第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-3 カルデアにて①

揺らめいた影に囲まれ、男は静かに瞳を閉じる。

 

 

 

―――ずっと、ずっと、考えていた。

何故自分が、セフィロスという名の英雄の体に入り込んでしまったのか。

何故自分が、人類の消え失せた世界に一人佇んでいたのか。

何故自分が、人類最後のマスターと出会いカルデアに導かれたのか。

 

男は生前は古代種として、約束の地を目指して旅をしていた。

厄災ジェノバに襲われ、仲間は次々に地に伏していった。

あの時、これだけの力がもしあったなら……。

もしかしたら、厄災を殺すことが出来たのかもしれない。

そうすれば、古代種も滅びることなく、この身体の主もただの人間として暮らせたのかもしれない。

 

 

 

―――男はずっと、考えていた。

強い相手を前に昂るこの闘志は、一体誰のものだろうか。

ふつりと沸き立つこの憎しみは、一体誰のものだろうか。

 

それはこの身体が持つ潜在意識(ポテンシャル)であり、男のものではない。

だからこそ、男は探し当てなければならないのだろう。

 

 

 

 

 

ふ、と目を開ける。

目の前には襲い掛かる、黒い英霊の姿が。

 

 

 

「……そう……我が名は、セフィロス。

お前たちに絶望を贈るもの」

 

 

 

刀を振るうのも、敵を殺すのも、全ては男の意志でしかないのだ。

ならば、その意志に従って動く体は、例え一時的なものだとしても男のものである。

少しくらい好きに動いたって、一体誰が咎めるというのか。

そんな簡単な答えにすら辿り着けないとは、一体どれほどに動揺していたのだろう。

 

 

 

そうして男はこの時、初めてその名を口にしたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

リツカはシミュレーションルームに入ったまま、未だ出てこない銀髪の男に痺れを切らしていた。

 

男はキャスターとランサーとの手合わせで、その力を見せつけた。

見たこともない長い刀を流れるように振るだけで、キャスターの魔術もランサーの槍も封じて見せたのだ。

赤い弓兵が乱入する直前にクーフーリンの膝を折った男は、悠然とした様子で刀を納めた。

 

それからリツカも一緒に夕食を取ったのだが、目を離した隙に彼の姿は消えていて。

慌てて探してみると、とある部屋に入っていく姿を見たという話を、とある金ぴかの王から聞いた。

 

シミュレーションルームというのは、組み込まれたプログラムから反映される架空の敵と戦うことのできる部屋で、戦い慣れしていない英霊が良く活用している部屋だ。

あれだけ他の英霊と戦える男が、その部屋を利用すること自体疑問ではあったが……。

 

仕方なく私用を済ませて戻って来たリツカは未だ使用中となっている部屋の表示を見て、肩を落とす。

だが、ふと頭に閃きが降りた。

シミュレーションルームは、トレーニングルームと同じく観戦用の部屋が併設されている。

英霊の中には覗かれるのを嫌がるものもいるので遠慮していたのだが、こうも出てこないと他に方法はないだろう。

 

ええい、ままよ!と観戦室の扉を開けて中に入ると、電源の付けられた専用のモニターには、普段リツカたちが戦っている敵を模したものに囲まれる探し人の姿が映っていた。

 

 

「……」

 

 

鋭い武器を手に殺気立つ敵たちに囲まれても、ただ瞳を伏せて佇む男に一瞬で目を奪われる。

瞑想でもしているのだろうか?

ぴんと張り詰めた空気がモニター越しに伝わり、リツカの体にも緊張が走った。

 

 

『……我が名は、セフィロス……。

お前たちに絶望を贈るもの』

 

「せ、ふぃ……ろす」

 

 

画面越しに呟かれた言葉にリツカは目を見開いて、その名を紡いだ。

真名を名乗らない英霊もいるので慣れてしまっていたが、そういえば名前を聞いていなかったということに気づいたのである。

セフィロス、と何度も咀嚼するように名前を繰り返す。

滲み出る存在感と共に佇む、その片翼の男にその響きは良く似合っていて、口遊みやすかった。

 

 

「……っ」

 

 

ふ、と開かれた氷の瞳。

だが……。リツカには、先程までとは何かが違うように見えた。

 

手にした刀を払うと、黒いコートを靡かせてセフィロスは動き出す。

前方にいる敵に向けて刀を振り上げ、連撃を重ねる。

斬撃波と共に繰り出される、刃が敵を割いて一瞬で消滅させた。

 

一つ一つ動作を確認するようにリーチの長い刀を振るう姿は、月並みの言葉ではあるが、舞い踊るようにうつくしく優美なものであった。

 

動く度にさらさらとした銀の髪が靡き、扇の如く広がり海のようにうねる。

 

プログラムされた敵たちは、セフィロスが満足するまで無限に湧いて出るようにセットしてあるようだ。

疲れの色を見せない彼が止まるのはまだまだ先のようだと感じつつ、リツカは彼が織り成す鮮やかな攻撃に見入っていた。

 

ばさりと、彼の片翼が靡く。

宙に浮いて動きを止めたセフィロスは剣先に魔力を集中させると、詠唱を口にし始めた。

 

 

『…苦しみを送ろう。悶え苦しみ果てるが良い』

 

 

禍々しい黒と赤の光が剣先に弾けセフィロスがそれを思いっきり振るうと、敵の群れに直撃する。

すると、苦しげな呻き声を上げた敵たちが地面をのたうち回り始めたのだ。

リツカはその様子を見て先程の攻撃が毒を帯びていたことを知る。

 

無感情な瞳でそれらを見下ろす彼は、力尽きて消えていく敵たちの代わりに再び沸き立つ新手を視界に入れると、先程よりも緻密に魔力を練り始めた。

部屋に満ちる濃密な、魔力。

ぱきり、と何かが罅割れるような音が聞こえてリツカはぎょっと目を見開いた。

 

 

 

 

 

『創世にして破壊の王よ、さあ姿を見せろ』

 

 

 

 

 

静かなる低声は、耳馴染みの良いものだ。

しかし、放たれた言葉に応じるように現れたそのドラゴンは凶悪極まりなかった。

黒い鱗に覆われた頑丈な身体に、翼には深い青、腹から首にかけて橙色の鱗で覆われており、その咆哮は部屋のガラスの罅を更に広げた。

 

ばさばさと翼を羽搏かせながら、首をしならせて口に炎の弾を生成する。

そして、勢い良くその炎を地上へと放たれ、群がる敵を一掃したのである。

 

ぱりん、と高い音を立てて次々と割れていくガラスと、どたばたと音を立てて近付いてくる足音。

リツカはそれすら聞こえないほど、衝撃波に揺れる銀をただ見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「何をそう、目くじらを立てる必要がある?」

 

 

理解できんな、と椅子に凭れて腕を組む銀髪の佳人は、目の前の男に視線を投げた。

内心では、流石にやり過ぎたかと冷や汗を掻いていたのだが……。

何せセフィロスという冷静沈着な男の表情筋は、それを表に出すことを許さないのだ。

これでは更に火に油としかなり得ないだろう。

 

 

「ほう?……あれだけの破壊をし尽くして、どの口がそれを言う」

 

「壊した分は、修理した。何も文句はないだろう。

それに最低限まで力を落とし込んで、放った召喚術だ。耐えきれない方が問題だと思うがな」

 

「ぐ……っ、そ……それを言われると、ちょっときつい……なあ」

 

「ドクター!しっかりしてください!!

バーサーカーの英霊が好きなだけ暴れてもビクともしなかったのは実証済みじゃないですか!」

 

「マシュ……でもね、確かに……シミュレーションルームは誰が使っても、安心安全を売りにしているんだ……。この結果は色々不味いんだよ……」

 

 

案の定目を吊り上げた赤い外套の英霊にも、平然とした態度を示したセフィロスの放った言葉に、ドクターは机に顔を伏せる。

 

あのクーフーリンを始めとした英霊たちと刃を交えた男は、無意識に自分自身に制限を掛けていたことに気が付いた。

すると不思議なことに、ふわりと体が軽くなったのだ。

馴染んだように軽い体で、振るう刀は中々に良いものである。

そうしている内に、この世界で向こうの魔法を使うと、どうなるのかという疑問が生じた。

 

そして、セフィロスが使っていた技も魔法もそして召喚術に至るまで、どこまで使用することが出来るのかを検証した。

その結果がこれである。

 

 

「にしても、やりすぎだよ。

少しは加減というものを知らんのかね」

 

「……」

 

 

部屋に満ちた魔力は膨れ上がり、安全装置にエラーを起こした。

鳴り響いたアラートに、駆け付けたドクターと手の空いていた英霊たちがみたものとは……。

滅茶苦茶に破壊の限りを尽くされた部屋と、宙に羽搏くドラゴンの姿であった。

 

響いたのは、誰の絶叫であったか。

部屋の変わり果てた姿を見たマシュの悲鳴であったか。

龍の王と名高い幻獣を目にしたドクターの悲鳴であったか。

いつの間にかセフィロスに担がれていたリツカの悲鳴であったか。

 

一瞬でその場は阿鼻叫喚に陥ったのである。

そんな中、当の本人は冷静に詠唱を始めると時戻しの術を発動させた。

あっという間に元通りになった部屋を一瞥すると、用は済んだと言わんばかりに部屋を出ようとした。

 

そこを止めたのが、この赤い外套の英霊であったのだ。

そうして、連れ込まれた食堂で事情聴取が開始された。

というのが事の成り行きである。

 

 

「力の、勝手がわかっていなくてな」

 

「勝手が、わからない?」

 

「……ああ。どこまで戦えるのか、正直把握していない」

 

 

リツカが思わず聞き返すと、男はその目を細める。

それは紛うことなき本音であった。

 

男の記憶にある限り、セフィロスはどんな相手にも一度も膝をついていない。

主人公相手であろうがなんだろうが、負ける姿を見たことがなかった。

故に、その力の限界が何処までであるのか想像もつかない。

だから試す必要があったのだ。

 

要所を伏せて話した男に、リツカは言葉を失った。

 

 

「なるほど、それで暴れまわっているわけだな」

 

 

駆け付けた英霊の一人であるエミヤは、合点が言ったとばかりに頷いた。

この男がこのカルデアに来て間もないというのに、トレーニングルームやらシミュレーションルームやらに籠っていたので、若干気になってはいたのだ。

あの青い英霊により、連れ込まれたものであっても、さして抵抗もせずに付いていく姿にも疑問を持っていた。

 

確かに己の力量がわかっていないと不便だろうと、エミヤは思考する。

そして、根が世話焼きの彼はとある提案が頭を掠めた……が、それを口にする前に、ぴくりと眉を動かす。

食堂へと近付いてくる、その魔力を感じ取ったのである。

 

 

「……なんの騒ぎだ」

 

 

地を這う低いその声に、食堂の空気が固まった。

禍々しさすら感じる気配が姿を現したかと思うと、棘に覆われた尻尾がゆらりと不機嫌そうに床を叩く。

そして、その黒い頭巾を被った英霊は、セフィロスへを見るとゆっくりと瞳を細める。

 

 

「ほう……。これはまた毛色の違うモンが紛れ込んだな」

 

「お……オルタ、」

 

 

ぎらりと輝いた瞳と、つい先ほどに見た瞳が重なる。

それはトレーニングルームで嫌というほど目にした、ものであった。

 

 

「なるほど、似て非なるもの……か」

 

 

流れる魔力の性質の違いを感じ取った男は、そう呟く。

どろりとしたそれは、槍の男とも杖の男とも全く異なるものであった。

真逆とも言って良いのかもしれない、そう考えた男の直感はほぼ当たっていた。

 

 

「妙な魔力がしたんでな、……どうやら、来て正解だったようだ」

 

 

緩慢な動きで近づいて来たその英霊に、周囲に緊張が走る。

椅子に座る男へと近付くと、まじまじとその顔を覗き込んだ。

吟味するかのような視線に、思わず眉を顰めた男を気にすることなく、英霊は凶悪な笑みを浮かべる。

そして、くるりと踵を返して背中を向けた。

 

 

「来な。……物足りねえんだろ」

 

 

ちらりと目だけで振り返った棘の英霊は、にいと歯を見せてもう一度笑うと食堂を出ていく。

英霊のその機嫌が良い素振りに、リツカは驚きを隠せなかった。

 

暫く考えるようにその背中を見つめていた男が立ち上がると、エミヤが鋭い視線を向ける。

 

 

「そう睨まないでくれ。もう壊さないさ」

 

「どうだか」

 

 

銀をふわりと揺らして、去っていく後ろ姿にエミヤは深い溜息を吐いた。

食堂を出たセフィロスの後をリツカは追おうとしたが、困ったような顔をしたドクターとマシュに止められた。

 

 

「あとは私たちに任せて、先輩はもう寝てください」

 

「うん、それが良いよリツカ君。何かあればカルデアの英霊全員で抑え込むから」

 

「……そ、それは心強いね」

 

 

二人にそう言われてしまっては、仕方がない。

引き攣ったような笑みを浮かべたリツカは、後ろ髪を引かれつつも自室へと戻ることに決めた。

あのセフィロスと話をしたかったのだが、今は引き下がった方が良いのだろう。

 

それにあの英霊……。クーフーリンオルタがあそこまで興味を持ったのだ。

横取りするような真似をすれば、いくらマスターであろうとも槍でぐさりという可能性だってある。

そうなっては、命がいくつあっても足りないだろう。

 

 

「明日、改めて会いに行こう……」

 

 

小さく呟いたリツカは、何気なく廊下の窓から空を見上げる。

一面に広がる漆黒の空に、きらりと輝く星が滑り落ちていくのが見えた。

 

 

 

 

 


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