第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-4 カルデアにて②

無数に降頻る雪の結晶はぴたりと止み、

煌々と輝きを放つ月や星にも叢雲が掛かる。

今宵の喧騒を察したかのような、静かな夜であった。

 

やけに刺々しい尾を追い、セフィロスが誘われたのはカルデア施設の外である。

山々の頂上に立つ施設から少し離れたところにある平坦な場所は、確かにいくら暴れても問題はなさそうだ。

もし、山崩れが起きても施設には影響しないだろうし、このような場所に住まうものはいないだろう。

 

分厚い雲から微かに差し込む月の光だけが、唯一の光源であった。

雪の残る大地がその光を反射して、控えめな光を放つ。

 

 

「……」

 

「言葉は必要ねえ、……てめえも武人なら、得物で語りな」

 

 

向かい合う二人の間に流れる冷たい風に、青と銀が靡く。

ぎらりと輝く赤の瞳と凍てつく青の瞳が交差し、互いに己の武器を手にした。

 

数々の名だたる将の血を吸ってきた禍々しい朱色の槍が、獲物を前に滾りを示す。

一振りの後に構えられたしなやかな身の丈を超える剣が、獲物を前に凪いでいく。

 

戦い以外には興味を示さない棘の王が、セフィロスに何を感じ取ったのか。

それを問おうにも先手を打たれてしまった今、目の前の英霊の言った通り戦うしか選択肢はなさそうだ。

 

セフィロスという男も中の男も、剣を握るもの。

英霊の持つ歪んだ魔力もその体に秘める戦闘能力の高さも、窺い知れる。

 

 

「さて……愉しもうじゃねえか」

 

「ふん、心まで切り刻んでやろう」

 

 

白き大地を蹴り、その武器を振りかざしたのも……同時。

高い音を立ててぶつかり合った二人は、その唇に笑みを刻んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「……っ、な……なんの音……かしら……」

 

「ふん、……無骨な(けだもの)共が……。

こんな時間に、騒ぎおって……喧しくて寝れもせぬ」

 

「け、獣……っ!?」

 

「我の前で何という間抜けた面を曝しておるのだ……不敬極まりない女よな。

……それに、獣なぞ比べ物にならない凶悪なものが、貴様の巣穴には山ほどおるではないか」

 

「そ、そんなに野蛮なもの……いないのだわ!!

私がちゃんと管理しているもの」

 

 

遠くで聞こえる地響きがカルデアまでも伝わり、細かい振動に山が揺れる。

段々と大きく激しくなる二つの魔力に、英霊たちも騒めき立っていた。

特に作家の名を冠する英霊たちは、絶妙に気に障る振動と轟音に比例して苛立ちを露見させる。

 

深夜過ぎの時間に眠りを妨害され食堂に集まった英霊たちは、各々の反応を見せていた。

激突する魔力に触発されるもの、ただ呆れたように溜息を零すもの、苛立ちを募らせるもの、それを楽しむもの……様々である。

 

事前にドクターロマニから説明がなされていたので動揺するものはいないが、迷惑極まりないことには変わりはない。

 

時々聞こえる獣が唸り立つような声に、びくりと体を跳ねさせた冥界の女主人は手にしたカップを揺らす。その姿を鼻で笑った金ぴかの王が、頬杖をついて呆れたような口振りでそう言った。

しかし、その唇には愉快だと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。

 

 

「あんたね!なんでそんな楽しそうな顔してんのよ!!こっちは、安眠妨害も良いトコなんだからね!

あーもう……この玉の肌を荒れさせたら、許さないんだから」

 

「そう喚くな。貴様の肌なんぞ誰も興味ないわ」

 

「へえー?この私に喧嘩売ろうっていうの……」

 

「……食堂で喧嘩はやめたまえ」

 

 

金髪を高く二つに結い上げた冥界の女主人の隣に座した、黒髪の同じ髪形をした英霊が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

天界の女主人の名を冠する彼女は、椅子に凭れて足を組む王をじとりと睨み上げた。

 

そんな彼女の後ろから現れた赤い英霊が彼女を宥めるように声を掛けるが、それにべーと舌を出すと彼女は顔を背けた。

赤い英霊はやれやれと肩を竦めると、手にしていたティーカップを彼女の前に置く。

 

 

 

「恐らく、彼はなり立ての英霊だろう。大目に見てはどうかね」

 

「……なによ、あんたヤケにあいつの肩を持つわね」

 

「別にそんなんじゃないさ。

ただ……そうだな、マスターにせよ英霊にせよ、新米の時は苦労するものだ」

 

「ふん、……相変わらず貴様の目は節穴よな、贋作者(フェイカー)

アレはそのように生易しい存在ではあるまい」

 

「……どういうことかね、英雄王」

 

「わからぬならば、それまでよ」

 

 

くつりと低く笑みを零した英雄王と呼ばれた金ぴかの王には、セフィロスの体に流れる『二つの魔力』が見えていた。

 

リツカとキャスターがとある方法で召喚したセフィロスについては緘口令が布かれており、彼の身を知るのはあの場にいた、リツカとキャスター、そしてドクターとダヴィンチのみであった。

それ以外の英霊たちには、新たな、なり立ての英霊として紹介されていたのでそのように扱われていたのだ。

 

それ故に、赤い弓兵は自分の歩みを彼に重ねて同情的な姿勢を見せており、天界の女主人も文句を言いつつも気にしていた。

 

 

「……興が乗った」

 

 

訝しげな顔をして己を見る英霊たちを横目に、英雄王はそう小さく呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「……っ」

 

 

はあ、はあ、と荒げられた息が白く吐き出される。

体中に滲んだ赤が滴り、足元の白を赤く染め上げていた。

はらりと、肩を流れる青い髪。被っていた頭巾は何回目かの衝突で切り刻まれ、地面へと落ちた。

 

 

「……どうした?もう終わりか」

 

 

所々に傷は負っているが、どれも浅い。

はじめと変わらぬ様子で佇む銀は、そう言って刀を払った。

 

 

「は……っ、ぬかしやがる……!」

 

 

再び構えられた槍に、セフィロスは眉を顰めた。

英霊が目を閉じると、ぐんと一気に高まった魔力が緻密に編まれていく。

それを感じ取ったセフィロスが阻止しようと刀を振り下ろすと、赤黒い爪に容易に受け止められ弾かれた。

 

 

「……っ」

 

「全呪解放。加減はなしだ……!」

 

 

地の底を這うような声に、呼応するように英霊の姿が変わる。

紅海の魔獣の一部を鎧として身に纏ったその姿はまさに、わだつみの如く海を狂わせその咆哮は竜巻を呼ぶという、遠き海に在った偉大なる海獣。

英霊の持つ魔槍ゲイ・ボルクの元となったという魔獣のそれであった。

最早死の獣となった英霊は、全身に沸き立つ闘志と殺意を開放するように叫びをあげた。

 

 

「絶望に挑むがいい」

 

 

瞬きする間もなかった。

目の前に現れた獣は、怒り狂うが如くその鎧の爪を連続で振り下ろす。

その速さと力に、弾き切れなかった斬撃がセフィロスの体に容赦なく突き刺さる。

全身を引き裂く痛みがセフィロスの隙となった。……そして、それが、致命的であった。

 

 

噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)!」

 

「ぐ……ぁ……っ」

 

 

体をしならせて力を溜めると、勢い良く突き出された爪がセフィロスの腹を貫通した。

 

その呪われた爪から繰り出される攻撃は、それだけではない。

尖った棘や鋭い爪は刃が無数に付属した怪物のような意匠となっており、相手に突き刺さるとそこを基点に無数の棘が四方へと伸びる。残虐としか言いようのない酷いつくりのものであった。

 

突き立てられた爪は本能のままに体内で無数の棘を生み、容赦なく内側から引き裂く。

その瞬間、夥しい量の血が弾け飛んだ。

口からも赤が吹き出し全身をばらばらに引き裂かれたような痛みに、呻く。

 

滅茶苦茶に切り裂かれた肉や臓器から噴き出す血に、意識がぼやけていく。

普通の人間ならば意識すら保てないであろう痛みを噛み締めた男は、『自分の名』を思い出した。

 

そして、ずるりと抜かれた爪に地面へと叩き付けられそうになった時。

 

 

「……っ、……」

 

 

無様に地に伏せることは、許されない。

自分で背負い、自分で名乗りを上げた名に、相応しくないことはできない。

いつの間にかそれが、男のプライドとなっていたのだ。

 

どくり、と刻まれた筈の心臓が力強く鼓動したのがわかった。

それは呼応であり、共鳴であった。

セフィロスは迫り来る地面に身を翻した。

 

 

「ほう……。俺の宝具を喰らい尚も、立つか……!」

 

「全く、愉しませてくれる……っ」

 

 

揺らめいたのは、ほんの一瞬。

背筋を伸ばして立ち上がったセフィロスに、狂乱の王は高らかに笑った。

 

敵として現れた自らの師でさえも躊躇なく切り裂いた英霊は、戦いと殺戮それだけの戦闘機械として勝利をひたすらに渇望する。その餓えは生へのものではなく、死に至るためのものであった。

 

自らを獣とした英霊は、死に至るまで全力で駆け抜ける事を存在理由と謳った。

その為ならば手段は厭わない。その疾走感が唯一、この棘の王を満たす、餌であった。

 

そんな狂乱と殺戮の化身となった英霊は、これまで血湧き肉躍る相手に出会ったことはない。

対等な戦いを求めていたかというと、否であろう。

 

 

しかし、今確かに英霊は目の前の銀の男との戦いに、体中を駆け巡る高揚を感じて酔いしれていたのだ。

 

 

「は…っ、はは……!ははははははっ!!!!!」

 

 

見開かれた目は血走り、えも言われぬ高ぶりを浮かべる。

凶悪な顔を浮かべ勢いのままに突撃して来た英霊を躱し、斬撃を放つ。

幾重にも放たれた重い斬撃を軽くいなし距離を縮めて来た獣の胸を、セフィロスはその長い剣で貫いた。

 

 

「ぐ……っ」

 

「……お前に似合うものをずっと、考えていた。

お前には、痛みを贈ることにしよう」

 

 

胸を貫く銀の刃が、英霊の動きを縫い留める。

空に浮いた体で抗うも、深く刺さったそれはびくともしない。

 

セフィロスは刀を引き抜くと、背中から黒き片翼を出現させた。

ばさりと、優雅に広がった翼で一つ羽音を立てると高く舞い上がる。

 

 

「さあ、絶望に喘ぐが良い……!

舞い降りろ、心無い天使よ」

 

 

空中で放たれたセフィロスの詠唱のもと、現れた大いなる闇の渦が英霊を呑み込む。

慈悲さえも知れぬ闇は英霊の魔力と体力を根こそぎ吸い上げて、消え去った。

 

 

「終焉の時だ」

 

「ち…、……くそが…っ」

 

 

いくら耐久に優れようとも、魔力を動力とする英霊は膝を地面に着けるしかない。

しかし、他の英霊ならばとっくに体力切れで強制送還されるであろう技を喰らい、尚も爪牙を立て睨み上げる棘の王にセフィロスは目を細めた。

 

ふわりと地に降り立った片翼の男は、その長い刀で英霊の心臓を目掛け再び突き刺す。

 

 

「ぐ、ぁ」

 

「痛いか?……いいぞ、この痛みを記憶しろ。

そして……この痛みで俺を思い出せ」

 

 

温度を忘れた氷の瞳が見下ろす。

それは英霊にとって最大の屈辱でもあり、起爆剤でもあった。

ぐと握る手に力が込められたかと思うと、力は全て闇に喰われた筈の英霊は槍を振るった。

 

 

「な……っ、!」

 

「は…っ、ざまあ……みやがれ……っ!!」

 

 

口から血を吐いて笑う英霊が放ったその瀕死の一撃は、黒き羽を切り裂いた。

半分近くを落とされた翼は、修復が間に合わず崩れ去る。

 

 

「ここまで、やるとはな」

 

「そりゃ、……こっちの、セリフ……だ。てめえ、……名前は」

 

「……セフィロス」

 

「……はっ、……いいか、憶えておけ……!

セフィロス……てめえは、俺が……殺す!!殺して、その余裕ぶった面、砕いてやる……!!必ず、……な」

 

 

狂瀾怒濤にそう叫び、セフィロスを睨んだ紅玉はふと意識を失い地へと伏した。

二度も心臓を穿たれても最後まで猛犬の如く噛み付いてきた英霊に、思わず口角が上がる。

 

 

「終わるには早すぎる。……そうだろう?」

 

 

ゆっくりとした足取りでセフィロスは英霊に近づくと、とある詠唱を口にしたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

どさり、と投げ入れられたその体に、食堂にいた英霊たちは目を見開いた。

ぼろぼろに切り裂かれた衣はかなりの血を吸っているようで、重い音を立てて地面に舞い落ちた。

 

 

「治療はした。寝かせてやってくれ」

 

 

淡々とそう言った銀髪の男もまた、ぼろぼろのコートを纏っていたが外傷は見えない。

床に転がされた英霊に、白いエプロンと狐のような尻尾を持つ英霊が駆け寄るが応答はないようだ。

騒然となった食堂を背にした、セフィロスはそのまま出て行ってしまったらしい。

 

 

「な……、も、もしかして……勝っちゃった、の……?」

 

「あ、……ありえないのだわ……」

 

 

英霊には向き不向きもあるし、相性もある。

個性と同様に性能の違いも大きいので、勝ち負けは勿論ある。

しかし、限界まで強化され聖杯の加護も付与されている英霊が、来たばかりの英霊に負けるなど誰が想像出来ようか。

声を上げた二人の英霊を尻目に、英雄王は堪え切れないとばかりに声を上げて高らかに笑った。

 

 

そんな英霊たちの動揺が食堂から零れる中、セフィロスは一人廊下を歩いていた。

山の向こうから光が漏れているので、もうそろそろ夜明けの時間であることがわかる。

徐々に明るくなってきた視界を、今の自分と重ねていた。

 

なんの因果か、カルデアに来てセフィロスが剣を向けたのはクーフーリンという名の英霊たち。

似て非なる者たちではあるが、彼らとぶつかることで色々と整理がついたのだ。

 

自分に宿った力はセフィロスのもの。

しかも、ジェノバの恩恵を受けているのか、回復が凄まじく速い。

先ほど棘の王に抉られた傷も、今ではきれいに元通りになっていた。

 

愛刀である正宗も充分に振え、魔法も使える。

戦うには充分だが、まだ何かが足りないことに気が付いた。

だがその肝心な何かは、まだ見つかっていない。

それを見つければ、きっと……。

 

 

「……」

 

 

あと一つ、大きな発見があった。

様々な魔法を試した中で、黒魔術と呼ばれる攻撃魔法よりも白魔術と呼ばれる回復魔法の方が得意だということである。

このことは中の男が影響しているのかもしれないが、もう少し試験が必要だ。

 

そうして、得られた一つ一つをまとめ頭の中で整理しつつ、与えられた自室に向かっていたが不意に足を止めた。

 

 

「……何か、用か?」

 

 

振り返らず言葉を落としたセフィロスに、後ろから近づいて来ていたそれは……低く嗤った。

 

 

「これはまた随分、おかしなナリをした男だと思ってね。

まあ、俺が言えたセリフではないが……」

 

 

白い床を打ち鳴らす黒い靴に、すらりと伸びる長身、鈍く光る金の瞳が、捉える。

かちゃりと何かが外れる音に、夜明けを告げる囀りにしては物騒だと……呟いた。

 

 

 

 

 


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