット)のみを受けることが出来たといえよう。

だが、皮肉なことに、そのバランスの良さがセフィロスの疑心に火を付けてしまうことになる。

 

 

「……俺は、俺の意志で堕ちた。お前の所為ではない」

 

 

静かな湖面のような瞳が、男へと向けられる。そこにあの狂気は見当たらなかった。

不意に、降り注ぐ光がちかちかと点滅をし始める。

どうしたのかと男が周囲を見渡すと、セフィロスがゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「さあ、目覚めの時間だ」

 

「……最後に、一つ問いたい」

 

「良いだろう」

 

「あの男の言っていた、『父』とはなんのことだ?」

 

 

セフィロスの言葉に、それが目覚めの合図であること、そしてやはりこれは夢の中であることを、男は理解する。

ならば最後にと男が発した問いに、セフィロスは静かな微笑みを浮かべた。

微かに口角を上げただけの、彼らしい笑い方であった。

 

 

 

「――――」

 

 

 

***

 

 

 

「聞こえますか?……もう、大丈夫です。

処置は終わりました」

 

 

淡々とした女性の声が、近くで聞こえた。耳慣れないそれに、二度目の目覚めを迎える。

つんとした消毒液のにおいが鼻を擽り、この場所が何処であるかを察した。

緑の世界から、白の世界へ切り替わった視界に、少しだけ目が眩んだ。

 

 

「気が付きましたか、気分は」

 

「……悪くはない」

 

「それは良かった。しかし、今日は絶対安静です。

良いですか、絶対に安静ですよ」

 

 

長い髪を三つ編みにして束ねた英霊が、その赤い瞳をじろりとセフィロスに向けた。

落ち着いた色合いの桃色に、目が覚めるような赤い軍服のような礼装を纏う彼女の名が、頭に過る。

 

 

「そこまで重症となった記憶は、ないのだが」

 

「いいえ、貴方は病気です」

 

「……」

 

「病気ならば治療が必要です。そして全ての患者には、治療を受ける権利がある。

いいえ、受けなければなりません。何故ならば貴方は人間なのだから」

 

「俺は、」

 

「いくら心臓を貫かれても死なない不死なる者だろうと、

深い傷でも直ぐに治ってしまう、驚異の自己回復力の持ち主であろうと、

病気にならない保障はないのです。

医療の対象は、病める臓器、病める人体ではなく、病める人間、悩める人間ですから」

 

 

つらつらと話されるそれは、理に適ってはいるものの、それは会話と呼べるものではなかった。

華やいだ容姿とは裏腹の、確固たる意志をぎらつかせる表情は、彼女の性質を示していた。

花を撒く立場に生まれながらも戦うことを選んだ女性、フローレンス・ナイチンゲールは、微笑むことなき看護の鬼である。

 

 

「また、様子を見に来ます。どうか安静に」

 

 

体に巻かれた包帯に一瞥をくれたナイチンゲールは、念を押すようにセフィロスの顔を覗き込む。

そこに滲む狂気にも似た気迫に、少なくとも今日はこの部屋を出ることは出来ないだろうと、ため息が零れた。

医務室を出て行ったナイチンゲールを見送ると、暫くしてベッドから起き上がる。

しんと静まり返った部屋は、清潔を絵に描いたように磨き倒されており、何処もぴかぴかに輝いていた。

ベッドはカーテンも備え付けられているが、特に閉める理由はない。

 

広々とした造りの医務室は、ナイチンゲール病棟と呼ばれる設計だろう。

近くにある机を見ると、きちんと揃えられた医療道具などが並んでいる。

隅に配置された棚の中に並ぶ薬品も、アルファベッド順か使用頻度順かはわからないが、油断なく整頓がなされていた。

 

改めて自分の体を見る。服は治療の為に脱がされており、剥き出しの上半身は包帯が巻かれていた。

いつもの黒いコートはベッドの横に掛けられている。引き裂かれてはいないようだ。

 

 

「……」

 

 

少し身体を動かしてみるが、痛みはない。

しかし、包帯を取ることは施された治療の拒否に繋がる。そうなると、あのナイチンゲールは黙ってはいない。

セフィロスは、ベッドから動かない方が良いだろうと判断した。

 

そうすると手持無沙汰な時間ではあるが、頭の中を整理するのには良い時間と環境である。

セフィロスは一度目を閉じようとした。だが、視界の端に止まったそれに、ふと思い出す。

 

セフィロスが寝ていた場所から、少し離れたベッドのカーテンが閉められていた。

誰か治療を受けているのか、とも考えた時に、スカディの顔が頭を過ったのである。

英霊はカルデアに帰還すれば自動的に回復をする、と誰かが言っていた気もするが、彼女はどうしたであろうか。

胸を一突きにされ、首の動脈を切られた彼女の姿を思い出す。

あの相当深い傷がそう簡単に治るものだろうか、もしかすると、あのベッドに寝ているのは彼女ではないだろうか。

そう考えたセフィロスは、静かに立ち上がるとベッドに近付く。そして迷いなくカーテンを開いた。

 

 

「……やはり、そうか」

 

 

白いベッドに、薔薇のような髪が流れている。

剣が突き立てられた胸の傷は、もう塞がれているのだろう。

いつもの礼装のままに、横たわるスカディの顔色はあまり良く見えなかった。

何も言わずに、その顔を見ていたセフィロスは、彼女の傍へと近付く。

無様にも、あの英霊の一撃により体が動かなくなってしまった自分を、庇ったのはこのスカディだ。

目を伏せたセフィロスは、力なく置かれている彼女の手に軽く触れた。

 

 

「……」

 

 

ひんやりとした、手は、彼女が氷雪を操るものであるからだろうか。

例え彼女が神であろうとも英霊であろうとも、人型を取っている以上、その冷たさは死を連想させた。

小さく息を吐いたセフィロスが手を放そうとした時、ぴくりとスカディの手が動いた。

そして、今度はその手がセフィロスを掴んだのである。

 

 

「人間の熱を私はあまり好まぬ……が、ふむ、お前のは悪くないぞ」

 

 

軽やかな笑い声と共に耳朶を打った声に、セフィロスは顔を上げる。

そこには穏やかな顔をした、スカディがその瞳を開けていた。

 

 

「そのような顔をするでない、セフィロス。

それに、許可なく女の寝間に押し入るとは……お前でなければ氷像と化していたところだ」

 

 

まるで子供を叱る母親のような、声音でスカディは言った。

だがそれは、これまでに見た表情とも少し違うよう様子に見える。

セフィロスは怪訝な顔をすると、彼女の顔を見据えた。

それに気付いたのだろう、スカディは静かに目を伏せる。

長い睫毛が影を落とし、スカサハとはまた色合いの違ううつくしさを描き出した。

 

 

 

「ずっと、夢を……見ていた。久しぶりよ、夢を見るなどというのは」

 

「夢……?」

 

「ああ、夢だ。ひどい夢であった」

 

「……」

 

「お前を初めて見たとき、私は……お前の叫び(こえ)を聞いた。

ずっとそれが気になっていてな。だから、お前に付き纏ったのだ。

そして、やっとその意味が、わかった」

 

「……」

 

「あのような化け物(もの)は、お前の母に相応しくない。

よって、今日よりこの私を、母と呼ぶが良い!否、呼べ。良いな?」

 

「……」

 

「よ・い・な?ほら、呼んでみるが良い!」

 

 

勢い良く体を起こしたスカディは、セフィロスに詰め寄る。

彼女が見た夢、それは英霊の刀に宿る魔晄(ライフストリーム)が、微量に体内に入り込んだことによる影響であった。

普通の人間であれば、例え微量であったとしても魔晄(ライフストリーム)を浴びれば、その身を侵される。

しかし、彼女は英霊であり神霊である。故に身体を蝕まれるようなことには、ならないのだ。

 

 

「……何ともないようだな」

 

「ふふ、お前は心配性だな。この母の言うことを信じよ」

 

 

鈴の音のような柔らかな声に、目を伏せたセフィロスは、部屋の外から響いて来た足音に気が付く。

ばたばたと騒がしいそれは、もう聞き慣れているものであった。

 

 

「おや、相変わらず騒がしい人間よな」

 

 

表情に呆れを滲ませたスカディに、同意を示すかのように一つ頷いた瞬間、医務室の扉が勢い良く開かれたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

医学的に言うと、通常の安静の場合、生活上不可欠な行動について大抵のことは許されている。しかし、絶対安静とは、外部からの刺激を一切遮断する必要があり、基本的にベッドから動いてはいけない。時には寝返りを打つことすら禁止されることもあるという。

 

しかしながら、生前も戦士として第一線で剣を振るい続けてきたセフィロスは、ジェノバの影響もあり病気などしたことがなく、病院とは一切縁がなかった。それに、元々素直に言われたことを聞くタイプでもない。よって、暇を持て余したセフィロスは、遂に医務室を抜け出して屋上へと向かった。

 

ちなみに目を覚ましたスカディは、もう何も問題はなかったらしいので、部屋に戻されている。

セフィロスの傍を離れようとはしなかったが、流石の彼女も、あの狂気の天使には適わなかった。

人を蝕む病を、最善の形で治そうとするあの婦長は、治すことを最善と考えている。そして生前はその為に、文字通り粉骨砕身し、自らを犠牲として看護の世界に光を灯した。

そんな彼女からすれば、セフィロスは『最悪の患者』であろう。

完全に一体化したジェノバ細胞という、ウィルスは取り除くことは出来ない。そして何よりもそれをセフィロスは望むことはないのだ。セフィロスにとって、それが普通であり、ある意味ではそれが英雄を英雄たらしめたもの。この世界でいう宝具のようなものなのだ。

 

 

「……」

 

 

夜空を仰ぐセフィロスの瞳に、滑るように星が落ちたのが見えた。

堰を切ったように光芒を残しながら落ち始めた星々は、何処へと向かうのだろう。

どうやら今日は流星群が観測できる日であったらしい。

ダヴィンチなどに聞けばわかったのかもしれないが、態々聞いてみるものでもない。

 

狼王と見上げた時のように、手摺に凭れたセフィロスは、星降る空を静かに見上げた。

遠くから近づいて来る、足音を耳にしながら。

 

 

「……よう、やっぱ此処にいたか」

 

 

階段を上がる音は、屋上への、セフィロスへの来客の合図であった。

屋上へと続く重厚な扉が開かれたかと思うと、予想通りの顔が現れる。

そして、青い衣を夜風に翻し、それはゆっくりとセフィロスへと近付いた。

 

 

「星降る夜、か。まるで御膳立てされているみてえだ」

 

「……何か用か?」

 

「ああ。だがお前さんじゃねえ」

 

 

宵闇を裂く星々に、目を細めたキャスターは、静かにその双眸を向ける。

それはセフィロスを見ているようで、見ていなかった。

 

 

「俺は、アンタと話がしたい。……古代種の英雄(セトラ)さんよ」

 

「……」

 

「おっと、下手な誤魔化しはしねえ方が良いぜ」」

 

 

キャスターの言葉に、微かな反応を見せたセフィロスは、星から視線を外した。

もう何度目となるだろうか。交差する赤の瞳には、何かを確信したような強い光が宿っていた。

 

 

「……何故、それを?」

 

「ははっ、借りを返す為に、俺にぜーんぶ吐いちまうような……親友(おともだち)に心当たりは?」

 

「ないな」

 

「おお、薄情な奴だね。(やっこ)さん、地獄の底で泣いているぜ」

 

「……イフリート、か」

 

「せーかい。トモダチは大切にしねぇとな」

 

 

キャスターを見る瞳が、ふと変わる。猫を思わせるその瞳孔が普通のそれに戻ったのだ。

一つ溜息を吐いた男は、観念したかのように、口を開く。

 

 

「そのように口達者な友を持った憶えはない」

 

「そう言うなって。アンタのような口の重い人間には、丁度良いさね」

 

「……それで、それを知って……どうするつもりだ」

 

「どうもしねえさ。それにアンタの口から聞いたわけじゃねえ。

だが……もう潮時だぜ」

 

「そうだな。此処まで事が大きくなるとは、俺も想像していなかった」

 

「初めから、話しちゃくれねえか」

 

「お前は……あのイフリートが、認めたものだ。構わないさ」

 

 

イフリートから話を聞いたというキャスターに、だからだろうか。

遂に閉ざされた口を開き始めた男に、キャスターは、耳を傾け始める。

 

 

「一つ言っておくが、俺自身は……ただの剣士だ。

俺に付けられた英雄という肩書は、始末屋と同義。

偶々剣の腕があって、偶々厄災(やつ)に対抗できる力を持っていた。ただそれだけさ」

 

 

再び星々へと瞳を戻した男は、記憶を手繰り始めた。

とはいえ男の英雄譚など、セフィロスのものと、そしてクーフーリンのものと比べれば、たかが知れていよう。

だが、同じように隣に並び手摺に背を凭れさせたキャスターは、何も言わずにそれを聞いた。

 

 

「ジェノバが現れたのは突然のことだった。

何処からともなく現れた奴は、次々と同胞を喰らい、自分の手足と変えた。

……敵は、皆、仲間だ。流石に気が狂いそうだったよ」

 

 

ジェノバはただ殺すのではなく、殺した相手の体に寄生して操るなんとも趣味の悪い力を持っていた。

次々と敵になっていく仲間たちを、男はただ殺すしかなかった。

そんな男の姿を見て、他の古代種たちは仲間殺しと糾弾したのだ。

 

 

「やっとその性質がわかってきた時は、殆どが奴の支配下だった。

土地も、生き物も、星の全てがな。

このままでは、古代種は全滅する。そう思って、俺はかつての仲間の遺体を使い『とある魔法』をつくり上げた」

 

「……魔法、だと?」

 

「ああ。あの白いマテリアを憶えているか?」

 

「マスターに預けた、アレのことか」

 

「そうだ。あれには『ホーリー』という魔法が封じられている。

今ではどうかわからないが、当時は究極防御魔法であった」

 

「そりゃ、大層なモンだな。どう使うんだい」

 

「簡単なこと。ホーリーは、星にとって害をなすものを消去する為に編み出したもの」

 

「……って、ことは」

 

「もはや形振り構っていられなかった。

誰が敵で、誰が味方かはもう、わからなくなっていた。

……だから、一度、全てを終わらせようと思った」

 

 

ウィルスに蝕まれた古代種たちは、自我を喰われ、元に戻ることはない。

そしてウィルスが蔓延した世界では、その発症は、突然に起こった。

だからこそ、『とある方法』で仲間の遺体から抽出した『とあるもの』を集めて、男はそれをつくり上げたのだ。

一度全てを無に還す為に。やり直す為に。

 

 

「そして、俺はホーリーを発動させた。

だが……良い意味と悪い意味の両面で、計算違いが生じた。

良かったのは、ホーリーが排除したのは、ジェノバの毒牙に掛かったものだけであったこと。

最悪であったのは、主原因であるジェノバを消しきれなかったことだ」

 

「……」

 

「あと一歩というところまでは、追い詰めたのだが……足りなかった。

仕方なく、俺は俺を代償として、封印を掛けた。

それ以上奴と戦う力も残っていなかった。それにもう古代種に戦えるものは、いなかったからな」

 

「全滅、したのか?」

 

「いいや、女子供……そして彼女らを守る為に前線に出なかった男たちは残っていた」

 

「アンタが、最後の砦だった……。そういうワケかい。

アンタ自身、感染はしなかったんだな」

 

「奇跡というべきか、俺は……どんなにジェノバに近付いても、発症しなかった。

もしかしたら免疫があったのかもしれないが、それはわからない。

確かめる術も意味もなかったからな」

 

 

ふわりと正面から吹き荒れた風が、長い銀髪を靡かせる。

露になった顔は、静慮を浮かべているようにも、悼んでいるようにも見えた。

 

 

「……英雄と呼ばれたのは、その後のこと。

それまではただの同胞殺しさ」

 

 

その後、というのはジェノバの封印に成功した後のことである。

要するに、男がしてきたことが理解されたのは、男の死後であったのだ。

 

 

「そこからは、記憶はない。

厄災を封じ込める力として、共に地中に埋まっていただけだ」

 

「最悪の同衾だな。色っぽさの欠片もねえ」

 

「……ああ、本当にな」

 

「そこまではわかった。

……アンタとセフィロスにどういう関係があるんだ?」

 

「セフィロスに埋め込まれた細胞に、俺の力が宿っていた。

偶々、彼の魔力と相性が良かったらしい」

 

「アンタの意識はなかったんだな」

 

「ああ。ジェノバの封印が解かれた時、俺は死んだ……のだと思う。

気が付いたら、あの荒野にいた。そこからはお前も知っている通りさ」

 

「何故アンタの意識が、今になって覚醒したんだ?」

 

「それが、わからない。だが……一つ思い当たることはある。

ホーリーが再び必要になる時が、近いのかもしれん」

 

「防御魔法が?」

 

「あれは、古代種にしか発動させることが出来ない」

 

「……その為だけに、か?」

 

「それしか考えようがない」

 

 

今更男の意識が覚醒したところで、肉体は遥か昔に朽ちてしまっている。

かつての研究者たちが勝手にしたこととはいえ、セフィロスの体に寄生することしか出来ないのだ。

これでは、ジェノバと何の代わりもないだろう。

 

 

「なあ、普段はどっちが話してんだ?」

 

「此処に来た当初は俺の意識が強く出ていたが、今はセフィロスに任せている」

 

「ほう……そりゃまた、何故だ?」

 

「当然だろう。これはセフィロスの体だ、俺の出る幕はない。

それに、そろそろ誰にも影響されない、生き方をするべきだ。

まあ、俺が言えたことではないが……な」

 

「……セフィロスは、アンタの存在を知ってんのか?」

 

「そのようだな。……いつからかは、知らんが」

 

「にしてもよ、そんならそうと早く言えば良かったじゃねえか」

 

「俺自身、把握しきれていなかった」

 

「……ああ。そうかい。アンタも、憶測を語らねえクチか」

 

「言っただろう。此処まで事態が大きくなるとは思っていなかった。

それに、あの宝条が……此処にいるとは、な」

 

「そういや、あの男もお前さんの世界の人間なんだろ?」

 

「それは確かだ。しかし、何故……こっちに来たのか。

狡猾でプライドの高い男だ、その心に抱えるものを達成出来なかった怨念は、相当であっただろうが……。

あれこそ、英霊になる資格は持たないはず」

 

 

男がセフィロスに力を貸せる力は、限られている。

星の声を聴き、星の導きを受けられる能力と、ホーリーを発動させられる力である。

だが、それは古代種の力であって、男独自のものではない。

負の言い方をすれば、古代種であれば誰でも持ち得る力なのだ。

 

一通りのことを話し終えたと、男は小さく溜息を零した。

キャスターに話すことで、男自身も整理が付いた。

現状における謎はまだまだ多く残されているということも、改めて思い知らされたのだ。

 

 

「俺が話せるのは、此処までだ。

……どうだ?あの馬鹿の話と同じだろう」

 

「ああ。そう……だな」

 

「何故今になって口を開くのか、と聞いたな?

それは別に、お前がイフリートの信頼を得たというだけではない」

 

「……ほう?」

 

「……宝条の研究所で、英霊にあった」

 

「それは、聞いているぜ」

 

「奴は、おそらく俺とセフィロスを分離しようとしている」

 

「あ?」

 

「奴の力を流し込まれた時に感じたんだ。

この体の中にある『俺』を抽出しようとしていた」

 

「……アンタだけを取り出すことに、意味があるってことかい」

 

「推測に過ぎんが、思い当たることはある。

俺とセフィロスが離れてしまえば、ホーリーを発動させることは不可能となる。

それに、セフィロスがどうなるか正直わからない。

最悪の場合、奴のもとに行ってしまう可能性もある」

 

再結合(リユニオン)……か」

 

「そうだ。そして、いつあの英霊がこのカルデアを襲撃するかわからん」

 

「はっ……。あちらさんから来てくれるんなら、楽で良いじゃねえか」

 

「だが、これは俺の個人的な戦いに過ぎない。

お前たちを巻き込む意味こそ、ないだろう。

死んでも責任は取れんぞ」

 

 

無感情に放たれた言葉は、セフィロスという男に似つかわしくない弱さを含んでいるように、キャスターには思えた。

それを耳にした瞬間、咀嚼する間もなくキャスターは叫んでいた。

体中の血が一気に頭へと集中した感覚、それは怒りであった。

 

 

「はっ、ふざけんな!!」

 

 

赤い瞳が闇夜に浮き立つ。キャスターはセフィロスの腕を引き、その胸倉を掴み取った。

男の言葉は、少なくともキャスターにとって、いやクーフーリンという男にとって、侮辱でしかなかったのだ。

 

 

「いいか、てめえがどうなろうと……俺を殺せるわけがねえ。

突然牙を剥く可能性があるから、何だってんだ。

そんときゃ、この俺がぶっ殺してやる」

 

 

低く唸るように、キャスターは男を睨み上げる。

 

 

「憶えとけ。その気遣いは……侮辱でしかねえ。

このカルデアでは、てめえは特別じゃねえんだ。

……お前の暴走ぐらい、簡単に止めてやらあ」

 

「だが、この問題は俺の「お前は、このカルデアの英霊だ。それにもうてめえだけの問題じゃあねえ。ったく、何度言いやわかるんだ」」

 

「……」

 

「お前は……その目で、剣で、確かめて来た筈だぜ」

 

「……そう、……か。そうだったな。

此処にいるのは……」

 

 

過ぎたる力を持て余していた、あの頃とも。

過ぎたる力を押し殺していた、あの頃とも。

過ぎたる力を忌避され続けた、あの頃とも、違う。

このカルデアでは、セフィロスの力は決して特別ではない。

 

 

「……すまない、失言だったな」

 

「けっ。全くだぜ」

 

 

小さく告げられた謝罪の言葉に、キャスターは舌を打った。

そして、男から手を離すと、小さく溜息を吐く。

やれやれと言うように、呆れた表情のまま懐から煙草を取り出すと、口へとくわえる。

 

 

「それに、お前さんが逃げ出したところで、何も変わりはしねえだろ。

それよりも、まず次をどうするか……だ」

 

「……もう一度、あの研究所を調べたい」

 

「あァ?調べて何の意味があるよ。

使える資料なんかは全部マスターが確認済みだぜ」

 

「だろうな。だが……今のところ、他に手掛かりはない」

 

「……そんなら次は俺も行くぜ」

 

「……?」

 

「なあに、唯の興味さね。

科学と魔術っつーのは、相性が最悪なようで、最高なんだ」

 

「……何の意図があるかは知らんが、好きにしろ」

 

「言われなくとも、好きにするさ。

なあ、火ぃ付けてくれねえか」

 

「それならお前の得意分野だろ」

 

「つれねえこと言うなって、な?」

 

 

からりと雰囲気を変えたキャスターは、いつもの明るい笑みを浮かべながら、そう言った。

それに目を瞬かせた男は、呆れたような表情を浮かべるが、仕方なく煙草の先端へと指先を向ける。

そして、ふと男の口角が上がったかと思うと、ぼん!という軽い音を立てて爆ぜた。

 

 

「うおっ!あっぶねえ!!」

 

「……避けたか」

 

「ふつーに、避けるに決まってるだろ!!

……ったく、こんな男前の顔狙うとは……」

 

 

寸前の所で体を後ろに引いたキャスターは、火の付いた煙草を指で挟み、じとりと男を睨む。

何処か残念そうにも見える顔で、しれっとそう言った男に、キャスターはぶつぶつと文句を零す。

 

 

「……吸うなら、早くした方が良いぞ」

 

「あ!?誰のせいだ、と…思って……って、まじかよ」

 

「ああ、まじだ」

 

 

会話に集中していた男は、それが屋上に至る階段を上り始めるまで気が付かなかった。

かつ、かつ……とゆっくりだが確実に近づいて来るそれに、キャスターも気付いた。

キャスターが顔を青褪めさせたのとほぼ同時に、再びその扉が、開かれたのだ。

そこから現れた、白い手が握るランプと感情の見えない赤い瞳が、セフィロスを捉える。

 

 

「何故、こんな所にいるのです?」

 

「この男に連れ出されただけだ」

 

「なっ!!お、お前……!」

 

「絶対安静といった筈ですが、私の言葉は聞こえなかったのでしょうか。

私の治療を拒むなんて、いいえ、拒んではいないのね。

そう……貴方が、またケルトの。また私の邪魔をするんですか」

 

「お、おい、婦長さんよ。こいつの言うことはでたらめ…って、聞いちゃいねえよな。やっぱ」

 

「俺は医務室に戻る。……大人しく寝ているのが、病人の務めだろう」

 

「ち、ちょっと待て、セフィロス……!!」

 

「待ちなさい。まず、喫煙エリア外での喫煙は違反です」

 

 

まるで審判者のような眼差しを向けて来るナイチンゲールに、顔色一つ変えずにセフィロスはそう言った。

その途端、勢い良くナイチンゲールの首が動き、その瞳がキャスターをロックオンする。

我関せずといった様子で、彼女が入ってきた扉へと向かったセフィロスを追おうとしたキャスターは、向けられた銃口に足を止める。

 

 

「借りは返してもらうぞ、クーフーリン」

 

 

振り返りもせずに、告げられた言葉にキャスターは思わず目を見開く。

借りというのはおそらく、以前意識を飛ばしたキャスターをセフィロスが部屋まで連れて行ったことだろう。それは良いのだが、問題は、初めてあのセフィロスという男が、名前を口にしたのだ。クーフーリンの名を冠する男が一人ではないことから、クラス名であったが。それでも、他人に興味を示さない為に、名前を憶えなかった男の変化は、衝撃が大きいものである。

 

ばたん、と扉が閉まる音が聞こえるまで、暫く呆けていたキャスターは、やっと正気を取り戻す。

そして目の前に突き付けられた、銃口に再び顔を引き攣らせたのであった。

 

 

 

 

 

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