「……っは、っは……っ、誰か、だ、誰か――!!」
廊下を駆け抜ける一人の少女がいた。
菫の髪を靡かせて、必死の形相を浮かべたマシュは助けを求める。
それは数分前のことであった。
次のレイシフトに向けて編成を組むリツカのサポートをしていたマシュは、談笑を交えつつも真剣に話し合いをしていた。
しかし突然、リツカが苦しみ始めたかと思うと床に倒れ込んでしまったのである。
全身を掻き毟るようにもがき苦しむリツカに、驚いたマシュは慌てふためきながらもベッドに寝かせて様子を見た。すると、腕や首、顔の至る所に、ぽつぽつと黒い斑点が浮かび上がっているのに気が付く。
それを見た彼女の頭に浮かんだのは、リツカに掛けられたという呪い『星痕症候群』のことである。
ならば自分には対処は出来ないだろうと、助けを呼びに部屋を飛び出た。
尋常ではないリツカの苦しみに、もしかしたらそのまま死んでしまうのではと、マシュはパニックになりながらも、足を縺れさせないように走る。それが精一杯であった彼女は、角を曲がった先にいた人物を避けることが出来なかったのだ。
「っ、きゃあ……!!」
「……」
なりふり構わず走っていたマシュは、そのままの勢いで死角から出て来たそれに突っ込んでしまった。
どん、とそれなりの衝撃でぶつかると、反動を受けて後ろへとひっくり返りそうになる。
「ご、ごめんなさい……!」
「大丈夫か?」
だが肩を掴まれ引っ張られた為に、後ろに転倒することはなかった。
崩れた体勢を直したマシュは、蒼白の顔で頭を下げた。
すると上から聞こえて来た声に、はっとして顔を上げる。
彼女を高い位置から見下ろすその人物は、探し求めていたその人であったのだ。
「せ、セフィロス、さん……!!たすけて、助けて、下さい……!
先輩が、先輩が……っ」
その筋肉質な腕を掴み、縺れる舌を必死に動かす。
それほどまでに彼女は必死であった。
「どうした?」
「……っ、せ、先輩が、倒れて……すごく、苦しんでて……」
「どこにいる?」
「自室です……!」
「行くぞ」
マシュの様子を見て察したのか、セフィロスは直ぐに動いた。
足早にリツカの自室へと向かうと、ノックもせずに扉を開ける。
その背中を追い掛けたマシュはセフィロスに続いて、再び部屋へと入る。
「……不味いな」
「……っ!」
「星痕の進行というよりも、身体が限界なのだろう。
このままでは直ぐにでも……」
「そんな……!どうにか、どうにかなりませんか……!」
ベッドに横たわるリツカの顔を見たセフィロスは、眉を顰めた。
黒ずんだ肌に、全身に吹き出した汗、時折掻き毟るように自らの爪を肌に突き立てていた。
マシュは掴み掛る勢いでセフィロスに詰め寄る。
セフィロスは考える素振りを見せると、リツカの両手を掴んだ。
「……お前は、此処にいろ」
「え……でも」
「絶えず声を掛けろ。お前の呼び掛けなら届くだろう。
進行を抑えるには、この男の精神の強さが必要となる。支えてやれ」
「……わ、かりました」
「それと手を抑えておけ。このままだと血に塗れる」
「は、はい!あの……セフィロスさんは?」
「治療薬はないが進行を遅らせるものならば、憶えがある。
……少し待っていろ」
「本当ですか!?よ、かった……」
「あくまでも応急処置に過ぎないが、ないよりはマシだろう」
マシュにリツカを託して、セフィロスは部屋を出て行った。
静まり返ったリツカの部屋には、荒い息と苦しむ声が痛々しく響く。
残されたマシュはリツカの手を握り、祈るように呼び掛け始めた。
「……先輩、……もう少し頑張りましょうね!
今セフィロスさんが、お薬を持って来てくれますから」
正直マシュは、初めてセフィロスという男を目にした時、とても冷たく近寄りがたい印象を受けていた。接してみても、何を考えているのか良くわからない冷たい男だと思った。
しかしそんな氷のような男は、カルデアで過ごすうちに微かながらも表情を浮かべるようになり、更にその過去に触れたことでマシュは、いつの間にか親しみを感じるようにもなっていった。
だからセフィロスが現れた時安堵した。きっと、あの人ならば助けてくれるだろう。そんな信頼が芽生えていたのだ。
そうして彼女はリツカの手を両手で包み、声を掛け続けたのである。
一方、リツカの部屋から出たセフィロスは、とある方向へと歩き始めていた。
マシュに言ったように、星痕症候群の治療薬は存在しないが、進行を抑える薬には心当たりがあったのだ。
だが作り置きの薬はないので、一からその薬を作らなければならない。
セフィロス材料を頭の中で浮かべていると……。その背後で、かつんとヒールの音が鳴った。
「まあ!貴方は、セフィロス……。
やっとお目に掛かれました」
後ろから聞こえてきた、嫋やかな女性の声に視線だけで振り返る。
するとセフィロスの傍まで足早に近づいて来たその英霊は、華やかな笑みを浮かべた。
源頼光。落ち着きを払った言動と、優雅な佇まい、洗練された仕草などからは想像出来ないが、バーサーカークラスの一人である。しかしその精神は神性と魔性が入り交じり、母性愛という狂気が爆発してしまえば手に負えなくなる。主にリツカがその『狂気』を受けて来たのだが、どうやらセフィロスもその範囲内に入ってしまったらしい。
あのスカサハ=スカディを見ればわかる通り、母性を擽らせる何かがあるのかは不明だが、セフィロスは『そういう類』の英霊を引き寄せるらしい。
「私、源頼光と申しますの。サーヴァント、セイバー……じゃあありませんでした。あの、……なぜかわかりませんがバーサーカーとして、マスターにお仕えしております」
「……何用だ?」
「お話は全て、聞いておりました。
どうかこの頼光にもお手伝いをさせて下さい」
リツカへの心配を宿した瞳には、毅然とした光が宿る。
こんな状況だ。手は多い方が良いだろうと、セフィロスが一つ頷くと、花のような笑みが咲いた。
「進行を抑える薬を作るためには、材料が必要だ」
「材料、ですか?」
「女神の涙、妖狐の毛、聖女の血、神の宝石、王の血、太陽の花の花弁、憎悪の炎……」
「あら、ふふふ。このカルデアにおいては、充分に揃えられるものですわ」
「良質な酒、蜂蜜、薬草……これも直ぐに集まるだろう」
「では、如何いたしましょう」
「女神の涙、妖狐の毛、聖女の血をこれに集めて来てくれ」
「承知いたしました、この頼光……マスターのため、そして……ふふふ。鬼になりましょう」
セフィロスはコートのポケットから、幾つかの小瓶を頼光へと手渡した。
青いガラスで出来た小瓶をぎゅと手に握った彼女は、セフィロスを見上げて微笑む。
そうして意気揚々と何処かへ向かって行った。
「……」
その後ろ姿を見てセフィロスは、どのくらいの量が必要かを言っていなかったことを思い出したが、そのまま反対方向へと歩き出した。そこまで量は必要ないので、足りないということはないだろうと考えたのだ。しかしまさかこの判断が、カルデア全体を巻き込む悲劇となることを……セフィロスは想定していなかったのである。
「あ、お兄ちゃん!何処に行くの?」
「クー・フーリンを見なかったか?」
「くーふーりん、ええと……どの?」
「……青髪の」
「……ううんと、みんな同じだよ?」
「魔術師の方だ」
「えーと、うん、私知ってる!」
いつもは鬱陶しい程寄って来るのに肝心な時にいないと、溜息を吐いたセフィロスの足元に、子供の姿をした英霊が駆け寄って来る。セフィロスが探し人を問うと、ジャックはぱあっと笑った。
腕を突き出して案内すると言って来た子どもを持ち上げると、嬉しそうにジャックは笑い声を上げる。
そうしてジャックの案内のもとに向かった先は、セフィロスにとっても馴染み深いトレーニングルームであった。
「おう、セフィロス!今日は子連れか?」
主に血の気の多い英霊が集まるこの部屋に足を踏み入れると、緑の髪を掻き揚げた英霊が声を掛けて来た。セフィロスが視線を向けると、快活な笑みと好戦的な瞳が返される。
「悪いが、急ぎだ」
「そうか残念だ。終わったら相手してくれよ」
「ああ」
だが今はそんな余裕はない。
セフィロスがそう返すと、アキレウスはあっさりさっぱりと引き下がった。
中にいる英霊たちと似たようなやりとりをして、部屋の奥へと向かうと……。
「……っ、だあああっ!!」
「っち、しつけえな」
「それがっ、ウリでね……!くらいな……っ!」
くるりと回した杖を槍のように構えたかと思うと、そのまま殴り掛かる。
それを拳で弾くと、もう片方の拳で隙の出来た腹を殴り付けた。
「……かはっ!……は、はは……そこだあ!!」
「な……っ」
隙が出来ていたのはブラフであったらしい。
黒髪の英霊の目の前で、炎が弾けた。
「……お兄ちゃん?」
「横槍を入れるのは趣味ではないが、時間がないものでな。
案内はもう良い。助かった」
「……私、此処で待ってる」
「……好きにしろ」
まだまだ続きそうであるキャスターとアサシンの戦いを見て、セフィロスは深い溜息を吐いた。
そしてジャックを降ろすと、愛刀と顕現させる。
「セフィロス、」
「急ぎだ。大目に見ろ」
「仕方あるまい、後で話せ」
「……ああ」
いつの間にそこにいたのだろう。
背後の壁に背を凭れたスカサハが眉を顰めたが、セフィロスの様子を見て何かを察したらしい。
すらりと長い刀を構えると、セフィロスは床を強く蹴り上げて跳躍した。
そして壁を三回蹴り天井近くまで舞い上がると、そこから一気に急降下した。刀を下に向けながら。その切先に青髪と黒髪の英霊を捉えて。
「……っ、はああああっ!!??」
「うっそだろ……!!あっぶねええ!!」
拳と杖が交差する、その一点に長い剣先が突き立つその瞬間。
上からの急襲に気付いた二人が、咄嗟に身を引いた。
二人が反対側へと飛び退いたのを確認したセフィロスは、その切先を青髪の英霊の方へと突き付ける。
「ってめえ……!セフィロス……!」
「頼みがある」
「はあ?頼み……だと?」
「お前の薬草と、作業場を貸せ」
「……はあああ、アンタなあ」
そりゃ頼みじゃなくて脅しだろ、と青筋を立てたキャスターが噛み付こうとセフィロスを睨み付けようとして、ぴたりと止まった。
「……仕方ねえな。貸し二つだぜ」
真剣な赤い瞳が、セフィロスを見据える。
セフィロスがそれに頷いたのを確認すると、キャスターは杖をしまった。