「ルルーシュ殿下。お話があって参りました」
「千葉か。何のようだ」
手でチェスのコマを弄りながら、ルルーシュは自身の椅子の下で頭を下げている千葉を見下ろす。
カレンはルルーシュの側に立ちながら、千葉を気の毒そうに見ながら会話を見守っていた。
「例の件…少しご容赦いただくことは可能でしょうか」
「無理だ」
即答だった。何の件かを確認することもなく断定。迷いなどなかった。
千葉は心が折れそうになる。しかし、続けるしか他に方法がない。日本のために自身ができる最大限のことをしなければならない。
千葉を奮い立たせるのはその事実だけだった。
「仰りたいことは最もです。しかし、そこを何とかご容赦を!何卒!お願いいたします!」
千葉は土下座をして必死に頼み込む。カレンはその姿を見て泣きそうになった。その涙は決して千葉の必死の訴えに感化されたものではない。
あんなドブカスのために、心を殺して懇願する千葉の仕事人の魂に心打たれたのだ。
「くどい!これは決定だ!」
ルルーシュは青筋を浮かべると、チェスのコマを机に叩きつける。
「サクヤをあんな状態に追い込んだあのクズ…桐島彰の処刑を実行する!」
ああ、関わりたくない。心の底からカレンはそう思った。
しかし、あのクズは…彰はカレンの恩人だ。もう恩を返し終わってそれこそ恩を貸している気しかしないが、それでも恩人だ。
カレンは自分の心を奮い立たせて千葉に加勢した。
「あ、あの…ルルーシュ?」
「なんだカレン」
「あ、あの、彰のことなんだけど」
ギロと睨まれる。心が折れそうだった。隣では、千葉が救世主を見るかのような面持ちでこちらを見ている。無視するメンタルはなかった。
「ほ、本人も反省してるし、少しくらいは容赦してあげても良いかなと思うんだけど」
「反省?」
敢えて反復するように言うルルーシュ。反省していないだろうなとはカレンも思っている。
「そ、そう!反省!だから少しくらいは許してあげても良いんじゃないかなって思うの!」
「そ、そうですルルーシュ殿下!寛大な処置を!」
「では、お前たちに逆に聞こう。奴を生かすに足る理由はなんだ?」
…何だろう。そんなことはこっちが聞きたかった。どう考えても、殺す理由しか出てこない。
「能力!能力があります!」
反射のように千葉が答える。今までの経験からあのクズを褒める場所を心得ていた。
「そ、そうよ!能力があるわ!あいつの能力はこれからの日本に必要よ!」
「ほう、能力か。なるほどな。確かに奴の能力は俺も否定しない」
そう言うとルルーシュはすくっと立ち上がり、周辺を少し歩く。何も言われていないのに、カレンも何となく膝をついた。
「だが、俺たちは何のためにブリタニアと戦った?」
カレンと千葉の頭が少し下がる。
「能力があるものは強者で、無いものは弱者。弱者が何をされても何も言えない。そんな世界をおかしいと思ったのではなかったのか?」
カレンと千葉の頭が更に下がる。
「父親の信頼を利用し、弱者である幼子を精神的に追い詰め、自身の良いように操る男は能力があっても許されるのか?それはブリタニアと何が違う?」
「「仰る通りです…」」
何の反論もできない。千葉とカレンの頭は更に下がって、土下座に近いことになっている。
もうどうしようか、あのクズ。殺されるのを黙って見ているしかないのだろうか。
千葉とカレンが両方とも諦めかけたそんなタイミングでもう一人の保護者がやってきた。
「お待ちくださいルルーシュ殿下!」
「藤堂か…お前もあのクズの擁護か?」
「はい。奴は幼い頃から私の弟子…息子同然です。その罪は私の罪でもあります…ですから」
バサリと藤堂は着ている服を脱ぐ。その下にあったのは白い着物。
「私の命を持って許していただきたく。介錯はお任せします」
「「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」
今、まさに自分の腹に刀を突き刺そうとしている藤堂を千葉とカレンは必死に止める。
「藤堂さん!待ってください!あのクズに藤堂さんの命を賭ける価値などありません!」
「そ、そうですよ!あんな馬鹿の責任を藤堂さんが取る必要はないです!」
「そうか、命をかける価値もないか。では、やはり処刑を」
「お待ちください、ルルーシュ殿下!」
「待つのは貴方です、藤堂さん!ちょ、とりあえず落ち着いて!」
「ルルーシュ!この藤堂さんの姿に免じて寛大な処置を!あのクズなら私がちゃんと見張っておくから!」
「見張ってこれなかった結果が今だろうが!」
藤堂の自殺を必死に止めようとする千葉と何とか処刑の取り消しを懇願してルルーシュの足に縋り付くカレンとそれを鬱陶しそうに払おうとするルルーシュ。一言で言ってカオスの状況がそこにはあった。
「……レイラ、さん?」
サクヤの震える声が響く。
目の前では、かつて欧州を救い、今は黒の騎士団の要職にあるはずの金髪の才女が、にこやかに、かつ冷酷に夫の頭をコンクリートの床にめり込ませていた。
「ええ、お久しぶりですねサクヤ様。お元気……では無いかもしれませんが、お身体はご健康そうで何よりです」
「は、はい。お久しぶりです。で、ですが、何でレイラさんは彰さんをそんな扱いを……?」
サクヤの問いに、レイラの表情からふっと温度が消えた。
「どうして? 今、どうしてと仰いましたか?」
「ひっ……! は、はい。何か問題が……?」
あまりの威圧感に、サクヤは後ずさる。するとレイラは、聖母のような悲しげな微笑を浮かべ、ハラハラと涙をこぼした。
「ごめんなさい……私が来るのが遅くなったばかりに、貴方をこんなに追い詰めてしまうなんて……。こんなゴミカスを先行させた、私の不徳です」
レイラの悲しみが深まるにつれ、彰の頭部にかかるヒールの圧力が増していく。ミシミシッ、という嫌な音が静かな部屋に響き渡った。
「悪いのはこのゴミカスです……サクヤ様が悪いことなど、一つもありません。全て、この男がこの世に存在していることが間違いなのです」
「で、ですが、彰さんの期待に応えられなかった私が悪いのでは……?」
「いいえ。このゴミカスの妻である私が保証いたします。サクヤ様、貴方は全く悪くありません。ですから、安心して……このクズを、社会の不要物を見るような目で罵倒して良いのですよ?」
「私が……悪いわけでは、なかったのですか……?」
サクヤの瞳から、濁った色が消えていく。トモヤ君とチヒロちゃんが脳内から消滅し、現実の光が差し込む。それは洗脳が解ける瞬間というより、浄化に近い光景だった。
一方、その惨状を遠巻きに見ていたアッシュは、戦慄とともに黒戸の袖を引いた。
「……聞き間違いかもしれないが、レイラさんは彰さんの妻だと言ったか?」
「……言ったな」
「今、彼女は誰の頭を足蹴にしているんだ?」
「……夫だな」
黒戸は遠い目をして、それ以上は語りたくないと首を振った。
「いいかアッシュ、目を閉ざせ。現実を見るな。どれほどレイラ殿が彰を物理的に排除しようとしても、たの二人は夫婦だ」
「あのレイラ・マルカルが既婚……しかも、相手があの桐島彰……。マスコミが知ったら、一大スクープだな」
「だからこそ、彼女は全権限を行使して情報を握り潰している。ディートハルトは面白がって公表しようとしたが、次の日ボロ雑巾の姿で発見された…それ以来誰も公表しようとはしない」
「いや、それもう恐怖統治だろ」
アッシュは頬を引きつらせた。目の前では、浄化されたサクヤがレイラの手を取り、まるで聖母を仰ぐ信者のような顔をしている。その足元では、かつての英雄が地面のタイルの一部になりかけていた。
「サクヤ様、もう大丈夫ですよ。脳内のトモヤ君もチヒロちゃんも、ゆっくり休ませてあげてください。……さて、ダーリン?」
レイラは微笑みを絶やさないまま、足元の「物体」に声をかけた。
レイラがにこやかに「物体」を見下ろすと、彰は芋虫のような動きで這い出してきた。
「あ、相変わらず冗談が通じない女だな…師匠と弟子のちょっとした触れ合いだろうが…」
「何処がちょっとですか。行き過ぎも良いところですよ、この歩くDV男。良いから早く本題に入りますよ。例の物を出しなさい」
レイラが促すと、彰は鼻血を袖で拭い、よっこいせと会議机の椅子に腰掛けた。そして、懐からおもむろに**「極秘」**とデカデカと書かれた冊子を叩きつけた。
一同に緊張が走る。ついにあの英雄が、ネオ・ブリタニアを瓦解させる秘策を披露するのだと。
「皆さん、今から作戦をお話しします。その前に戦略目標の確認を…」
だが、レイラはそこまで言ってページをめくった後に動きが止まった。
「…………ダーリン。これは?」
「ああ、最新版の**『北海道グルメ&温泉ガイド〜冬の味覚完全制覇〜』**だな。いや〜、やっぱ北海道って言ったら味噌ラーメンだろ? あとジンギスカンも欠かせないよなぁ」
彰は、固まっているレイラの様子にも気づかず、むしろノリノリで指を折り始めた。
「甘いものも食べたいし、あ、この露天風呂付きの旅館も捨てがたいよなぁ。戦略目標が多すぎて困るぜ、全く! やっぱこれからは、腹が減っては戦はできぬ、略して『飯テロ作戦』こそが……」
「1日にちょっとでも良いから真面目になりなさい、この馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「え、あち……っぐ!?!?!?」
レイラの、慈愛を欠片も感じさせない右ストレートが彰の顎を捉えた。
ドゴォォォォォン!!という衝撃音とともに、彰の身体は会議室の壁を突き破り、そのまま外の廊下まで吹き飛んでいった。
沈黙が支配する会議室。
アッシュは突き抜けた壁に空いた穴を見つめ、黒戸は深いため息とともに顔を覆った。サクヤは、先ほどまでの浄化された笑顔のまま、凍りついている。
レイラは、返り血(彰の鼻血)をハンカチで優雅に拭うと、何事もなかったかのようにサクヤに微笑みかけた。
「……失礼いたしました。ゴミの処理には時間がかかりますが、掃除が終わりましたら、改めて『まともな』話をしましょう。……ね?」
その笑顔に、七煌星団の面々は一斉に、かつてない速さで首を縦に振った。
レイラに逆らってはいけない。全員が確信した瞬間だった。