第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

33 / 44
3-4 セトラの過去③

凍てついた灰色の大地は面積のみで考えると小さく、一周するまでにそれほど掛からないように思える。

しかし実際は地形的にも気候的にも、この星で一番生身厳しいといえるだろう。

常に雪と氷に覆われ、吹雪はもちろん竜巻、強風、落雷が襲う、恐ろしい場所なのである。

一番奥の地に辿り着くためには、山や谷、そして洞窟をいくつも超えていかなければならない。

いくら旅慣れていようとも、決して一筋縄ではいかないだろう。

少しでも気を抜けば凍てついた大地の餌食となるのは目に見えていた。

 

一応備えはしたが非常に気が重い。

というのも基本的に私は寒いのが大嫌いなのである。

隣を歩くセフィは相変わらず涼しい顔をしているが、北の大地の入り口ともいえる森に辿り着いただけでも、嫌な予感しかしていなかった。

 

そう北に向かってひたすら歩き続けた私たちは、とある森に足を踏み入れていた。

私の記憶では、生きとし生けるものを拒むこの地で唯一の森であったと思う。

この先は氷と雪の世界となるので、野営出来るのは最後となるだろう。

分厚い雪雲に覆われた北の大地の空は暗くなるのが非常に速いので、今日はこの森で休むことにする。

 

セフィが森に落ちている枯れ木を広い集めて来てくれたので、下級魔法を発動させて火を付けた。

こういう時魔法のありがたさをしみじみと感じるのは、私だけであろうか。

火の番をしがてら手元に紙とペンを用意すると、本日の旅路を出来るだけ細かく丁寧に書いていく。

この北の大地を制覇することができれば、この星の地図が完成する。

だが特別絵心があるわけではないので、落書きにも見えてしまうのが悲しいところである。

まあそこは、他の古代種たちも自分の記録を残していることだろうし、後世の人間たちが解読して正確な地図を作り上げるだろう。

 

そんな投げやりともいえる気持ちで歪な線を引いていると、ぱきりと枝を踏む音がすぐ近くで聞こえた。

 

 

「兄さん、また書いているのか」

 

「ああ。もう日課だからな。

これを書かねば、寝られん」

 

「そろそろ寝ろ。また起きれないぞ」

 

「ははっ、その時は頼むよ。セフィ」

 

「……わかっているさ。日課だからな」

 

 

声を掛けてきたセフィが呆れたように溜息を吐いた。

そんな顔をしながらも甲斐甲斐しく毎朝起こしてくれることはわかっているので、明日も甘えさせてもらうことにしよう。時計が内蔵されているのではないかと思うほどセフィは、時間に正確である。

まあ、本人のやる気に比例するのが玉に瑕(たまにきず)なのだが。

 

重ねた紙の束を一つに纏めると簡易な魔法を口遊む。

日が経つに従い増えていくそれは、もう分厚い辞書何冊分の量となったであろうか。

もちろん旅人の身であるので、それらを抱えて移動することは不可能である。

何時如何なる時に獣に襲われるかわからないし、牙を向く自然にも抗わなくてはならない。

それにこの時代であっても、いやこの時代であるからこそ、盗人にも多く出現した。

 

単なる記録的な意味の日記であれば、水浸しになろうが盗まれようが気には留めないだろう。

しかし日記なんぞ三日で飽きる私がもう幾年にも渡って綴り続けて来たそれは、とある者への手紙なのだ。

届くかもわからない紙の束に、旅の途中で発掘し加工を施した宝石の中へと封じる。

こうすれば劣化の要因を排除出来るのでとても便利であるが、砕かれてしまうと効力を失うので、扱いには厳重注意である。

 

 

「寝付けないなら、付き合うが?」

 

「いや今夜はやめておくよ。

それにセフィ、お前こそ最近寝れていないだろう?

ひどい顔をしているぞ」

 

 

ぱちぱちと音を立てて燃える火が線香花火の如く跳ねた。

奥へ奥へと向かうに連れて、日に日に気温は落ちていくだろう。

この炎はただの炎ではないので、例え冷え切った大地の上に直接落としても消えずに燃え続けるだろうが、強力な分魔力を喰うのであまり推奨されない使用方法である。

 

草木を一瞬で灰と化す業火も調整すれば、問題はない。

流石地獄の火炎といったところか。揺らぐことなく安定したあたたかさを提供してくれる。

持ち主からすれば『そんなことに使うな』と呆れるだろうが、此方としても死活問題なのである。凍死は御免だ。

 

寝付けない時私はどうしても体を動かしたくなるので、大抵剣を振るって汗を流す。

いつからであったか忘れたが、それを見ていたセフィが付き合ってくれるようになったのだ。

窺うように合わせられた視線から察するに、おそらく私が今日も寝付けないであろうことを予測して誘ってくれたのであろう。

ありがたい申し出ではあったが、それよりも気になることがあった。

火の明かりに照らし出されたその顔に浮かぶ、疲労の意味について。

 

 

「……不吉な星が出ているな」

 

「ああ。あれは、良くない」

 

 

夜空に転がるのは玲瓏たる星月。

岩の上に腰を下ろした私の傍へと近付いて来たセフィは、空を見上げるとそう呟いた。

 

 

「……」

 

「セフィ?」

 

「……嫌な、予感がする」

 

「だろうな。星は凶兆を告げている。

今までにないくらいに騒ぎ立てているが、」

 

「……違う」

 

「……?」

 

「違うんだ。星、だけじゃない。夢も……」

 

「夢?」

 

「嫌な夢ばかり見るんだ、……兄さん」

 

 

私を見下げるその顔は逆光となってしまって良く見えなかった。

ぽつりぽつりと絞り出される声は、今まで押し殺して来たものであろう。

我慢強いと言えば聞こえは良いだろう。だがセフィの場合は、ただヒトに頼ることやヒトに甘えることに関して極端に不器用なだけなのだ。

 

最近のセフィの様子が可笑しいことは当然気付いていた。

押し殺された悲鳴と共に飛び起きると放心したように固まる、それが繰り返されていたのだ。

顔色も良くなかった。たださえ色白である為か白を通り越して青くも見えるくらいに。

そんな状態を心配しない筈もなく、何度か話を聞こうと試みたのだが……。

まるで子供返りをしたように私にしがみ付くだけで、何も言ってはくれなかった。

 

 

「……どんな夢だ?」

 

「何かが……来る。

突然現れて、この星を染め上げ崩壊させ……」

 

「……」

 

「それを止めるために……兄さんが」

 

 

ぴんと張り詰めた水面に石を投じたかの如く揺れる青を見た瞬間、すとんと私の中で何かが落ちた。

 

星と語り、星を詠み解き、星と共に歩む。

体に流れる(ほんのう)が星の祝福(みちびき)に従い、古代種は生きる宿命にあるのだ。

 

空を見上げる。

煌々とした光の粒だ。

絶えず瞬き、時に流れ落ちる。

それは……古代種の、生涯を表すもの。

 

――その時が、来る。

己の吉凶を示す星が、そう告げていた。

 

 

「……そうか」

 

「兄さん、」

 

「星の指示す運命を覆すことは出来ない。

それはお前も良くわかっているだろう」

 

「いや、だ」

 

「セフィ」

 

「嫌だ。……俺は認めない」

 

「……セフィロス」

 

「……!!」

 

「お前ももう巣立ちを迎える時だ。

古代種の男は剣を覚えたら、家族から離れ己の旅路を往く。

……神々をも唸らせる腕を持つお前を此処まで連れ回してしまったのは、一重に私の都合(エゴ)でしかたんだろう」

 

「そんな……!兄さん!」

 

「お前の星は澄んでいる。

他の星々よりも、一目見ればわかるほどだ。

お前のその高潔(がんこ)な精神の象徴と言って良いかもな」

 

「にい、さ……」

 

「だが少し気になる点があってな。わかるか?

……瞬きの間に見え隠れする、あの一点の曇りだ。

前々からあったが、日に日に大きくなっているように見えてな。

気掛かりなのはそれくらいだよ」

 

「……っ、馬鹿なことを……」

 

「ははっ。まあお前の面倒を見続けた所為で色恋とは縁がなかった……というか、殆どお前がモテるだけで終わったからな。心残りはお前だけということになる」

 

 

古代種はその血を絶やさないために、子供が生まれ育ち身を守れる術を得たら独り立ちをさせる。

兄弟がいたとしても別々の旅路へと送り出させるのが、親の使命でもあるのだ。

老いていく親の手を放し、次の世代へと繋いでいく。

それを繰り返すことにより古代種は、今まで生を繋いで来た。

 

兄弟が同じ旅路を歩まないのは全滅を避ける意味もあり、本来なら私もその慣例(しきたり)に従い、セフィの手を離さなければならなかった。

だが私はそうしなかった。古代種として旅をするのは二回目であり、尚且つセフィロスの存在を疑問に思っていたこともあるが……。いやこれ以上は、言うまい。

動揺を見せるセフィロスには悪いが、此処に来た時から覚悟を決めていたこともあって不思議と心は凪いでいた。

 

そんな私を睨み付けるように見下げたセフィは、腰を落とし膝を地面へと付けた。

 

 

「セフィ?」

 

「いつもそうだ。兄さんは……俺の見るその先を見ている。

星ですら示せないほど、遠いところを」

 

「……」

 

「俺は、兄さんの力になりたい……。兄さんの剣に、なりたいんだ。

星を見る力よりも『兄さんの目が見る』ものを見る目が欲しかった。

俺を導くのは星なんかじゃない、兄さんだ。そう言ってくれただろう?

それなのに、俺を……置いていくというのか?」

 

「……セフィ」

 

「なぜ、なぜだ?

俺には兄さんしかいない。兄さんだってそうだろう?」

 

「……」

 

「そんな話を聞いて、俺が簡単に引き下がるとでも?

素直に言うことを聞くとでも思ったのか」

 

「……お前がそう思ってくれるのは嬉しいが、私は星の指す方へと行かねばならない」

 

「……」

 

「お前が何処まで見たのかはわからんが、このままでは古代種は全滅するだろう。

そしてこの星もヤツに乗っ取られて終わりを迎える。それだけは阻止しなければ。

お前との旅を続けることすら儘ならんからな」

 

 

先を知るということは、時に不幸である。

特に逃れられない絶対的な運命を見てしまった時の絶望は、計り知れないのだ。

 

 

「なあ、セフィ。最後まで共に戦ってくれるか?」

 

「……。兄さんの、背中を守れるのは俺だけだろう」

 

 

私のその言葉に、青い瞳が大きく揺れる。

頬に手を触れてそれを覗き込むと、大きな溜息を一つ零してセフィはそう言葉を返した。

案外素直に返されたそれに、この時私は何の違和感を抱くことはなかった。

 

 

「……」

 

セフィの星に見え隠れする『曇り』も、その瞳に燻る『仄暗い何か』にも……。

一切、気付くことはなかったのである。

 

 

 

 

 

――それから数日後。

木々に覆われた森を抜けると、そこはまさに『水を抜いた海底』であった。

森とその先にある都を結ぶ谷であるらしいが、木の代わりに巨大なサンゴが生えており所々に海藻が茂っているのだ。岩が連なり足場を成しているが、その海藻たちの所為で滑り落ちそうになるのを堪え、先へと進んでいく。このサンゴの谷を抜けると『とある都』に辿り着いた。

 

巨大な貝殻をくり抜いて造られた特徴的な家々が並び、中央には特別大きな巻貝が置かれている。

その巻貝は驚いたことに図書館であるらしく、中には紙の束を重ねた本が並んでいた。

 

周りを水に囲まれたこの都には多くの古代種が住んでおり、これまで見て来た中でも一番栄えているように思える。旅を続けるものと、やめたものが顔を合わせて情報交換をしている光景を何度も目にした。

旅をやめたからといって約束の地を諦めたわけではないのだろう。

 

装備はある程度整えてあるが、もしかしたら何か良いものがあるかもしれないと思い、道に並ぶ露店を眺めながら歩いていく。貨幣が流通しはじめる前から、旅人同士の物々交換や情報交換のために露店が開かれていたのでさほど珍しい光景ではない。偶に目が飛び出るような掘り出し物が売り出していることもあり、ついつい見てしまうのだ。

 

 

「……うん?」

 

 

露店では、食料や宝石そして武器や防具といったものが雑多に並んでいる。

一つ一つに目を通すようにしながら進んでいると、ふと何気なく目をやったそれに足が止まった。

その店はどうやら武器や防具を専門としているようで、所狭しと剣や槍、鎧兜などが並んでいた。

良く手入れがなされた刀たちが並ぶ中でも、それは浮き立って見えたのである。

 

何といっても目を惹いたのはその『長さ』であった。

 

 

「……」

 

 

身を乗り出してよくよく見る。

そうして見れば見るほどその刀には見覚えがあった。

 

 

「おう、兄ちゃん。

その刀が気に入ったのかい」

 

「あ、ああ……。これは」

 

「そいつは確か、東を旅した時に拾ったヤツだ。

兄ちゃんの腰に差してんのは西の方のヤツだろ?」

 

「ああ、多分な」

 

「東は西と違ってそういう形の刀が主流でな。

見りゃわかるだろうけどよ。

細身だが相当の重さがある。誰も振り回せやしねえさ。

こいつを軽々振り回せたらバケモンだろうぜ」

 

「ははっ、まあそうだろうな……」

 

「名の知れた刀匠が打ったらしいが、この時代飾り刀を欲しがるヤツはいねえだろうしなあ。

うちも仕入れたは良いが売れなくて困ってんだ」

 

「……そうか」

 

 

身の丈よりも長いそれを手に取ってみる。

ずしりと感じる重みは、少し前までセフィロスの体で振るっていたものと同じであった。

鞘に美しい文様が象眼され、全体的に気品溢れるうつくしい刀である。

少し刀を抜いてみるとぎらりとした鋭い光が目を突いた。

 

 

「名は?」

 

「名?……兄ちゃん。良く知ってんなあ。

あっちの方は一本一本に名前を付けるんだが、あー何だったか」

 

「もしかして、正宗……とか?」

 

「おお!!そうだ、正宗だ!

いやあ、すっかり忘れてたぜ。スッキリした気分だ」

 

「……やはり」

 

「その刀のこと、知ってたのかい?」

 

「少しな」

 

「ならこれもお星サマのお導きさ。安くしてやるからどうだ?」

 

「……そうだな、」

 

 

非常に持ち歩きには不便だが、収納してしまえば問題はないだろう。

問題があるとすれば今のセフィにこの刀が扱えるか、である。

だが本人は嫌がるだろうが、重力操作の魔法もあるので使えるようになるまでは、ちょっと手を加えるのもありだろう。名刀なだけあって結構な値はしたが、もはや買わないという選択肢は存在しなかった。

 

店の主もずっと気掛かりであった刀が売れたことにほっとしたのだろう、とても良い笑顔で手渡してくれた。

そうしてとんでもなく長い刀を手にしたのだが、物理的に重くなる筈の足取りが寧ろ軽かった。

持ち主となるセフィがどんな顔をするかわからなかったが、きっと気に入ってくれるという直感があったのかもしれない。

 

気を抜くと引き摺りそうになるそれを抱えて、巻貝の形をした建物へと入る。

図書館で何かを調べたかったらしいセフィとは少しばかりの別行動をしていた。

窓から入る光により、全体的に青く染まって見えるのがこの都にある家の特徴でもある。

まるで海の底にでもいるような気分になりながらも、そう広くはない部屋で書物に目を通している長身の男へと近付いた。

 

 

「目的のものはみつかったか?」

 

「……。いや、」

 

「ふむ、残念だな。だがこれだけの本が揃っているんだ。

もう少し粘ると良いさ。その前に一つ付き合って欲しいんだが……」

 

「……手にしている、それか」

 

「ははっ、流石にバレたか。

お前の新しい相棒だ、セフィ」

 

「刀……?」

 

「ああ、正宗という名刀らしい。

異質な刀だが、お前なら扱えるだろうと思ってな」

 

「……」

 

 

本を置いたセフィへと剣を差し出す。

あまりの長さにか一瞬眉を顰めたが、何も言わず素直に受け取ってくれた。

正宗の感触を確かめるように柄を握り、鞘を少し抜いたセフィの姿を見ると、パズルのピースがぴったり嵌った時のような爽快感が胸に込み上げる。しっくり来るとは、まさにこのことを示す言葉であろう。

 

食い入るように正宗を見ていたセフィを図書館から連れ出すと、人気の少ない都の奥へと向かった。

普通の刀とは間合い一つ取っても異なるのだ、いくらセフィであっても練習は必要だろう。なんてセフィを気遣ってはみるものの、結局のところ一番心を躍らせているのは私なのである。

それを察してかセフィは呆れた顔を見せていたが、同時に満更でもなさそうな表情を浮かべているのは、正宗を気に入ってくれた証拠……だと思う。

 

 

「……振れるか?」

 

「ふん、誰に言っている」

 

 

鞘から抜き放った、刀身のなんとうつくしいことか。

緩やかに流れる刃紋や曲線の艶めかしさといい、その上に滑る光の鋭さといい、どれ一つを取っても称賛に値するであろう。

 

 

「随分余裕じゃないか、兄さん。

不慣れな刀だ……手加減は出来ないぞ」

 

「お前に手加減されるようになったら、それこそ引退時だろうよ」

 

 

柄から切っ先まで確かめるように振り下ろされた刀を躱すと、砂地に無数の亀裂が走る。

少しぎこちなさを感じるとはいえ、いきなりあのような癖の強い刀を的確に振るうことが出来るとは……。

それにしても、こうして剣を交える時にだけやけに饒舌になるのは誰に似たのだろう。

セフィは剣の鋭さと同じ光を瞳に宿すと、楽しそうに口の端を吊り上げた。

 

 

「さて……セフィ。

久しぶりの兄弟喧嘩だ、派手にいこうじゃないか」

 

「いいだろう。負けた方が言うことを聞く、で良かったか?」

 

「ああ、そんなルールもあったな。そうしよう」

 

 

セフィとは滅多に喧嘩をすることはなかったが、何せお互い意見を曲げることを知らない性質であることから、一度意見が食い違うと面倒なことになる。だから自然の摂理に習い、力の強い方のいうことを聞くということで解決して来た。小さい時は軽々と捻じ伏せられたが、そろそろ負ける時も近いのかもしれないとこっそり思ったりしている。その時はまたルールを変えさせてもらおうか。横暴だって?兄の権限と言って欲しい。

 

 

「……」

 

 

静かに目を閉じて、一度無へと還る。

目を開けると、剣士の目をしたセフィが静かに此方を見据えていた。

――刀光剣影(とうこうけんえい)

漲るのは殺気ではなく闘志であるが、もう既に切り合いは始まっているのだ。

本物の武人は『目で殺す』というくらいだ、此処で押し負けたら死あるのみ。

 

研ぎ澄まされていく感覚、聞こえるのは自分と相手の心音のみだ。

この瞬間が好きだった。気持ちの高揚と共に開いてく瞳孔、引き摺り出された本能により、戦闘態勢へと整えられていくこの時が。

自分の腰から剣を抜く。セトラブレード、慣れ親しんだ相棒である。

剣を構えると互いの研ぎ澄まされた気により、周りの音が消えていく。

 

そうして完成された静寂に、ふと一陣の風が駆け抜けた。

ふわりと風に舞い上がった葉が滑るように落ちた瞬間(とき)

 

 

――深い斬撃痕が地を割いた。

地面を蹴ったのは同時、どちらからともなく重ねられた剣が――キインと咆哮()いた。

 

 

交わされるのは神速の斬撃。振るう度に増す速度と精度に冷や汗が伝う。

それをいなして相手の懐へと飛び込むが、振り上げられた足により蹴り飛ばされる。地に体を転がせてすかさず受け身を取ると、容赦なく飛んで来た斬撃波を打ち消した。すると瞬き程度の隙が生じたので一気に懐へと突っ込んだ。咄嗟に振り下ろされた重い刀を受け止めると、始まった鍔迫り合いに腕が振るえた。

悔しいが力ではセフィの方が上回る。しかしそんな理由で負けてはいられない。

 

 

「ぐ……っ、」

 

「……ふっ。どうした、兄さん。辛そうじゃないか」

 

「はっ、なめるなよ……!」

 

 

至近距離に寄せられた顔が、挑発の笑みを浮かべていた。

あまりに絶妙な挑発であったのでファイガでも打ち込んでやろうかと思ったが、こうしてセフィと手合わせをする時は己の得物以外を使用しないのが暗黙の了解である。

短く舌を打つと敢えて力を抜く。これは悪手になりかねない手段であるがこのセフィに限っては有効なのだ。通常時の戦闘であったならば、セフィがこんなことでバランスを崩すことはありえないだろう。

しかし相手が悪かった。刀を引こうと微かに崩れた体勢を、見逃すわけがないのである。

 

 

「相変わらず、甘いな。セフィ」

 

 

私の防御よりも攻撃を取る癖(無謀な戦闘スタイル)を熟知しているからこそ、ある一定以上は踏み込んで来ないのだ。本気の手合わせとなればなる程に、そのセフィらしくない甘さは垣間見える。

それは手加減ではなく一種の防御本能(トラウマ)によるもので、その原因となったのは他でもない私なのである。というのも、セフィが剣を握るようになってから毎日のように手合わせを行って来たのだが、ある日私の『癖』が出てしまい、セフィの剣が腹に突き刺さったことがあった。

 

誤解があるとアレなので一応説明しておくが、何も態々痛い思いをしたくてやっているのではない。

攻撃を繰り出し相手にダメージを与えたその瞬間こそ大きな隙を生む。なので、そこを狙ってわざと攻撃を受けて反撃(カウンター)を返すというのは、理に適っていると思うのだが……。どうも理解を得られないでいる。

 

さて話を戻そう。結果的にセフィから受けた攻撃はただの掠り傷であった。

だから少しも気にする必要はないのだが、セフィにとってそれは大きなトラウマとなってしまったらしい。

それからというもの、いざという時の攻撃には身を引く癖が出来てしまったのである。

私と手合わせをする時のみであるので、支障はないといえばないのだが……。何せ幼いセフィ相手にそのような戦い方をしてしまったのだ。その点については反省していなくもない。

 

 

「……っち、」

 

 

だがそれはそれである。

私もセフィも筋の通った戦いを好むが、正当な戦いほど戦略が必要だと思っている。

だからこの手もイヤらしい戦法であることに違いはないが、相手のトラウマを突くのも戦略の一つというわけだ。まあそれでも、腕に浅い切り傷しか与えられず、寧ろセフィロスに火を付けてしまっただけなのだが。

 

 

 

 

 

「――っ!!」

 

 

がつん!というひどい衝撃が手に走った。

鈍い痛みに思わず剣を落としそうになるが、それでも力を込めて強く握り締める。

剣士は例え骨が折れようが手が千切れようが己の得物を手放してはならない、何故ならばその瞬間剣士として降伏と敗北を意味するからである。

 

しかし重い猛攻を受け続けた手はもう限界を超えていた。

剣を持ち替えようとしたが、完全に痺れが回った手は言うことを聞いてはくれない。

仕方なく再び構えようとして……。何とか鞘に納めた。

 

地面に突き立った剣、その持ち主は静かに膝を付いていたのだ。

 

乱れた息を痛む肺を動かして整える。

荒いだ息も、震える指先も、ほぼ同じであった。

そのまま崩れ落ちそうになる体に鞭を打つと、砂の上に座り込んだセフィの後ろに回り背中合わせに座った。

 

 

「慣れた剣であれば……。

お前が勝っていただろうな」

 

「……ふん。それは言い訳に過ぎないだろう。

俺は兄さんに負けた。それ以上でも以下でもない」

 

「お前は、ほんと武人肌というか……。固いよな」

 

「見て育った背中の主が『そう』だった。それだけさ」

 

 

心配なく預けられるまでに大きくなった背中に、ぐうっと凭れる。

砂地に広がる長い銀髪に砂が絡んでいるのが見える。

ぽつりと零された呟きに思わず笑いを零すと、表情の見えない弟へ声を掛ける。

 

 

「なあセフィ、久しぶりに一緒に風呂入ろうか」

 

「……。突然、なんだ」

 

「ははっ、そう照れるなよ。

髪洗うの面倒だろう?」

 

「……乾かすのもな」

 

「だろう?お前はめんどうくさがりな癖に、手入れには余念がないよな」

 

「兄さんだってそうだろう」

 

「私は、まあ……。魔力のためだ。仕方ないだろう」

 

「……。兄さん」

 

「ん?」

 

「……良い、刀だな」

 

「私が選んだのだから、当然だろう」

 

「ふ、それもそうか」

 

「お前の相棒だ、大切にな」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「……」

 

「兄さん」

 

「どうした?」

 

「……、もし……。いや……何でもないさ」

 

「……お前、私がそういうの気になって仕方がない性分だと知ってやっているな?」

 

「ふふ。さあな」

 

「はあ……全く、仕方ないな」

 

 

嵐の後の晴れ間のように、穏やかな時だった。

相変わらず分厚い雲は空を覆っていて、吹き抜ける風も冷たいものであったが、不思議と暖かかった。

預け、預けられる背中から感じる生のぬくもりに、小さく息を吐く。

 

暖かいを通り越して熱いものが、胸に渦巻き始めていた。

繋いだ手は預け合う背中に代わった。同じ方向を見ていた目が、別々の方向を見据え始めたのだ。

 

 

ふと耳を澄ますと、満ちた海から潮騒が聞こえる。

それに、聞き入るように目を閉ざした。

 

私の役目が一つ、そしてもう一つ、終わろうとしていた――。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。