「……なるほど、最近度々“真っ黒な魔物のようなもの”の出現が増加しているという話は耳にしていたが、その正体は“異界からの招かざる客”というわけか」
「信じられんな。まさか、そんなことが起こっているとは」
「……ま、待って! つまり、その結局どういうことだよ!」
「どうやら、子犬は脳ミソまで子犬のようだ。
説明して差し上げたらどうだい、アンジール」
「茶化すな、ジェネシス。
俺たちは予備知識があるが、ザックスにはそれがない。
理解できないのも無理はないだろう」
「はあ、相変わらず君たちは子犬に甘いね」
「……。お前には言われたくないがな」
アンジールとジェネシスが、ザックスにすら感知できないほど気配を絶っていたことを考えると、少し前から2人はリツカとザックスの話を聞いていたようだ。普段神羅ビル内にいる時は、垂れ流しとまではいかないが、ある程度気配を出しているので、2人が故意に盗み聞きをしていたことは、ザックスにもわかった。状況はそう緊迫していないが、それでも急を要する。今、それを問い詰める時間はないだろう。
リツカは『詳しい説明は後でする』と告げたうえで、“黒い奴”とザックスが聞いた“女の声”について、カルデアのデータベースを参考にしながら意見を言った。
予想外であったことは、彼らはあっさりとリツカを“異世界からの迷子”だと受け入れてくれたことであろうか。神妙な顔をしたアンジール曰く、この世界ではそのようなことが偶に起こるらしい。
彼らにとってはあまり良い話ではないだろうが、自分がどういう存在であるかを、どう説明しようかと頭を悩ませていたリツカにとっては思わぬ救い船となった。
クラス1stと共にリツカの話に耳を傾けていたザックスだが、すんなりと話を理解していく2人に見事に置いて行かれていた。そんな彼を揶揄ったジェネシスに、アンジールは呆れた顔をする。
前にも言ったが、クラス1stと2ndの間には分厚い壁が存在し、入って来る情報も異なる。そのために、今起こっていることについてザックスたちはあまり知らされていないのだ。
「仕方ないな、子犬のために俺が説明してやろう。
以前俺たちが捕獲した“奴ら”に飛び付いた神羅の研究グループが、研究結果を報告した。
どんな実験をしたのかは知らないが、魔物とは全く違うモノであることが判明したらしい。とはいえ、クラス2nd以上のソルジャーであれば、問題なく倒せるだろうレベルだ。
そこまで危険視されることなく、魔物と同様に扱われていた。が、そこの坊やの話では、そう呑気に構えている余裕はないらしい」
「ザックスの話を上に報告したところ、クラス1stの出動が命じられた。
……つまり、そういうことだ。これから俺たちは、自然を操る“神”を相手取らなくてはならない」
「た、多分だけど……。ザックスの言っていた“女の人”は、この
「ああ、強いだろうな。この世界にも“神”はいる。
そしてその力を借りることも可能だ。契約者が戦いの度に、召喚に応じて呼び出すいわば“召喚獣”という扱いにはなるが」
「……えーと、要するに?」
「召喚獣を相手にするよりも、厄介ということだよ。子犬クン」
この世界は魔物が蔓延る今でも、まだ平和な方だ。
これまでの歴史を振り返ると、幾度も神々との戦いがあった。
神羅という組織が創立したのもその末のことであり、神と戦うことは人間の宿命でもあると名立たる歴史書にも謳われている。むしろそのためにソルジャーは、“つくられている”のかもしれない。
そこまで考えを巡らせた、アンジールは目を閉じて深く息を吐いた。
まだ曖昧な部分もあるが大体の謎は解けた気がした。それと同時に、このリツカという少年について、新に考えなければならない。この少年の存在をそのまま報告した場合、神羅の、いや研究者たちの“良い玩具”になる可能性が充分に考えられる。雇われ先を悪く言いたくはないが、アンジールもジェネシスも、そしてセフィロスも、神羅という組織を
とにかく任務が終わり次第、セフィロスも交えて話をする必要があるだろうと、アンジールはジェネシスに視線を投げた。彼も考えていることは同じであったのか、その目配せは成功したらしい。
「さあ、アンジール。我らの英雄様を迎えに行くぞ」
「ああ、そうだな。雪山で遭難していなければ良いが」
「問題ない。たとえ埋まっていようが、すぐにわかるだろ」
「ふっ、そうだな」
部屋の壁に凭れていたジェネシスは、ザックスたちに背中を向けると、言葉だけをアンジールへと向ける。片手を上げて了解の意を示したアンジールは、ジェネシスに続いて部屋を出て行く。
「お、おい、アンジール! また俺、留守番かよ!」
「言っただろ? 此処から先はクラス1stの仕事だ。
用があるなら昇進するんだな」
「ぐっ、くっそ……」
ぱたん、と閉ざされた部屋の扉が、とても分厚いものに見えてザックスは項垂れた。
『もし自分がセフィロスだったら、こんなに無下にはされないだろうし、率先して頼ってもらえるのだろう』なんて、無意味なことを考えてしまった自分に対しても落ち込んだのだ。
見るからに落ち込むザックスに、リツカは苦笑を浮かべる。彼が“子犬”と呼ばれる意味がわかった気がした。
「ねえ、ザックス。1つ提案なんだけど……」
念のためを考えて、リツカはザックスに耳打ちをする。
暫くリツカの言葉に耳を傾けていたザックスはぱっと顔を輝かせたかと思うと、先ほどの落ち込みは何処へやら、満面の笑みを浮かべて頷いたのであった。
彼らはザックスには大人しくするように言ったが、リツカには何も言っていない。
これはアンジールやジェネシスにとっても誤算であったのだろう。
とはいえ、出会ったばかりの彼らが理解していないのも無理はなかった。
リツカは“ただの少年”だ。しかし、彼らの思う“ただの少年”とは意味が違った。
彼は数多の死線を潜り抜けて来た、一般人なのである―――。
「ちょっと待ってろよ……。えーと、確か」
自室の窓を開くと、眼下には当然ながら街並みが広がる。地上から50階分以上は離れているので、相当な高さがあることは想像に容易いだろう。高所恐怖症の人間ならば、、これだけで卒倒しそうな光景であった。
ザックスは平然とそれを見下げつつ、目を動かしていた。
この神羅ビルの警備担当はクラス3rdで、今日の警備担当はどうも不真面目というか抜けているメンバーが揃っていたと記憶している。彼はその性格からか、新人の研修などに駆り出されることも多く、部下である彼らの顔は頭に入っていた。ちょくちょく面倒を見ているので、その役割に誰が就いているかも把握済みというわけである。それが、こうして生かされることになるとは思ってもいなかったが。
だが、いくら警備が抜けていようと、防犯カメラはありのままの真実を記録する。
ザックスは“とある悪戯”のために、防犯カメラの仕掛けてある場所を調べたことがあったので、その位置はおおよそわかっていた。
情報を整理し、頭の中でポイントとなる場所へ丸を付けると、ザックスはリツカを手招いた。
「高いところは嫌いか?」
「ううん。慣れてる」
「そっか、そりゃ助かる!」
ぱちりと片目を閉じて明るく笑ったザックスは、その背にリツカを背負った。いつも英霊に担がれて高所から飛び降りたり、敵陣目掛けて突っ込んだりと、色々と無茶をしてきたリツカにとっては、今更ビルの50階ぐらいから飛び降りるなど朝飯前のことであろう。そんないらない経験を積んだ結果、少しのことでは動じなくなった自分に、リツカは少し目を遠くした。
軽々とリツカを背負ったザックスは、窓を大きく開けると、「行くぜ!」と言って、窓の外に身を躍らせた。ふわりとした一瞬の浮遊感の後に、風を切る音と、内臓が浮き立つ感覚に襲われる。ザックスは、ビルの壁側面にある足場になりそうな部分から跳ね進み、目的の場所へと降り立った。
「よっと。さっすが俺! 完璧だな!
大丈夫か? リツカ」
「うん、全然大丈夫。ありがと」
「良いってことよ! これくらいならいつだってやってやる!」
最後の大ジャンプを華麗に決めて、両足で地面に着地を決めたザックスは、満足げな表情だ。
こういう時に“燥いで無茶をするどこぞの英霊ら”とは違い、安定感のある跳躍だったと胸を撫で下ろす。リツカを下したザックスは怪我がないかを確認すると、“目的のもの”がある方向を見た。
「ビンゴだ! やっぱあの2人だと、こいつら使わねえからな」
「……これって、鳥?」
神羅ビルの付属施設に裏から侵入すると、がらりと雰囲気が変わる。
洗練されたスタイリッシュさを感じさせる神羅ビルは、何処か機械的な雰囲気であるが、その中は真逆であったのだ。辺り一面芝生の緑の覆われ、上の看板には『チョコボパーク』という文字がでかでかと踊っている。相当な広さを誇るその場所には、彩豊富な鳥たちが駆けまわっていた。
それは巨大な二足歩行の鳥であった。筋骨隆々としたその姿は、リツカの世界でいう“ダチョウ”に近いのかもしれない。その大きさと迫力に思わずぽかんとしたリツカに、ザックスは笑いながら説明した。
「ははっ、チョコボ見るのはじめてか?
こいつらは人を乗せて走るんだ。しかも野良とは違って良く訓練されてるからなっ。
あのセフィロスを乗せても平気なんだぜ!」
「へえ、すごい……!いろんな色がいるんだねって……!?
せ、セフィロスも、の、乗るの……?」
「ははっ、想像つかねえだろ?
俺も最初見たときは、二度見どころか五度見くらいしたぜ。
こいつらはな、色によって性質が違うんだ。
ノーマルタイプは黄色で、水が好きな奴は青色って感じ。
そんで、向こうに一匹で飼ってんのが……赤チョコボてヤツで、英雄御用達のすげえヤツだ」
「へ、へえ……」
「まあ、セフィロスは滅多に乗らねえけどな。
コイツはアイツにしか懐かねえし、足だけじゃなくて戦闘能力も高え、それに加えて超強力魔法をぶっ放せると来たら、扱えるのは限られるんだ」
「ザックスは、大丈夫なの?」
「もっちろん! 何を隠そう、コイツを世話してんのはこの俺ってわけだ!
そりゃ乗るだけ乗って放置するヤツよりは……! いや、懐いてねえけど……。
乗って走る分には問題ねえし、何しろご主人様の危機だ。ちっとはサービスしてくれんだろ」
実際にはこのチョコボたちは、ノーマルタイプの黄色以外は、山チョコボ、川チョコボ、山川チョコボ、海チョコボと分類されるのだが、ザックスはそこまでは説明しなかった。また任務後にゆっくり説明をして回ろうと思っていたのである。
ちなみにこのチョコボという生き物は、この世界中どこでも飼育されており、年に何回もレースが開かれているほど人気が高いのだ。
リツカは人懐っこく寄って来るチョコボたちを撫でながらも、何となくカルデアのことが頭を過った。カルデアにいるセフィロスが、良く年若い方のクーフーリンに色々仕事を任せていたのを思い出したのだ。おそらく、この世界のセフィロスもザックスに色々と“無茶”をさせているのだろう。それを思うと、思わずリツカの口から笑みが零れ落ち、ぶはっと盛大にふき出してしまった。
「なっ!? な、なんだよ! 何か俺したか?」
「ふ、ふふ……う、ううん、なんでもない……っ!」
何だかんだで、彼もカルデアに馴染んでいたらしい。
近寄りがたい気がして、中々話しかけにくかったのだが、そうとわかればもう遠慮は必要ないのだろう。カルデアに戻ったら、また話をしに行ってみよう。
固いような柔らかいような、不思議な触感のするチョコボの頭を撫でながら、リツカは微笑んだ。
返って来ない答えにザックスは不服そうな顔をしたが、やっとリツカが見せた穏やかな顔を見て、ふと笑う。
「なあなあ、任務から帰ったらお前の話聞かせてくれよ!
ええと、さ、サーヴァント、だっけ? すっげえ面白そうじゃねえか!」
「……うん、いいよ! でもこれ任務じゃないんだよね?」
「固いこというなって、俺とお前の極秘任務だろ!」
「っふふ、そうだね。極秘任務だ」
顔を見合わせて笑った2人は、赤チョコボへと近付く。また来たのかと言わんばかりの目をした赤チョコボは、なんとも人間臭く溜息を吐いた。その様子は、飼い主に良く似ている気がしてリツカはまた笑いが抑えきれない。
「な? 似てるだろ!?」
「ぶっ!! ふふふ、あははははっ!」
リツカの顔を見て、同じことを感じていることを察したザックスは、先ほどリツカがしたようにそう耳打ちをした。何かを思う間もなく笑いが先行して、再び声を立てて笑う。
2人の笑い声を不快そうにしながらも、赤チョコボは厳重に閉められていた檻の扉を“蹴り開けた”。ガッシャーン!という大きな金属音に、思わずリツカもザックスも慌てるが、警備担当のソルジャーは来る気配がない。どれだけサボってんだよと、ザックスは心の中で呆れかえる。
「……クエッ」
『良いから早く乗れ』と言うように、じっとりとした目でリツカとザックスを見下ろした赤チョコボは鳴いた。流石、セフィロスの飼い鳥というべきか、人間と同等かそれ以上の知能を持つ赤チョコボは、2人が来た理由をわかっていたらしい。
悪い悪い、とその頭を撫でようとしたザックスの手を、鋭い嘴がざくりと突いた。
「いって! 悪かったって!」
赤チョコボからすると戯れ程度の突きであったが、元々攻撃力が高いだけあって痛みは相当である。チョコボ相手に平謝りをするザックスに、リツカも慌ててごめんと謝る。
「……」
ふい、と顔を背けたチョコボはばさりと羽を震わせると、ザックスを睨む。
怒っているのではなく、早くさっさと乗れと言っているように思えて、ザックスはリツカを抱えると強く地面を蹴り上げる。赤チョコボの羽毛に埋もれるように着地すると、ザックスとリツカを乗せた赤チョコボは、走り始めた。
「ちょ、ちょっと待て! 正面突破はマズいって!」
「クエッ!」
「う、うっそおおおお!! おまえっ、飛べんのかよっ!?
セフィロスだって飛べねえぞおおおおっ!?」
―――いや、飛んでた。すっごく飛んでた。
本日何度目かの浮遊感の中で、リツカは冷静に心の中でそう突っ込みをいれる。
ザックスの言葉を聞くに、どうやらセフィロスに羽が生えるのはまだ先の話らしい。そして、この赤チョコボとやらは、普通は飛ばない生き物であるらしい。
ザックスの絶叫を完全無視した赤チョコボは、凄まじい助走をつけて、軽やかに飛び立つと、遠くに聳え立つ山の方向へと姿を消したのだった―――。
***
「……これは、結構マズい状態だな。
まさかリツカは、アレを英霊だと思っているのか?
だとしたら、いやまあセフィロスという存在がいるだけマシか。
しかし悠長なことは言っていられない」
緑の光が包むその空間の中で、男はどうしたものかと首を捻る。
“表”では珍しくセフィロスが、素材集めに奔走……というには、すごくマイペースであるが、交代を告げることなくリツカを助けようとしている。
その裏側で、リツカの意識は異世界に移っていた。幸いにも助けてくれそうな存在はいるようだが、それに頼り切るのは危ないと勘が告げている。
何度か“表”のセフィロスに声を掛けたが、また血気盛んな英霊に捕まっているらしく、応答はない。リツカの異変に気付いているのは、今のところこの男―――セトラ1人なのであった。
「……そうか、この手があるか」
何かを閃いたように、ぽんと手を打った男はいそいそと準備をし始める。
そうして男がぶつぶつと何かを唱えると、緑色に満ちた空間に白い光が散った。
―――光が収まると、そこには誰もいなかった。