第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-7 見知らぬ森にて

空に浮かぶ星々が連なり、毒々しさすら感じる緑の蛍光色の光を放っている。

セフィロスは刀を納めながら、見覚えのあるその色を見上げた。

このレイシフト先に降り立った時から、一つの予感を感じていたのだ。

 

同じように構えを解いたオルタは地面に突き立つ矢に一瞥をくれると、草木を掻き分けて近づいてくる足音に視線を投げる。

そうして現れた彼らのマスターは、予想通りに荒れ果てた周囲を見回して溜息を吐いた。

 

相対する二人の英霊を囲んでいた木々は、無残な姿で地に伏せている。

抉られたように吹き飛んだ大地は、所々が陥没して穴が開いていた。

 

 

「それで、気は済んだかね」

 

「あ?邪魔をした野郎が何を言ってやがる」

 

 

白々しいんだよ、と吐き捨てたオルタは、興奮冷めやらぬ瞳をぎらつかせて睨みつける。

忌々しいと言わんばかりのその目を鼻で笑ったエミヤは、これが只の斬り合いではないことに気が付いていた。

お互いが本気であったかは置いておくとして、ぶつかり合った痕跡は確かに刻まれていた。

しかし、それにしては余りにも周囲を害している。

それはまるで攻撃対象がお互いだけではなく、その周りにも向けられたような無差別なものであったのだ。

 

 

「……協力するときは、素直にそうしたらどうだ」

 

 

嘲笑するようにエミヤがそう視線を向けるが、オルタがそれに答えることはなかった。

 

 

「ねえ、セフィロス。この場所に憶えはある?」

 

 

冷めた青の瞳が微かに緑がかって見えたのは、あの星々の色を反射したからであろうか。

リツカは夜風に靡く銀の主に、なんとなしに問うた。

すると空を見上げていたセフィロスは、ゆっくりとその目をリツカへと向ける。

 

 

「いや、……この場所は知らないな」

 

「そうだよね。困ったな」

 

「場所が変わったのか」

 

「……原因はわからないけど、此処はいつもレイシフトしている場所じゃないんだ」

 

 

何度か素材を集めに訪れた場所を行先に指定したのは、確かなことであった。

今までのレイシフトでも、このようなことは起きていない。

例外があるとすれば、セフィロスがいたあの場所であろうか。

だとしたら、今回もまた……。そこまで考えたリツカは、不意に視界の端を過った影に顔を上げた。

 

 

「アンタが何かした、ってコトじゃあ……ないんだな?」

 

「何が言いたい?」

 

「いやあ?……ただこの前の件といい今回の件といい、何か知ってんじゃねえかと思ってよ」

 

 

全身に青を纏うその英霊は愉快げな表情を隠すことなく、セフィロスを見上げる。

その真っ直ぐな言葉は、このランサー故のものだろう。

何の含みもないそれに、セフィロスは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「俺が態々任務を面倒なものへと変えた、と?」

 

「へっ、お前さんが連れ込んだって可能性もあるぜ」

 

「……確かに知能はあのキャスターの方が上だな」

 

「あ!?」

 

 

疑うというよりも揶揄いに近いニュアンスを含んだ言葉であったが、どちらにせよ馬鹿らしいことに変わりはない。そう淡々と返された言葉にランサーの額に青筋が立つ。

それにリツカが慌てた表情を見せるが、後ろから傍観するエミヤからすると自業自得である。

 

 

「こうなっては仕方ないだろう。

通信が回復するまで探索を進めることを提案するよ」

 

「そ、そうだね。なんか新しい素材とかあるかもしれないし」

 

 

此処にいても碌なことにはならないだろう、とエミヤがマスターへと進言する。

それに頷いたリツカは様子を窺うように潜む闇の気配を感じつつも、森のその奥へと通じる道を振り返った。

 

森の奥へと辿り着くまでの道のりは、呆気ないほど容易なものであった。

沸き立つ影を二本の朱槍が穿ち、遠距離から術を放つ影を矢が射貫く。

後ろから迫り来る影を長い刃が薙ぎ払った。

リツカが指示を飛ばすまでもなく、襲い来るものたちは瞬く間に消えていった。

 

 

「それにしても明るいね」

 

「ああ。あの星の光が森の中まで届いているからな」

 

「……」

 

 

木々の間を縫って差し込む緑の光が、煌々と行く先を照らす。

それにより足元までも確認することができるので、危なげなく進むことが出来た。

リツカの白い肌がその光に照らされて、緑がかる。

セフィロスは何かを考えるように、それを見つめた。

 

隣を歩むランサーはそんなセフィロスの姿を、静かに窺う。

トレーニングルームにて相見えた時から、その異質さは感じ取っていた。

しかし、その正体を計り兼ねていたのだ。

オルタ化した自分を軽々と撃破してみせたこのセフィロスという男。

戦闘狂でありそれ以外に執着を見せない筈のオルタが、先程のようにこの男との戦いを渇望している。

同じ名を持っていても中身は異なるので、オルタが何を感じ取っているかはランサーにはわからない。

 

 

「……悪ぃな、俺だって負けたままじゃいられねえのよ」

 

 

に、と口角を上げて澄んだ赤い瞳が見た先は、暗い赤を湛えた似て非なる存在であった。

この男がどのような存在であるかはどうでも良い。

それは恐らくオルタも同じである。

 

強きものであること、武人ならば誰しもが持つ欲求を満たすものであること。

それがランサーとしてのクーフーリンが、男に見出した価値であろう。

己に胸が震え血湧き肉躍る戦いを齎すもの(セフィロス)という存在に、朱槍を向ける理由なのだ。

 

ならばと、頭に過ったそれにランサーは笑みを深める。

オルタ化した自分が見出したものは……。

 

 

己に死を齎す可能性のあるもの(セフィロス)……か」

 

「……なんだ」

 

「いやあ、俺も中々頭使えんなと思ってよ」

 

「はっ、随分と笑わせてくれる。

冗談はその顔だけにしておいた方が利口だと思うがね」

 

「あァ!?黙んな、てめえには言ってねえよ……!」

 

 

突然隣の英霊から呟かれた名前に、セフィロスは訝しげに眉を顰めた。

すっきりとした顔で晴れ晴れと笑うランサーは気にすることなく、足を進める。

そんなランサーを見て思わず言葉を漏らしたのは、不可解だと目を細める本人ではなく、その後ろを歩く赤き弓兵であった。

 

 

「上手くいっているようで、良かった」

 

 

明らかに楽しそうではない三人の姿は、リツカの目には愉快に見えてしまうらしい。

どんな化学変化が起きているのかは知らないが、これが彼の采配に繋がることは言うまでもないだろう。

そんなマスターを横目で見たオルタは瞳に呆れを滲ませた。

 

 

 

***

 

 

 

部外者を拒むように生茂る木々の間を抜けていく。

聞こえるのは風が葉を擽る音だけで、それが更にこの森を異質なものに飾り立てていた。

そうしてリツカ達は高い木々に閉ざされた、その奥へと辿り着く。

 

 

「……わ、あ」

 

 

開けた視界の先に、思わずリツカは声を上げた。

そこにあったのは森の木々と一体化した、大きな建物であった。

元々は一つの建物であったのだろうが、今ではすっかり植物に侵蝕されてしまっている。

植物との調和によって彩られたその姿は神秘的でうつくしく、何か荘厳なようなものを感じさせた。

 

 

「城、ではないな。これは……」

 

「……神殿」

 

「神殿?……確かになんか神々しい感じはするけど、何でわかったの?」

 

 

差し込む光が明るい太陽のそれであったのならば、このうつくしさはより浮かび上がるのだろう。

残念なことに不気味な星の光の下では、そのうつくしさこそが禍々しさを引き立てる原因となってしまっている。

見上げた建物の造りにセフィロスが一言呟くと、首を傾げたリツカがそう問う。

 

 

「入ればわかるさ」

 

 

返って来た言葉はやはり、単調なものであった。

苔生したレンガを黒いブーツで踏み締めたセフィロスは、先に足を進める。

男の背中に揺れる銀を見つめたリツカは、その背を追うように足を踏み出した。

 

所々が朽ち果て植物に侵蝕されているが、荒らされた形跡などは見当たらない。

門を抜けて中庭を抜けると、閉ざされた扉の前に立つ。

罠があっては困るとリツカを下がらせると、セフィロスはその扉を開け放った。

どうやら鍵は掛かっていなかったようだ。

 

長年に渡り人を受け入れなかった扉は、軋んだ音を立ててゆっくりと開かれる。

そして、その中に広がっていたのは……。

 

室内であるにも関わらず、一面に白い花々が咲き誇り淡い光を放つ。

何かが祀られていたのだろうか、祭壇のようなものが奥に置かれていた。

 

そして、その祭壇の奥にあるものに、セフィロスは目を見開いた。

ぽっかりと空いた地面を埋めるかのような、緑の光。

それはまさしく、星の命(ライフストリーム)と呼ばれるもの。

 

古代種である男はかつて星たちの声を聞き、とある星を救った。

堕ちた英雄は神となるが為にその力を集め、とある星を滅した。

 

ゆらゆらと緑の光を放ち揺れる液体は、かつての記憶を呼び起こさせる。

 

 

「おい、どうした」

 

「……いや。なんでもない」

 

 

表情を滅多に変えなかったセフィロスの動揺は、意図せずとも大きく出てしまったのだろうか。

少し先に立つオルタから掛けられた声にはっとしたセフィロスは、いつの間にか先に行ってしまったリツカ達を追う。

どうやら、彼らに抜かされたことを気付かないぐらいに硬直していたようだ。

 

周りの探索をしつつ何かの材料になりそうなものを採取しているリツカが、恐る恐る祭壇の向こうを覗き込んでいる姿が目に入る。

途端に、セフィロスはその後襟を掴み引っ張った。

 

 

「ぐえっ……!び、…びっくり、した……!!」

 

「容易に近づくな。……生身のお前が触れて良いものではない」

 

 

セフィロスたちの世界では、人間をはじめ生きとし生けるものは皆やがて星へと還るとされた。

生けるものが死を迎え星に還るとき、持つ知識やエネルギーは星へと蓄えられる。

そうして、蓄えられたエネルギーからまた新たな生命が生み出されるのだ。

この生死の理であり生命の循環を、ライフストリームといった。

 

生身の人間がこの中に転落することは、今まで溜めこまれた膨大な知識やエネルギーの中に落とされるのと同義である。大抵の人間はそれに耐えきれずに精神崩壊を引き起こす。

 

 

「……そろそろ、説明してくれても良いのではないかね」

 

 

リツカを祭壇から下がらせたセフィロスは、緑の光を放つその液体に近付く。

長い銀の髪が放たれる光により緑がかり、透けるように白い肌にも仄かな緑が差した。

セフィロスという肉体の中に眠る相反する二つの魔力が、蠢くのを感じる。

それに耳を傾けていると、不意に後ろから低い声が掛かった。

 

振り返らずもわかるその厳めしい男に、セフィロスはふと口角を上げた。

 

 

「あの世界を憶えているか?」

 

「……お前がいた、あの荒野か」

 

「ふ……。あれでも元は、お前たちの世界と同じ一つの星だった」

 

「おい、待てよ。俺にもわかるように説明しやがれ」

 

「そういえば……。お前たちはいなかった、か」

 

「その如何にもめんどくせえって顔やめろや。

こっちだって好きで増えてんじゃねえ」

 

 

初めてセフィロスに出会ったのは、とある荒廃した世界でのこと。

そこにいたのは金ぴかの王と、エミヤ、そして……キャスターである。

広義では同じなのだから記憶も共有すれば良い、と思ったその言葉が顔に出てしまったらしい。

舌を一つ弾ませたランサーは、じろりとセフィロスを睨み上げた。

 

仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いたセフィロスは、一つずつ語り出した。

このライフストリームという液体について、そしてそれがあの世界で何に使われていたかを。

 

 

「……あの世界ではこのライフストリームを魔晄というエネルギーとして使用していた。

だが、魔晄を汲み上げることは循環の阻害を意味する。

それが結果的に、大地と星の衰退に繋がることになった。

これが、俺の知っていることさ」

 

「ライフストリーム……これが、エネルギー」

 

 

煌々と燃え上がる緑の炎を想わせる、液体。

遠くからそれを見つめたリツカは、自分の世界で使用されていた燃料を思い浮かべた。

この場所は恐らく貯蔵庫として使用していたのだろうと、セフィロスは言った。

 

 

「それが、何故こんなところに貯蔵されている?」

 

「……知らんな」

 

 

此処にあるものは知っているが、その理由は一切わからない。

そう言って口を噤んたセフィロスに、眉を顰めたエミヤは不可解なことが起こり過ぎていると呟く。

 

 

「敵も出ねえし、なんか気持ち悪ぃ場所だよな。

なんでこんな場所に来ちまったんだか」

 

 

祭壇に凭れるランサーは、その赤い瞳をセフィロスへと向ける。

目で理由を問われても、知らないものは知らないのだ。

セフィロスは溜息を吐いて、首を横に振った。

 

その時、リツカが身に着けていた通信機器が耳障りなノイズを上げた。

 

 

「……っ、つ……。繋がった!やっと、繋がったあ……!」

 

「ど、ドクター!」

 

「ああよかった。突然エラーが出て機械が故障したんだ……。

心臓が止まるかと思ったよ」

 

「エラー……」

 

「とても不安定だけど座標は捉えた。

でも、直ぐに戻った方が良い。また見失う可能性もある」

 

「何が起こっているの?」

 

「わからないんだ。その原因解明のためにも、直ぐに帰還してくれると助かるよ」

 

 

通信画面に走る酷いノイズの嵐は、今にも途切れてしまいそうな通信環境を表していた。

何とか音声は聞こえるので、ドクターの声に集中する。

向こうの緊迫感は痛い程リツカにも伝わった。

後に控える英霊たちを見渡して、セフィロスの顔を見る。

問題ないと頷いた彼に、リツカは帰還を宣言した。

 

 

 

***

 

 

 

レイシフトから戻ったリツカは、ドクターを筆頭とするカルデア職員に囲まれバイタルチェックを受けるべく検査室へと連れていかれた。

詳しい話はまた後で、と告げられ解散となった英霊たちは一斉にセフィロスへと視線を向ける。

どうせまたドクターらに話すことになるのだろう、とセフィロスは彼らに背を向けた。

 

どうやらリツカ達がレイシフト先で行方不明となったことは大々的に伝わっているらしい。

管制室を出て廊下を歩くセフィロスの耳に、リツカを心配する数多の声が入って来る。

その声を横目に自室へと入ると、久しぶりに感じる静寂に小さく息を吐いた。

 

それにしても、あの場所は一体何であったのか。

ソファーに座り、セフィロスは思考を巡らせる。

 

あのような建物は記憶にはなかった。

だが、ライフストリームは確かにあの場所に貯められていた。

セフィロスの記憶に残る研究所のような場所にも見えないので、あそこで何かをしていたわけではないだろう。

 

 

「……似ている、か」

 

 

淡い光を放つ白い花を思い出して、動いた唇。

それは無意識に漏れた言葉であった。

 

いくら元の世界で激務に慣れた身とはいえ、少し疲れたようだとセフィロスは軽く首を振る。

始めはちぐはぐだった精神と肉体もある程度同調しているが、まだ完全とはいえないのだ。

また招集を掛けられる可能性はあるが、気配に敏すぎる体は訪問者に反応して目覚めるだろう。

それまで休もうと決めると、セフィロスはソファーに深く凭れた。

 

 

 

 

 


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