第FⅦ特異点 片翼の天使   作:陽朧

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1-8 カルデアにて⑤

沈む意識は、海の底へと落ちていく感覚と似ていた。

深部に近づけば近づくほど、光から切り離されていく。

そうして、真っ暗になった世界に、浮かんできたのは一つの映像であった。

 

セフィロスという一人の男が辿った道が、正しいとは思わない。

彼は己のためならば、人を、星を、崩壊させることなど厭わなかったのだ。

しかし、男はかつて自分が救った星を害した彼を、憎もうとはしなかった。

 

ありきたりな話だ。人が人として育つ為には愛情と理解が必要となる。

そして、彼にはそれが足りなかった。だから歪んでしまったのだろう。

免罪符にもなりはしない話だ。が、もうそれを審議する(問う)必要はない。

何故ならば、もうセフィロスという男は……。

 

 

「……ほう」

 

 

波打つ思考を巡らせていた男は、突如意識が覚醒するのを感じて、目を開ける。

それはまるで、何かに体を掴まれ無理矢理浮上させられたような衝撃であった。

故に目の前の光景に暫く頭が追い付くまで時間が掛かってしまう。

交差する銀と朱が、示すことに。

 

 

「中々良い反応をみせる」

 

 

無意識に動いた腕は愛刀を握り締め、振り抜いていた。

もはや耳に慣れてしまっている高い音に、またあの英霊かとセフィロスは眉を顰める。

だが、聞こえた声は男のものではなかった。

 

 

「……影の国のものか」

 

 

例え英霊の身であろうとも、染み付いた濃厚なにおいは誤魔化せない。

 

セフィロスがいた世界にも影の国は存在した。

黒魔法を得意とする魔導士たちが、力を合わせ建国された、古代都市『マハ』。

その都市は時代の流れと共に消失したが、マハの魔道士たちは更にとある都市を切り拓く。

影の国ダン・スカーと呼ばれたその都市は、彼らの思惑から外れ、妖異が支配する邪悪な国となっていた。

 

しかし、それはあくまでもセフィロスのいた世界の国の話。

セフィロスは、自分の記憶にあるそれとは、異なるであろうことにも気付いた。

そんな彼の言葉に、女は気を良くしたように笑うと、交差した朱槍を退けた。

 

 

「私は影の国の女王。異境、魔境の主。スカサハだ。

どうやら弟子が世話になったようだな、異端のものよ」

 

 

すらりとした長い足がソファーに乗せられ、履いているヒールが生地に食い込む。

それを横目に、セフィロスは深い溜息を吐いた。

 

 

「可愛い弟子の仇討か?」

 

「ふっ、私はそこまで面倒見は良くなくてな」

 

 

つるりと光を滑らせる朱の槍を見れば、関連する人物は嫌でもわかった。

赤みの強い紫の髪が流れ落ち、そのうつくしい顔がセフィロスの顔を覗き込む。

 

 

「ふむ。あの男が揃って名を口にするだけある。

お主、随分面倒なつくりをしておるな」

 

「……」

 

 

セフィロスを女の赤き瞳が、見通すかのように見下げる。

すると虚構を映していた死の瞳に、光が宿ったように感じた。

それが女が男に向ける艶っぽいものではないことは、察するに余りあることである。

このカルデアに来てから、同じような槍を持つものたちに、向けられ続けてきたそれと同じ色をしていたのだから。

 

 

「弟子が弟子なら師匠も師匠だな」

 

「ケルトの戦士は常に強きものを求める。その中でも、私が好むのは勇気ある者。

ただの戦士ではいけない。ただの蛮勇でもいけない。

勇気ある戦士こそ、私の好む可能性あふれる存在だ」

 

 

微かな感情を込めて言ったスカサハの、形の良い唇がゆるりと弧を描いていく。

その獰猛な笑い方に、確かによく似ていると、セフィロスは突き付けられた矛先を見た。

 

 

「力を見せるがよい、勇士よ。出来なければ、お前の命を貰うまで。

……もし、お主が私を満足させることの出来る男ならば、然るべき褒美をやろう」

 

「餌で釣る気か?」

 

「悪い話ではないぞ。ん?それとも、このスカサハの誘いを断ると?」

 

「やれやれ、気が強い女は好みではないのだが」

 

 

一度青い瞳を閉じると、先程の残夢が脳裏を過る。

此処にいても考えるのはきっと意味のないことであろう。

セフィロスはスカサハを見上げた。

するとその意を察したように、笑みを深めたスカサハは、その華奢な背中を向ける。

 

 

「付いて来い」

 

 

振り返った影の国の女王は、そのしなやかな指で差招く。

白い床に伸びる影が、妖しげに揺れたのは気のせいであっただろうか。

 

見据える瞳と、含みを湛える瞳が静かにぶつかり合った。

踏み出した足に、前を向いた背中は、ほぼ同時。

 

自動ドアの閉まる音を最後に、伽藍洞な部屋は再び静寂を取り戻した。

 

 

 

 

***

 

 

 

診察を終えたリツカは、検査着から普段の礼装へと着替える。

そして、診察用の椅子に座ると、柔らかな笑みを浮かべるドクターを見上げた。

直ぐに数値化されたリツカのデーターは、その顔を見る限り特に異常は認められないのだろう。

それを察し取れるくらい、慣れてしまっていた。

 

 

「ふう、一時はどうなるかと思ったけど……。

特に異常はないようで、本当に良かったよ」

 

「でも、何が原因だったんだろう」

 

「ううん……。それがね、さっぱりなんだよねえ。

機械もプログラムも何も異常はないし、ぜーんぶ見直したんだけど……」

 

「……」

 

「だから、リツカ君。今回レイシフトした先について詳しく聞かせてくれないかい?」

 

「もちろん!……でも、俺もあまり良くわかってなくて」

 

「話せるだけ話してみたら良いさ。

君の話と、同行した英霊(サーヴァント)たちの話を繋げれば何かわかるかもしれないんだ」

 

 

設置された机に記録紙を広げたドクターは、その役職に似合いの笑みを浮かべる。

物腰柔らかな口調と仕草は心地の良いもので、とても話やすいのだ。

事情聴取というよりも、カウンセリングといった方が良いだろう。

そんな落ち着いたような雰囲気の中で、リツカは記憶を辿り始めた。

 

 

「すごく、綺麗な星空だったんだ。はじめは。

俺が気付いたのは、……敵に囲まれてから」

 

 

レイシフトされてから降り立つまでに見た空は、澄んだ紺碧をしていた。

散らばる星々も、様々な色の宝石を砕いたように美しかった。

しかし、英霊たちと合流して、影が具現化するように出現した敵に囲まれたとき……。

 

リツカの目に映る空は、豹変していた。

 

 

「……なんていうか、緑の、嫌な感じがする色になってた。

エミヤとランサーと合流して、それで逸れた二人を見つけに行ったんだ」

 

「ふむ。それがクーフーリンオルタと、彼……セフィロスだね」

 

「うん。二人とも合流して……。

カルデアとの通信は途切れていたし、探索してみようってことになって」

 

「そう……。ねえ、リツカ君」

 

「なに?」

 

「その間に、何かおかしなことはなかったかい?」

 

「おかしな……こと」

 

「なんでも良いんだ。何か変なものを見た、とか……。何か様子がおかしかった、とか」

 

「……特には」

 

 

オルタとセフィロスが何やら争っていたが、それは今更いうことでもないと判断したリツカは、記憶を掘り下げる。

腕を組んで視線を彷徨わせる様子をじっと見るドクターは、何かを意図しているようにも見えた。

 

 

「ううん、と。いつもと違うのは……敵も、そうだったかな」

 

「敵って、エネミーたちのことかい?」

 

「うん……。今まで見たことない、本当の影って感じがして……。

そうだ。目が……あの星と同じ、緑だった」

 

 

闇を引き摺りリツカ達に襲い掛かってきた敵の、宵闇に浮かぶ緑の光が頭を過った。

あの虚ろな緑を見ていると、見てはいけない何かを見ているような気がしてしまう。

今も思い出すだけで、体に寒気が走るのだ。

 

 

「大丈夫かい?嫌なことを思い出させてしまったね」

 

「ううん、大丈夫……」

 

「本当に?無理はしちゃ駄目だよ」

 

「ありがとう、ドクター」

 

 

心配げな眼差しに、首を横に振って微笑んだリツカは、少しまた視線を動かす。

その仕草を見たドクターは、記録紙にペンを走らせると、質問を続けた。

 

 

「探索と言ったね。何か良いものはあったかい?」

 

「ああ!忘れてた!!

森の奥にね、大きな城があって……」

 

「城?」

 

「間違えた、神殿……だったっけか」

 

「森の奥に、神殿ね……」

 

「そういえば、何で神殿ってわかったんだろう……

結局聞けなかったな」

 

「どういうことだい?」

 

「あの建物のことを神殿って言ったのは、セフィロスなんだ。

俺全然わからなくて……」

 

「その神殿について、彼はなんて?」

 

「えーと、入ってみればわかる……ってだけ」

 

 

でも、結局わからなかったんだけど……。と呟いたリツカに、ドクターは後で聞いてみれば良いさと笑う。

一つ頷いたリツカは、脇に置いてあったバッグに手を伸ばした。

いつもレイシフトへと持っていく小型のそれは、採取した素材などを入れているものだ。

今回も例外なく、赴いた森の中の神殿で見つけたものが、詰められている。

 

 

「それで、今回の戦利品は……。

神殿の中に咲いていた白い花に、小瓶に入った液体に、なにかの鍵に……あと、カードキーかな」

 

「ず、随分色々と持って帰って来たんだね……」

 

「人の気配はなかったし、良いかなって」

 

 

ずらりと並べられたそれに、ドクターは思わず苦い笑いを零した。

青みを帯びたガラス瓶に入った何かの液体は、怪しげな雰囲気を醸し出している。

成分鑑定を行う必要がありそうだと、ドクターは小瓶を光に透かしながら呟いた。

ついでに、可憐な白い花も解析に回す手配をしておく。

残りの何かの鍵と、カードキーらしきものについては、保留にするしかないだろう。

 

 

「あの場所には、建物は他になかったし、あの中も他に部屋がありそうな感じはしなかったから……。

どこのだろうって……あれ?」

 

 

カードキーを手に取ってまじまじと見つめるリツカは、擦れた文字がそこに書かれているのを発見した。

擦り切れて殆ど読めないが、何かローマ字のようなものが確認できる。

 

 

「……うーん、ドクター、これ読める?」

 

 

眉を顰めながら渡されたカードキーを、ドクターも同じように見る。

確かに、何かの文字が掛かれているのがわかった。

 

 

「肉眼だと、難しいかもね。

ちょっと待ってて。これくらいならすぐに復元出来るから」

 

 

得意げにほほ笑んだドクターは、机の上に伏せてあったノートパソコンに手を伸ばす。

パソコンを起動させパスワードを解くと、とあるソフトを立ち上げた。

傍に置いてある機器を繋ぎ、電源を入れると、カードキーのスキャンを行う。

すると、パソコンの画面にカードキーの画像が映し出される。

 

 

「それで此処を拡大して、こう補正したら解像度を上げて……と」

 

「あ!すごい、見えた!!……ううんと、エス、エイチ、アイ、エヌ……?」

 

「シンラ、って書いてあるね。どこかの組織かな。

後で調べてみるよ」

 

 

 

きらりと輝いた瞳は、彼の中の研究心が擽られた故のものであろうか。

頼もしいその言葉にリツカも、心を躍らせる。

この時、リツカには確信があったのかもしれない。

ただのカードキーが、何かに繋がる。そんな気がしたのだ。

 

こういう時の勘というものは、侮れないことを後に彼は知ることになる。

 

 

 

***

 

 

 

たん、と軽い音を立てて爪先が地面に触れた。

一拍遅れてセフィロスを囲むように、赤い雨が降り注ぐ。

ふと掛かった影に、愛刀を振り翳すと、体重を掛けた一撃が襲った。

 

 

「ふふ……っ、面白い、こうもこの私の攻撃に耐えるとは……!

いいぞ、予想以上だ」

 

 

ぎりぎりと競合う刃と槍に、迫る赤の瞳。

セフィロスは一つ舌を打つと、力で押し返し、咄嗟に斬撃波を放つ。

それに合わせてふわりと後ろへと跳躍したスカサハは、高らかに笑った。

同時に、彼女は理解する。

このセフィロスという男が、何故『異端』であるのかを。

 

 

「固い女だ。……試し斬りにはちょうどいい」

 

「ほう?ならこのスカサハが直々に、お前の太刀筋を見てやるとしよう」

 

 

構えられた長刀に、更に笑みを深める。

このように笑ったのは久方ぶりかと、スカサハもまた槍を構えた。

 

神殺しを成したスカサハは、英霊としてあるために、その大いなる力の大部分を封じている。

だが、人理修復という旅路の中で、自身の霊基やマスターリツカの成長、聖杯の力の吸収などを重ねた結果、ある程度の力を引き出すことが可能となった。

彼女にしたらほんの微量であろう。しかし、その圧倒的な武勇、ルーン魔術は神代の領域である。

 

音速を越える切り合いの中で、隙あらば高度の魔術を惜しげ無く放ち翻弄しようとするスカサハに、セフィロスも魔力を練り、魔法を放つ。

神をも凌ぐ彼女の一撃はとてつもなく重く、放たれる魔術はまともに喰らえば即死であろう。

 

 

「ふ、ふふ……これは不味いな。私とあろう者が、つい本気になってしまいそうだ」

 

「……お前には、何を贈ろうか」

 

 

不死という呪いの中で己の死を望む彼女も、その本質はケルトの人間であった。

相手が強ければ強い程、その神髄を更に求め敬愛する。

そうして気に入った相手と、力と力で語り合うのが、何とも心躍る時間なのだ。

 

だからこそ、こうしてまともにうち合える存在に餓えていた。

クーフーリンオルタにも同じような面があるが、不死である彼女はそれ以上なのである。

 

浅く息を吐いて、セフィロスは刀を薙ぐ。

中の男からすれば実に戦いたくない相手なのだ。

しかし、こうなっては全力を尽くすしかないであろう。

膝を付くことは許されない体が、どうして背を向けて逃げることを許そう。

 

じり、と再び足に力を込めて、溌剌と燃える赤い瞳を見据える。

一瞬の隙も存在しない、優雅な立ち姿。

編み込んだ魔力を手に、セフィロスは大地を蹴り上げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ど、ドクター!!ドクターロマニ!!

た、た、大変ですうう!!」

 

「わあ!!な、な、なんだい!!び、びっくりしたなあもう……!」

 

「す、す、すみません……!でも、大変なんです!!」

 

 

 

話し終えたリツカが席を立とうとしたその時であった。

血相を変えたカルデアの職員が、息を荒くして飛び込んできたのだ。

リツカとドクターは同時に肩を跳ねさせて、驚きを示す。

どうやらそんな二人を気にする余裕すらない様子の職員は、大きく息を吸った。

 

 

「ま、ま、魔術師協会から……っ!!

魔術師協会から、視察の、知らせが……っ!!」

 

 

リツカは、絞り出したその声の、発した言葉の意味を理解するのに数分の時間を要した。

窓の外で、不穏な空気を察したが如く飛び立った鳥の、羽音が大きく耳朶を打った。

 

 

 

 

 

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