第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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3-14 存在しなかった世界④

「やっ!」

 

「はあ!」

 

「とうっ!」

 

 

三方向から突き出される槍を、とんでもなく長い剣が全て弾いた。

槍以上の長さを誇るその剣の刀身は、簡単に折れてしまいそうなほどに細身だが、繰り出される攻撃は一筋一筋が鬼神の如く重く早い。その名刀―――正宗を手にした切っ掛けを、セフィロス自身あまり覚えていなかったが、彼にとっては唯一無二の刀であった。

 

さて、ザックスが“雪女”と報告した女が放った“3人の少女たち”だが、これらは名をワルキューレと言い、彼女がとある神から与えられたものたちである。個体名は存在するものの、今は必要ないだろう。問題は、彼女たちが身に着けている“神から授かりしもの”である。

大神オーディンから賜った“光槍”と“神鉄製の盾”、そして“白鳥の衣”は、彼女らに神の加護を与える。特に高速機動を可能とさせる白鳥の衣に、あらゆる攻撃を防ぐ盾は、厄介なものでしかなかった。その守備力と機動力を持つ彼女たちに、生半可な攻撃は通用しない。そして、彼女らの攻撃は基本的に空中からであるので、攻撃が当たりにくい。

 

対してセフィロスの繰り出す攻撃は絶対的な威力を誇るものの、その分初動が遅いという欠点があった。要するに、セフィロスにとって神速で動く彼女らは最悪の相性なのである。

人間からすれば、セフィロスの攻撃速度は充分に“神速”の域に入るだろう。しかし、神に連なるもの或いは神に従うものたちからすれば、それは“高速”に過ぎない。

 

セフィロスが剣を振るうと、無数の剣圧が形となり彼女らを襲う。

しかし彼女たちは軽々とそれを避けて、セフィロスへと接近する。

 

 

「通じない、か。……ならば、お前たちから時を奪うとしよう」

 

 

無暗な攻撃は命取りだと判断したセフィロスは、セットした“時間のマテリア”を発動させることにした。“ストップ”というなんともストレートな名前が付けられた魔法は、時の精霊に干渉し、因果を司る神から一時的に身を隠すことで周囲の時を止めさせる魔法である。

いくらセフィロスであっても、彼女たちから時間を奪うのは数秒が限界であろう。

だが、その数秒が運命を左右するのだ。

 

 

「……眠るといい」

 

 

す、と目を閉じたセフィロスは、静かにそして祈るように呟く。

そうしてすぐにその目が開かれた。と同時に―――無数に放たれた斬撃波が、時を取り戻した彼女たちを切り刻む。

 

 

「ぐぅぅぅっ!」

 

「っ!!」

 

「くぁっ……!!」

 

 

それは―――少女の悲鳴のようにも、軋むような機械音にも聞こえた。

雪山となったニブル山に響いたそれらに、セフィロスは構えを解こうとして……止めた。

 

 

「ふむ、いくら加減をしているとはいえ、こうも簡単に倒されるとはな」

 

 

セフィロスの眼前に、赤色が“流れた”。

その赤は、この状況を作り出した元凶ともいえる女の色に他ならない。

長い髪を揺らして舞い降りた彼女を、白色の大地が引き立たせる。

まるでこの地は、彼女のためにあるようにも見えた。

 

 

「さて、……」

 

 

セフィロスの喉元に突き付けられた、―――朱色の杖。

にい、と弧を描いた瞳と共に、血色の良い唇が動く。いや、動こうとした。

 

 

「くらえっ!」

 

「はあああっ!!」

 

 

両側から伸びて来た2本の剣が、セフィロスの前でクロスし、突き立つ。

ざくり、と音を立てたのは足元にあった“雪”で、そこに女の姿はなかった。

 

―――ヒュオオ……。

再び灰色に曇った空から、白い粒が次々と舞い落ちる。

ぐっと冷え込んだ空気に、再び世界が凍てつき始めたのを感じた。

 

 

「セフィロス! 無事か!」

 

「ああ、問題ない」

 

「……ほう、アレが女神様か。

確かにうつくしいが、俺が求めている女神とは違いそうだな」

 

 

セフィロスは、その聞き慣れた声と足跡そして剣筋に援軍が訪れたことを知る。

駆け付けたアンジールとジェネシスが、セフィロスと並び立つ。

ジェネシスの呟きは、吹雪き始めた風の音によって掻き消された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「さっみいいいっ! くっそ、ミッドガルは大氷河じゃねえっての!」

 

 

冷気の塊のような風が吹き込み、じわじわと温度を下げていく。

大都市ミッドガルも例外ではなく、再び訪れた冬に住人達は悲鳴を上げていた。

曇った空の上から、突然の気候変動に戸惑う住人たちの姿を見下ろしていたザックスは、思わず二の腕を擦る。ある程度寒さになれている筈の彼も、悲鳴を上げずにはいられなかった。

リツカもまた肌を突き刺すような冷気に頬を擦ったが、ザックスほど寒さを感じてはいない。それはリツカが身に纏う“礼装”による効果であった。様々な地帯にレイシフトするリツカにとって、このような突然の気候変動は想定済みである。リツカが、というより、彼をサポートするカルデアの職員たちが、といった方が正しいだろう。“礼装”は、世界各国から集められた選りすぐりのエリートたちが、力を合わせてつくり上げたものの1つである。

 

寒い、寒い、と騒ぐザックスに、赤チョコボが「クエッ」と鳴いた。

“うるさい”とでもいうような素っ気ない声に、「しょうがねえだろ、お前と違って毛深くねえんだからよ」と返したザックスは、はっとしてリツカを見る。

 

 

「そーいや、お前熱あったよな?

大丈夫かよ。ぶり返すんじゃねえ?」

 

「もう大丈夫! ザックスの方が心配だよ。

寒いでしょ?」

 

「ちょーさみぃ。お前のソレ、良いよな。

神羅の研究員にいってつくって……。

いや、あそこにはヤツがいるし……」

 

 

リツカは事前に、服のことはザックスのことに伝えてあった。といっても簡潔に、暑さ寒さの影響を受けにくい服としか説明していないが、ザックスは充分に納得したらしい。

先ほどからリツカの服を見ては、羨ましげにソルジャー用にもつくってくんねーかなと溢している。

 

そんな彼らはまだ良い方である。

チョコボの羽毛は水を弾き熱を保つ優れもので、コートやマフラーをはじめとする衣類や、羽毛布団などの寝具にも使用されている。赤チョコボの羽毛はそれよりも断熱性が高く、肌触りが良い。そのために格別の人気を誇るが、現在確認されている赤チョコボはこの一匹であるが故に、希少性も高く値段も桁違いとなっている。

そんな羽毛の塊に乗っている2人は冷気から守られており、地上よりもさらに温度の低い上空を飛行しても、身体的な問題は生じていない。

 

 

「ぜんっぜん見えねえし、どうなっちまってんだ……」

 

 

四方八方から襲い来る吹雪が段々と勢いを増す。完全にホワイトアウトした視界では、お互いの顔すら見れないどころか、目も開けていられない状況であった。そんな中を、赤チョコボは迷うことなく飛んでいく。体ごと押し返されるような暴風を掻い潜り、氷海を泳いでいるような寒さを厭わず。

 

そうして飛行していた赤チョコボは、不意に体を上昇させたかと思うと滑空をはじめた。

なりふり構わず吹き荒れる乱気流を読み切ったかのように、体を滑らせて地上へと降りていく―――。

ザックスとリツカが聞いたのは、ぼふりという間の抜けた音であった。

それは赤チョコボの足が、降り積もった雪に埋もれた音であったらしい。

やっと地上に着いたのだと、ザックスが顔を上げる。

するとそこには、まるで台風の目を思わせる光景が広がっていた。

 

赤チョコボが降り立ったのは、ぐるぐると大きく渦巻く雲の真ん中に位置する場所であるらしい。凄まじい猛吹雪はその場所だけ降っておらず、ひたすら灰色の空が広がっていた。

 

 

「……っ!? あれ、は……」

 

 

きょろきょろと周囲を見回していたザックスは、何かを見つけた様子で赤チョコボから飛び降りると雪に足を取られながらその方へと駆けていく。

リツカも同様に飛び降りようとしたが「クエッ」と赤チョコボが鳴いて、それを引き留める。

ちらりと振り返った赤チョコボは、まるで行くな、と言っているようで思わずリツカも動きを止める。

 

 

「っ、アンジール! ジェネシス!」

 

 

分厚く積もる雪に、身を埋めるように倒れる2人の名を呼びながら、ザックスはその肩を叩く。その途端にぴくりと反応があったことに胸を撫で下ろす。体は死人のそれのように冷え切ってはいるが、生きてはいるらしい。ザックスは、回復のマテリアを発動させると回復魔法(ケアル)を唱える。

 

 

「ぐ……っ、」

 

「な、……ざ、っくす、なぜ……」

 

 

ザックスの持つ回復のマテリアは、下級魔法(ケアル)しか使用できないため、一度唱えたくらいでは完全回復には至らない。回復薬(ポーション)を持ってくるべきであったかと、ザックスが悔やんでいると、呻くような声が聞こえ2人が意識を取り戻したことを知る。

 

 

「お、おい……! まだ動くなって!」

 

「せ……セフィロスは、」

 

「セフィロス? そういや、アイツどこ行ったんだ?」

 

「……。まさか、“ヤツ”とまだ、」

 

「ヤツ……? ヤツってもしかして」

 

 

身体を起こしかけたアンジールが、近くで倒れているジェネシスに目を向けると、再びザックスを見上げてそう言った。そういえばセフィロスの姿がないことに気付いたザックスは、ふと聳え立つ剣山の如き山へと視線を向ける。そうして、その山の上に2つの影を捉えたとほぼ同時であった。

 

―――どおおん、と凄まじい轟音が1つ、響いた。

大地が大きくうねり、際限なく降り積もった雪が嫌な音を立てる。

 

 

「っく……! ザックス! ジェネシスを背負え!」

 

「わ、わかった! けど、アンジールは……!」

 

「俺は問題ない。急げ!」

 

 

鬼気迫る勢いでアンジールに促されたザックスは、近くに倒れているジェネシスを背負う。そうしてアンジールの傍へと戻ろうとしたザックスの耳に、何かが軋むような音が聞こえた。砂が擦れ合う音のような、木が折れる音のような、言い表せない音は、ザックスの不安と焦燥を煽る。足元をふらつかせながら立ち上がったアンジールに声を掛けようと、口を開いた時である。

 

ころり、ころりと雪の塊が落ちてきた。ころころと転がるそれに合わせるように、雪が流れ始める。子どもが滑り台から砂を流して遊んでいるように、さらさらと流れていくそれが、段々と大きくなっていく。“雪崩”だ、と叫んだのはどちらであったか。しかし、四方を雪に囲まれた彼らに逃げ場はありはしない。どうする、と唇を噛み締めたザックスは、何かの気配を感じて上を見上げた。

 

 

「へ……?」

 

 

頭上には、尖った嘴と赤い舌があった。ザックスに影を被せたそれは唖然とする彼に構わず、がぶりと服の襟に齧り付くと、野菜でも引っこ抜くような勢いで上に放り投げた。

放られたザックスがそれの背中に着地を決めると同時に、アンジールもまた後ろ首を捕まれる感覚と突然の浮遊感に目を見開いた。

そんな2人に構うことなく、高く、高く舞い上がったそれ―――赤チョコボは「クエッ」と下に向かってくぐもった声で鳴くと、そのまま元来た道を戻ろうとした、が。

 

 

「行かせは、せぬ……!」

 

 

その声と共に天から氷の礫が降り注ぐ。巨大な隕石と見紛うそれは、赤チョコボごと全員圧し潰そうと放たれた。ただの氷の礫であったのならば、ザックスやアンジールの一太刀で凌げたであろう。しかし、それは神の魔力の結晶と同義なのだ。練り込まれた魔力に、2人はただ固唾を飲むしかできない。このままでは、と全員やられてしまうと、赤チョコボに銜えられたアンジールが目前に迫る氷の結晶を見上げた。

 

 

「行け。任務はもう終わりだ」

 

 

ぱき、ぱきぱきと、氷に罅が入ったかと思うと、ばきりという悲鳴染みた大きな音と共に、それは半分に砕けた。すると力尽きたように氷の礫は、ばらばらと崩れながら下に落ちていく。氷の粉々になった欠片が舞い落ちる中、雪の白に溶けず浮き上がる銀が姿を現す。

セフィロス、とザックスが声を上げる。ちらりと視線を向けたが、セフィロスはそれに応えなかった。その手に握られた剣が再び振るわれると同時に、赤チョコボは大きく羽を動かした。

 

 

「ちっ、……この私から逃げようとは!」

 

 

無感情であった女の声が、悔しそうに揺れる。

リツカはその声に確信する。そして、その“名”を口にしようとした瞬間のことだ。

執念深く放たれた氷の塊―――先ほどとは比べ物にならないほど小さなものであったが、赤チョコボの腹部に命中しバランスを崩した。対してダメージは入らなかったようですぐさま体勢は整えられたが、衝撃によりリツカは宙へと投げ出される。

 

 

「リツカっ!!」

 

 

伸ばされたザックスの手はあと寸部のところで空振り、リツカはそのまま下へと落ちていく。赤チョコボが旋回しようと翼を広げたのが見えたが、その前にリツカを受け止めたものがいた。

 

 

「構うな、行け。この坊やは俺が連れ帰る」

 

 

来るべき衝撃に備え、ぎゅっと目を閉じていたリツカは、真上から降って来た声に驚いて目を開ける。すると、赤チョコボが了解したというように、軌道修正をして飛び去る姿が見えた。

 

 

「……やれやれ。守りながら戦うのは、慣れていないのだが」

 

 

はあ、と溜息を吐いたセフィロスはリツカを下すと、目の前に降り立ったそれに視線を向ける。赤い髪の女は、はじめに見せていた無表情(かお)を少しばかり崩して、苛立ちを見せていた。紫にも赤にも見える長い髪に、均整のとれた体、そして見覚えがあり過ぎる顔に、リツカは今度こそその名を口にした。

 

 

「スカサハ=スカディ……」

 

「ほう? この世にて我が名を知るものがいようとは……。

お主もまた迷い子か? それとも、我が愛し子の1人であったか」

 

「……俺は、……その、まだ良くわかってなくて」

 

「そうか。ふむ、それなら見極めよう。

だがな……! その男はもう良い!」

 

「え? その男って、セフィロス……?」

 

「今わかった。お前は、“氷の子”だ。

我が雪に閉ざされ眠りしものの子よ、……私に、お前は殺せぬ」

 

「それって、スカディも言ってた……」

 

 

その女、スカサハ=スカディは静かに目を伏せる。

カルデアにいる彼女とは同じで異なる存在であることは、契約者であるリツカはすぐにわかった。そして、カルデアの彼女も目の前の女も、セフィロスを“氷の子”だという。

カルデアのスカディは、その慈悲をセフィロスへと向けていたが、彼女もどうやら“同じ”であるらしい。どういうことだろうと首を傾げたリツカであったが、向けられた杖の先に思考を打ち切らされる。

 

 

「その紋様は、……マスターと呼ばれるものの証であったか。

だが肝心の英霊はどうした? まさかその男が、というわけではあるまい」

 

「うっ……」

 

 

彼女の口にした“マスター”と“サーヴァント”の言葉に、リツカは冷や汗を掻きながらも、目の前のスカディがリツカと同じ世界の存在であることを確信する。とはいえ、相手は神であるので、何らかの方法で知っていたということも考えられたのだが。

 

 

「さて、小さきものよ。

私は怒っておるのだ。この広き大地の心を持つ私が」

 

「なんで……ですか?」

 

「この地は、かつて私が守護せし大地の写し身。

それが今、穢されようとしている。他でもない人間の手によって」

 

「人間の……」

 

「この地は我が聖域とも同じ。

大地も、そしてそこに眠るものも……我が、愛しきもの。

それを侵すことは、この私の名に懸けて許しはせぬ」

 

「……だから、氷に閉ざそうとしたのですね」

 

「ふん、我ながら甘いことだ。

人間ごと侵略者を葬るのは、赤子の手を捻るが如く容易いことよ。

だが……。アレは、それを望みはしない」

 

 

緋色の瞳が遠くへと向けられる。

焦がれるようなその瞳を、リツカは見たことがなかった。

軽く頭を振ったスカディは、手にした杖を握り締める。

 

 

「……さあ、始めようか」

 

 

くるりと杖を躍らせて、スカディは再び魔力を練り上げる。

彼女の意のままに雪氷が形を成していく。真正面からぶつけられた吹雪に、踏ん張りきれなかったリツカがよろめくと、ぐいと突然腕を引かれて後ろへと下がらせられた。

 

 

「……氷の子よ、お前はもう」

 

「連れ帰るのも、俺の仕事らしいからな。

生きた状態で連れて帰らねば、意味はあるまい」

 

 

その長い剣を突き立てるように前に出せば、それだけでスカディに届いてしまいそうな距離だ。仕方ないと言わんばかりの顔だが、部下であるザックスが“勝手に連れ出した”少年に何かあっては問題(めんどう)であった。通常であれば、ザックスの尻拭いはアンジールの仕事となっている。誰が決めたわけでもなく、暗黙の了解というやつである。

だが、話を聞いているに“訳あり”らしい少年を拾ったのは、セフィロスに他ならない。

“拾得物”に対する責任や情が先行したわけではないが、一度セフィロスはリツカを連れて帰ることを選んだのだ。一度決めたことを覆すのは性に合わない。理由としては、それだけだ。

 

しかしながら、いくらセフィロスといえどスカサハ=スカディ相手に、リツカを庇いながら戦うことは不利でしかない。ザックスとこの地に赴いてから、ずっと戦い続けていたのがその証拠であろう。大半の相手は一太刀で事足りる為に、セフィロスがここまで任務に時間をかけたことはないのだ。

 

セフィロスや、スカディと違い、いくら礼装の効果があれどリツカは普通の人間である。あまり長引かせてしまえば凍死だって免れない。どうやら、手を抜いて遊んでいる暇はないようだと、セフィロスは刀を構えた。

 

雪に足を埋もれさせながら、リツカもまた思う。このままではただの足手纏いにしかならないと。

スカサハ=スカディという存在に検討が付いた時リツカは、心の片隅で言葉を交わせば何とかなるかもしれないと考えていた。今考えれば、どんなに傲慢なことであろう。慢心だと言われればその通りである。

彼女と“とある特異点”で絆を結び、カルデアで絆を強くしたリツカは、その内面を知っていた。大地の母として、冷酷さと慈愛を併せ持つ彼女は、それでいて少女の如き可憐さを持ち合わせている。彼女のそんな一面を見ているからこそ、リツカは忘れていたのかもしれない。スカサハ=スカディの神としての顔を。

 

自らの軽率な思惑を顧みて、思わず顔を伏せたリツカはとあることに気が付く。

手の甲に刻まれたマスターの証である“令呪”が、薄らと発光しているのだ。その赤い光は、脈打つように段々と大きくなっていく―――。

そうして、赤い光が散った。ニブル山を包み込むような、強い光であった。

リツカだけではなく、スカディやセフィロスでさえも、その赤に視界を奪われる。

 

 

 

 

 

「どうやら、成功したようだ。

転移魔法なんて久しぶりに使うから、どこに飛ばされるのかと冷や冷やしたよ」

 

 

 

 

 

緩やかなウェーブを描く金髪が、曇った空から漏れるぼやけた光を受けて輝く。

突然姿を現した男は、軽やかに着地をするとその髪を払った。それは、セフィロスほどではないが長身の男であった。3人の顔を見回したその男は、リツカの顔を見ると穏やかに笑う。

 

 

「こんなところにいたのか、マスター。……と呼ぶべきだろうか。

ふふ、まあ迎えに来たよ」

 

 

リツカは目を凝らして、その男をまじまじと見た。

何処かで見た顔をしている。が、それが何処で見たかをすぐには思い出せなかった。

その視線に男は困ったように眉を下げる。

 

 

「まあ、俺は“表”に出ていなかったからなあ」

 

 

色のない世界で見る、その青い瞳はとてもうつくしい。

瑠璃色の空を思わせるそれを、リツカはじっと見た。

カルデアのセフィロスが、時折見せたその色は、リツカの記憶にしっかりと焼き付いていた。

 

 

「も、もしかして……っ!?」

 

「思い出してくれたようだ何よりだ。

いくら中途半端な存在とはいえ、俺まで“思い出”になるのは些か寂しいものがある」

 

 

その正体に気付いたリツカに、嬉しそうに笑った男はもう一度「迎えに来た」と告げた。

はじめてであり、はじめてではないその存在に、驚きつつも安堵を覚えるリツカの後ろで、ぽすりという微かな音が聞こえた。振り返るとそこには、白い雪に埋まった“紅い杖”があった。

 

 

 

 

 


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