第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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3-12 存在しなかった世界②

風に舞い上がる雪たちが、死の山を白く染め上げる。

一寸先すら見えない最悪の視界の中で、キィン、キン、と甲高い金属音が鳴り響いていた。

時折何かの爆発が起きて、爆風によって巻き上げられた雪が、さらに視界を悪くする。

視覚が役に立たない今、聴覚と勘だけが頼りであった。雪に紛れた微かな気配を読み取り、足元から突然姿を現す鋭利な氷柱を避ける。だが回避した先には、深紅色の女が待ち構えていた。

 

 

「ほう……。前に来たものたちとは違い、良く足掻くじゃないか。

この私の守護せし氷の大地を荒らしてくれた小さきものよ」

 

 

朱色の杖が振るわれる。それは、指揮者の如く軽快でありながら、放たれる巨大な氷礫石の嵐は重いなんてものではない。まるで彼女の殺意を具現化したような礫石を、時には回避し、時には叩き切り、セフィロスはその女に切り掛かった。

 

 

「ふふふ」

 

 

女の足元が光り輝くと、突如氷壁がセフィロスの眼前に聳え立った。振り下ろした刀は、分厚い氷に弾かれてしまう。どうやら刀での攻撃を行う為には、彼女の“氷”を何とかしなければならないらしい。

 

セフィロスは一度後退すると、セットされた炎のマテリアを発動させた。

唱えられたのは—――ファイガ。炎系最大魔法であるそれは、降り積もる雪などお構いなしに、女を中心として大爆発を引き起こす。

数多の最大魔法を極めたセフィロスだが、一番相性が良く好んで使用していたものは、この炎系魔法であった。そして、彼の放つそれは、他の人間が唱えるものとは威力が一桁も二桁も異なる。それが何故であるかはわかっていない。最も大半の人間たちは、『英雄セフィロスだから』とあっさりと受け入れてしまうのだが。ちなみに神羅の研究者たちは、『ジェノバ細胞』の影響があるのではと考えているらしいが、このことをセフィロスが知るのはまだ先のことであろう。

 

 

「氷と共に散れ」

 

 

粉塵の如く舞い散る粉雪をものともせず、セフィロスは再びマテリアを発動させた。

ドオオオン!という凄まじい轟音と、熱波が再び襲い来る。降り積もった雪が溶け割れ、至る所で雪崩が発生した。セフィロスは崩れ始めた足場を回避しようと、剣山の如く隆起した小高い山へと飛び移る。目を凝らしても女の姿は見えなかったが、倒したとは到底思えない。

セフィロスは、あの女を“人ならざるもの”であるとはじめから直感していた。だからこそ、そのような存在が簡単に地に伏せるとは思えなかったのだ。そして、その考えは当たっていた。

 

 

「……あ、ああ、ああ、なんという、忌まわしい炎だ。

人に授けられながら、人を焼き、時に神すらも焼き尽くす―――。

オーディンは人に必要なものだと、言っていたが……。やはり……私には、熱すぎる」

 

 

神聖を感じさせる造作の良い顔には、一切の表情は浮かんでいない。そのことがまた、女を精巧な人形のように見せる。彼女の声音は氷のように冷たいままであったが、その抑揚に変化が表れる。乱れた抑揚と息から、動揺が見え隠れしていたのだ。

ふと顔が上げられ、セフィロスと目が合う。そう、目が合ったことがわかるくらい、いつの間にか視界はもう晴れていた。

 

 

「私としたことが、少し取り乱していたようだ。

小さきものよ、その炎をどこで手に入れた?」

 

「……どこで、とは?」

 

「それは人が扱う代物ではない。神の炎だ。私にとっては、忌むべきものであり……。

いや、いい。もしや……まさかとは思ったが……。

ふむ。ならば……お前が本当に“そう”であるのか、見極めさせてもらうぞ」

 

 

女は意味深にそう告げると、何かを呟き始める。高まっていく彼女の魔力は、人のそれを遥かに凌駕していた。そうして溜め込まれた魔力が、高く掲げられた杖と共に解放されたのだ。

ぱっと光が弾け飛んだかと思うと、一瞬にして視界を奪われる。

咄嗟にガードをしたのでセフィロスの目が眩むことはなかったが、その目を覆っていた腕を下すと同時に、新しい気配が3つ出現した。

 

 

「いけ、我がしもべたちよ。

―――この人間に試練を与えよ」

 

 

その3つの気配の正体は、年若い少女の姿をしていた。

天使の輪を二つにわけたような不思議な形の羽を広げた彼女たちは、女の命じるがままにセフィロスに襲い掛かって来た。その動きは素早く、人間の肉眼では決して負うことのできないものであろう。

神速と呼べるその動きのままに、彼女たちは息を合わせて攻撃を繰り出した。

三位一体である彼女らは一瞬の隙もなく、“槍”の乱撃がセフィロスへと――ー。

 

 

 

 

***

 

 

 

「はぁっ、は、は……っ、あ、やっと、ついた!!」

 

 

ザックスは膝に手を付くと、見慣れた高層ビルの前で荒ぐ息を整えた。

任務に出た筈の彼が何故この神羅ビルに戻って来たかというと、他でもないセフィロスの指示によるものであった。

セフィロスに庇われたザックスは、再び『今すぐ帰還し、このことを報告せよ』という命令を受けた。雪にまみれたフィールドで、未知なる敵と戦うには彼には経験が少なすぎたのだ。

彼自身はまだ認めていなかったが、その本能は肌に感じた魔力の鱗片から、己には手に負えない敵であることに気付いていた。

もちろん、ザックスにとって今回の撤退はこれ以上ないほどの悔しいものであった。しかし、そこで駄々をこねるほどザックスも経験が浅いわけではない。奥歯を噛み締めながらではあるものの、ソルジャーの一員として大人しく聞き入れたのである。そうして、その悔しさをぶつけるように、ザックスはひたすら走った。走って、走って、やっと辿り着いたのが本部である神羅ビルというわけである。

 

さて、そんな神羅ビルだが、どんな不良建設かと突っ込みたくなるほどエレベーターやエスカレーターが少ない。要人が訪れた時や人の出入りが多い日は、ソルジャーにとって地獄と化す。

今、ザックスに用があるのは『ソルジャー司令室』だ。このビルには、49階から52階にかけて『ソルジャーフロア』と呼ばれるソルジャー専用のフロアとなっており、ソルジャーフロアの最上階、つまり52階にソルジャー司令室があるのだ。

52階にはソルジャーにとって重要となる部屋が揃っており、会議なども度々この階で行われる。ちなみに1stの執務室もその近くにあるのだが、彼らが生活している部屋は何故か公になっておらず誰も知らない。

 

 

「げええっ! マジかよ……」

 

 

こういうとき、大抵ザックスは貧乏くじを引く性質である。それは薄々本人も自覚しており、今回もひどく嫌な予感に苛まれていた。その予感は見事当たることになる。

エレベーターが上の階を行き来するだけで、一向に降りて来ないのだ。

おそらく上層階で固定されてしまっている為、下層階に降りて来るのは当分先のことであろう。

そう判断したザックスは、早々にエレベーターを諦めるとエスカレーターの方に目を移した。

しかし、エスカレーターで駆け上ろうにも、タイミングの悪いことに白衣を着た研究員たちがひしめいていて無理そうだ。とんだ災難だと、ザックスは肩を落とす。

 

仕方なく、本当に仕方がないといった様子で、ザックスは階段を睨み上げた―――。

 

 

 

 

 

「っ、———!! はあ、しぬ、かと、……お、も、……った、あ……」

 

 

必死で駆け上がること、どれくらいだろうか。今までの最短記録を叩き出した自信はあった。

いくら日頃から鍛えているとはいえ、ニブル山からのダッシュ帰還に加え、52階までの連続ダッシュはきつすぎる。やっとのことで階段を昇り終えたザックスは、横隔膜がはち切れそうにな痛みと、喉の奥が焼け付くような苦しみに、上質な赤い絨毯が敷かれた床に膝から崩れ落ちた。

 

ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら蹲るザックスの前に、ふと影が差し込む。

それに気付いているのかいないのか、荒い呼吸を繰り返す彼は顔を上げなかった。

 

 

「……。おい、アンジール。子犬が死にそうだぜ。

2ndとあろうものが、階段如きでその様とは」

 

「……ん? だがお前、今日はセフィロスと任務に出た筈では?

もう任務は終わったのか?」

 

「どうせ、また奴の“お遣い”だろう?

あの英雄サマは人遣いが荒いんだ」

 

「まあ、否定はせんがな。それにしても様子がおかしい。

大丈夫か、ザックス。何があった?」

 

ふんと鼻を鳴らした赤い男―――ジェネシスと、その横に立つアンジールは、各々の表情でザックスを見下した。ジェネシスの態度に腹は立つが、今は残りのクラス1stとすんなり会えたのは不幸中の幸いであろう。

それよりも、彼らの言いたい放題なやりとりにザックスは一瞬苦しさを忘れた。

普段も本人がいようがいまいがこの調子ではあるが、何だかんだクラス1stの仲は悪くない。寧ろ良い方である。クラス1stという個性の塊は、実力に比例するのか各自協調性は皆無で、まともな感覚を持っているのはアンジールぐらいだろうとザックスはそう思っていた。

そんな3人の中でも、ずば抜けて自由奔放(きまぐれ)なセフィロスの言動に、ジェネシスとアンジールは文句を言いつつ、時に振り回され、時に付き合い、時にフォローに回っている姿をザックスは見て来た。時間が空く度にシミュレーションルームで3人が“遊んで”いるのも、その一幕であろう。

 

ザックスに合わせるようにしゃがみ込んだアンジールは、心配そうにザックスの肩を叩く。

アンジールの後ろに佇むジェネシスも、ちらりとザックスに目を向けた。

 

 

「……っ、アンジールっ! たいへん、なんだ……!!

せ、……せふぃ、ろすが、……!」

 

 

やっと発せられたザックスの言葉とその剣幕は、ぴりりとした緊張を呼んだ。

ふと息を吐いたアンジールは落ち着いたままで、ザックスに続きを促す。

そんなアンジールの顔を見上げたザックスは、つられるように少し落ち着きを取り戻した。

 

 

「確か、お前たちの任務は“ニブル山の様子見”じゃあなかったか?」

 

「ああ、そう……だった、でも、様子見じゃ済まなくて……!

わかんねえけど、得体の知れねえ黒い奴らがいたんだよ!

でもそいつらは、弱えってか俺でも充分に戦えたんだけど……」

 

 

ザックスの焦りを浮かべた顔を見ながら、アンジールとジェネシスは目を細めた。

クラス1stの任務は2ndとは比較できないほど難度が高い。その分、表に出せないような情報が回って来る。だから2人は“得体の知らない黒い奴ら”に心当たりがあった。最近、魔物とは違うモノが出没し、魔物にも人間にも牙を剥いているという情報が回っていたのだ。

そこでクラス1stの3人に任されたのが、そのモノの解明と討伐である。

そのモノは、魔物とは違い人型に近い形をしていて、意思疎通は不可であり、何を目的にしているのかもわかってはいない。神羅の研究室には、新たにこれらの研究が始められており、とある科学者が張り切って調査を行っているようだ。

 

 

「……落ち着け、ザックス。

それはどんな奴だった?」

 

「……女」

 

「女、だと?」

 

 

アンジールがそう問うと、ザックスは予想外の言葉を口にする。

ジェネシスは思わず声を上げた。今まで目撃されていたのは、影を具現化したような“黒い人型”だけであった。それが何故“女”だとわかるのか。ザックスは首を横に振る。

 

 

「すっげえ吹雪いてたから、顔とか全然わかんなかったけど……!

声を聞いたんだ!女の声だった」

 

「待て、吹雪いていただと? あのニブル山が?」

 

「あ、ああ!そうなんだ!

突然吹雪き出して、気が付いたら俺……セフィロスに投げ飛ばされて。

地面から氷柱が生えたんだ! セフィロスが投げてくれなかったら、串刺しだったぜ」

 

「それで、セフィロスは何か言っていなかったか?」

 

「ああ、え、えーと……」

 

 

目を鋭くしたアンジールとジェネシスは、ニブル山に起こっている異変を察知する。

確かにあの山を越えれば豪雪地帯は存在するが、ニブル山自体に雪は降らない。そうとなれば、天候を操ることのできる力の持ち主となる。そしてそれは、“神”と呼ばれる存在であろうことに、2人は同時に気付く。そうして顔を青くした2人を横目に、ザックスはセフィロスの言っていたことを思い出した。

 

 

「ええと確か、『この力、人間ではないな』だったか、

―――って、ど、どーしたんだよっ!!」

 

 

その言葉を聞くや否や、ジェネシスが真っ先に踵を返し走り出した。

立ち上がったアンジールも同様に、ジェネシスの後を追おうとしている。

 

 

「ザックス。これは、2ndが出る任務ではない。

お前は次の指示に備えて待機していろ。いいな?」

 

「へ? え、えーと、俺、またお留守番?」

 

「ああ、大人しくしているんだぞ!

あとそういう緊急の時は、携帯で連絡してくれ!

何のために支給しているかわからんからな!」

 

 

ジェネシスの向かった先は、ソルジャー司令室だ。

おそらく彼らの上司がまだそこにいるのだろう。これから混乱が起きるかもしれない、とザックスは遠ざかる2人の背中を見送りながら呆然と思った。

 

 

「そうか、……携帯で、連絡とりゃ良かったんだ。

―――馬鹿だ、俺」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「大人しくしていろっていわれてもなあ。

中途半端に関わらせておいて、そりゃねえって話だ」

 

 

2ndの部屋が並ぶフロアまで下りたザックスは、納得できないといった表情で自分の部屋に向かう。大人しくしているつもりはなかったが、帰って来た以上気掛かりなことがあったので、とりあえずそちらに足を運ぶことにしたのだ。

自室を“ノック”して、そっと中に入るとあのセフィロスが拾って来た少年が目を開けていた。

相変わらず頬は赤いままだが、少し元気そうな顔をしている。この様子だと、熱さえ下がれば問題なさそうだとザックスは胸を撫で下ろした。

 

 

「よっ、気分はどうだ?」

 

「は、はい、もう大丈夫です」

 

「ははっ、無理すんなって。

休む時は休めば良いって、セフィロスだって言ってんだ」

 

「……せふぃ、ろす」

 

「あ? あー、そういや。お前、意識なかったんだよな。

セフィロスはお前を助けた奴で……」

 

「知って、います。……英雄、なんですよね」

 

「お!? マジで、記憶あるじゃねえか」

 

「……でも、それしか……知らない」

 

「充分だって! なんか思い出す切っ掛けになるんじゃねえ?」

 

 

ベッドから半身を起こしたリツカは、突然姿を見せたザックスに目を瞬かせたが、穏やかに微笑んだ。その顔に動揺はみられない。少しは落ち着いたのだろうか。それなら良いのだが、と面倒見の良いザックスは思う。

そう内心でリツカの様子を伺いつつも、ザックスは人懐っこく笑いながら明るく声を掛けた。リツカも元々物怖じしない性格であるので、ザックスの励ますようなそれに、笑って答えた。

そうやって話していくうちに、段々と2人は打ち解けていく。

 

聞き手に回っていたリツカは、ザックスはセフィロスの話になると特に饒舌になることに気が付いた。

“憧れの英雄”というのは、本当らしい。彼の話を聞きながらもリツカはふと考える。この世界のセフィロスは、“どの”セフィロスなのだろう。リツカに呪詛を施した英霊とは違う、どちらかというと、いつか夢で見た“何処かの図書館らしき場所”にいたセフィロスに近い気がした。そう考えると、あれはカルデアのセフィロスの過去の姿なのだろうか。

 

 

「それでなあ、これあんま言っちゃいけねえんだろうけど……。

お前が倒れてた山、ニブル山っていうんだけど、ヤバい状態でさ。

なんか黒い奴らがうろついてたり、雪女が雪降らせたり、わっけわかんねえことになってんだよなあ」

 

「黒い奴?」

 

「あー、真っ黒で目が赤くて……とにかく不気味な奴だ。

ありゃ魔物じゃねえなあ」

 

「……魔物って、」

 

「そういや、記憶喪失じゃそれも忘れてるよな。

えーっと、どこやったかな」

 

 

ザックスは本棚を探ると、一冊の分厚い本をリツカに差し出す。

それは神羅がまとめた今まで出現した魔物の図鑑であった。

本を開くと、これまでリツカが戦って来たエネミーとはまた違う、この世界の敵の姿がずらりと並んでいた。

 

 

「こういう奴らがいるんだよ。突然現れて、人を襲いまくってんだ。

それを退治するのも、俺らの役目ってわけ」

 

 

夢中になって本を読むリツカに、ザックスは自慢げに胸を張る。

例え2ndであったとしても、ソルジャーの肩書を背負っていることには変わりない。彼にとってそれは、誇りでもあった。そうやって目を輝かせて語るザックスに、リツカもまた心を開いていた。

図鑑を見ながらあれやこれやと問い掛けると、ザックスは身振り手振りで答える。その姿は仲の良い兄弟のようにも見えた。

 

そうやって、話に花を咲かせていた最中であった。

ぽとり、とリツカの視界の端に黒いものが落ちる。

なんだろうと思い拾い上げると、あ!とザックスが声を上げる。

 

 

「それ……! セフィロスの手袋じゃねえか!」

 

「セフィロスの……?」

 

「なんだよ、何だかんだいって気になってんじゃねえか!

散々俺に押し付けるようなこと言っておいて……。まあ、らしいっちゃらしいけど」

 

「……?」

 

「でもなんで手袋? さっきの任務で、あいつ手袋してたよな」

 

「……あれは、夢じゃなかったんだ」

 

「ん?」

 

「う、ううん! なんでもない!

多分忘れていったんだね。後で、返すよ」

 

 

夢の中で掴んだあの手はきっと……。そしてそれが本当ならばリツカの手を振り解けなかったセフィロスが残していったものだろうと、リツカは考えた。それはほぼ当たっていたのだが、実際は彼が現実で掴んだのはセフィロスの“素手”であった。このことはリツカの知る由もないところであるので、この矛盾を解くことができるのは、やはり本人しかいないであろう。

 

 

「っと、そろそろ行かねえとな。

アイツに限って、やられはしねえだろうけど……」

 

「それって、ヤバいの?」

 

「ああ、ヤバい。めっちゃヤバい。

だってよ、雪を降らせる奴だぜ? 天候自体を操れる奴なんて魔物でもなんでもねえ」

 

「……雪。ねえ、ザックス」

 

「ん? なんだ」

 

 

1つ、ありえない仮説がリツカの頭を過る。

まさかとは思いつつも、リツカはザックスの発言を頭の中で蘇らせた。

 

“真っ黒で目が赤くて……とにかく不気味な奴だ。ありゃ魔物じゃねえなあ”

 

“雪を降らせる奴だぜ? 天候自体を操れる奴なんて魔物でもなんでもねえ”

 

この世界では未知であるそれを、自分は良く知っているのではないか。

リツカはポケットに入っていた“とあるもの”を取り出す。

実はザックスが来るまでに自分の所持品を確認していたリツカは、ポケットに入れっぱなしになっていた“携帯電話”を見つけていた。どうやらリツカの所持品は、検められていなかったらしい。といっても、彼の所持品はその携帯だけだ。しかし、携帯だけでも持ってこれたことは僥倖であった。

カルデアのマイルームにはA4サイズのタブレットがあり、それと連動させているためいつでもどこでも情報を引き出せる。電波が立っていないことから、通信機器としての機能は使用不可の状態であることがわかるが、今更それに期待はしていない。

 

リツカは携帯電話を操作すると、ザックスに画面を見せる。

すると、ザックスは目を見開いて飛び上がった。

 

 

「な、な、なっ、お前、これ……!」

 

「その、黒いのって……やっぱり?」

 

「ああ! そうだ! そいつに間違いねえ!」

 

「……そう、なんだ。やっぱりここは」

 

「なあ、リツカ! お前、コイツのこと知ってんのか!?」

 

「う、……うん、まあ、」

 

「頼む!! 教えてくれ! それがわかれば、俺だってセフィロスを助けにいけるかもしれねえんだ!!」

 

「……セフィロスを、助ける」

 

「クラス2ndの俺が、こんなこと言うのもおかしいかもしれねえ!

でも、俺は―――!」

 

「うん。わかるよ、憧れの人……なんでしょ?

それに俺にとっても、命の恩人なわけだし」

 

「ほっ、ほんとか……! じゃあ!」

 

 

リツカは、携帯からカルデアのデーターベースにアクセスした。そこにはこれまで戦って来た敵の情報が詰まっており、その中からザックスの言っていた形状に近い敵を選び出したのだ。結果的にそれは“当たり”だったらしく、唖然と携帯の画面を見つめていたザックスは、身を乗り出してリツカに詰め寄った。

 

 

「……」

 

 

一瞬、リツカに迷いが生じた。

彼にとってそれを口にすることは、すなわち自分の嘘を自分でばらすことに繋がるだろう。

“記憶喪失”という自分を、いやカルデアを守るために仕掛けた嘘を覆すことは、大事なものを差し出すことになるかもしれない。

しかし例えそうなったとしても、リツカはザックスの想いを無下にはできなかった。

 

リツカは、真直ぐにザックスを見つめる。

そんなリツカを、ザックスもまた真直ぐに見つめていた。

 

ぐと唇を噛み締めたリツカは、やがて口を開く。

いや、正確には“開こうとした”。

 

 

「おいおい、子犬の癖に俺たちを出し抜こうって魂胆かい?」

 

「悪いが、その話……聞かせてもらうぞ」

 

 

後ろから聞こえた声にザックスだけではなく、リツカも肩をびくりと揺らした。

慌てて振り向くとそこには、愉快そうに目を細めるジェネシスと、真剣な表情をしたアンジールの姿があったのだ。

 

 

 

 

 


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