第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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2-13 カルデアにて⑦

静まり返ったカルデアは、まるで落日を迎えた城のようであった。

ばたばたと忙しなく廊下を駆ける音も、百騎を超える英霊たちに時間の許す限り会話を交わすその声も、少なくともセフィロスが召喚されて以来絶えることなく、在ったもので。いつしか、それが日常となっていた。

時折苦痛に表情を歪め呻く姿など、見ていて気分の良いものではなかった。

 

真っ白な、消毒液の匂いに満ちた部屋で、一人眠るリツカの青白い頬に、一筋の銀が流れる。

常に明朗な表情を浮かべ、戦場においてはまだ青いながらも一端の戦士の姿を見せるこの少年は、一応セフィロスと契約を結んだマスターなのだ。

元々傭兵の身であったセフィロスは、誰かに仕えることに抵抗はない。というよりも興味はなかった。

 

 

「……」

 

 

リツカは、影で『英霊たらし』と言われるほどの、英霊の扱いに長けた少年であった。

本人が無意識なのが、質の悪い話であるが。

個々のサーヴァントに深入りはせず、善も悪も人外にさえも対等に接する。

そして、決して彼は、その在り様を否定することはなく、時には寄り添い、時には振り回し、いつしか仲間としてごく自然な形で、絆を深めていく。

 

偶に視察という名目でカルデアを訪れる魔術師たちは、リツカを蔑みを込めて『一般人』と称していた。

確かに、リツカは一般人だ。しかし、このカルデアには無くてはならない存在であった。

実際に、彼の沈黙はカルデアの沈黙となっている。

 

セフィロス自身は、然程この世界に興味を持っているわけではない。

だが、召喚されてから今まで、退屈を感じていなかったのも事実である。

 

 

「……お前さんが、そんな顔するなんざ珍しいな」

 

 

リツカが眩しくないように、と落とされた照明の中で、いつの間にか後ろにいた英霊は小さく笑った。

 

 

「まあ、大抵のヤツはそうさね。

初めは……ただの人間だと思って邪険にしてても、気が付いたら絆されている」

 

「お前も、か?」

 

「いいや。俺はちゃーんとわかってたぜ?

何せカルデアで初めて召喚されたのは、この俺だからよ」

 

「……」

 

「こいつは、弱いんだ。

能天気な面してるが、人理修復を終えた今でも戦闘に尻込みを見せるきらいがある。

魔術に関してはからっきしだな。魔術回路さえ怪しいトコだ。

だが、な。臆病モンでも、飾りモンでもねえ。

どんなに死ぬ思いをしようが、決して大事なモンを手放さねえ強さがある。

敵味方関係なく良いと思えば、躊躇なく突っ込んでいく度胸を持っていやがる」

 

 

リツカの隣の、ベッドに腰を下ろしたキャスターは今までの歩みを語るように、滔々と話した。

振り返らずに黙って、その話に耳を傾けるセフィロスの脳裏にはとある人物が浮かんでいた。

 

 

「……なあ、セフィロス」

 

「なんだ」

 

「いんや……。お前さんも、変わったと思ってよ」

 

「……変わった?」

 

「ああ。初めに会った時とはえらい違いだ」

 

「……」

 

 

キャスターの、師匠の姿を借りるあの神霊が言っていたように、セフィロスは氷の大地そのものであった。

凍て付いた大地は、他の者を寄せ付けなかった。

だが、その微かな温度さえも拒む気高き孤高が、不器用さ故のものであることに気が付いたのは、他でもないリツカなのである。

 

 

「かつて、俺にも……友と呼べるものがいた」

 

「へえ……。そりゃ物好きもいたもんだな」

 

「ああ。だが……それは、傷の舐め合いのようなものだったのかもしれん。

同じく奴らの実験体だったが、真実を知るまでは……良くつるんでいたさ」

 

 

ゆっくりと、自分自身のことを話し始めたセフィロスに、キャスターは目を丸くした。

これまで決して、積極的に己に関することを語ろうとはしなかったセフィロスが、自分から口を開いたのだ。驚愕しつつもキャスターは、リツカが倒れたことが、何かしらセフィロスに影響を与えていることを、察する。

 

 

「“三人の友は戦場へ

ひとりは捕虜となり

ひとりは飛び去り

残ったひとりは英雄となった”」

 

 

ふと顔を上げたセフィロスは、窓際まで歩いていく。

今宵は分厚い雲に覆われて、星空も見えなかった。

 

 

「ふ……。まさか、まだ憶えているとはな」

 

「今のは……。あの、」

 

「“LOVELESS”第一章の一節さ。

ヤツが良く口遊んでいた」

 

「……」

 

「英雄など、実に下らぬものだ。

少なくとも俺にとっては……」

 

「アンタにとって、英雄と呼べるのは一人だけだったんだろ」

 

「……。そう、かもしれんな」

 

 

窓辺に立つ長身の男は、暗い雲で覆われた夜空を見上げる。

まだ短い時であるが、その中で幾度も武器と会話を交わして来た、セフィロスという男のことを、キャスターは理解していた。

生粋の武人肌で、悉く人並みという言葉を知らない。

それは良くも悪くも人を遠ざける。これが、セフィロスに見え隠れする孤独の正体であろう。

人との関わりを知らないからこそ、人との会話の術を知らないわけで。

 

そんな不器用な男だからこそ、その胸に在る『憧憬』を追い続けて来たのだろう。

 

 

「残った一人、っつーのがお前さんかい?」

 

「……かもな」

 

「なら、残りのお二人さんは?」

 

「……。それぞれの、道を選んだ。

それだけの話だ」

 

「そうかい」

 

 

セフィロスの背中に視線を移し、静かに笑んだキャスターは、それ以上問うことはしなかった。

 

 

「次のレイシフト先に、マスターを治すモンがあるんだな」

 

「……おそらく、な」

 

「おそらくって、おい。確証があったんじゃねえのかよ」

 

「ふ、あの男の言ったことだ。俺は知らないな」

 

「はあ……。ったく、どうなっても知らねえぜ」

 

 

宝条の研究所で発見した、座標。

それは、セフィロスの元の世界に通じるものである。

宝条と例のセフィロスを追うために、レイシフトをする予定であったが、リツカが倒れたことにより目的が変更となった。

セフィロスいや厳密に言うとセトラが、示唆した場所に、リツカの身を蝕む『呪い』を解く手掛かりがあるらしい。

 

 

「宝条を筆頭とする人間たちが、より戦力を求めて作りあげたのがソルジャーという存在だ。

年端もいかない人間に、星の命(ライフストリーム)を浴びせ、適合した者のみを採用する」

 

「マスターも、それを浴びたっつーことだろ?」

 

「ああ」

 

 

ふと息を吐いたセフィロスは、静かに室内を振り返る。

影の落ちたその顔に、微かに浮かぶ色を見たキャスターは、何かを考えるように瞳を伏せた。

 

 

 

***

 

 

 

ぼんやりとした重さが頭の中をふわふわと漂う。

曖昧な意識の中で、僅かな覚醒を感じたリツカは、その瞼を開けた。

 

 

「……あれ……?」

 

 

そこには、何処かで見たような世界が広がっていた。

 

空を見上げると、星々が連なり、毒々しさすら感じる緑の蛍光色の光を放っている。

眼前には、森の木々と一体化した大きな建物が物々しく在った。

すっかり植物に侵蝕されてしまっているそれは、改めてみると教会のような造りをしていることに気付く。

植物に侵食され所々に荒廃が窺えるが、何処となく荘厳で、神秘的な佇まいは、何度見てもうつくしい。

 

 

「ここは……あの時の」

 

 

警戒する、というよりも記憶を確かめるという意味で、周囲を見渡したリツカは、ゆっくりとその足を進める。そうしている内に、この場所がセフィロスと初めてレイシフトをした時に、辿り着いた場所と同じであることを確信した。

少々戸惑いながらも、大した動揺は見せずリツカは先へと進んでいく。

突然、突拍子のない場所へと飛ばされることは、慣れていた。これまでの経験の賜物ともいえよう。

 

茨の絡み合う門を抜けて、彩り鮮やかな野薔薇が咲き誇る中庭を抜けていく。

すると、あの時に通り抜けた扉の前に、誰かが立っているのが見えた。

 

 

「……っ、せ…ふぃ、ろす?」

 

二メートル近い長身に黒いロングコートは、リツカがもう見慣れてしまったものだ。

長い髪がリツカの視界で、ゆらりと揺れた。

 

 

「お前は……。カルデアの、マスターとやらか。

なるほど、お前も星痕を賜りし者となった……ということだな」

 

「っ!!」

 

 

扉へと続く階段の先で、リツカを見下ろすその男が、自分の知る男ではないということは直ぐにわかった。

見るもの全てを凍て付かせるその眼光に、足が竦む。

カルデアのセフィロスの瞳は、確かに同じような色をしていた。

だがそれは、温度というものを知らなかったことに起因するもの。

決して、今リツカが相対しているセフィロスのように、温度すら拒絶するような冷たさはなかった。

 

 

「クックック……何を怯える?

そう怖がることはないだろう。リツカよ」

 

 

くつりと低く喉を鳴らし目を細めたセフィロスに、ぞわりとリツカの肌が粟立つ。

それはどうしようもないくらいの恐怖を感じている証であった。

今のリツカには戦う術はないのだ。

味方となってくれる英霊の姿も、ありはしない。

 

 

「星痕を宿したのならば、そう選択肢は多くはない」

 

「せい、こん……?」

 

「ふ、なんだ。何も聞いていないのか?

過去の私はそんなにも……。いや、若しくは……。

まあ良い。教えてやろう」

 

 

その口元に浮かぶ薄い笑いは、妖しい色を纏うものであった。

カルデアのセフィロスが、決して浮かべることはないであろうその表情に、リツカは息を呑んだ。

 

 

「お前は先日、宝条の研究所でライフストリームを浴びているな?」

 

「ライフストリームって、あの緑色の液体……?」

 

「ふ……。液体だけではない、ライフストリームは気化してもその力を失うことはないのだ。

お前は無防備にもそれを浴び続けてしまった。だから、発症した」

 

「な……っ!!俺、が?」

 

「ふん。宝条の張り巡らせた罠だ。

……どうやら、そこまでの想定はしていなかったようだな」

 

「……」

 

「ライフストリームに溶け込んでいたジェノバ因子を取り込んだお前は……。

このままいけば、死に至るだろう」

 

「っ!」

 

「だが、案ずることはない。

星痕を宿した死者の思念…それはライフストリームと共に星を巡り、やがて星を浸食する。

お前も、その一部となる。それだけの話だ」

 

 

ふと視界に入った、自分の腕を見てリツカは絶句した。

黒い痣のようなものが、ぽつぽつとその白い肌を蝕んでいたのだ。

じくじくと体中に感じる痛みは、セフィロスの言う星痕症候群を発症しているからだろう。

眼前が暗くなる感覚に、リツカはぐと唇を噛み締める。

 

 

「いい顔だ、カルデアのマスターよ。

もう間もなく苦痛の時は訪れるだろう」

 

「……何が……目的だ」

 

「私の望みは、たった一つだ」

 

「お前も……あの宝条と同じなのか!?」

 

「ふ、ふふ……ハハハハッ!!

あのような下賤な科学者と一緒にされては困る。

私がアレの召喚に応じたのも、全ては……。

用が済めば、好きにすると良い」

 

 

吐き捨てるようにそう言ったセフィロスの周りに、黒い光が浮き上がる。

そして、セフィロスはその闇に片手を埋めると、再びリツカへと視線を向けた。

 

 

「伝えるが良い。私は『ニブル山を越えて北』へ行く。

またこの星を救うというのならば……。また会おう」

 

 

ばっと散った光と共に黒い羽が視界を覆う。

ふわりふわりと舞う羽がリツカの足元へと、落ちた。

思わずそれに目を奪われていたことに気付き、慌てて顔を上げると……。

そこにはもう、セフィロスの姿はなかったのである。

 

 

 

***

 

 

 

がばりとベッドから体を起こしたリツカに、キャスターは目を瞬かせた。

隣のベッドに下ろしていた腰を上げると、心配げに傍へと近付く。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「は、あ……。び、びっくり、した……」

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。なあ、セフィロス」

 

「っ!!うわあ……っ!!」

 

「おいおい、どうしたんだマスター?」

 

 

リツカの顔を覗き込んだキャスターが、セフィロスへと話を振る。

窓際にいたセフィロスも、リツカの様子に眉を顰めると、ゆっくりと近付いた。

だが、近付いてきたセフィロスに、リツカは悲鳴を上げたのだ。

明らかにおかしいリツカの様子に二人は顔を見合わせた。

 

 

「……もしかしてお前さん、また夢でなんかあったのか?」

 

「う……うん」

 

「そうか、合点がいったぜ。

セフィロスに関することだな」

 

「う。……ご、ごめん、セフィロス……。

違うんだ……。セフィロスだけど、セフィロスじゃなくて……」

 

「あァ?なんだそりゃ……。いや、待てよ」

 

「……何を、言っていた?」

 

「俺が、星痕症候群を発症していることと、残された時間は、少ない……ってこと」

 

「……」

 

「ねえ……セフィロス。本当、なの?」

 

「事実ではある」

 

「……やっぱり、俺」

 

「あー。もう、アンタはいっつも一言足りねえなあ!

安心しろマスター。手は打ってあるさ。

セフィロスが責任もってちゃーんと治してやるとよ」

 

「っ!!ほんと……?」

 

「だから、今は寝とけ。

まだ回復してねえんだろ」

 

「……わ、わかった」

 

 

どうやら夢の中で予期せぬ会合を果たして来たらしいリツカは、青白い顔のまま項垂れた。

敵である方のセフィロスに何かしら言われたのだろう。

悲痛を隠した声音が、彼の心を良く表していた。

縋る様に問われた声に、淡々と返したセフィロスに、キャスターは呆れを滲ませる。

セフィロスの言葉を補うように、キャスターがそう言葉を足していく。

すると、幾分か安心したのだろう。リツカの目に少し光が戻った。

 

それを見たキャスターは、まだ顔色の良くないリツカに休むように言う。

 

 

「あっ!そうだ、セフィロス……。

『ニブル山を越えて北へ行く』って、あと、『またこの星を救うというのならばまた会おう』って、言ってたんだけど意味わかる?」

 

「……ああ。充分過ぎるほどな」

 

「そう、良かった。なら後でちゃんと聞かせてよね。

俺も一緒に行くんだからさ」

 

「……」

 

「ははっ、良い釘を刺したなマスター。

その通りだぜセフィロス。

マスターがこうなっちまった今、頼れるのはお前さんだけなんだからよ」

 

「……。わかって、いるさ」

 

 

リツカは明るい笑みを浮かべると、セフィロスを見上げる。

揶揄うようなキャスターの言葉に小さく溜息を吐いたセフィロスは、そう呟いた。

そんなセフィロスの様子に、満足げに頷いたリツカは、ゆっくりとその瞳を閉じたのである。

 

 

「そんで、状態はどうなんだい」

 

「……何とも言えんな。

言っただろう?星痕症候群の進行は、心理的状態にも影響される」

 

 

キャスターの問いにそう答えたセフィロスは、リツカが眠りについたのを確認すると踵を返した。

 

 

「そろそろ、あの女医が来る時間だぞ」

 

「げ」

 

 

セフィロスの言葉を待っていたかのように、廊下から足音が響いて来る。

かつん、かつんと規則正しく打ち鳴らされるそれは、確実に医務室へと近付いていた。

 

 

「じゃ、じゃあまた来るぜ、マスター」

 

 

安らかな寝息を立てるリツカに、キャスターはそう声を掛ける。

そして、さっさと医務室を出て行ってしまったセフィロスに続いたのであった。

 

 

 

 

 


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