第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-6 カルデアにて④

無機質な機械の呼気だけが響く中央管制室。

そこに配置された少数精鋭の職員たちが、人理修復を遂げた今も忙しなく動き回っていた。

弾かれるキーボードの上を、ピアノでも奏でるように指先が躍る。

羅列されていく文字がモニターに刻まれ、やがて一つの形を作り上げた。

徹夜続きで腫れた瞼をやっとモニターから離した淡い髪の男は、聞こえてきた足音に目を擦る。

 

飛び込んで来たのは、予想していた通りの顔で。

若さ故か疲れを感じさせない溌溂とした表情に、ドクターと呼ばれる男は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「やあ、リツカ君。そろそろ来る頃だと思ったよ」

 

「え?」

 

「ふふ……。君の考えそうなことはお見通しだよ。

それに今更、君がレイシフトについて質問するとすれば、一つだからね」

 

 

ふわふわと柔らかな髪に似合う表情のままリツカを見たドクターは、自慢げにそういうと一つ咳払いをした。

本人の性格などが災いし軽く思われがちではあるが、そこはカルデアのトップに君臨するだけあるというもの。

幾つ夜を寝ずとも、その頭は叡智のものであることには変わりはない。

 

 

「結論から言うと、彼をレイシフトに連れて行くことは可能だよ」

 

「ほ、本当に!?」

 

「ああ、勿論だとも。このDr.ロマニに嘘はないさ」

 

「ありがとう、ドクター!!伝えなきゃ…!」

 

 

そわそわとした落ち着かない態度を見せていたリツカは、ドクターの一言に思わず破顔一笑した。

そして、急いで体を反転させると、来た時と変わらない勢いで管制室を出て行ってしまう。

 

 

「あ!ちょっと、リツカ君……!!相変わらずだなあ」

 

 

余程あの男とレイシフトを共にしたかったらしい、と察したドクターは静かに溜息を吐いた。

 

 

「でも、まだ彼の解析途中なんだけど……」

 

「彼に結論を先に述べるのは、少々悪手だったんじゃないかいロマニ」

 

「仕方ないだろ、癖なんだからさ」

 

 

くすくすと華やかな笑みが、肩を落とすドクターに向けられる。

それに君も同罪だろと呟いた言葉は、英霊の顔がたたえるうつくしい微笑に一蹴され消えていった。

 

 

 

一方、そんな管制室でのやり取りを知らないリツカは、脇目も振らずに廊下を駆けていた。

必死さを滲ませる彼に、擦れ違う英霊たちは目を丸くして声を掛けるも、また後で!と躱されてしまい、首を傾げる他なかった。

廊下は走るものではないぞ!という声も聞こえなくもなかったが、それ所ではないので、リツカの耳には入らない。状況を察したように、笑みを深めるものもいたが、それも急ぐリツカの目には映らなかったのである。

 

 

「セフィロス!!」

 

 

基本的にカルデアにある扉は全て自動ドアであった。

自室となる部屋には、ロック機能も備わっている。

余談ではあるが、最新鋭のシステムが組まれているので、指紋認証や虹彩認証という設定も可能となっており、レイシフト先で鍵を落としては大変という理由から、リツカもそれらを使用していた。

 

この部屋の主は、ロックを掛けていなかったらしく、開閉ボタンを押せば直ぐに扉が開いた。

リツカの訪れを察していたように、悠然とソファーに凭れる男は手にしていたカップをテーブルへと置いた。

 

 

「朝から騒々しいことだ」

 

「う……ごめん」

 

「……まあ、いいさ。さっさと入ったらどうだ」

 

 

リツカが足を踏み入れると、部屋に満ちた珈琲の香りに包まれる。

インスタントとも異なるその匂いに、内心首を傾げた。

何処かで、嗅いだような気がするのだ。

普段珈琲を特にブラックなどは、あまり口にしないので香りから質や種類を当てることは出来ない。

しかし、その香りに記憶が擽られ、何かが脳裏を過った気がして引っ掛かった。

 

 

「それで、今度はどうしたんだ」

 

「あ、そうだ!お願いがあるんだけど……。

レイシフトに、同行してくれないかな……?」

 

「……構わないが」

 

 

セフィロスの言葉にはっとしたリツカは、緊張を隠せない面持ちで彼をレイシフトへと誘う。

 

この施設にいても誰かしらに絡まれることは目に見えていたので、任務にでも出て刀を振っていた方がマシであると瞬時に判断したセフィロスは、淡々とそう返事をした。

 

特にあのエミヤオルタのように、面倒な絡み方をされるのは避けたかったのである。

 

良い返事を受け取り、きらきらと目を輝かせたリツカは勿論そんなセフィロスの考えを知らない。

 

どちらかというと寡黙で口下手な方であるセフィロスは、考え全てを話す程に雄弁ではなかったのだ。

要するに『一言(どころの話ではないが)足りない』性格なのである。

 

物事は歯車の如く、一つ一つが噛み合って進んでいくものだ。

それが例えほんの微妙なズレであっても、歯車の数が増えれば増えるほどに、そのズレは大きくなり、やがて亀裂となっていく。その綻びは、大抵事が起こってから気付くものなのである。

 

 

「じゃあ、また時間になったら呼びに来るから!!」

 

 

満面の笑みを浮かべて、そう言ったリツカはまた慌ただしく部屋を飛び出していった。

 

遠ざかっていく気配を黙したまま見送ったセフィロスの傍らで、濃くなっていく影が一つ在った。

その身を燻らせて高らかに笑った影は、やがて形を成して……。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

人類最後のマスターとして謳われるべき偉業を成し遂げたリツカという人間は、魔術師とするにはあまりにも平凡であった。身に宿す魔力も、持ち得る魔術も、一般人のそれと変わらない故である。

 

そんな彼が此処まで至れたのは、数多の英霊の加護を受けることが出来たことにあろう。

歴史に名を刻む英霊たちは、各々確固たる矜持と意志を持つもの。

個性豊かな彼らを束ね、結束して、目的を果たすのは、並大抵の人間が出来ることではない。

 

リツカは、魔術のマの字も知らぬ一般の人間であった。

スポンジのような素直さや、一度決めたら曲げぬ強さを持ち合わせた、竹の如きしなやかな少年であった。

 

そんな彼だからこそ、英霊たちは揃って力を貸したのだ。

 

過酷な旅路にどれだけ心が悲鳴を上げようとも、体中に傷を負おうとも、彼は周りの助けを得て導きを受け歩み続けた。

そうして彼は、辿り着く。

 

人間に想いを馳せた愛を知らぬ獣は、リツカを最後にこう呼んだ。

『我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ』と。

リツカという少年の在り様は、人間そのものを現わしていたのかもしれない。

獣に堕ちたそれは、最後に王に還った。

それを成したのは、名の知れた英霊でも、魔術師でも、ない。

リツカ、という一人の少年であったのだ。

 

 

「うーん……。いまいち、苦手なんだよなあ」

 

 

そんな少年は、自室にてタブレット端末を片手に頭を悩ませていた。

もう何度目か知れないレイシフト先へと共に行く英霊の編成なのだが、未だに組み合わせに悩む。

実は、この少年。チーム編成を組むのがとても……下手であった。

クラスやスキルの相性云々の話ではなく、英霊そのものの相性を見極めるのが下手なのだ。

 

かの賢王すらも呆れ果てるような采配を成すが、何だかんだそれが上手く行ったりするので、本人はそこまで意識はしていないのも問題なのだろう。

組まされる英霊たちのその周囲は、毎回冷や汗を滲ませることになる。

まるで狙ったかのように、性格的相性の悪い英霊を編成するのだから。

 

そんなこともあり、時々に応じて誰かしらの英霊が最終チェックをしている。

しかし、本日の任務は素材集めが主なあったことと、もう何回も赴いたレイシフト先であることもあり、リツカに一任されていたのであった。

 

 

「できた……!」

 

 

タブレットによって組まれた編成は、カルデア施設の至る所に設置されたモニターに映し出され、編成された英霊たちにも伝えられるようになっていた。

ちなみに、モニターをチェックしなかったとしても、時間になると強制的に管制室に送られる仕組みにもなっている。

強制送還を嫌う英霊たちは、自らの足で管制室へと訪れるのだ。

 

高らかに掲げられたタブレットに並んだそれを送信したリツカは、ぐっと伸びをして立ち上がった。

いくら慣れた任務であっても油断は大敵だという後輩の言葉を思い返し、魔術礼装を身に纏う。

 

不意に廊下の外から賑やかな叫び声が聞こえ、リツカはほのぼのとした笑みを浮かべる。

思えば、最初の頃は物音一つしないくらい閑散とした施設であったのだ。

只管任務へと赴いて、縁を結んだ英霊を召喚して、一人また一人と増えていき、気が付けばカルデアは100を超える英霊で賑わっていた。

 

懐かしむようにそれを思い返したリツカは、部屋の壁に掛かる時計を確認すると、慌てて自室の外へと飛び出したのである。

 

 

「ま、マスター!」

 

「あれ、どうしたのエレシュキガル?」

 

「あ、あ、あなた……!!正気なの!」

 

「え?」

 

「だ、だって、あれほど、暴れ回ってたひとたちを組ませるなんて!!

正気ではないのだわ!!」

 

 

自室から一番近いモニターの下で唖然としていた少女の形をした英霊が、リツカの顔を見た途端に声を上げた。

見開かれた透明感のある赤い瞳に、興奮を表すように揺れる金の髪がきらきらと輝く。

うつくしさよりも可愛らしいその(かんばせ)を紅潮させて詰め寄る彼女に、リツカは目を瞬かせた。

 

 

「……それに!!私はまだあの男を認めていません!

万が一のことがあったら、どうするのです」

 

 

実はオルタたちよりも顕著ではないが、神に名を連ねるものたちもまた一目見た時から、セフィロスの存在に疑問を抱いていた。

ドクターをはじめリツカも、神の瞳まで誤魔化せるとは思ってはいなかった。

しかし、言い換えれば神の瞳を以てしても、その正体を暴くまでには至らないのだ。

珍しく息を潜めるように、様子を窺っている王たちや、冠位を持つたちも、同様である。

 

その中でも、冥界を司る女主人は特にリツカの身を案じていた。

闇すらも恐れる深淵の奥底まで己に会いに来てくれた、リツカという人間に恩を感じているからこそ、彼女はこうも心配を露わにするのだ。

 

 

「大丈夫だよ、エレシュキガル。セフィロスはそんなんじゃないし……。

それに、もし万が一何かあっても彼がいるから大丈夫だって」

 

 

己を信じてくれた時と何一つ変わらぬその無邪気な笑みに、エレシュキガルは言葉を詰まらせる。

人が好過ぎるマスターがそう言うであろうことは何となく想像が付いていたが、と彼女は顔を伏せた。

そんなエレシュキガルに、もう一度微笑んだリツカはありがとう、と一言告げた。

 

こうして素直に自分の身を気にしてくれているのは嬉しいし、微笑ましい。

だからこそ彼女にも、そして他の英霊にも、リツカはわかって欲しかったのだ。

あのセフィロスが何者であれ、悪い存在ではないということを。

 

 

「ねえ、エレシュキガル。……戻ってきたら、一度話をしてみてよ」

 

「え……っ、ええ……!!こ、この私が……あの、男と?」

 

「うん。俺も一緒にいるからさ、ね?」

 

「わ、わかったのだわ……。そこまで、あなたが言うなら」

 

 

少なくとも、このカルデアにいる間は心穏やかに過ごして貰いたい。

英霊一人一人によってその定義は異なるだろうが、出来るだけ良い時間を過ごして貰いたいのだ。

それこそが、至らぬ身でありながらマスターとなった己に出来る精一杯のことだと、リツカは考えていた。

英霊の中には聖杯戦争を何度も経験して、様々なマスターと共に時を重ねてきたものもいる。

リツカはそんな彼らの記憶に、このカルデアで過ごした日々を留めて欲しいと思っていた。

 

例えそれが英霊ではなくとも、同じことなのだ。

セフィロスという存在について、リツカもまだ良くは知らない。

しかし、彼の数多の英霊たちと関わって来た経験が、何となく告げているのだ。

彼は決して、周りを拒むことはしない。孤高ではなく、孤独の存在なのだと。

 

 

「あ!!しまった、時間だ……!」

 

 

ふと手元の時計を見て叫んだリツカに、エレシュキガルはびくりと肩を震わせた。

ごめん、また後で。そう言って勢い良く駆けて行ったマスターの背中を見つめ、彼女は小さく笑みを零した。

 

 

 

***

 

 

 

言葉通り迎えに来たリツカに誘われるがままに、セフィロスは中央管制室へと足を踏み入れた。

そして、中で待ち受けていたそれらに、溜息が零れるのを禁じ得なかった。

思わず反しかけた踵を何とか堪えると、凶悪な笑みを浮かべる赤い瞳を睨み付ける。

 

 

「これはまた、お見事な采配だな……マスター。

流石の私も、言葉が出ないよ」

 

「え?何が?」

 

 

一瞬で張り詰めた空気に、やれやれと小さく首を振ったのは赤い外套の英霊である。

夜から朝の騒動について英霊たちが話しているのを食堂で聞いていた彼は、モニターに映された編成に唇を引き攣らせた一人でもあった。

 

 

「マスター……。以前、君にお願いしたことを憶えているか?」

 

「エミヤからお願いされたこと……?ああ!調理器具がたr「違う、それじゃあない……!」

 

 

溜息を零したエミヤは、筋肉質な太い腕を組み片目を閉じるとぎろりとリツカを見据えた。

 

 

英霊(サーヴァント)のクラスに相性があるように、英霊そのものにも相性がある。とあれ程言った筈だがね。君は何度も何度も!!金色のアーチャーと青いランサーという、ピンポイントで編成をするものだから……!」

 

 

悲しいことにもうすっかり慣れてしまったよと嘆くように天井を仰いだエミヤに、なら良かったじゃんとリツカはいつものように明るい笑みを浮かべた。

 

 

「はっ、相変わらず固ェ頭してんなあ。そうきゃんきゃん騒いでも仕方ねえだろうがよ。

そろそろ学習したらどうだい」

 

 

二人のやり取りを見ていた青いランサーは、けらけらと軽やかな笑みを浮かべてそう言った。

勿論犬猿の仲であることは変わりないが、此処で喧嘩しても何もならないことをいい加減学んだのである。

それであれば、早くレイシフトを終わらせてさっさと解散した方がマシであるのだ。

しかし、今回は勝手が違った。

 

 

「ほう、……偶にはマスターのポンコツも良い仕事するじゃねえか」

 

 

ゆらりと視界の端で動いた禍々しい薔薇の茨を想わせるそれと共に、赫々とした瞳がセフィロスを捉える。

あのまま治療を施さずに転がして置けば良かった、と後悔の念を抱いても時既に遅し。

今にも噛みつかんばかりに殺気立つ英霊……クーフーリンオルタに、セフィロスは鼻を鳴らした。

 

 

「マスター、レイシフトを。

このままだと管制室が吹っ飛ぶぞ」

 

 

今にも武器を顕現させぶつかり合いそうな二人に、エミヤは落ち着いたトーンでそう進言する。

それに、一つ頷いたリツカは慣れた様子でコフィンへと入った。

遠巻きに、セフィロスとオルタを見ていた職員がそれを合図に、転送準備を開始した。

繋がれたモニターに広がるデータのうち、意識レベルを表す数値がゆっくりと減っていく。

 

そうして、リツカの意識は黒から白となり、途切れた。

 

 

 

――ふと意識が戻ると、いつも通り視界が空に埋め尽くされていた。

 

最早リツカのいる現世では見られないくらいの、あらゆる宝石を砕いて散りばめたような星々を見るのは、初めてであった。

 

レイシフト先に飛ばされると、大体は空から落下することが多い。

最初こそ死ぬ思いで叫び倒したが、今ではアトラクション感覚を通り越して、車に乗るのと同じくらいの感覚となってしまったのだから慣れとは、げに恐ろしいものである。

 

息を呑むほどのうつくしい煌めきに、リツカは思考すら奪われ息を忘れた。

 

段々と遠ざかる空と、迫り来る大地に、リツカの傍らに控えていた英霊たちが体勢を変える。

生身の人間であるリツカを受け止めるように着地した彼らは、周囲に湧き立つ怪しげな気配に、己が武器を抜いた。

 

 

「……な、んで……。こんな、場所じゃ……なかったのに」

 

 

リツカ達の訪れを察していたかのように、次々と具現化する闇の化身にあっという間に囲まれる。

リツカは動揺していた。星に思考を奪われた彼は直ぐには気が付けなかったのだ。

降り立った場所が、いつもの場所とは思えぬほど異質であることに。

レイシフト先は森の中であることには違いない。しかし、このような不気味さを昼夜問わず感じたことはなかった。

そもそも地形が異なるのだ。

もしやまた、レイシフト先にミスが発生したのだろうか、と通信機器を繋ごうとしても応答はなかった。

 

 

「今は思考よりも魔力を回せ。マスター、指示を」

 

「そんな顔すんなって、やることは一つだろうがよ」

 

 

森の影を作り出す星々が、嘲笑うように点滅を繰り返す。

あれだけうつくしく見えた星空が、退廃的な妖しさを持つ不気味なものへと豹変したように見えて、リツカの背中が震えた。

そんなリツカの肩にぽんと手を置いたランサーと、エミヤは、力強い声でそう言った。

いつもと変わらぬ灰と赤の瞳に、リツカは無意識に安堵の息を零すと、その瞳から怯えを消す。

少し冷静さを取り戻したリツカは、とある姿が見えないことに気が付いて、慌てて周りを見回した。

 

 

「ふ、二人は……?」

 

「そりゃ、杞憂ってヤツさ。お前さんが心配することじゃねえ」

 

「心配するとするならば、この島が破壊の限りを尽くされないかどうか……だろうな」

 

 

随分離れたところではあるが、確かに感じる慣れた魔力と何処か異質なそれに、ランサーは快活に笑う。

そんなランサーとは真逆の厳めしい表情をしたエミヤは、投影した剣を手にすると弓を番える。

こうなってしまっては仕方ないと腹を括ったリツカは、取り敢えず逸れてしまった二人との合流を第一の目標として、放たれた矢と共に指示を飛ばした。

 

 

 

***

 

 

 

星々の光を弾いて羽搏いたのは、片つ方の黒き翼。

夜の紺碧すら、その漆黒を溶かすことは出来ない。

 

くるりと宙で体勢を整えたセフィロスは、その長い銀を風に靡かせる。

 

見下げる大地は、緑に覆われており、かつての場所とは似ても似つかない。

見上げる大空は、星に覆われており、かつての場所を想わせる空であった。

 

暫く空を見上げていたセフィロスは、ふと力を抜くと重力に従い地上へと降りる。

ふわりと、黒いコートが優雅に揺れた。

そうして大地に足をつけると、途端に背後から感じた数多の気配に動じることなく愛刀を出現させ、その身を引き抜いた。

 

振り向かずに、空を裂いた一振りに闇がセフィロスを捉えた。

星々のうつくしい輝きによってつくり出された影が、明らかにこの世のものではない形を得て蔓延る。

それは、光あるところには影もある、その言葉を具現化したような光景であった。

 

一陣の風が吹き荒れ、木々の葉を鳴らす。

大きく咆哮を挙げた影たちが、その鋭い爪や牙をセフィロスに向けた……。

 

 

「……容赦など必要ない」

 

 

それは誰に向けた言葉であっただろうか。

星々の光すら切り裂く慈悲を知らぬ長い刃が、闇を薙ぎ払う。

振り向き様に振られた刃は、あっという間に周囲の影を切り裂き消滅させた。

しかし、湧き上がる闇は次々と数を増やしていく。

襲い来るそれらに振るおうと剣を上げるも、瞬時に感じた気配に軌道を修正し横へと薙いだ。

 

がきん、と高い音を立ててぶつかり合った朱の槍にセフィロスは眉を顰める。

 

 

「なんのつもりだ」

 

「てめえには、つまんねえモン相手にしてる暇なんざ……ねえんだよ」

 

 

カルデアに召喚されてからというもの、すっかり正気を取り戻していたがその本質に変わりはない。

更に、己に敗北を刻み、久々に脈動する戦いを与えたセフィロスという存在が、オルタをより枯渇させていたのだ。

 

リツカ達と逸れたオルタは、動じることなく好き勝手に狩りを進めていた。

しかし、この銀の男と斬り合った時の高揚感は得られるわけがなく、すっかり飽いてしまったその時。

見つけたのは、夜の闇に浮き立つ銀の髪(探しビト)

気が付けば、手にした槍を銀に向けて放っていた。

 

呆気なく防がれたそれに、オルタは、笑む。

 

 

「てめえのその顔、見ているだけで殺したくなる。

背を合わせて戦うよりも、この方が似合いだと思わねえか」

 

「……良いだろう。

俺も、お前の顔はとうに見飽きている」

 

 

そう吐き捨てたセフィロスは、突き出された朱の槍を軽やかに避ける。

すると、その後ろにいた悍ましい姿をした敵を穿ち消滅させた。

空中で繰り出された斬撃波を流れるように弾き返すと、オルタに襲い掛かろうとしていた敵が切り裂かれて、真っ二つとなる。

 

お互いを狙う攻撃を受けて次々と倒れるのは周りの敵。

とばっちりとも言えなくはないが、そもそも二人の目にはもう、それらは映っていない。

 

交わる銀の刃と朱の槍の音色が、森に木霊し大地を揺るがす。

 

再び二人が己の武器を下ろした時、そこには一本の矢が地面を貫いていた。

 

 

 

 

 


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